• ハバロフスクにて

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    6/20(木)の夜〜6/21(金)東京出発13日目、ロシア5日目

    ハバロフスク 走行なし

    本日は徒歩のみ

    昨日の雨の中の長距離走行の疲労があり、旅もまだ序盤ということでここは無理せず、ハバロフスクで一日休養を取ることにしました。

    ロシアに入ってからなんだかんだでバイクの引き渡しなどスケジュールはフルフルで動いていたので、妥当な判断かと。

    前回、ハバロフスクまで走ったことが幸運をもたらしたという話をしました。それというのは、ハバロフスクに到着して宿を探し、手頃なドミトリーを見つけて荷物を運び込んで一息着いた段階で、ハバロフスクに到着したことを洋介さんに伝えると、洋介さんもハバロフスクまであと少しのところにいるということでした。

    その前々日に私よりもだいぶ早い時間に洋介さんは出発したとはいえ、そこはモンキーですので巡航速度も出ないため、どこかで追い抜いていたようです。

    ウラジオストクから入るライダーの多くはほとんどが次の都市としてハバロフスクを目指すので、一緒になることは十分考えられるのですが、旅のリズムはみんなそれぞれなため、必ずしも一緒になるとは限りません。

    ジュンジさんはウラジオストクでギターを弾いてお金を稼いでからの出発になりますし、大澤さんは時間が限られているため全開で先に進んでいます。粕谷さんも以前に仕事でお世話になった方とウラジオストクで会ってからの出発になるということで、みんなそれぞれバラバラでした。

    私がハバロフスクの宿で落ち着いたことを伝えると、洋介さんも同じ宿に来るということで、一日間を空けただけで再度合流することができました。

    洋介さんもまた、ハバロフスクで旅の装備を整えるということで、一日ゆっくりしてからの出発となるということです。

    洋介さんも私と同じ部屋になったようで、洋介さんが部屋にひょっこり顔出すと、一日だけ間を空けただけなのに懐かしく感じました。

    すると洋介さんが「このドミトリー、日本人女性も泊まっていますけど、話ました?」と尋ねてきます。

    確かにシャワーを浴びて部屋に戻る途中、アジア人の女性がいたようないなかったような…( ̄O ̄;)

    すでに時間も19時半を過ぎていたため、とりあえずご飯に行こうということで、この日本人女性と3人で夕食を食べに近所のカフェに行くことに(*´ω`*)

    この日本人女性のお名前はチアキさん。年齢は35歳で2週間の休みを取ってシベリア鉄道でロシアを旅行するとのこと。そういえば私が日本を出てからライダー以外の日本人で会ったのはこのチアキさんが初めてです。

    チアキさんは旅行が好きで、今までも中央アジアやヨーロッパ、南米などたくさんの国を一人で旅行されてきたそうです。そしてこのロシア旅行を最後に少し旅は少しお休みして仕事をしっかりやろうかなと考えているそうです。

    一日しか空いてないですけど洋介さんとも再開し、無事我々の旅も動き始めたのでビールで乾杯してほろ酔い気分で宿に帰りました。

    ビールで乾杯(>_<)

    このハバロフスクも夕方も非常に綺麗な街でした。

    夕暮れのハバロフスクはとてもキレイでした
    チアキさんと洋介さん

    次の日は、東京を出発してもすでに1500km以上走行しているので、テネレのチェーンの清掃をし、あとは今まで不便に感じていた街歩き用のカバン(私は完全にバイク用の服装でしかなく、ポケットの無いオフロード用のパンツとバイクに括り付けるバッグしかなかったため)を購入し、ゆっくり休養を取りました。

    おお(-_-#)
    テネレよ、汚れたな(;´д`)

    今のところロシアに来て、通関手続きとひたすら移動、そして一日中休養を取るだけと、特段まだ何もしていませんね(><)

    旅はまだ始まったばかり(*´ω`*)

    少しずつペースを掴んでいけるようにしよう\(^o^)/

    とか言ってズルズル旅が惰性にならないように気をつけないと(>人<;)

