• カテゴリー別アーカイブ 013_トルコ
  • 私を疑いの目で見ないでください

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    9/29(日)、9/30(月)東京出発113、114日目、トルコ4日目、5日目 サフランボル

    29日(日)はやはりお腹の調子が良くないこと、洗濯物がたまっていて洗濯をしたかったことから少し町歩きをする程度で、ほとんど宿でゆっくりしました。

    30日(月)には、サフランボルから数キロ離れたところにトカットル渓谷という場所があるということで、バイクで出かけることにしました。

    しかし、場所が全然わからず、細い急な坂を下ったりします。

    もしこれで行き止まりになってしまったらUターンできません(;´д`)

    トカットル渓谷は人工的に作られた遊歩道を歩くだけで、そこまで興味があったわけではなかったので、早々に諦めて引き返すことにしました。

    最初にサフランボルに入ったときに、サフランボルの入り口手前1kmほどのところに「チョコレートミュージアム」というものを見つけていて、多少興味があったので、そちらに行くことにしました。

    中に入ると、何か見学できるものがあるそうで、工場見学か何かかな?と思い10リラ(約200円)を払って中に入ります。

    中に入って驚きました。

    工場か何かと思っていたいたのですが、そこは単にサフランボルという町を紹介しているだけで、そのクオリティも中学や高校の文化祭かって思う、お粗末なレベルです。

    ガイドのような人が隣に付いてくれるのですが、英語も全く話せないので意味がありません。

    よくこれでお金取るなって思うレベルでした。

    この施設の中心にチョコレートの泉がありました。
    唯一写真を撮っても良いかなと思ったのはこれだけです

    ま、それは仕方ないので、せっかく来たのでここでコーヒーを飲みます。

    トルココーヒーは我々が普段口にするコーヒーとは少し違うのですが、私は正直そんなに好きではありません。

    トルココーヒーは独特です。
    私は普通のコーヒーの方が好きですが、一度は試して良いと思います。

    初日に歩いたサフランボルの町は旧市街と呼ばれていて、そこは大体見たので、この日はせっかくなので新市街と言われる方にご飯を食べに行くことにしました。

    宿に一旦戻り、歩いて新市街まで行きます。

    宿から新市街までは1.5km くらい離れています。

    新市街に向かって歩いていると13~14歳くらいと思われる身なりのあまり綺麗ではない男の子がこちらに向かって歩いて来ます。

    嫌な予感はしたのですが、案の定「マネー、マネー」と言ってきます。

    思わずキツめに「マネーじゃない!」と言ってしまいました。

    男の子も怒られるとは思ってなかったようでビックリした顔をします。

    「あなたはまだ若い。今は大変かもしれない。でも勉強しなさい。勉強して学べば必ずそれは将来君を助けてくれる」

    そう英語で言うと、この男の子は全く同じように英語でリピートします。

    きちんとリピートするので、「なんだ、英語は喋れるのか」と思いました。

    その後も英語で話をするのですが、その男の子は私の話したことをそのままリピートするだけです。

    まさかと思ってそれまで話したことを日本語で言ってみると、まるで日本人が話しているようにリピートするのです。

    驚きました。

    なんという耳と記憶力をしているのでしょう。長い文章もそっくりそのままリピートします。

    もしこの子がきちんとした先生に出会いきちんとした教育を受けたら、その才能を発揮できるのではないでしょうか?

    例えば音楽などをやったらどうなるのでしょうか?もちろん本人が興味を持つかどうかは別の話ですが。

    そう思っても私にはこの子になにもしてあげることができないのが悲しく思いました。

    生れた境遇が違ったり、出会った人が良くなかったとかだけで埋もれて行った才能ってたくさんあるのでしょう。それを思うと切なくなります。

    最初にキツく言ったにも関わらず、この子はニコニコしながらずっと私についてきます。

    私の気を逸らして私から何か奪おうとしている様子も何となく感じとれはしたのですが、このままこの子が私についてくるなら、お金はあげられないけれど、ご飯ならご馳走してあげようと思いました。

