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  • いざ、パミールハイウェイへ

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    8/23(金) 東京出発77日目、キルギスタン8日目、タジキスタン1日目 サリタシュ~ムルガブ 走行距離243km

    サリタシュからムルガブ

    朝目を覚まして外に出てみると、さすがは標高3,000mを越えるサリタシュです。

    ヒンヤリと冷え込んでいますが、昨日の夕方まで雲がかっていたパミールの山々は見事に晴れ渡っていました。

    晴れ渡って、見事なパミールの山々がサリタシュの町の向こう側に見えます\(^_^)/

    朝食を済ませると遂にずっと夢見ていたパミールハイウェイへ出発です\(^_^)/

    朝8時に出発しましたがまだまだ寒いです。

    しばらく綺麗な走りやすい舗装路が続いていたのですが、すぐに未舗装路になります。

    キルギスタンの国境までの道がいまいちわからないのか、マイケルが「ヒデ、先に行ってくれ」と言います。

    そこから10kmほど走ると小さな建物があり、これが国境??って思ってしまうほど小さな小さな国境に到着します。

    「マイケル、ここが国境みたいだね。」そう言って振り返りますが、マイケルの姿が見えません。

    まさかどこかで転倒でもした??でも未舗装路とはいえ転倒するような場所は無かったし…。

    するとしばらくしてマイケルがやって来ました。

    やっぱりバイクの調子がおかしいと言います。

    とりあえず国境で手続きだけ済ませると、その場で昨日したように先代テネレのタンクを外して中を確認します。

    キルギスタンの国境でバイクをばらします( ̄□ ̄;)!!

    再度ばらして組み立て直すと昨日と同じように元気にエンジンも回ったので再度出発しました。

    ここから約25kmはキルギスタンとタジキスタンの干渉地帯でどちらの国でもありません。

    どんどん山道を登って行きます

    タジキスタン側の国境は標高4,280m にもなるのでさらにどんどん登って行きます。

    更に登って行きます\(^_^)/
    マイケルのガーミンで確認すると、そろそろ標高4,000mです(>_<)

    しかしマイケルのバイクの調子がやっぱりおかしいです。

    そして、遂に止まってしまいました。

    ここで再度タンクを外してもう一度キャブレターの掃除をしてみますが良くなりません。

    すると後ろから三菱の四駆自動車がやって来ました。

    停まって降りてきてくれ大丈夫か?と聞いてくれます。

    すごく笑顔が素敵なドイツ人カップルのツーリストでした。

    マイケルが「どうにもイカン」と言うと、ドイツ人カップルの女性の方が「こんな場所では修理もままならないでしょ。私たちが車で引っ張ってあげるからとにかく頑張ってタジキスタンの国境まで行かない?」と提案してくれます。

    それはありがたいということで、ドイツ人カップルが車からロープを出してくれ、先代テネレのタンクガードにくくりつけます。

    オートバイを車で引っ張る作戦です(>_<)

    マイケルがオートバイに跨がり「引っ張って大丈夫だ!」と言ってドイツ人カップルが車を出発させますが、何も進まないまま、バキッという音と共にタンクガードが接合部から折れてしまいました。

    もうどうすることも出来ないということで、ドイツ人カップルにお礼を言って先に行ってもらうことにしました。

    先に行ってくれたドイツ人カップルは本当に優しくて、出発した後も再度すぐに戻って来てくれて、「ここから800mくらい先に集落を見つけたから、頑張ってそこまで行けない?」と伝えに来てくれました。

    ただ、たった800mでも厳しそうだということで、その場で修理を続けることにしました。

    するとまたしばらくすると、今度は昨日出発した日本人大学生チャリダーがやって来ました。

    昨日出発した日本の若きチャリダーたち!

    途中追い抜いていたことは認識していました。

    マイケルが外したいネジが私たちが持っているドライバーで合うものが無かったので、彼らに持っていないかと尋ねると、持っている工具を見せてくれたのですが、合うものはありませんでした。

    寒いなか心配そうに様子を見ていてくれたのですが、さすがに申し訳ないので先に行ってもらいました。

    時間ばかりが経ち、復旧の目処が立ちません。

    私としてはここは開けた場所なので最悪この日はここでキャンプでも構わないという覚悟はありましたが、かといってバイクが直らないからといって何日もここにいるわけにもいきません。

    うーん。どうなるんだろうかと思っていると今度はホンダアフリカツインがやって来ました。

    私が「あ、アフリカツインがやって来る」と言い「あれ?タンデムだ。あれあれあれ??もしかしてあれはダニエルとアルティナじゃないか!?」と言うと、マイケルが「なんだ??知り合いか?」と聞きます。

    「うん。オシュのゲストハウスで一緒だった。でも私より1日早く出発して、その日のうちにムルガブを目指すって言ってたからだいぶ先に行ってるはずだけど…。」

    でも、知っている人が来たことで嬉しくてつい「おーい!」と両手を上げて笑顔で呼び止めてしまいました。

    二人も手を上げてくれて停車してくれました。

    ダニエルとアルティナだ\(^_^)/!!

    「もうずっと先に行ってるもんだと思ってたよ」と言うと、「実はここ走るの3回目なんだよ。出発したあの日、キルギスタンの国境を越えてこの辺りまで来てフロントタイヤがパンクしてさ、サリタシュに戻ったんだ。でパンクを直して昨日もう一回ここに来たんだけど、ちゃんと直ってなくてまたパンクしちゃったんだよ。で、また今日再チャレンジさ。」とダニエルが教えてくれます。

    そして「ところでどうしたの?」とダニエルが聞いてくれます。

    アクセルを回してもエンジンにパワーが伝わらないとマイケルが説明します。

    するとダニエルが「それってキャブレターの問題じゃなくて、エアフィルタが目詰まりしてるんじゃない?エアフィルタはいつ変えたか覚えてる?」と聞きます。

    マイケルは「いつ変えたかなぁ、ちょっと思い出せない。でも代えなんて無いぜ」と言います。

    「うーん。本当にただの応急処置にはなってしまうけど、今のエアフィルタを外して、靴下で代用できなくは無いと思う。やってみる価値はあるんじゃない?」とダニエルが提案します。

    実際にエアフィルタを外して靴下を切った物を着けてみると、見事にエンジンが更け上がりました\(^_^)/

    靴下をエアフィルタ代わりにするという画期的な応急処置( ̄□ ̄;)!!

    四人でハイタッチをして、よし!一緒に行こうということになりました。

    そして期せずしてこのあと、私の人生においてかけがえのない時間が待っていたのです。

    続く

     

     

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  • 新たな出会い

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    8/22(木)東京出発76日目、キルギスタン7日目 オシュ~サリタシュ 走行距離180km

    オシュからサリタシュ

    警察官に停められて賄賂を要求されたことで非常に不愉快な気持ちになり、さらには後々面倒なことになったら嫌だなという不安も襲ってきて一気にテンションが下がりました。

    もちろん私が交通違反をしたというならチョロマカス気もさらさらないですし、それは甘んじて受け入れます。

    でも、あれでは全く彼らを信用できないですし、私が違反を本当にしたのかどうかもわかりません。

    そこから先にサリタシュの町まで大変美しい景色が続き、時間的な余裕もあったため本来なら写真を撮りながらゆっくり進むこともできたのですが、あのクソヤロウのせいで全くそんな気にもなれないのです。

    旅を台無しされて不愉快極まりないです。カザフスタンもキルギスタンも治安も良くみんな優しくて美しい景色がたくさんあるのに、どうして警察官だけが腐るのでしょうか?

