マセンタの子供たち

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1月24日(金)東京出発229日目、ギニア16日目 キシドゥグ~マセンタ 走行距離170km

前日、二人で腹を割って話をして私はこれからきっと二人で前を向いて進んで行けることを期待しいていまいた。

しかし実際のところは私が一方的に思いをぶつけただけで、リョウさんは言いたいことを我慢したのではないかという懸念も無いわけではありませんでした。

二人の関係において、一人になることに恐怖を感じているリョウさんのことを考えると、どうしても私が優位に立ってしまうのは必然であるわけでして…。

この日はここキシドゥグからマセンタという町を目指します。

マセンタに続く道についても当初は二人の意見が分かれていました。

キシドゥグからマセンタには最短で130kmのショートカットの道があるのですが、そちらのルートはgoogleマップでは表示されないようです。一方でゲケドゥという町を経由していく道がありそちらの方が一般的なようです。しかしそちらのルートを経由すると170kmほどの距離になり、さらにこちらのルートでも40kmほどは道路の状態は非常に悪いという情報があります。

私は結局道が悪いのであればショートカットの道で行けば良いと思ったのですが、リョウさんはやはり一般的なゲケドゥ経由ルートに行きたいということでした。

私は「ならば別々に行ってみましょうか?」という提案を一度してみたこともあったのですが、リョウさんは「さすがに怖いから一緒に行きましょうよ」と言っていました。

実際、私はこの道に対してはそれほど強いこだわりがあったわけではなかったので、前日の夕方に宿の方にどうなのか聞いてみました。

すると「ここからゲケドゥに行く道もゲケドゥからマセンタに行く道もまっすぐで綺麗だ!そっちから行くと良い」と言っていました。

それを聞いて私は「地元の人が言うのならばゲケドゥ経由で行きましょう!」と言いました。私自身全くそれで構わなかったのです。しかしリョウさんは「え…、本当に良いんですか?」と申し訳なさそうにしていたことが私にとっては反対に申し訳なく感じてしましました。

次の日の朝食時にリョウさんがこの日のルートについて何やら言い始めます。

「google航空写真で見るとゲケドゥの手前から未舗装路になるみたいなんですよねぇ。いやだなぁ」なんてゴニョゴニョ言っています。

私はそれを聞いて無性に腹立たしくなりました。我々はどちらの道を通るにせよマセンタに行くしか進む道はないわけですし、我々は結果としてもともとリョウさんが行きたいという方の道を選択したわけです。

それなのにこの期に及んでまだそんなことを言っていることが私は腹立たしかったのです。ここまで来て何事においても覚悟がないリョウさんの優柔不断な態度にいつも腹を立てていました。もう行くしかないのだから腹を括って欲しいのです。

そのあとも「ギニア-コートジボワールの国境を超える前は誰々のブログを熟読してから行かないと」など言っているのを聞いていて、心の狭い私はついに私のイライラとは違う部分で嫌味を言ってしまいました。

「誰かのブログを読んで人の行ったところをなぞるだけってつまらなくないですか?そんなことやるなら別に自分で行かなくていいんじゃないですか?家で誰かのブログを読んでれば十分ですよね」

私だって情報を集めるために他の人のブログを読むことは幾らでもあります。バイクは自由な乗り物のように見えて時間面や安全面を考慮すると実際は走れる道は限られるので、多くのライダーは同じような道を走るのは必然です。それを考えれば見当違いな指摘であるのですが、私は私自身でこのときの苛立ちの原因がどこにあったのかわかっていなかったのでそのようなことを言ってしまいました。

ここでお互いに少し口論になったのですが、お互いに引きずるようなこともなく、すぐに出発の準備をするといつも通り走り始めました。

走り始めると、宿の人が言っていたように最初のうちは非常に綺麗に舗装された道だったのですが、ゲケドゥの町に入る手前から激しく損傷して穴ぼこだらけの道になりました。

途中工事のために片側の通行が停められていました。並んでいていざ出発すると今度は対向車がたくさん停められていて、私はそちらの車の列に気を取られていて前をちゃんと見ていませんでした。

