• 地元警察とリョウさんの助け

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    3月4日(水)東京出発269日目、ガボン13日目 ンデンデ 

    この日はとにかく昨日に置き去りにしたテネレさんを回収しに行かなければなりません。

    幸いなことに地元警察が手伝ってくれるというので大変ありがたいです。

    朝起きてからすぐに宿からほどない場所にあるイミグレーションに行きました。

    昨日にここで出国手続きをしてしまったのでその取り消しをします。ここで働いている警察の方からリョウさんも呼ぶように言われたのでそのようにしました。

    この日もこのイミグレーションで入出国手続きをする人が多く、朝の早い時間にも関わらずたくさんの人がいて、警察の方たちも忙しそうです。

    8時少し過ぎたところでイミグレーションに行ったのですが10時過ぎまで待たされてしまいました(もちろん我々の処理なんて後回しに決まっていますから仕方ありませんが)

    するとコンゴ側から一台の大変汚れたトヨタランドクルーザーがやってきました。

    中から現れた白人男性はコンゴからガボンに入国するようで、手続きを待っている間に私たちに話しかけてきました。

    白人男性:「君たちはオートバイ乗りかい?いやぁ、ここから250km以上の道が大変酷かったよ。とんでもない悪路だった。ここから少し行ったところに大きいバイクが置き去りにされていたよ。もしかしてこれって君たちのだったりするの?」

    そう言って見せてくれた写メは紛れもなく私のテネレさんでした。

    あぁ…、テネレさん、置き去りにしてしまってごめんよ。こんなにも泥だらけになってしまって…。

    私:「そうです。これは私のバイクです。昨日そこで転倒して足首を怪我してしまいバイクを置いてこの村に戻って来たのです」

    白人男性:「そうか…。怪我は大丈夫かい?怪我してしまったのならバイクには乗れないと思うのだけれどもこれからどうするんだい?」

    私:「思ったよりも怪我は酷くなかったようなので1週間もすればバイクにはなんとか乗れるようにはなると思います。でも、さすがにあの悪路は難しいと思います。どうにかバイクごと運んでくれる輸送業者を探してコンゴの大きめの町まで行ければ、そのあとは舗装路を走れるので…」

    白人男性:「そこまで大事じゃなかったみたいで何よりだ。幸運を祈るよ」

    そう言って去って行きました。

    私はアフリカではこのガボン-コンゴ国境を走るのを一番楽しみにしていました。以前この区間を走ったことのある方から写真を見せてもらったことがあり、この区間はとても苦しかったけれども、どこに行ってもとても優しい現地人がいて、最高に楽しかったと聞いていたからです。そしてその写真がまさに私がイメージしていたアフリカの風景だったのです。

    でも、私はここを走ることは叶わないでしょう。

    私はアフリカの西側ルートに敗北したのです…。

     

    しばらくするとイミグレーションの警察官がバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)を呼んでくれ、これでバイクを回収に行ってこいと言います。

    いやいやいや…。どうやってもこれにバイクは積めないし、私はそもそもバイクの運転ができないから昨日あそこに3時間もいたわけですよ…。

    するとその警察官がリョウさんに行ってもらって運転して帰って来てもらえば良いだろと言います。

    いやぁ…。あの悪路をもう一度リョウさんに走ってもらうのは大変申し訳ないです。でも確かにテネレさんを積めるような車なんてすぐに手配できないでしょうしそれしかないのかもしれません。

    私:「リョウさん。すみません。お願いすることってできますか?」

    昨日、あの道は二度と走りたくないと言っていたのに本当に申し訳ないです。

    リョウさん:「は、はぁ…。わかりました」

    本当に申し訳ないです…。

    さすがにリョウさん一人に行かせるのは申し訳ないので、何の役にも立てないですが私も一緒にバイタクの後ろに乗って行きます。

    とにかく帰りはテネレさんはこかしても良いのでリョウさんが怪我をしないように気を付けてくださいと言います。危ないと思ったらバイクを投げて自分が怪我しないようにしてくださいと。

    幸いなことにこの日は昨日からずっとカンカン照りが続いていたためか多少道路状況も良かったこと、テネレさんの走破性、同じ道を3回目の走行ということもあってか、リョウさんは一度も転倒することなく無事に村に帰ることができました。

    とにかくテネレさんが手元に戻って来たことで私は少し安心しました。

    これからのことを考えないといけないのですが、肉体的にというより精神面の疲労がずっと続いていたため、部屋でゆっくりしていました。

    夕方、リョウさんが部屋をノックして呼んでくれました。

    リョウさん:「今、フランス人のライダー二人が来て、バイクを運べる業者を呼んでもらえるように宿の人に言ってくれて、通訳とか交渉とかの手伝いをしてくれるみたいです」

    どうやらこのフランス人ライダーはここに来るときに警察から、日本人ライダーが昨日コンゴに行く途中の道で転倒して怪我をして、バイクに乗れないからバイクを運んでくれる輸送業者を探していると聞いたということのようです。

    そして私たちを助けようとわざわざ我々の宿泊している宿に来てくれたようでした。

    この小さな村でほとんど英語も通じず、本当に輸送業者を探せるのだろうかと心配していたのですが、本当にありがたいことです。

    このフランス人ライダー二人とも、日本ではまだ発売されていない(今年の6月発売)ヤマハ テネレ T-700(テネレさんの弟分)に乗っていました!
    シールドの裏にはかわいらしいクマさんが乗っていました\(^_^)/

    私は最初彼らに、「ここから先の道は悪路なので気を付けてくださいね」なんて言ってしまいましたが、とてつもなく恥ずかしいことだったと後程知りました。

    と言うのも、彼らはフランスにて通過する国のビザはすべて取得して、5週間前にノルウェーの最北端ノールカップを出発してもうここまで来てしまったというのです。しかも彼らの走って来た道は想像を絶する道です。いや、道ではないのです。モーリタニアではバイクが3分の2以上埋まってしまうのではないかというような砂漠地帯を敢えて通過し、そのあとの道も歩くのだって難しいのではないかと思うような大きな岩だらけの渓谷や、昨日我々が走った道とは比べ物にならないドロドロの密林地帯などを通過してきているのです。車どころか地元の人たちも歩いてさえいないような場所と言っていました。

    リーブルビル方面からこのンデンデの村に来るまでの道は大変綺麗な舗装路なのですが、この日彼らが走って来たと言う道は、昨日に私が転倒して怪我をした道とは比べ物にならないくらい酷い密林地帯でした。

