やっぱり俺たちは!2

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9/7(土)東京出発92日目、ウズベキスタン2日目 サマルカンド〜ブハラ 走行距離275km

サマルカンドからブハラ

前日に胸くそ悪いクソガキどもの襲撃と、胸くそ悪い車代の請求で大変気分を害していたために、この日は早々に出発することにしました。

サマルカンドと言えば綺麗な街並みで有名で、何も観光せずに立ち去るのはもったいないと思われる読者の方もいらっしゃるかもしれませんね。

でも私は正直あまり興味ないですし、このウズベキスタン自体来るかどうか迷っていた国です。というのもこの国は天然ガスが豊富に産出されることから、この国の車の多くがガスを燃料としているため、ガソリンを手に入れるのが困難であり、手に入れられてもオクタン価の低いものになってしまうことが多いからです。

とりあえずここサマルカンドにはいたくないので、次なる都市、ブハラを目指すことにしました。

キルギスからタジキスタンにかけて未舗装路を走ることが多く、丁寧に走ると1200kmくらいがちょうど良かったため、このときもその感覚でいたのですが、サマルカンドからブハラまでは舗装路が続き、昼過ぎにはブハラに到着しました。

でもやっぱりウズベキスタンは街並みが非常に綺麗です。早めに宿にも入ったのでせっかくなのでブハラの街を観光することにしました。この地はバックパッカーやチャリダー、ライダーだけではなく、短期のいわゆる一般の観光客が訪れるような都市のようです。

観光客向けのオープンテラスのカフェもあります
綺麗なお皿の並んだ路面店もありました
遺跡の中にそのままお土産物屋が入っています
ゲームをしているオジサンたち

欧米からの年配のツアー客も多く訪れています。町には制服を着た警察官の姿も多く見られることから治安も維持されていそうです。

綺麗な街並みを歩き、お土産屋さんなどを覗きながら散策します。ふと綺麗なカフェの中を覗いてみると、そこに見慣れた白髪の欧米人の姿を見つけました。

「アントニオ!!」

すると向こうも私に気づいて目を丸くして「ヒデ!なんてことだ!!」と叫びます。

なんと、一週間振りにアントニオと再会です!!

約一週間前にドゥシャンベでお別れをして、まさかこんなに早くまた再会するとは思ってもみませんでした。

「イランのビザは取れたのか?」とアントニオが尋ねてきます。

「残念ながら。タジキスタンの環境税の期限が迫ってたからこれ以上待てなくて諦めたよ。仕方ないからウズベキスタンを横断してカザフスタンに戻ってカスピ海を迂回することにしたよ。」

「そうか。残念だったな。私はここで数日足止めだ。ここから南下してトルクメニスタンの国境でビザの受け取りだけど、本当に入れるものやら(-_-;)。昨日までマイケルとは一緒にいたんだ。ちょうど昨日出発しちゃったんだけどね。」

マイケルも元気にやっているようで安心しました。オートバイもとりあえずはちゃんと走っているようです。アントニオの方も足首もだいぶ良くなり、冷却水の漏れていたラジエターも今のところ問題無いようです。

「ウズベキスタンもだいぶ涼しいね。朝晩なんて寒いくらいだよね。着々と冬が近付いて来てるね。」と私が言います。半月ちょっと前に会ったブライアンがウズベキスタンを走ったときは砂漠地帯は50℃近くなって大変苦労したという話を聞いていたのですが、もうこの時期には昼間でもオートバイで走っていると肌寒いくらいです。

「スイスは山の方はすでに雪が積もり始めて通行止になってる区間もあるみたいだよ」とアントニオが答えます。

確かにここよりも緯度の高いヨーロッパはさらに早く冬が到来するでしょう。私も急がないとなりません。

アントニオは何やらPCで書き物をしていました。実はこの陽気なクセに頼りないオッさんは学校の先生なのです。美術史を高校と大学で教えていると言っていました。

今は旅をしながらちょいちょい執筆をして本を出すそうです。

「スイスの経済状況ってどうなの?」と私が尋ねると、「スゴく良い。昔から今もスイスの経済はずっと良いんだ」とアントニオは答えます。

アントニオの話によるとスイスは金融が強く、スイスフランも強いため経済的に安定しているそうです。人ではなくてお金が勝手に仕事をして稼いでくれるということでしょう。学校の先生の待遇も非常に良いそうで、アントニオは自分の人生を「イージーライフ」と言いました。

日本人である私はこの「イージーライフ」という言葉は正直あまり良い印象を持ちませんでした。私も何もボロ雑巾のようになるまで働きたいとは思いません。でも、一生懸命働いて、少しでも社会を良くしようとしたんだ!私は全力で生き抜いたんだ!って言える人生を送りたいです。

「日本人は子供の頃から塾に行ったりして勉強する子が多く、大人になっても仕事を優先して長期の休みなんて取らないからね。今年、日本では5月に10日間の連休があったんだけど、『長すぎる』とか『何をしていいのかわからない』なんて意見があって不評だったくらいだよ」と私が言うと「でも、ヒデは違う。長い時間をかけてたくさんのものを見て、たくさんの人と触れ合う。とても価値のあることだ」とアントニオは言いました。

きっとそれがスイス人であるアントニオの価値観なのでしょう。

私が今やっていることは日本社会では評価されることはないでしょう。別に評価されたいからやっているわけではありませんが。そして本当に価値のあることかどうかもわかりません。でも少なくともアントニオ含めあのパミールチームで走った輝かしい数日間は私にとっては宝石以上の価値があるのです。

アントニオはトルクメニスタンからイランを経由してカスピ海を南から迂回するルートを走ります。私は再びカザフスタン、ロシアを経由してカスピ海の北側を迂回します。

トルコかギリシャでまた会おう!と約束して、再びこの陽気なオジさんアントニオとお別れしました。

次の日はここブハラからヌクスに向けて出発する予定でしたが、どうもパミールハイウェイ終了後から気持ちが抜けてしまったのか気持ちが入らず、また体調もイマイチで、宿の居心地も良かったため、もう1日ここブハラに滞在することにしたのでしたが。

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