• カテゴリー別アーカイブ 011_ロシア3回目
  • この空が蒼すぎて

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    9/18(水) 東京出発102日目、ロシア3回目4日目、ジョージア1日目 グルズヌイ~カズベキ 走行距離206km

    本来ならチェチェンという地域についてもう少し知りたかったのですが、不要にうろついて警察に捕まったりするのも嫌なので早々に出発することにしました。

    オートバイで走っていても警察の検問が多いと聞いていたのですが、朝の早い時間だったためか、そのようなこともありませんでした。

    軍の検問所もスルーパスでした。

    ロシアからジョージアの国境に近づくにつれ景色も雄大なものになっていきます。

    遠くの方にジョージアの山々が見えます

    ジョージアも旧ソ連圏ということもあり、国境は楽に通過できると聞いていたのですが、なぜか私の場合、簡単にいきませんでした。

    いつも通りパスポートとオートバイの登録証を見せます。

    するとこの旅で初めて国境で運転免許証を提示するように言われました。国際免許証を見せると、今度は日本の免許証も見せるように言われます。

    担当官が何度も私の運転免許証を見て、しまいには端によけてしばらく待っているように言われます。その間に後ろに並んでいた人たちを先に処理していきます。

    他の担当官が私のパスポートや運転免許証を何やら調べています。

    何があったのでしょうか?不安です。

    15分くらいすると最初の担当官が私を呼び「名前は?」と聞きます。

    名前を答えると笑顔になり、「これで終わりです。行っていいですよ」と言ってパスポートなどのドキュメント類を返却してくれました。

    一体なんだったのでしょうか?

    でもまあ、何事もなく通過できたので良しとします。

    この日は当初の予定としてはジョージアの首都トビリシまで行く予定でした。

    というのも私はジョージアに行きたいと思っていながら、ジョージアについてほとんど何も調べていなかったため、一旦トビリシの安宿に行ってしばらくそこに滞在して情報を集めようと思っていたからです。

    しかし聞いてはいたのですがジョージアは雄大な自然が大変美しいです。モンゴルやキルギスにも引けを取らない素晴らしい景色が続いていきます。

    ここはジョージアに入国して10kmほど走った所です。
    ここで自動車保険に入ります。
    ジョージアは自動車保険の加入が必須で、もし入っていないと出国時に罰金を取られるので注意(>_<)

    モンゴルもキルギスも雄大な景色が広がり、特にキルギスのソンクルなんて忘れることのできないほど美しい場所でしたが、ジョージアの景色はそれとも少し違ってこの景色の中にいると何故か安堵するようなそんな印象を受けました。

    これって一体どうしてなのだろうかと思ったのですが、その答えにはすぐに気づきました。

    ジョージアの植生が日本に非常に似ているのです。ジョージアの森林の中を走っていると、日本の田舎道を走っているような錯覚に陥るのです。

    やはり人間はどうあっても結局は自分の生まれ故郷に親近感を覚えるのでしょう。

    国境を越えて数十キロも走ると何やら数台のバスや車が停まっている駐車場を見つけました。

    私もそこに停車して地図を確認してみると、これより先の山道を登って行くと教会があるようです。後で調べて分かったことなのですが、この教会は標高2,000m以上の高さにあり、天国に一番近い教会と呼ばれているそうです。

    正式な名称は「ツミンダ・サメバ教会」という名前のようです。

    向こうに小さく見えるのが天国に一番近い教会

    考えてみるとこの旅でイスラム教のモスクは見たことはありましたが、キリスト教の教会を見たのは初めてでした。

    たくさんの観光客が訪れていましたが、中では礼拝も行われていて写真撮影も禁止されていました。

    観光客が多いのでうんざりするものかと思っていたのですが、決してそんなことはなく、私はこの場所が気に入りました。

    中では今でも普通にお祈りが行われています
    中の撮影は禁止なので外観のみ

    再び山を下り、少しバイクを南に走らせると少し大きめの観光者向けのレストランが立ち並んだ街にたどり着きました。

    こういう雰囲気の場所で食事をするのはウズベキスタンのブハラ以来二度目でしょうか?

