• ただ珍しいものが欲しいだけなの

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    8/29(木)東京出発83日目、タジキスタン7日目 カライクム~ドゥシャンベ

    マイケル、アントニオと別れたその日はカライクムの町に宿泊しました。

    事前の情報ではホログからカライクムまでの間がこのパミールハイウェイの中で一番道路状況が悪いということだったのですが、実際に走ってみるとそこまで酷いということはなく、難所らしい難所もありませんでした。

    そして次の日、カライクムから30km ほど走るとそこはほとんどキレイな舗装路になり、パミールハイウェイも終わりに近づいていることを知らせてくれます。

    本当に素晴らしかったパミールハイウェイ。名残惜しさもあり、そして何よりも素敵な仲間たちとの別れが私の心を切なくさせていました。

    タジキスタンの中でも大きな街クリャープをちょうど昼過ぎに通過したため、ここで昼食を取ることにしました。

    この国の人たちも非常に優しく、私が食堂で並んでいるときに間違えて前の人を抜かしてしまったかと思って、「すみません。お先にどうぞ」と前に促したところ、その人たちが、「いやいや、異国からのお客様こそどうぞ」と前に入れてくれてしまいました。

    食堂は混雑していたため、席を見つけられないでいたのですが、そこでも私に気付いた人がまだ片付かないテーブルを指差し、店員を呼んで片付けるように言ってくれました。

    席に座ると今度は警察官らしき制服を着た3人組の男たちが、私にフルーツの盛り合わせを持ってきて、親指を立てて去って行きました。

    警察官風の男たちが何故か私にフルーツの盛り合わせをプレゼントしてくれました

    どうして全く知りもしない外国人の私にみんなこんなに優しくしてくれるのでしょうか?

    食事をしていると今度は二人組の男が相席良いかと聞いてきたので、もちろんと答えました。

    この国では珍しく片方の男の方は非常に流暢な英語を話します。

    聞くところによるとこの二人は学校の先生ということで、この方は英語の先生だそうです。そしてもう一人の方は化学と生物の先生と言っていました。

    向かって右側が英語の先生。左側が化学と生物の先生だそうです。

    一人ぼっちになりセンチメンタルになっている私をこの国の人たちの優しさが癒してくれます。

    首都ドゥシャンベまで残り60kmほどになったところで見晴らしの良い展望台を見つけます。

    残りあと少しですが、ここで一旦休憩を取ります。

    すると3人組の女の子がやって来て私の周りをうろつきます。

    顔がそっくりなので姉妹かなと思っていると、一番大きい女の子が「私たち姉妹なの」って英語で言ってきます。

    私たち姉妹なのよ。
    うん、そうだね。顔そっくりだもんね

    興味深そうにオートバイを眺めてサイドケースに触ったりしています。

    「熱い部分もあるから気を付けてね」と笑顔で言うと、向こうも笑顔でうなずきます。

    そして、「ねぇ、何かちょうだい」って言ってきます。

    ねぇ、なんかちょうだい

    「お金ちょうだい」ですと嫌な気持ちになるのですが「何かちょうだい」は嫌な気持ちになりません。

    うーん、この子達にあげられるものはあるかなぁと考えていると、サイドケースに貼られた他の旅人たちのステッカーに興味を示していたので、私のステッカーをあげます。

    すると「もう一枚ちょうだい」って言ってきます。

    ま、良いかと思ってもう一枚渡すと、「ねぇ、もう一枚ちょうだいよぉ」って言ってきます。

    なぜそんなにこのステッカーが欲しいのか?

    「そんなにはたくさんあげられないからこれで我慢して」と言い、チョコレートを持っていることを思い出したので一番上の子に「3人で分けてね」と言って渡します。

    お姉ちゃんはちゃんと下の子達に分け与えてみんな食べていましたが、お菓子にはそこまで執着は無いようです。

    真ん中の女の子が「他に何か無いの?何かちょうだい」って言ってきます。

    おそらくこの子達は外国の珍しいものが欲しいだけのようです。

    うーん、何かあげられるものがあると良いんだけどもと思っていると、近くで見ていた現地の若いお兄さんが現地の言葉でこの子達を叱りつけます。

    私としてはそれほど嫌な思いもしていなかったので、叱るほどのことでも無かったのですが、この子達の元気がなくなってしまったのでかわいそうな思いをさせてしまいました。

    「ごめんね。もう行くね」と言うと、3人とも手を振って見送ってくれました。

    周りに何かあるわけではないこの地域ではたまに訪れる私のような観光客に遊んでもらう以外にこの子達にはやることがないのでしょう。

    今思うと、もう少し遊んであげれば良かったかなと少し後悔しています。

     

    そこから一時間もしないうちに首都ドゥシャンベに到着し、実はここから私にとって長い一週間が始まることとなるのでした。

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  • この旅で流した、初めての本当の涙

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    8/28(水)東京出発82日目、タジキスタン6日目 ホログ~カライクム 走行距離226km

    ホログからカライクム

    朝食を済ませるとマイケルはテスト走行に出かけます。

    私はゆっくりコーヒーを飲んで待つことにしました。

    するとしばらくしてアントニオが私のところにやってきました。

    「ヒデ、マイケルから連絡があって、やっぱりどうもオートバイの調子が良くないらしいんだ。マイケルはこれから紹介してもらったホログにいるオートバイのメカニックのところに行くらしい。でもやってみないと修理にどれだけ時間がかかるかわからないみたいなんだよ。私はマイケルを待とうと思う。でもヒデは先に進みたいと思うなら待たずに行くべきだと思うんだ。」

    私は正直どうしたいのか、自分がどうすべきなのかわからなくなっていました。

    「少し考えるね。」とだけアントニオに言いました。

    ダニエルとアルティナがいなくなって、少しの間一人になりたいと思う時間もありました。一方でトラブルを抱えるマイケルとアントニオを置いていくことに心苦しさも感じます。

    でも本当にそうでしょうか?私たちの得ている情報によると、これから私たちが行くホログから先の道が、このパミールハイウェイの中で一番道路状況が悪いとなっています。

    私はマイケルとアントニオを置いていけないなんて言いながら、自分がこの先の道を一人で行くのに不安を抱えていて、結局は二人に頼ろうとしているのではないのでしょうか?

    アントニオが待つと言っているのであれば、マイケルもアントニオも一人ぼっちにはならないのです。そう考えたら私まで一緒に待つ理由は無いような気がしたのです。

    アントニオのところに行き伝えます。「ごめん。やっぱり一人で行こうと思う…。」

    アントニオは「わかった。それが良い。正しい判断だと思う」と言ってくれました。

    身支度を整えてバイクに荷物を積みます。

    駐輪場で作業をしていたアントニオに挨拶をします。

    「本当に楽しかったよ。ありがとう。」

    するとアントニオが言いました。

    「ヒデ、何かトラブルがあったら遠慮なく連絡してくるんだぞ。いいか、決して無理はするな。とにかくあわてないでゆっくり走るんだ。とにかくゆっくりだ。」

    いつも走っているときは全然頼りないくせに、こんなときになって父親みたいなことを言うんだな。

    そんな風に言わないでくれよ。

    そんな風に言われたら溢れ出てくる涙が止まらないじゃないか…。

    今まで何度か西モンゴルでつらい思いをして半べそかいたなんて話をしてきましたが、この旅に出て本当に涙を流したのはこの時が初めてでした。

    どんなに我慢しても、とめどなく溢れ出る涙をこらえることができませんでした。

    アントニオとハグをしてお別れします。

    ずっと止まらない涙で視界が滲む中一人で走り始めます。

    本当にこの決断は正しかったのかどうかはわかりません。たくさんお世話になったはずのマイケルに挨拶をしないで出発してしまったことを批判される方もいらっしゃるかもしれませんね。

    でも私はこのとき思っていたのです。マイケルにはこの先どこかで必ずもう一度会えるに違いないと…。

    一人になっても雄大なパミールはとても綺麗でした
    もうここまで来ると高度はそれほどでもありません
    道路一杯の羊の群れ。
    羊飼いが道を作ってバイクを通してくれました
    検問所で出会った少女たち
    ヘルメットを取るとアジア人だったことに驚いていたようですが、オートバイに興味津々でした
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  • 子供扱いしないで。小さくたって女なんだから

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    8/27(火)東京出発81日目、タジキスタン5日目 ホログ