    しかし、新市街の入り口に入ると、その子はサッとどこかに消えてしまいました。

    もしかしたらこの辺りで以前悪さをして、新市街には立ち入りたくなかったのかもしれません。

    さてどこでご飯を食べようかと思っていると、またスタローバヤのようなショーケースの中の料理を指差してお皿に盛ってもらう形式の食堂を見つけます。

    この形式のお店では、つい数日前にサムスンの街で嫌な思いをしたのですが、ここは中でムスリムらしき女性の従業員も働いているので、何となく大丈夫かなと思い、ここで食事をすることにしました。

    中に入るとこのお店のオーナーと思われる年配の男性がやけにフレンドリーに話しかけて来るので警戒しますが、ムスリムらしき女性の方が接客してくれるので、普通に注文して食事をします。

    会計をすると、当たり前ですけど私が注文した料理の金額を一つ一つ足し上げて、合計金額も適正価格と思われる金額でしたので、安心しました。

    そのまま帰ろうとしたのですが、あのフレンドリーに話しかけてきた男性がご馳走するからお茶を飲んでいけと半ば強引に再度席に座らせます。

    ま、お茶くらいならと思って席に着いてお茶を飲んでいると、一人の別の中年の男性が日本語で私に話しかけて来ます。

    中年男性:「私は日本語を勉強しています。日本にも何回か行ったことがあります。ここに座っても良いですか?」

    昼間で他にお客もいるから別に構わないだろうと「構いませんよ」と言います。

    すると「私は日本語を勉強するために、あなたと話がしたいです。あなたのお名前は何ですか?」と聞いてきます。

    「ヒデです。」と答えます。

    中年男性:「苗字はなんですか?ニックネームでは無くてフルネームを教えてください。」

    嫌です。

    私:「私の名前は非常に珍しくて日本人でも発音が難しいので言いません。」

    中年男性:「どちらのホテルに泊まってますか?」

    私:「旧市街のホテルです」

    中年男性:「何て言うホテルですか?」

    私:「覚えていません」

    中年男性:「…(`ω´)」

    中年男性:「私を疑いの目で見ないでください。私は日本が大好きなだけです」

    いやいや、普通に怪しすぎるでしょ(-_-#)

    中年男性:「私のお父さんはスズキの自動車に乗っていました。私はホンダの自動車に乗っています。だから日本が大好きなんです。信じてください」

    いやいや、日本車に乗っている外国人なんてたくさんいるでしょ。それが日本好きには直結しないから(-_-#)

    お茶は飲み終わっていたのですが、先ほどのフレンドリーなおじさんがデザートを持って来ました。

    お店のフレンドリーおじさんがデザートを持ってきてくれました

    お茶を飲み終える前に欲しかったです(-_-#)

    もう帰りたいからデザートいらないし(>_<)

    でも、フレンドリーおじさんはお茶のお代わりも持って来てくれたので仕方なくデザートも食べます。

    中年男性:「このあと私はモスクにお祈りに行きます。この近くに私のお店があるので、その後、そちらのお店でお話ししましょう」

    いや、行きません(-_-#)

    「私はムスリムではないのでお祈りはしないので帰ります。」そう返事をします。

    中年男性は少しムッとした顔をするのですが、日本語を勉強したいからとその後も話しかけて来ます。

    私がデザートを食べ終えると、「さ、私の店に行きましょう」と言います。

    私:「だから行きません。私はもう宿に戻ります。」

    そうはっきり言うとこの男は怒りを露にして私を睨み付けると去って行きました。

    お茶やデザートをご馳走になってしまったので、この店のフレンドリーなおじさんに挨拶をして帰ろうとしたのですが、急におじさんの態度も素っ気なくなりました。

    なんだ…、グルだったのか。

    トルコは親日だとか良く耳にしますが、私は認めません。彼らは日本が好きなのでは無く、簡単に騙せて多くのお金を払ってくれる日本人と簡単にセックスさせてくれる日本人女性が好きなだけでしょう(ごめんなさい。これについては別で不快な話があったのですが、胸糞悪いのでブログには書きません)。