    人間は下手に権力を与えると自分が偉くなったと勘違いしてしまうのでしょうか?

    しかし、キルギスタンの雄大な自然とそこに暮らすのどかな人々を見ているうちに、あの人間のクズのことは忘れようと思わせてもらいました。

    サリタシュの町は標高3,000mを優に越えるため、標高1,000m弱のオシュからどんどん登って行きます。

    こんな山間にも人が住んでいるんだと感心します。そしてみんな穏やかで、オートバイで通り過ぎる私に手を振ってくれたりもします。

    集落から少し離れた所に掘っ建て小屋のようなものがあり、そこではお母さんと娘さんが洗濯をしていました。

    掘っ建て小屋にお母さんと娘さんがいました

    オートバイを停めると笑顔で手を振ってくれます。

    近付いていき、写真を撮っても良いかとスマホを取り出すと娘さんは恥ずかしそうにしますが、良いよと言ってくれます。

    恥ずかしそうにしながらも写真を撮らせてくれました

    この国では若い年頃の女の子ほど写真を撮られるのを恥ずかしがりますが、この母娘は、娘さんの方が許可してくれ、お母さんの方が恥ずかしがります。

    でも、娘さんがお母さんに一緒に写ろうと言ってくれて写真を撮らせてくれました。

    お母さんも一緒に写ってくれました\(^_^)/

    働き者の素敵な母娘に心が癒されます。

     

    サリタシュの町に着いたちょうどそのとき、前からホンダアフリカツインがやって来ました。

    私が左手を上げて挨拶をすると、アフリカツインはちょうどすぐ横にあったカフェに入って行き、私にもこっちに来いと合図をします。

    この日は警察官の不愉快な対応があったため、昼食は摂らずに宿を探してそのまま何もせずにのんびりしようと思っていたのですが、パミールハイウェイの貴重な話を聞けるのではないかと思い、カフェに行くことにしました。

    カフェに入ると、なんとそこにはビシュケクでさくらゲストハウスに泊まっていた日本人大学生チャリダーの男の子二人が食事を摂っていました。

    昨晩このサリタシュに宿泊して、これからキルギスタンの国境を越えてそこで夜営する予定だと言うのです。

    がんばれ!
    日本の若きチャリダーたち!

    どこの宿に泊まったかを聞くとすぐ近くに金額もお手頃で夕食朝食付きの宿を教えてくれました。

    アフリカツインのライダーを待たせては悪いと席に着き話を聞きます。

    彼はアメリカ人でこれから私もつい先日に行ったソンクルに行くということでした。

    お互いのこれから向かう場所の情報交換をします。

    食堂のお姉さん
    英語も堪能で美人だったので写真を撮らせてもらいました\(^_^)/

    食事を終えて外に出ると今度はなんと先代のテネレさん(約30年前にパリダカで大活躍した初代テネレ)に乗った男がやって来るではありませんか?

    先代テネレなんて滅多にお目にかけることなんて無いと思っていたのに、モンゴルの味戸さんのゲストハウスにいた陽気なフランス人ライダーに続いて、この旅で2台目の現役先代テネレさんです\(^_^)/

    アフリカツインのライダーは少し挨拶をして去って行きました。

    この先代テネレさんのライダーはポーランド出身のマイケル。

    挨拶をして、私が先代テネレさんを絶賛しているとマイケルが言います。

    「昨日からコイツ、かなり調子悪いんだ。お前、今日はサリタシュに泊まるのか?だったら俺も同じ所に泊まるから工具貸してくれないか?」

    最初ちょっと面倒くさいなと思ったのですが、先代テネレさんを間近で見られるチャンスなのでこれは面白そうだと思い「良いですよ。今さっきそこの日本人に近くに宿があるのを教えてもらったのでそこに行きましょう」と言いました。

    カフェから100mほどのほんのすぐそこに宿はありました。

    早速荷物を部屋に置くと先代テネレさんのメンテナンスを始めます。

    早速メンテナンス開始

    マイケルは先代テネレさんのタンクを外すと中のキャブレターをばらして行きます。

    キャブレターを掃除するマイケル

    この日は早めに宿に着いて特にやることも決めていなかったので、むしろこれは貴重な経験でした。

    マイケルから「このネジ外してくれないか?」とか「ここ、押さえておいてくれないか?」とか言われるがままに手伝いますが、それでもこんな風にバイクをばらしたことは無いので楽しいです。

    マイケルはどうやらキャブレターの汚れが原因だと当たりをつけていたらしく、一通りキャブレターをばらし清掃をして組み立て直します。

    途中でマイケルにタイラップを持っていないか聞かれたので、日本から持参したタイラップを渡すと、日本語の書かれたパッケージを見て、「これは日本のタイラップか!日本製のオートバイを日本製のタイラップで補修したら完璧な品質の物が出来上がるぞ!」と言います。

    どこに行っても日本製はスゴいと喜ばれます。

    組み立て直してエンジンを掛けると勢い良くエンジンが回り、互いにハイタッチをしました。

    マイケルがお礼にとポーランド産のオートバイの記念硬貨をくれました。
    お守りにします!

    一通りのことが終わっても、この日は昼過ぎに宿に入ったので、まだまだ時間はありました。

    宿の近くで遊んでいる子どもたちの声に泣き声が混じっていたので行ってみると、小さな男の子が泣いていました。

    日本語で「どうした?どうした?」って聞いても通じるはずも無く、近くにいる他の男の子二人が何を言っているのかもわかりません。

    とりあえず何もわからないので、変顔したり変なポーズをとってみたりすると泣いていた男の子も笑います。

    するとこの子達3人で私にちょっかいを出したりし始めたので、自然と鬼ごっこになります。

    お前ら本当に元気だな!
    良いことだ!

    馬糞だか牛糞だかわからないものがそこら中に落ちているので気を付けないといけません(;´д`)

    そんなに全力で走り回っている訳では無いのですが、すぐに息が上がってしまいます。

    運動不足なのか?年齢なのか?いやいや標高が高いせいだと言い訳をします。

    一通り遊んでいると、子どもたちの家族が迎えに来たのでバイバイして宿に戻ります。

    宿に戻り夕食を摂っているとマイケルが言います。

    「ヒデは明日パミールハイウェイに行くんだろ?俺も行くから一緒に行かないか?」

    一瞬どうしようかと迷いました。

    カザフスタンで洋介さんとアシムとお別れしてまで一人になったのにまた誰かと行動するのかと…。

    でも、マイケルのバイクは大変古いバイクですのでまたいつ不具合が起きるかもわかりません。

    一人でその状況はキツイですが、助け合いながら行くのもまたそれはそれで楽しいのではないか。

    「わかった。一緒に行こう」

    それが私の返事でした。

    そしてこの決断がこれからたくさんの感動を私に与えてくれるのでした。

     