    少し割高になりますし、私個人としては観光客向けのレストランよりも地元の人たちが行くお店の方がその土地の雰囲気を感じられて好きなのですが、たまにこういったところで食事をするのも楽しいですね。

    ジョージアはワイン発祥の地とも言われていて、皆さんが普段口にする樽で作るワインとは少し製法が違って、床に埋めた壺で作るワインがあるのですが、ぜひともそれを飲んでみたいと思っていました。

    しかし、オートバイでの旅行の場合、ランチにお酒を飲むことができないのがたまに辛いと感じます。

    こういった一般の観光客が多い場所ですと、オートバイでの旅行者は珍しいらしくたくさんの観光客から声を掛けられます。

    一人のドイツからの観光客であるという老婦人は私に大変関心を持ったらしく、日本からどこをどう走って来たのかや、これからどこに行くのかと言ったことをたくさん質問してくれました。そして、周囲にいる一緒に来ていたと思われる同年代の旅行者たちに私を指さし逐一説明しているようでした。

    この辺りの地域はカズベキと呼ばれる地域だそうで、東に行くとジュタという名前の美しい村があるという話を聞いたので、トビリシに行く前にそちらに行ってみることにしました。

    パミールハイウェイを走ったあともダートを走ることはあったのですが、それらは工事中の区間であったり、単に街中の悪路でしかありませんでした。

    今回このジュタに続く道は久しぶりに大自然の中を走るダートで非常に気持ちが良いです。

    とても美しい山道を走って行きます

    ジュタには一時間ほどで到着したのですが、そこは予想していたものとは違い、ゲストハウスが立ち並ぶ観光地でした。客引きがしきりに私に手招きしているので、少々うんざりして元来た道を引き返すことにしました。

    しかしジュタへと続く道は大変美しいです。途中少し開けた場所で通りから少し隠れられる場所を見つけます。

    オートバイをその場所に走らせて停車します。

    山に囲まれたその場所から見上げる空は何て濃い青色をしているのでしょうか?

    なんて濃い青い空なのでしょう!

    あまりにもその空が青かったので、トビリシに行く予定を変更して、この日はここでキャンプをすることにしました。

    テントを張りコーヒーを淹れます。

    ここにテントを張ります

    このひと時って本当にたまりません。

    大自然の中で飲むコーヒーはたまりません(>_<)

    もう9月も下旬に差し掛かろうかというこの時期、標高も高いこの場所は夜は冷え込みます。

    夜中に尿意を催しテントの外に出てみると、そこには天の川の流れる満天の星空がありました。

    そういえばモンゴルで悩んでいたときも、夜中にテントの外に出て見上げた星空が私を勇気づけてくれました

    日が沈むころに飲んだコーヒーと、このときにまさに見ている星空が再び私に前を向く力をくれたように感じ、先ほどまで寒いと思っていたひんやりした空気も心地よく、再度眠りに落ちていくのでした。

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  • チェチェンの姿

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    9/17(日)東京出発101日目、ロシア3回目3日目 アストラハン~グルズヌイ 走行距離512km

    この日も500kmを越えるビッグトリップであり、安全だと言われはしたものの、それでもチェチェン共和国を夜間に走行するのは危険だろうと判断し、早朝に出発することにいたしました。

