あまりの寒さに泣きが入る:(;゙゚’ω゚’):

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7/26(金)東京出発48日目、モンゴル22日目 アルタイ〜ウルギー 走行距離665km

アルタイからウルギーへ

この日はロシアとの国境に近い町、ウルギーを目指します。本来なら二日間で行くのが無理のない行程ではあるのですが、このとき現在、ウルギーにはオーストラリア人ライダーのアシムと行動を共にする洋介さんが滞在していて、天気次第ではもう一日、このウルギーに滞在するという連絡を受けていました。なので追い付きたいという気持ちがあったのです。

660kmなら、一日で走れない距離ではないという思惑があっての決断でした。

このとき滞在していたアルタイも少し標高が高く、昼間でも多少の肌寒さを感じるくらいでしたので、いつもより少し厚着をして出発します。

少し肌寒さを感じながら走り始めたのですが、日が高くなってくれば気温が上がるという予想の元での決断でした。

出発直後は晴れて景色もきれいでした

しかし、その予想は大外れでした。

走り始めて2時間ほど経ってからでしょうか?猛烈な冷たい雨が私を襲います。モンゴルの西側がこんなにも標高が高いとは思ってもみなかったのです。

とにかく寒くて寒くて仕方がありません。後で聞いた話によると、この辺りは標高2,500mに達する所もあるそうです。恐らく気温は一桁代でしょう。

あまりの寒さに泣きが入ります。もう無理だと思い大雨の中停車し、ずぶ濡れになりながら、荷物を解いて日本から持ってきた防寒用のスキーウェアを取り出します。スキーウェアを着ても芯まで冷えた体は寒いままです。何でこんなにも辛い思いをしなければならないのでしょうか(>_<)

モンゴルの雄大な景色も、雨でモヤがかったこの景色は私にはこの世の果てにしか見えませんでした。この景色は例えるなら、ドラゴンボールで幼少期の神様が不時着したユンザビット高地を彷彿させるような場所です。

とにかく寒い((+_+))早くウルギーに着きたい。そう思うと余計にスピードを上げてしまいます。するとさらに風を受けて寒くなるのです(>_<)

しかし、速く走りたいと思うと今度は雨でぬかるんだダートに入ります。

早く舗装路に戻りたい私は一番舗装路に近い左側の轍を走ってました。

すると目の前にはテネレで荷物を積んだ状態では厳しいかとも思われるヒルクライムが現れます。

もう判断力を失っていた私はそのまま突入してしまうのです( ̄□ ̄;)!!

バランスを崩しながらも丘を登って行きます。轍はどんどん狭くなって行きます。これは不味いと気づいたときには目の前には無人の小型のショベルカー、すぐ右側は切り立った崖になっていました。もう進むことも引き返すこともできません。

本気で泣いてしまいそうでした。崖の下を見ると、広い轍を車が走っているのが見えました。正しい轍はあっちだったのです。

この場所ではサイドスタンドを出してバイクから降りることもできません。

大雨の中、寒くて寒くて凍えてしまいそうで、身動きすら取れなくなってしまったのです。

すると、工事中の舗装路を車が走っているのが見えました。きっと工事関係者でしょう(>_<)

とにかく気付いてもらえるように、クラクションを鳴らして、大きく手を降ります。

すると向こうは笑顔で大きく手を振って応えます( ̄□ ̄;)!!

イヤイヤイヤイヤ(;´д`)そうじゃない(>_<)

もう、必死で大声で「help!!help me!」と叫びます。

様子がおかしいことに気付いてくれたようで、助手席から一人降りてきてくれて助けてくれました。

まずはバイクを支えてもらって私がバイクから降ります。そして、バイクを崖から落ちないように反対方向を向かせます。

本当に彼がいなければ私はあの場所で凍え死んでいたかもしれません(>_<)