    それらの道をたったの5週間で…。

    そしてこのンデンデ(今私たちがいる村)からコンゴのドルジー(悪路の終着地)まで、我々は3日かけて行こうと思っていたのですが、彼らは1日で走ると言っていました。

    さらに、彼らはサーキットでも走るようで鈴鹿の8耐にも何度か出場したことがあり、どこかのチームに所属していると言っていました。プロなのです。

     

    この日、宿の方が呼んでくれると言っていた輸送業者ですが、20時過ぎから降り始めた激しい雨のためにこの日は来られなくなりました。明日の早朝にやって来てくれるそうです。

    このフランス人ライダーの二人には大変お世話になってしまいますが、大変ありがたいことに出発前に一緒に立ち会ってくれるということでした。

    アフリカの西側ルートに敗北した私ですが、この結果次第では旅はまだ続けられるかもしれません。

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  • ガボン風のおもてなしだそうです

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    3月3日(火)東京出発268日目、ガボン12日目 ンデンデ~ 走行距離15km 

    転倒から2時間が経過して、コンゴ方面から一台のバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)がやってきて、その荷台部分に5~6人の男が乗っていたため、バイクを起こすのを手伝ってくれました。

    彼らは心配そうに我々を見つめていましたが、これ以上彼らにできることは無いのでそのまま行ってもらうことにしました。

    その後さらに一時間が経過しました。

    午後の2時過ぎ一番日差しの強い時間帯です。ジリジリと照り付ける太陽が容赦なく私たちの体力を奪っていきます。

    私:「リョウさん。日陰に行ってください」

    リョウさん:「いえ。大丈夫です」

    ダカールから一緒に走って来て、厳しいことを言ってしまったこともありましたし、一人で走りたいななんて思ったこともありましたが、今このとき、一人でないことが本当にありがたかったです。

    もしこのとき私は一人だったら精神的にかなり追い詰められていたでしょう。隣にリョウさんがいて話し相手になってくれることは本当に心強かったです。

    2時15分頃

    一台の小型バイクがやってきました。地元の人のようです。小柄でラフなシャツを着ていて気のいいおっちゃんって感じの人でしたがどうやら警察官のようです。

    彼はフランス語しか話せないようですが、我々を見て、私が怪我をしていることを訴えるとすぐに電話をかけてくれ応援を呼んでくれました。

    どうやらこのまま国境に行く予定だったようです。

    言葉は通じませんが優しい笑顔で我々に話しかけてくれずっと付いていてくれます。

    彼が応援を呼んでくれてから一時間ほどするとサイレンをならしながら車がやってきました。

    ま、まさか!?救急車を呼んだの??

    と思っているとどうやら警察の車のようです。朝にイミグレーションで働いていた男も何人か混ざっています。

    ずいぶん大げさなことになってしまったと焦ります。

    車はなるべく私に近い場所に寄せようとしてくれるのですが、大きな水たまりとヌタヌタのマディに阻まれて寄せることができません。

    私はそこまで自分で歩けるからそれで良いと言うのですが、みんなして歩くんじゃない!と言ってきます。

    遂には最初に応援を呼んでくれたおっちゃんがおんぶするから背中に乗れ!と言います。

    仕方なく背中に乗ると、そこにいた警察官たちが一斉にその姿を写真に撮ります。恐らく「日本人を助けた地元警察官」として新聞にでも載せたいのでしょう。

    もう知ったこっちゃありません。

    車の荷台に乗せられてそのまま運んでもらいます。

    リョウさんはバイクをそこに置いて行くのが嫌だったようで自走で帰ります。

    帰った後にリョウさんが

    リョウさん:「もう二度とあの道は走りたくありません。帰りも2回も転んで最悪でした」

    と言っていました。

    そして、警察の車が来た時も「頭が痛い」と言っていたので恐らくまた熱中症になりかけていたのだと思います。本当に大きな負担をかけてしまいました…。

    ンデンデの村に着くと私を病院に連れて行くと言います。

    だいぶ痛みは引いていたことと、軽く動かしたりゆっくりなら歩いたりできることから骨折の可能性はほとんどないと思われます。

    であれば無理に病院に行く必要も無いと判断して丁重に断ったのですが、先方は強硬に病院に連れて行こうとします。

    彼らの思惑が想像できてしまった以上、わたしは絶対に病院になど行きたくありません。

    恐らく彼らは無理やり私を病院に連れていき入院させてその写真を撮り、手厚い対応をした警察官としてアピールしたいのでしょう。

    冗談じゃありません!

    車から自力で降りて歩けるから大丈夫だと言って断ります。

    私と彼らの間で押し問答となりました。

    あまりの強硬さに嫌気がさします。

    私も意地になって断ると、彼らは怒りを露にして去って行きました。

    夜、我々に宿に先ほどの警察官の中で一番位が高いと思われる男が宿にやってきました。

    警察官:「お前のバイクはあそこに置きっぱなしだ。取りには行ってやらないからな!明日には誰かがあそこに行ってお前のバイクを盗んでいくだろう。それでも俺たちは知ったこっちゃない」

    そんな嫌味を言いに来たのか…。呆れてしまうよ。

    リョウさんと一緒にトランスポーターを探さないといけないよねって話をしていたのでもともとそんなつもりもなかったですが、こいつらは最初はバイクを運ぶところまでやってくれようとしていたのか…?

    私:「いくらかお金を払えば運んでくれるのですか?」

    するとこのバカ警察官は両手を広げて宿の人たちにもアピールするように

    警察官:「なんだってぇ?!お金を払うからバイクを取りに行ってくれだって??さっきはお金がないから病院には行きたくないって言っていた奴がお金を払うからバイクを取りに行ってくれなんておかしな話じゃないか??ああ!どうなんだよ!そもそもお前が自分で起こした事故だよな!俺達には関係ないだろ!」

    ははーん。こいつは私が病院に行くのを拒絶したことが腹立たしくて仕方ないんだな?せっかく日本人を救った村のヒーローになれるところだったのに軽傷だったってなったらあまりニュースとしても面白くないからな。なるほど。ちょっとふっかけてやろう。

    私:「そうですかわかりました。バイクは自分で何とかします。今日はありがとうございました。皆さんの助けにつきましてはすでに日本大使館にお伝えさせていただいております。本当にありがとうございました」
    (実際に新聞などに載ってしまったら日本大使館にも迷惑をかけてしまうかもしれなかったので宿に戻った時点で事の顛末は在ガボン日本大使館に報告してありました)

