• カテゴリー別アーカイブ 015_北マケドニア
  • アルバニアという国

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    10/15(火)東京出発129日目、北マケドニア3日目、アルバニア1日目 マブロボ〜エルバサン 走行距離237km

    みなさんはアルバニアという国をご存知でしょうか?私はこの旅に出てここまで来て初めてこのアルバニアという国を認識しました。マザーテレサの出生地ということで知っている方も中にはいらっしゃるかもしれませんね。今日はそのアルバニアに入ったというお話です。

     

    朝起きて、この宿のご年配の女性に挨拶をします。今日はどこに行くのかと聞かれ、とりあえずアルバニアに入ると思うと伝えます。

    すると、「アルバニアに入る前に、この国の南西にオーフリッド湖という湖があり、大変綺麗なので行ってみるといいわ」と教えてくれました。

    もともと私はオーフリッド湖の北側の国境からアルバニアに入る予定でしたので、自然とオーフリッド湖を見ることになるだろうと思っていました。

    この日も天気が良く気持ち良く走れます。この国を走っていて気付いたのですが、この国のお墓は非常に独特です。地面に薄い石版を刺しただけで、各々の石版の向きも揃っていないのです。旧ユーゴスラビアの国に入ったばかりなのでなんとも言えないのですが、旧ユーゴスラビアの国の中でもこのようなお墓を作る国はこの北マケドニアくらい(この記事を書いている時点で旧ユーゴスラビアの国にはまだモンテネグロとセルビアにしか行っていないのでなんとも言えないのですが)なのかなと思うとなんとも興味深いです。

    小さくてごめんなさい
    これが北マケドニアのお墓です。大変質素です

    オーフリッド湖の近くに来て道路からオーフリッド湖が見えるかなと思っていたのですが、この道からは見ることができませんでした。南に下がって行けば見られるのかもしれませんが、オーフリッド湖の南から国境を越えられるかどうか不明だったので、残念なのですが諦めることにしました。

    北マケドニアとアルバニアの国境も拍子抜けするほどあっさりとしていました。

    まだ多少の北マケドニアディナールがあまっていたのでアルバニアのレクと換金してもらうことにしました。国境を抜けてすぐのところに換金所はありました。

    事前に1北マケドニアディナールは2レクと調べていたので、持っている1,200北マケドニアディナールは手数料を差し引いても2,000数百レクになると思っていました。

    するとこのガメツイ両替商は1,500レクだと言います。おかし過ぎます。普通のレートなら2,400レクのところを1,500レクとはありえません。それはおかしいと伝えると、1,200レクに1.5を掛けて1,500だと言います。そもそも1,2001.5を掛けたら1,800ですし、1.5って言うレート自体あり得ません。そのことを伝えると、仕方ないから1,800で良いとか言ってきます。だからおかしいから!今のレートは1北マケドニアディナールに対して2レクだと言っても、英語がわからないふりをします。

    手数料を考えても2,200くらいにはならないとおかしいのです。こんなひどい換金所は初めてです。2,200だというと1,900だと言います。やっぱり自分がぼったくってるっていう認識はあるようです。だから2,200くらいが相場だからと伝えると、2,000だったら換金してやるけどそれ以上言うなら換金してやらないとまで言いました。

    ここで換金できないとなると他で換金できる場所のあてもないですし、下手をすると1円にもならない恐れがあります。コイツがこんなに強気なのもそれがわかっているからでしょう。

    仕方ないので2,000で良いと言うと、お前はなんて商売上手なんだというようなことを言ってきます。テメェ、そんだけぼったくっといて余計にムカつくんだけど(*ω´)

    しかもしれっと1,900しか渡さない姑息さ(*ω´)

    足りねぇぞというと、バレたかと言った表情でもう100レク渡してくるのでした。

    気を取り直してアルバニアに入国して走り始めます。

    するとこの国の美しさに一瞬にして目を奪われます。

    国境を越えてすぐにオーフリッド湖が見えました。
    大変美しいです

    オーフリッド湖はこのアルバニアからでも見ることができました。ついつい無駄にオーフリッド湖を半周してしまいました。

    あまりの美しさについついオーフリッド湖を半周してしまいました
    近くで見るオーフリッド湖は息をのむほど透明で美しいです

    しかし、この国のドライバーは大変マナーが良いです。車間距離を十分にとって決して無理な割り込みなどもしてこないため大変気持ち良く走れます。

    途中立ち寄った町でATMを見つけたので現金を引き出します。

    私がATMで現金を引き出してバイクのところに戻って来ると、右目が潰れていて右手の中指の第一関節から先が無い痩せ型の老人と89歳くらいの男の子が私のバイクを見ています。

    この老人は喋ることもできないようです。私の存在に気付くとバイクのエンジンを指差して何か仕切りに伝えようとしてきます。おそらくエンジンの排気量を聞いているのだろうと思い660ccですよと伝えます。

