• カテゴリー別アーカイブ 思うこと
  • ロシアの格差

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    ハバロフスクに滞在した日の夜、食事をしようと洋介さん、チアキさんと外に出ました。

    ハバロフスクはウラジオストクからシベリア鉄道で繋がれていて、私たちのホステルはハバロフスク駅のすぐそばでした。

    地図アプリで検索すると駅の反対側にも食事ができるところがあるようでしたので、そちら側に行ってみることにしました。

    陸橋を渡って駅の反対側に行くのですが、その陸橋自体も駅の表側の賑やかさとは全く違い、陰気な雰囲気が漂っています。

    陸橋から見える駅の反対側は明らかにスラムでした。

    陸橋から見える寂れた家屋
    賑やかな駅の表側とは明らかに違います

    明るいうちにこの陸橋を渡って駅の表側に戻って来られるなら大丈夫だとは思うのですが、夕飯を終える頃には日は沈んでしまっていることでしょう( ̄O ̄;)

    犯さなくても良いリスクは避けるべきと判断し、引き返しました。

    ウラジオストクからハバロフスクまで来て、優しいロシア人に触れてきましたが、一歩奥に踏み込めばそこには安易な考えで踏み込んではいけない世界があるのも事実です。

    ピカピカのレクサスやベンツといった高級車が走る一方で、このように激しくぶつけたような車も走っています

    その背景にあることの多くが貧困や格差が大きいのではないでしょうか?

    先日の上野会でGさんがアメリカの教育についてお話をされたとき、そこにいらしたKさんがニューヨークの格差のお話をされていたのを思い出します。

    ニューヨークでも道路一本挟んだだけで、全くちがう世界になると…。

    道のこちら側はキレイな身なりで教育水準の高い学校に通い、道を挟んだ向こう側はスラム…。

    こういう区分けは自然とできてしまうものなのでしょうか?

    私は小学校、中学校、高校と地元の公立の学校に通っていましたが、私立に行く人たちは、親御さんが、家庭環境の良くない子供たちから我が子を遠ざけるという意味もあったように感じます。

    公立の特に小中学校はいろいろな家庭環境の子供たちが通いますが、私はいろいろな友人と一緒に机を並べて勉強をしたことは良かったと思っています。

    もちろん中には素行のあまり良くない友人もいて、私の両親もそういう友人と付き合うことをあまり快く思っていなかったようですけど、私は彼らのいろいろな気持ちを知ることができましたし、私は私だから、彼らと一緒になって誉められないことをしようとは思わなかったので、何も問題なかったと思います。寧ろいろいろな事情を抱えた人たちと一緒に過ごせたことは私の人生にとってプラスであったと思っています。

    しかし、国内だけでなく海外も含めたこういったことは安易に触れることはできませんが、考えずにはいられない問題です…

     

     

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  • 頑張れという言葉

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    私の人生を振り返って気づいたことがあります。

    中学時代、部活動に励む私に友人たちは「頑張れ」と声をかけてくれました。

    大学受験のとき、仲間同士で「頑張ろう」って声を掛け合いました。

    大学の途中から始め、社会人になっても30歳近くまでトータル10年近くも続けた武道でもI先輩を始め、たくさんの方が「頑張れ!」って応援してくださいました。

    そして今回、この旅の出るとなるとたくさんの方が「頑張ってね」とエールを送ってくださいました。

    武道の選手を引退した後、私は精一杯仕事に打ち込みましたが、そのときは誰も私に「頑張れ」とは言いませんでした。その代わり、「彼の負担が大きいからみんなでフォローしよう」とか「無理しないで」といった言葉が社内で聞かれました。私自身、このときの仕事もそれまでと同じように誰に言われてやっていたわけではなく、私自身がなんとしてでもやり遂げると決めてやっていたことなので、部活動や道場、受験、旅といったものと変わらないと思っていました。

    でも、「頑張れ」よりも「無理しないで」という言葉の方が多く聞こえました。

    今、振り返ってみると、このときの私はどこか自己犠牲的な感情も抱いていたように思います。

    自分で勝手にやっているくせにね(><)

    会社のためにとか、同僚のためにといった感情を恩ぎせがましく出していたのでしょう。

    人は誰かのためにとかではなくて、純粋に何かを成し遂げようと頑張っている人を応援したくなるのでしょうね。

    「頑張っている人に頑張れなんて言えない」なんて言う人もいますが、私は「頑張れ」って応援されたら嬉しいです。力になります。勇気が湧きます!絶対に頑張ろう!って思います。