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  • 不安なできごと

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    8/22(木)東京出発76日目、キルギスタン8日目 オシュ~サリタシュ 走行距離180km

    オシュからサリタシュ

    前日、粕谷さんよりタジキスタンの国境越えはなるべく早い時間にした方が良いというアドバイスをいただきました。

    タジキスタンの国境は早い時間に越えた方が良いよ。
    この写真なんかムカつく

    というのもタジキスタンの国境を越えて少し行ったところに川があり、夕方になると昼間に溶けた山頂の雪解け水が流れ込み増水して大変なことになるというのです。

    粕谷さんはこれにかなり苦しめられ、危うくバイクごと流されそうになったそうです。

    という話を聞いていたので、この日はオシュを早朝出発して国境越えをしようかとも思ったのですが、キルギスタン側の国境付近にサリタシュという町があるのを見つけていて、チャリダーの多くはここを拠点にしているようでしたので、ここに滞在してみるのもおもしろいと思い、この日はゆっくり出発してサリタシュまで行くことにしました。

    実際のところ、この期に及んでパミールハイウェイに行くのに多少のビビりが入っていたので無理はせずにゆっくり行こうというのが正直なところではありましたが。

    オシュからサリタシュまで大変キレイな道が続きます。

    カザフスタンでもそうでしたがここキルギスタンでも警察がスピード違反の取り締まりをやっていることが多いのでスピードについては気をつけて走ります。

    特に集落の周辺では60km/h規制となっているので、ここは特にスピードを落として走ります。

    カザフスタンで会ったマルチナからは、キルギスタンでは警察に停められてもほとんどが賄賂の要求なので停まる必要すらないという話を聞いていました。

    順調に走っていると集落の近くで後ろから来た車が私を追い越します。

    こういうところでああいうことをやると下手するとスピード違反で捕まるんじゃないの?なんて思います。

    すると、その少し先でトラックが停まっていて、私を追い越した車も警察に停められています。

    私も警察に誘導されて停まるように言われます。

    警察官はフレンドリーに「ツーリストか?」と聞いてきます。

    検問でもやってるのであろうと思いこちらもフレンドリーに「そうだよ」と答えます。

    警察官から「免許証とバイクの登録証見せて」と言われたので素直に従います。

    さらに「ちょっとついてきて」と言われたのでバイクから降りてヘルメットを脱いで、警察官のいる方に歩いて行きました。

    すると「これを見ろ!」と突然言います。

    そこにはスピードガンで私が走っている写真と速度を交互に見せるのです。

    「お前70km/hで走ってたぞ!」

    …、ふざけるんじゃない!私は町の近くを走るときはギアも3速に落として走ります。テネレで3速で70km/hで走ると回転数が高いので70km/hで走っているとは考えにくいのです。

    これには猛抗議します。

    するともう一枚の写真を見せて「こっちは68km/hだ」と言います。

    だからおかしいって!

    「私はスピードメーターをちゃんと見て走ってたんだ!60km/hだったぞ!」というと

    「黙れ!こっちには証拠があるんだ!」と言います。

    納得がいきません。

    するとその警察官は少し口元に下卑た笑みを浮かべて「金は持ってるか?」と聞いてきます。完全な賄賂の要求です。

    サリタシュにもう一泊する予定だったので多少の現金は持っていたのですが「今日もうこのままタジキスタンに行くからキルギスタンのソムは持っていない」と答えます。

    するとそいつはもう一度私を睨み付け、ゆっくり「金は持ってるか?」と聞いてきます。

    もうこの状況が面倒になってきたので「いくらだ?」と聞くと「500ソム(約750円)」と言います。

    そのくらいなら払ってしまっても良いかとも思ったのですが賄賂の要求に屈するのも悔しいので「本当に持っていないんだ。アメリカドルならいくらだ?」と聞きます。

    すると本当に持っていないと諦めたようで免許証とバイクの登録証を返してくれました。

    「もう行っても良いか?」と聞くと「ダメだ。こっちに来い」と言われました。

    うーむ、正規の手続きを取られてしまうのでしょうか?

    面倒です。でも免許証もバイクの登録証も返してもらったので無視して立ち去ってしまおうと思ってバイクの所に戻り、エンジンをかけて発進します。

    それでも向こうは特に制止するわけでもなかったのでそのまま立ち去ることにしました。

    しかしさらに走って進んで行くと町によっては速度制限が40km/hの標識のある場所もあるのです。

    もしかしたらあの警察官が私にスピード違反と言ったのは間違っていなくて、ただ単に見逃してやるから賄賂を寄越せよって言っていただけかもしれません。

    そうなると非常に面倒です。

    賄賂を払っていればおとがめなしだったところを、それを無視して立ち去った私に対して、もし法的な手続きを取ったならどうなってしまうのでしょうか?

    アメリカやオーストラリア、ヨーロッパ圏では外国人が交通違反をしてそのまま国外退去した場合、外務省を通して罰金の請求が行くようです。そしてそれを無視し続けると裁判所や警察への出頭命令が出て大変なことになるようです。

    このキルギスタンはどうなるのでしょうか?

    かなり心配になります。私としてはスピード違反そのものにも納得していませんが、もしあの場所が40km/h規制の場所で、スピードガンで計ったというものを証拠として提出されて日本の外務省に請求が行ったらかなり面倒です。

    実は日本を出るとき私の住所や電話番号などは実家のものにしておいたのですが、母には知らない番号から電話があっても無視するように伝えていました。

    私の母は社会常識の非常に欠如した人でオレオレ詐欺等に簡単に引っ掛かってしまう恐れがあるので、知らない番号からの電話は全て詐欺だと思うように伝えていたのです。

    IP電話の契約をして出発したのですが、その番号を母には伝えそびれていました。

    何度か自宅に電話をして、もし万が一キルギスタンの大使館か外務省から通知が来たら、警察に持っていって内容を確認した上で振り込みの立て替えをお願いしようと思ったのですが、案の定私からの電話はすぐに留守電に繋がってしまいます。

    一応メッセージは残したのですが折り返しも無いことから留守電も聞かずに上書いているのでしょう。

    気の小さい私は心配でなりません。

    その後に出会ったライダーにことの顛末を話すとみんな一様に、そんなのは賄賂の要求に決まってるんだから気にすることは無いと言います。

    このことがあったのが木曜日で金曜日にタジキスタンの国境を越えてしまったので、週が明けてから国際電話でタジキスタンからキルギスタンの日本大使館に電話をしてことの顛末を正直に全て詳細に話しました。

    すると日本大使館の職員もその場でのお金の要求は賄賂でしかないことと、立ち去るときに追跡がなかったことから恐らく問題はないと思うという回答を得ました。

    それから10km/hオーバーまでについては取り締まりの対象にならないとも。

    ただしこの担当者は「たぶん」とか「はず」とか「思う」とかはっきりとしない返答しかしないことが私の不安を完全には払拭はしてくれはしなかったのですが。

    そして、気の小さい私はパミールハイウェイを走っているときも大変楽しい気持ちになってもふとこの事を思い出し不安になるのでした。

    500ソムくらいなら払ってしまっておけばいつまでも引きずらずに済んだのかなと思いつつも、賄賂に屈することの方が悔しいという思いの狭間で悩み続けるのでした。

    *気の小さい私は今でも不安です。もしこのような事案について何か知っている方がいらっしゃいましたら、ご連絡くださいましたら幸いです。

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  • 夢を叶えた男の報告

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    8/21(水)東京出発74日目、キルギスタン7日目 オシュ