    トルコ人の中にも親切な人はいるとは思います。でも、一方でトルコで詐欺にあったとか、ぼったくりにあったとか言う話は身近にも聞いています。

    申し訳ないけど、そんな国を親日だとは私は言いたく無いのです。

    バルナウルのアンドレパミールハイウェイを一緒に走ったダニエルも、日本人とは比べ物にならないくらいにサムライという言葉が似合う、強くて誠実で優しくて誇り高い人たちでした。

    あんなにも立派な人なのに、日本人はスゴいと言って、私のようなヘナチョコジャパニーズを相手にも最大限の敬意を払ってくれました。

    彼らは日本人はスゴいと言っても、安易に日本人が好きだとは決して口にはしませんでした。

    日本語なんて喋れなくても、日本や日本人のことを知ろうと一生懸命いろいろと質問してくれました。

    トルコ人を親日と言ったら、彼らを侮辱することになるような気がしてしまうのです。

    私の出会ったロシア人は真っ直ぐで誠実な人が多かったです。少なくとも人を騙したり、物を盗んだりするような人はいませんでした。洋介さんがシャワールームに忘れた腕時計を、同じ宿に泊まってる労働者風の男性がわざわざ持ってきてくれたこともありました

    もちろんトルコにもたくさん良いところはあります。

    自然も豊かで、物価の割にサービスレベルも非常に高いと思います。

    トルコ旅行をされたことがあって楽しい思い出がたくさんある方には申し訳ないと思います。

    私がもう少し心を開けば変わることもあるのかもしれませんね。

    この国を出るときには、この国も素敵だったなって言えたら良いなと思います。

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  • サフランボルへ

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    9/28(土)東京出発112日目、トルコ3日目 サムスン~サフランボル 走行距離397km

    前日は昼から宿で休んだお陰か、お腹の調子は前日よりはマシになりました。

    サフランボルまでは約400km。

    サフランボルで数日ゆっくりする予定だったので、頑張ってサフランボルまで行ってしまおうということにしました。

    ここ二日、黒海沿いを走っていて、ジョージアに比べてだいぶ温かく、昼間はジョージアを走っていたときと同じ服装ですと暑く感じます。

    厚手の上着は不要だと思い、邪魔にならないように荷物の奥にしまって出発しました。

    しかし、大誤算でした。

    サムスンからサフランボルに向かう道は岸壁のハイウェイを走ったり、峠を越えたり、寒いのです(>_<)

    しかも雨まで降ってきました。

    凍えてしまう…(;´д`)

    上着を出そうにも荷物の奥にしまってしまったので、雨の中取り出すのはかなり億劫です。

    取り敢えずレインコートだけ着てなんとか凌ごうと思うのですが、それでも既に体が芯まで冷えてしまったので寒いです(;´д`)

    久々の雨天走行で、これだけ綺麗なアスファルトを走るとあることに気づきました。

    後輪のタイヤはオフロード寄りのものなので、このような天候でアスファルトを走ると大変滑るのです。

    ハイウェイの下りのカーブで何度か後輪が滑ってヒヤッとすることがありました。

    慎重に走ろうとスピードを落として走ります。

    やはりオートバイは雨が降ると体への負担が大きいです。

    サフランボルへ残り100km、カスタモニュの町を越えた辺りから標高も下がり雨も上がって温かくなったのでホッとしました。

    サフランボルに着いてみると私の予想にだいぶ反した雰囲気でした。

    車が多く行き交い、中央の広場にはステージが用意されていてイベントなどが行われています。

    サフランボルの町は車通りも多く、町の中心部にはステージも設置されています

    石畳の急な坂道を上り、この町の中央ステージから数百メートル離れたところに私の目指していた宿はありました。

    宿の前に宿のお兄さんがタバコを吸って休んでいました。

    バイクは宿のすぐ脇に停められるよと言われたのですが、石畳の急な坂道の途中に宿があるため、そこに運ぶのに大変苦労しました。

    宿のお兄さんと近くで見ていた知らないおじさんが手伝ってくれ、なんとか駐車できました。

    荷物を部屋に運び、少し休憩した後、町を見学することにしました。

    石畳の道に確かに昔ながらの家が立ち並ぶのは良いのですが、ここは完全な観光地でした。

    町の中の建物はお土産物屋やカフェにされていて多くの観光客で賑わっています。

    車通りも多く、お土産物屋やカフェなどが立ち並んでました

    イメージで言うと箱根や江ノ島辺りの観光地と言った感じでしょうか?