    するとこの男、非常にわかりやすいです。

    警察官:「今日はもう日も沈んでいるから無理だが、明日バイクを取りに行くのを手伝ってやろう」

    私:「本当ですか?!ありがとうございます。そのことも改めて日本大使館に伝えさせていただきます」

    警察官:「これがガボンのおもてなしです」

    本当にどうしようもないろくでなしです。

    助けていただいたことは大変感謝していますが、これではありがたみが薄れてしまうことがわからないのでしょうか?でも手伝っていただけるならありがたいのでお願いします。

    今後のことはこれから考えることにしてまずは明日バイクの回収をすることが先決です。

    大変な一日でした。リョウさんにも大変な迷惑と負担をかけてしまいました。

    とにかく今日はゆっくり休みたい…。そう言ってこの日は20時には就寝するのでした。

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  • 絶望の淵

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    3月3日(火)東京出発268日目、ガボン12日目 ンデンデ~ 走行距離15km

    この日は遂にこの旅一番の難所と言われるガボン-コンゴ国境にかけての約300kmに渡る最悪のマディ(泥道)への挑戦となります。

    朝7時半過ぎにはバイクに荷物を積み込み、イミグレーションに行き、出国の手続きをします。

    イミグレーションは朝の7時半から開いているということでしたが8時少し前に行った時点でたくさんの人が並んでいました。

    その中に白人の男性が混じっていて、フレンドリーに話しかけてきます。

    どうやら彼はバックパッカーとして世界中を回っているブラジル人のようです。

    すでに90か国近くを旅していて、アフリカの次はロシア、東アジア、東南アジアを旅する予定だと言っていました。ブラジルには日系人が多く住んでいることから日本人に対して親近感があると言っていました。

    母国の言葉であるポルトガル語にそれに似ているスペイン語、その他にもフランス語と英語を話せることから世界中のかなりの地域で言葉によるコミュニケーションが取れるようです。

    彼の出国印とほぼ同時に我々の出国印も貰えたので、お互い挨拶をしていざ出発します。

    ンデンデの村を出ると、すぐに未舗装路が始まります。

    始めの幾つかの酷いマディ(泥)の水たまりはなんとか必死に乗り越えます。

    かなり酷いマディが続きます
    こんなのが300kmも続くのかと思うとゾッとします

    村を出てから10kmほど走るとだいぶ大きな水たまりとトラックや車のタイヤで掘り返された難関が現れます。

    一旦バイクから降りてどこを走るべきかを確認します。

    私は一番左側の掘り返されて酷い状態の場所では無く真ん中の比較的凹凸の少ない場所を選んで通ろうとしました。

    この場所は凹凸は少ないのですが見るからにドロドロで滑りそうです。

    こういった場所は思い切っていかないといけないと思ってその場所を通る瞬間にアクセルを開けて一気に通過してしまおうとしたのですが、アクセルを開けた瞬間にタイヤが滑ってバイクの制御が全く効かなくなり、隣の大きな水たまりに転落…。転倒してしまいました。

    一瞬足首を捻って多少痛みは感じたものの、なんとかなりそうです。後ろから車とトラックとバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)がやってきたのですぐに助けてもらえるかと思いました。

    しかし車の男たちは自分たちが汚れるのが嫌なようで、車から降りてくると転倒しているテネレさんを写メで撮るだけで一向に助けてくれる気配がありません。

    トラックの男が降りてきてくれてなんとかテネレさんを引き上げることができました。

    しかしこの場所は大変難しい場所で三輪のバイタクですらスリップしてあわやスタックしてしまうという状態でした。

    リョウさんのバイクは私とトラック運転手の二人が後ろで支えながら走り、一回軽く転倒しましたが、なんとか通過することができました。

    ここ、大きな水溜まりの右の平らな所を通れそうな気がするのですが、酷く滑ります。
    私が転倒した後、後ろから来た人たちはリョウさんに、写真向かって右側の水溜まりの中を走るのが一番マシだと教えてくれました

    このときいたトラックも車も三輪のバイタクも先に行ってしまい、私たちは水分補給だけをしてゆっくりと運転を再開しました。

    そこから更に5kmほど進んだ場所でまた難所が現れました。

    どうにも無事に渡れる気がしません。しかしここを通過しないと先には進めないのです。

    思い切って行くしかありません。

    少し斜めに落ちている個所はヌルヌルになっていてどう見て滑ってしまいそうです。

    勇気を出して思い切ってアクセルを開けて渡ろうとした瞬間…

    制御の効かなくなったテネレさんは派手に転倒し私の左足を巻き込みながら倒れました。

    アクセルを開けたまま転倒したバイクは地面に対して回転し、巻き込まれた左足にはバキバキバキと聞いたことの無いような音と激痛が襲います。

    この瞬間私の旅は終わったと思いました。どう考えても簡単な怪我とは思えませんでした。

    バイクの下敷きになり立ち上がることすらままなりません。

    リョウさんにお願いして少しバイクをずらしてなんとか這い出ることができました。

    リョウさんにバイクをずらしてもらって、なんとか這い出ることができました

    左足を地面に着こうとするだけで激痛が走ります。どう考えてもこれ以上走ることはできません。歩くことすらまともにできないのですから…。

    つま先を地面に着くだけで激痛が走ります。
    歩くこともままなりません…

    リョウさんが一人でテネレさんを起こそうとしてくれるのですがこんな足場の悪いところではまず無理です。

    私:「無理しないでください。この足場では一人では無理です。誰か通りかかるまで待ちましょう」

    このときまで私はすごく簡単に考えていたのです。

    朝の時点でもイミグレーションのたくさんの人がいましたし、先ほどの難所でも車やトラックやバイタクがいて車通りだってそれなりにあるだろうと思っていました。

    それに我々は二人いるのですから、バイクを倒したら起こせばいいくらいに考えていました。こんなマディの道ではバイクを倒しても走行不可になるような壊れ方はしないだろうと思っていたのです。

    しかし、まさか自分が怪我をしてしまうとは…。

    時刻は11時少し前。

    15分かそのくらい待てば車が通ると思っていました。空荷のトラックが通ったらこのままコンゴの大きめの街までバイクごと乗せてもらおうなんて楽観的に考えていたのですが甘かったです。

    全く車が通らないのです。

    そしてこの暑さ…。

    数百メートル歩けば木陰らしきものがありそうなのですが、私はバイクの傍を離れてしまって、いざ車が通ったときに助けてもらえないのが嫌で(恐らくそんなことはないでしょうけれども)日陰まで移動する気になれませんでした。