    マイケルとアントニオの体調も回復したらしく前日にはバイクの整備もしたのでこの日は3人で出発することにしました。

    先日、派手な昼食を河原で行ったため、私たちの手持ちの食材も少なくなっていたので、ホログの町にあるバザールに行きます。

    ホログのバザールにて。
    マイケルとアントニオ

    ここでマイケルがパスタや野菜を購入し、今日はどこかでキャンプでもしようか?などと話して盛り上がりました。

    買い出しもして準備も整ったので3人で出発します。

    ホログの町のはずれに大きめのガソリンスタンドがあるので3人でそこで給油をします。

    私とマイケルが給油を終えてアントニオを待っていると、アントニオが大きな声で「マイケル!」と呼ぶ声が聞こえました。

    アントニオのもとに行ってみると、アントニオのKTM adventure 690の前の部分から液体が滴り落ちています。

    とりあえずバイクを端に寄せてカウルを外して確認してみるとどうやらラジエターに穴が空いて冷却水が漏れているようでした。

    さすがにこの状態で走行するのは危険です。マイケルがガソリンスタンドの人にこの町にオートバイの修理をできる場所は無いかと聞きに行ってくれます。

    アントニオが心配そうに言います。「ヒデ、これ見てどう思う??」

    「さすがにこの状態で走るのはマズいと思う。どこかで修理しないと…。」

    すると益々アントニオの顔は不安そうになるのです。なので私は言いました。

    「でもアントニオ。大丈夫だよ。ここはそれなりに大きな町だから。日本にはね、大澤孝将っていう名前のサムライがいるんだ。彼はモンゴルの何にも無い誰もいない山の中でラジエターに穴が空いて冷却水が漏れ出ていても、弱音一つ吐かずに果敢に走り抜こうとしたんだ。それに比べればそこまでアンラッキーなことじゃないよ。ここで必ず直せるって。」

    アントニオが尋ねます。「先に行かないで待っててくれるの?」

    「大丈夫。一人ぼっちにはしないよ。」

    そういうと白髪の良い年したオジサンのアントニオが目を潤ませて私の袖を掴むのでした。

    マイケルがガソリンスタンドの店員にバイクの修理できる場所を聞いてきてくれ、この場所から約5kmほど離れた場所に車やオートバイを扱う修理工場があることがわかりました。

    早速3人で行ってアントニオのバイクを見せるとラジエターの穴を塞ぐためには、町中にオートバイや自動車用品を扱っている店があってそこでラジエターの穴を塞ぐ薬品が売っているから、それで自分たちでできると教えてくれます。

    ということで今度はその町中の店を目指すのですが、今度はマイケルのオートバイが止まってしまいました。

    これはイカンということで仕方なく一旦この日まで泊まっていた宿に戻り二人はタクシーで町中のそのお店に行くことにしました。

    私はというと、前日に整備をしているときに気づいてはいたのですが、モンゴルで折れて溶接して直したサイドケースのステーの反対側の部分が折れていて、ストラップで縛ってはいたので、タジキスタンの首都ドゥシャンベで直そうと思っていたものをこの機に直してしまおうと、一人で溶接しに行くことにしました。

    今度は反対側のステーが折れてしまっていました

    溶接をしてもらってホテルに戻るとアントニオのバイクの修復もちょうど終わるころでした。なんとも言えないのですが、取り敢えず冷却水の漏れはなくなったようです。

    その後テスト走行などもしておそらく大丈夫ではないかという所までなんとかなりました。

    一方でマイケルのバイクですがどうにも良くないようです。駐輪場が狭いため、3人がかりでの作業は反対に効率が悪くなりそうでしたので、マイケルのオートバイの修理の手伝いはアントニオに任せることにしました。

    情けないことにダニエルとアルティナとの別れをこのときになっても引きずっていて一人になりたいというのが正直なところでもあったのですが。

    この日は廃人のように一人昼からビールを煽ってボケっとして過ごします。

    夕方になりハッと我に返り時間がもったいないと思うようになります。

    この宿の周りからは子供たちが遊んでいる声がよく聞こえてきます。子供たちと遊ぼうかと思って外に出てみるとそこで遊んでいたのは女の子たちでした。

    小さな子供の声ですと男の子の声なのか女の子の声なのか聞き分けるのは難しいです。

    私が表に出て子供たちの方に行くと、突然現れた東洋人のおじさんに驚いたのか、遊んでいた子たちは車の陰に隠れてそこからこちらの様子を伺っています。

    するとその中の一人の女の子が出てきて、こちらに来て何かを言っています。言葉が全く分からないので仕方なく「みんなの写真を撮らせて」と言ってスマホを取り出すと隠れていた他の子たちも出てきます。

    カメラを向けるとみんなポーズを取ります。シャッターを押すと今度は私のところに来て撮った写真を見せろと言います。その写真を見て自分の表情やポーズが気に食わないともう一回取れと言ってきます。

    可愛い女の子たち。
    ちゃんと可愛く撮ってよ!って言ってきます

    この子たちはこんなに小さくても女の子ですね!(^^)!

    そんな風にして遊んでいると、どこからか中学生くらいの少し大きい女の子も何人か集まって来て、私たちも一緒に撮ってと言ってきます。やはりツーリストの多いこの地域では子供たちも写真を撮られることに慣れているのでしょうか?

    なになに?
    私たちも仲間に入れてよ

    更にはその中の一人の活発な雰囲気の子が今度は私とツーショットで撮ってよと言ってきます。私のカメラで撮るのにツーショットで撮る意味がこの子にとってどこまであるのかは不明でしたが、そう言ってくれるのであればありがたく一緒に撮ってもらいました。

    ツーショットで撮ってよ

    このときもこの子は自分の表情やポーズを確認して何枚も取るように言ってくるのでした。

    ダメよ。気に食わないからもう一枚よ

    でも、あれですね…。中学生くらいだとだいぶ大きいなと思うのですが、こうしてツーショットで並んで撮ってみると親子くらいの年の差があるんだなとまざまざと見せつけられて少しショックですね。恋人同士には見えなくとも、少なくとも兄妹くらいには見えて良いものかと思ったのですが…(私の首に巻いてるタオルもなんともヤバイですね(;´д`))。

    するとこの中の別の中学生くらいの女の子は英語が話せたため幾つか質問してくれます。

    そして良かったらこれから私の家にお茶を飲みに来なよと言ってくれました。

    この時間からだともしかしたら夕飯までご馳走になれてしまう!?現地のご家族の一家団欒に混ぜてもらえてしまったりしてなんて淡い期待をして「遊びに行っても良いの?」なんて聞いてしまいました。

    しかしこの子が家の人に私を家に招待しても良いか確認したところ、やはり知らない外国人を家に上げるのはだめだと言われてしまったようで、少し元気が無くなってしまい、反対にこの子に申し訳ないことをしてしまいました。

    さらに少しすると今度は男の子たちもやってきてサッカーをしたりバレーボールしたりして遊びます。

    男の子たちも交えて皆で遊びます

    トラブルがあり、結局ホログでの滞在が一日延びてはしまいましたが、子供たちと交流する機会も持てて結果的には意味のある一日になったと思うのです。

     

    宿に戻ってもマイケルのオートバイの修理は続いていました。

    日も完全に落ちてしばらくした頃に一旦作業をそこまでにしてマイケルが言います。「とりあえずやれることはやった。明日の朝テスト走行してみる。もしそれでもダメだったらヒデとアントニオは先に行ってくれ。」

    私は答えようがなかったので「そうなったらそのとき考えるよ」と伝えて、その日は就寝しました。

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  • 突然の別れ

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    8/26(月)東京出発80日目、タジキスタン4日目 ホログ

    ほとんど眠ることができず朝になり、朝食を取るために宿の食堂に行きました。

    マイケルとアントニオがお腹の調子が良くないと言っています。なのでアントニオだけでなくマイケルもこの日は宿でゆっくりするということでした。

    アルティナも食堂に来たのですがダニエルが来ません。

    どうもダニエルも体調を崩してしまって部屋でまだ寝ているというのです。心配ではあるのですが、そういうことならこの二人も今日の出発は無いだろうと思い少しホッともしました。