    日本人にはあまり知られていないと聞いていたのですが、その観光客の3割が中国人、1割が韓国人、残りの6割が地元のトルコ人や欧米からの観光客といった具合です。

    ですので私が町を歩いていると、お店の人たちからニーハオと声を掛けられます。

    この町がこんな風に観光地化されてしまっていることに少々がっかりしたのですが、取り敢えず食事を摂った後、中心部から離れて、少し高台から町を見下ろしてみました。

    高台から見下ろす町は確かに素敵です。

    高台から見るサフランボルの町はやはり綺麗です

    きっとこの町は世界遺産に登録されたことで観光客が増えて、この町に住む人々の生活が激変してしまったのでしょうね。

    こうなったことにより、この町の人たちの生活は豊かになったのでしょうか?

    それとももともとの昔ながらの生活をしていた頃の方が幸せだったのでしょうか?

    私には知るよしもありません。

    中心部を離れると静かな昔ながらの町がそこにはありました

    宿に戻り部屋で過ごしていると、しばらくして中国人の団体客が入って来ました。

    こういう差別はいけないとは思うのですが、それでもこの人たちのマナーが大変悪く、かなり不快でした。

    夜遅くまで大声でぎゃーぎゃー騒いだり、ドッタンバッタン何をしているのかわからないのですが大きな音を出したり。

    恐らく彼らは一晩中寝ないで大騒ぎしていたのでしょう。

    明け方の時分も大変な騒動でした。

    宿の人はこれがわかっていたのか、私には料金をそのままに部屋をグレードアップしてくれて、個室をあてがってくれたのですが、誰かを探しているのか、勝手に私の部屋の扉を開けて誰かの名前を呼んで、謝りもしないでどこかに行ったり、鍵を閉めたら今度はドアノブをガチャガチャ、ドンドン扉をノックしながら誰かの名前を呼んだり。

    いい加減にしろ!と注意をしても何が悪いのか?といった表情で基本は無視です。

    すべての中国人がそうだとは言いません。

    でも、こういう人たちが実際にいるのも確かです。

    差別を肯定することはありませんが、こういう経験をすると欧米人がアジア人を差別することは仕方のないことなのかもしれないと思い悲しくなるのです。

    今から30年間くらい前の日本人も海外でかなり嫌われていたと聞きます。

    バブルで普通の人も多くのお金を持つようになり、それまで海外に行くようなことのなかった人たちも海外旅行を楽しむようになって、現地でマナー違反やルール違反を平気でしていたのかもしれません。

    そういったことからも、今の中国人はその過渡期にあるのかもしれませんね。

    欧米の価値観に合わせる必要はないとは思いますが、周りに迷惑だと思われるような行動は慎み、かつ自分たちも国外旅行を楽しんでいけるようになるといいですね。

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  • おしりとの闘い

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    9/27(金)東京出発111日目、トルコ2日目 オルドゥ~サムスン 走行距離149km

    トルコに入った初日の夜中です。就寝していたのですが何やらお腹がゴロゴロ言い始めて目を覚ましました。

    う…、これはマズい((+_+))

    慌ててトイレに駆け込みます。間一髪セーフ(*´Д`)

    何だろうか?

    腹痛があるわけでもなく、ただただゴロゴロしてくだしています。

    時刻は午前2時半。この瞬間からこの晩はトイレから出られなくなりました。

    この旅でお腹を下してつらかったのはモンゴルでゴビ砂漠に行ったときくらいでしたが、今回はそれを超える大波です。

    水分を取らなければと思って水を飲むとそれがそのまま下から出てしまいます。

    しかもスマホを見るとそこには何やら粕谷さんからメッセージが入っているではありませんか…?”(-“”-)”

