• カテゴリー別アーカイブ 016_アルバニア
  • モンテネグロへ

    Facebook にシェア
    Pocket

    10/18(金)東京出発132日目、アルバニア4日目、モンテネグロ1日目 ジロカストラ~ポドゴリツァ 走行距離353km

    この日は一気にアルバニアの北の国、モンテネグロを目指します。先日ブルーアイまで走って来た道を引き返すのは多少悔しい気持ちもあるのですが、大変景色か綺麗だったのでそれも良いかと思います。

    宿の優しいおばちゃんに挨拶をして出発します。

    ブルーアイに向かう時も通ったはずの道なのですが、あのときはなんとか一番いい時間帯にブルーアイに行きたいと思って急いで走っていたため、こんなにも綺麗な景色だったっけ?と思うのでした。

    こんなに美しい川も。
    パミールハイウェイでみた川のように蒼い色をしています。

    来るときには通らなかった脇道に逸れるダートにも入っていきます。気持ちの良い山道が10kmほど続きます。途中馬車を停めて休憩している二人の男が笑顔で大きく手を振って挨拶してくれます。

    素敵な一日のスタートです。

     

    この日はモンテネグロへの国境越えもあり走行距離もそこそこです。ここのところだいぶ日が短くなってきているので一日の走行距離は300km程度に留めておくのが賢明だと思います。

    モンテネグロへの入国もあっさりでした。いくらヨーロッパに入ったとはいえ、旧ユーゴスラビアの国々やその周辺諸国はあまり仲が良くないという話も聞いていたので国境はもう少し厳しいかと思っていたのですが、今のところパスポートとバイクの登録証のチェックくらいで非常にあっさりしたものです。

    あっという間の国境越え

    夕方にモンテネグロの首都ポドゴリツァに着きます。ポドゴリツァは国境から近いところに位置するためほとんどモンテネグロを走っていませんが、やはり都会になるとここまで走ってきた美しい景色とは多少印象が違います。

    宿に着くと、宿の方がここでも大変歓迎してくれます。

    宿から見下ろしたポドゴリツァの街

    まだモンテネグロに入ったばかりでこの国の通貨(モンテネグロはありがたいことにユーロです)を持っていないのでATMに引き出しに街まで歩いて行こうと思います。

    この宿は街から2kmほど離れたところにあったため早くいかないと日が暮れてしまいます。

    しかし宿の方がとりあえず一杯「ラキア」を飲んで行けよと勧めてくれます。

    せっかくなので一杯ご馳走になります。

    少しほろ酔い気分で歩き始めると、宿の方も用事があったようで車で街まで連れて行ってくれました。

    ATMで現金を引き出し、スーパーで夕食と次の日の朝食の買い出しをします。

    私が今まで通ってきた国はだいたいどこもそうだったのですが、果物は秤で重さを計ってそこで値札をつけてレジに持っていきます。

    このスーパーは秤で計ってくれる女性店員がいたためみんなそこに並んでいます。私の後ろに並んでいたご婦人が、私の前に並んでいた人が重さを計っているときに、先に台の上にご自身の取った果物を乗せてしまいました。

    ずうずうしいおばさんだなと思って、外国人だからなめられて順番抜かしされたのかと思いました。でもおばさん相手にムキになっても仕方ないですし、急いでいるわけでもないので黙っていました。

    案の定店員さんは先にこのご婦人の果物を先に計ろうとしたのですが、このご婦人が「私より彼の方が先よ」と言って、私の方を先にやるように店員さんに言いました。

    笑顔で会釈するとこのご婦人も微笑んでいました。

    この国はレジの方も大変愛想が良いです。別に今までの国のようにぶっきらぼうな態度の店員さんがいても私はさほど気にはなりませんでしたが、やはりこの国のように笑顔で対応していただけると非常に素敵な気持ちになります。

     