     

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  • 小雨降る寒空 満身創痍の550km

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    6/20(木)東京出発12日目、ロシア4日目 走行距離約550km

    ~ハバロフスク

    マダムのいるカフェから約550km

    この日は前日の天気予報では雨だったのですが、部屋に明るい日差しが差しこみ6時前に目覚めました。

    天気も良いことだし、早く起きて出発しようと起きあがり、そのままカフェで朝食を取りました。

    当面の目的地はウラジオストクから北に750km ほどのハバロフスクです。

    前日は出発したのが午後になってしまったこともあり200kmちょっとしか進めず、ハバロフスクまでの残りは550kmほどとなっていました。

    無理はせず、場合によってはもう1日手前で宿泊することも視野に入れて出発することにしました。

    バイクに荷物を積み終えたのが午前8時頃。起きたときに比べると雲が増えてきましたが、まだ雨は降っていなかっため、気分よく出発することができました。

    しかしそれも束の間、出発して15分程で雨が降り始め、二時間もするとかなり雨足は強くなって来ました。

    しかし、こんなときに限って休憩できるようなカフェを見つけることができません。

    とにかく次にカフェを見つけたら昼食を兼ねて休憩を取ろうと思うのですが、結局カフェを見つけたのは13時過ぎたころでした。

    体の芯まで冷えて風邪を引いてしまうのではないかと思うほど凍えていました。

    とにかく暖かいものをとボルシチを注文し、簡単な昼食を済ませると、元気も出てきて、ハバロフスクまでも200kmを切っていたため、このままハバロフスクを目指すことに(*^.^*)

    これがまた思わぬ幸運をもたらすことになるのです。

    ただ、雨の中、体も冷えきり、長距離を走行し、この日の疲労は大変なものでした。とりあえずハバロフスクまで来たので、次の日は1日休養とバイクの軽いメンテナンスに費やすと決め1日を終えました。

    これを考えると、1日1000km走ると言っていた大澤さんがどれだけクレイジーなのかがよくわかります(-_-#)

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  • マダムとネコのいるカフェ

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    6/19(水)東京出発11日目、ロシア3日目

    ロシア初めてのバイク移動の日。この日は結局お昼の14時半くらいの出発になってしまったため、3時間程度走ったところで見つけたカフェに泊まることにしました。

    ロシアではカフェに宿泊施設を備えているところも結構あるようです。

    この時期のロシアはだいたい21時くらいに日没を迎えるため、もう少し走っても良いのかもしれませんが、ジュンジさんから、17時過ぎたくらいから宿を探し始めて、良さそうなところを見つけたら無理はしない方が良いとアドバイスをいただいていたので素直にそれに従うことにしました。

    欲をかいて明るいから19時、20時とかもっと行けるなんて思っていると宿を探せず大変な思いをすることがあるので、夕方以降は時間に余裕を持って行動するのが鉄則だそうです。

    17時を過ぎたので、道沿いを気にしながら走っていると少し大き目のカフェを見つけたので、早速入ってみました。そこはマダムと猫が迎えてくれるお洒落なカフェでした。

    そこは落ち着いたおしゃれなカフェでした

    ロシアでは当然ですが、英語は全く通じず、身振り手振りでご飯が食べたいということと、ここに泊まれるかということを聞くと、頷いてテーブルまで案内してくれました。

    幸い食事のメニューに英語版はあったのですが、全く読めないらしく、メニューの上から何番目かを数えてロシア語のメニューと照らし合わせていました。

    食事を終えて宿泊する部屋に案内してくれたのですが、その時もひたすらロシア語で何かを話しかけてきます。

    また、バイクの置く場所や荷物は全部部屋に運ぶようにと気遣いくださり、言葉は通じなくとも、このマダムの優しさは十分通じました。

    優しいマダムが案内してくれるお店

    海外からの若者などが多く泊まるドミトリーなどの安宿も、宿の人や旅人同士の触れ合いがあり楽しいかもしれませんが、言葉でのコミュニケーションができずとも、耳に心地よいロシア語で話掛けてくれるこういったカフェに宿泊するのも悪くないと感じました。

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  • ついにロシアの大地を駆ける

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    6/19(水)東京出発11日目、ロシア3日目

    ウラジオストク〜スパッスク=ダリニーあたり 236km

    236kmの行程
    初日なのでこんなもんでしょう!