    ダニエルとアルティナの後ろ姿を見送り、この日は明日からの過酷なパミールハイウェイに備えてブログを書いたりしながらゆっくりと過ごします。

    夕方になるとある男からスマホに着信が入りました。

    そうでした。前を行く粕谷さんにタジキスタンの通貨はどこで両替したのかメッセンジャーにメッセージを送っていたのでした。

    スマホに慣れていない粕谷さんは、文字を打つのが面倒だと言って通話機能を使うのです。

    でも文字を打つのが面倒だというのは半分は言い訳で、この男は誰かと話がしたくて仕方ないのです。

    電話に出てみると、興奮した粕谷さんの声が聞こえてきます。

    粕谷さんはすでにパミールハイウェイを走り終えて、このときは既にタジキスタンの首都ドゥシャンベにいるということでした。

    粕谷さんは私の質問には答えず、とにかくパミールハイウェイがどれだけ素晴らしかったか興奮して捲し立てるように話すのです。

    粕谷さんの写真、うんちを洗ってる姿しか無いのでカッコいいのをくれと言ったら、サングラスをかけたどや顔。
    なんか勘にさわる(;´д`)

    でも一方的に話していることに気付いたようで「ごめんね。なんだかんだで私も孤独だったんよ。だからこうして人と話せるとホッとして」と言います。

    この男、たまにスゴくムカつくのですが、こういうところがあるので憎めないのです。

    そしてこう続けました。

    「なんかんだでここまで来るの、たくさん苦労したんだから。あなただってそこに至るまで大変なこともたくさんあったでしょ?」

    そう言われた途端、西モンゴルで、前も見えないような大雨に打たれて、どこをどう進んだら良いのかもわからなくなって、誰も周りにいなくて、人工物も見えなくて寒くて寒くて何度も泣きそうになったときのことを思い出し、不覚にも涙がホロホロホロと溢れてしまいそうになりました。

    そして粕谷さんのことも思いました。

    私の両親世代と同年代で、オートバイに詳しいとはいえ、スマートフォンにも不馴れで、たった一人で世界をオートバイで駆けるって本当に苦労も多かったと思います。

    スズキDRZ400
    粕谷さん、あなたはこのオートバイで夢を叶えたのですね。
    心からおめでとうございます!

    しかもこの男は他の人とは違って見た目のハンディキャップも背負っています。

    もし日本だったとしてもこの男が突然話しかけてきたら、私だったらちょっと怖いので無視をしてしまうと思います。

    それなのにこの男、本当に夢を叶えてしまったのです。

    心からのおめでとうとお疲れ様という言葉をかけさせていただきました。

    きっとこの男の挑戦はたくさんの人に勇気を与えたと思います。

    人は挑戦をすることを諦めない限り、その人の人生はいつまで経っても輝き続けるんだということを教えてくれました。

    でも粕谷さん、あなたの旅はイタリアまで続くと言っていました。まだ距離的には半分です。

    「もうパミールハイウェイ終わったから気が抜けちゃって実は結構いろいろとどうでも良くなっちゃってもいるんだよね」と言っていましたが、まだ旅は続くのです。

    どうか最後までご無事に旅を続けてください。

    老い先短いとはいえ、数少ない旅の報告をできる人たちにきちんとご自身の口からあなたの輝かしい旅の足跡を伝えてあげてください。

    本当に心からおめでとうございます。

    日本に戻ったら是非飲みに行きましょうね\(^_^)/

     

    そして、粕谷さんの件とは別件ですが、カザフスタンのウルケンで出会ったマルチナについての報告が入りました。

    マルチナとアシムは連絡を取り合っていたようで、マルチナも無事西モンゴルを通過したようです。

    やはりマルチナも西モンゴルでは大変苦労したようです。二度目の転倒で本人の心も折れて、もうダメだ、これまでかと思ったときに、たまたまサイドカー付きのオートバイが通りかかって、バイクを交換して乗り切ったそうです。

    マルチナの旅はロシアまで。

    もちろん女性の一人旅ですので常に危険は付きまとうとは思うのですが、走るという意味での難所は乗り切ったと思います。

    どうか最後までご無事で。そして残りの旅もあなたの明るい笑い声で満ちていることを願っています。

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  • 運命の出会い

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    8/21(水)東京出発74日目、キルギスタン7日目 オシュ

    この日は朝食を済ませると宿のおばちゃんに許可を取って洗車を始めます。

    また洗車してピカピカのテネレさん

    昨晩はカバーがかけられていて車種がわからなかった隣の大きなバイクのカバーが外されていて、それがホンダのアフリカツインでナンバーからロシア人のものであることがわかりました。

    洗車をしていればこの持ち主に出会えるかとも思っていたのですが、洗車が終わっても出てくる気配がありません。

    今日はゆっくりして明日の出発かな?そうしたらもしかしたら一緒にパミールハイウェイに行くことができるかもなんて淡い期待をしていると、プロテクターを纏った女性が宿から出てきました。

    まさかこの女性がこの大きなアフリカツインの持ち主か?と思い、「英語は話せますか?」と思いきって声をかけてみました。

    すると「もちろんよ」という返事です。ロシア人なので英語は話せないかと思っていたら全くそんなことはなく、むしろ私より全然流暢な英語で「英語は話せますか?」と聞いたことが恥ずかしくなってしまいます。

    「これからパミールハイウェイに行くの?」と聞くと、「ええ、そうよ」との返事です。

    さすがに私はこの日の出発は今さら難しいので少し残念に思ったのですが、それでもこれからパミールハイウェイに行くということだったので何かしら私の知らない情報を持っているかもと思い、パミールハイウェイについての情報をくれないか?とお願いしてみます。

    すると、「私のボーイフレンドが運転手だから、彼がいろいろ知ってると思うわ。もう少ししたら来るからちょっと待ってて」という返事でした。

    なるほど、さすがにこの大きなバイクを彼女が運転するのは大変だろうと納得し、むしろタンデムでパミールハイウェイに行こうとしているとこのカップルに大きな興味を持つのでした。

    するとすぐに彼氏の方も現れたので早速パミールハイウェイについて知っていることを聞きました。

    この彼が持っていた情報はほとんど私が持っていたものと大差はなかったのですが、出発時間がこれほど遅くなって来ているにも関わらず、一生懸命私に情報を伝えてくれます。

    本当にロシア人は優しくて素敵な人が多いと思います。

    彼は私が日本人のバイク乗りということで、オートバイのことなら何でも知っているのではないかと思っているようでいろいろと質問をしてくれるのですが、ズブの素人の私に答えられることなどあまりなく大変申し訳なかったです。

    でも、彼は言いました。

    彼の友人に日本人がいるようなのですが、その日本人もアフリカツインを所有しているけれど、日本で街中でしか乗ったことがないと言っているそうです。

    「日本じゃ走るところもなくて可愛そうだよな。アフリカツインなんか持っててもそれじゃこれが良いバイクなのかどうかなんてわかりようがないもんな。その点ロシアに生れた俺たちはいろいろなところを走れて幸せだよ。でも、それでも日本人はこんなの作っちゃうんだから本当にスゴいな」と言います。