    もうこの時期のロシア(アストラハン)は日が昇るのが7時頃です。日の出前に起床しオートバイに荷物を積載すると、7時過ぎには出発します。

    しかし、この日はあまり天気が良くなく、更に悪いことに大変濃い霧のため、数メートル先も見えない中の走行を強いられました。

    こんな天候の中、急いで走行しても危険なため、慎重にゆっくり走ります。

    日が高くなればこの霧も晴れて来るだろうと予想していたのですが、9時を過ぎても霧が晴れることはありませんでした。

    もしかして、この辺りはこの季節はこのような濃い霧に覆われて、この日は一日中この霧の中を走らないと行けないのかと不安になります。

    しかし、その不安も杞憂に終わり、霧は次第に晴れて行きました。

    しかし、一難去ってまた一難です。

    霧が晴れて快調にオートバイを走らせていたのですが、ある区間から急に工事中の未舗装路になりました。

    この道が大変悪く、前日に雨でも降ったのか、大変深いマディ(泥)の道が続きます。

    チュルチュルに滑るため、他の車も道路では無く路肩を走っています。

    私も正面からこのマディを走る勇気は無いため路肩を走るのですが、路肩も柔らかい土のため、深い轍を走らないとなりません。

    下手なところを走れば転倒のリスクが高くなるため慎重に走るのですが、大変神経が磨り減ります。

    しかもこの道はクネクネと曲がりくねっていて、アストラハンに戻る方向に走行したりもするので、本当にこの道で合っているのかも不安になってきます。

    かといって苦労して走って来た道を引き返すような勇気も無く、とにかく祈るように進むだけです。

    この工事区間を50kmほど走ると未舗装路も終わり、キレイな舗装路に出ることができました。

    しかし、この時点でお昼は過ぎており、まだ半分の行程も進んでいません。

    前日にバイクショップで話をした人が、途中に宿がなかったために夜営をしたと言っていたのは、もしかしたら道路状況からして一日でアストラハンからグルズヌイまで行くのは難しかったためだったのかとも思い始めました。

    そしてしばらく走るとチェチェン共和国の州の境い目(チェチェン共和国と言っても、ロシア領です)に到着し、軍の検問を受けます。

    しかし、ここは予想外にみんな大変フレンドリーで、簡単な荷物チェックとパスポートチェックをしただけで、皆で手を振って見送ってくださいました。

    拍子抜けするほどあっけなくチェチェン入りです。

    そこから先は朝方とは打って変わって天気も良くなり、また道路も大変走りやすくなったため、順調に距離を稼ぐことができました。

    グルズヌイで下手に歩き回って警察に尋問されても嫌なので、この辺りで昼食兼夕食を取ろうと道端のカフェに入ろうとオートバイを停めると、一人の男の子がニコニコしながらやって来ました。

    オートバイに興味津々のようで、私がヘルメットを脱ぐと、被らせてと言ってきます。

    ヘルメットを被って

    ヘルメットを被らせてあげるだけで大喜びだったので、せっかくだからオートバイに跨がった写真も取ってあげると言うと、大はしゃぎでした(本人もスマートフォンを持っていたのでそれで撮ってあげました)。

    バイクに跨がると大はしゃぎ\(^_^)/

    もうお昼もだいぶ過ぎてしまっていたのでカフェの中に誰もいなかったため、この男の子に、ここでご飯食べられる?って聞くと、うんうんと頷いてくれたので、中に入ってみることにしました。

    中に入ると奥から魔女?って思うような厚化粧のご年配の女性が出てきます。

    チェチェンに長居するつもりはないので、もしかしたらこれがこの旅で食べる最後のロシア料理かもしれないと思い、この3ヶ月、嫌と言うほど食べてきたラグマンを注文します。

    アストラハンで食べたラグマンの倍くらいの金額のため高いなぁと思っていたのですが、かなりのボリュームでパンも付いて来たので、納得できる価格でした。

    そして、このラグマンが私がこれまで食べてきたラグマンの中で一番美味しかったです。

    ロシア料理はプローフ、ラグマン、グラッシュとあまりバリエーションが無いのですが、同じ料理であっても、お店によって全然味が違います。

    ここのラグマンはすりおろしのニンニクがふんだんに使われていて、ニンニク好きの私には堪らなく美味しく感じました。

    お腹も膨れたので、日が沈む前にグルズヌイに着きたいと思い、先を急ぎます。

    前日のバイクショップでアドバイスをいただいたように、キズリャルから山間部を抜けて最短距離でグルズヌイに入るのではなく、多少遠回りにはなるのですが、ハサブユルトを経由してグルズヌイに向かいます。