    前日にテネレを引き渡してもらい、遂に出発の日が来ました。

    ウラジオストクはこの日はなんとか晴れで、この日を逃すと雨予報です。

    ロシアに着いてからも手続きなどでバタバタしていたため1日くらいゆっくりしてから出発しても良いかとも思ったのですが、そういうことを繰り返すとどんどん旅の行程が後ろ倒しになってしまうので、意を決めて出発することにしました。

    出発前の気持ちとしては、ウラジオストクの街中を走るのが嫌だなぁってのが一番強かったです。

    とにかく交通量が多くてみんな運転も荒っぽい(>_<)

    わからないことばかりで不安はあったのですが、旅の大先輩のジュンジさんが、宿もガソリンスタンドもカフェも普通にすぐ見つかるからそんなに心配無いよとアドバイスをくれます。

    そうなのかと思うとそこまで大したことではないかなと思い普通に出発できました。

    名古屋で洋介さんと合流して、日本側の通関からバイクの引き渡しまで、ずっと頼れる日本人ライダーと一緒でしたが、遂に単独の旅が始まります。

    なんでしょうね(-_-#)

    走り始めても特に何か感じるわけでもなく、このときですら国内ツーリングの延長線上の感覚しかありません…。

    いつになったら旅の実感がわくのでしょう…。

    ロシアの空はどこまでも高く青かった
    どこまでも続く道を行く

    それでも、どこまでも続く地平線とどこまでも高い青空は微かな旅の匂いを伝えてくれます。

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  • 待ちに待った愛車、テネレとご対面!

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    6/18(火)東京出発から10日目、ロシア2日目

    どこをどう行ったのかじぇんじぇんわかりまちぇん(๑˃̵ᴗ˂̵)

    この日はついにテネレをロシアの税関を通してご対面できる日です!

    朝早くにロシア側のエージェントがホテルまで迎えに来てくれてさっぱりわからない役所巡りをしました(><)

    テネレに早く会いたいって気持ちも強いですが、さらにテネレに荷物のほとんどを積んでしまっているため、着替えやら何やらも6/14(金)にフェリーに積んだ時点で取り出せなくなり、替えのパンツと靴下一枚で、それ以外は毎日同じものを着続ける日々を余儀なくされていました…( ̄O ̄;)

    役所のようなところに連れて行かれるとロシア語で書かれた大量の書類にわけも分からずどんどんサインをしていきます(๑˃̵ᴗ˂̵)ジェンジェンイミワカリマチェン!

    こんなん、エージェント通さなければ絶対に自力でできっこないし!!

    フェリー会社を通じて紹介してもらったこのリンクス社の方々は対応が非常に早くて丁寧で、本当に感謝感謝です!

    まだかなまだかな(*^.^*)
    みんなフェンスに張り付いて子供みたいでかわいい(*≧з≦)

    ついに15時頃、私たちの愛車が保管されている場所に連れて行ってもらえました\(^o^)/

    ちょっと見ない間に少し薄汚れてしまったけど、でも会いたかったよ(;´д`)

    バイクを受け取るとリンクス社の方が各々のホテルまで車で先導してくださいました。いきなりの坂だらけの交通量の多いところで土地勘もないところでの運転のため、大変助かりました。

    しかもいきなり警察の検問に遭い、私は書類関係を全てホテルにおき忘れていたため大変ピンチでした。国際免許の提示を求められ、日本の免許で押し通そうとしても当然ダメだったのですが、なんとリンクス社の方が交渉してくれてことなきを得ました(><)いやいや普通にこれは私が免許不携帯でいけなかったのはわかっていたけど、許してもらえるとは大変ラッキーでした\(^o^)/

    これでやっと明日から恋い焦がれた世界を舞台に走る物語が始まります\(^_^)/

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  • ウラジオストクに到着!