    この男性の名前はダニエル、そして彼女の名前はアルティナ。

    宿のおばちゃんにお願いして一緒に記念撮影をしてもらいます。

    ダニエル、アルティナと一緒に。
    また一つ宝物が増えました

    そしてそのままパミールハイウェイに向けて出発していった彼ら。

    このときの出会いが私にこの先かけがえのない思い出をくれるとは夢にも思わず、二人の後ろ姿を見送るのでした。

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  • この決断が運命を変えた

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    8/20(火)東京出発73日目、キルギスタン6日 オシュ

    もともとこのオシュには2泊する予定でした。

    このオシュはパミールハイウェイの入り口と言われていて、ここを出発するということはパミールハイウェイへ行くことを意味します。

    ここまで来たにも関わらず私はパミールハイウェイの情報を何も集めていなかったのです。

    ですのでこの1日でパミールハイウェイの情報を集めようとしていたのです。

    しかし、この日の前まで3日間ずっと一日中未舗装路を走ってきた私はかなり疲労が溜まっていたようです。

    この旅初めての寝坊をします。宿の方に8時に朝食を取れるようにお願いしていたのですが、8時を過ぎても食堂に来ない私を呼びに来るまで私はぐっすり眠っていたのです。

    慌てて飛び起きて朝食を取ったものの眠気がおさまりません。眠いまま何かをしても非効率だと思いこのまま再度眠ることに決めました。

    すると目覚めたのは午後です。この旅でこんなことは今までなかったので、相当疲れが溜まっていたのだと思います。

    それでも起き上がりパミールハイウェイの情報をインターネットで集め始めました。

    すると予想以上に過酷な記事がたくさん出てきました。

    甘く見ていましたが、思ったより大変そうです(・・;)

    うーん。世界中のチャリダーやバイカーの聖地と言われていて、たくさんの人が通っている道なのでそこまで大変ではないとナメていました。

    ヘタレな私は正直この時点で一人でパミールハイウェイに行くことに怖じ気づき始めてしまうのです。

    現実逃避をしようと思い外に出てみると宿のおばちゃんがホースで水撒きをしています。

    確か粕谷さんはオシュで洗車していてフレームに亀裂が入っていることに気付いたと言っていたことを思い出しました。

    おばちゃんにこのホースを借りて洗車をしても良いかと聞くと、快く良いよと言ってくれたので、洗剤とスポンジなどを街に買いに出掛けました。

    この時点で夕方になっていたため、1日滞在を伸ばすことにして、洗車は次の日にしようと決めるのでした。

    そしてこの決断が私の運命に大きく影響を与える出会いを与えてくれたのでした。

    夕食を済ませて宿に戻ると私のオートバイの隣に一台の別のオートバイが泊まっていました。

    そのオートバイにはバイクカバーがかけられていたのでどの車種のバイクかはわからなかったのですが、サイズ的にアドベンチャーバイクであることは間違いないということはわかりました。

    どの部屋に泊まっているかはわからなかったので諦めて、明日洗車していれば話をする機会もあるだろうと期待し、この日はそのまま就寝することにしました。

    そしてここでの出会いが私の旅に大きなインパクトを与えてくれることとなるのです。

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  • 日本人のダメなところ丸出し(>_<)

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    8/19(月)東京出発72日目、キルギスタン5日目 カザールマン~オシュ 走行距離266km

    カザールマンからオシュ

    カザールマンの宿で一泊し、この日はパミールハイウェイへの入り口と言われるキルギスタンの比較的な大きな街オシュを目指します。

    朝食は昨夜同じ宿に泊まっていたオーストラリア人とドイツ人カップル、アメリカ人の母子と一緒に宿の食事を摂ります。

    食卓の上の果物が乗ったお皿にバナナが一本だけ乗っていました。

    アメリカ人の母親がそれを手に取り、他に食べたい人はいる?と聞いて回ります。

    残りの他の人たちは誰もいらないと言いました。

    私はあなた次第で食べても食べなくても良いというような曖昧な返事をしてしまい、その母親に、「あなたが答えるのは「yes」か「no」のどちらかだけよ。どっちなの?」とたしなめられてしまいます。

    そこで私はどうしても食べたいわけではなかったので気を使ったつもりで「no」と答えました。

    するとその母親は「私も一本丸々はいらないわ」と器にバナナを戻してしまいました。

    慌てて「そういうことなら私が半分食べます」と言うと、それじゃと言ってバナナ皮を剥いて半分に折った残りを私にくれました。

    その光景を周りの人たちは苦笑いで見ていましたが、はっきりしないジャパニーズだなと内心呆れていたことでしょう。

    こういうのは美徳でも何でもなく日本人の良くない気の使い方なのでしょう。

    自分の意見や意思をきちんと伝えることの方がこういう場合は円滑に物事が進むのでしょうね。反省と恥ずかしさの入り交じった朝食になりました。

    朝食を終えて再びバイクに跨がり出発します。

    前日は早い時間にゆっくり休みをとったので気持ちよく出発できました。

    昨日はうんざりしたダートもまた新鮮な気持ちで走れるので不思議なものです。

    またダートでも日が変われば気分よく走れます

    しかしそれも一時間程度で疲れてきます。

    景色は本当にキレイです。でも、気を使いながら前日も同じような細い山間の崖を走るのはものすごく疲れます。

    延々と続く美しい景色
    圧倒されっぱなしで疲れます(;´д`)

    ビシュケクのさくらゲストハウスで出会ったサチさんも言っていました。

    「ソンクル湖に行ったとき、景色はキレイだったんだけど、ずっとそうだから途中で、もう良いよって気持ちになっちゃった。思わず『もうお腹一杯』って声に出して言っちゃったよぉ。」

    うん、スゴく良くわかります。私もお腹一杯です。

    もうお腹一杯だよ(>_<)

    早くこの山道を抜けて舗装路に出たいです。二日前から延々とダートを走り続けているためやはり疲労は溜まっていました。

    くねくねとした山道

    細い反対側が奈落の崖の山道を抜けて遂にフラットなダートにたどり着きます。

    思わずそのときに漏れた言葉が「舗装路に出た」でした。

    イヤイヤイヤ、舗装路じゃないし(;´д`)

    でもそのくらい山道にうんざりしていました。

    一旦一呼吸置いて休憩を取っていると、前方からBMW GS1200の3人組がやって来ました。

    ドイツ人3人組のこの男たちはこれからソンクルに向かうようです。

    この先の道路状況やガソリンスタンドの有無、町はあるかなどを聞かれます。

    この中の一番若い男が体調不良を訴えています。

    向かって右側の男性が体調不良を訴えています

    とにかく100km先にカザールマンという町があり、そこに宿とガソリンスタンドがあるのでそこで休憩と補給は可能であることを伝えます。

    しかし、カザールマンから先も少なくとも300kmくらい細い崖のある山道が続くことも伝えます。

    しかも振り返ると私が走ってきた山には雨雲がかかっていました。

    後ろを振り返ると雨雲が広がっています(;´д`)