    アルティナが「ヒデはどうするの?」と今日出発するのかどうかを尋ねてきます。

    寝不足で疲れも取れていないことから「疲れが取れていないから今日は俺も宿でゆっくりするよ。バイクのメンテナンスもしたいしね。」と答えました。

    それを聞いてアントニオが「男性陣はみんな体調を崩して弱いけど、女性はやっぱり強いな」と言います。

    それを聞いたアルティナは「昨日のお昼にダニエルが買ったクッキーがいけなかったのよ。みんなはあれを食べていたけど、私はあれ食べなかったから」と言います。

    私はお腹の調子は悪くないことから、そのクッキーが原因ではないと思われますが、そのことは黙っていました。

    この日はゆっくりできるということで、午前中はブログを書いたりして過ごします。しかし、後に私はこのことを大いに後悔します。

    いつみんなと離れ離れになるのかもわからないのだから、ブログを書くなんていう一人の時間を過ごすのではなく、みんなともっと話をして一緒に過ごす時間を作るべきだったと思うのです。

    少ししてダニエルもやってきました。そして、このとき私の気づかないうちに知らない話がされていたことを後から知り、大変後悔するのです。近くでブログを書いていた私にも聞こえていたと思い、彼らも私に秘密にしていたということは決してなかったのですが。

    午後になり私とマイケルとアントニオはバイクの整備をしていました。

    そこにダニエルとアルティナもやってきました。ダニエルの体調もだいぶ良くなったようです。

    2人でどこかに出かけるようです。私はダニエルに「バイクでどっか行くのかい?」なんて間抜けなことを聞きます。

    ダニエルがアフリカツインを外に出せるように私のテネレを避けて二人が出てくるのを待ちます。このときになって間抜けな私は初めて気づきました。

    ダニエルとアルティナはこの時間からでも出発することを決めたようです。恐らく私がブログを書いているときにそのことを話していてマイケルとアントニオは認識していたようです。

    突然のことで私は動揺が隠せません。

    「え、え、え…。」と思っているうちに彼らの準備は整い表に出てきました。

    ダニエルが言います。「ヒデ、決して無理はするんじゃないぞ。もしモスクワに来ることがあったら必ず連絡くれな。街を案内してやるから。」

    アルティナも「ヒデの旅の物語が無事完結することを願っているわ。旅が終わったら必ず報告してね。」と言います。

    え…、これでお別れ…??

    「お、おう…。二人も日本に来るときは連絡くれな…。」

    すると二人は私を強く抱きしめてくれました。

    オシュで二人に出会ったのが約1週間前。そしてたった3日間だけ一緒に走った仲です。でも私にとってはこの3日間が1年も2年もずっと一緒に語り合ったかのような凝縮された時間でした。

    強く優しく誠実なこの二人は私の感じたロシア人のイメージそのままに爽やかな風を残して走り去っていきました。

    心からありがとう…

    2人がいなくなってしまい、私の心はここにあらずの状態になってしまいました。

    明らかに元気がなくなってしまったのですが、そのような姿をマイケルとアントニオに見せるのも申し訳なく、寝不足を言い訳に簡単な夕食を済ませると一人部屋に戻り、そのまま就寝するのでした。

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  • ダニエルの勘違い

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    8月25日(日)東京出発79日目、タジキスタン3日目 ランガー~ホログ 走行距離217km

    ランガーからホログ

    朝起きて、アントニオの足の具合を確認します。昨日よりは多少腫れも引いて、なんとか行けそうだということでした。いずれにせよランガーのような小さな町よりもこの日目指すホログなら町自体も大きいですし、休養を取るにしろ何かするにしろホログまで行けるなら行ったほうが良いのは間違いありません。

    幸い昨日走ったムルガブからランガーまでよりも、この日走るランガーからホログまでの方が道路状況も良さそうです。

    この時期はパミールハイウェイを走るチャリダーやバイカーの数も多いので私たちの存在はこの地域でそれほど珍しい存在ではないと思うのですが、それでも宿の子供たちは興味深そうに我々のことを見つめています。

    興味深げに私たちを見つめます。
    男の子の左手のバンドをカッコいいねと誉めると、ツーリストがくれたと自慢気に見せてくれました。

    女の子たちはよく家の手伝いをしているようです。本当に感心します。

    小さい子の面倒や
    洗い物など、女の子は本当によく家の手伝いをしています。

    子供たちに手を振り出発します。

    事前情報通りこの日走った道は前日よりもだいぶ走りやすいです。しかし一つだけ困ったことがありました。

    水が買えないのです。ランガーの町にあったお店に行ったのですが、水を置いていないというのです。昨日の残りが多少あるのですぐに困るというわけではないのですが、水がないというのは不安です。

    それでも仕方ないのでこのまま進むしかありません。

    しばらく行くとガソリンを給油できる場所にきました。怪しいおじさんがバケツからガソリンを入れてくれます。

    ダニエルがこのおじさんから聞いた話によると、このおじさんが使っている目盛りのついたバケツは旧ソビエト時代に作られたものだというのです。

    このバケツは旧ソ連時代に作られたものだとか…(>_<)

    大変貴重だけれど、品質は最悪だなとダニエルが言います。

    でも陽気で楽しいおじさんに挨拶をして出発します。

    陽気なオヤジ1(アントニオ)と陽気なオヤジ2(ガソリン売りのオヤジ)

    この日はだいぶのんびりと走ることができました。途中町を通過すると遊んでいる子供たちが笑顔で手を振ってくれます。途中の町で無事水を手に入れることもできました。

    この地域の子供たちは男の子も女の子も大変美しいです。旅行者が多いので、通過するライダーやチャリダーに手を振るのがこの子たちの楽しみの一つでもあるのでしょう。

    男の子も女の子も大変美しいです。
    最初ははしゃいで手を振っていましたが、スマホを向けたら緊張して一気に笑わなくなりました(;´д`)

    途中で水を買うために立ち寄った町のお店でバイクを停めて休憩していると、子供たちが遠くから何かこちらに向かって叫んでいます。単に旅行者である私たちにちょっかいを出しているだけだと思われます。

    私は最初は普通に笑顔で手を振って応えていたのですが、突然思いっきり全力でダッシュをしてその子たちを追いかけるとみんなビックリしたようで一目散に逃げていきました。私はいきなり全力で走ったものだから足がもつれて前のめりに転んで砂だらけになります。

    それを見てダニエルもアルティナもマイケルもアントニオも大声で笑っていました。

    昼食は途中にあった道端のカフェで摂ります。タジキスタンの伝統的なスタイルでは椅子に座ることなく地べたに座って、食事も地面にクロスを敷いてその上に置くのですが、これに対してダニエルが「日本も椅子に座らないで床に直接座って食事を取るんだろ?タジキスタンのスタイルと似ているのか?」と聞いてきます。

    そう言われてみると最近は日本でも畳に直接座って食事を取っている家庭も減ってきているような気がします。

    サザエさん一家は夕食は椅子に座っていませんし、クレヨンしんちゃんの野原家でさえも椅子に座っていないなぁとは思うのですが、現在では多くの家庭が椅子に座って食事を取っているのではないでしょうか?

    なので、最近は日本も西洋風のスタイルで椅子に座って食事を取ることがほとんどだと伝えると、そうなのかぁと興味深そうにダニエルは聞いていました。

    トイレに行こうとカフェの裏に行くと一人の大変美しい少女が座っていました
    写真を撮らせてくれと言うと、わざわざこっちまで来てくれて、一緒に写ってくれました

    この日もゆっくりのんびり走っていたため、ホログの町に着いたときには日が沈んでいましたが無事になんとか宿に着くことができてホッとしました。

    ホログの町に入る直前にパスポートチェックがありましたが、係員も非常にフレンドリーで、このときも心配していたようや賄賂の要求などは一切ありませんでした。

    ここの係員が最初私を見て、へらへらと笑いながら小馬鹿にしたように「ニーハオ」と言ってきました。するとダニエルが彼は日本人だ!というと、その係員は目を丸くして「日本人ですか。それは失礼しました。」と姿勢を正しました。

    海外にいると中国人と間違えられることが非常に多いです。我々が欧米人がどこの国の人なのか見ためだけで判断できないように、外国人からしたらアジア人がどこの国の人かわからず、人口が多く海外に進出している比率の高い中国人に間違えられるのも無理はありません。

    相対的に海外にいる数が少なく、高品質な工業製品を輸出している日本人は日本人というだけで少しだけ特別な印象を持っていただけているようです。

    私が同じように日本で育ち日本で教育を受け日本で働いていたとしても、もし国籍が中国籍だったとしたらそれだけで同じようには扱ってはもらえないだろうと思うと大変くだらないことだとは思うのですが、中国人に間違えられることをあまり快く思わない私がここにいます。

    中国人であっても日本人であっても立派な人はいます。私は日本人ではあるけれども立派な人ではありません。そう思うとなんて器の小さい人間なのだろうと思ってしまいます。

     

