• カテゴリー別アーカイブ 022_イタリア
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    11/1(金)東京出発146日目、イタリア5日目、フランス1日目 ポンツォーネ~カンヌ 走行距離248km

    朝起きて外を見てみるとやはりまだ霧が残っています。

    霧の中を走るのは恐いなぁと思いつつ、ここにいては食事もままならないので仕方なく出発の準備をします。

    この宿は朝食込みとなっていたのですが、昨日の対応を見る限りそれも期待できないので、もし朝食が無いなら無いでディスカウントしてもらって早々に出発しようかと思っていました。

    準備を整えチェックアウトのために宿の人を呼ぶと、昨日対応してくれた色っぽい若いお姉さんではなく、ご年配の女性が対応してくれます。

    コーヒーと小さいなクロワッサンと食パンを用意してくれました。

    大変質素な朝食ではありましたが、前日の昼からまともなものを口にしていなかったのでこれだけでもありがたかったです。

      あっぱれ!
    /⌒\
    \●/∧_∧ /⌒\
     ∩ (・∀・) \●/
     Y ̄∥y/∥ ̄`Φ
      Lノ/ニニ∥i ソ〉
      乂/ ノハ ヽ ̄
      `ー-ヽ__|

    いざ出発すると霧も思ったよりも濃くなく順調に走り始めることができました。

    多少、霧は残ってましたが思ったほどでは無くて安心しました

    昨日は全く景色はみえなかったのですが、このあたりは東ヨーロッパで見たような美しい景色が広がっていました。

    イタリアも田舎の方は私の好きなヨーロッパの田舎風景です

    この日はこのままフランスを目指します。

    山を下りると今度は海にぶつかりました。

    そこは砂浜でした。

    山を下りるとそこは砂浜でした

    砂浜はトルコのシダ以来でしょうか?特にこの時期のビーチは人が少ないので余計に心を癒してくれます。

    時期も時期なので人の少ないビーチ

    ヘルメットを被ったまま砂浜に降りて、少し波と戯れたのち、バイクに戻りました。

    バイクに戻る途中にイタリア語で陽気なおじさんに何か声を掛けられたのですが、全く何を言っているのかわかりませんでした。でも、こんな風にイタリア人はとても陽気でよく声を掛けてくれます。

    山から海へ、幸先の良い始まりだったのですがこの後が地獄でした。

    フランスに向かう道は街を挟む度に渋滞です。また雨も降って来て本当にうんざりです。

    スーパーに行くとこんなものが(;´д`)
    おそらくasian heartのheartを「心」では無くて「心臓」と訳してしまったのではないでしょう

    今まではハイウェイで駆け抜けてしまったら面白くないと思って敢えて一般道を使っていましたが、こっちのほうがよっぽどおもしろくありません(;´д`)

    イライラしながらもなんとかフランスに入国することができました。

    スロベニアからイタリアに入った時は国境らしきものは見当たらず、気づいたらイタリアに入っていましたが、イタリアからフランスに入るときはそれらしきものがあり警察官が数人立っていました。

    シェンゲン協定内の国なのでそのまま行き来できることはわかってはいたのですが、万が一何か言われたらそちらのほうが面倒なので念のため停車しました。

    すると、こいつは何で停まったんだ?というような顔をされたので、行っても良いか聞くと、そのまま行くように促されました。

    ‌  _,,_
      (`Д´)
     0┳⊂ )  キコキコ
     [[[L ノ=
      ◎U□◎ =3

    一応国境のようなものはありましたが、やはり素通りで大丈夫でした\(^_^)/

    イタリアで大渋滞に嵌ってうんざりした私は、フランスに入ってこの日行けるところまで行ってやろうとそのままハイウェイに乗って一気にカンヌまで行きました。

    カンヌではドミトリーでも一泊30ユーロとびっくりするような宿泊費だったのですが、運良く個室でしかもセキュリティばっちりの場所にバイクを停められる宿を同程度の宿泊費で見つけることができたので、そこに宿泊することにしました。

     