    天気に恵まれていたので私はこの道を無事に走ることができましたが雨が降ったら、いくら3人一緒でも危険極まりないと思います。しかもそのうちの一人は体調不良を訴えています。

    彼らも天気を非常に気にしています。

    私としては天気と体調の回復を待って一旦引き返すことを勧めたいですが、彼らの旅なので彼らの判断に委ねるだけです。

    体調の悪い男は大丈夫だから行こうと言ってそのまま私が辿ってきた道を進んで行きました。

    体調不良、雨、悪路…、とにかく彼らの無事を願うばかりです。

    彼らは私にも幾つかの情報を残してくれました。

    まずは私が走ってきたダートはあと10kmほどでとてもキレイな舗装路に変わること、そしてこれから私が向かうタジキスタンは非常に道路が悪いので、一人で行くならくれぐれも気を付けるようにとのことでした。

    パミールハイウェイへの期待はあるものの、実は私はほとんど情報を持っていなかったため、この情報が私に一抹の不安を与えることになりました。

    このドイツ人ライダーたちが教えてくれたように少し進むとキレイな舗装路になりました。

    これなら十分余裕を持ってオシュに行けそうです。

    途中、道端でたくさんのヒマワリの花を積んで何やら作業をしている女性たちを見かけました。

    何かやってますねぇ

    バイクを停めて話しかけてみると、愛想の良いお母さんが、「ヒマワリの種を取っているのよ。こうして棒で叩いて。あなたもやってみる?」と棒を貸してくれました(この様子はネット環境の良いところに行ったらyoutubeにあげようと思います)。

    私が作業を手伝っていると、そこに通りかかった女子高生らしき二人組が親指を立ててグッドと言います。

    こんな交流も楽しいです。

    しかし、一つ二つやる分には良いのですが、これだけ山盛りのヒマワリの種を取るのは重労働です。しかもヒマワリの種の周りにあるガクが手に刺さって痛いのです。

    お母さんの手を見せてもらうとやはり傷だらけでした。

    写真ではわかりにくいですが、手は傷だらけでした

    きっとこれだけの仕事ではいくらの稼ぎにもならないでしょう。でも今まで見てきた国はどこでも女性が良く働きます。本当に頭が下がる思いです。

    手伝わせてくれてありがとうと伝えてそのままオシュの街を目指します。

    幾つかの町を抜けてオシュに到着すると、目星を付けていた宿への道が工事をしていて多少回り道にはなりましたが、無事、宿に到着することができました。

    宿の前に可愛らしいご年配の女性がちょうど立ち話をしていて、私を見つけるなり「うちの宿に泊まる?」って聞いてくれました。

    そのつもりでここにきたのでもちろん泊めてくださいと言います。

    この小さな宿で私はとても大切な出会いをするとはこのときには夢に思っていませんでした。

     

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  • いつまで続く?未舗装路

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    8/18(日)東京出発71日目、キルギスタン4日目 ソンクル~カザールマン 走行距離210km

    ソンクルからカザールマン

    かわいい遊牧民の子供たちとお別れをして先に進みます。

    遊牧民の子どもたち

    直前に出会ったメキシコ人ライダーにこの先は絶景が続くぞと言われてはいましたが、それでもその景色を目の当たりにすると、標高3,000から見下ろす眼下光景は筆舌し難いほどに美しいものでした。

    美しい景色が続きます

    キルギスの人の優しさ、雄大な景色に惚れ惚れしてしまいます。

    ホレボレするような景色です

    その一方で幅の狭い未舗装路を走る緊張感は疲労を促進させます。

    間違って崖から転落したらまず命は助からないでしょう。

    曲がりくねった細い山道の急斜面のヘアピンカーブを繰り返しながら降りて行きます。

    キルギスタンでも右側通行ですので、左のカーブのときに対向車が来ると、崖側に避けなければなりません。

    日本とは違って当然ガードレールなどあるわけもなく、また道の端には盛り土や砂利が自然と積み上がっているためオートバイですと大変不安定な場所に乗り上げなければなりません。

    少しでも運転操作を誤れば谷底にまっ逆さまです。

    ツーリストの車とすれ違うときはオートバイを気遣って手前で停車してくれたり、ゆっくりスピードを落としてくれるのですが、地元民の車はそういった気遣いは一切無く、猛スピードですれ違って来ることもあります。

    景色に見とれていて対向車と正面衝突なんてことになったら洒落になりません。

    美しい景色を堪能して、一方で怖い思いをしながらやっとの思いでソンクルの山を降りることができました。

    よし、ここからはのんびり走れると思っていたらそうは問屋がおろしませんでした。

    ここからの道も全くソンクルと変わらないのです。また細い崖の道を登っては降りるの繰返しです。

    あまりにもダートが終わらないので道を間違えているのでは無いかと思ったのですが、時折ツーリストの車とすれ違うため、皆この景色を堪能するために来ているということがわかります。

    モンゴルでの恐怖と違って、ここでは時折車が通ること(一人ぼっちの絶望感がないこと)、ダートではあるけれど轍を走るのでは無く道の上を走れることがまだ安心感を与えてくれます。

    この日、200km以上のダートを延々と走り、やっとのことで午後3時過ぎにカザールマンという町に到着しました。

    昼食も摂っていなかったことと、前日のキャンプで水も残り少なくなっていることから、この町のお店に立ち寄り、水とアイスクリームを買います。

    非常に暑いのでお店の軒先の日陰ででアイスクリームを食べていると、突然横から突き飛ばされました。

    何かと思って振り替えると、労働者風の小柄な男が向こうに行け!と睨み付けてきます。

    何故そんなことを言われなければいけないのか意味がわからないのですが、疲れていてトラブルは面倒だったので仕方なく日向でアイスクリームを食べます。

    するとその男はそのお店でウォッカを買って出てきました。

    そしてまだ私が外でアイスクリームを食べているのを見ると、まだここにいたのかという風にこちらに来て何か言います。

    こちらとしてはアイスクリームを食べているだけですし、それを捨ててまで立ち去る気にはなれません。

    男は私の目の前に指を3本立てて、3つ数えるうちに立ち去らないとひどい目に会わせるぞというようなことを言って、その指を一本ずつ折ります。

    私は頭に来ていたのとめんどくさいのとで、言葉がわからない振りをして無視をします。

    そしてこのときは以前ロシアのウランウデの少し先の町で絡まれた時の教訓があったので、下手に揉め事にならないという保険のある状態であることを確認していました。

    すぐ目の前に自動車の整備工場があり、数人の男が作業しているのが見えていたため、この男に何かされそうになった場合はすぐにそこに助けを求めに行けば良いと考えていたのです。

    結局男は指を3本折り終えても動かない私を見て、「だめだ、コイツ。頭悪いみたいだな」というようなことを言って首を傾げながら立ち去って行きました。

    キルギスタンは大変美しい国で、皆純朴で優しくて、治安も良くて、とても好きな国になっていたのですが、またしても一人のチンパン人のアホのお陰で嫌な気持ちになりました。

    アイスクリームを食べ終え、さてどうするかと考えます。

    このまま先に進むか、この町で宿を探すのか?