    そしてこの道が今までのロシアの中でも最長と言って全く過言ではないくらい、長距離に渡ってたくさんの新しい建物が並んだ拓けた道となっていました。

    この道は、私の実家の近くの国道246号線と変わらないくらい建物が並び車が行き交う道でした。

    幸いなことに渋滞も無く、すんなりとグルズヌイまでたどり着くことができました。

    あれだけ心配していたチェチェンまでの道のりですが、きちんと情報を集めて道を選んで走れば全く不安なことはありませんでした。

    事前に予約していたグルズヌイの安宿ですが、地図で調べていた場所に無く、仕方ないので近くのベンチに座っていた二人組の老婦人に尋ねてみました。

    しかし、旅行者自体が少ないためか、宿が近くにあることすら知らないようでした。

    近くの公園で遊んでいる子どもたちを指差し、あの子たちに聞いてごらんなさいと言うのですが、さすがにあの子たちはもっとわからないだろうと思い、近くのお店を指差し、あそこで聞いてみると言うと、それが良いと言います。

    お店の中に入ると、高校生くらいの美人の女の子が店番をしていました。

    目当ての宿を知らないかと尋ねると、本当に申し訳なさそうな顔をして、わからないと言います。

    お店の中には若い男性の二人組の客もいたので、今度はこの二人組に聞いてみると、「知ってる知ってる」という風に頷いて、お店の外に出て丁寧に道を教えてくれます。

    この時間は日も沈みかけていましたが、子どもたちも外で遊んでいますし、メイン道路でもなんでもない裏道でも人々が行き交い、平和そのものの雰囲気がありました。

    教えてもらった道を行くと、老紳士が散歩をしていて私と目が合いました。

    私がオートバイを停めて宿はあれか?と指差すと、そうだと頷いて一緒に付いてきてくれました。

    宿に着くと、宿の方は大歓迎してくれます。

    オートバイは中庭に停めるか?と聞かれて、付いてきてくれた老紳士もそうしなさいと頷きます。

    新しいキレイな建物が立ち並び、人々がのんびりと行き交うこの街は、私たちが想像するチェチェンの姿とは全く違うものでした。

    宿の部屋に入り一段落したので、すでにキルギスのオシュで日本に戻る飛行機を待ってるだけの洋介さんはヒマしているだろうと思い、「今日、チェチェンに入りました」とメッセージを送ってみました。

    すると、「おっ!オチェンチェンに入ったんですか?」との返事が来ました。

    みんなのアイドル洋介さんはこの日も元気そうで何よりでした\(^_^)/

    ほとんど、ただ通過しただけではありましたが、危険だと言われているチェチェンは我々が10数年前にテレビのニュースで見た姿とは全く異なり、新しい建物が立ち並び、人々がのんびりと行き交う平和な街へと変わっているように感じました。

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  • チェチェンへの道を探る

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    9/16(土)東京出発100日目、ロシア3回目2日目 アストラハン

    ロシアから陸路でジョージアに入るためにはチェチェンやイングーシといった世間で危険と言われている地域を通過して行くしか道がありません。

    あまりにも危険と言うのであればルート変更も視野に入れなければならないということで、一日アストラハンでの滞在を延長し、そのあたりの情勢の調査をすることとしました。

    外務省のホームページによるとこれらの地域は「危険レベル3 渡航は止めてください」となっています。陸路でロシアからジョージアに入るためには危険レベル3の地域を通過せざるを得ません。

    朝起きてインターネットで日本語でこれらの地域について検索をかけると厳しい情報や意見しか出てきません。

    「ロシアで最も危険な地域」

    実際に旅行したという人もいらっしゃるようですが、それに対してもかなり厳しい意見が飛び交っています。

    「危険と言われていてなぜ行くのか?」「自己責任と言っても、何かあればあなた個人の問題だけでなく、たくさんの人たちに多大なる迷惑をかけることが何故わからないのか?」