    そして私も頑張っている人を精一杯応援したいですし、そういう人の近くにいたいです。

    私は今回こんなにもたくさんの方が応援してくださるとは思ってもいませんでした。

    そしてその応援が私にとって新しい道を拓いてくださいました。

    今ある状況で最善を尽くしなさい。そうすれば必ず未来は開かれます

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  • 出発前日 後悔の無い人生にするために

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    ※このブログが上がる6/15(土)は日本からロシアに向けて出発するフェリーに乗船する日です。それはまた改めて後日報告します

    6/8(土)

    出発前日。

    本来なら最後の準備をしなければならないのですが、もし今日が東京滞在最後の日だとしたら、後悔の無い一日にしたいと思い、結局夕方までは私が今この瞬間に一番したいことをすることにしました。

    そのおかげで準備が大変なことになってしまったのですが、それでも私にとってはかけがえのない一日になったので、後悔の無い選択をして本当に良かったって心から思います。

    何をしたかは、すみません…、私の心の中に大切にしまっておきたいのでここでは伏せておきますが、この旅に出ると決めたおかげで、本当にこの数ヶ月間は一日一日を大切にでき、そしてこの日は朝から夕方まで掛け替えのない一日になりました。

    「今日、地球最後の日ならば」とか、「今日という日をかけがえのない一日として精一杯生きましょう」とか、ごもっとも!( ̄O ̄;)と思う説教は世の中溢れていますが、何の期限も無いのに毎日をそんな風に過ごせる人は超人か変態のどちらかでしかないでしょう。

    期限を決めることや人生に変化を与えることで、少なくともその期間だけは大切に過ごせたのですから、目標を決めることって大切ですね。

    今回、まだ出発前(このブログが上がる頃にはロシア行きのフェリーの中でしょうか?)ですが、この旅に出ると決めて、たくさんのことを知ることができました。何か新しいことをやるときには先が読めないので、全てがやって良かったって言えることはないでしょうが、それでもそれが前向きなものであるならば、私は挑戦したいと思います。

    後悔の無い人生なんてあり得ませんが、最初から諦める人生にだけはしたくありません、

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  • 人間は生まれながらにして演技者である

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    先日、どうしていつも私はなんてタイトルでブログをあげさせていただきました。

    人は誰しもなんとか今の自分を変えたいなんて思うことがあると思います。

    私も自分自身のこういうところ嫌だなとか変えたいなって思うことが時折ございます。

    見栄っ張りだったり、口が悪かったり、男のくせに喋り過ぎたり、イジイジしたり…∑(゚Д゚)

    でも、確か高校生の時だったか、たまたま手に取った本の一節にこんな言葉が載っていました(出典がはっきりしていないものを載せるのはどうかとも思いますが、思い出せないのでご容赦ください)。

    「人間は皆、生まれながらにして演技者である。ただ、皆、悲しいほど演技が下手なのだ。だから一生をかけてなりたい自分に近づけば良いのだ」

    以前ブログで高校時代の友人Uとの話を書かせていただきました。高校の頃の私は周囲とうまく人間関係が作れず、私にとっては最も実りの多い3年間ではありましたが、一方で途中までは最悪の暗黒時代でもありました。

    そんなときにこの言葉を見かけて少しずつ前を向けたのも覚えています。

    「今から変えよう」でも「そのままの君で良いんだよ」でもなく、「時間をかけてなりたい自分を演じればいい。どうせみんな演技が下手なんだから」というこの言葉に少なからず心が軽くなりました。

    だって誰だっていつも自分という人間を演じていますからね( ^ω^ )

    家族の前での自分、職場での自分、友人の前での自分、恋人の前での自分…。それぞれの立場でみんな自分という人間を演じているんじゃないですか?

    見栄を張ったりするのだって人に良く見られたいからです。その人たちが好きだから良く思われたいんです(><)

    じゃ、自分を演じたっていいじゃない、どうせみんな演技が下手なんだから( ̄▽ ̄)

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  • どうしていつも私は…

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    この旅に出るという話をすると、多くの方がスゴイねと言ってくださいます。でも、実際には全然スゴイ事ではないのは私が一番承知しています。

    努力や才能によって誰かに認められて勝ち取ったものでもありませんし、前人未到の挑戦でもありません。日本中探せば似たようなことやもっと全然スゴイことをやった人はたくさんいます。

    私はこの話を人にするとき、どうしても後ろめたさや恥ずかしさを感じてしまいます(-_-;)

    大学生や20代の若者ならいざ知らず、40手前のおじさんが何を言ってるんだ?って思われそうで、特に女性からしたら何も魅力のないおじさんになってしまう(一方でこれがあるから仕方ないんだよっていう言い訳にもできるありがたさ( ^ω^ ))のも恥ずかしさに拍車をかけています。

