• カテゴリー別アーカイブ 009_ウズベキスタン
  • ここまで連れてきてくれてありがとう

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    9/11(水)東京出発95日目、ウズベキスタン6日目、カザフスタン2回目1日目 ヌクス〜ベイナウ 走行距離553km

    この日はウズベキスタンからカザフスタンへの国境越えも含めて550km近く走行する必要があります。

    というのもこのヌクスから先、国境までの約450kmの区間は砂漠地帯でありほとんど人も住んでおらず、なおかつウズベキスタンではレジストレーションと言ってどこに宿泊したのかをホテルに証明書として発行してもらう必要があり、野宿などもできないためです。

    しかもこの区間はガソリンの補給もできず、多くのライダーが予備タンクとして携行缶を携えて走行するという難所です。さらには先日ガスステーションでお世話になったアントンさんの話によるとウズベキスタン側の国境付近100kmは非常に道路状況が悪いということでした。

    アントンさん
    ロシア語でガススタンドの人にいろいろと聞いてくれます

    道路状況が悪いという区間を夜間走行するのは危険なため、朝も早めに出発します。

    出発の準備をしていると、宿の人に写真を撮らせて欲しいと言われました。
    何故かこんな格好をさせられました。
    他のツーリストも写真を撮られたりしてましたけど、こんな格好をさせられたのは私だけなのですが…(;´д`)
    何故…?!

    ただ私の場合は旅の相棒であるテネレさんが非常に優れたバイクであり、90km/h程度で走った場合、リッター30km近くの燃費を発揮し、さらにはタンク容量23リットルというビッグタンクのため、うまくすれば連続巡行距離650kmを超えるという、現存するオートバイでは考えられないような素晴らしい旅バイクなのです。

    もちろんスピードを出し過ぎたり、未舗装路の走行などがあるとその燃費もガクンと下がってしまうので気は抜けないのですが、他のライダーたちに比べると圧倒的に有利な条件で走れることは間違いありません。

    ヌクスの街を抜けるとやはりあまり道路は綺麗ではありませんでしたが、それでも悪いというほどではなく、丁寧に運転しても90km/h巡行が可能です。

    朝も早い時間に出発したため気持ちの余裕もあり、とにかく燃費を意識しながら走ることができます。

    昼過ぎには唯一の途中の町ジャスリクを通過することができ、順調に進むことができました。

    ひたすら何も無い砂漠地帯を走り続けます

    しかし、この先が大変でした。聞いていた通り酷い悪路です。穴ボコだらけのアスファルトで酷い振動がテネレさんに加わります。

    このような悪路で粕谷さんのオートバイはパミールハイウェイに入る前のアスタナからアルマトイ(カザフスタン)でフレームに亀裂が入ってしまったのです。

    私がパミールハイウェイを走っているときにも、BMW GS1200乗りのライダーが同じように振動でフレームを損傷して、どうにもならず無念のリタイヤをしたという話を聞いていました。

    頑強なフレームを持つテネレさんだってこれだけの振動が加わり続ければいつそうなってもおかしくありません。

    この道を走っているときでした。

    突如テネレさんがガランガランと嫌な音を立て始めたのです

    なんだろうと思って停車して見てみると、またもやサイドステーの後方部分が折れてしまっていて、垂れ下がったナンバープレートが後輪にぶつかっていたのです。

    またもやサイドケースが折れてしまいました。
    今度はこんなところが(;´д`)

    危うくナンバープレートが吹っ飛んで無くなってしまうところでした。そんなことになったら下手をすればこの先旅を続けられなくなってしまいます。

    慌ててビニールテープでぐるぐる巻きにして補強します。

    国境までの残りの数十キロはなるべく振動が加わらないようの慎重に走ります。

    朝早く出たおかげで冷静な対処ができます。

    やっとの思いで国境に辿り着いたのはなんだかんだで夕方頃になってしまっておりました。

    この国境も厳しいことはなく無事通過することができ、カザフスタンに入りやっと給油できると思い、国境を越えて30kmほどの地点にあるガソリンスタンドに立ち寄りました。

    しかしこのガソリンスタンド酷いのです。

    値段の表示が無く、私が停車するなりいきなり強引にガソリンを入れてこようとしてきたので、まずは金額を確認しました。

    すると私が知っているカザフスタンのガソリンの金額の倍近い値段を言うではないですか!?