    リョウさんには日陰に行くように言うのですが、心の優しいリョウさんは私の傍にいてくれます。

    私はもともと泥道の走り方が全く分からないのです。どうやったら走れるのか?走れるイメージが全然ありません。

    そのことをリョウさんに言うと

    リョウさん:「俺は怖いからアクセルは開けないで半クラか惰性だけで走ります」

    と言いました。

    それでした…。

    私は怖いから一気に渡ってしまおうと思ってアクセルを開けてスリップして転倒しているのです。何でもっと慎重になれなかったのか後悔しかありません。

    それを聞いて、もう一度挑戦したいという気持ちとこの道を走り切れなかった悔しさが込み上げてきます。しかしこの足では再挑戦は不可能でしょう…。

    転倒から1時間が経ちました。

    全く車の通る気配がありません。

    そして2時間が経過しました。

    それでも車は通りませんでした。

    最初はコンゴの大きめの都市まで行くトラックに乗せてもらおうなんて考えていましたが、こうなってしまった以上、最悪自分たちだけでもンデンデに引き返すなりしないと危険です。

    段々と焦ってきます。

    夕方になれば朝方にコンゴを出発して夕方にガボンに着く車が来るだろうからそれを待つしかなさそうです…。

    続く

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  • このとき私たちはまだ何も知らなかった…

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    3月2日(月)東京出発267日目、ガボン11日目 ムイラ~ンデンデ 走行距離76km

    我々は勘違いしていてムイラの町より先から酷いマディ(泥道)の未舗装路が始まるものだと思っていました。

    しかし、実際はムイラ-ンデンデ区間は大変綺麗な舗装路でした。

    距離も短いため、この日はお昼前にはンデンデの町に到着しました。

    ンデンデの村からコンゴとの国境までは50kmほどありますが、その間には何も無く、ここンデンデにあるイミグレーションにて出国印をもらいます。

    明日からは最悪の未舗装路が始まるため、この日はンデンデに滞在して、次の日の朝一に出国印をもらいコンゴ国境に向けて出発する予定です。

    我々はイミグレーションから500mほどの距離にある宿に宿泊することにしました。

    この宿はお世辞にも設備が整っているとは言えませんが、きちんと手入れが行き届いており、大変居心地のいい宿でした。

    お世辞にも設備が整っているとは言えませんが、居心地の良い宿でした
    ラピュタの朽ちた巨神兵を彷彿させる朽ちたトラック
    近くでもう一枚

    沈み行く夕日を見つめ、心穏やかにこの日は幕を閉じて行きました。

    美しい夕焼け

    そう、次の日には地獄の一日が待っているとは露知らずに…。

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  • 忍び寄る暗い影

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    3月1日(日)東京出発266日目、ガボン10日目 ランバネレ~ムイラ 走行距離193km

    首都のリーブルビルからここランバネレまでの最初の3分の2ほどは予想外にあまり道が良くなかったためこの日はどうなのだろうかと思っていたのですが、この日は予想外に大変に綺麗な舗装路が続いていました。

    しかし相変わらずの検問の多さです。中には何も確認せずにそのまま素通りさせてもらえるところもあったのですが途中の検問では不愉快な思いをすることがありました。

    我々がパスポートを提出すると簡易事務所のような場所に呼ばれて「ワクチンの証明書を見せろ!」と言われました。

    当然私は黄熱病のワクチンだと思っていたのですが「他の予防接種の証明書を見せろ!」と言ってきます。

    しかしここの検問担当官は一切英語が話せないためイマイチお互いにうまくコミュニケーションが取れません。先方がイライラしてきているのがわかるのですが、どうにも言っている意味が分からないので仕方ありません。

    すると一人の担当官が新聞を持って来て「コロナウィルス」の記事を見せてきました。

    やっと解せました。

    日本人ということでコロナウィルスの保菌者でないかと言いたいようでした。

    私たちは9か月も前に日本を離れて、アフリカにも3か月前に入ったのでコロナの影響は受けていないはずだと主張するのですが全然言葉が通じません。

    仕方ないので日本大使館に電話をすることにしました。

    我々が「日本大使館に我々の事情を説明するので直接あなたたちで話をしてほしい」というと「ヤメロ!」と大きな声で言い、「もう行って良い」と言います。

    どうやらただの嫌がらせだったようです。

    今世間を騒がせているコロナ騒動はこの先の我々の旅にも暗い影を落としそうです…。

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  • 転がるバイク

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    2月29日(土)東京出発265日目、ガボン9日目 リーブルビル~ランバネレ 走行距離243km

    前日一日鋭気を養った我々は遂にコンゴ国境に向けて出発しました。

    この日目指すのはランバネレという都市です。ガボンの中では比較的大きな都市だとは思うのですが、ここに至る道は予想に反して悪い道を走ります。

    穴ぼこだらけのアスファルトが途中途中現れます。

    そしてガボン国内もやはり検問が多いです。検問が多いのはガボンは資源大国であり周辺のカメルーンやコンゴなどからの出稼ぎが多いことも関係しているのかもしれません。ガボン人からしたら外国人は自分たちの資源を狙う信用ならない存在なのかもしれません。

    途中リョウさんがバイクを停車させたので何かと思ったらどうやらここが赤道のようです。ギニアに入ったくらいから連日暑い日が続いていましたが、やっとここが赤道のようです。長い長いアフリカの旅でやっと赤道越えです。本当に長い旅です…。

    あの看板が赤道を示しています
    赤道には消えかけた黄色い線が引かれていました
    コンパスアプリで見ると、緯度はぴったり0°ではありませんでしたが、ほぼ0°でした

    さらにしばらく走ると予想外の悪路と検問の多さがリョウさんを苛立たせていたのかもしれません。

    途中検問の先に商店があったため、水を購入してそれをバイクに積み込もうとしていたときです。

    リョウさんがバイクのサイドスタンドとは反対側に水を積み込もうと押し込んだ勢いでなんとバイクが歩道から下の低くなった場所に転がり落ちてしまいました。

    幸いなことにバイクにそこまで大きなダメージは無かったのですが、まず引き起こすのが大変です。地元の人たちに手伝ってもらってなんとかバイクを起こしました。

    幸いバイクにはほとんどダメージはありませんでした

    一方で不運だったのはリョウさんがバイクを落とした先には水道の設備があり、それが一部破損してしまっていました。

    しかし、下にあった水道設備が少し壊れてしまいました

    当然地元の人たちはお前らがちゃんと直していけ!と言います。

    これはこちらが悪いのでなんとかしないといけないのですが気持ちの余裕を失っていたリョウさんは「コイツらスゲェめんどくせえな!」と怒りを露にしました。

    リョウさんもバイクをあんな風にしてしまって精神的に参っているだろいうことはわかっていたのですが「こちらが悪いのでできる限りのことはやりましょう」と言って作業をしました。

