仲間の死

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2022年8月10日(水)2回目東京出発6日目、この旅トータル291日目、アンゴラ2回目5日目 首都ルアンダ

昨日、テネレさんで帰宅したので、この日は自分でテネレさんに乗ってライダーズクラブの基地に向かいます。
私の地図アプリは最短ルートを示してくれているのでしょうが、気づくと細いスラムの中に入ってしまいました。
路肩にたくさんの車が停められていて、道も悪くゆっくりとしか走れません。

テネレさんのようなスラムの人たちからしたら高級車に乗る人間がスラムを突っ切って行くのです。彼らからしたら癇に障るのでしょう。私を見ると口笛を吹いたり大きな声で威嚇したりしてきます。

何をされるかわからないので怖くて仕方ありません。やはりここルアンダは十分に気を付けていかなければならないことがわかります。

この日は前日に税関書類の手続きができなかったことと、前回にアンゴラに置いて行ったヘルメットはだいぶ痛んでいたので新しいヘルメットを新調するためにこの日も朝9時過ぎにライダーズクラブの基地に行きます。

ライダーズクラブの基地に到着すると何人かが神妙な面持ちで入り口付近に立っています。

私が到着したのに気づいた一人の仲間が私に話しかけてきます。

仲間:「ヘルメット買いに行くんだろ。ルイが連れて行ってくれるから一緒に行きな」

私:「ヘルメットも欲しいのですが、その前にジョージさんと一緒に税関に行って税関書類の受け取りをしたいのですが」

仲間:「ジョージはすぐには来られない。実は今朝、ジョージの息子さんがバイク事故にあって亡くなった。だからジョージは今病院にいるんだ」

!!!

そんな…。そんなに悲しいことってあるでしょうか?あれだけ私に良くしてくださっているジョージさんになんでそんな不幸が訪れないといけないのでしょうか!!

ルイさんが「まずはヘルメットを買いに行こう」と言ってくださり、車をだしてくださいました。

ルイさんが良さそうなヘルメットを選んでくださっているときに、ジョージさんから私に電話がかかってきました。

ジョージさん:「マイフレンド。調子はどうだい?今はわけあってそっちに行けないけど、お昼くらいには行くようにするから待っててな」

私:「え…?え??」
いや、息子さん亡くなったんでしょ?そんな…。今日は無理して来なくて良いのに…。でも何て言ったらいいのかわからず返答できずにいるとそのままジョージさんは電話を切ってしまいました。

ヘルメットを購入し(ヘルメットの価格も日本での2倍くらい)基地に戻ると、すぐにジョージさんがやってきました。

息子さんが亡くなったというのに明るく振舞っています。
昼食はジョージさん宅で食べようと言ってくださり、ジョージさんの車に乗り込みます。

ジョージさん:「実は今朝、俺たちの仲間が死んだんだ。マサドってわかるか?昨日BMWのGS1200に乗って基地にやってきた男だ。37歳。全く若いよ。それで病院に行ってたから今日は来るのが遅れてしまった。悪かったね」

その彼ならわかります。昨日一緒にビールを飲んで盛り上がった方です。
朝に聞いた話ではジョージさんの息子さんが亡くなったと聞いていたのですがどうも違うようです。ジョージさんの息子さんではなかったことは幸いですが、それでも悲しい事実には変わりありません。

ジョージさん宅にて昼食をご馳走になると、ジョージさんはそのまま再度私をライダーズクラブの基地まで送り届けてくださり税関で少し仕事があるから2時間後に戻ると言ってそのまま出かけて行きました。

基地に戻るとルイさんたちはおらず、ルイさんの手伝いをしている若い男の子一人が留守番していました。
どうやらルイさんたちも昼食に出ているようです。

すると突然、一人の若い黒人女性が基地の中に入ってきました。何も言わずにいきなり私の体を触ってきます。それも肩とか背中ではなく後ろから胸の辺りをまさぐってくるのです。