    渋滞に嵌りかなりイライラしたのは、ここのところまともな食事を摂っていないことも影響しているのではないかと思い、この日は多少高くてもきちんとした夕食を摂ろうと街に出かけました。

    途中、綺麗な教会を見つけました

    しかし、私の認識が甘かったようです。外のレストランはどこも驚くような価格帯です。

    仕方ないので近くにいた若い男性にこの辺りで安くてそれなりにしっかり食べられるお店はないか聞いてみると、少し行ったところに安くてうまい店があると教えてくれました。

    だいたい20ユーロで食べられると…。

    20ユーロ(約2,400円)って…。全然安くないんですけど。

    他の人に聞いてみてもその店は安くてなかなか良いと言いますし、実際に行ってみると大繁盛していました。

    いやいや、こんな物価の国に長居はしたくないということで、渋滞に嵌るのも嫌だし、明日はハイウェイで移動しようと決めるのでした。

    街中には綺麗な場所もありましたけれど…。
    20時過ぎでも子供が遊んでいました(当然大人が付いていましたが)ので治安もそう悪くはないのでしょう。
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  • 雨と濃霧と

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    10/31(木)東京出発145日目、イタリア4日目 ヴェローナ~ポンツォーネ 走行距離285km

    ここイタリアも朝晩はこの時期の気温は一桁代になりますが、ソンクルの恐らく氷点下と思われる中の野営を経験していましたし、寝袋も-15まで対応しているものですので、ぐっすりとゆっくり睡眠をとることができました。

    幸いなことについ先日のキャンプとは違って夜露でテントがビショビショということも無かったので、テントを乾かす手間も無く、朝食を済ませると早々に出発することができました。

    ポンツォーネという村にこの日に宿泊していたキャンプ場と同価格で泊まれるドミトリーを見つけていたのでそこを目指すことにしました。

    ドミトリーに泊まるならキャンプの方がゆっくり休めるのは確かなのですが、夕方から雨予報のことと、恐らくこの時期はオフシーズンでドミトリーであっても恐らく宿泊客は私一人ではないかという思惑があってのことでした。

    ハイウェイを飛ばして一気に駆け抜けてしまっては面白くないので、この日も一般道で目的地を目指します。

    しかし、街中に入ると渋滞に嵌りやすく、さすがはイタリアだけあって今まで通過してきた国とは違い、街と街の間の距離が短いため思うように距離が稼げません。

    そして天気があまり良くないため、夕方になるとあっという間に暗くなってきました。

    この日目指している宿はなかなかに山奥にあるため暗くなる前に到着したかったのですが、悪いことに雨も降って来てさらには濃い霧が立ち込め始めました。

    山道のカーブが多い道のため、スピードを上げてスリップしてしまうのも恐いです。

    標高がどんどん上がり、ほんの数メートル先までしか見えないほど霧も濃くなりました。

    何度同じ失敗を繰り返しているのでしょうか?どうしてもっと余裕を持って行動できないのか自分の愚かさが恨めしくなります。

    宿まで残り数キロ地点まで来たのですが、ここからは脇道に入って未舗装路になります。

    最悪です。視界がほとんどない上に雨が降ったぬかるんだ道を下って行かなければなりません。

    ほとんど地面が見えない中で、何度も轍にタイヤを取られたりスリップしたりします。

    ここを他の車が通ることも考えにくく、ここで転倒したら一人でバイクを起こせるでしょうか?