    でも実際のところ、20代ではなく今で良かったと私自身は強く感じてはいます。20代や30代前半までに色々な人に出会って、たくさん悔しい思いも嬉しい思いも、絶望に近いような思いも感じたことがありました。

    悔しくて悔しくておじさんのくせに涙を流したことも、怒りに震えて相手に掴みかかりそうになったことも、嬉しくて先輩や仲間と抱き合って喜んだこともありました。

    そう言った震えるような感動があって今の私がいます。

    これからだって日本にいて会社勤めをしていても同じように怒ったり喜んだり悔しがったりできると思っています(そんなやつが近くにいたら周りの人間にはたまったものではないでしょうけどね( ̄3 ̄))

    それでも行くってことには私にとっては大事にしていることなのだと思うので、胸を張って行けばいいじゃない!って思うのですが、そこが私の弱さなんだと思います。

    先日子育てをしているお母さんとお話する機会がございました。そのお母さんはお子さんに対してどこまでゲームやスマホを認めるかで悩んでいました。あまりやらせたくはないけれど、学校で仲間外れになってしまうのも可哀想なのである程度認めないといけないので、その線引きが難しいという良くある悩みだと思います。

    私は人の親になったことはないので何も言えることは無いのですが、個人的には、自分の子供だったらゲームはあまりやらせたくないですし、それで友達に何か言われても、「自分は自分」、周りと自分が多少違っても平気だっていう強い子でいて欲しいなんて思ってしまいます。

    そんなこと言うクセに自分はなんなんでしょうねぇ( ̄^ ̄)

    どうしていつも私は、こんなにも見栄っ張りで弱虫で…。

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  • 生きる意味、生きる価値

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    キャンプの師匠Kさんに対して以前、「私は結婚もしていないし、子供もいない。なので、誰かの役に立たとうとしなければ生きる価値を見つけることはできない」というような話をしたことがあります。

    するとKさんはこう答えました。「なんで価値のために生きなければならないんだ??考えたこともないよ(ー ー;)」

    Kさんはシングルマザーとして大学生の娘さんを立派に育て上げ、今では毎週末のようにサイクリングやキャンプ、山遊びをして人生を謳歌されています。

    もちろん人間ですから、Kさんにだって他の人からはわからない悩みだってあるでしょう。でも、キャンプをしたりトイトイトイに来てみんなと語り合い、跳ねるように手を叩いて喜んでいるKさんはいつも自然体でとても楽しそうです。そして、Kさんと過ごしている周りの人たちもみんな楽しそうです。

    人が生きている価値って、特別なことをしなくても十分なんだなって教えてくれます( ^∀^)

    Kさんの足に落ちた毛虫
    地球からしたらよっぽど人間よりも価値のある存在なんだろうな

    今年の三月にトイトイトイから巣立っていった元学生アルバイトさんたちに「みんながどこで何をしていたとしても、とにかくみんなが幸せに生きてくれること、それだけが願いだよ」と伝えると、その中の一人が「私はヒデさんに幸せになって欲しい」って、不覚にもホロホロホロ(´;Д;`)っとしてしまうようなことを言ってくれた子がいました。

    生きる価値だの意味だの考えてる俺ってくだらないなぁって思いました。例え社交辞令だとしても嬉しかったですし、嬉しいとか楽しいとかそれだけで十分なんじゃないかと。

    でも、大学生の女の子にそんなことを言われるなんて、私はよっぽど孤独なおじさんに見えたのでしょうか(ー ー;)

    そんなことないからね( ^ω^ )、おじさんだって一生懸命生きてるんですよ( ̄Д ̄)

    結局人生の意味や生きている価値なんてわかりません。Kさんのおっしゃるように考えるだけ無駄なんだとようやく最近になって思えるようになりました。よく自分探しの旅なんていう人もいますが、そんなもん、もし見つけたとしたらそれこそつまらない人間ですよね。だって人間なんて日々変わるから面白いのに( ^ω^ )変わりゆくものを見つけても、それはすぐに違ったものになってしまいますよね。

    敢えて言うなら、楽しい、嬉しい、悔しい、そういった感情の高ぶりが生きていることを実感させてくれて、それこそが生きている価値なんでしょうね。

    あとは願わくば、私の人生に例え意味が無かったとしても、私が生きて、もがいた結果が誰かにとって価値のあるものにつながってくれたら嬉しく思います。

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  • 踏み出せないでいる君へ

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    私がこの旅に出ようと決めてから一時期はどうしてもたくさんの不安があったというのは以前お話しした通りです。

    今の恵まれた環境を失うのが怖い、旅先で強盗に遭ったらどうしよう、荒野でバイクが壊れたら?、怪我や病気をしたら?、果たして帰国後は生活していけるのだろうか…?