    宿に戻ってビールを飲みながら簡単な夕飯を済ませ、この先どうしようかと考えます。

    もともとはこのまま北上を続けクロアチアのアドリア海沿いの道を走って行く予定ではあったのですが、実は私の体に不安なことがあったのです。

    トルコあたりから奥歯が痛いのです。熱いものや冷たいものが沁みるとかではなく、少し硬めのものを噛むと鈍痛が走るのです。

    これはもしかしたら根管治療と呼ばれるものが必要なのではないかとこのとき考えていました。

    実は日本出発前に歯医者に検診に行ったときに、とある歯医者で歯の根に影があり根管治療が必要だと言われたことがありました。その歯医者は最新の治療法を用いて治療をするので一本当たり20万円かかるとのことでした。

    出発してから痛みが出てしまったら嫌なのでその治療をやろうかとも思ったのですが、このブログで以前登場したKは歯科医であり、そのときにそのことを相談したところ、痛みも無いのに治療をするとそれがトリガになり痛みが出るリスクもあるし、そもそも根管治療は非常に難しい施術で、専門の腕の良い歯医者でも60~70%の成功率だということを教えてくれました。

    そのようなリスクの話を一切せずにいきなり高額の施術を進めてくるこの歯医者を信頼できなかったため、私はこのときは治療しませんでした。

    また、このときは仕事帰りに寄れる歯医者に行ってしまったのですが、以前引っ越し前に私が通っていた信頼していた歯医者に再度行ってセカンドオピニオンを受けたところ、Kと全く同様の説明で、レントゲンを確認しても今の時点で処置をするようなものでもないと思うという意見をいただいていました。

     

    今回痛みを感じている歯は、そのときに根管治療が必要と言われた歯とは全く別のものなのですが、10数年前に私は別の歯の根管治療を受けたことがあって、そのときの痛みに似ていたので、勝手にそのように判断していました。

    幸いなことに今はヨーロッパにいます。しかしヨーロッパの西側の国に行ったときに歯医者の治療医がいくらくらいのものなのかも不明ですし、私の加入している海外保険は歯科治療はカバーされていないので、大変なことになる恐れがあります。

    そして、日本にいるときにやっていたオンライン英会話のセルビア人の先生が、セルビアは歯科治療技術は先進国並みなのに非常に安いため、ドイツやイギリスやアメリカといった国からわざわざ歯科治療のためにセルビアに来る人がいるという話を聞いたのを覚えていました。旅費を考えてもそれらの国で治療するよりも安くて同程度の治療を受けられるそうです。

    今いる国はモンテネグロ。東にセルビアがあります。アフリカに入る前にここで治療をしてしまおうと、このとき決意し、私はこれからセルビアの首都ベオグラードを目指すことにしたのでした。

    Facebook にシェア
    Pocket

    このギャラリーは、3 枚の画像があります  写真 他

  • ジュンジさん

    Facebook にシェア
    Pocket

    10/17(木)東京出発131日目、アルバニア3日目 ジロカストラ

    風邪気味で体調が良くなかったところにそんなものすべてを吹き飛ばすニュースが私のところに舞い込みました。

    鳥取の境港からウラジオストクまで同じフェリーに乗り込んだ日本人ライダーは私の他に4人いらっしゃいました。

    フェリーで出会った、同じ志を持つ素敵な仲間たち

    ロシアのハバロフスクからウランウデ、モンゴルのウルギーからカザフスタンのアルマトイまでを一緒に走った、どこに行っても誰からも好かれるモンキーライダー洋介さん。洋介さんは現在仕事の関係でキルギスのオシュにモンキーを預けて日本に一時帰国しています。

    お守りを加工する洋介さん

    オフローダーの聖地であるロシアの骨の道を単独走破し、その後もモンゴルの過酷なオフロードも勇猛果敢に攻めに攻めて走ったラストサムライ大澤さん。現在は骨折も治り退院して、日本で再びバイクで大暴れしているという連絡をいただきました。

    私は岩清水方式です

    元スズキのメカニックにして、海外の国際ラリーにて入賞経験もあるという粕谷さん。65歳で定年退職をしてまだまだこれからもご自身の夢を追い続け、悲願だったパミールハイウェイを走破したときの興奮した電話の声は感動的でした。