    ウーム、手厳しいですね…。

    少し調べた後、朝食も取っていなかったことと、気分が少し沈んだことから朝食兼昼食を摂りに外出します。

    ここアストラハンはとても綺麗な街並みのため、いろいろと散歩しながらこれからのことを考えます。

    何やら徒競走のようなことをやっていました
    ロシアでは時折、このようにスポーツテストのようなものを公共の場所でやっています

    ジョージアは諦めて、このままロシアを西に向かいそのままヨーロッパに入るか?そうすればモスクワにも寄れるので、ダニエルとアルティナのところにも行けるな?でも、やっぱりできることならジョージアやトルコには行きたい…。

    そんな風に考えながら歩いていると道端にYAMAHA MT-10に乗ったイカツイ兄ちゃんがこちらをチラ見してきました。

    イカツイMT-10乗り

    目が合ったので「Hi」と手を上げると、向こうも「Hi」と返してくれます。

    見た目がイカツイのでどうしようかなとも思ったのですが、このままジョージアにも入れないとなると、できることならこの街でエンジンオイルの交換をしておきたいので、思い切って声を掛けてみることにしました。

    私:「英語は話せますか?」

    兄ちゃん:「少しなら」

    私:「私はバイクで旅をしています」

    兄ちゃん:「恰好を見てそんな感じかなと思った。どこから来たの」

    私:「日本だよ」

    兄ちゃん:「わぉ!俺のバイクも日本製だぜ!それでどうしたんだい?」

    私:「エンジンオイルの交換をしたいんだけど、この街でどこかエンジンオイルの交換をできる場所はないかな?できればバイク用のエンジンオイルが手に入ると嬉しい。買えれば自分でやるけど、その場合は古いエンジンオイルを処分できる場所を教えてほしいんだ。」

    兄ちゃん:「まかせろ!この街に信頼できるバイクショップがある。俺が案内してやるから心配するな!俺の名前はアレクサンダー。ところでお前のバイクはどこにあるんだ?」

    私:「俺の名前はヒデ。バイクはこの近くの宿に置いてあるよ」と言って地図を見せます。

    アレクサンダー:「すぐ近くだな。よし、俺の後ろに乗れよ!でも気をつけろよ。俺のライディングはクレイジーだからな!」

    このイカツイ体でクレイジーな運転とか言われるととても不安になりますが、実際はとても丁寧に運転をしてくれました。

    私のオートバイを見て、「ずいぶん汚れているな。そのバイクショップなら洗車も100ルーブルくらいでできるからやってもらえよ。でもまったく日本から来たってとんでもねぇクレイジー野郎だな」と言います。