    幸い何かが折れてしまったとか曲がってしまったといったわけではなかったのでネジを締めなおしてなんとか修理を終えました。

    するとリョウさん

    リョウさん:「うぅ…、気持ち悪い」

    と言います。

    暑い中の作業で熱射病のようになってしまったのか、精神面に大きなストレスが加わってしまったからなのか、そもそも朝から体調が良くなかったのか体調の悪さを訴えます。

    心配ではあるのですがここの地元の人たちの冷たい視線に晒され続けるのも私はいたたまれなく、「ゆっくりで良いので事故のないようにとりあえず進みましょう」と言いました。

    ここから先の道路は今までとは打って変わって綺麗な舗装路になりました。

    アフリカの中では裕福なガボンですが、首都のリーブルビルとは打って変わって、少し離れると生活水準は一気に落ちます

    途中トラブルにも見舞われ多少雨に打たれたりもしたものの、なんとかガボン走行初日を終えることができました。

    どうにか無事にコンゴの悪路を終えるまでなんとか走り切れますように…。

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  • 疲れ

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    2月28日(金)東京出発264日目、ガボン8日目 リーブルビル

    昨日ようやく船会社からバイクを受け取り、この日はそのまま出発の予定でした。

    朝、準備をします。

    リョウさんは準備を終えて私を待っている状態でしたが、私はどうにも気分が乗りません。

    連日の交渉事などで大変疲弊していました。

    私:「リョウさん…、今日出発しますか?私は今日出発してももう一日ここに滞在してもどちらでも良いのですが…」

    卑怯者の私はこんな言い方をリョウさんにします。正直あまりにも疲れているのでもう一日ここに滞在したいという思いがあったのですが、リョウさんが出発したいというのであればそれに従うという意味でもあり、この日の出発如何はリョウさんに委ねることにしたのです。

    リョウさん:「うーん。確かにあまり気分が乗らないですね。どうしましょうか?もう一泊しましょうか?」

    私:「そうですね…。決める前に天気予報を確認しましょうか?今日出発した方が天気に恵まれるなら今日出発した方が良いですし」

    そう言って天気予報を確認すると、出発は一日遅らせた方がより都合よく走れそうなことがわかりました。

    私たちにとって言い訳するのに十分な情報も入手したので潔くこの日は一日ゆっくりすることにしました。

    このときの私の精神はかなり疲弊していました。

    もともとアフリカを走ることは楽しみにしていたのですが、アフリカは予想以上に発展していて、私が思い描いて楽しみにしていたアフリカとだいぶかけ離れていることと、ほとんどの時間を事務作業に費やし、バイクに乗ることもほとんどありません。

    バイクで走っていても検問検問検問で気持ちよく走れないですし、中央アジアのようや東ヨーロッパのように目を見張るような絶景に出会うこともありません。

    とにかく気持ちよく走ることができる日がほとんどないことも私にとってはストレスでした。そして常に人を警戒し楽しめていないのは私自身の大きな欠点でもあるでしょう。

    出発を一日遅らせた私たちでしたが、このときリョウさんが気になることを口にしました。

    リョウさん:「ヒデさん、ヒデさんは体調大丈夫ですか?」

    私:「私は体調自体は全く大丈夫ですよ」

    リョウさん:「そうですか…。最近マラリアの薬を飲み始めたからか、副作用なのか体調が悪いんですよね…」

    私:「…。確かにマラリアの薬は強いみたいなですからね。決して無理はしないで体調が悪い時はなるべく早めに言ってくださいね」

    これからこの旅、最難関と思われるコンゴ越えがあります。ここに来ても体調が良くないというのは大変心配です。

    そんな風にリョウさんの体調を心配したりしていましたが、きっと私の中で自分自身に対する過信と傲りがあったのでしょう。この先私の身に大変な事態が起きるとはこのときは夢にも思っていませんでした。

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  • セルジオ=ザンベジ

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    2月27日(木)東京出発263日目、ガボン7日目 リーブルビル

    船会社からバイク受け取りのためにさらなる追加料金が発生すると言われて納得できない私。

    口論の末に日本大使館に電話をしてアドバイスをもらいました。

    その結果コトヌー側の船会社とガボン側の船会社で話し合ってもらうようにお願いできないかとのことでした。

    ということで早速スラデュさんに電話をしてみます。しかし出ません…。何度か電話をしてもやっぱり出ません…。

    仕方なくウンゲ氏に電話をしてみます。

    私:「先日CASSANGAにバイクを載せていただいた日本人ツーリストですけど覚えていますか?」

    ウンゲ氏:「へーい。マイフレンド。当然覚えているぜ。どうしたんだい?」

    私:「今ガボンでバイクを受け取ろうとしたら、こっちの船会社の人間と思われる奴から、お金を支払わないとバイクは引き渡せないと言われてしまって。でも私にはそれが何のお金なのかはっきりしなくて。悪いんだけどウンゲさんの方から話をしてもらえませんか?」

    ウンゲ氏:「わかった。じゃ、電話を代わってくれ」

    そうしてウンゲ氏と船会社の人間で話をしてくれました。ウンゲ氏も何やら一生懸命話をしてくれていたのはなんとなく感じ取ることはできたのですが、ウンゲ氏からの返事は以下のようなものでした。

    ウンゲ氏:「話を聞くと、奴らの請求している、通関業務をする上でのお金は正規のものなのは間違いない。だから本来支払う必要のあるものなんだ。でも、スラデュなら昔税関で働いていたことがあるからなんとかしてくれるかもしれない。俺の方ではどうにもできないからスラデュに電話してみてくれないか」

    正規のものであるということならば仕方ないのかもしれません。でもウンゲ氏の言うことだからなぁと思って再度スラドゥさんに電話をしてみます。

    しかし、呼び出し音は鳴るものの一向に電話には出ませんでした。

    私はコトヌーにいるときから連日の交渉でなどでかなりすり減っていたため、スラドゥさんに聞かずともウンゲ氏が「正規のお金だ」と言うのであれば払ってしまって楽になりたいなぁと思い始めていました。