    水掛方式を伝授(o^O^o)

    今は日本に帰国していますが、定年退職した身である粕谷さんは仕事もないため抜け殻のようになってしまっていると洋介さんより連絡がありました。しばらくは少しお休みされても良いと思いますけど、それが長く続くのは心配です。ボケないでくださいよ(*´Д`)

    そして、私にとってはあれだけ衝撃的な出会いであったジュンジさんなのですが、このブログの読者の方の中にはフェリー以降このブログにてジュンジさんの動向が報告されないことに違和感を感じられた方もいらっしゃるかもしれませんね。

    フェリーの甲板で大の字になって寝ているジュンジさん
    大胆(>_<)

    私はジュンジさんに後ろめたさがあり連絡を取れないでいました。そして卑怯者の私はそのことをブログに書くこともありませんでした。

    ウラジオストクで私とジュンジさんは同じ宿に泊まっていました。

    ウラジオストク到着の次の日、我々は各人のオートバイの受け取りの手続きをしたのですが、実はこのときジュンジさんだけはオートバイの受け取りができなかったのです。ジュンジさんは2年前に同じようにウラジオストクからギターを背負って世界一周を目指したのですが、スコットランドで事故に遭ってしまい一時帰国をして、今回が2度目の挑戦だということは以前のブログにも書いた通りです。

    一度目の挑戦の時にロシアからバイクを持ち出したという記録がロシア側に無く、別の新しいバイクをロシアに持ち込むことができないと拒否されてしまったのです。数日後になんとかその確認は取れ、無事に旅を開始することができたのですが、私はあのときそんなジュンジさんを置き去りにしてウラジオストクを出発してしまったのです。

    あのときジュンジさんは私に「急ぐ旅でもないんだから、少しウラジオストクを楽しんだら」と言いました。

    それに対して私は「そうですよね。私には何もできることはないですけど、それでもこんな状況で一人ぼっちになるのはキツイですよね」って最低なことを言ってしまったのです。

    そんなことを言えば「そんな気の使い方しないで。気を使って残るのなら先に進んだほうが良いよ」と言ってくれるのはジュンジさんという人のことを考えれば当たり前のことだったのです。

    なんであのとき「そうですね。ウラジオストク楽しそうなので少し滞在しようかな」って言えなかったのか悔やまれてなりません。

    卑怯者の私はそのエピソードはブログには書けず、そして見送ってくれたジュンジさんを裏切るように残して旅を開始したのでした。

    なのでそれ以降、私はジュンジさんに後ろめたさがあり連絡を取ることすら憚られてしまっていたのです。

    それでも私は、ジュンジさんはyoutubeで旅の様子は公開していたので、だいたいどこにいるのかは把握していたのですが、ここ最近1か月ほどyoutubeがアップされなくなり大変心配していました。

    そしてこの日、約1か月ぶりにyoutubeがアップされました。

    その内容は旅をここまでにして終わりにするというものでした。

    私はすぐにジュンジさんにメッセージを送りました。するとすぐにジュンジさんは電話をくれました。

    実はジュンジさんに子供ができたというのが旅を終わらせるという結論に至った原因だと知り安心したのと同時に嬉しくもあったのですが。

    一度目の挑戦の時に旅先で知り合った女性とジュンジさんは交際することになり、その方との間に子供ができるということは十分考えられることだったそうです。肝っ玉彼女さんは「もし子供ができても2~3年なら私が育てて待ってるよ。納得できるまで旅を続けてきなよ」と言ってくれていたそうです。それでもジュンジさんは大切な家族と一緒にいることが一番幸せなことだと感じ、旅を終える決断をしたそうです。

    私はジュンジさんもカッコイイと思います。

    始めることも続けることも大変ですけど、やめると決断することもとてもとても大変なことだったと思います。

    ジュンジさんは今、清々しいと言っていました。

    とにかく心からおめでとうの言葉しかありません。どうか幸せな毎日を過ごしてください。

     