    私が断っても無理矢理10リットルだろ!とか訳のわからないことを言ってガソリンを入れて来ようとします。

    私が外国人だから相場を知らないと思ってふっかけてきているのか、それともウズベキスタンからきたライダーならそのくらいの金額でも入れるのが当たり前だとでも思っているのでしょうか?

    すでに無給油で500km以上走っているテネレさんでしたが、燃費を意識した走りが功を奏して、まだまだ余裕で100km以上は走ります。

    とにかくこの強引な店員を振り払って先に進みました。

    この日目指していたベイナウの町に到着すると私が認識していた価格でガソリンが販売されています。

    テネレさんだったからこのような対処ができました。

    西モンゴルでもソンクルでもパミールハイウェイでも、テネレさんだから私は走り抜くことができたと思っています。テネレさんでなければ転倒していただろうことは何度もありました。

    私の実力を超えて私をここまで連れて来てくれたのは紛れもなくテネレさんです。

    もちろん、洋介さんやアシム、フェリーで一緒だったジュンジさん大澤さん粕谷さんハバロフスクで出会ったチアキさんウランバートルの味戸さん、味戸さんのゲストハウスで出会ったルイージさんとスーザンさん夫妻、兵庫出身のセロー乗りの宮崎さん、バルナウルのアンドレ、カザフスタンで出会ったマルチナブライアン、ビシュケクのさくらゲストハウスで出会った清水さん、サチさんを始めとする日本人ツーリストやフランス人のレジスさん、パミールハイウェイを一緒に走ったマイケルアントニオダニエル、アルティナ、ドゥシャンベで優しくしてくれたアナとマーティン、そして日本から励ましのメッセージをくれる方々、その他にもたくさん力を貸してくれたり励ましてくれたりした方々がいたからこそ私はここまで来ることができました。

    そしていつもそばにいてくれて、私の下手くそな運転にも耐えてくれて一生懸命走ってくれているテネレさん。

    ここまで連れてきてくれて、ありがとう。

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  • みんないなくなる…

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    9/10(火)東京出発94日目、ウズベキスタン5日目 ヌクス

    もともとこの日は1日ゆっくりしようと考えていたのですが、なんと前日の夜に、詰めていた銀歯が外れるというアクシデントがありました。

    これをどうするか??

    ここウズベキスタンの歯医者に行くか、はたまたロシアなどもう少し安心してお願いできる国に行ってから歯医者に行くか…┐(‘~`;)┌

    ただしあまり長い間放置したく無かったため、ウズベキスタンの街並みのキレイさを信じて歯医者に行くことにしました。

    歯医者のある通りはとてもキレイです(>_<)

    たまたま前日の夕飯を食べたレストランの近くに歯医者を見つけていて、宿の人に聞いても同じ場所を紹介されたので、そこに行くことにしました。

    中に入ってみると驚いたことに大変な盛況振りです。確かにウズベキスタン人の歯を見ると金歯を入れている人をよく見るので、歯の治療自体はそこそこ行われているのでしょう。

    予約無しで行ったため、一時間半近く待たされて、やっと私の番になりました。

    中に入ってみると、確かに置いてある器具や雰囲気は日本の歯医者とさほど変わらないのですが、衛生面が非常に気になります。

    診療台の横にあるうがいをした水を吐き出す流しも汚いです…。

    取り敢えず外れた銀歯を嵌めるだけで良いからとジェスチャーと英語で必死に伝えます。

    この歯医者、英語が通じているのかどうかも全くわかりません。

    しかもこのオヤジ、ゴム手袋も嵌めずに、素手でいきなり私の口の中に指を突っ込んで来ました。

    オイオイオイ!貴様はちゃんとトイレに行って手を洗ったのか!?