いやいやいや、何なんですか?怖すぎるんですけど…。ルイさんの手伝いをしている彼はそれを見て笑っています。普通じゃない状況で怖すぎます。

そしてその女性は私の隣に座ると「私の名前はミホよ」と自己紹介してきます。日本人みたいな名前だなと思いつつも怖すぎます。
何者なのかがさっぱりわかりません。

しばらくするとルイさんたちが昼食から戻ってきました。
ライダーズクラブの仲間の一人がルイさんの手伝いをしている彼から私の身に起こったことを聞いて

仲間:「へい。ジャパニーズ。お前この女に胸を揉まれたのか?気にするな。この女は頭がイカれているんだ」
と言って笑います。

ふざけてやっただけなら良いのですが、他に人がいないときにやらないでほしいです。本当に怖かったので。

2時間くらいしてジョージさんが戻ってきたので私はこの日は挨拶をしてそのまま帰宅することにしました。

昨日はルイさんが先導してくださったのですが、この日は私一人で帰ります。そろそろ日が沈むころなので早めに帰った方が良いと思うのですが、何分慣れない道なので何度か道を間違えてしまいます。

やっとの思いで滞在先宅付近に到着したのですが、ほとんど日は沈みかけています。
私が滞在している付近は同じような道がたくさんあるので近くには来ているのはわかるのですがどうにも自宅を見つけることができません。

すると同じところをぐるぐる回っている私を見かねてか近所の人らしき人が声を掛けてくれました。
しかしポルトガル語で何を言っているのかわかりません。

仕方ないので滞在先を提供してくださっているフィフィコさんに電話をし彼らと話をしてもらいます。

どうやら近くにいるようなのですが細かい家の位置まではわからないようです。
彼らが付近で目立つ建物まで連れて行ってくれ、しばらくすると滞在先の守衛さんが迎えにくてくれました。

私が迷っていたところのほんの数十メートルの所に家はあったのでした。

部屋に戻り無事に帰れたことをフィフィコさんに伝えると。

フィフィコさん:「どれだけ心配したと思っているんだ!さっきまでヒデがいた状況は大変危険な状況だったんだ!最初に言ったよね?この辺りはすごく治安が悪いって。すべての人が親切とは限らないんだよ。無事に帰れたから良かったけれどもっと危機感を持たないと本当に危険な目に遭うよ」

何度も何度も気を付けるように言われていたのにそれでも私の認識は甘かったようです。私自身も怖いなと直感的に感じている部分はあるのにそれに見合った対応ができていなかったことを深く反省しました。

今までも危ないと言われる地域に足を踏み入れることはあったけれども、何もなかったのは単に運がよかっただけなのだと思います。
より一層気を引き締めていかなければならないと反省しました。

そして、家に着くと守衛さんも何か言っています。

どうやらキッチンのテーブルの上に置いてあったパンを食べたのか?と聞いているようです。

確かに朝ごはんに食べました。

これってフィフィコさんが定期的に持って来てくれているものではないのでしょうか?
先日、お腹が空いたと私が言ったら食べて良いとこの守衛さんに言われたものです。

守衛さん:「…」
どうやらこれは守衛さんが自分で買ってきて自分の食事にしているもののようです。

これで合点がいきました。
先日は私があまりにもお腹が空いたとうるさいものだから守衛さんが分けてくださったものだったようです。そしてそのタイミングでフィフィコさんから食事に行こうと誘いが来てレストランに連れて行っていただいたために、パンを食べた上にボリューム満点のランチを食べることになったのでした。

今思うと旧ソ連圏にいたとき私はどうしていたのでしょうか?
言葉が通じないというのはこれほどにまで大変なのですね。

守衛さんには謝罪をして、近々近所の商店に買い出しに行くのでそのときにお詫びに何か買うことにして許してもらいました。

いつもにこやかな守衛さんで、このときも笑ってはいましたが内心ムカついていたんだろうなーというのが何となく伝わります。
食べ物の恨みは恐ろしい…。

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