    これで2019年6月15日に一緒に境港から旅だった日本人ライダーで旅を続けているのは私一人になりました。

    ジュンジさんは言っていました。旅を続けるって本当に難しいことだと。

    ジュンジさんも粕谷さんも旅は孤独だと言っていました。

    私はLINEなどで励ましてくれたり連絡をくれる方が日本にもいますし、大変うれしいことに洋介さんも今でも連絡くださいます。それにそもそも私はもともとそういった感情が多少欠落しているようですので、そこはなんとか頑張れそうなのですが、この旅の意味だとか価値だとかを考え始めると、本当に旅を続けることが正しいことなのかがわからなくなり、挫けそうになってしまうことが多々あるのです。

    ジュンジさんは新たな人生を歩み始めます。

    大澤さんも怪我から復活して、あの男のことですから、またいつかとんでもないことをぶち上げるでしょう。

    洋介さんは来年の2月にパワーアップして戻ってくるはずです。

    粕谷さんだって不死鳥のようにまた挑戦の旅に出るでしょう。

    だから私も前に進んでるって思えるうちは、オートバイを前に進めようと思うのです。

    いえ、例え前に進んでいるって思えなくなったとしても、歯を食いしばって自分自身を前に進めてみせると思うのです。それは私の人生においてという意味で…。

     

    とにもかくにも、ジュンジさん!おめでとうございます!!

    Facebook にシェア
    Pocket

  • なんだろう…。だるいな(´Д`)

    Facebook にシェア
    Pocket

    10/17(木)東京出発131日目、アルバニア3日目 ジロカストラ

    朝起きて、前日に買っておいたヨーグルトとリンゴ、バナナを朝食に食べます。

    しかし昨晩からのダルさが取れません。今まで考えもしていませんでしたがもしかしたら風でも引いたのかもしれません。

    とにかくダルくて何もする気が起こらないのです。

    一旦部屋に戻り再度眠ることにしました。

    お昼になり目を覚ましたのですがダルさはまだ残っています。しかしお腹はすいたので前日に行ったレストランと同じレストランに行きます。

    思わずビールを注文しそうになったのですがこの体調でアルコールは良くないと思い我慢しました。前日接客してくれた男性従業員の方は相変わらず生真面目な堅い雰囲気ですが、私の姿を確認すると微かに微笑んでくれたのがわかりました。このあたりにこの方の優しさを垣間見ることができます。

    さすがにピザ1枚は食べられないだろうと思い、この日はパスタを注文しました。パスタも200円~で食べられ、昨日と同様に無料のフルーツのサービスが付きます。

    食事を終えてこのまま宿に戻って眠るべきだったのかもしれませんが、せっかくジロカストラに来たのだからとジロカストラ城を見学に行きました。

    ジロカストラ城まではヨーロッパ特有の石畳の急な坂道を歩いて行きます。

    ジロカストラ城までは石畳の急な坂道を登って行きます

    体調が悪いせいでひどく疲れます。途中嫌になり宿に帰りたくなったのですが宿までもそこそこ距離があるので、仕方なく頑張ってジロカストラ城まで行くことにしました。

    ジロカストラ城の近くはカフェやお土産物屋がたくさんありましたが、人はそこまで多くありません

    この場所に来るなら本来ならアルバニアの戦争の歴史を少し勉強してから来るべきところのようです。ジロカストラ城の中にはすでに朽ち果てている砲台や戦車、戦闘機がそのまま残っていました。

    城内のメイン通路には戦車が並べられていました
    これも戦争に使われていたものでしょう
    壊れた戦闘機もありました

    私はアルバニアに入ってもしばらくの間、地理的なことからこの国は旧ユーゴスラビアの国だと思っていたのですが、そうではなく独自の路線を歩んできた国のようです。

    マザーテレサのような立派な人を輩出したこの国の大自然もここで暮らす人たちも街並みも、私の眼には大変美しいものに見えました。

    ジロカストラ城から見える景色
    時計塔

    ジロカストラ城を一通り見学し終え宿に戻ります。

    宿の目の前で遊んでいた大変美しい男の子と女の子が私の顔を見ると「ハロー、ハロー」と言って笑顔で手を振ってくれます。私もそれに応じて手を振ります。いつもならここで少し追いかけっこをしたりして遊ぶところなのですが、どうしてもダルくてこの日はそんな気になりませんでした。

