ギニア初日の夜はブラックアウト

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1月8日(水)東京出発214日目、セネガル19日目、ギニア1日目 タンバクンダ~クンダラ 走行距離189km

この日は遂にギニアに入国します。

今まで何度も国境越えは経験してきましたが、こればかりは慣れるものでもなく、毎回緊張が走るものです。

私は認識から抜けていたのですが、リョウさんはギニア国境での賄賂要求があるのではないかとだいぶ緊張していたようです。

また、リョウさんはユーラシア大陸をロシアをずっと西に抜けてヨーロッパに入っていたため、これまでの旅でダートらしいダートはモーリタニアのディアマ国境付近が初めてだったようで、この日もセネガルの国境にかけて25kmほどのダートがあるということにだいぶ不安を感じていたようでした。

一方の私はというと、テネレさんという走破性の高い相棒に跨り、西モンゴル、キルギスのソンクル、パミールハイウェイといった比較的厳しめの未舗装路をトータル2,000km以上走って来た経験があったため、未舗装路に対する抵抗感は無くなっていて、このときリョウさんの気持ちを全然理解することができていませんでした。

事前の情報通り、タンバクンダの町からしばらく走ると赤土のダートが始まります。乾季であるこの時期は赤土の砂埃は舞い上がりますが、地面は締まっていて凹凸も少ないため難なく走ることができます。

リョウさんの走りを見ていても、慎重にゆっくり走っているなとは感じたものの、全く持って危なげなく走っていました。

ギニア国境手前、赤土ダート。
情報通り約25 km続いていました。
ほぼフラットですので全く問題なく走れます。
(雨が降ったら大変かもしれません。)

ダート区間が終わるとすぐにセネガルの国境に到着します。

12時20分くらいに到着したため警察署の職員は昼食に出ていて、そこには手続きを待つ人が数人並んで待っていました。

暑い中13時くらいまで待たないとならないだろうと思っていたのですが、12時半くらいには職員も戻って来てすぐに手続きをしてくれました。

出国の手続きはあっさりしたものでした。

最初の建物で、入国時に税関で作った一時走行許可証を手渡し、次の建物でギニアビザを確認されパスポートに出国印をもらうだけです。賄賂の要求も一切なく、あまりにも簡単な手続きなため、逆に少し不安になってしまうほどでした。

セネガルの国境からギニアの国境までの緩衝地帯は約40kmほどあるため、出国手続きをするとしばらく走り続けます。

地図アプリに表示されている国境よりだいぶ手前で少し大きめの街に入ります。

ここには商店や食堂が立ち並び、その建物の中にギニアの入国手続きのための建物が入り込んでいるので、我々にはどこで何の手続きが必要なのかわかりません。

こういったありふれた町の中にギニア入国手続きをする建物が点在しています。

街の中を走っていると道路にロープが張られている箇所があり、そこで停止すると横の建物から人が出てきて、ここで手続きしろと教えてくれる仕組みです。

手続きする施設が一か所にまとまってあるわけではないので、我々もこれで終わりかなと思って少し進むとまた同じようなロープが張られていて停められます。

幾つかの手続きを済ませて街中の食堂で遅めの昼食を摂ります。

セネガルで散々食べたチェブは無いか?と聞くと、店のおばちゃんに「チェブはセネガル料理だからここにはないわよ」と言われます。

ふと別の男が、ご飯の上に肉のスープがかけられたようなもの食べていて、これはうまそうだと思い、「マダム、これちょうだいよ」と言いました。

するとこの男が、「この料理はスプ」って食べ物だと教えてくれました。

運ばれてきた料理を食べると、ご飯にかけられているスープは抜群に美味しいです。少しピリ辛の出汁のきいたテールスープのようなイメージでしょうか。

リョウさんはギニアの米が苦手だそうで、スープは確かに美味しいけれど、ご飯のせいであまり好きではないと言っていましたが。

私はこのスプという料理は結構お気に入りです。
例によって衛生面は大変な疑問符ですが

お腹も膨れて、この日は国境を越えた最初の村クンダラに行くだけだと思っていたのですが、この食堂から走ってすぐのところでまたロープが張られていて手続きをしないとなりませんでした。

ここで要求されたのが自動車の一時輸出を簡易化してくれるカルネと呼ばれる書類です。この書類を日本で取得するのに手間がかかりバイク旅のハードルを上げているなんていう人もいる書類ですが、ようやくここに来て初めて使うことになりました。

ギニアでカルネが必要になるという情報はほとんど聞いたことが無かったのですが、ギニア国内の検問でカルネの確認をされたという情報を見たことがあったので、私はもしかしたらギニア国境で必要になるかもしれないなと予想はしておりました。

アフリカは手続き関係は短いスパンでコロコロ変わるので今後もこういったことはいくらでも起こりうるでしょう。現にコートジボワールビザもダカールで簡単に取れるといった情報はたくさんあったのですが、我々は拒否されたわけですし。

これでやっとすべての手続きが終わりました。

ここから10kmほど走行してギニア最初の村クンダラに到着しましたが、やはりギニアはセネガルと比べるとだいぶ発展の度合いは遅れているという印象でした。

クンダラで目星をつけていた宿に到着しましたが、ギニアは夜の19時までは基本的に停電していて、そこから電気が使えるようになります。

我々がギニアに入った初日は一度夜になり電気が使えるようになったのですが、すぐにまた停電してしまったため、真っ暗闇の室内で過ごす必要がありました。
更には電気が止まっているため水をくみ上げるポンプも動いていないようで水道もシャワーも使えません。

ギニア入国の手続きが思いの他めんどうで(賄賂の要求などはないためその面でのストレスはありませんでしたが)多少疲れたことと、夜は電気が使えないことから特にやることもないため、この日私は20時くらいに就寝するのでした。

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