幸せとは

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11/23(土)東京出発168日目、モロッコ1日目 シャウエン

前日のフェリーの中で出会ったアラブ系の青年の言葉がよみがえります。

「モロッコでは日本は『国』じゃなくて別の『惑星』だなんていう人がいるくらい日本は別次元でスゴイって言ってる人がいるくらいなんだぜ!」

今までもロシア人のアンドレダニエルも、ポーランド人のマイケルも日本はスゴイって絶賛してくれていましたし、そのほかの行く先々で日本人だというと、日本はテクノロジーの優れた素晴らしい国だと言ってくれる人に多く出会いました。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

今の日本にはエネルギーもパワーも感じることが少ないように思います。

もちろん一部のアスリートや研究者などが才能を発揮して世界で花開いて活躍しているニュースなどは嬉しい限りですが、それでも私は、たくさんの外国人に日本人であることを称賛される度に、私自身がそれに値するほどの人間ではないのは当然のこと、今の日本がそれほどにまで称賛されるほどなのかと考えてしまいます。

一方で、今の若者は欲がないなんていう批判的な言葉を耳にすることもありますが、それ自体もいたしかたないことなのかも知れないとも思います。

今の日本は多少の窮屈さはあるかもしれませんが整ったインフラと清潔で快適な生活は世界屈指であることは間違いなくて、これ以上望まないという人がいても仕方ないのかもしれません。

 

今から10数年前、高校の同窓会に参加した時のこと、そこでの話題が「幸せとは何か?」という話になりました。

ある者は「夢を叶えること」、また別のあるものは「家族を持ち、家族と一緒に過ごすこと」などなど各々が各々の考えを述べていました。

その中で一人、当時は建築士の卵として建築事務所で見習いとして低賃金・激務で働いている友人がいました。その彼はその建築事務所の給料だけでは生活できないので週末はその他にアルバイトをしてなんとか生活をしているという状況でした。

その中の誰よりも苦労をしているだろう彼でしたが、彼の言った「幸せ」は「満たされないこと」でした。

「満たされないから人は夢を持つんじゃないかな?満たされないから努力をするんじゃないかな?それが幸せなんだと思う。もし全て満たされてしまったら情熱を失ってしまうと思う。きっとそれは俺にとっては幸せなことではないと思う。」

 

満たされることは幸せのようにも思いますけれど、彼の言葉に今の日本の満たされてしまったいるが故の閉塞感も感じてしまいました。

私は旅に出る前は仕事もやりがいがあって楽しかったですし、友人関係にも恵まれ、週末も趣味に費やす時間も金銭的な余裕もあって、幸せだって感じていました。私はあれ以上望んではいけないと思うくらい満たされていました。

それでも私は旅に出ました。

 

満たされることは幸せなのでしょうか?それとも幸せではないのでしょうか?

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