    子供たちが挨拶してくれたのですけど、どうしてもダルくて…

    部屋に戻りシャワーを浴びて、そのまま眠りにつこうとしたのですがスマートフォンを手に取ると私の目に衝撃的なニュースが飛び込んできました。

    それは鳥取の境港からウラジオストクまで一緒にフェリーで過ごしたジュンジさんのことでした…。

    続く

    Facebook にシェア
    Pocket

    このギャラリーは、8 枚の画像があります  写真 他

  • ブルーアイ

    Facebook にシェア
    Pocket

    10/16(水)東京出発130日目、アルバニア2日目 エルバサン~ブルーアイ~ジロカストラ 走行距離272km

    朝起きて身支度を整えた後、少し困ったことがありました。

    この宿も一軒家を改造していくつかの部屋を宿泊客に貸しているタイプのものだったのですが、私がチェックアウトしようとしたときにこの家の人が誰も家にいませんでした。

    昨晩話をした老夫婦ももう出発した後のようでした。

    家の門の所に部屋の鍵の返却口があったので鍵の返却はできるのですが、そもそもお会計をしていないのです。

    とりあえずバイクに荷積みだけ済ませてしまいます。それでも家の人が帰ってくる様子もなく途方に暮れてしまいます。

    仕方ないのでメモ用紙に私ということがわかるように私の氏名と日本人ライダーであることを書いて、そのメモ用紙で作った袋に現金を入れて鍵の返却口に入れて行こうかとも思ったのですが、裏側に落ちてしまったり、無理に手を入れたら表から取られてしまう危険もありました。

    困り果てて途方に暮れているとその家の前を一人の老紳士が通りかかり、目が合いました。

    その方は多少英語が話せてどうしたのか尋ねてくれたので事情を説明すると、玄関から大きな声で家の人を呼んでくれます。

    しかしそれでも誰も出て来ません。するとその老紳士は家に携帯電話を置いてきてしまったからそれを取って来てこの家の人に電話をかけてあげると言ってくれます。この老紳士の方はこの家の人の従兄弟だと言っていました。

    しばらくすると携帯電話を持って来てくれたのですが電話にも出ないということです。

    仕方ないので玄関脇にお金を置いておくので、この家の人のここに置いたということを伝えてもらえるようにその老紳士にお願いしました。

    幸いなことに門の鍵は私が借りていた部屋の鍵に一緒に付いていた鍵で閉めることができたのでセキュリティも大丈夫そうです。

    このとても親切な老紳士にお礼を言って出発することにしました。

    この日目指すのは、この国にあるブルーアイと呼ばれる神秘的な湖です。

    本来ならばアルバニアをこのまま北上してモンテネグロに入るのが正規のルートとなるところだったのですが、このブルーアイをどうしても見たくて、この日は南に約250km下がったところにあるブルーアイを目指すことにしました。

    それにしてもアルバニアの景色の美しさには惚れ惚れしてしまいます。景色の美しさではキルギスもジョージアも大変美しかったのですが、このアルバニアはそれらの国を凌駕するのではないかと思うほどの美しさです。

    この日目指すブルーアイは太陽の光を受けて真っ青に染まる湖なのです。ですので天気に依って全然見え方が変わってしまうようです。

    この日の天気はまさに快晴。雲一つない文句の付けようのない天気です。

    また時間帯も重要で日の高い13時頃が最も美しく見えるということなのですが、朝の時点でモタついてしまった影響で13時は少し過ぎてしまいそうでした。

    途中、脇道に入ると面白そうなダートが10kmほど続いて再度メイン道路に合流する地点を見つけたのですが、なるべく早い時間にブルーアイに到着したかったことからそこには帰るときにでも走ろうと思って立ち寄ることはしませんでした。