    イタリアだからまだしも、こんなことがアフリカで起きたら大変です。猛省しないといけません。

    とにかく慎重にゆっくりゆっくりと走りました。

    なんとか宿に到着しバイクを停めて振り返ってみると良くこんなに視界が無い中を走ってきたなと自分でも感心しました。

    なんも見ねぇじゃねぇか!(;´д`)
    よくこんな中走って来たな┐(‘~`;)┌

    宿の扉をノックすると妙に色気のある女性が出てきました。

    宿の予約をしたものであることを伝えると、まさかこの時期に予約が入るとも思っていなかったようで一瞬戸惑った表情をみせます。

    ここで断られたら、これから今来た道を引き返して濃霧の中、他の宿を探すなんて不可能に近いです。

    一瞬不安がよぎります。

    もし断られたとしても、最悪ここにテントを張らせてもらうほかありません。

    一旦奥に戻った女性が戻って来て、部屋に案内してくれたのでホッとしました。

    お腹も減っていたので併設されているレストランで食事は取れないか聞いたのですが、最近の悪天候で食材も仕入れていないのでレストランは閉めてしまっていると言われました。

    3kmほど離れたところに別のレストランがあるのでそこならやっているかもしれないと言われるのですが、この雨と濃霧の中どろどろの道をバイクで行くのは危険だと思いますし、開いているかもわからないレストランに往復6kmの道を歩いて行く気にもなれません。

    それでは自炊するのでキッチンは借りられないかと尋ねるのですが、お客さんには貸していないということでした。

    仕方ないのでこの日は非常食用に持っていたチョコレートバーだけで我慢することにしました。

     

    この宿自体はきっとそれほど悪くはないのかもしれませんが、如何せん宿泊客を泊める準備が全くできていなかったようです。

    wifiにつなげたいと伝えると、悪天候で機器が壊れてしまっていてつながらないと言われますし、冷え切った体を温めたいとシャワーを浴びるといつまでたってもぬるま湯しか出ないので、さらに体を冷やしてしまうことになりました。

    オフシーズンに田舎の格安ドミトリーに宿泊するとこういうリスクもあるのかということを知りました。

    とにかく寒くて仕方なく、wifiもつながらないのでやることもないため、この日はこのまま毛布にくるまって眠ることにしました。

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  • 集中しないと!

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    10/30(水)東京出発144日目、イタリア3日目 ベネチア~ヴェローナ 走行距離172km

    朝起きて出発の準備をしているとアントニオとノラが起きてきてコーヒーを飲みに行こうと誘ってくれます。

    アントニオのアパートからすぐのところにあるカフェに行きます。この時期は朝晩はだいぶ冷えます。

    昨晩もそうだったのですが、ここのコーヒー代もアントニオが奢ってくれます。アパートにもタダで泊めてもらってしまい大変申し訳ないです(*´Д`)

    「今日はどこまで行くの?」とノラが聞いてきます。

    とりあえず西の方角の湖の近くにキャンプ場があるのを見つけていたのでそこに行ってみると伝えます。この時期はキャンプ場も閉鎖されてしまっていることが多いので開いていると良いのですが。

    アントニオが「ダニエルとアルティナが言うように、くれぐれも気をつけてな」と言います。

    ノラが「ダニエルとアルティナってロシア人よね。若いんだっけ?」聞きます。

    私が「うん。若いよ。だいぶ若い」と答えるとアントニオが「若いって言ってもあの二人も30歳くらいだろ?ヒデの方が年下だろ?そういえばヒデの年齢を聞いていなかったな」と言います。

    私が「38だよ」と答えると、「ウソだろ。20歳くらいに見えるぞ。若いっていうより、なんというか少年のように見える」

    うるさいよ。

    日本人はこれが普通なの。日本に帰れば若いって言われることはほとんど無いから。お前ら欧米人が老けすぎなんだよ。

    アントニオ:「38か。じゃ、ノラと同じくらいだな」と言います。

    えっ、そうなの?

    ノラは30歳くらいかと思っていました。ノラこそ若く見えます。アントニオが49歳であることを考えるとこのカップルは思ったほどは年が離れていなかったようです。

     

    コーヒーを飲み終え、2人はスーパーに買い物に行くということで途中まで一緒に歩いて行きました。

    スーパーに到着するといよいよここでお別れです。これでアントニオとも本当にしばらくのお別れとなります。

    パミールハイウェイを走ったのはわずか2か月前のことですが遠い昔のことのように感じます。

    いろいろあったけど本当に楽しい時間でした。アントニオ、ありがとう。またいつか会おうね。

     