    噂には聞いていましたがホログの町はこのパミールハイウェイの中でも非常に大きな町なので少しホッとします。

    私も調子に乗って宿に併設されている食堂でビールを購入し中庭で飲もうとすると、そこにはすでにアントニオがビールを一本空けている状態でした。

    このおやじは全くどうしようもないです。足を捻って痛め止めの薬を飲んでいるにも関わらず、さっそくビールの二本目を空けていやがります。

    私もベンチに座ってビールを飲み始めるとダニエルとアルティナが隣に来ました。

    私がヒューガルデンを飲んでいるのを見て、アルティナが言います。

    「ヒューガルデンはベルギービールだけど、実際に作っているのはロシアだったりするのよ。ちょっと見せて。」と言って私の飲んでいる瓶を手に取ると「ほら、製造国ロシアって書いてある」と教えてくれます。

    そんなことってあるんですね。日本のサッポロやサントリーが製造を中国でやっているようなものでしょうか?でも食品はやっぱり日本で作って欲しいなと思ってしまうのは、私自身もどこか日本品質神話を信じている一人だからでしょうか?うーん、でもここまで旅をしてきてロシアで製造だったら全然良いなと思います。彼らなら信頼できます。

    今度はダニエルが私にいろいろと質問をしてくれます。恐らく前日に私がアルティナに「(大変な未舗装路を走ったときは)いつも一人だったから」と言ったことが気になっていたからだと思います。

    「ヒデはここまで旅をしてくる中でつらいこととか大変だったことはなかったの?」

    「いやいや、たくさんあったよ。特にモンゴルの西側を走ったときは転んだりもしたし、大雨が降って前も見えなくて寒くて寒くて仕方なくて。人工物が360°見渡す限り何もないところもあったんだ。怖くて怖くて、あのときは何回も『お家に帰りたい』って思ったよ。」

    それを横で聞いていたアルティナは笑っています。

    でもダニエルは真剣です。

    「そんなに大変な思いもしたのに、それでもヒデはこの先も旅を続けてアフリカまで行こうって思うの?怖くないの?」

    「うーん。確かにアフリカはちょっと怖いって思うこともあるかな。でも何も知らないからね。知らないから怖いってのもあるし、知らないから本当の怖さを知らずに行こうって思うのもあるのかもしれないね。」

    そういうとダニエルは答えました。

    「ヒデ、お前は本当に勇敢な男だよ。なかなかできることじゃない。ま、まさか、ヒデはフグに挑戦したこともあるのかい?!」

    全く勘違いしています…(;^ω^)

    まず私は勇敢でもなんでもありません。ヘタレでビビりのヘナチョコです。西モンゴルだって普通に通過している人はたくさんいるのに、私は一人で半べそかいてお家に帰りたいとか言っていたのです。

    それにフグに挑戦したことがあるのか?って、フグは高いからそれほど食べる機会がないだけで、フグに当たったっていうニュースだって数年に一回あるかないかくらいですし。

    「食べたことあるよ。俺は旨いと思うし結構好きだな」と答えると、「なんでそんな命を懸けるようなことをするんだ!?お前がつくづく勇敢な男であることはわかったけど、とにかく無事に南アフリカまで行ってくれることを心から願うよ。」

    うん。やっぱり勘違いしています。でも、ダニエルは日本の文化に大変興味を持っているようです。

    フグを食べるシチュエーションっていうのはどういう時なのか?と聞かれて「うーん、確かにあまり家族とか友人と一緒に食べに行くってことはそれほど多くはないかな?イメージ的には政治家の会合や、ビジネスマンの接待で使われるイメージが強いかもしれない」と答えると、「日本でビジネスをやるっていうのは大変なんだな。それだけみんな命がけで真剣に仕事をしているってことか。」とまた妙な解釈をしていました。

     

    夜も更けてきてベロンベロンに酔っぱらっているアントニオが言いました。

    「ちょっと体調も良くないから、私は明日は一日ここでゆっくりしようと思う。」

    ま、私も少し疲れているからそれでも良いかなと思ったのですが、ダニエルとアルティナは違ったようです。

    「俺たちは日程もあるし、恐らくみんなとは違ってパミールの北側の湖に行きたいから、明日の体調次第ではあるけど、もしかしたら明日出発するかもしれない」

    少なくともドゥシャンベまではみんなで一緒に行けると思っていたのでショックでした。

    私はダニエルとアルティナと一緒に行きたいという思いもあります。マイケルもバイクの調子次第でもともと予定していたパミールの北側の更に別のルートを走りたいという思いもあるようです。

    私は特段どこに行きたいという意思が無いのにもかかわらず、ダニエルとアルティナ、マイケルまで出発してしまった場合に、怪我をしていて尚且つただでさえこのパミールハイウェイを走るのに苦労しているアントニオを一人残して出発することには心苦しさを感じます。

    ダニエルが「ヒデはどうするんだ?」と聞いてきました。

    優柔不断な私は「うーん。朝起きて体調を見て決めたいと思う。」と答えるのが精一杯でした。

    そしてこの日の夜は、標高が高い場所でビールを飲んで酷く酔っ払ってしまったせいか、それとも明日みんなバラバラになってしまうかもしれないことがよほどショックだったのか、この旅に出て初めて、ほとんど眠れない夜を過ごしたのでした。

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  • そうなのね?なら素敵なニュースがあるわ

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    8月24日(土)東京出発78日目、タジキスタン2日目 ムルガブ~ランガー

    このパミールハイウェイの中でもムルガブにはバザールがあり、そこで買い物をすることができます。

    朝9時にバザールが開くということで朝は7時に起床し朝食を済ませ、準備をしてオートバイでそのままバザールに行きます。

    ここでは食品や日用品、洋服だけでなくなんとsimカードまで買えます。

    朝食は軽めだったのでトマトやバナナなどを買ってその場で食べました。

    ダニエルがどこからか買ってきてタジキスタンの伝統的な帽子を被っています。危うく私も買いそうになってしまいましたが、これ以上荷物を増やしたくなので思いとどまることができました。

    ダニエルが買ってきたタジキスタンの民族帽
    現地のおじいちゃんとかは普通に被っています

    私はなぜか非常に荷物が多くて、何度か荷物の整理はしているのですがどうしても減りません。ただ、これから冬にかけてヨーロッパに入る可能性があるのでどうしても防寒着のカサが多いというのもあるのですが…。

    アルティナが私の荷物が多いのを見て、「これならあなたはどこででも生きていけるわね」と茶化します。

    朝、バザールが開いたばかりの時間帯だったからか人はそこまで多くはありませんでしたが、私個人としてはこのようなバザールの雰囲気は、その土地の人たちの息吹を感じることができて好きです。

    バザールのお店にいた女の子。
    ニコニコ手を振ってくれて可愛い(≧▽≦)

    このバザールでの私たちの目的はsimカードで、その目的も果たしたので出発することにしました。

    この日走るムルガブからランガーまでの道のりは、道路状況は悪いという事前情報を得ております。

    しかし一方でこの道の中盤からはアフガニスタンとの国境をなす川沿いを走るワハーン回廊と呼ばれる道になり、このパミールハイウェイを走るライダーにとっては楽しみな場所の一つでもあります。

    確かにムルガブからワハーン回廊までの道路状況は穴ぼこだらけのアスファルトと硬い尖った石の転がるダートを繰り返すためお世辞にも走りやすいとは言えませんが、難所があるわけでもないため転倒のリスクはそれほど高くはありません。

    穴ぼこだらけですので走りにくいところはありますが、ほとんど難所らしい難所はありません
    みんなを隠し撮りしようとしたら気付かれて、みんな手を挙げてくれました。
    大好きな写真\(^_^)/
    今度こそは隠し撮りです(>_<)

    ただ、ワハーン回廊に入った途端にほとんどがダートになりました。

    途中かなり深いサンド(砂地)もあるため、この辺りは慎重に走らないと転倒する恐れがあります。

    でも、吸い込まれてしまうと錯覚してしまうような青い空(>_<)

    ワハーン回廊に入ってしばらくすると、マイケルからオートバイの状態があまりよくないという訴えがありました。

    どこかで休憩がてら修理をする?と尋ねるともう少し先に行けば広めの河原があるようだからそこで休憩しようという話になりました。

    しばらく走ると確かにそこには河原が広がっています。そしてどうやったらこんな色になるのかと不思議な、とても美しい白藍色の川が流れています。

    白藍色のとてもキレイな川が流れていました。
    どうしてこんなにキレイな色をしているのでしょう??