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    • 6/17(月)東京出発から9日目、ロシア1日目

    東京からフラフラ鳥取を目指し通関ですったもんだも経験し、フェリーでも最初の試練に出くわし、それでも素敵な出会いもありつつ、ついにやっとこの旅のスタート地点、ウラジオストクに到着しました(๑˃̵ᴗ˂̵)

    晴天の下、遠くにウラジオストクが見えてきました\(^_^)/

    ブログも書き書き、ここまで長かったですね( ̄O ̄;)

    スタート地点に立つまでに準備やら何やら色々あり過ぎて正直全然実感ないんですよね…(;´д`)

    東京を出発した日も大雨で、ダルいなぁって思いながら出発して、そこから鳥取までは国内なので国内長距離ツーリング程度の感覚しかなくて、フェリーに乗ってもたくさんの素敵な日本人ライダーに出会って不安な気持ちもなく…(-_-#)

    フェリーで出会った、同じ志を持つ素敵な仲間たち

    それはそれで良いことなんでしょうけど、まだまだ全然実感が無いです。

    ジュンジさんの「そろそろロシアが見えますよ。」の掛け声で甲板に上がると、昨日の荒れた海が嘘のように穏やかになり、晴天の下、ロシアが見えました\(^_^)/

    穏やか過ぎて、これまた実感がわきません…(-_-#)

    こんなに近くに来ても
    こーんなに近くまで来ても、じぇんじぇん実感わきません(>_<)

    二回目のジュンジさんはこんなんなってるし…(-_-#)

    ジュンジさんは、こんなんなってるし(;´д`)

    バイクの通関は次の日になるので、この日はこのまま下船して、ちょいと町歩きして終わりました(>_<)

    ウラジオストクは平日から縁日みたいに賑わっています\(^_^)/
    定番マトリョーシカ
    これは買わないよなぁ(;´д`)
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  • 最初の試練…

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    6/16(日)東京出発から8日目

    前日にようやく鳥取県の境港からフェリーで出発し、この日は午前中に韓国の東海(トンヘ)に寄港しました。

    せっかく韓国に来たのだからと、洋介さん、大澤さんと一緒に焼肉を食べに行くことに。

    ビールも飲んで美味しい焼き肉食べて(^o^)
    このときはこれから始まる地獄を知る由もなく

    ビールも飲んで、キムチも食べて、なんなら別皿に盛られたニンニクも大量に焼いて、有頂天になっていました。

    満腹になってほろ酔い気分でフェリーに戻り、そのまま夕食の時間までお昼寝して、贅沢な時間を過ごしていました。

    そう、このときはまだこれから地獄が始まるなんて予想だにしていませんでした…。

    船内アナウンスで夕食の案内が流れたので、さて行くかと腰をあげると、船は大変な事態になっていました。

    先日フェリー会社の方が言っていた「頑張ってください」の言葉が蘇ります。

    海は大荒れ、波が高く、歩こうと思うとフラフラフラフラ( >д<)

    やっとの思いで食堂までたどり着きましたが、この頃にはすでに吐き気を催していました。

    でもせっかくだからとビュッフェ形式の夕食を皿に盛り席に着いたのですが吐き気はピークに(>_<)

    勿体ないのでなんとか食事を口に運んだのですが、二口ほど口に運んだ時点で私はギブアップでした。

    もう無理だと思い一人船室に戻ろうと思ったのですが、昼間のキムチやニンニクが効いてきたのか、お腹がゴロゴロ言い始めやがりました(;´д`)

    これはピ、ピンチ…(-_-#)

    トイレに駆け込みズボンを下ろすが波が激しく捕まる場所も無いので壁に手をついてバランスを取るので精一杯(;´д`)

    すると隣の個室に誰かが駆け込んで来て、勢いよく扉を閉める音が聞こえました…(゜ロ゜)オヨヨ

    間髪入れずに激しい呻き声とドボドボと固形物の混じった液体が水面に落ちる音が聞こえてきます(;´д`)

    こ、これはイカン( >д<)

    ズボンを下ろして下が臨戦態勢にも関わらず、上の方へのアシストが始まります。

    ち、違うんだ(>_<)まずは下から出したいんだ( ̄□ ̄;)!!