    すると伝えようとしたことが通じたのが嬉しかったのか嬉しそうに笑って、一緒にいる男の子に身振り手振りで何かを伝えようとしています。

    今度はバイクを揺さぶる仕草をして何かを伝えようとしてくるのですが、何を聞いているのかわかりませんでした。ただ、何か同意を求めているような雰囲気でしたので、そうですよと伝えると、また嬉しそうに笑うのでした。

    一緒にいる男の子はずっと無表情でじっとこちらを見つめているだけでしたので、この子が言葉を話せるのかどうかはわかりませんでした。

    バイクに跨り準備をしていると、おじいさんはキックでエンジンをかけるのか?と言った仕草をするのですが、私がセルでエンジンをかけると、あぁ、なるほどと言った表情になります。

    出発するときに、笑顔でバイバイと言って手を振ると、このとき初めて男の子もおじいさんと一緒に笑って手を振ってくれました。

    ここから1時間ほど走り、この日滞在したエルバサンという町に到着しました。

    エルバサンは昔ながらの建物が残った、石畳の大変美しい町でした。

    ここの宿の方はアルバニア語とイタリア語しか喋れないようで、コミュニケーションに難儀しました。

    夕食を済ませて宿に戻る途中、見知らぬ老夫婦に声を掛けられました。どうやら同じ宿に泊まっているドイツ人夫婦のようで、私が宿の中庭にバイクを停めているのを見ていたようです。

    「宿の方とコミュニケーションは取れた?」とご婦人が尋ねてきます。

    うまく取れなかったと答えると、「そうよね。あの人アルバニア語とイタリア語しか喋れないって珍しいわよね。私たちも困っちゃって。」と言います。現地の言葉しか喋れない宿の人は結構いますが、他に喋れる言語がイタリア語だということに珍しいと言ったのかどうかまではわかりませんでした。

    すると今度はご主人の方が「バイクはレンタルバイクかい?」と聞いてきます。

    日本からずっと乗って来たと答えると二人とも目を丸くして驚きます。「つい先日、スウェーデンから電車とバスでここまで来たっていう若者に会ってそれでも驚いたのに、日本からバイクで走って来たなんて信じられないわ」と言います。

    ご主人が「我々は明日オーフリッドに行くんだ。バスでだけどね」と言います。

    私は今日オーフリッドを通って来て大変美しい場所だったと伝えると、「あら、私たちとあなたは反対方向から来て、ちょうどすれ違う所で出会ったのね。どうか無事に旅を続けてちょうだいね」と言います。ご婦人がそう言った所で宿に到着し、お休みを言ってお別れしました。

    素晴らしい景色と心癒される優しい人たちとの会話で、このアルバニアという国もきっと私にとって素敵な国であろうと予感させてくれる1日目でした。

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  • マブロボ湖の優しいマダム

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    10/14(月)東京出発128日目、北マケドニア2日目 クリバハランカ〜マブロボ 走行距離212km

    北マケドニアという国についてはほとんど情報を持っておらず、狭い国土だったため、この日はこの国の西にあるマブロボという湖に行ってみることにしました。

    紅葉のシーズンでマブロボ湖はとても綺麗でした。

    紅葉のシーズンでマブロボ湖はとても綺麗でした

    この国は大変綺麗な場所が多いのでキャンプしたいとも思うのですが、物価も非常に良い安く、個室で大変綺麗な部屋であっても驚くような安価で宿泊することができてしまいます。

    であれば暖かいシャワーも使えて暖かく安心して眠れる宿に泊まってしまおうとへなちょこツーリストである私は考えてしまうのでした。

    実際にマブロボ湖に行ってみると湖畔でキャンプするのに良さそうな場所を見つけても、湖畔まで降りて行くのに歩きでも大変な場所ばかりでした。

    それを考えるとキャンプ場所を探すのに以外と難儀しそうだと感じ宿の予約をしておいてよかったと思うのでした。

    宿の前に到着すると宿の隣の家の人が出て来てくれます。

    予約してくれていた方ね?と言って宿の鍵を開けてくれ部屋とシャワー室の説明をしてくれたのですが、「私はこの家の人間ではないので、何か困ったことがあったらここの人が帰ってきてから聞いてね」と言います。

    この宿は宿といっても一軒家の一つの部屋を宿泊客に貸しているだけです。

    この部屋でボケっと過ごしているのももったいないので、近くのカフェに夕食を食べに行くついでに散歩に出かけました。

    近くのカフェから見えるマブロボ湖の景色も絶景でした。そして、この国の物価の安さとそれに対するサービスの質の高さに驚きました。

    カフェから見える景色も絶景でした

    チーズがふんだんに使われたサラダと、ポテトフライとトマトスライスが大量に添えられた大きめのステーキを食べて、更にビールとラムの紅茶割を飲んでつまみも注文したのですが、全部で吉野家の牛丼に少しトッピングした程度の金額です。

