チャリダーの苦悩

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12月16日(月)東京出発191日目、モロッコ24日目(西サハラ1日目) タルファーヤ~ブジュドール 走行距離290km

朝起きて外に出ようと思ったのですが、がっちりと閉ざされた格子の付いた扉がどうやっても開きません。

どうしたものだろうと思い宿の屋上に上がって外を見たりしたのですが人気も無く、このまま他に誰か起きるまでどうにもならないかと思っていたのですが、宿のあの人懐っこいおじさんが気づいてくれたようで扉を開けてくれました。

特段鍵がかかっていたとかではなく、単に扉が硬かっただけのようです。

宿の一階部分がカフェになっていたので、ここで朝食を摂ります。

この宿の一階部分はカフェになっていました

おじさんが「もう行ってしまうのか?少しゆっくりしたらどうなんだ?」と寂しそうな顔をします。

そんな顔しないでくださいよ。切なくなってしまうではないですか…。

でも、ここに長く滞在する理由も無いのでこの日出発することを伝えます。

すると、歩いてすぐのところにサン=テグジュペリ博物館があるから行ってみたらどうか?と提案してくれます。

朝食を食べ終えてもまだ9時前なので博物館もオープンしていないだろうと思ったのですが、この日はそこまで長い距離を移動する予定ではなかったので、星の王子様好きの私としては、せっかくなのでぜひ行ってみようと思いました。

 

とりあえず荷物だけはまとめて出発できるようにはしておき、少し散歩をします。サン=テグジュペリ博物館はまさに宿から歩いてほんの200mほどのところにあり、堅く扉が閉ざされてはいたのですが、近くを歩いている人に聞いてみると10時オープンだと教えてくれました。

サン=テグジュペリ博物館はまだ閉まっていました

一旦宿に戻るとおじさんが、海岸もすぐ近くにあって、古い建物が海の中に建っていて面白いから見てきたら良いと言ってくれます。

 

サン=テグジュペリ博物館のオープンまでの時間つぶしにもちょうど良いと思い、海岸にも歩いて行きます。

海岸を歩いていると一人の欧米系の青年とすれ違い、お互いに「やあ」とだけ挨拶をします。

 

海の中にある建物は非常に興味をそそられたのですが、少しずつ潮が満ちてきているのがわかったので、無理に中に入ることはしませんでした。

海の中の建物
近くまで行ったのですが、潮が満ちてきているのがわかったので、中に入るのはやめておきました(;´д`)
海辺にはサン=テグジュペリに関連するのであろう飛行機のモニュメントもありました

そろそろ10時くらいかなと思ってサン=テグジュペリ博物館の方に向かっていると先ほどすれ違った青年がこちらに向かって歩いてきます。

青年:「君もサン=テグジュペリ博物館に行くのかい?10時オープンって言っているけど、まだ開いていないよ。近くを歩いている人に聞いたら、いつも10時半とか11時くらいに開くんだって」

まだ10時を少し過ぎたところでしたので、この青年と少し立ち話をします。

彼はフランスからのチャリダーだと言っていました。この先のルートを今すごく悩んでいるそうです。まず西アフリカの環境が厳しいので自転車で横断することに不安があるということでした。なので、このまま東アフリカに飛行機で飛ぼうかどうか迷っているようでした。

モロッコをこのまま南下するとすぐに西サハラと呼ばれる地域に入ってきますが、ここがチャリダーにとっての鬼門であると教えてくれました。

西サハラは南北に約1,000km続くにも関わらず、きちんとした町らしい町はラユーン、ブジュドール、ダフラの三つしかありません。

その間はひたすら砂漠地帯が広がるため、チャリダーはテント泊を余儀なくされます。しかし、今から約2年前に女性チャリダーの二人組が西サハラで強盗に遭って殺害されたことから、軍や警察の取り締まりが厳しくなってしまったそうです。

そのためテント泊をしようとしても軍や警察にやめるように言われてしまうので、人目の付かない道路から奥まった場所でテント泊をしたいのだが、西サハラはメイン道路から外れると地雷が埋まっているエリアも多いため、それも危険だと言っていました。

私は今までチャリダーであれば最悪公共の乗り物に自転車を乗せたり、宿もバイクと違って駐輪場の有無などを気にせず泊まれることから、精神的な負担はバイク旅よりかは多少は緩和されるものかと勝手に考えていました。

しかし、西サハラのように町の区間が離れてしまっているような危険地帯を通過する場合の精神的負担は、彼と話をして、相当に大きいだろうことを感じました。

そんな話をしていると近くにいたおじさんがサン=テグジュペリ博物館が開いたことを教えてくれます。

 

中に入って行くと全てフランス語で書かれているため、私には展示物を読むことができませんでした。そのフランス人の青年は私を見ると「英語での解説があればあなたも読めるのに残念ですね…」と本当に残念そうな顔をしています。

サン=テグジュペリ博物館。
全てフランス語での説明文

確かに展示物を読めないことは残念ではありますが、サン=テグジュペリの飛行機の模型や、サン=テグジュペリが飛んだエリアの地図などを見られたのは私にとっては楽しい経験でしたので、なんら問題はありませんでした。

 

一通りの展示物を見て、青年に別れを告げると宿に戻ります。宿のおじさんもカフェのおばちゃんも大変寂しそうな顔をして見送ってくれ、その優しさに胸が熱くなりました。

部屋のトイレの水が流れず、朝したう○こが便器の中に残されているのを見てこのおじちゃんおばちゃんがどのように思うのかは大変心配なところではあったのですが、私にはどうすることもできなかったので、「ごめんなさい」とそっと心の中で呟いて立ち去るしかありませんでした。

 

この日は西サハラ三番目の町、ブジュドールを目指していきます。

この日も延々と続く砂漠の中を走るのですが、前日までとは違って曇り空に加わって濃い霧で視界が悪いです。

西サハラでこのような天気ですとこの時期は寒いようです。

スペインにいたころの冬の装いでちょうどいいくらいでした。

しかし、ブジュドールの町に近づくにつれ天気も良くなり気温も上昇して、今度は暑くて不快です。朝晩の冷え込みと日中の気温上昇でなかなか着るものの調節が難しいです。

 

ブジュドールの町に到着するとお昼ご飯を食べに出かけ、海辺を散歩しました。

屋台飯
これで25ディラハム(約300円)なので大満足です

道路も綺麗に整備され、人々も穏やかに生活しているのが見て取れます。砂漠の中の厳しい環境のように思うのですが、ものや食べ物が不足しているという感じはありませんでした。

この辺りの地域はモロッコとの問題もあり、情勢もそこまで安定はしていないとは思うのですが、ここに暮らす人々が権力者のいざこざに巻き込まれることなく、穏やかに過ごしてくれることを願うことしか私にはできませんでした。

海辺は大変整備されていました
西サハラは大変厳しい環境ではありますが、道路や町は整備され、人々が穏やかに生活しているのが見てとれました。
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