    それでも諦めずに時間をおいて何度か電話をしたところやっとのことでスラデュさんにつながりました。

    私:「あぁ、スラデュさん。私です。ヒデです。覚えてくださっていますか?」

    スラデュさん:「ヒデさん。どうされましたか?」

    スラデュさんの優しい声を聞いて思わず涙が出そうになります。

    私:「スラドゥさん…、かくかくしかじかなんですよ」

    スラドゥさん:「わかりました。私から船会社の人と話してみますから電話を代わってもらえますか?」

    そうしてスラドゥさんも船会社の方と電話で話をしてくれたのですが、やはりスラデュさんからも

    スラデュさん:「船会社の請求しているお金は正規のもので間違いありません。それはお支払いいただくしかないです」

    ということでした。

    ウンゲ氏もスラデュさんも「間違いなく正規のお金」ということでしたら仕方ありません。我々は支払いに応じることにしました。

    そして「正規のお金」だったにも関わらず3時間近くもゴネてしまい、船会社の職員にも、この通訳の男にも大変申し訳ないことをしてしまったと思いました。

    我々は当然そんな大金を持ち合わせていなかったので近くのATMまでお金をおろしにいきました。すると通訳の男もついて来てくれます。この男は我々が口論している間、常に中立的な立場で私情を挟むことなく真摯に通訳の仕事をしてくれていました。

    あまりにも対応がきちんとし過ぎているので、すべてが終わった後に法外な金銭をまた要求されるのではないかと思うほどです。

    もしそうだとしても私はこの男の誠実な態度に心惹かれていました。

    お金をおろして船会社の事務所に戻るとこの通訳の男が聞いてきます。

    通訳の男:「お前らいつリーブルビルを離れるんだ?」

    私:「たぶん明日には出発すると思います」

    通訳の男:「お前らさっき大金をおろして財布をそのままポケットにしまったろ?あれは絶対にやめろ。大金を持つなら鞄の奥深くに入れるとかしないとダメだ」

    私:「危険ですか?」

    通訳の男:「めちゃくちゃ危ない」

    どうしてこの男はこんなにも親切なのか?と思ってしまいます。この男を信頼した私はこの男に名前を聞きます。

    通訳の男:「ザンベジだ。ザンベジ・セルジオ」

    私が発音が難しいというとわざわざ紙に書いてくれました。そして我々の名前も「Hide、Ryo」と紙に記載するとそれを嬉しそうに受け取り自身の携帯電話の裏側に張り付けてくれました。

    お金を船会社に支払うと担当の男が我々の書類を持ってどこかに出かけていきました。戻ってくるとカルネにもきちんとスタンプが押されていました。

    確かにきちんとした業務をしてくれたようです。

    大変疲れたのですが、我々はすぐにまたタクシーに乗り込み港に戻ります。タクシーを拾う時もザンベジが金額交渉をしてくれます。我々が払うお金なのでそれをしても彼にはメリットはないはずなのに、どこまでも真摯な男です。

    タクシーの中で私はザンベジに聞きます。

    私:「もう書類も揃ったし、港に行けばバイクの受け取りは可能なのか?」

    ザンベジ:「そうなることを願うよ。俺はもう疲れた。早く仕事を終えて自由になりたい」

    港に到着するとサムもどきがやってきます。ザンベジがトイレに行っている隙をついて「警察からパスポートを取り返した手数料の25,000CFA(約5,000円)を払え」と言ってきますが、言葉がわからない振りをしてザンベジが戻ってきたらもう一回言ってくれと言います。

    しかし実際にはザンベジが戻ってくるとサムもどきはそのことは言わなくなりました。朝の時点でおそらくザンベジはそんな不当なお金の要求はするなと言ってくれていたのでしょう。

    まだ船に載せられている我々のバイクを引き取ろうとすると、船の作業員が金を払わないとバイクは降ろさないと言い出します。

    3人の作業員がいて一人当たり25,000CFA(約5,000円)。

    ふざけるのもいい加減にしろ!

    私:「俺たちはすでに船会社にお金は支払っているんだ!なぜまたお金を払わないとならない?!俺たちがお前らにお金を払う筋合いはない。お金がほしいならお前たちのボスに言いやがれ!」

    作業員:「ボスはコトヌーにいるからここでの作業のお金はもらえないんだ。お前たちが払わないならバイクは降ろさない!」

    私:「お前らのボスがお前らに給料払わないのはそっちの問題だろ!こっちの問題じゃない!」

    そんな風に口論になっていると

    ザンベジ:「俺に交渉させてくれないか?」

    と言って、もともと一人25,000CFA(3人分で75,000CFA(約15,000円))だったところをバイク一台当たり5,000CFA(2台で10,000CFA(2,000円))までまけさせてくれました。

    それでも納得がいかない私はザンベジに対して

    私:「俺はこんな奴らにお金を払うなら、ザンベジ、あなたにその分のお金を払ってあげたいんだ。あなたは今日、俺たちをたくさん助けてくれた」

    と言いました。それでもザンベジは

    ザンベジ:「そう言ってくれるのは大変嬉しい。でも、こいつらにお金を払わないとお前たちは今日バイクを受け取れないかもしれない。申し訳ないけどこいつらにお金を払ってやってくれないか?」

    そう言って真っ直ぐな瞳で私を見つめます。ザンベジはどこまでも真摯な男でした。

    ザンベジの優しさを考えたらこいつらにお金を支払わないわけにはいけないと思い、仕方なくこのバカ作業員にお金を払いました。

    しかし結局はこの馬鹿どもはほとんど作業はせず、私たちとザンベジで船からバイクを降ろしました。

    作業が終わるとザンベジはそのまま帰ろうとしたので

    私:「待ってくれ。港を出たところで待っていてくれないか?きちんと挨拶がしたい」

    ザンベジ:「わかった。ゲートを出たところにいるよ」

    準備をして港を出ると、そこにザンベジは待っていてくれました。

    私とリョウさんからザンベジに対してお礼として幾らかのお金を渡します。この男はあんなにも我々のために一生懸命動いてくれたのに、最後まで私たちに金銭の要求をすることはありませんでした。なのでもしかしたらお金を渡すことは彼にとって失礼にあたってしまうかもしれないと思いつつも、それでも今の私たちにできることはそれしかなかったのです。

