ジュンジさん

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10/17(木)東京出発131日目、アルバニア3日目 ジロカストラ

風邪気味で体調が良くなかったところにそんなものすべてを吹き飛ばすニュースが私のところに舞い込みました。

鳥取の境港からウラジオストクまで同じフェリーに乗り込んだ日本人ライダーは私の他に4人いらっしゃいました。

フェリーで出会った、同じ志を持つ素敵な仲間たち

ロシアのハバロフスクからウランウデ、モンゴルのウルギーからカザフスタンのアルマトイまでを一緒に走った、どこに行っても誰からも好かれるモンキーライダー洋介さん。洋介さんは現在仕事の関係でキルギスのオシュにモンキーを預けて日本に一時帰国しています。

お守りを加工する洋介さん

オフローダーの聖地であるロシアの骨の道を単独走破し、その後もモンゴルの過酷なオフロードも勇猛果敢に攻めに攻めて走ったラストサムライ大澤さん。現在は骨折も治り退院して、日本で再びバイクで大暴れしているという連絡をいただきました。

私は岩清水方式です

元スズキのメカニックにして、海外の国際ラリーにて入賞経験もあるという粕谷さん。65歳で定年退職をしてまだまだこれからもご自身の夢を追い続け、悲願だったパミールハイウェイを走破したときの興奮した電話の声は感動的でした。

水掛方式を伝授(o^O^o)

今は日本に帰国していますが、定年退職した身である粕谷さんは仕事もないため抜け殻のようになってしまっていると洋介さんより連絡がありました。しばらくは少しお休みされても良いと思いますけど、それが長く続くのは心配です。ボケないでくださいよ(*´Д`)

そして、私にとってはあれだけ衝撃的な出会いであったジュンジさんなのですが、このブログの読者の方の中にはフェリー以降このブログにてジュンジさんの動向が報告されないことに違和感を感じられた方もいらっしゃるかもしれませんね。

フェリーの甲板で大の字になって寝ているジュンジさん
大胆(>_<)

私はジュンジさんに後ろめたさがあり連絡を取れないでいました。そして卑怯者の私はそのことをブログに書くこともありませんでした。

ウラジオストクで私とジュンジさんは同じ宿に泊まっていました。

ウラジオストク到着の次の日、我々は各人のオートバイの受け取りの手続きをしたのですが、実はこのときジュンジさんだけはオートバイの受け取りができなかったのです。ジュンジさんは2年前に同じようにウラジオストクからギターを背負って世界一周を目指したのですが、スコットランドで事故に遭ってしまい一時帰国をして、今回が2度目の挑戦だということは以前のブログにも書いた通りです。

一度目の挑戦の時にロシアからバイクを持ち出したという記録がロシア側に無く、別の新しいバイクをロシアに持ち込むことができないと拒否されてしまったのです。数日後になんとかその確認は取れ、無事に旅を開始することができたのですが、私はあのときそんなジュンジさんを置き去りにしてウラジオストクを出発してしまったのです。

あのときジュンジさんは私に「急ぐ旅でもないんだから、少しウラジオストクを楽しんだら」と言いました。

それに対して私は「そうですよね。私には何もできることはないですけど、それでもこんな状況で一人ぼっちになるのはキツイですよね」って最低なことを言ってしまったのです。

そんなことを言えば「そんな気の使い方しないで。気を使って残るのなら先に進んだほうが良いよ」と言ってくれるのはジュンジさんという人のことを考えれば当たり前のことだったのです。

なんであのとき「そうですね。ウラジオストク楽しそうなので少し滞在しようかな」って言えなかったのか悔やまれてなりません。

卑怯者の私はそのエピソードはブログには書けず、そして見送ってくれたジュンジさんを裏切るように残して旅を開始したのでした。

なのでそれ以降、私はジュンジさんに後ろめたさがあり連絡を取ることすら憚られてしまっていたのです。

それでも私は、ジュンジさんはyoutubeで旅の様子は公開していたので、だいたいどこにいるのかは把握していたのですが、ここ最近1か月ほどyoutubeがアップされなくなり大変心配していました。

そしてこの日、約1か月ぶりにyoutubeがアップされました。

その内容は旅をここまでにして終わりにするというものでした。

私はすぐにジュンジさんにメッセージを送りました。するとすぐにジュンジさんは電話をくれました。

実はジュンジさんに子供ができたというのが旅を終わらせるという結論に至った原因だと知り安心したのと同時に嬉しくもあったのですが。

一度目の挑戦の時に旅先で知り合った女性とジュンジさんは交際することになり、その方との間に子供ができるということは十分考えられることだったそうです。肝っ玉彼女さんは「もし子供ができても2~3年なら私が育てて待ってるよ。納得できるまで旅を続けてきなよ」と言ってくれていたそうです。それでもジュンジさんは大切な家族と一緒にいることが一番幸せなことだと感じ、旅を終える決断をしたそうです。

私はジュンジさんもカッコイイと思います。

始めることも続けることも大変ですけど、やめると決断することもとてもとても大変なことだったと思います。

ジュンジさんは今、清々しいと言っていました。

とにかく心からおめでとうの言葉しかありません。どうか幸せな毎日を過ごしてください。

 

これで2019年6月15日に一緒に境港から旅だった日本人ライダーで旅を続けているのは私一人になりました。

ジュンジさんは言っていました。旅を続けるって本当に難しいことだと。

ジュンジさんも粕谷さんも旅は孤独だと言っていました。

私はLINEなどで励ましてくれたり連絡をくれる方が日本にもいますし、大変うれしいことに洋介さんも今でも連絡くださいます。それにそもそも私はもともとそういった感情が多少欠落しているようですので、そこはなんとか頑張れそうなのですが、この旅の意味だとか価値だとかを考え始めると、本当に旅を続けることが正しいことなのかがわからなくなり、挫けそうになってしまうことが多々あるのです。

ジュンジさんは新たな人生を歩み始めます。

大澤さんも怪我から復活して、あの男のことですから、またいつかとんでもないことをぶち上げるでしょう。

洋介さんは来年の2月にパワーアップして戻ってくるはずです。

粕谷さんだって不死鳥のようにまた挑戦の旅に出るでしょう。

だから私も前に進んでるって思えるうちは、オートバイを前に進めようと思うのです。

いえ、例え前に進んでいるって思えなくなったとしても、歯を食いしばって自分自身を前に進めてみせると思うのです。それは私の人生においてという意味で…。

 

とにもかくにも、ジュンジさん!おめでとうございます!!

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