    草地に乗り上げてオートバイを停めます。

    するとマイケルがガソリンバーナーで火をおこし始めました。

    なるほどここで昼食にするのか!?

    ついつい私は野外での食事はテントを張ってキャンプをするときという固定概念を持っていたため、適当な食事場所を見つけられなかった場合は昼食を抜くことが多かったのですが、昼食だってこうやって道端で自炊したって良いんですよね(*´Д`)

    みんなで持ち寄った食品を囲んで綺麗な河原で食事をしたこの日の昼食は、生涯忘れることのない輝きに満ちた思い出です。

    ここでみんなで昼食にしました

    そしてこのとき私はやっぱりロシア人の気配りや丁寧さには心底感心するのです。バルナウルでお世話になったバイカーズクラブのアンドレも、この旅最悪のできごとがあったウランウデのドミトリーのおばちゃんもそうでしたけど、ロシア人は丁寧で気配りができる人が多いという印象です。

    そしてここにいるダニエルもアルティナも本当に素敵な人たちです。

    アルティナは日本人の女性に多く見られるような心配りをしてくれます。みんなの食器を用意したり、空いた器があるとすぐさま川に行って洗ったり。なぜロシア人はこんなにも気配りができるのか不思議であり感心してしまいます。

    アルティナは気付くと食器を洗ったり、みんなのために動きます

    素敵な昼食の時間でしたが少しこの場に長居し過ぎてしまいました。

    タジキスタンに入ってから感じるのは今までに比べて日が沈むのが早いということです。ロシア-モンゴル-カザフスタンと走ってきてそれらの国々では夏至のころというのもあったのですが、遅いと22時くらいまで日が沈まず、キルギスタンでも20時ころまでは明るかったのですが、ここタジキスタンでは19時を過ぎるころには日が沈んでしまいます。

    未舗装路で切り立った崖を走るワハーン回廊でのナイトランは危険です。

    よし行こうとなってマイケルとアントニオが先に行った後、ダニエルが出発したのですが、砂地の軽い登りでスタックしてしまいます。我々4人の中で抜群に運転のうまいダニエルですらこのようなことになることがあるのですから、今後私も一人で走ることになったときには本当に気を付けないといけません。

    抜群に運転の上手いダニエルですら、こんな風になることも。
    一人になったら本当に気を付けないと…( ̄□ ̄;)!!

    アルティナはメイン道路に戻った時点でダニエルの後ろに乗ろうとすでに先に歩いて行ってました。

    私とダニエルの二人だけではここからオートバイを脱出させるのは不可能だったのでアントニオに大きく手を振ると気づいてくれてアルティナと一緒に戻ってきてくれました。

    私、ダニエル、アントニオ、そしてアルティナの4人がかりでアフリカツインを引き上げます。このとき驚いたのがアルティナの力の強さです。この人女性ですけど私よりも力強いんじゃない?ってくらいの馬力でオートバイを引っ張りあげていました。

    やっぱりおそロシアです…。

    昼食でのんびりし過ぎてしまい、日が傾き始めたので先を急ぎたい私たちでしたが、やはりマイケルのオートバイの調子が良くなくペースを上げることができません。

    とりあえずダニエルとアントニオに前を走ってもらい、その後ろにマイケル、そして最後に私が続くという陣形にしました。もしマイケルのバイクに何かあった場合に気づかずにマイケル一人を置いていってしまうのは危険なため、私が一番後ろを走ることにしたのです。

    ダニエルはアルティナを後ろに乗せてのタンデム走行であり、アントニオについてはこの道を走るということに運転スキル的に余裕がなかったようなので前を走ってもらいます。アントニオについては確かにオイオイ無茶するなよって運転をするときがあるなとは思ってはいましたが、そういうことだったとは私はこのときまで気づいてはいなかったのですが。

    ということでこの陣形にしたのですが、タンデムであってもダニエルの運転スキルは抜群に高かったため、それがいけなかったのかもしれません。

    マイケルのスピードが上がらないため前の二人は見えないくらい先に行ってしまっていたのですが、ふと見ると前方に呆然とアントニオが立ち尽くし、倒れたオートバイが転がっていました。

    ダニエルについていこうとしてスピードを出したまま深いサンド(砂地)に突っ込んでしまい、前輪を取られたようで180°ターンして転倒したというのがわかります。

    ここのサンドはかなり深く、足場が悪いため我々3人でバイクを起こすのも大変でした。

    食事のときなどは非常に陽気なアントニオですが、表情が硬く無口です。

    どこか怪我をしたのか聞くと、転倒した際に右足を酷く捻ってしまったようです。とりあえず歩くことはできるということでしたので、とにかくゆっくり慎重に転倒しないようにランガーの町まで行こうということにしました。

    しかし不味いことにほとんど日が沈みかけています。慎重に走ればそこまで難しい道ではないのですが、強風が吹き、隣は切り立った崖で、この中をナイトランは危険です。かといって道幅もそれほど広くない強風が吹く崖の横でのキャンプも難しいでしょう。

    とにかくランガーの町までは15kmほどで、アントニオの足もそこで処置したいので慎重に進もうという結論にいたりました。

    日が沈んで路面状況が良く見えない中、崖のすぐ横を走るのは想像以上に怖く、精神的にも消耗するものです。

    しかし幸いなことにそこから30分ほどでランガーの町に到着し、道端で遊んでいた男の子がこの町の宿まで案内してくれました。

    宿に着き、オートバイから荷物を下ろしているときにアルティナが私を心配して話しかけてくれました。

    「大丈夫?疲れたんじゃない?」

    「全然そんなことないよ。むしろ今日は楽しかったよ。」

    そう答えるとアルティナは勘違いしたようでこう言いました。

    「あなたって勇敢で強いハートの持ち主だったのね。」

    いやいやいや。全然そんなことありません。

    「そんなことないよ。(西モンゴルやソンクルとか、うんざりするような未舗装路を延々と走ったときは)いつも一人だったから、今はみんなと一緒に走れて楽しくて仕方ないんだよ。」

    するとアルティナが答えました。

    「そうなのね。なら素敵なニュースがあるわ。」

    そう言うとこう続けました。

    「明日もみんな一緒よ。」

    思わず涙が溢れそうになりました。明日もみんなで一緒に走れる。今の私にとってそれ以上に嬉しいことはあるでしょうか?

     

    部屋に入ると宿の人にお願いしてバケツに冷水を入れてもらいます。アントニオの足首を冷やすためです。予想以上に腫れています。歩けていることを考えると骨は折れていないとは思われますが、痛そうです。

    「今も痛むの?」と聞くと「ああ、まだ少し痛い」と答えます。

    心配そうに見ていたらアントニオがこう言いました。

    「大丈夫だよ。心配しないで。大丈夫だからそんな顔しないでよ。笑って。」

    どうしてここにいる人たちはこんなにも優しいのでしょうか?

    「この惑星に吹け 優しい風」。私のステッカーにはそう記載されています。

    でも、私が言わなくても、この惑星にはたくさんの優しい風が吹いています。

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  • 私の夢見た光景

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    8/23(金)東京出発77日目、タジキスタン1日目 サリタシュ~ムルガブ 走行距離243km

    サリタシュからムルガブ

    マイケルのオートバイのエアフィルタを靴下で代用するというトリッキーな対策でトラブルを乗り越えた?私たちはそのままタジキスタン側の国境を目指します。

    靴下をエアフィルタ代わりにするという画期的な応急処置( ̄□ ̄;)!!

    この国境では賄賂を要求されたなんていう話も耳にしていたので多少心配もしていたのですが、ロシア国籍のダニエルとアルティナがいることは大変心強く、入国に10ドルの税金がかかると言われたときも、ロシア語で詳細を確認してくれて正規のものであるという確証を取ってくれました。

    私たち四人の手続きが終わる頃にKTM adventure690に乗った陽気なスイス人ライダーがこのタジキスタン側の国境にやって来ました。

    どうやらマイケルとオシュで同じ宿に泊まっていたようで顔見知りのようです。

    彼の手続きはこれからなので、挨拶だけして私たちは先に進むことにしました。

    タジキスタンの国境を出ると、ここからは本格的に夢に見たパミールハイウェイが始まります。

    標高4,000mを越えるこのエリアには生き物の形跡はなく、ただ岩肌の見えた山の世界。

    ここは本当に地球なのだろうかという錯覚に陥ります。

    砂煙を上げて先代テネレとアフリカツインと一緒に走ります。

    この瞬間、私の全身の血液が逆流したかのような感動に包まれました。

    世界をオートバイで走ると初めて考えたときになんとなくイメージしたその光景が今この瞬間に眼前に広がっていたのです。

    イメージと言ってもただ漠然としたものでしかなかったのですが、この光景はそれをはっきりとくっきりと具現化したものでした。

    思わず「うぉぉぉぉい!」と雄叫びを上げてしまいます。

    3台のアドベンチャーバイクで砂煙を上げながら大地に3本のラインを残して滑走します。こんなのyoutubeでしか見たことないです。それを自分のオートバイでやっているのです。

    感動が私の脳天を突き抜けていきます!