    不愉快極まりないですが仕方ありません。

    すると今度はドリルに針を付けて回し始めました。

    だから余計なことはするなって!!

    取り敢えず外れた銀歯を嵌めるだけで良いんだと必死に伝えます(>_<)

    わかってるわかってるという風に返事をして、その後の処置は日本のものとそれほど変わらないものであったのでひとまずは良しとしましたが、外れた銀歯を嵌めるだけで、こんなにも恐怖を感じるとは思ってもみませんでした。

    当然保険などはないのですが、処置費用はたったの2ドル程度でした。

    歯の治療を終えて、この日はもともとこの綺麗な街を歩いてみたいと思っていたので、街をぶらつきます。

    前日の夕飯のときに通訳をしてくれた男の子が、この博物館に行くと良いよと教えてくれたので、そこに行ってみることにしました。

    博物館と聞いていたのですが、実際には美術館でした。

    ウズベキスタン出身の画家の作品が展示されているようでしたが、私は芸術には全くもって疎いため、私にはこれらの絵の価値などわかるはずもありませんでした。

    これが何の絵なのかサッパリわかりません┐(‘~`;)┌

    ウズベキスタンの歴史なども知らないため、絵の内容も良くわからないのであまり楽しむことができませんでした。

    高校生の頃、歴史なんて勉強してなんの役に立つんだなんて思っていましたが、社会に出て強く感じるのは、そのような学問というのは人生を豊かにするために学ぶのだなということです。

    これなんて私にはア○ラ100%にしか見えませんし…

    ヌクスの町並みは大変美しいので、街を散歩して宿に戻ります。

    宿に戻ると洋介さんからメッセージが届きました。

    「9/21の便で日本に戻ります」

    実はカザフスタンにいたときから洋介さんは言っていたのです。

    「日本で仕事のオファーが来たので、条件次第では日本に一旦帰ろうかと。その間にもう一度荷物の整理などもできるし」とのことでした。

    そして洋介さんの納得できる条件で仕事を受けることができたので、一旦日本に帰ることにしたそうです。

    モンキーは一旦キルギスのオシュのバイク屋に置かせてもらって、来年の2月頃に再出発するそうです。

    離れ離れではあったのですが、同じ時間に同じように海外をツーリングしている仲間がいるというのは非常に心強いものなのです。

    そして、実は洋介さんだけでなく粕谷さんまでも悲しいお知らせを運んで来ました。

    カザフスタンのベイナウからアティラウへ向かう途中、オートバイのミッションが壊れてしまい、もうどうにもならないということで、ここでリタイアをするということでした。

    もちろん当初の予定であったパミールハイウェイを走りきったということで、一つの目的は達成したとはいえ、さぞ無念だったことでしょう。

    6/15日、鳥取の境港から一緒に出発した5人の日本人ライダーのうち、3人が一時帰国となります。

    もちろん私は信じていますけどね。

    大澤さんも粕谷さんも一段落したらまた世界を舞台に大暴れする日が来るのだろうと\(^_^)/

    洋介さんも来春には更にパワーアップして帰って来るに違いありません。

    3か月前、境港からウラジオストクに向かうフェリーの中で世界地図を広げてお互いの夢を語り合ったあの日。

    ずっと昔のことのように感じますが、まだ3か月前のことなのですね。

    本当にこの3ヶ月、たくさんのことがありました。

    みんな日本に戻ってしまい寂しい気持ちもありますが、またいつの日か、今度は新しい人生を歩き始めたそれぞれの夢を語り合う日が来ることを楽しみにしています。

    それまでの間、どうかみなさんお元気で…。

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  • どうも私はこの国とは相性が良くないようです

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    9/9(月)東京出発93日目、ウズベキスタン4日目 ブハラ~ヌクス 走行距離546km