    読んでみると私の書いたブログを読んでショックを受けたということらしいです。私、今それどころじゃないんですけど…。

    どうせトイレの中から動けないので、そのショックを受けたというブログを読んでみると、確かにこれはキツイですね。さすがの粕谷さんでも傷付いても仕方無いでしょう。

    対象のブログというのがこの日に上がったブログで、粕谷さんのことを「クソヤロー」と書いています。

    これを書いたときは恐らく親しみを込めて粕谷さんのことを「クソヤロー」と書いたつもりだったのですが、読み返してみるとかなり辛辣な書き方になっていて、さすがに申し訳ないことをしたと反省しました。

    そして、人のことを「クソヤロー」と書いておきながら、実際はそのブログが上がった日の夜中には、私自身が「クソ(を垂れてる)ヤロー」になっていました。

    それはさておき、うーむ…、どうしようか。

    幸いこの日は運良く安くて個室に泊まれる宿を見つけられたので(というかちゃんと安心して泊まれそうなドミトリーを見つけられなくて)トイレを占領することができましたが、こんな状態ですとドミトリーのような共同トイレの宿に泊まった場合は大変です。この時期夜は冷えるので、キャンプなんてした日には一晩中寒い野外でしゃがみ続けなければならないでしょうし…。

    体調が回復するまでこのホテルに滞在するか、それとも少しでも先に進むか…。

    ホテルの部屋自体は悪くないのですが、如何せんバイクを駐輪している場所がセキュリティ上不安を感じざるを得ない場所で、あまり長くここにバイクを置いておきたくないのです。

    ほとんど眠ることができませんでしたが、朝になりやっぱりここにバイクを何日も置きたくないということで先に進むことにしました。

    目指す先はサフランボルという田舎町です。

    そこは実は私はトルコで密かに楽しみにしていた場所です。というのも、その町はあまり日本人の間では知られていないようなのですが、昔からの建物がそのままの形で残っていて町そのものが世界遺産に登録されているという場所なのです。

    ジョージアのアハルツィヘが私にとって大変すばらしかったので、そのイメージに近いのではないかと期待していたのです。

    このときいたオルドゥからサフランボルまでは約550km。トルコの大変整備された道路状況を考えれば十分一日で行ける距離なのですが、このお腹の不調が大きな懸念材料です。

    しかもモンゴルや中央アジアの国々と違って、おしりの危険を察知したら道端に駆け込んで一戦交えてから再び走り始めるなんてことはそうそう簡単にできそうにありません。

    とりあえず出発して厳しそうなら途中の町に宿泊するということにしました。

    途中に現れる幾つかの町の宿の候補だけ洗い出して置き、厳しそうならそこに行くという作戦です。

    150kmほど走り、サムスンという大きめの街に着きました。

    バイクに乗っているときは気が張っているせいかお腹の方は大丈夫でした。このままサフランボルまで行けちゃうんじゃない?とも思ったのですが、事前に調べておいたサムスンの宿が安くてそこそこ良さそうでしたので、見るだけ見て先に進むかどうするか判断しようということにしました。

    宿の目の前まで行って期待通り良さそうな宿だったのですが、お腹の調子的には行けそうだったので、サフランボルの今後の天気を見て行ったほうが良いのか、それとも無理する必要は無さそうなのか最終判断をすることにしました。

    宿の目の前は非常に細い道だったのですが、そこにバイクを停めてスマホで天気予報を確認していると、あろうことか正面から大型のバスがやってくるではないですか…?

    大丈夫か??通れるか?と思っていると、あろうことかそのバスは私のバイクのサイドケースに接触したにも関わらず強引に通過しようとしてきます。

    バスが接触してそのまま反対側に倒れそうになります。なんとか右足で踏ん張って持ちこたえたのですが、このバスのドライバーは大馬鹿垂れなのか、接触しているにも関わらず下がろうとしません。

    さすがにむかついたので、「下がれ!こらぁ!」と日本語でキツめに言ってジェスチャーで下がるようにドライバーに言います。

    なのにこの馬鹿ドライバーはさらに無理やり進もうとするものですから、益々私のオートバイは傾き倒れそうになります。

    あり得ないと思ってカチンときた私は日本語で汚く罵ります。

    「うらぁぁ!てめえ、いい加減にしろよ、このヤロー!!」

    私があまりの剣幕で罵るものですから、周りに歩いていた人たちが驚いて集まってきます。

    しかしその状況を見て、周りで見ている人たちが私に「とりあえずこの宿の敷地に乗り上げろ!」と指示を出すのですが、私はかなり傾いたオートバイを支えるので精いっぱいで、ハンドルから手も離せず、キーを回すこともできないのです。