    スゴいスゴいスゴい!

    世界ってスゴい!

    地球ってスゴい!

    そしてここまでの感動はマイケルとダニエルとアルティナがいなければ得られなかったと思います。

    私一人だったらここまでの感動はなかったと思います。

    マイケルとダニエルとアルティナとそして3人に巡り会わせてくれた偶然に心から感謝をして。

     

    カラクル湖に到着して休憩を取ります。

    カラクルで一旦休憩を取ります

    ここも真っ青で美しい場所です。まるで私たちだけが絵本の中に取り込まれてしまったかのような錯覚に陥ります。

    真っ青な湖がまるで絵本の中に取り込まれてしまったかのような錯覚に陥れます

    なぜか水辺には繋がれたドンキーがいました。

    アルティナとマイケルが順番に一緒に記念撮影をしています。

    アルティナとドンキー
    マイケルもドンキーと一緒に記念撮影

    するとアルティナが「ヒデ、ヒデの写真も撮るわよ」と言ってくれます。

    私の写真もアルティナが撮ってくれました

    ダニエルとアルティナはスゴく私のことを気にかけてくれます。

    この写真もダニエルが前から撮ってくれました

    カラクルで休憩をしているとタジキスタンの国境で後から来たKTM adventure 690のスイス人ライダー、アントニオが追い付いて来ました。

    彼もここで我々のパーティに加わります。

    カラクルから出発してしばらく走るとついに来ました。パミールハイウェイの最高標高地点。4,655mです。

    マイケルのガーミンで確認した最高地点の標高

    ここで停まって写真を撮ります。

    ここでもダニエルが「ヒデ、写真撮るよ」って言ってくれます。

    アホみたいな万歳(;´д`)

    でも、私はみんなと一緒に撮りたいです。

    ダニエルに一緒に撮ろうよって言うと、マイケルとアントニオも加わります。

    ダニエルが言います。「ヒデ!お前が真ん中に写れよ!」

    こんなにも存在を認めてくれて気を使ってくれて、嬉しくて思わず涙がこぼれてしまいそうでした。

    こんなんで泣いてたら意味がわからないと思うので、必死に笑った顔を作って写真に写ります。

    この写真、大丈夫でしょうか?私はちゃんと笑えてますか??

    私はちゃんと笑えていますか??って小さくてわからないですね( ̄□ ̄;)!!
    我々がキャッキャ、キャッキャはしゃいでいたので、地元の子どもたちが見に来ました\(^_^)/
    私はみんながいるっていう、ただそれだけで嬉しかったです(>_<)

    今回の旅でこれほどの感動と喜びが待っていようとは今までずっと思っていませんでした。

    オシュでダニエルとアルティナと出会い、サリタシュでマイケルと合流し、カラクルでアントニオが加わって、楽しくて楽しくて仕方のないパミールハイウェイになりました。

    パミールハイウェイを走るのはおそらくほんの数日間でしかありません。

    でもこの時間が一生続けば良いのに!って思ってしまうほど素敵な時間でした。

     

    この日はこのままムルガブの町まで行きました。

    そして、次の日もこのメンバーで過ごす素敵な時間が待っているのでした。

     

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  • いざ、パミールハイウェイへ

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    8/23(金) 東京出発77日目、キルギスタン8日目、タジキスタン1日目 サリタシュ~ムルガブ 走行距離243km

    サリタシュからムルガブ

    朝目を覚まして外に出てみると、さすがは標高3,000mを越えるサリタシュです。

    ヒンヤリと冷え込んでいますが、昨日の夕方まで雲がかっていたパミールの山々は見事に晴れ渡っていました。

    晴れ渡って、見事なパミールの山々がサリタシュの町の向こう側に見えます\(^_^)/

    朝食を済ませると遂にずっと夢見ていたパミールハイウェイへ出発です\(^_^)/

    朝8時に出発しましたがまだまだ寒いです。

    しばらく綺麗な走りやすい舗装路が続いていたのですが、すぐに未舗装路になります。

    キルギスタンの国境までの道がいまいちわからないのか、マイケルが「ヒデ、先に行ってくれ」と言います。

    そこから10kmほど走ると小さな建物があり、これが国境??って思ってしまうほど小さな小さな国境に到着します。

    「マイケル、ここが国境みたいだね。」そう言って振り返りますが、マイケルの姿が見えません。

    まさかどこかで転倒でもした??でも未舗装路とはいえ転倒するような場所は無かったし…。

    するとしばらくしてマイケルがやって来ました。

    やっぱりバイクの調子がおかしいと言います。

    とりあえず国境で手続きだけ済ませると、その場で昨日したように先代テネレのタンクを外して中を確認します。

    キルギスタンの国境でバイクをばらします( ̄□ ̄;)!!

    再度ばらして組み立て直すと昨日と同じように元気にエンジンも回ったので再度出発しました。

    ここから約25kmはキルギスタンとタジキスタンの干渉地帯でどちらの国でもありません。

    どんどん山道を登って行きます

    タジキスタン側の国境は標高4,280m にもなるのでさらにどんどん登って行きます。

    更に登って行きます\(^_^)/
    マイケルのガーミンで確認すると、そろそろ標高4,000mです(>_<)

    しかしマイケルのバイクの調子がやっぱりおかしいです。

    そして、遂に止まってしまいました。

    ここで再度タンクを外してもう一度キャブレターの掃除をしてみますが良くなりません。

    すると後ろから三菱の四駆自動車がやって来ました。

    停まって降りてきてくれ大丈夫か?と聞いてくれます。

    すごく笑顔が素敵なドイツ人カップルのツーリストでした。

    マイケルが「どうにもイカン」と言うと、ドイツ人カップルの女性の方が「こんな場所では修理もままならないでしょ。私たちが車で引っ張ってあげるからとにかく頑張ってタジキスタンの国境まで行かない?」と提案してくれます。

    それはありがたいということで、ドイツ人カップルが車からロープを出してくれ、先代テネレのタンクガードにくくりつけます。

    オートバイを車で引っ張る作戦です(>_<)

    マイケルがオートバイに跨がり「引っ張って大丈夫だ!」と言ってドイツ人カップルが車を出発させますが、何も進まないまま、バキッという音と共にタンクガードが接合部から折れてしまいました。

    もうどうすることも出来ないということで、ドイツ人カップルにお礼を言って先に行ってもらうことにしました。

    先に行ってくれたドイツ人カップルは本当に優しくて、出発した後も再度すぐに戻って来てくれて、「ここから800mくらい先に集落を見つけたから、頑張ってそこまで行けない?」と伝えに来てくれました。

    ただ、たった800mでも厳しそうだということで、その場で修理を続けることにしました。

    するとまたしばらくすると、今度は昨日出発した日本人大学生チャリダーがやって来ました。

    昨日出発した日本の若きチャリダーたち!

    途中追い抜いていたことは認識していました。

    マイケルが外したいネジが私たちが持っているドライバーで合うものが無かったので、彼らに持っていないかと尋ねると、持っている工具を見せてくれたのですが、合うものはありませんでした。

    寒いなか心配そうに様子を見ていてくれたのですが、さすがに申し訳ないので先に行ってもらいました。

    時間ばかりが経ち、復旧の目処が立ちません。

    私としてはここは開けた場所なので最悪この日はここでキャンプでも構わないという覚悟はありましたが、かといってバイクが直らないからといって何日もここにいるわけにもいきません。

    うーん。どうなるんだろうかと思っていると今度はホンダアフリカツインがやって来ました。

    私が「あ、アフリカツインがやって来る」と言い「あれ?タンデムだ。あれあれあれ??もしかしてあれはダニエルとアルティナじゃないか!?」と言うと、マイケルが「なんだ??知り合いか?」と聞きます。

    「うん。オシュのゲストハウスで一緒だった。でも私より1日早く出発して、その日のうちにムルガブを目指すって言ってたからだいぶ先に行ってるはずだけど…。」

    でも、知っている人が来たことで嬉しくてつい「おーい!」と両手を上げて笑顔で呼び止めてしまいました。

    二人も手を上げてくれて停車してくれました。

    ダニエルとアルティナだ\(^_^)/!!