    ブハラから西に向かって次に大きな街となるとヌクスになります。ヌクスまでの距離は500kmを超えるビッグトリップになるため、体調が芳しくない中この距離を走り切るのは大変だという思いもあったのでブハラの滞在を1日伸ばしたというのもありました。

    ここウズベキスタンでは出国時に宿泊施設に発行してもらうレジストレーション(滞在証明書)も必要となり、おいそれと野宿をすることもできません。

    そしてここウズベキスタンでは先日も少しお話したようにガソリンを入手するのも困難であり、それも一つオートバイで走るにはストレスになるのです。

    500km以上のビッグトリップではあったのですが、途中砂漠の中のハイウェイを走っているときはまっすぐの綺麗な舗装路がずっと続くためそれほど大変ではありませんでした。

    ブハラから西は本当に何も無い無人の砂漠です。現在は綺麗な舗装路が敷かれているため走るのは困難ではないですが、この道が作られる前はトラックドライバーなどは本当に大変だったと思います。

    ブハラから400kmほど走ったところでベルニーという小さな町があり、ガスステーションが幾つかありました。少しでも大きなガスステーションであれば90以上のオクタン価のガソリンを手に入れらるのではないかと思い町を少し走ります。

    するとちょうど反対方向からBMW GS1200に乗ったライダーがやってくるのが見えました。お互いに手を上げて同じガスステーションに入りました。

    彼はロシア人で名前はアントン。私が90以上のオクタン価のガソリンが欲しいんだと言うと、アントンも同じだと言います。

    アントン
    ロシア語でガススタンドの人にいろいろと聞いてくれます

    彼がロシア語でお店の人に聞くと、ここにはなんとオクタン価95のガソリンが売っているというのです。こんなラッキーなことはなかなかありません。

    アントンが「さぁ、あなたが先に入れなさい」と言ってくれます。「お店の人に確認してくれたのはあなたなのだから、あなたが先ですよ」と言っても頑として譲りません。

    やっぱりロシア人は本当に優しいです。お言葉に甘えて先に入れさせてもらうことにしました。

    このアントン、実はトヨタ関係の仕事で日本には2回ほど行ったことがあると言っていました。例に漏れずものすごい親日家のようです。

    そして、私がこれから進むヌクスより先の道については十分に注意するようにアドバイスをくれます。

    ヌクスから先カザフスタンの国境を超えるまではここまでと同じように全く人も住んでいない砂漠が400kmに渡って続き、ガソリンも450km以上入れることができないこと、国境手前の100kmほどは大変道が悪いので注意して進むようにとのことでした。

    とりあえずこの日は150kmほど先のヌクスを目指すのですが、連日500kmオーバーのビッグトリップは大変なので、ヌクスでも2泊することとし一日休養を挟むことにしました。

    アントンにお礼を言ってヌクスの街を目指します。

    ヌクスの街に到着してつくづく感じます。このウズベキスタンという国は本当に街並みが綺麗です。

    街並みは本当に美しいです

    宿に到着し、荷物を部屋に運んで落ち着いたら夕食を食べに行くことにしました。

    この綺麗な街を歩いていると食堂らしきものを見つけ少し様子を見ていると、中から少しご年配の女性が出てきて手招きしています。ただ全く言葉が通じません。

    するともう一人若い男性が出てきて、英語で話しかけてくれます。そして通訳を買って出てくれました。

    話によると彼は18歳の学生で学校では英語を学んでいるということでした。そして日本が大好きとのことでした。サムライ、サクラ、日本刀が大好きだからいつか日本に行ってみたいんだ、というかあなたのようにいつか私も世界中を旅してたくさんの人に会って、たくさんの文化に触れたいんだと目を輝かせて話をしてきます。