    2人とさよならをしてベネチアの街を歩き始めます。この日はもう雨は降っていませんでした。

    一人になるとどうしてもマイケルのことを考えてしまいます。でも泣かないと決めましたし、アジア人のオッサンが一人でベネチアの街を歩きながら泣いていたら、周りはドン引きでしょうから我慢します。

    雨も上がっています。だから泣いてはいけません(>_<)

    それでも周りの人間は私の顔を見ると驚いたような顔をする人もいました。きっと泣くのを我慢していたので鬼の形相だったのでしょう。関係ありません。このときの私にとって一番大切なことは泣かないことだったので、周りにどう見られようと構いませんでした。

    駐輪場に到着して、バカ高い駐輪料金を支払い出発します。

    走り始めてもどうしてもマイケルのことを考えてしまいボケっとしてしまうことが何度かありました。

    対向車線にはみ出しそうになったこともあったので本当に危ないです。ダメです。とにかく集中しなければ!

    幸いなことにこの日の走行距離はそれほど長くなかったため、無事にキャンプ場まで到着することができました。

    キャンプ場もオープンしていたことは本当に良かったです。

    しかし、そろそろ11月に入ろうかという時期になりだいぶ寒くなってきました。

    キャンプ場の受付の建物の中がだいぶ暖かかったのでバイクで走行してきて冷えていた体を温められたのは幸いでした。

    湖の見える場所に入るには10ユーロの補償金を払ってリストバンドを借りる必要があるとのことでしたが、天気が良いわけでもなく、ゆっくり休めればそれで構わなかったので借りませんでした。

    それにしてもイタリアに入ってから物価が高いことが気になってしまって、恐らくこれではどこかを観光してもあまり楽しめないような気がしました。

    特に今回はもともとヨーロッパには主眼を置いていたわけではないので、この辺りはいつか将来観光目的で来れば良いだろうと思い、本格的な冬が始まる前に早々にスペインを目指そうとこの日決めるのでした。

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  • ベネチアの空が替わりに泣いてくれたから

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    10/29(火)東京出発143日目、イタリア2日目 ベネチア

    この日は朝からベネチアの街をプラプラ散歩することにしました。

    アントニオとノラはベネチアで2年に1回開かれる美術の祭典を見るためにここを訪れているそうです。

    そういえばアントニオは美術史の先生をしていると言っていて、旅をしながら同時に本の執筆もしていると言っていたので、もしかしたらそれもあってここに来ているのかもしれませんね。

    ノラとのデートも邪魔しては悪いので私は朝から一人でコーヒーでも飲みに散歩に出かけました。

    しかしこの日は朝からずっとしとしとと悲しい雨が降っています。決して激しく降ってはいないのですが、その降り方はまるでさめざめと泣いているかのようでした。

    この日のベネチアの空はさめざめと泣いているようでした

    ここベネチアは非常に物価が高くてどこのお店に入っても驚くような金額です。東ヨーロッパの安い物価にどっぷり浸かってしまっていた私は特に高く感じてしまいました。

    事前に調べていた安くてしっかり食べられる地元の人が集まるというお店に昼食を摂りに行きました。

    15ユーロでしっかりとした料理を食べられたのは大変満足でした。ロシアから中央アジア、トルコ、東ヨーロッパとほとんどが肉料理主体だったので、魚料理が食べられたのも嬉しかったです。

    決して安くはないのですが、他の店に比べれば十分安くて美味しい料理を堪能できました
    久しぶりに魚を食べられたのも大変嬉しかったです

    ベネチアの街はまるで迷路のように入り組んでいて歩き疲れたため17時頃に一旦アントニオのアパートに戻りました。

    いろいろと歩いて見て回ったのですが、雨の中、迷路のように入り組んだベネチアの街を歩いて疲れました

    夕飯は一緒に食べようとアントニオとノラと約束していたので、一旦アパートに戻っていることを連絡して、再度二人から連絡があるまでブログを書いたりしながらゆっくり過ごしました。