    「もうずっと先に行ってるもんだと思ってたよ」と言うと、「実はここ走るの3回目なんだよ。出発したあの日、キルギスタンの国境を越えてこの辺りまで来てフロントタイヤがパンクしてさ、サリタシュに戻ったんだ。でパンクを直して昨日もう一回ここに来たんだけど、ちゃんと直ってなくてまたパンクしちゃったんだよ。で、また今日再チャレンジさ。」とダニエルが教えてくれます。

    そして「ところでどうしたの?」とダニエルが聞いてくれます。

    アクセルを回してもエンジンにパワーが伝わらないとマイケルが説明します。

    するとダニエルが「それってキャブレターの問題じゃなくて、エアフィルタが目詰まりしてるんじゃない?エアフィルタはいつ変えたか覚えてる?」と聞きます。

    マイケルは「いつ変えたかなぁ、ちょっと思い出せない。でも代えなんて無いぜ」と言います。

    「うーん。本当にただの応急処置にはなってしまうけど、今のエアフィルタを外して、靴下で代用できなくは無いと思う。やってみる価値はあるんじゃない?」とダニエルが提案します。

    実際にエアフィルタを外して靴下を切った物を着けてみると、見事にエンジンが更け上がりました\(^_^)/

    靴下をエアフィルタ代わりにするという画期的な応急処置( ̄□ ̄;)!!

    四人でハイタッチをして、よし!一緒に行こうということになりました。

    そして期せずしてこのあと、私の人生においてかけがえのない時間が待っていたのです。

    続く

     

     

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  • 新たな出会い

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    8/22(木)東京出発76日目、キルギスタン7日目 オシュ~サリタシュ 走行距離180km

    オシュからサリタシュ

    警察官に停められて賄賂を要求されたことで非常に不愉快な気持ちになり、さらには後々面倒なことになったら嫌だなという不安も襲ってきて一気にテンションが下がりました。

    もちろん私が交通違反をしたというならチョロマカス気もさらさらないですし、それは甘んじて受け入れます。

    でも、あれでは全く彼らを信用できないですし、私が違反を本当にしたのかどうかもわかりません。

    そこから先にサリタシュの町まで大変美しい景色が続き、時間的な余裕もあったため本来なら写真を撮りながらゆっくり進むこともできたのですが、あのクソヤロウのせいで全くそんな気にもなれないのです。

    旅を台無しされて不愉快極まりないです。カザフスタンもキルギスタンも治安も良くみんな優しくて美しい景色がたくさんあるのに、どうして警察官だけが腐るのでしょうか?

    人間は下手に権力を与えると自分が偉くなったと勘違いしてしまうのでしょうか?

    しかし、キルギスタンの雄大な自然とそこに暮らすのどかな人々を見ているうちに、あの人間のクズのことは忘れようと思わせてもらいました。

    サリタシュの町は標高3,000mを優に越えるため、標高1,000m弱のオシュからどんどん登って行きます。

    こんな山間にも人が住んでいるんだと感心します。そしてみんな穏やかで、オートバイで通り過ぎる私に手を振ってくれたりもします。

    集落から少し離れた所に掘っ建て小屋のようなものがあり、そこではお母さんと娘さんが洗濯をしていました。

    掘っ建て小屋にお母さんと娘さんがいました

    オートバイを停めると笑顔で手を振ってくれます。

    近付いていき、写真を撮っても良いかとスマホを取り出すと娘さんは恥ずかしそうにしますが、良いよと言ってくれます。

    恥ずかしそうにしながらも写真を撮らせてくれました

    この国では若い年頃の女の子ほど写真を撮られるのを恥ずかしがりますが、この母娘は、娘さんの方が許可してくれ、お母さんの方が恥ずかしがります。

    でも、娘さんがお母さんに一緒に写ろうと言ってくれて写真を撮らせてくれました。

    お母さんも一緒に写ってくれました\(^_^)/

    働き者の素敵な母娘に心が癒されます。

     

    サリタシュの町に着いたちょうどそのとき、前からホンダアフリカツインがやって来ました。

    私が左手を上げて挨拶をすると、アフリカツインはちょうどすぐ横にあったカフェに入って行き、私にもこっちに来いと合図をします。

    この日は警察官の不愉快な対応があったため、昼食は摂らずに宿を探してそのまま何もせずにのんびりしようと思っていたのですが、パミールハイウェイの貴重な話を聞けるのではないかと思い、カフェに行くことにしました。

    カフェに入ると、なんとそこにはビシュケクでさくらゲストハウスに泊まっていた日本人大学生チャリダーの男の子二人が食事を摂っていました。

    昨晩このサリタシュに宿泊して、これからキルギスタンの国境を越えてそこで夜営する予定だと言うのです。

    がんばれ!
    日本の若きチャリダーたち!

    どこの宿に泊まったかを聞くとすぐ近くに金額もお手頃で夕食朝食付きの宿を教えてくれました。

    アフリカツインのライダーを待たせては悪いと席に着き話を聞きます。

    彼はアメリカ人でこれから私もつい先日に行ったソンクルに行くということでした。

    お互いのこれから向かう場所の情報交換をします。

    食堂のお姉さん
    英語も堪能で美人だったので写真を撮らせてもらいました\(^_^)/

    食事を終えて外に出ると今度はなんと先代のテネレさん(約30年前にパリダカで大活躍した初代テネレ)に乗った男がやって来るではありませんか?

    先代テネレなんて滅多にお目にかけることなんて無いと思っていたのに、モンゴルの味戸さんのゲストハウスにいた陽気なフランス人ライダーに続いて、この旅で2台目の現役先代テネレさんです\(^_^)/

    アフリカツインのライダーは少し挨拶をして去って行きました。

    この先代テネレさんのライダーはポーランド出身のマイケル。

    挨拶をして、私が先代テネレさんを絶賛しているとマイケルが言います。

    「昨日からコイツ、かなり調子悪いんだ。お前、今日はサリタシュに泊まるのか?だったら俺も同じ所に泊まるから工具貸してくれないか?」

    最初ちょっと面倒くさいなと思ったのですが、先代テネレさんを間近で見られるチャンスなのでこれは面白そうだと思い「良いですよ。今さっきそこの日本人に近くに宿があるのを教えてもらったのでそこに行きましょう」と言いました。

    カフェから100mほどのほんのすぐそこに宿はありました。

    早速荷物を部屋に置くと先代テネレさんのメンテナンスを始めます。

    早速メンテナンス開始

    マイケルは先代テネレさんのタンクを外すと中のキャブレターをばらして行きます。

    キャブレターを掃除するマイケル

    この日は早めに宿に着いて特にやることも決めていなかったので、むしろこれは貴重な経験でした。

    マイケルから「このネジ外してくれないか?」とか「ここ、押さえておいてくれないか?」とか言われるがままに手伝いますが、それでもこんな風にバイクをばらしたことは無いので楽しいです。

    マイケルはどうやらキャブレターの汚れが原因だと当たりをつけていたらしく、一通りキャブレターをばらし清掃をして組み立て直します。

    途中でマイケルにタイラップを持っていないか聞かれたので、日本から持参したタイラップを渡すと、日本語の書かれたパッケージを見て、「これは日本のタイラップか!日本製のオートバイを日本製のタイラップで補修したら完璧な品質の物が出来上がるぞ!」と言います。

    どこに行っても日本製はスゴいと喜ばれます。

    組み立て直してエンジンを掛けると勢い良くエンジンが回り、互いにハイタッチをしました。

    マイケルがお礼にとポーランド産のオートバイの記念硬貨をくれました。
    お守りにします!

    一通りのことが終わっても、この日は昼過ぎに宿に入ったので、まだまだ時間はありました。

    宿の近くで遊んでいる子どもたちの声に泣き声が混じっていたので行ってみると、小さな男の子が泣いていました。

    日本語で「どうした?どうした?」って聞いても通じるはずも無く、近くにいる他の男の子二人が何を言っているのかもわかりません。

    とりあえず何もわからないので、変顔したり変なポーズをとってみたりすると泣いていた男の子も笑います。

    するとこの子達3人で私にちょっかいを出したりし始めたので、自然と鬼ごっこになります。

    お前ら本当に元気だな!
    良いことだ!