    しかしここでも最後に残念なことがありました。せっかく仲良くなれたかなと思ったのですが、突然彼はこんな話をし始めたのです。

    「私のお母さんが病気なんです。困っています。お金を貸してくれませんか?」

    あのぉ、なぜ初対面の私があなたにお金を貸してくれるなんて思えるのでしょうか?しかもそんなベタな話…。話がベタ過ぎて思わず笑いそうになっちゃいましたよ。

    そうですか、それは大変ですね。私はおもむろに財布から旅のステッカーを取り出すと彼にそれを渡し、「これあげるから元気出してね」と言いました。

    ステッカーあげるから元気出してね

    すると彼は予想外の対応に「あ、ありがとうございます」とだけ言いました。

    もし彼のお母さんが本当に病気だったとして、彼に悪気がなかったとしても初対面の私にお金を貸してほしいというのは失礼極まりないです。

    サマルカンドでのクソガキドモや宿のスタッフに比べれば彼はそこまで不快ではないですが、いくら街並みが綺麗だとしても住んでる人間がどうも好きになれないので、私の中ではウズベキスタンはなんだかなぁと思ってしまうのです。

    ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンと走って来てこのような失礼なことをされた国は無かったので、それどころかどの国の人たちもみんなとても親切にしてくれたので、ついついウズベキスタンは…と思ってしまうのですが、よくよく考えてみればこれが普通なのかもしれませんね。

    今までが恵まれ過ぎていたというか。冷静に考えればこの程度のことですので、今までの優しい国の人々に甘えて緩んでいた警戒心を引き締めるにはちょうど良いのかもしれませんね。

    私がこの国のことを悪く書いてしまいましたが、たまたま私が出会った人たちの中に少し好きになれない人がいたというだけで、本来ならば街並みもとてもきれいで美しい国ですので、このブログだけを見てウズベキスタンは悪い国だとはくれぐれも思って欲しくないことを付け加えておきます。

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  • やっぱり俺たちは!2

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    9/7(土)東京出発92日目、ウズベキスタン2日目 サマルカンド〜ブハラ 走行距離275km

    サマルカンドからブハラ

    前日に胸くそ悪いクソガキどもの襲撃と、胸くそ悪い車代の請求で大変気分を害していたために、この日は早々に出発することにしました。

    サマルカンドと言えば綺麗な街並みで有名で、何も観光せずに立ち去るのはもったいないと思われる読者の方もいらっしゃるかもしれませんね。

    でも私は正直あまり興味ないですし、このウズベキスタン自体来るかどうか迷っていた国です。というのもこの国は天然ガスが豊富に産出されることから、この国の車の多くがガスを燃料としているため、ガソリンを手に入れるのが困難であり、手に入れられてもオクタン価の低いものになってしまうことが多いからです。

    とりあえずここサマルカンドにはいたくないので、次なる都市、ブハラを目指すことにしました。

    キルギスからタジキスタンにかけて未舗装路を走ることが多く、丁寧に走ると1200kmくらいがちょうど良かったため、このときもその感覚でいたのですが、サマルカンドからブハラまでは舗装路が続き、昼過ぎにはブハラに到着しました。

    でもやっぱりウズベキスタンは街並みが非常に綺麗です。早めに宿にも入ったのでせっかくなのでブハラの街を観光することにしました。この地はバックパッカーやチャリダー、ライダーだけではなく、短期のいわゆる一般の観光客が訪れるような都市のようです。

    観光客向けのオープンテラスのカフェもあります
    綺麗なお皿の並んだ路面店もありました
    遺跡の中にそのままお土産物屋が入っています
    ゲームをしているオジサンたち

    欧米からの年配のツアー客も多く訪れています。町には制服を着た警察官の姿も多く見られることから治安も維持されていそうです。

    綺麗な街並みを歩き、お土産屋さんなどを覗きながら散策します。ふと綺麗なカフェの中を覗いてみると、そこに見慣れた白髪の欧米人の姿を見つけました。

    「アントニオ!!」

    すると向こうも私に気づいて目を丸くして「ヒデ!なんてことだ!!」と叫びます。

    なんと、一週間振りにアントニオと再会です!!