    1時間ほどすると、アントニオからすでにお店に入っているからそこまで来てくれという連絡が来ました。

    準備をして歩いてそのお店まで行きます。

    お店に到着するとすでにワインを飲んでいるアントニオは完全に酔っぱらっています。ノラに支えられないと歩けないくらいです。

    本当にどうしようもないオヤジですよ。まったく…。

    私が席に着くとアントニオが、

    「昨日、『ヒデと再会した』ってパミールチームのメンバに連絡送ったよ。ダニエルとアルティナから返事がきて、ヒデに『くれぐれも無事に旅を続けて』って伝えてくれってさ。」と言います。

    そして、少し間をおいて続けます。

    「それから…。ヒデに伝えないとならないことがある。どう伝えたら良いのか…。」

    アントニオは少し言い淀んだ後、信じられないことを口にしました。

    「マイケルが死んだ…。」

    は…?何を言ってるんだこのクソオヤジは…?若い彼女とイチャ付いている間に脳みそ沸いちまったんじゃねぇのか?

    それともベネチアに来て急に物価が上がってしまったもんだからビックリして私の耳がおかしくなってしまったのか…?

    一瞬の沈黙ののち私が口を開こうとしたのを遮るようにアントニオが言いました。

    「信じられないのも無理はない。私だって信じられないさ。誰だって信じられるはずがない。でも、マイケルが死んだのは事実なんだ…。マイケルに連絡したら家族から返事があったんだ。交通事故だそうだ。」

    隣を振り向くと、ノラが目を赤くして鼻をすすっています。

    そのあと、アントニオとノラが何か話していましたが私には何を話しているのか全く分かりませんでした。

    しばらくするとノラが私に何か言ってきたので「うん。」とだけ答えました。

    ノラ:「どれにするの?」

    どれにするってなんだ??あぁ、そうか、今はアントニオとノラと一緒に夕飯を食べに来ていたんだ。メニューを見てるんだったな。えぇとどれにするんだ??

    あれ?英語で書いてあるはずなのに読めない…。

    私がメニューのページを行ったり来たりしているのを見て、ノラが

    「大丈夫?メニューは読める?」

    と聞いてきます。

    読めるはずなのにおかしいな。読めない。

    ノラ:「ここがパスタ。こっちがリゾット。リゾットはわかる?お米を使ったイタリアの伝統的な料理よ」

    私:「あぁ、リゾットが良いや。えっと、このキノコのリゾット。これが良いや」

     

    料理が運ばれてきて食事をしているとき、アントニオがパミールハイウェイを走ったときの写真を見せ始めます。

    そう、この写真はワハーン回廊の川原でみんなで持ち寄った食材で自炊したときだね。

    ここでみんなで昼食にしたんだよね

    マイケルが火を起こして、みんなでご飯食べたんだ。

    本当に楽しかったよね。このときのことは私には本当に輝きに満ちた大切な思い出なんだ。アントニオにとってもそうだったんだね。

    このあと日が沈んで来て、アントニオが転倒して足を捻ったんだよね。

    ノラの前では格好付けたいだろうから、そのことは黙っててあげるよ。

     

    食事を終えてしばらくするとアントニオが「外にタバコを吸いに行こう」と言います。

    私はほとんどタバコは吸わないのですが、このとき何故アントニオがタバコを吸いに行こうって誘ってくれたのかその意味はわかるので応じました。

    そう、マイケルはタバコをこよなく愛していたから。

    よく咥えタバコでバイク弄りをしてたよね。

    マイケルはよくこうやって咥えタバコでバイク弄りをしてたよね

    外に出ると昼間あれだけ降っていた雨は上がっていました。

    昼間はきっと私とアントニオの替わりにこのベネチアの空が泣いてくれたんだと思います。

    そして今はもう降っていません。これはきっと私たちに泣くなと言っているんだと思います。

    何故なら私もアントニオもまだ生きているんだから。マイケルだって私たちの泣いてる姿なんて見たくないはずです。

    人生で最も苦いタバコを吸った後、私たちはアパートに戻りました。

     