    ブルーアイに行くために手前300mくらいの地点にバイクを停めて歩いて行きます。本当はもう少し近くまでバイクで行けたのですが、酷いマディ(泥道)が現れたので、無理をせずに歩くことにしました。

    このブルーアイは最近少しずつ知名度が上がってきたということではありましたが、まだまだ観光客らしき人はそんなにいません。ブルーアイまで歩いて行くまでに途中二組のカップルが歩いて戻ってくるのに出会ったのと、新たに車で二組のカップルが来たのを見たくらいで、観光客であふれかえっているということが無かったのも私にとっては非常に良かったです。

    ブルーアイに到着して、私は呆然と立ち尽くしました。

    こんなにも美しい場所がこの地球上に存在するのかと…。

    ブルーアイ…

    その湖はブルーアイの名に相応しく、太陽の光を受けて真青な眼光で周囲の音まで吸い込んでいるかのように静かに佇んでいました。

    裸足になり、そっとその蒼い瞳に吸い寄せられるように足を浸けてみます。

    音だけでなく私そのものまでも吸い込まれてしまいそうなその冷たさは足先から私の脳天まで伝わり、私が生きているということをまざまざと思い知らせてくれます。

    洋介さんがカザフスタンのヌルスルタンで買ってきてくれたビーチサンダルを浮かべてみました

    神々しく森の奥にひっそりと佇む蒼い瞳。

    神々しくひっそりと佇む蒼い瞳

    どうかこの地の人たちの手によって、この先もこの美しい姿を守って欲しいと思います。

     

    ここまで来る間にも夜営するのにスゴく良さそうな場所を何ヵ所も見つけていて、ブルーアイを見てテンションも上がっていたので、夜営したいという気持ちが強くありました。

    しかしこのとき、私の怠慢で洗濯を長い期間しておらず、ここだけの話、パンツも靴下も2ラウンド目どころか3ラウンド目に突入しているものもあり、どこかに2泊してどうしても洗濯をしたかったのです。

    それを考えるとブルーアイから30kmほど行ったところにあるジロカストラに2日滞在すれば、洗濯物を乾かしている1日の間に観光もできて都合が良いと考えていました。

    もちろん1日くらいここで夜営をしてからジロカストラに向かっても良いのですが、ただ夜営したいがためだけに1日余計に時間を費やすことが正しいことのように思えなかったのです。

    こういう気持ちの余裕の無さが私の良くないところなのように思います。

     

    ブルーアイからジロカストラまではあっという間で、事前に調べていた宿も東ヨーロッパに入ってからの例に漏れず驚くような格安で快適な宿に泊まることができます。

    宿に到着すると可愛らしいご年配の女性が出迎えてくれます。全く英語は話せずすべて身振り手振りでのやりとりですが一生懸命に伝えようとしてくれる姿に好感が持てます。

    バイクも門の中に入れさせてくれます。荷物を部屋に運ぶと早速たまっていた洗濯をします。

    洗濯を終え夕飯を近くのレストランで摂りに行きました。

    おしゃれなレストランですがピザが一枚日本円で約200円~で食べられ、成人男性でもピザ一枚食べたらお腹いっぱいになります。さらには無料でリンゴや桃などの果物がカットされたお皿が出てくるという考えられないようなサービスです。

    アルバニア人は一見無口でおとなしそうな雰囲気なのですが、とても紳士的な人が多いと感じます。

    このお店の若い男性従業員も一見不愛想に見えるのですが、立ち振る舞いが大変丁寧で、料理や飲み物を運んでくる度に小さな優しい声で「enjoy」と言ってくれます。

    ブルガリアから始まり北マケドニア、そしてこのアルバニアと東ヨーロッパの国々は本当に素敵です。確かに観光名所らしい観光場所はないのですが、物価も安く人々はのんびりと暮らしていて自然豊かで、でも一方でサービスレベルは高くインフラも整っているためオートバイでのんびりと旅をするのには最高の場所だと感じます。