    中央アジアの国と比べてもだいぶ安い印象を受けました。

    宿への帰り道に、マブロボ湖の湖畔にある教会が気になっていたので行ってみました。

    この教会がとても気になったので行ってみました

    近くに行くとその教会はひどく壊れていて現在では使われていないだろうことがわかりました。大変目立つ教会のため、このような状況になっていることが大変気になりました。

    近くに行くと何か様子がおかしいです
    激しく損傷しているようです
    中は瓦礫の山でした

    宿に戻ると宿の人も帰宅していて挨拶をします。

    大変優しい雰囲気のご年配の女性でお茶を振舞ってくださいました。昼間に出かけているのは仕事とのことで、国の機関でネットワークのエンジニアをされているとのことでしたので、相当なエリートなのだろうと思いました。

    すると旦那さんと息子さんも顔を出してくださったので挨拶をします。

    このご家族は全員英語が喋れるので大変助かります。

    私が日本人だと言うと「日本はテレビで見たことがあるぞ。テクノロジーの進んだ国だ」と言います。

    東ヨーロッパの国の人からしてみたら東洋の外れにある日本なんて全く馴染みのない国なのでしょう。

    ロシアや中央アジアの国々やトルコでは日本人というと親近感を持って接してくれていたので、このような反応であることで改めて「あぁ、ここまで来たんだなぁ」と感慨深く思うのでした。

    リビングの壁には色々な絵が飾ってあり、その中の一つにあの湖畔の教会の絵がありました。

    「この絵は湖畔の教会の絵ですね。先程見に行ったのですがひどく壊れているようでしたけども」と私が言うと、「あの教会は第二次世界大戦で壊れてしまったのよ」と言っていました。

    この絵が第二次世界大戦以前に描かれたほど古いものには見えなかったので少し腑に落ちなかったのですが、それ以上は聞きませんでした。

    部屋も大変綺麗な個室で、このご年配の女性も部屋の温度を調整してくださったりと大変気を使ってくださいます。また夕食まで用意してくださいました。

    少し前にカフェでお腹一杯食事を済ませてしまっていたので全くお腹は減っていなかったのですが、せっかくのご厚意でしたので頑張って食べました。

    またここでも「ラキア」というアルコールも強いお酒を振る舞ってくださいました。

    こんなにももてなしていただいて、快適に過ごすことができ、今まで滞在していたどの国よりも物価が安いため、こんなにも美しい景色が広がっているのに、益々キャンプをする気持ちが遠のいてしまうと思うのでした。

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  • 山奥の素敵な宿で

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    10/13(日)東京出発127日目、ブルガリア4日目、北マケドニア1日目 ソフィア~クリバハランカ 走行距離145km

    ブルガリアは景色や街並みが美しく走っているだけでも十分楽しい国でした。それほど大きな国ではないのであっという間の滞在期間だったため、名残惜しさもあるのですが次に進むことにしました。

    北マケドニアの国境に向かう途中、素敵な食堂を見つけます
    やはりブルガリアでも田舎の方に行くと全く英語は通じないのですが、他に食事をしていたお客さんが通訳をしてくれ無事に食事を摂ることができました

    このまま北上してセルビアに入るのが順当な走り方になるのかとは思うのですが、私は西に進むことにしました。というのも、10月16日にアントニオがギリシャのアテネで知人と会うということでしたので、私もこのまま西に進んでアドリア海を北上していけばどこかでアントニオと出会えることもあるのではないかという期待があったためです。

    そして、アドリア海沿いの道が大変美しいと言っていたのは他でもないアントニオだったのです。

    ただ一つ残念に思うのがそのルートを取るとセルビアには立ち寄らないことになることです。なぜセルビアに対してそのような思いがあるのかというと、私が日本にいたときにやっていたオンライン英会話の先生にセルビア人の方が多く、たくさんのセルビア人先生にお世話になっていたので、セルビアがどんな国なのか一度見てみたかったという気持ちもあったからです。

    しかしこのときの私にとっては、アントニオが言っていたアドリア海沿いの道がとても綺麗だということと、その道を走ればもしかしたらどこかでアントニオに会えるかもしれないということの方が大切なことに思えたのでした。

    さて、この日目指すのは北マケドニアという国です。もともとは単にマケドニアという名前の国だったのですが、ギリシャ北部の地域がマケドニアと呼ばれていて歴史的にも重要な地域ということで、とりわけギリシャからの反発が強く、2019年5月に北マケドニアという国名に変わったということでした。