    アパートに戻るとFacebookのマイケルのページをそっと覗いてみました。

    たくさんの人たちから哀悼の言葉が寄せられています。マイケルが亡くなったっていうのは本当でした。それも昨日に起きたことだったようです。

    その中にアルティナのコメントを見つけました。

    「一体何が起きているの?どなたか教えてください。私はパミールで彼と一緒に過ごした者です」

    すると一人の方がそれに返事をしてくれていました。

    「不幸な交通事故で彼は亡くなりました。パミール…。彼は今『パミールの道』についての本を執筆しているところでした。」

     

    マイケル…。

    私にとってはみんなで過ごしたあの『パミールの道』は光輝く黄金の道です。

    マイケルの目にはどんな風に見えていたの?その本、読んでみたかったよ。

    いなくなってしまったなんて信じられないよ。ポーランドに会いに行ったら「ヒデー!」って言って両手を広げて笑顔で迎えてくれるんじゃないかって…。

    俺はあと1か月もしないうちにアフリカに入ると思うよ。恐らく今までよりも大変なことが待ち受けていると思う。でも困難に出会ってもマイケルみたいに笑って乗り越えてみせるからね。

    マイケル、あなたと一緒に過ごした最高に素敵な時間をありがとう…。

    マイケルと一緒に撮った最後の写真
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  • 浮かれポンチのアントニオ

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    10/28(月)東京出発142日目、クロアチア2日目、スロベニア1日目、イタリア1日目 ザダル~ベネチア 走行距離428km

    本当はもう一日クロアチアのどこかに滞在してからスロベニアに入ろうと思っていましたが、アントニオからお誘いがあり、また次の日以降しばらくは雨予報だったためこのままベネチアを目指すことにしました。

    キャンプ場から見えるアドリア海も大変美しかったです

    アドリア海沿岸の美しい景色の中、北を目指して走って行きます。

    スロベニアとの国境は山の中にありました。

    スロベニアから先はシェンゲン協定と呼ばれるルールが適用され、日本人であれば90日間はシェンゲン協定内の国は自由に行き来できます。

    ですのでスロベニアの国境は多少は厳しいのかと思っていたのですが、ここもパスポートとバイクの登録証の提示だけであっさりと通過できてしまいます。

    スロベニアでもまた大変美しい景色が広がります。

    スロベニアも大変綺麗な国でした
    天気がイマイチでもこんなに綺麗なのですから、晴れた日は本当に綺麗でしょうね

    本来ならスロベニアもゆっくり回ってみても良いのですが、物価もここに来て更に上がりますし、この日のうちにベネチアに行くとアントニオに伝えているので先を急ぐことにしました。

    しばらく走っているといつの間にかガソリンスタンドの表示価格が跳ね上がっています。

    気付かないうちにイタリアに入っていたようです。

    国境らしきものにも気づきませんでした。本当にここからはフリーパスなんですね。驚きです。

    世界中がこうなれば旅行者にとっては大変ありがたいですが、なかなかそうも言ってられないのでしょうけれども(;´д`)

    この日は久々に400kmを超えるビッグトリップであり、夜露でびしょびしょに濡れていたテントを乾かすのに時間がかかり出発時間も遅くなってしまっていました。さらに最近は非常に日が短くなってきているため17時頃には日が沈んできます。

    私はこれまで朝は早く出発し、日が高いうちに走行を終えて夕方以降はゆっくりするようにしていたため、夜間走行はほとんどしてこなかったのですが、最近は日が昇るのも7時過ぎ、日が沈むのも17時頃と日が短いため、うっかり夜間走行をすることになることが増えてきてしまっています。

    ヨーロッパに入ってから路面状況はかなり良いとはいえ、それでも私は海外ツーリングでの夜間走行はとても嫌です。この日はアントニオの借りているアパートに行けるので泊まる場所が決まっているという安心感はありますが、もう少し時間に余裕を持って行動していればと後悔していました。

