旅について思うこと

Facebook にシェア
Pocket

2022年8月26日(金)2回目東京出発22日目、この旅トータル307日目 ナミビア9日目 ウィンドフット 走行距離なし

 

朝起きて宿の朝食を食べに食堂に行きます。

 

するとジャスミンさんもちょうど朝食に向かうようで彼女と旦那さんのシルバインさんの部屋の前でお会いします。

 

ジャスミンさん:「おはようございます。ヒデさん(日本語で言います)」

 

実はジャスミンさんは昔日本語を少し習っていたことがあったそうです。またパリのホテルで働いていたときは日本人の従業員が二人ほどいたため挨拶程度の日本語はわかるそうです。

この発音が大変綺麗なので驚きます。

 

ジャスミンさん:「南アフリカで日本語を話している観光客を以前見て、『こんにちは』って声をかけたら日本人と間違えられて日本語で話しかけれらて困ったことがあったわ」

 

アジア人(マレーシア人)のジャスミンさんがこんなに綺麗な発音の日本語で挨拶をしてきたら日本人と間違えるのも無理はないでしょう。

 

食堂に着くと、シルバインさんとジャスミンさんのテーブルと私のテーブルは分かれていたのですが、

 

ジャスミンさん:「ヒデ。これが私たちで食べる最後の食事なんだからこっちのテーブルに来て一緒に食べましょう」

 

と言ってくださいます。昨夜と今朝お話をしただけなのに、とても優しくしてくださり、「一緒に食べる最後の食事」という言葉がとても寂しく感じました。

 

シルバインさん:「ヒデの今日の予定は何だい?」

 

私:「予定は何もないです。単に休息を取ります」

 

シルバインさん:「休息は大事なことだ。昨日はだいぶ疲れた顔をしていたからゆっくり休むのが良い」

 

そんな風な会話をしながら「一緒に食べる最後の食事」は過ぎて行きました。

 

部屋に戻る途中、シルバインさんとジャスミンさんが「チェックアウトは10時だったよね?」なんて話をしているのが聞こえたので、二人は10時くらいに出発するものだと思っていました。

 

そこで私は部屋に戻りゆっくりシャワーを浴びたりしていたのですが、気づくと二人はすでに出発してしまっていたようです。

なんてこったい…(涙)

 

幸いなことにシルバインさんとは連絡先を交換していたので慌ててメッセージを送信します。

 

私:「お見送りができずに申し訳ございませんでした。ぜひ素敵な旅を」

 

シルバインさん:「ウィンドフットでとても素敵な出会いでしたね。ぜひ残りの旅も安全に、そして楽しんでください。sayonara(ローマ字で)。アシルバイン&ジャスミン」

 

人は人に優しくされると、自分もその人に優しくしたくなりますね。いつかまたどこかでお会いできることを願って…。

 

この日は昼からバーのカウンターに座ってビールを飲みます。

 

オーナーの老紳士:「今日は何も予定はないのかい?」

 

私:「ゆっくり休養します」

 

オーナーの老紳士:「それは良いことだ」

そう言って二人して3週間前に行われた試合の再放送という南アフリカ対ニュージーランドのラグビーの試合をぼんやりと眺めていました。

 

午後になり、近くにショッピングモールがあったのでそこに歩いて買い物に向かいます。

すると北欧を旅している洋介さんからメッセージが来ました(ヨーロッパにいる洋介さんとアフリカにいる私はタイムゾーンがほとんど一緒なのでやり取りしやすい)。

 

洋介さん:「なんかここのところテンションが上がらないんですよね。ヨーロッパは安心感がありすぎるせいでドキドキが無いからですかね?」

 

確かにしばらく洋介さんに元気が無いようなのはLINEのメッセージからも伝わっては来ていました。

洋介さんが日本を出発したのが5月末。そろそろ3か月が経とうとしています。

 

実は私も前回のときには、パミールハイウェイを走り終えてジョージアからトルコに向かう頃で日本を出発して3か月くらいでした。

トルコにいた時くらいは私のテンションはミニマムに低かったです。

 

もちろんパミールハイウェイでの感動が大きすぎて、仲間との別れを経て燃え尽き症候群気味になっていたのは確かですが、この3か月という期間が実は長期の海外旅行の鬼門になる時期なのかもしれません。

 

以前、バックパッカーとして海外を回ったことがある人に話を伺ったときに「3か月くらいすると旅が日常になり、感動が薄れてきて惰性になる」ということをおっしゃっていたのを覚えています。

 

私自身、今回はアンゴラからナミビアを経て南アフリカで(タイミングが合えばポーランドに寄りますが)この旅は一旦終わろうと思っています。

正直、アンゴラのルアンダから南およびナミビアはすごく良くて、そのほか、環境も良く、観光資源の豊富なボツワナ、モザンビーク、タンザニアまで足を伸ばしたいという思いもあるのですが、もしそれをしたとしても、私にとってはそれは単なる観光旅行の延長でしかなく、時間をかけてそれをするよりも日本に戻って私の人生を次のステージに進めることの方が大切だと思っているため今回はここまでにしようと考えています。

 

しかし、旅に意味を見出すことにどれほどの価値があるのでしょうか?

前回、西モンゴルで酷い目に遭って、メンタルが底辺まで沈んで、やっとの思いで辿り着いたロシアとの国境ウルギーで洋介さんに再会したときに、洋介さんはこうおっしゃっていました。

 

洋介さん:「(私が何のために旅に出たのかわからなくなっていると言ったことに対して)そもそも旅に出るのに理由や目的なんて要りますか?旅をしているうちに何かを見つけるかもしれません。何も見つけられないかもしれません。旅ってそういうものではありませんか?それじゃいけないんですか?」

 

もちろん目的意識を持つことは大切です。私も仕事においては目的意識は強く持つように心がけますし、部下にも口を酸っぱくして言います。

 

でも、このような自由気ままな旅において意味だのなんだのを考えること自体がナンセンスなのかもしれません。

私が3年前に洋介さんに言われたことをそっくりそのまま「『洋介さん』っていう人が言っていましたよ」って付け加えて言ってやりました。

 

洋介さん:「その『洋介さん』っていう人、なんて素敵な人なんでしょう!気が楽になったのでビール買ってきました」

 

元気が出たようで何よりです。

 

旅も人生も似たようなものかもしれませんね。

以前、キャンプの師匠のKさんがこうおっしゃっていました。

 

Kさん:「なんで価値のために生きないといけないんだ?そんなの考えたこともないよ」

いつも誰よりも楽しそうに笑い、いつも自然体でいるKさん。

 

そんな風に肩の力を抜いて楽しそうに生きるから洋介さんもKさんも魅力に溢れているのでしょうね。

 

この旅はそんな生き方もとても魅力的なんだよって教えてくれた旅でもあるのかもしれません。

Facebook にシェア
Pocket