     

    宿に戻ると何か少し体調がおかしいです。喉と鼻の奥が痛くてだるいです。これはいかんということでこの日はこのまま就寝することにしました。

    Facebook にシェア
    Pocket

    このギャラリーは、3 枚の画像があります  写真 他

  • アルバニアという国

    Facebook にシェア
    Pocket

    10/15(火)東京出発129日目、北マケドニア3日目、アルバニア1日目 マブロボ〜エルバサン 走行距離237km

    みなさんはアルバニアという国をご存知でしょうか?私はこの旅に出てここまで来て初めてこのアルバニアという国を認識しました。マザーテレサの出生地ということで知っている方も中にはいらっしゃるかもしれませんね。今日はそのアルバニアに入ったというお話です。

     

    朝起きて、この宿のご年配の女性に挨拶をします。今日はどこに行くのかと聞かれ、とりあえずアルバニアに入ると思うと伝えます。

    すると、「アルバニアに入る前に、この国の南西にオーフリッド湖という湖があり、大変綺麗なので行ってみるといいわ」と教えてくれました。

    もともと私はオーフリッド湖の北側の国境からアルバニアに入る予定でしたので、自然とオーフリッド湖を見ることになるだろうと思っていました。

    この日も天気が良く気持ち良く走れます。この国を走っていて気付いたのですが、この国のお墓は非常に独特です。地面に薄い石版を刺しただけで、各々の石版の向きも揃っていないのです。旧ユーゴスラビアの国に入ったばかりなのでなんとも言えないのですが、旧ユーゴスラビアの国の中でもこのようなお墓を作る国はこの北マケドニアくらい(この記事を書いている時点で旧ユーゴスラビアの国にはまだモンテネグロとセルビアにしか行っていないのでなんとも言えないのですが)なのかなと思うとなんとも興味深いです。

    小さくてごめんなさい
    これが北マケドニアのお墓です。大変質素です

    オーフリッド湖の近くに来て道路からオーフリッド湖が見えるかなと思っていたのですが、この道からは見ることができませんでした。南に下がって行けば見られるのかもしれませんが、オーフリッド湖の南から国境を越えられるかどうか不明だったので、残念なのですが諦めることにしました。

    北マケドニアとアルバニアの国境も拍子抜けするほどあっさりとしていました。

    まだ多少の北マケドニアディナールがあまっていたのでアルバニアのレクと換金してもらうことにしました。国境を抜けてすぐのところに換金所はありました。

    事前に1北マケドニアディナールは2レクと調べていたので、持っている1,200北マケドニアディナールは手数料を差し引いても2,000数百レクになると思っていました。

    するとこのガメツイ両替商は1,500レクだと言います。おかし過ぎます。普通のレートなら2,400レクのところを1,500レクとはありえません。それはおかしいと伝えると、1,200レクに1.5を掛けて1,500だと言います。そもそも1,2001.5を掛けたら1,800ですし、1.5って言うレート自体あり得ません。そのことを伝えると、仕方ないから1,800で良いとか言ってきます。だからおかしいから!今のレートは1北マケドニアディナールに対して2レクだと言っても、英語がわからないふりをします。

    手数料を考えても2,200くらいにはならないとおかしいのです。こんなひどい換金所は初めてです。2,200だというと1,900だと言います。やっぱり自分がぼったくってるっていう認識はあるようです。だから2,200くらいが相場だからと伝えると、2,000だったら換金してやるけどそれ以上言うなら換金してやらないとまで言いました。

    ここで換金できないとなると他で換金できる場所のあてもないですし、下手をすると1円にもならない恐れがあります。コイツがこんなに強気なのもそれがわかっているからでしょう。

    仕方ないので2,000で良いと言うと、お前はなんて商売上手なんだというようなことを言ってきます。テメェ、そんだけぼったくっといて余計にムカつくんだけど(*ω´)

    しかもしれっと1,900しか渡さない姑息さ(*ω´)