    約一週間前にドゥシャンベでお別れをして、まさかこんなに早くまた再会するとは思ってもみませんでした。

    「イランのビザは取れたのか?」とアントニオが尋ねてきます。

    「残念ながら。タジキスタンの環境税の期限が迫ってたからこれ以上待てなくて諦めたよ。仕方ないからウズベキスタンを横断してカザフスタンに戻ってカスピ海を迂回することにしたよ。」

    「そうか。残念だったな。私はここで数日足止めだ。ここから南下してトルクメニスタンの国境でビザの受け取りだけど、本当に入れるものやら(-_-;)。昨日までマイケルとは一緒にいたんだ。ちょうど昨日出発しちゃったんだけどね。」

    マイケルも元気にやっているようで安心しました。オートバイもとりあえずはちゃんと走っているようです。アントニオの方も足首もだいぶ良くなり、冷却水の漏れていたラジエターも今のところ問題無いようです。

    「ウズベキスタンもだいぶ涼しいね。朝晩なんて寒いくらいだよね。着々と冬が近付いて来てるね。」と私が言います。半月ちょっと前に会ったブライアンがウズベキスタンを走ったときは砂漠地帯は50℃近くなって大変苦労したという話を聞いていたのですが、もうこの時期には昼間でもオートバイで走っていると肌寒いくらいです。

    「スイスは山の方はすでに雪が積もり始めて通行止になってる区間もあるみたいだよ」とアントニオが答えます。

    確かにここよりも緯度の高いヨーロッパはさらに早く冬が到来するでしょう。私も急がないとなりません。

    アントニオは何やらPCで書き物をしていました。実はこの陽気なクセに頼りないオッさんは学校の先生なのです。美術史を高校と大学で教えていると言っていました。

    今は旅をしながらちょいちょい執筆をして本を出すそうです。

    「スイスの経済状況ってどうなの?」と私が尋ねると、「スゴく良い。昔から今もスイスの経済はずっと良いんだ」とアントニオは答えます。

    アントニオの話によるとスイスは金融が強く、スイスフランも強いため経済的に安定しているそうです。人ではなくてお金が勝手に仕事をして稼いでくれるということでしょう。学校の先生の待遇も非常に良いそうで、アントニオは自分の人生を「イージーライフ」と言いました。

    日本人である私はこの「イージーライフ」という言葉は正直あまり良い印象を持ちませんでした。私も何もボロ雑巾のようになるまで働きたいとは思いません。でも、一生懸命働いて、少しでも社会を良くしようとしたんだ!私は全力で生き抜いたんだ!って言える人生を送りたいです。

    「日本人は子供の頃から塾に行ったりして勉強する子が多く、大人になっても仕事を優先して長期の休みなんて取らないからね。今年、日本では5月に10日間の連休があったんだけど、『長すぎる』とか『何をしていいのかわからない』なんて意見があって不評だったくらいだよ」と私が言うと「でも、ヒデは違う。長い時間をかけてたくさんのものを見て、たくさんの人と触れ合う。とても価値のあることだ」とアントニオは言いました。

    きっとそれがスイス人であるアントニオの価値観なのでしょう。

    私が今やっていることは日本社会では評価されることはないでしょう。別に評価されたいからやっているわけではありませんが。そして本当に価値のあることかどうかもわかりません。でも少なくともアントニオ含めあのパミールチームで走った輝かしい数日間は私にとっては宝石以上の価値があるのです。