    アレクサンダーの後ろを走ってバイクショップまで案内をしてもらいます。

    先ほどニケツしたときは丁寧な運転だったのですが、後ろに人を乗せいていないと本当にクレイジーな運転をします。

    前に車がいるのに公道で思いっきりウィリーをしたり、周りの車を煽ったりちょっと恐いです。

    案の定、後ろから追い越して行った車にクラクションを鳴らされました。するとアレクサンダーはその車を猛追して隣に付けると、車の中を覗いて怒鳴り散らしています。

    おいおい、勘弁してくれよ。そのイカツイ見た目でそんなことされたら恐いでしょ。って言っても相手もロシア人ですからどうせ車の運転手もイカツイでしょうけど…。

    バイクショップに着くと、みんなフレンドリーに私に接してくれます。

    HAND MOTOという名前のお店のようです

    日本から来たということで、やはりみんな私に興味深々のようです。

    このお店、品揃えも良さそうです。

    ただ金額はあまり安くはありませんでしたけど。

    せっかくなので、これからチェチェンの方に行きたいのだけれども、実際問題やっぱり危険なのかどうかを聞いていました。

    すると意外な返事が返ってきました。

    「世間では危険危険って言われているけど、実際は全くそんなことないんだよ。むしろこの辺りよりも安全なくらいさ。

    俺も先月チェチェンにツーリングに行ったけど、街は綺麗だし、警察官や軍がしっかり取り締まりをしていて、治安はすこぶる良いよ。

    チェチェン人はイスラムの教えに則って旅人を非常に大切にしてくれる。彼らは今、たくさんの旅行者に来て欲しがっているんだ。

    10数年前までは紛争があって大変だったけど、今ではこんなに平和になったんだっていうことをもっとたくさんの人たちに知ってほしいと思っているんだよ。

    なのに噂だけが先行して、危ない、危険だなんて情報が出回ってしまって、彼らは悲しんでいるんだ。

    もし行けるなら行ってあげて欲しい。今のチェチェンの本当の姿を見ることができるはずだよ。」

    ただ、こうも付け加えていました。

    「ただしこれはあくまでも噂だけれど、都市部はとても安全だけれども、山間部にはいまだにゲリラが潜んでいるという噂もある。なのでもしグルズヌイに行くなら、キズリャルから山間部を抜けてグルズヌイに入るのではなくて、100kmくらい遠回りになってしまうけど、ハサブユルトを経由していくと良い。この道なら車通りもたくさんあって安心だ。

    実際問題気を付けなければいけないのはゲリラよりもむしろ警察や軍のほうかな。今でもやっぱり彼らは治安に対して敏感にはなっているから、少しでも怪しい行動とみなされると、旅行者であっても非常に厳しい取り調べを受けることになるみたいだ。まぁ、でもそんなに神経質になるようなことでもないけどね。」

    この話を聞いて、やっぱり実際に行って自分の目で確かめないとわからないことってたくさんあるんだなと思いました。

    もちろんその地域の情勢はときどきですぐに変わっていってしまうものではあるので注意するに越したことはないとは思うのですが、行ったことも無ければが実際のところがどんななのかわかりようがあるはずがありません。

    チェチェンのことにしたって、誘拐事件などが発生しているなんて言っても、では日本で全くそういった事件がないかと言ったらそうではありません。

    日本でも毎年何万人という人が行方不明となっています。その大半が本人による家出だと言われていますが、そのうちの数千人は実際に失踪者であるとも言われています。その数字を見れば何らかの事件や事故に巻き込まれて姿を消した人はいるはずです。

    チェチェンで起きたという誘拐事件が統計的にどれくらいなのかは不明ですが、ただ単に10数年前まで紛争があって、現状を見ることもせずに危険だというのは浅はかな考えのような気がします。そしてそのことで現地の人たちが悲しんでいるならなおのことです。

    もちろん危険なら危険でしっかりとした情報発信が必要ですが、そうでないものまで危険だというのは、仕方ないのかも知れませんが、なんとかならないものかとも思ってしまいます。

    2か月前に奥さんとタンデムでチェチェンに行ったという人もいて、アストラハンからグルズヌイまで500kmちょっとの間に宿がなかったので途中キャンプしたけど全く問題なかったという人もいました。

    さすがにそれはどうかとも思いますが、車通りも多く、治安は大変良いということは確かなようなので、私もチェチェンを経由してジョージアに行くことにしました。

    開かれたジョージアまでの道。

    パミールハイウェイを走り終えて、イラン入国も諦め、少し旅に対する気持ちが落ち込みかけていましたが、この情報が私の心に一筋の光明をもたらしてくれることとなりました。

    アレキサンダーと一緒に
    ステッカーをあげたらビックリするくらい喜んでくれました\(^_^)/
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  • またまた酷い悪路

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    9/15(金)東京出発99日目、カザフスタン2回目5日目、ロシア3回目1日目 アティラウ~アストラハン

    この日は3回目のロシア入国になります。

    ロシアビザについてはシングル、ダブル、マルチ(そして観光ビザやビジネスビザ、期間などの組み合わせになります)など幾つかの種類があり、私は今回のようにトルクメニスタンに入国できなかった場合のことを想定してマルチビザを取得していました。

    もしこれがダブルビザだった場合はカスピ海をフェリーで渡るしか方法は無くなってしまうのですが、このカスピ海のフェリーがすこぶる評判が悪く、乗るのに一週間待たされたとか、波が非常に高くて二度とあのフェリーには乗りたくないなんて言う噂も聞いていたので、今回マルチビザにしていて本当に良かったと思うのです。