    地図を見るとこの先もどう見ても険しい未舗装路が続きそうです。

    先に進んで日が暮れる前に途中のどこかで夜営するかとも考えたのですが、昨日から延々と続くダート走行で疲労もたまっていたのでこの町で宿を探すことにしました。

    次の日になってこの選択は大変正しかったと気づきました。

    町の中に入って行くと一件のゲストハウスを見つけます。

    中に入るとたくさんのツーリストがいるのがわかりました。

    後でわかったことなのですが、西側(日本とは反対のヨーロッパ方面)から来てソンクルに行くツーリストにとってはこのカザールマンは大切な中継点のようです。

    中から一人の女性職員が出てきましたが、申し訳なさそうにすでに満室であることを伝えられます。

    でも、この道を少し進むと別の宿があるからそちらに行きなさいと言ってくれます。

    その場ですぐにその宿に電話をしてくれて、一人のアジア人のバイカーが行くと伝えてくれました。

    そして、真っ直ぐ行けば髪の長い女性が表に出て手招きをしてくれるからすぐにわかるわよと身ぶり手振りで伝えてくれます。

    実際に道を真っ直ぐ走って行くと明るい笑顔の女性が手を振って待っていてくれました。

    この宿にはまだ客はいないようです。

    値段そのままに広い部屋を私一人に提供してくれます。

    そして、夕飯もまるで王さまになったのでは無いかと勘違いしてしまうような豪華なものを用意してくれました。

    豪華な夕食に王様になった気分\(^_^)/

    バイクの整備をして、シャワーを浴びて夕食を摂っていると、オーストラリア人とドイツ人のカップルと、アメリカ人の母親とその息子さん二人(体が大きかったので恐らく高校生くらいと思われます)がやって来ました。

    特にカップルの方のドイツ人の女性はとても社交的で優しく、私に話しかけてくれます。

    この町で絡んで来た男のことで嫌な気持ちになっていましたが、そのあとにたくさんの優しい人に出会えて、この日もとても穏やかな気持ちで眠りにつくことができました。

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  • ソンクルの素敵な遊牧民

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    8/18(日)東京出発71日目、キルギスタン4日目 ソンクル~カザールマン 走行距離210km

    ソンクルからカザールマン

    昨晩キャンプしたソンクルは標高3,000m以上のため、大変冷え込みました。

    明け方、あまりの寒さに目を覚まし、外に出ようとテントを開けてみた途端、バサバサバサと氷がテントの中に入って来ました。

    まさか雪が降ったのかと思ったのですが、外に出てみると霜が氷ってテントに積もっていたのです。

    霜が氷ってこれはこれで幻想的で美しい景色でした

    その景色も幻想的で美しかったのてすが、最高到達点が4,600mを越えると言われているパミールハイウェイに行ったらどうなってしまうのかと少し心配にもなりました。

    外に出ておしっこをしようとしたらテントの側に落ちていた馬糞なのか牛糞なのかわからないものまで氷っていたので、おしっこをかけて溶かしてあげました。

    再度テントに戻り二度寝をしましたが、日が昇ると一気に気温も上昇するため、7時頃には再び目を覚まし、朝食を済ませて出発の準備をします。

    この日、実は一つ迷っていることがありました。

    ソンクルから下山するルートは来た道以外に二つのルートがあってどちらから下山しようかということです。

    レジスさんにはナルインという町に向かうルートを教えてもらっていたのですが、地図アプリで見てもいかにも険しそうで、他の通りすぎる車もそちらのルートに向かう車を一台も見ていなかったのです。

    私がキャンプをした丘を降りてすぐのところにゲルがあったので、とりあえずロシア語で「ズドラストビーチェ(こんにちは)!」と大きな声で呼び掛けてみると、中から人の良さそうな恰幅の良いご年配の女性が現れました。

    このゲルのおばちゃんに道の状況を尋ねました。
    またおばちゃんの写真を撮り損ねました(;´д`)

    当然英語は通じないので、私のバイクを指差し、二つのルートについて、バイクに乗るしぐさをして「ガタンガタン」とか「スイースイー」とか言いながらジェスチャーをしてみると、やはりレジスさんの教えてくれたルートはこのおばちゃんも「ガタンガタン」と言って顔の前でバッテンを作ってくれました。

    やはりリスクは取れないということで、他の車も走っている方の道を選んで進むことにしました。

    30kmほど走ると、ゲルに住んでいると思われる子供たちが大きく手を振ってくれます。こちらも手を振り替えして先に進むとすぐに前方からBMW GS1200がやって来て呼び止められました。

    ソンクルで初めて会ったバイカーで、こちらもこの先の道の状況を知りたかったので、ありがたく停車します。

    「ソンクル湖まではどのくらいだい?」とこのメキシコ人ライダーが訪ねてきたので、「20kmも進めば見えるよ」と伝えます。

    こちらもこの先の道の状況を訪ねると「ダートが続くけど問題なく走れるよ。ビックリするくらいキレイな景色が広がってるぞ」と教えてくれます。

    それを聞いてこちらの道を選んで良かったと思いました。

    気付くと先ほど手を振ってくれた子供たちが私たちの周りに来て、お茶を飲んで行かないかい?と勧めてきます。

    お茶飲んでいきなよ
    とのお誘い

    そのメキシコ人ライダーはめんどくさそうにしてバイクに跨がると「呼び止めて悪かったな」と言って走り去って行きました。

    私はこの子たちについていくのもおもしろそうだと思い、「お茶はいくらだい?」と英語で訪ねてみましたが「how mutch?」すら通じないようでキョトン(・_・)とした顔をしています。

    ま、ついて行けばどうせ大人がいるだろうし、そこで尋ねてみれば良いと思い、この子達の後を付いていくことにしました。

    ゲルの中に案内されると、やはりそこにはこの子達のお母さんと思われる方がいて、私の顔を見るなりパンを用意してくれます。

    私は朝食は摂っていたので、パンはいらない、お茶だけ欲しいと伝えました。

    このお母さんにも料金は幾らか確認しましたが、全く言葉が通じません。

    まぁ、払えないような法外なお金を要求されることもないだろうとお茶をいただきます。

    お茶だと思って出された飲み物を飲むと、それは何かの乳を発行させて煙で炙った謎の飲み物でした。キツイ薫製の臭いと強い酸味で思わず吹き出すかと思いました。

    かなりキツイ味で飲めたものではありませんでした

    モンゴルで飲んだ馬乳酒とも違う味です。

    確認したけれどもアルコールは入っていないようです(これ、酔っぱらう?って酔っぱらいの振りをしてみたら、それは大丈夫って言ってましたので、そうだと思います)。

    酸っぱくて飲めないと顔で伝えます。それを見て子供たちもお母さんも不思議そうな顔をしていましたが、口に合わなかったんだろうなと思ったようで、特に何も言いませんでした。

    お金は幾らか聞くといらないと言います。飲み物だけだったからか、それもほとんど飲まなかったからか、それとももともとお金を取る気はなかったからなのかはわかりませんでした。

    しかし、この子供たちはとても人懐っこくて可愛いです。

    ヘルメットを見ては被らせてくれ、オートバイに跨がらせてくれとせびってきます。

    ヘルメット被って良い?
    バイクに跨がらせてよ

    快く応じるとニコニコ笑って嬉しそうです。

    すると今度はお礼にとばかり、ロバに乗らないかと聞いてきます。

    ロバ、おもしろいよ(^_^)