    アントニオはトルクメニスタンからイランを経由してカスピ海を南から迂回するルートを走ります。私は再びカザフスタン、ロシアを経由してカスピ海の北側を迂回します。

    トルコかギリシャでまた会おう!と約束して、再びこの陽気なオジさんアントニオとお別れしました。

    次の日はここブハラからヌクスに向けて出発する予定でしたが、どうもパミールハイウェイ終了後から気持ちが抜けてしまったのか気持ちが入らず、また体調もイマイチで、宿の居心地も良かったため、もう1日ここブハラに滞在することにしたのでしたが。

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  • 疲れたぁ…。久しぶりに嫌な1日

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    9/6(金)東京出発91日目、タジキスタン15日目、ウズベキスタン1日目 ドゥシャンベ~サマルカンド 走行距離289km

    ドゥシャンベからサマルカンド

    朝起きると洋介さんからスマホにメッセージが入ってきました。

    洋介さんもパミールハイウェイを走っていて、このときはホログにいるということでした。

    洋介さん:「ヒデさんは、タジキスタンの環境税の有効期限の延長はしましたか?」

    私:「なんですか?それは?」

    洋介さん:「パミールハイウェイで出会ったドイツ人ライダーによると、オートバイで入国した我々は二週間しかタジキスタンにいられないらしいですよ。ホログで延長の手続きができるみたいですけど」

    環境税とはタジキスタンに入国したときに払った10ドルのことですね…。

    不味い(-_-;)私はすでに二週間過ぎてます…。

    書類を確認するとラッキーなことになぜか私の環境税の有効期限が明日(9/7)までになっていたので、ホッと胸を撫で下ろしました。

    もともと今日までイランビザの返信を待って、返事がないようなら明日出発する予定しようとは思っていたのですが。

    ただ、もしこの日にイランビザが下りた場合は週明けに大使館に行って手続きをしないとならないので、環境税の延長をするに越したことはありません。

    しかし調べてみると環境税の延長はホログでしかできず、首都のクセにドゥシャンベでは出来ないということなのです。

    ホログまでどう考えてもオートバイで二日かかります。

    どうしようか多少は迷ったのですが、ダラダラとイランビザを待つ日々が苦痛だったので、イラン入国は諦めて、この日にドゥシャンベを出発することに決めました。

    突然の決定でしたので宿の方も驚いていましたが、笑顔で見送ってくださいました。

    タジキスタンは本当に景色が綺麗です。

    パミールハイウェイは終わったと思っていましたが、パミールハイウェイの延長とばかり素晴らしい景色が続きます。

    しかし、タジキスタンからウズベキスタンの国境に向かう道にはとんでもないトンネルがありました。

    灯りが全く無くて暗闇の中を走るのです。オートバイのヘッドライトでは全く何も見えません。前が見えないだけでなく、横の壁も全く見えません。地面も穴ぼこだらけの場所があります。

    1つ目のトンネルは一瞬何も見えなくなった後にすぐに出口が見えたのでなんとかなりましたが、もしこれがもう少し長いトンネルでしたら簡単に死にます。

    もうこの時点でトンネル恐怖症です。

    短いトンネルが幾つか続いたのですが、私は後から来る車を先に行かせてその車のヘッドライトで走るという作戦に出ました。

    ただ、この国のドライバーはクレイジー過ぎます。あんな真っ暗なトンネルをバカみたいなスピードで突っ切るのです。なので前の車についていけないのです。

    しかも後ろから来た車は平気で追い越しをしていきます。怖くて仕方ありません。

    すると前にスピードの遅いトラックを見つけました。私はハイビームでこのトラックの後ろを照らしながらついて行くことにしました。

    最後には長い長いトンネル。地面も悪くて全く見えない状態でフロントタイヤが暴れます。

    こんなところで転倒したら後続車に轢かれて確実に死ぬでしょう。

    前のトラックのお陰で私は生き長らえることができましたが、怖くて仕方ありませんでした。

    なんとかこの人食いトンネルを抜けて、やっとタジキスタンの国境に着きました。環境税の書類はやっぱり確認されましたが、期日内だったため「ノープロブレム」と言われて通過できました。