    しかし、このカザフスタンからロシアの国境へ向かう道は大変な悪路と聞いていました。

    そして実際に走ってみると噂に違わず酷い悪路です。ウズベキスタンからカザフスタンに向かう道と同じくらい酷い道でした。

    これを考えるとアティラウでサイドケースのステーを直しておいて本当に良かったと思います。

    朝、早い時間にも関わらず粕谷さんが見送りに出てきてくれます。粕谷さんは次の日の飛行機で日本に帰国するとのことでしたので、気持ちの整理も付いているようでした。

    この日はアティラウの街を出てすぐに悪路になりました。

    悪路の走行は本当に疲れます。前を走る車も対向車もアスファルトに空いた穴を避けながら蛇行しながら走るため、追い越しやすれ違いのタイミングで急ハンドルを切るバカタレもいますし、自分自身もある程度そういったを穴ぼこを避けながら走らないと車体にダメージを与えてしまいます。

    途中、砂漠の中にお墓のようなものを見つけました。
    悪路を走っているとイチイチバイクを停めて写真を撮るのは非常に億劫です。

    国境手前の130kmくらいがそんな道でしたので、国境が現れた時も走ることに気を取られていたため、気づいたら国境についていたという感じで非常に疲れていました。

    ただし国境自体はここも特に厳しいということはなくいつも通りの手続きをして通過します。

    そしてロシアに入ると一気に道が良くなります。モンゴルからロシアに入った時も感じた安堵感。ロシアはこれだけ国土が広くても幹線道路はきちんと整備されているところを見ると、やっぱり大国なのだなと感じます。

    そしてあの懐かしい景色に懐かしい雰囲気。中央アジアにいたころは悪徳警官の存在も、例え出会う頻度は少なくとも常に頭の片隅にあり、なんだかんだでストレスになっていたので、そのストレスからもある程度解放されます(とはいってもロシアにも少なからず悪徳警官がいると話も聞いてはいますが)。

    ここからジョージアまでは1000キロ弱ですので、2~3日もあれば通過できます。

    この旅でロシアを走るのは本当にこれが最後になるでしょうから、この景色と雰囲気を目に焼き付けておこうと丁寧に走ります。

    国境からアストラハンの街まではあっという間でした。途中、有料の橋(オートバイは50ルーブル)を渡らないといけなかったのですが、事前に確認していたので、ルーブルも国境で両替していて問題なく通過できます。

    この橋で50ルーブル(90円くらい)払いました

    アストラハンの宿に着き、この辺りでエンジンオイルの交換をしたいと思い(キルギスのビシュケクで交換してから約4,800kmほど走行していました)、荷物を置いて事前に調べておいたオートバイ用品を扱っている店に行ってみると、そこはなんと廃墟となっていてエンジンオイルを手に入れることができませんでした。

    うーん…、ジョージアの首都トビリシまで行けばオートバイ用品を扱っている店がいくつかあるようなので、あと1,000km我慢して走るしかないかなぁと考えました。

    アストラハンの街は大変綺麗な街並みではあったのですが、長居しても仕方ないと思い、次の日には出発しようと考えていました。

    宿に戻って次の目的地をどこにしようか確認し、グルズヌイという都市まで行こうと思ったのですが、よく見るとそこはチェチェン共和国となっています。

    私くらいの年代より上の方であれば耳にしたことはあると思います。

    ここは15年くらい前までロシアからの独立を目指して激しい紛争があった地域です。

    これ、大丈夫か…?

    宿の同室の労働者風の男に地図を見せながら聞いてみます。

    「明日、グルズヌイに行こうと思うんだが。チェチェン共和国のようだが大丈夫かわかるか?」

    男:「ムスリム。ガン。ダダダダダダダ!デンジャー。ビーケアフル。」

    この男はほとんど英語が喋れませんでしたが、言っていることはわかります。

    ネットで調べてみてもロシアで最も危険な地域と出てきます。

    まさかここに来てこんな落とし穴があるとは…。

    明日出発しようと思ったのですが、再度ちゃんと情報を集めてから行く行かないの判断をして、場合によってはルートを変える必要もあるかもなと思い改めました。

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