    私もこの北マケドニアという国についてはほとんど知識もイメージもないのですが良い印象を持っていました。というのもオンライン英会話の先生で北マケドニアの方がいて、とても丁寧で優しく、また独特の素敵な雰囲気を持った方だったことからそのように感じていたのだと思います。

    国境に到着すると、ブルガリアの国境も北マケドニアの国境もとてもフレンドリーで優しい対応をしてくれます。北マケドニアの国境で自動車保険を見せるように言われたためグリーンカードのコピーを提示したのですがここで問題がありました。

    私の取得していたグリーンカードは北マケドニアをカバーしていなかったのです。でも担当官は優しくそのことを教えてくれ、すぐ近くの建物で北マケドニアの保険に入れるのでそちらで手続きしてから戻ってきてくださいと教えてくれます。

    保険の手続きに行くとなんと最小単位のものでも15日間で50ユーロというバカ高い保険でした。しかしこれに加入しないと入国できないため仕方なくこの保険に加入します。恐らく北マケドニアの滞在日数も2~3日ですのでかなり割高な保険になるため、素直にセルビアに行っておけば良かったとこのときは思わなくもなかったのですが、後にここから進む道の景色の美しさを見て、十分に価値のあるものだと思えるのでした。

    自動車保険のことを除けばいたって簡単に手続きを終えることができました

    北マケドニアに入ってもブルガリアから引き続き美しい景色が続きます。

    北マケドニアの国境を越えて、なぜこんな山奥にポツンと一軒だけ宿があるのだろうかという場所を事前に見つけていたので、好奇心でその宿を予約していました。価格も驚くほど安かったため正直期待はしていなかったのですが、実際に行ってみると良い意味でその予想は裏切られました。

    素敵な宿にはおしゃれなバーも併設されています。山奥のため他にお店も無いのでバーが併設されていることは大変ありがたかったです。

    驚くほど安価で大変素敵な宿でした

    しかも北マケドニアの物価はブルガリアよりもさらに安く、大変質の高い料理を圧倒的に安く食べることができます。

    部屋に荷物を置いて私は早速ビールを注文して中庭で飲んでいました。

    宿のオーナーさんと思われるご年配の男性の方は「日本人が来た!!」と言って大喜びでした。

    この日訪れていた宿の他のお客さんに対しても、あそこに座っているのは日本人だぞ!と言って嬉しそうに自慢しているのが聞こえてきます。

    私がビールを飲んでいるとそのオーナーさんがたくさんのリンゴを持ってきてくれ、美味しいから食べてくれと言ってくれます。

    このオーナーさんは全くと言っていいほど英語は喋れませんでしたが、代わりに一人の若い従業員がそれなりに英語が話せたため通訳をしてくれ大変助かりました。

    この宿は格安であり、料理も食べられて景色も綺麗だったため、もう一日この宿でのんびり過ごそうと2泊したいと伝えたのですが、残念なことに次の日はシェフが休暇のため料理を出せないので素泊まりになってしまうということでした。

    この場所で素泊まりとなると数十キロ離れた町まで下りて行って買い出しをするか食事をするかしないとならないので、残念ですが1泊だけにすることにしました。

    宿のオーナーさんが私に話しかけてくるのですが「サソリ、サソリ」と私には聞こえて何のことか最初はわかりませんでした。北マケドニアの景色を見るとサソリが出そうな雰囲気も無いので、もしかしたら北マケドニアでは何か象徴的なものとしてサソリが使われることでもあるのかな?と思ったのですが、ふとこの国の首都の名前が「スコピエ」ということを思い出し、「スコーピオン」ではなく「スコピエ」と言っていることに気付きました。

    オーナーさんはおそらく私に首都のスコピエには行くのか?と聞いているのだろうと思い、「イェス、イェス」と答えました。実際には都市部は渋滞もしそうで嫌だったので行く気は無かったのですが、説明するのは大変そうだったのと、日本人である私に是非とも北マケドニアを楽しんでほしいと思っている気持ちが伝わって来たので、がっかりさせないようにとの私なりの気遣いでした。

    夕食の時間になりバーで食事をしていると、昼間に通訳をしてくれていた若い従業員の方がやってきて、ご馳走するから「ラキア」を飲まないか?と勧めてくれます。

    最初私には「ラキ」と聞こえたので、トルコの水を加えると白く濁る蒸留酒を連想したのですが、この地方にある「ラキア」は果物から作った蒸留酒であるようなことを言っていました(ブランデーと同じようなものという言い方だったので勝手に私がそう解釈しただけで実際には違うかもしれません)。

    かなり強いお酒には違いませんが冷え込む夜にはありがたい一杯でした。

    ラキアとビールでだいぶいい気分になり、暖炉の火で暖まり、北マケドニア初日の夜は幸せな気分で過ぎていくのでした。

    暖炉の火で暖まっている私を見て、なぜか従業員の方は笑ってました
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