    近くにいたおじさんに「ハンドルを押さえてください!」とお願いしてキーを回してなんとかこの状況を脱することができました。

    でもなんであのバスの馬鹿垂れドライバーは接触したにも関わらず下がることをしなかったのでしょうか?本気で馬鹿なんじゃないかと思います。

    宿の敷地に乗り上げると、実はハンドルを押さえてくれたおじさんはこの宿のスタッフだったようなので、もう天気予報とかどうでも良くなり、この日はこの宿に泊まることにしました。

    お腹の調子もなんとか持ち直したように感じたので、お昼ご飯を食べに外に出ます。

    でも緊急時のことを考えて宿の近くの食堂を探しました。

    宿のすぐ裏手に地元の人が入るような食堂があり、そこのおじさんが手招きをしていたので、そこで食事を取ることにしました。

    ニコニコと大変フレンドリーで良い感じのおじさんです。

    この食堂はロシアのスタローバヤのような形式の食堂で、ショーケースの中の料理を指さしてその場で器に盛ってもらいます。

    食事を終えて、だいたい20リラ(400円)くらいかなと思ってレジに行くとふてぶてしい男が30リラ(600円)と言います。

    いやいや、それは高いでしょ。

    納得がいかない私は明細を教えてくれと言います。

    するとその男は30リラって言ったら30リラだから黙って払え!というようなことを言います。

    手招きをして私をこの店に呼んだオジサンもこっちにきて30リラ払えと言います。

    なめるんじゃねぇ!

    注文したうちの一つの料理を指さし、まずはこの料理の金額はいくらなんだ?と聞くと、それぞれとかなくて全部で30リラなんだから30リラ払えと言います。

    それじゃ自分たちがぼったくっているって言っているようなもんじゃねぇか?頭悪いのかお前らは?

    なんなんでしょうかコイツらは。中央アジアの国々やジョージアなどは明らかにこの国よりも経済的には苦しいはずですけど、コイツらのようにぼったくったりしてくるヤツはほとんどいませんでした。

    人間的にコイツらの方が相当劣っています。

    とそのときです?!

    急にまたお腹の調子が悪くなってきました。

    これはヤバい。

    こんなたかだか数百円のことで揉めて大惨事を起こしたくありません。

    慌てて30リラを財布から取り出して払うとダッシュで宿に戻りました。

    ここでも間一髪間に合いました。

    やっぱり何か食べ物を口にするとこうなるようです。とりあえずこの日は早い時間に宿に入ったので、残りの時間をすべてトイレで格闘すると決めました。

    こんなに酷いのは初めてです。

    ただ、腹痛も吐き気も無く、単にくだしているだけなので動けてしまうことがかえってピンチを招いてしまっています。

    2~3日で治ると良いのだけれど…。

    楽しみにしていたサフランボルに着くのはいつになることやら…。

     

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  • トルコ入国

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    9/26(木)東京出発110日目、ジョージア9日目、トルコ1日目 バトゥミ~オルドゥ 走行距離384km