    ウズベキスタンの国境では職員さんが大変親切にしてくれます。

    「バイクコロ?」って聞かれて何のことかサッパリわからなく、困っていると、バイクのところまで行って私のオートバイのタンクを指差します。

    言っている意味がわかりました。

    コロ?ってカラーって言いたかったようです。つまり「オートバイの色は何だ?」って聞いていたようです。

    ブルーと答えると、笑いながら「お前は英語もわからないのか?」と言ってきます。

    アホか

    でも、この職員さん大変な親日家のようで、「シネマ、タケシ、オシン」とか言ってきます。

    手続きが完了すると、周りにいた職員さんみんなが「ウェルカム、ウズベキスタン!」と言ってくれます。

    良い国じゃないか!

    しかし、このあと最悪なことがあり、ウズベキスタンがキライになります。

    サマルカンドに到着し宿を探そうとオートバイを停めていると、近くで遊んでいた中学生くらいのクソガキドモ数人がやって来ました。

    するといきなりオートバイによじ登ろうとしたり、スイッチ類を押したり、叩いたりしてきました。

    これにはキツく「ヤメロ」と言ったのですが、今度はヘルメットを引っ張ってきて、更にはヘルメットの上から叩かれました。

    サスガにぶちギレました。

    怒鳴り散らして、全員ぶちのめそうとオートバイから降りると、ビックリしたようで大人しくなりました。

    イヤイヤ、あんなことやっておいて怒られないと思っていたのが信じられません。

    かなり不愉快な気持ちになりながら宿に行きました。

    宿に着くと荷物を降ろし、宿の人に近くに食堂は無いか聞きました。

    1km以上離れた食堂を紹介されたので、もっと近場の食堂を教えてくれと伝えます。

    すると、「彼が車で送り迎えするから大丈夫だよ。乗っていきな」と言われます。

    食事を終えて宿に戻ると、宿の人にいきなり、「車代10ドルだ」と言われました。

    は?

    なに言っちゃってんの、このバカは?

    食事代が2ドルで、1km離れた食堂までの車代が10ドル?

    ふざけるな!というと、「ウズベキスタンでは普通の金額だから」とかぬかします。

    「払うか!」というと「いくらだったら払えるんだ?」だとさ。

    「いくらだったら払えるんだ?」って聞いてくる時点で最初の10ドルは吹っ掛けてきている証拠でしょ。

    ヘラヘラ小バカにしたようにこちらを見ています。

    私、ブチキレましたよ。このバカ垂れを引きずり倒して捩じ伏せてやろうかと思いました。

    私がブチキレたのに対し、車のドライバーをしてくれた人が驚いて、申し訳なさそうに間に入ってきて5ドルくれませんか?と言います。

    彼はほとんど英語が喋れません。

    確かに私がレストランは高くないか?とか、だいたいいくらくらいだ?って聞いているときも、しきりに5ドル5ドルって言っていました。

    もしかしたら彼は、私が車に乗る前から車代は5ドルって何度も伝えようとしてくれていたのかもしれません。

    彼は短い時間でしたけどとても良いヤツということがわかったので、仕方なく彼に5ドルをくれてやって、宿のバカ垂れにはガンくれてやりました。

    ただ、このドライバーは私が5ドル払ったことで気を良くしたのか、「明日は街を案内して差し上げやすで、兄さん」っていうような感じで絡んできました。

    それにはサスガにカチンと来たので、「お前に払う金は無いし、この街キライだから、明日はもう出発するよ」と言うと、言葉は通じたかどうかはわかりませんが、少し悲しそうな顔をしていました。

    ただ、次の日の朝食のときには、また笑顔で話しかけて来たので、コイツ自体は性根の良いやつなのでしょうけどね。

    この日は不快なことや大変なことばかりでしたので写真がありません(;´д`)悪しからず…。

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