    どうしてもそういった不安や恐怖は拭えないでいました。

    考えれば考えるほどそういった不安が次々に出てきました。

    でもある時ふと気付きました。いろいろな不安なことを並べているけど、コレって結局はやらない理由を並べているのではないか…?

    結局何かを決断するときは究極的にはやるかやらないか、もっと言えばやりたいかやりたくないのかの二択でしかないのです。

    やりたいと思うならやると決めて、そのためにはどうしたら良いのかを考えれば良いのです。起きてもいないことや起きるかもわからないことをやる前から心配していたら何もできません。

    でも、一方で私はやらないと決断することも勇気ある決断だと思っています。

    最悪なのはやりたいけど、でもなぁって尻込みしていつまでも行動しないことです。

    私は9年ほど前、初めてカンボジアを訪れたときは、何もない自分、何もできない自分に打ちひしがれていて、現状から逃げて全く別のことをしようと思っていました。

    君たちの笑顔は私の宝物だよ

    でも、あのとき、とにかく今は目の前のことを一生懸命やろう、それが今の自分にできる全てだと思い、環境を変えるでもなく、ただそのとき目の前にあることに真剣に向き合うことにしました。

    それから9年も経て今、旅に出る決断をしました。

    遅いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては今がベストだって胸を張って言えます。

    今すぐに何か別のことをやらなくて良いじゃないですか。まず目の前にあることに真剣に向き合えば必ず新しい扉が開かれます。そうすれば必ず美しい人、美しいことに出会えます。

    そしていつか思い立ったときがその人にとってのベストなタイミングになるはずです。

    だから思い悩むことはありません。どこかに行かなくても意識を変えるだけであなたは新しい人生を歩めます。

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  • Hさんのアドバイス

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    先日林道ツーリングにスクーターで現れ颯爽と林道を走り抜けたHさんに今回、バイクで世界中を回って来ることを伝えました。

    するとHさんはこんなアドバイスをくださいました。

    「世界に行けば、今まで練習してきた以上の『ヒルクライム』もあると思いますが、目線は行きたい方向へ、アクセルは開けて」

    不可能なんかじゃない!!

    サスガHさんだなぁ、本当に誠実でカッコイイなぁ、いつでもどんなときでもバイクが上手くなることを考えているからあんなに上手いんだなぁなんて思っておりました。

    しかし、ふと、あれ?!と気づきました。

    Hさん、別にバイクに例えているだけで、バイクだけのことを言っていない…。普通にバイクのことだと思って返事をした自分が恥ずかしい(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾顔隠しちゃいましたよ!

    バイクだけで無くこの旅や人生に対しておっしゃっていたのですね。

    『ヒルクライム』にぶつかっても、自分の行きたい(生きたい)方向をしっかりと見つめ、目標を決めたらアクセルを開けろ!!

    なんてカッコいい生き方なんでしょうか!

    Hさん!カッコ良すぎですよ!

    私もいつかそんな風になりたいです!

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  • 今ある状況で最善を尽くす

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    「今ある状況で最善をつくしなさい。そうすれば必ず未来は開かれます」

    以前こちらのブログで紹介させていただいた、学生時代に大変お世話になった寮の先生のお言葉です

    つらく苦しいときに幾度となく私の人生を救ってくださった言葉です。

    私自身はこの旅を終えたら挑戦してみようと思うことがございますが、それでも帰ってきてからの生活に不安がないかと言えば嘘になります。

    私がこれからやろうとしているような世界旅行をしたくてもやらない方々の多くは帰ってきてからの生活の不安というのが大きいのではないでしょうか?

    日本の年功序列や終身雇用と言われるような労働環境は今後どこまで続いていくかは不明ですが、それでも現時点では多くの日本人はそれを当たり前のように感じ、そこから外れることを恐れているというのは確かだと思います。私自身もサラリーマンとしてのキャリアを捨てることには不安と恐怖を持っているのは否定できません。

    でも私はサラリーマンとしての資質には大きく欠けているという事実に社会人になりたての早い段階で思い知ることができたことが良かったと思っています。

    学生時代はそこそこ勉強もできる方で社会人になってもそこそこやれるんじゃないかななんて思っていましたが、口も悪い、態度も悪い、性格も悪い、そのくせして実力も中途半端な私がサラリーマンとして評価されるわけが無いということに早々に気付いたため、会社や上司の評価なんてクソクラエだと思い、それ以来、誰の評価も関係なく兎に角自分の仕事に関しては恥ずかしいことはしない、嘘はつかない、お客さんを単に喜ばす仕事ではなくお客さんや世の中に対して本当にためになる仕事をしようと心に誓って仕事をしてきました。