    前日滞在したバトゥミはリゾート地であり、私は全然興味が無いので早々にこの街を出ることにしました。

    前日宿の人にオプションの朝食を注文していたので、そちらを食べてから出発します。

    この宿の方は全然悪い人では無いのですが、多少商売っ気が強いなとは感じていました。

    前の日も、後で宿のレビューをお願いしますと何度もお願いされて、別に宿自体もこの人自身も悪くはなかったので、わかりましたとは言っていました。

    しかし、会計のときに朝食代を元々の金額より高く請求されました。

    これは明らかに切りの良い金額にしたくて、切り上げたなってのがわかりました。

    私としてはこの日ジョージアを出てしまいますし、コインのお釣りは邪魔になるので別にその金額で構わなかったのですが、こういうことをされると気分は悪いです。

    その前の日に泊まっていたアハルツィヘの宿のお母さんとは大違いです。

    私は何も言わずにそうですかと言って言われた金額を払いましたが、絶対にレビューなんて書いてやるものかと思いました。

    ここバトゥミの街からトルコとの国境は15kmほどしかなく、すぐに国境に到着しました。

    この国境も事前情報によるとすんなり通れるという話を聞いていたのですが、ジョージア入国の時も待たされたように、ここでもちょっとしたトラブルがありました。

    いつも通りオートバイの登録証の提示を求められたので提出すると、コピーじゃなくて原本を出せと言ってきます。

    日本の自動車登録証ってかなりチープなピンク色の紙ッペラに印刷してあるだけなので、コピーだと思ったようです。

    しかもここまで結構な悪路を走り続けて来たので、クリアファイルの中で他の書類と擦れあって印刷も滲んでしまっています。

    私自身、日本でこの書類を受け取ったとき大変チープな作りであったことから、これがこんなにも大切な書類だと認識していませんでした。たまに警察とかに提示を求められたときに見せる程度のもので、念のため持っておくものくらいの認識でいたら、海外では「マシンパスポート」と呼んでいるくらいの重要書類です。

    それを日本の登録証はとってもチープな紙切れで作ってあります。

    国境の担当官にこれはコピーではなくて原本であると伝えます。日本のものはこれなんだと。

    すると、これが原本だとは思えないと言うのです。

    イヤイヤイヤ、これ原本だから。

    そして別の担当官を呼んで協議を始めます。私の大切な登録証をすごく雑に丸めたりし始めます。

    サスガに言いました。

    「それ、大切な書類なのでそんな風にしないでください!」

    それが勘に障ったのが表情で読み取れました。

    ボーダーにいる人たちは今までいい人も多かったですが、中にはこうやって高圧的な人もいて、何でこういうところにいる人って無駄に偉そうになるのか意味不明です。

    その担当官は携帯の写メで私の書類を撮影したりしましたが、やっと納得してくれたようで手続きをしてくれました。

    ただ、私の手続きに時間がかかってしまい、後ろに並んでいた男がイライラしていたようで、私の手続きが終わるか終わらないタイミングで私の前に入って来て、さらに足元に置いておいたヘルメットを蹴って避けやがりました。

    かなりカチンと来たのですが、実害があった訳でもなく、ここでトラブルを起こしても無駄なので我慢しました。

    ジョージアの人は穏やかでのんびりした人が多いけれど、中にはこういうヤツもいるんだなと思ったのですが、車のナンバーを見たらトルコのナンバーでした。

    トルコ人は親日だという話はよく聞くのですが、トルコで日本人が詐欺に遭ったという話も頻繁に耳にしていたので、もともと私はトルコ人に対する印象はあまり良くありませんでした。

    こういうのは本当は良くないのはわかっていますが、この一件でトルコ人に対する印象は最悪になりました。

    何だかんだで無事国境を越えて、トルコに入ると今までの国とガラリと印象が変わります。

    道路も街並みも大変綺麗になり、先進国に入ったという印象を受けました。

    きっとヨーロッパから陸路で中央アジアを旅行した人は、トルコに戻って来たときに旅の終焉を感じるのでしょうね。

    オルドゥのショッピングモールなんて東京のショッピングモールと大差ありません。
    オルドゥはそこまで大きな街ではないんですけどね(;´д`)

    私はバトゥミからトルコに入り、この日は黒海沿岸をひたすら走ります。

    景色も綺麗で道路も整備されていて大変走りやすいです。

    もしこれが旅の始まりに経験したのなら感動もあったのでしょうが、この道は私には刺激があまりありませんでした。

    国道1号線の湘南の辺りを走っているイメージでしょうか。

    とても綺麗なんです。日本にいたら楽しく走れると思います。

    道も整備されていてとても綺麗なんです(;´д`)
    でも、整備され過ぎてしまっていてイマイチ楽しめないのです(>_<)

    でも、モンゴルやキルギス、パミールハイウェイやジョージアといった国々を走ってきた直後ですとどうしても楽しめません。

    トルコは日本でも人気の観光旅行先でカッパドキアなどの世界的に有名な土地もあるので、これからに期待ですね!

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