登ってきた道をそのまま引き返すのもかなり難度が高いので、意を決して崖をそのまま降ることにしました。

崖と行っても草が生えているので、転んでもそこまでダメージは無いとの判断からです。

慎重に慎重に、途中現れる大きな岩を避けてなんとか幅の広い、正解の轍にたどり着くことができました。

ここまで来ればなんとかなると思って走っていると、今度は大雨でチュルチュルヌタヌタの道が現れます。

こんな道走れるだろうかと弱気にもなりますけど、ここを通過しなければウルギーまで行くことができません。

時速15~20kmで慎重に慎重に走ります。

小一時間かけてなんとか走りきることができました。

正直寒さと疲労から相当泣きが入っていました。つい、もう日本に帰りたい(;´д`)って思ったりもしてしまいました。自分の弱さが情けないです。

 

なんとかウルギーに到着すると、やはり雨のため、洋介さんとアシムはまだウルギーに滞在していました。

洋介さんとは久しぶりの再会でしたが、私が洋介さんの滞在するゲストハウスに到着すると、右手を大きく上げて合図をくれた後、すぐに何やら別のものに気をとられています。

良く見るとそこではヤギが足を縛られ首を切断されていました。

私はこういうのはもっとスパっと首を落として苦しまないようにしてあげるものかと思っていましたが、中途半端に首は胴体と接続していて、体が苦しそうにビクビクとのたうち回ってました。

このヤギはすでに絶命しているのか、それともまだ生きているのかわからなかったのですが、生き物を食べるというのはこういうことなんだと頭ではわかっていましたけれど、実感として突きつけられたのはこのときが初めてかもしれません。

このゲストハウスには他にもたくさんの欧米人やインド人などが滞在していましたが、この光景を興味深く近くで見つめていたのは日本人である洋介さんと、もう一人、20代と思われる若い日本人旅行者だけでした。

この日本人旅行者は駆け出しの写真家としてアジアを旅行中で、モンゴルにはすでに1ヶ月半滞在しているとのことでした。名前はアラさん。私がこの旅で出会ったバイク乗り以外の日本人ツーリストはハバロフスクで出会ったチアキさん以来、二人目です。

私は洋介さんとアシムが滞在しているゲルに一緒に滞在させてもらえることになったのですが、アラさんも日本人と話せるとホッとするのか、我々のゲルに来ていろいろと話をします。

洋介さんとアシムと会えてホッとします。
でも、到着しても寒くて寒くて仕方ありません(>_<)

この日は金曜日で、国境は日曜日は休み、月曜日はその反動で大混雑になるということで、明日の土曜日に行かないと火曜日まで待つことになるため、天気関係なく明日は絶対に国境に行こうと話をしていました。

それを聞いたアラさんは「もう行ってしまうんですね(>_<)」と少し寂しそうでした。

私はこの日の走行で体が芯まで冷えてしまっていてゲルに到着して厚着をしても寒さが抜けず、鼻水も止まらず本気で風邪を引いてしまうのではないかと不安でした。

そんな中、メッセンジャーに一つのメッセージが入ります。

「コケて骨折りました。お気をつけて」

大澤さんからでした…。

バイクの故障もあり、焦りもあったようです。転倒してバイクの下敷きになり、足を骨折されたそうです(日本に帰国後検査をしたら手も折れていたそうです)。なんとかバイクの下から脱出し、遠く離れた広い轍まで這っていき、通り掛かった車に助けを求めてヤルーの診療所に運ばれたそうです。

あの道(ウリアスタイ〜トソンチェンゲル間)でそんなことになり、相当な恐怖と不安が彼を襲ったことでしょう。

フェリーの中や味戸さんのゲストハウスで中央アジアに対する思いも熱く語っていた大澤さん(>_<)

筋金入りのオフローダーとして果敢に難所を攻めたきた結果とはいえ、本人にとっては無念だったと思います。私も残念でなりません。

現在は日本に帰国して手術を受けられるということですが、きちんと回復して、いつの日か、また世界のオフロードに挑戦する「男!大澤孝将」が帰ってくることを願っています!

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