    もちろん意志の弱い私は必ずしもそうなり切れ無いことも多々ありましたが。

    サラリーマンとして無能な私は見渡せば敵だらけでしたが、それでもいつでも私を支えてくれて味方になってくださる方が誰かしら傍にいつもいてくれたということは私にとっては本当にラッキーでありがたいことでした。

    今は私はすごくやりたかった仕事をできていますが、それは今の会社にお声がけくださった方がいたからです。

    その方はものすごく真っ直ぐで誠実で頭も良くて、私とは違って本物と呼べる人ですが、どうして私なんかに声をかけてくれたのか聞いた時の返事が以下でした。

    「声を掛けようと思えば他にもっと優秀な人はいるけど、お前と一緒に仕事するのが純粋に楽しいから。あとは責任感の強さかな」

    人に嫌われようがなにをしようが、一生懸命仕事をしてきて良かったって心底思いました。

    また、今回、私が旅に出るということで会社を退職するということを仕事で関わってきた方の耳にも入れたのですが、少しして以前取引のあった会社の方から、もし旅から戻ってきて私にその気があるようでしたら、うちの会社はあなたをいつでも受け入れますよとおっしゃっていただきました。

    もちろん何年か先の話なので、そのときのそちらの企業さんで本当に私が必要かどうか、もしそうでないなら私は行くべきでは無いと思っていますし、私自身も戻ってきてからやりたいことがありますので恐らくはそうはならないと思いますが、それでも私にとってはありがたいお言葉で、不安を和らげてくれるものでした。

    これまでの話を読んで、私の自慢話だと感じ不快な思いをされた方がいらっしゃったなら本当に申し訳なく思います。でも、私の伝えたいことはそういうことではなくて、私のような人として問題があり能力が著しく欠如している人間であっても、一生懸命やっていれば見ていてくださる方はいるということです。

    もし何かをしようと迷っている方や、先が見えずに不安になっている方がいらっしゃいましたら、その方たちに贈ります。

    「現状を悲観しても何も変わらない。だからそのときできることを精一杯頑張りなさい。今ある状況で最善を尽くしなさい。そうすれば未来は必ず開かれます」

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  • ありがとう次男坊(CRF)、そしてさようなら

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    約一年前に購入した次男坊ことcrf250l を手放すことになった。もともとオフロードを一度も走ったことのない私の練習用で、壊しても良いつもりで購入したものだが、この一年間本当に頑張ってくれた

    一年前、私のもとに来てくれたばかりのピカピアの次男坊

    結局購入して半年近くは一人で林道などを走る勇気が無く、ほとんど活躍の場を与えてあげることができなかったのだが、勇気を出してオフロードの世界に飛び込んで、自分でも驚くほどヘタクソでセンスの欠片もない中、お世話になったオフロード仲間の方々にたくさんのことを教えてもらいながら、後半の半年ほどは毎週のようにオフロードを走って大変お世話になった。

    ヘタクソ過ぎて転んでばかりだったが、ヘソを曲げる事も無く毎回元気にエンジンを回して私を鼓舞してくれた。

    転んでクラッチレバーがおかしな方向へ

    周りのオフ車乗りの方たちからは、crf250l なんて重たいし、見た目をオフ車にしてるだけで、実際はオフロードを走るようなバイクじゃないんだから、もっとオフに適したバイクに乗り換えなよなんて言われたりもしたが、ヘタクソで転倒を繰り返してばかりでも壊れる事もなく、コイツは私に海外で走るための不安をだいぶ取り除いてくれた恩車である。

    初めてダートを走った千葉の林道も、温泉に入った群馬の林道も、見晴らしのいい場所でコーヒーを飲んだ静岡の林道も、美しさに目を奪われた道志の林道も、毎週末のように行って泥だらけになって一緒に遊んだS島も本当に楽しかったよ。

    伊豆の林道では素晴らしい景色を見ながらコーヒーを飲んだね
    道志の林道は本当にきれいだった

    バイクってこんなに楽しいんだって教えてくれたのは間違いなくおまえだから。楽しすぎて思わず旅に出ないで、一生こうして遊ぶだけでも良いんじゃないかって思ってしまうほどだったよ。

    今回、ありがたいことに友人のFくんが買い取ってくれるということになったので、これからは新しいオーナーさんの元、今まで通り元気に走り回ってな事故の無いようにFくんのこともよろしく

    最後に一緒に記念撮影
    ありがとう次男坊

     

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