突きつけられた私の本性

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1月6日(月)東京出発212日目、セネガル17日目 カオラク~タンバクンダ 走行距離279km

カオラクの宿では簡単な朝ごはんがついていました。

朝ごはんを調理する場所が外にあるため、そこで朝食を受け取るときに、地元の子供たちが宿の前にたくさんいて、我々宿泊客に何か頂戴と要求しています。

朝食を食べ終えるとリョウさんがタバコを吸うためにその子供たちがいる近くに行ったので私もそれに付いていきました。

本当ならこの子たちに飴でもあげたかったのですが、生憎荷物はすべて部屋に置いて来てしまっていたため何もあげることができませんでした。

でもこの子たちはとても明るく笑っているので、私がおしりを振ったりしておどけて見せると、それを真似して一緒になっておしりを振って笑い転げています。

この子たちはしつこく物をせびってくるわけでもなく、我々がその場所を離れる時も手を振ると、笑顔で手を振ってくれました。

荷物をバイクに積み込むときにあの子たちがいたら飴をあげようと準備をして行ったのですが、荷造りを終えて駐輪場に行くとすでにそこに子供たちの姿はありませんでした。

ただ、ちょうど荷物の積み込みをしていると一人の男の子がやってきて、何か頂戴と手を出してきたので、その子に飴をあげました。

サン・ルイで子供たちにチョコレートをあげたときと同じように、この子もまた飴の包み紙を地面に捨てました。

私は慌ててこの子を叱りつけます。

私:「コラ!ゴミを地面に捨てるんじゃない!」

するとその子も慌ててゴミを拾おうとしたのですが、風でそのまま包み紙は飛んでいってしまいました。

後でリョウさんに聞いた話によると、私が子供にゴミを地面に捨てたことを叱りつけている姿を見て、この宿のおばちゃんは微笑ましく見ていたそうです。

この国の大人がゴミをそこらへんに捨てることは良くないと認識し、きちんと自分たちもマナーを守って子供たちにも教育してほしいと思うのですが、そういったことほど時間と労力がかかる難しいことなのだろうと思います。

特にアフリカではどこの町や村に行ってもゴミが散乱して悪臭を放っています。
この不衛生な環境が健康被害を誘発し、とりわけ子供たちの成育に悪影響を及ぼしているだろうことを考えると、なんとかならないものかと思うのです。

 

バイクを走らせ午後になるとお腹が空いてきました。しかし、セネガルでは今まで走って来た国と違っておいそれと簡単に食事が摂れるような場所が見つかりません。

ガソリンスタンドに併設されている商店に入っても品揃えが非常に悪いので何か買って食べるのも一苦労です。

この日は途中の村に屋台が何軒かあるのを見つけたのでそこで昼食を摂ることにしました。

この屋台のオヤジも例に漏れず、ウンコをしても手を洗っていそうにありません。

でもダカールの屋台のおばちゃんと違って、素手で具材をわしづかみするのではなくちゃんとおたまを使って具材をご飯にかけてくれます。

私はシェ山田で一度食あたりを起こしているので少し臆病になっていました。

セネガル料理のチェブ。
味はなかなかですが、衛生面はかなり疑問符が付きます(;´д`)

でもやっぱりダカール料理であるチェブはなかなかの美味です。
ダカールの食事は量が多いので私もリョウさんもいつも少し残すことが多いのですが。

この日も少し残してしまっていたのですが、この食堂の近くでずっとこちらを見ていた子供たちが、私たちがご飯を残しているのを見て、オヤジの隙を見計らうと、サッと我々の前に置かれたお皿を持っていきその残った食事を夢中で貪っていました。

この子たちはこうしてこの食堂のお客さんが残した料理を食べて飢えをしのいでいるのでしょう。
しかしこの様子がここのオヤジに見つかるとすごい剣幕で怒られていました…。ただ、このオヤジも子供たちを厳しく叱り付けているように見えても、叩いたり激しく追っ払ったりするようなことはしないので、心のどこかで容認しつつ、何か感じることがあるのかもしれません。

この国で出される料理は量が多いので、現地の人たちも残す人が多いのです。そうやって残ったものが無駄になるのではなく、残飯が出ないようにして、少しでもこういった子供たちに行き渡るようにできないものか考えてしまいます。

私たちがバイクに戻り出発の準備をしていると食堂の近くにいた子供たちは私たちの所に来て、「何か頂戴よ」と手を出してきます。

今までも中央アジアやトルコ、東ヨーロッパで同じように物乞いをしてくる子供たちはいたのですが、ここの子供たちは今まで見た物乞いの子供たちに比べても特段やせ細っていて、身なりも大変汚く、疲れているのか目も虚ろです。

数があまりにも多く、飴でも取り出そうものなら大勢の子供たちが集まって来て収拾がつかなくなりそうだったため、ここではそれは断念しました。

と、このときはそう自分に言い聞かせていたのですが、実際はそうでは無かったと思います。

この子供たちの恰好があまりにも汚かったので、私は心の奥底ではこの子たちを嫌悪していたのだと思います。

中央アジアやトルコ、東ヨーロッパの子供たち、それからカンボジアの孤児院の子供たちのように、身なりがそこまで綺麗ではなくても、もともとの見た目が大変美しい子供たちが、もしも涙を流しながら私に何かを求めてきたら何も躊躇することなくギュッと抱きしめることができるでしょう。

でも、もしここの子供たちが同じ状況だった場合に、恐らく私は「嫌だな、少し離れて欲しいな」と思ってしまうと思います。

どんなに綺麗ごとを並べても結局は私はその程度の人間なのです。
世の中にはこれよりもさらに悲惨な状況はあるのでしょうが、本当に悲惨な状況には目を背け、逃げ出すのが私という人間なのだと思います。

安全で清潔な場所からきれいごとを並べて偉そうなことを言うのが私という人間ですけれども、弱くて下卑た私のような人間であってもできることはきっとあるはずです。

弱くて下卑た人間であることを他者から非難されたとしても、そんな自分も受け入れて、自分にできることを全うできる程度の強さくらいは少なくとも持っていたいと思うのです。

 

昼食を終えてこの日は日が沈む前までに順調にタンバクンダの町までたどり着くことができました。

蟻塚の写真を撮るリョウさん

このタンバクンダの町はギニアとの国境までの最後の大きめの町です。
ギニアに入ってしまうとセネガル以上に物を手に入れることが難しくなると思われるので、我々はここで一日余計に滞在し、必要なものを買いそろえることにし、ついでにしっかりと休養と取って久々の国境越えに備えることとしたのでした。

宿から見たタンバクンダの町
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