    ザンベジ:「なんてこった!おれは何て幸運なんだ!ありがとう!」

    私:「これはラッキーなのではなく、あなたが誠実に仕事をした結果だよ。いつかあなたが日本に来ることがあったら今度は私があなたを助けたい」

    ザンベジ:「俺が日本に行くだって?そんなときが来るとは思えないよ。どうやったら俺みたいな男がそんな金持ちになれるんだ?」

    私:「あなたなら金持ちにもなれるし幸せにも絶対になれるさ。あなたのような誠実な人はそうならないといけないんだ」

    ザンベジ:「そうなったら良いな。とにかく無事に旅を続けてくれよ!お金はポケットだけじゃなく鞄の中とかいろいろなところに分散させて持つんだぞ」

    そう言ってザンベジは最後まで私たちのことを気にかけてくれ心配してくれました。

    アフリカに入ってからはどこに行っても金くれ金くれでうんざりしていましたが、そんな中でこんなにも誠実で真っ直ぐな男に出会えたことに私は心から感謝しました。

    もし今回、彼以外の男が通訳だったら私の心は相当疲弊していたでしょう。

    どうか、このザンベジのような人が報われる世の中であって欲しいと心から願うのでした。

    ザンベジと記念撮影
    写真写りがイマイチですけど、すげぇイケメンでした
    帽子を取ってもう一枚お願いされました

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  • 船会社からの再びの請求

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    2月27日(木)東京出発263日目、ガボン7日目 リーブルビル

    予定通り8時半に昨日と同じタクシー運転手が宿まで迎えに来てくれました。

    帰りはバイクで戻る予定ですので片道だけお願いしているのですが、このタクシー運転手は我々をサムもどきに引き渡すまできちんと仕事をしてくれました。

    港に入ると片足を引きずった男が話しかけてきます。

    障害があることには同情しますが、どうせこの男もお金の無心をしてくることが目に見えています。ですので私は基本的には無視をするのですが、リョウさんは受け入れてしまいます。

    こういったことは一方でリョウさんの良いところなのだとは思いますが、西アフリカでのストレスフルな生活が私の心から余裕を奪っていました。

    後でお金を要求されたりしたときにリョウさん一人で対処するのであれば良いのですが、ほとんどの場合が私にも付きまとってきたりする(そしてリョウさんは英語が話せないので最終的には私が対処することが多い)ので、この時点で朝からウンザリします。

    タクシー運転手がCASSANGA(今回使用した船)のところまで連れて行ってくれ、サムもどきと引き合わせてくれると

    サムもどき:「10時になったらそっちに行くからあっちのベンチに座って待ってろ」

    と言います。そして私たちのあとをついてきた足を引きずった男を見るとサムもどきと一緒にいた男が

    男:「お前たち面倒な奴を連れてくるんじゃねぇよ。いいか?待っている間、誰かが話しかけてきても無視しろ。余計なことは知らないやつに話すんじゃない」

    と付け加えました。

    私がそのことをリョウさんに伝えてもこの男の意図するところが理解できなかったようなので、

    私:「あとでどうせお金を要求してきたりするから、向こうから話しかけてくるような奴とはあまり話すなってことですよ」

    というと

    リョウさん:「え、そうなんですか?」

    と答えました。今までそうやって付きまとわれたりお金を要求されたことが何回あったんでしょうよ。いい加減ウンザリします。

    港の入り口付近の日陰のベンチで待っていると、知らない二人組の男がやってきて話しかけてきました。

    男:「お前たちはバイクを引き取りに来た日本人だな?この男が通関手続きをしてくれる。私は通訳だ。今から時間良いか?」

    私:「わかりました。ただ、私たちはサム(実際にはサムもどき)に10時までここで待っているように言われています。サムはこのことは知っていますか?」

    通訳の男:「ちょっと待ってな。電話して確認するから」

    しばらくすると見知った顔の男がやってきたので挨拶をすると、こっちの男がサムでした。じゃ、さっきのサムもどきは誰なんだ?と思っていたらサムもどきもやってきてサムと通訳の男と話をします。

    通訳の男:「これから通関手続きをするから、バイクの書類をこの人に渡してもらっても良いか?」

    そう言われて書類を渡すのですが、私は通関業務を行う際には一緒に付いて行きたいです。なぜなら通関業務が終わった後に、かかった関税を嘘の金額を言われたりして揉めることがあるからです。

    しかし船会社の処理も入ってくるので一旦ここで待っていて欲しいと断られてしまいました。でもこの時点できちんとした税関の領収書をもらわない限りお金は支払わないと断固決意しました。

    今度は何やらサムもどきが通訳の男に何やら言っています。どうやら昨日の警察からパスポートを取り返したから一人25,000CFA(約5,000)払うように通訳しろと言っているようです。

    しかし通訳の男は首を横に振って私たちに通訳することを断っていました。これを見て私は、もしかしたらこの通訳の男は信用できる男なのかもしれないと思いました。

    しばらくして税関手続きをすると言った男が戻ってきて、二人分合計で手続きの費用450,000CFA(約9万円)を払えと言ってきます。

    なめたことを言っているんじゃねぇよ!しかも返却されたカルネを見てもスタンプが押してありません。

    私:「なんだと!なんでそんな金を払わないといけないんだ?!」

    税関業務の男(通訳を介して):「税関処理の費用だ」

    私:「こんな高いはずないだろ!払えって言うなら領収を出しやがれ!」

    税関業務の男は「良いだろう」と言うと我々に付いて来るように言いました。

    港から外に出るとタクシーに乗るようです。

    しばらくタクシーを走らせると到着したのは税関ではなく船会社の事務所のようでした。

    タクシーを降りる際に不当なタクシー代を税関業務の男に請求されたくなかったので、この男が幾ら払っているのかを確認し「5,000CFAか」と英語で独り言を言うと、それを見ていた通訳の男が「5,000ではないですよ。2,000CFAですよ」と教えてくれました。

    事務所に入ると映画の悪役として登場しそうな見るからに悪そうな顔をした男がいて金を払えと言ってきます。そもそもここは税関ではないですし、そんな法外なお金を払う筋合いはありません。

    しばらく口論となります。こっちはすでにコトヌーで輸送費は船会社に支払い済みなのです。しかし幾らここで話をしても埒が明かないので

    私:「お前らがそこまで言うならこっちは日本大使館とガボンの外務省に電話で確認するけれど、それで良いんだな?」

    と言いました。

    すると先方はどうぞお好きにと言います。

    私はガボンの外務省に電話をすることにし、リョウさんには日本大使館に電話をしてもらうようにお願いしました。

    ガボンの外務省のホームページを見ると部署ごとにたくさんの電話番号が記載されていたのでそれっぽい部署に電話をかけてみるのですが、ことごとく「無効な電話番号」という返事が返ってきます。

    リョウさんの方は日本大使館につながったようです。リョウさんから私に大使館の職員と話をするようにお願いされたので

    私:「お忙しいところ大変申し訳ございません。私たちは現在オートバイで旅行中でして、ベナンからガボンにバイクを船で輸送しました。すでにベナンにて船会社に支払い済みなのですが、ここにきて更に追加のお金を支払わないとバイクを引き渡さないと言われて少しトラブルになっています。こういった場合にどこか相談できる機関を教えていただくか、対処の仕方をアドバイスいただくことって可能でしょうか?」

    大使館職員:「そうですねぇ。大使館としてはそのようなトラブルの解決をするということはできないのですが、ベナンにて船会社との支払いが完了しているということでしたら、ベナンの船会社から直接こちらの船会社と話し合ってもらうようにお願いするってできないでしょうか?」

    なるほど!そうだ!スラデュさんに話してもらおう!