すると目の前が少し深めのサンドだったようで、バランスを取る間もなくスリップして転倒してしまいました。

不意のことだったので大変驚きました。

転倒した際に左足首を捻ったのですが、このときは痛みを感じなかったため大丈夫だろうと思っていました。

ここからも酷い道路状況です。ここまで荒れた道路は久しぶりというか、もしかしたら今までで一番悪い道だったかもしれません。単純な未舗装路ならば良いのですが、舗装路が壊れた道はガタガタとバイクに激しい振動が伝わりバイクにダメージが加わってしまいます。少しでもダメージが加わらないように慎重に走らないとならないため、大変疲れます。

あまりの道路状況の悪さにこれはマセンタまでこのままなのではないかと思っていたのですが、幸いなことに事前の情報通り40kmほどで綺麗な舗装路に変わり、無事にマセンタの街まで到着することができました。

マセンタの町で警察に停められ、目の前の警察署に呼ばれました。
何か面倒なことでも起きるのかと思ったのですが、パスポートの情報やこの日に泊る宿がどこなのかをいつもより細かく聞かれ、ノートに記載されただけで終わりました。

ちょっと高圧的な雰囲気もあったのですが手続きが終わると、「宿の場所はわかりますか?わからないようなら誰かにエスコートさせますよ」なんて言ってくれました。

「自分たちで行けますよ」と言って我々は出発したのですが、目星を付けていた宿であろう場所に着いてそこにいた人に聞いてみると調べていた名前の宿とは違う名前を口にし、ここには泊まれないと言われてしまいました。

そうなると場所がわからないので、我々は仕方なく警察署に戻り場所がわからないと伝えると、いろいろと聞き取りの担当をしてくれたカッチリとした制服を着た、位の高そうな警察官がバイクで宿まで案内してくれました。

するとやはりさきほど我々が訪れた場所が、我々が目星を付けていた宿だったようです。

どういうことなのでしょうか?

警察の方はここに泊れるというので、我々が建物を指さして宿の人にここに泊れるのか?と聞くと「ここには泊まれない」と言います。

うん…?どういうことなのでしょうか?

我々が戸惑っていると宿の人は面倒くさそうに隣の建物を指さしました。「泊まれない」というのはこの目の前の建物の話だったようです。それでさっきは私たちを追い返したのですか??全くもって意味がわかりません。

宿泊できる建物に案内してもらい、荷物を部屋に運んだ後、バイクの整備をしようと表に出ると、5、6人の子供たちが笑いながら私の方にやってきました。

最初この子たちとふざけたりして、バイクに跨らせたりしていたのですが、子供たちもなれてくると遠慮なしになってきて収拾がつかなくなってきました。

一端バイクに跨がらせたら、そのあとは一切の遠慮が無くなり大変でした(>_<)

私はこのときになり、昼間に転倒して捻った左足首が痛く歩くのも億劫になってきました。どうやら夕方になり患部が腫れてきて痛みが強くなってきたようです。

これは私一人ではイカンと思い、リョウさんの部屋をノックし、リョウさんにも子供たちと一緒に遊んでもらえるようにお願いしました。

みんな元気で収拾がつかない(;´д`)

リョウさんの人柄の良さは子供たちからの評判も良く、大変ありがたいです。

みんなお目々キラキラです
美人ぞろいの女の子たち

日もとっぷりと沈むと子供たちのお母さんと思われる方が迎えに来て、我々はやっと子供たちから解放されました。

しかし、私の左足の痛みは強くなる一方です。

しばらくは痛みがほとんどなかったことと歩けていたことからはそこまでは重症ではないと思われますが、一抹の不安を残し、このまま次の日に備えることにしました。

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