    足りねぇぞというと、バレたかと言った表情でもう100レク渡してくるのでした。

    気を取り直してアルバニアに入国して走り始めます。

    するとこの国の美しさに一瞬にして目を奪われます。

    国境を越えてすぐにオーフリッド湖が見えました。
    大変美しいです

    オーフリッド湖はこのアルバニアからでも見ることができました。ついつい無駄にオーフリッド湖を半周してしまいました。

    あまりの美しさについついオーフリッド湖を半周してしまいました
    近くで見るオーフリッド湖は息をのむほど透明で美しいです

    しかし、この国のドライバーは大変マナーが良いです。車間距離を十分にとって決して無理な割り込みなどもしてこないため大変気持ち良く走れます。

    途中立ち寄った町でATMを見つけたので現金を引き出します。

    私がATMで現金を引き出してバイクのところに戻って来ると、右目が潰れていて右手の中指の第一関節から先が無い痩せ型の老人と89歳くらいの男の子が私のバイクを見ています。

    この老人は喋ることもできないようです。私の存在に気付くとバイクのエンジンを指差して何か仕切りに伝えようとしてきます。おそらくエンジンの排気量を聞いているのだろうと思い660ccですよと伝えます。

    すると伝えようとしたことが通じたのが嬉しかったのか嬉しそうに笑って、一緒にいる男の子に身振り手振りで何かを伝えようとしています。

    今度はバイクを揺さぶる仕草をして何かを伝えようとしてくるのですが、何を聞いているのかわかりませんでした。ただ、何か同意を求めているような雰囲気でしたので、そうですよと伝えると、また嬉しそうに笑うのでした。

    一緒にいる男の子はずっと無表情でじっとこちらを見つめているだけでしたので、この子が言葉を話せるのかどうかはわかりませんでした。

    バイクに跨り準備をしていると、おじいさんはキックでエンジンをかけるのか?と言った仕草をするのですが、私がセルでエンジンをかけると、あぁ、なるほどと言った表情になります。

    出発するときに、笑顔でバイバイと言って手を振ると、このとき初めて男の子もおじいさんと一緒に笑って手を振ってくれました。

    ここから1時間ほど走り、この日滞在したエルバサンという町に到着しました。

    エルバサンは昔ながらの建物が残った、石畳の大変美しい町でした。

    ここの宿の方はアルバニア語とイタリア語しか喋れないようで、コミュニケーションに難儀しました。

    夕食を済ませて宿に戻る途中、見知らぬ老夫婦に声を掛けられました。どうやら同じ宿に泊まっているドイツ人夫婦のようで、私が宿の中庭にバイクを停めているのを見ていたようです。

    「宿の方とコミュニケーションは取れた?」とご婦人が尋ねてきます。

    うまく取れなかったと答えると、「そうよね。あの人アルバニア語とイタリア語しか喋れないって珍しいわよね。私たちも困っちゃって。」と言います。現地の言葉しか喋れない宿の人は結構いますが、他に喋れる言語がイタリア語だということに珍しいと言ったのかどうかまではわかりませんでした。

    すると今度はご主人の方が「バイクはレンタルバイクかい?」と聞いてきます。

    日本からずっと乗って来たと答えると二人とも目を丸くして驚きます。「つい先日、スウェーデンから電車とバスでここまで来たっていう若者に会ってそれでも驚いたのに、日本からバイクで走って来たなんて信じられないわ」と言います。

    ご主人が「我々は明日オーフリッドに行くんだ。バスでだけどね」と言います。

    私は今日オーフリッドを通って来て大変美しい場所だったと伝えると、「あら、私たちとあなたは反対方向から来て、ちょうどすれ違う所で出会ったのね。どうか無事に旅を続けてちょうだいね」と言います。ご婦人がそう言った所で宿に到着し、お休みを言ってお別れしました。

    素晴らしい景色と心癒される優しい人たちとの会話で、このアルバニアという国もきっと私にとって素敵な国であろうと予感させてくれる1日目でした。

    Facebook にシェア
    Pocket

    このギャラリーは、5 枚の画像があります  写真 他