    でも、その男は一切の手を緩めることなく苦しそうな呻き声と吐瀉物の効果音で私の上へのアシストを繰り広げて来ます( >д<)

    そして船も激しく揺れ、ズボンを下ろして壁に手をつく私は一体何がしたいのかわからなくなっています(>_<)

    体勢を入れ替えて上から攻めるのか、はたまた体勢をキープしてこのまま下を攻めるのか?しかし攻めようにも船は激しく揺れ、体勢を作るために防御も手を抜けません。

    孤独な戦いが始まりました…(;´д`)

    気づけば隣の男は去ったようで、上へのアシストは止んでいます。

    そうと来ればまずは体勢を整えて下を攻めようと思ったのですが、攻撃と防御の間でもがいている間に、下の弾頭も火力が弱まっていました。

    この足場の悪い状況で無理な攻撃は大惨事を招きかねないと冷静な判断力を取り戻し、火力が弱まっているなら無理はしないと判断した私はズボンを上げ、一人個室に戻りました。

    その後、私の体内の嵐は止み、何事もなかったかのように微かな苦い記憶は平穏な夜の闇の中に溶けて行きました…。

     

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  • 偉大なる世界地図

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    これまで同じフェリーに同乗した日本人ライダーの紹介をしてきましたが、彼らは皆、私とは比べ物にならないくらいのスキルと経験値をお持ちです(>_<)

    そして、私が今回持って来た荷物の一部は彼らからしたら笑いを誘うものが含まれていたようです…。私は大真面目に持って来たんですけどね( ̄□ ̄;)!!

    まずは、テント用のペグを打ち込むハンマー。「いやいや、そんなの重いだけで石でも何でも代用できるから」だそうです。

    優しいジュンジさんは「でも、暴漢に襲われたときに武器になるか?」ってフォローしてくださいましたが(;´д`)

    いやいや、暴漢に襲われても戦ってはダメでしょ(>_<)つまり役に立たないってことですね…。

    次に洋介さんのお気に入り大爆笑ネタ。焚き火台とトング(-_-#)

    どんだけピクニック気分なんだよ(;´д`)

    確かに夜営しているときは暗くなるまでに食事を済ませて、暗くなったら周りから目立たないようにするのが鉄則です。焚き火なんてもってのほかですね(-_-#)

    これについてもジュンジさんがフォローしてくださいました。

    「俺なんて初めての時、米持って来たから!一度も食べずに荷物になるから捨てたからね(^o^)」

    そうでしょ( >д<)みんなそういう失敗するよね(>_<)

    そして、最後に笑われたのが紙の世界地図

    そんなもん絶対に役に立たないよとのこと!

    でも、実際に世界地図を広げて見てみると、みんなが持っている情報を一つの地図に共有できて、気分も高揚しました\(^_^)/

    世界地図を囲んで語り合う\(^_^)/

    どこどこでは何々に気を付けた方が良いらしいよとか、ここにはこんなものがあるらしいとか(>_<)

    気づけばみんな夢中になってまだ見ぬ冒険の旅に思いを馳せていました(⌒‐⌒)

    そうなんです!