    私はモンゴルでのキャメルクライシスで二度と動物に乗る系のアトラクションはやらないと誓っていたので、丁重に断ります。

    でも、この子達の中で一番小さな男の子が、何もないのにこのロバのお尻を棒でバチンバチンと叩いているのを見て、あれは大丈夫なのか聞くと、子供たちはお尻だから大丈夫と言います。

    後ろの子がバチバチ、ロバのお尻を叩いています(;´д`)

    お尻でも何もしてないのにあんなに叩かれたら嫌になるんじゃないのか…。

    一緒に遊んでくれた子供たちにお礼も込めて持っていたアメとチョコレートをあげます。

    一つしかなかった種類のアメについてはじゃん拳してって言いながら渡しましたが、一番上のお兄ちゃんがそれは何も言わずに一番年下の弟に渡している姿を見て、とても優しい気持ちになりました。

    最後に言葉の伝わらないこの子達に大切なことを伝えます。

    ペンとノートを持つ振りをして、勉強してねと言います。この子達はこの先もこの場所でずっと暮らして行くのかもしれません。でも、困難に出会ったとき、知識は必ず君たちの力になってくれます。だから勉強してねと伝えます。

    今まで笑顔で遊んでいたこの子達も私のこの素振りを見て真剣に頷いてくれました。言葉は伝わらないけれど、私が伝えようとしたことか君たちに伝わったなら嬉しく思います。

    もう行くねと伝えると、みんなで手を振って見送ってくれました。

    ソンクルの美しい景色を見て、この地に暮らす人たちと触れあって素敵な一日が始まりました。

    このあとに天国と地獄がいっぺんに来ることも露知らずに…。

    続く

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  • ソンクル湖へ

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    8月17日(土)東京出発70日目、キルギスタン3日目、ビシュケク~ソンクル 走行距離301km

    ビシュケクからソンクル

    この日は前日に予定した通りソンクル湖を目指します。午前中は雨予報ですが、午後からはソンクルの方も晴れる予報ですのできれいな景色が見られるのではないかと期待します。

    朝ごはんを食べようとテラスに行くと昨晩の日本人メンバーも朝食を取っていたので仲間に入れていただきます。

    サチさんと清水さんはこの日カザフスタンに行き、次の日に日本へ帰国予定ということでしたが、偶然帰りの飛行機が一緒ということで一緒に出発していきました。

    2人の背中を見送った私ですが、ふと一緒に写真を撮っていないことを思い出し走って追いかけるとなんとか間に合って前日の夜のメンバみんなで一緒に写真を撮ることができました。

    慌てて追いかけて、二人の後ろ姿を撮るという安定のカメラスキルっぷり\(^_^)/
    皆さんと撮った大切な写真(>_<)

    私も遅くならないうちに出発の準備を始めました。レジスさんがタバコを吸っていて私のバイクの写真を撮っても良いかと聞いてきます。

    もちろんOKですよと伝えると、昨日一緒に盛り上がったメンバの中の若い美人の女の子が、「レジスさんと一緒の写真撮りますよ」と言ってくださいました。

    レジスさんと一緒に\(^_^)/

    その子もすごく素敵な優しい子で、私のオートバイを見てはカッコいいですねぇを連呼してくれます。

    カッコいいのは私のオートバイであって私のことではないのはわかってはいても、素敵な女性にカッコいいを連呼されてしまうと気分が良くなるものです。

    調子に乗って「一緒に写真撮りますか?」なんて言おうかとも思いましたが、「はぁ(´Д`)、何言ってんの?そういう意味じゃねぇし。何勘違いしてんの?」なんて言われた日には楽しみにしていたパミールハイウェイまで引きずってしまいかねませんので、喉元まで出かけた言葉を飲み込みました。

    無駄なリスクを取らない私らしい英断だったと思います。

    私のこれまでの旅ですと、出会うツーリストの多くがライダーだったのですが、ここではライダーは珍しいらしく、たくさんの人たちが私の出発を見送ってくれました。

    出発して少し走ると小雨が降ってきます。キルギスタンも標高が高く日が隠れると一気に気温が下がるため、モンゴルでの轍は踏まないと早めにガソリンスタンドに避難して、取り出しやすくしておいたスキーウェアを着ます。

    これが功を奏し体を冷やすことなく先に進むことができました。途中前が見えないほどの大雨にもなったのですが、舗装路でしたので問題なく進めます。

    キルギスタンは山がちで標高が高いということで絶景が広がります。

    しばらく食事を取れるような場所も見つけられていなく空腹だったそのとき、幾つかのお店が道端に並んでいるのを見つけました。

    これ幸いとバイクを寄せると、どのお店も一様に同じ魚を油で揚げて売っています。その中の一人のお父さんが、うちの店のが一番おいしいからここで食えという風に手招きをしてきます。

    このオヤジがうちの店が一番ウマイって言うもんで(;´д`)

    そこまで言うなら食わせてもらおうじゃないかとお店に入ります。外で揚げているくせに出てきた魚はすでに冷めていました。揚げたてが欲しかったですがすでに手を付けてしまっているのであきらめます。

    でもこの魚、意外とおいしいです。味は鰺に似ています(ダジャレじゃないです)。油でしっかりと揚げられているので骨まで食べられます。

    オヤジのいう通りなかなかウマイじゃないか\(^_^)/

    娘さんが接客してくれたのでお父さんと一緒に写真を撮らせてとお願いしたのですが、年頃の女の子は恥ずかしがってこっちを向いてくれません。

    オヤジと娘

    お父さんに手を上げてさよならしてそのままソンクル湖をめざしました。

    先ほどのお店から少し行ったところでsong-kulと書かれた看板を見つけたのでその道に入っていきます。

    美しい景色が広がります
    これでもかというほど続きます

    ここから50kmほどのダートが続きます。くねくねと曲がりくねった山道をどんどん上っていくとので気温は益々下がっていきます。おそらくここがソンクルの折り返し地点だなと思われるところに到着したので少し丘に登り、見晴らしのいいところでテントを張ってキャンプすることにしました。

    標高は3,000mを超えていますので当然冷えますがそれまで出ていた雲も消え、本当に美しい夕焼けです。夕食を済ませてコーヒーを淹れたひとときは何にも代えがたい至福のひとときでした。

    これ以上美しい景色があるのかと思うほどで、こんな景色が見られたなら楽しみにしていたパミールハイウェイに行く必要は無いのではないかと思ってしまうほどでしたが、後にパミールハイウェイに行ってその考えは正しくなかったと気づくのですが、それはまた別のお話。

    ここでキャンプすることにしました
    とても美しい夕焼けでした
    ここに来て良かった\(^_^)/

    夜中、やはり冷えるためトイレに行きたくなりテントの外に出ました。清水さんから今は満月真っ盛りなので星は期待できないかもしれませんねと言われていたので、星空は期待していなかったのですが、外に出た瞬間、外灯に照らされていると勘違いするほどの明るい月明かりに驚きました。

    この旅に出ることがなければ本当の月の明るさを一生知ることは無かったのかもしれないと思うとちょっとうれしい気分になり、再び眠りに落ちるのでした。

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