    渋滞に嵌ったりもして20時頃になんとかベネチアに到着しました。アントニオからは有料の駐輪場を紹介されていたためそこにバイクを駐輪することにしたのですが、なんと一泊18ユーロ…(-_-;)

    この旅でロシアに入って以降、宿ですらそんなに高いところに泊まったことないのではないでしょうか( ゚Д゚)

    しかし安全を考えたら仕方ないので諦めます。

    しかもこの駐輪場からアントニオのアパートまで徒歩で30分以上離れています。

    このとき私はsimカードを契約していなかったため、とにかくどこかのお店に入ってwifiに接続して、アントニオにそろそろ着くと連絡したいと思っていました。

    しかしお店の前に出ているメニューを見るとどこも目ん玉飛び出るほど高いレストランばかりです。この日は朝食を摂って以来ほとんど何も口にしていなかったのでお腹も空いていました。

    とにかくひたすら歩き回っていると7ユーロくらいで食べられるパスタ専門のファーストフード店を見つけたのでそこで夕飯を摂りながらアントニオに連絡しました。

    おいおい、こんなんで7ユーロも取るのかよと思わず口に出したくなるようなカップに入ったなんともお粗末なパスタを食べながら、やっとこさアントニオに連絡をすることができました。

    夜遅くなってしまって連絡もできずにいたのでアントニオには申し訳なかったのですが、ようやくアントニオのアパートまでたどり着くと、私が来るのを今か今かと待っていてくれたアントニオがアパートの部屋から「ヒデ!」と歓喜の声で呼びかけてくれました。

    階段を降りてきてハグで出迎えてくれます。

    部屋に案内されると部屋にはもう一人若い女性がいました。

    事前にアントニオからガールフレンドと一緒にいるとは聞いていましたが、「なんだ、娘さんと一緒だったのか」と思った矢先、このクソオヤジはこの若い美しい娘さんとイチャコラして、ガールフレンドのノラだと紹介してきやがりました。

    ここに写っている女性がノラ。アントニオのガールフレンドです。
    人に撮ってもらった写真ですけど、私が写真を撮るのが下手なのではなく、カメラが悪いんだと最近思い始めています

    なんなんだこのどうしようもないオヤジは(# ‛Д’)。陽気で良いやつなのは間違いないのですけど、このときばかりはちょっと本気でこのクソオヤジのことを嫌いになってしまいそうでした。

    そしてウズベキスタンでこのクソオヤジが行った「イージーライフ」。あのときはそんなのは大して羨ましくないと思いましたが、これはさすがに少し羨ましいと思ってしまいましたよ。

    しかし散々歩き回って汗を掻いて喉がからからだった私にビールを差し出してくれて乾杯したことで一瞬火が付きかけた怒りの炎もすぐに鎮火されたのですが。

    カザフスタンの宿で偶然の再会以来でしたので、お互いに旅の軌跡を報告します。

    アントニオはトルコからギリシャに入ってアテネでノラと待ち合わせをしていたというのは以前のブログで書いた通りなのですが、実はアテネでスリに遭ってしまったそうです。

    財布を抜き取られて現金とその中に入っていたカード類が無くなってしまったそうです。そしてなんとそのすぐ後に今度はノラもスリに遭ってしまったとのことでした。

    アントニオが予備の財布を持っていたためお金はなんとかなったそうですけど、やっぱりヨーロッパの観光地は恐いなぁと改めて思い知らされました。

    アントニオとノラはアテネで数日滞在したのち、そのままフェリーでここベネチアまでやってきたそうです。

    アントニオの旅ももうすぐ終わりですね。ベネチアからスイスまではあとほんの少し。気を抜かないでとにかく無事に帰宅することを願っています。

    そうそう、アントニオは一旦帰宅したのち、11月は日本に旅行に行くそうです。東京と京都を訪問予定だということですので、もしこんな顔をした陽気なスイス人がいたら一発ぶんなぐってやってください。

    こんな顔のスイス人を東京か京都で見かけたら、一発ぶん殴ってやってください

    そして困っていたら助けてあげてくださいね。

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