    世界地図は我々旅人にとっては宝の地図なんです。

    一度世界地図を広げてみると、そこにいる全員が、「世界地図持ってくれば良かった!うらやましい!」と声をあげました。

    最初は笑われましたけど、持ってきて良かったものナンバーワンです(^o^)

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  • 岩清水方式と水掛方式

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    同じフェリーに乗船した日本人ライダーは私を含めて5人いました。

    我らがモンキーライダー洋介さんハーレーに乗りギター一本で旅費を稼ぎながら世界を廻るさすらいのライダージュンジさん借金してまでオフローダーの聖地を目指す若きサムライ大澤さん、そしてもう一人これほど濃いメンツの中でさえ一際異彩を放つ男がいました(^o^)

    オントシ65歳、元ス○キのメカニックにして、ス○キのテストライダーの教官までこなし、海外のラリーでも入賞経験あり、国際ライセンスを持つという粕谷さん。正にオートバイのプロ中のプロです(o^O^o)

    粕谷さんは海外ツーリングの経験も何度かあるようで、我々に重要なテクニックを伝授してくださいました(^o^)

    それはウンチをしたときのお尻の洗い方です!(・_・)

    実演してくださいました(^o^)

    まずは左手に水を浸けて
    パタパタと叩くように(・_・)

    粕谷さん曰く、

    「水を左手に浸けて、軽くお尻を叩くように、パタパタと」

    だそうです。

    「紙を使うなんて不潔だ!あんなもん、お尻にウンチを刷り込んで引き延ばしてるだけだから!水を使うときも擦るんじゃなくて、軽く叩くようにだから!」

    これが粕谷流だそうです(>_<)

    それを見た大澤さんがすかさず言いました。

    「あ、粕谷さんは水掛方式なんですね。私は岩清水方式です。」

    私は岩清水方式です

    大澤さんが言うには、粕谷さんのように前から水をお尻に掛ける方式を水掛方式と呼び、後ろから尾てい骨に水を伝わせて洗う方式を岩清水方式と呼ぶそうです(>_<)

    大澤さんは岩清水方式だそうです。

    このやり取りを聞いていたジュンジさんが言いました。

    「紙より水が大切な状況もたくさんあるので、素直に紙で拭くことも考えた方が良いですよ」

    さすが旅の熟練者です。ごもっとも…。

    そんな大切な発言が飛び出たとき、粕谷さんはこんなんなってました(>_<)

    あ、オチンチンのところにケチャップこぼしちゃった(>_<)恥ずかしい(*/□\*)

    ズボンにこぼしたケチャップを拭くためにパンツ姿になってました(・_・)

    やはりこの男、ただ者ではない

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  • 骨の道

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    K皆さんはロシアにある骨の道ってご存知でしょうか??

    ヤクーツクからマガダンまでの約2000kmに渡る道はroad of bones(骨の道)と呼ばれています。

    この道は冬の間には道路が氷ってトラックが行き交う道となりますが、夏の間は表面が溶けて最悪の路面状況になるそうです。深度が2m級の水溜まりが現れたりするそうです(>_<)キャーコワイネ

    この道で作業をしていた労働者に亡くなる方がいると、遺体を運ぶことができず、そのまま道路に埋めたことから骨の道と呼ばれるようになったそうです。

    以前このブログでも紹介したユアンマクレガーの大陸横断バイクの旅でも地獄の道として紹介されています。

    なんと同じフェリーに乗ったある男はこの骨の道に行くと言うではないですか( ̄□ ̄;)!!ナンヤテー

    その男の名前は大澤孝将~\(^_^)/ヤイノヤイノヤイノ

    この若きサムライ タカマサ オオサワがこの世の果ての大地に挑む!

    この男は仕事を2ヶ月休んで、全区間ほぼダート、しかも骨の道まで走る約20000kmの道を行くというのです(;´д`)エッアタマオカシイヨアナタ

    モンキーで行く洋介さんハーレーにギター担いで行くジュンジさんも、とんだクレイジー野郎だと思いましたが、この男のクレイジーさは半端ではないです。しかも、旅の資金を貯める余裕までなかったようで消費者金融から軍資金を摘まんで参戦するという究極の男前っぷり(^o^)ヨドッコイ

    舗装路だって2ヶ月で20000km走るのは大変なのに、ダートを、しかも究極のヌタヌタ、ちゅるちゅるロードを含めて2ヶ月で行く、大澤孝将の男道をしかと見届けます!!

    バナナを買ってエネルギー補給
    ナイスバナナ

    私もいつの日か  行ってみたい  骨の道

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