    馬糞だか牛糞だかわからないものがそこら中に落ちているので気を付けないといけません(;´д`)

    そんなに全力で走り回っている訳では無いのですが、すぐに息が上がってしまいます。

    運動不足なのか?年齢なのか?いやいや標高が高いせいだと言い訳をします。

    一通り遊んでいると、子どもたちの家族が迎えに来たのでバイバイして宿に戻ります。

    宿に戻り夕食を摂っているとマイケルが言います。

    「ヒデは明日パミールハイウェイに行くんだろ?俺も行くから一緒に行かないか?」

    一瞬どうしようかと迷いました。

    カザフスタンで洋介さんとアシムとお別れしてまで一人になったのにまた誰かと行動するのかと…。

    でも、マイケルのバイクは大変古いバイクですのでまたいつ不具合が起きるかもわかりません。

    一人でその状況はキツイですが、助け合いながら行くのもまたそれはそれで楽しいのではないか。

    「わかった。一緒に行こう」

    それが私の返事でした。

    そしてこの決断がこれからたくさんの感動を私に与えてくれるのでした。

     

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  • 不安なできごと

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    8/22(木)東京出発76日目、キルギスタン8日目 オシュ~サリタシュ 走行距離180km

    オシュからサリタシュ

    前日、粕谷さんよりタジキスタンの国境越えはなるべく早い時間にした方が良いというアドバイスをいただきました。

    タジキスタンの国境は早い時間に越えた方が良いよ。
    この写真なんかムカつく

    というのもタジキスタンの国境を越えて少し行ったところに川があり、夕方になると昼間に溶けた山頂の雪解け水が流れ込み増水して大変なことになるというのです。

    粕谷さんはこれにかなり苦しめられ、危うくバイクごと流されそうになったそうです。

    という話を聞いていたので、この日はオシュを早朝出発して国境越えをしようかとも思ったのですが、キルギスタン側の国境付近にサリタシュという町があるのを見つけていて、チャリダーの多くはここを拠点にしているようでしたので、ここに滞在してみるのもおもしろいと思い、この日はゆっくり出発してサリタシュまで行くことにしました。

    実際のところ、この期に及んでパミールハイウェイに行くのに多少のビビりが入っていたので無理はせずにゆっくり行こうというのが正直なところではありましたが。

    オシュからサリタシュまで大変キレイな道が続きます。

    カザフスタンでもそうでしたがここキルギスタンでも警察がスピード違反の取り締まりをやっていることが多いのでスピードについては気をつけて走ります。

    特に集落の周辺では60km/h規制となっているので、ここは特にスピードを落として走ります。

    カザフスタンで会ったマルチナからは、キルギスタンでは警察に停められてもほとんどが賄賂の要求なので停まる必要すらないという話を聞いていました。

    順調に走っていると集落の近くで後ろから来た車が私を追い越します。

    こういうところでああいうことをやると下手するとスピード違反で捕まるんじゃないの?なんて思います。

    すると、その少し先でトラックが停まっていて、私を追い越した車も警察に停められています。

    私も警察に誘導されて停まるように言われます。

    警察官はフレンドリーに「ツーリストか?」と聞いてきます。

    検問でもやってるのであろうと思いこちらもフレンドリーに「そうだよ」と答えます。

    警察官から「免許証とバイクの登録証見せて」と言われたので素直に従います。

    さらに「ちょっとついてきて」と言われたのでバイクから降りてヘルメットを脱いで、警察官のいる方に歩いて行きました。

    すると「これを見ろ!」と突然言います。

    そこにはスピードガンで私が走っている写真と速度を交互に見せるのです。

    「お前70km/hで走ってたぞ!」

    …、ふざけるんじゃない!私は町の近くを走るときはギアも3速に落として走ります。テネレで3速で70km/hで走ると回転数が高いので70km/hで走っているとは考えにくいのです。

    これには猛抗議します。

    するともう一枚の写真を見せて「こっちは68km/hだ」と言います。

    だからおかしいって!

    「私はスピードメーターをちゃんと見て走ってたんだ!60km/hだったぞ!」というと

    「黙れ!こっちには証拠があるんだ!」と言います。

    納得がいきません。

    するとその警察官は少し口元に下卑た笑みを浮かべて「金は持ってるか?」と聞いてきます。完全な賄賂の要求です。

    サリタシュにもう一泊する予定だったので多少の現金は持っていたのですが「今日もうこのままタジキスタンに行くからキルギスタンのソムは持っていない」と答えます。

    するとそいつはもう一度私を睨み付け、ゆっくり「金は持ってるか?」と聞いてきます。

    もうこの状況が面倒になってきたので「いくらだ?」と聞くと「500ソム(約750円)」と言います。

    そのくらいなら払ってしまっても良いかとも思ったのですが賄賂の要求に屈するのも悔しいので「本当に持っていないんだ。アメリカドルならいくらだ?」と聞きます。

    すると本当に持っていないと諦めたようで免許証とバイクの登録証を返してくれました。

    「もう行っても良いか?」と聞くと「ダメだ。こっちに来い」と言われました。

    うーむ、正規の手続きを取られてしまうのでしょうか?

    面倒です。でも免許証もバイクの登録証も返してもらったので無視して立ち去ってしまおうと思ってバイクの所に戻り、エンジンをかけて発進します。

    それでも向こうは特に制止するわけでもなかったのでそのまま立ち去ることにしました。

    しかしさらに走って進んで行くと町によっては速度制限が40km/hの標識のある場所もあるのです。

    もしかしたらあの警察官が私にスピード違反と言ったのは間違っていなくて、ただ単に見逃してやるから賄賂を寄越せよって言っていただけかもしれません。

    そうなると非常に面倒です。

    賄賂を払っていればおとがめなしだったところを、それを無視して立ち去った私に対して、もし法的な手続きを取ったならどうなってしまうのでしょうか?

    アメリカやオーストラリア、ヨーロッパ圏では外国人が交通違反をしてそのまま国外退去した場合、外務省を通して罰金の請求が行くようです。そしてそれを無視し続けると裁判所や警察への出頭命令が出て大変なことになるようです。

    このキルギスタンはどうなるのでしょうか?

    かなり心配になります。私としてはスピード違反そのものにも納得していませんが、もしあの場所が40km/h規制の場所で、スピードガンで計ったというものを証拠として提出されて日本の外務省に請求が行ったらかなり面倒です。

    実は日本を出るとき私の住所や電話番号などは実家のものにしておいたのですが、母には知らない番号から電話があっても無視するように伝えていました。

    私の母は社会常識の非常に欠如した人でオレオレ詐欺等に簡単に引っ掛かってしまう恐れがあるので、知らない番号からの電話は全て詐欺だと思うように伝えていたのです。

    IP電話の契約をして出発したのですが、その番号を母には伝えそびれていました。

    何度か自宅に電話をして、もし万が一キルギスタンの大使館か外務省から通知が来たら、警察に持っていって内容を確認した上で振り込みの立て替えをお願いしようと思ったのですが、案の定私からの電話はすぐに留守電に繋がってしまいます。

    一応メッセージは残したのですが折り返しも無いことから留守電も聞かずに上書いているのでしょう。

    気の小さい私は心配でなりません。

    その後に出会ったライダーにことの顛末を話すとみんな一様に、そんなのは賄賂の要求に決まってるんだから気にすることは無いと言います。

    このことがあったのが木曜日で金曜日にタジキスタンの国境を越えてしまったので、週が明けてから国際電話でタジキスタンからキルギスタンの日本大使館に電話をしてことの顛末を正直に全て詳細に話しました。

    すると日本大使館の職員もその場でのお金の要求は賄賂でしかないことと、立ち去るときに追跡がなかったことから恐らく問題はないと思うという回答を得ました。

    それから10km/hオーバーまでについては取り締まりの対象にならないとも。

    ただしこの担当者は「たぶん」とか「はず」とか「思う」とかはっきりとしない返答しかしないことが私の不安を完全には払拭はしてくれはしなかったのですが。

    そして、気の小さい私はパミールハイウェイを走っているときも大変楽しい気持ちになってもふとこの事を思い出し不安になるのでした。

    500ソムくらいなら払ってしまっておけばいつまでも引きずらずに済んだのかなと思いつつも、賄賂に屈することの方が悔しいという思いの狭間で悩み続けるのでした。

    *気の小さい私は今でも不安です。もしこのような事案について何か知っている方がいらっしゃいましたら、ご連絡くださいましたら幸いです。

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