     

    続く…

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  • なんか疲れてしまいました…。

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    2月26日(水)東京出発262日目、ガボン6日目 リーブルビル

    船は火曜日に到着するとサムは言っていました。

    そして火曜日に電話くれるとサムは言っていました。

    しかしサムは火曜日の午後になっても電話をくれなかったのでこちらから電話をしました。

    するとサムは「今日は準備ができていないので明日だ」と言いました。

    そして今日になりました。

    午後になってもやはりサムからは電話が来ません。

    仕方なくこちらから電話をします。

    すると悪びれる様子もなくサムは

    サム:「明日だ」

    と言います。

    さすがに私も厳しく言います。

    私:「一体何をやっているんだ!どういうことなんだ?火曜日に船は到着するって言っていたよな?今日受け取れるって昨日言ったよな?どうなってるんだよ?」

    サム:「○*+#$’%”&コンゴ#’$?@#%」

    なに??

    全然何言ってるかわからない?それになんか今コンゴって聞こえたんだけど。まさか船はコンゴまで行っちゃったんじゃないだろうな?!

    私:「何だって??あなたが何て言ってるのか全くわからないよ。どういうことだよ?もう一回説明してくれ」

    サム:「うーん。じゃあさ、今からアンタレスまで来てよ。タクシーに乗って」

    私:「何?アンタレス?それどこだよ。港にあるの?タクシー運転手に言えばみんなわかるの?」

    サム:「港にある。タクシー運転手ならわかるよ」

    まじかよ。もう全然信用ならない。

    とりあえずリョウさんに、サムがアンタレスってところまで来いって言っていることを伝えます。

    二人で準備をしますが、

    私:「私もサムが何を言っているのか全然わからなかったんですよ。ちょっと一回宿のレセプションに行ってサムと電話で話をしてもらって何て言っているのか確認してもらいます」

    そう言って、先に私はレセプションに行きました。

    レセプションにお願いすると快く引き受けてくれました。

    レセプションの人が言うにはどうやら今日とりあえず港まで行って書類の手続きをして、受け取りは明日になるということだそうです。

    しばらくしてタクシーの運転手がやってきて港まで連れて行ってくれることになりました。宿の方がこのタクシー運転手にサムの電話番号を控えるように言ってくれました。我々を港までの送り迎えをするだけでなく、サムに引き合わせるところまでやってくれるようです。

    この日は酷い大雨です。

    港に着くとタクシー運転手がサムに電話をしてくれ港の中に案内してくれます。すると警察を名乗る男がやってきて我々にパスポートを提示するように言い、パスポートを持ってどこかに行ってしまいました。

    しばらくすると(小一時間は待ったでしょうか?)、サムと思われる(後にこの男はサムでは無いことがわかるのですが)がやってきて我々を港の中に連れて行ってくれました。

    サムもどきのこの男は我々にパスポートを返してくれ、今日はもう時間だから明日の朝9時にもう一度来てくれと言いました。

    そこで私は明日の予定の認識の齟齬が無いようにメモ帳を取り出し言われたことを書き出しお互いに確認しようとします。

    しかしサムもどきは警察からパスポートを取り返したのだから一人25,000CFA(約5,000円)払えと言ってきます。

    大変下手な英語なので私はこいつが何を言っているのかわからない振りをしました。

    とぼけながら25,000とメモ帳に書き、それがどうしたんだ?ととぼけているといい加減面倒になったのか、明日9時にもう一度来いということになりました。

    わかりきったことでしたが結局はこの日は大雨の中、出かけて行って、結局は何もやらず終いです。

    宿に戻るとレセプションの人に明日もう一度港に行くように言われたことを伝えます。

    すると今度はタクシー運転手が何やらレセプションの人に言いました。

    レセプション:「彼が、港での待ち時間が長かったので追加で5,000CFA(約1,000円)払って欲しいと言っています」

    私:「もともと出発前に宿までの往復になるので港で待ち時間が発生することは伝えていますよね。それ込みの金額で了承しているはずです」

    レセプション:「出発前に話したのはトータルで3時間までの金額で、3時間以上かかったので追加料金が発生するということのようです」

    私:「そんな話してませんでしたよね。3時間なんていう話一切出ていませんでしたよ。それはあなたも出発前我々の傍にいたのですからわかっていますよね?」

    そういうとそれ以上は何も言いませんでした。

    この国も金払え金払えですね。

    レセプション:「手続きは大丈夫でしたか?税関の手続きですからいろいろと面倒だったんじゃないですか?」

    私:「いやいや。結局今日は何もしなかったんですよ」

    レセプション:「あぁ、それは良くある話ですね」

    なんなんでしょうね。何もしないことが良くある話で、みんなして金くれ金くれ…。

    相手が黒人だったりするとこれを人種差別だという人もいるかもしれませんが、私はこういう人たちのことは軽蔑します。

    別に人種でも国籍でもないです。きちんとした仕事もせずに他人からお金を無心する人間は恥以外の何者でもないと思うのです(もちろんこの日のタクシー運転手はきちんと仕事は全うしてくれましたし、港でも私たちのために動いてくれました。ただし、それに対してもともとの送り迎えの相場よりも初めから多く支払っているのです。後からさらに上乗せされる筋合いはありません)

    ガボンに着いてから特段何かをしたわけではありません。確かに言葉の壁もあるのかもしれませんが、サムとのやり取りを始め、バイクの引き取り作業は私の心をとことん疲弊させていました。

    正直このときの私はいろいろなことが嫌になっていました。

    昨年の12月21日にダカールに入り、そこからビザ取りや船探しに船への積み込み手続きなど、この2か月間のほとんどの時間が事務作業です。

    そしてそうした作業の多くは相手方の匙加減一つでどうにでも覆されてしまう可能性のあるものです。国境でも検問でも賄賂の要求があったりどこに行っても金くれ金くれ…。そして今はバイクを人質に取られてどこでどう理不尽な要求をされるのかもわからない状態です。

    なんか疲れてしまいました…。

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