• カテゴリー別アーカイブ 028_(西サハラ)
  • 噓つきの国

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    12月19日(木)東京出発194日目、モロッコ27日目(西サハラ4日目)、モーリタニア1日目 バルバス~シャミー 走行距離 285km

    この日は遂にモロッコからモーリタニアに入国する日です。

    朝、ルイスさんに挨拶をします。すると一緒に記念撮影をしようじゃないかとお誘いくださいます。

    宿の方にお願いして一緒に記念撮影をしました。

    記念撮影!

    バルバスからモロッコの国境までは90km弱ですので、一時間程度で国境に到着しました。

    たくさんのトラックが並んでいますが、普通自動車とバイクは前に行くように促されます。

    どこに行けば良いのかわからずフラフラしていると周りにいた係の人が丁寧に案内してくれました。

    とりあえずバイクを停めると、前にいた自動車の黒人が何やら話しかけてきます。フランス語なので何を言っているのかわからないのですが、どうやらドライバー(ねじ回し)を持っていないか?と聞いているようでした。

    私は荷物を降ろしてサイドケースの中に入っている工具箱を取り出し、そこからドライバーセットを彼らに渡しました。

    すると近くにいた係の人がパスポートに出国印はもらったのか?と聞いてきたのでまだだと答えると、あそこで貰って来いと言います。

    工具を渡したままここを離れたら持っていかれてしまうのでは無いかと心配だったのですが、彼らもまだまだ時間がかかりそうな雰囲気だったのでその間に行くことにしました。

     

    出国印をもらう場所にはたくさんの人で溢れかえっていて並んでいないのでどうしたものかと思っていたのですが、近くにいた男性が「パスポートは窓口に出したのか?」と聞いてきたので、パスポートを手に持ってまだだと答えると、それを取って代わりに窓口に出してくれました。

    彼らは並んではいませんでしたが、窓口に積まれているパスポートの山の一番下に自分のパスポートを置いて行く仕組みのようです。

    誰もズルをすることなくきちんと順番を守っています。

     

    たくさんの人がいたので時間がかかるかと思っていたのですが、一人一人の処理自体はそれほど時間がかからず、ほんの数分で私の番になりました。

    しかし何故か私の番になると手続きが全然進みません。

    何か私に問題があるのかと不安になっていたのですが、どうやらネットワーク障害が発生したらしく、手続きができなくなってしまったようです。

    ここからが大変でした。いくら待てど暮らせど一向にネットワークが復旧する気配がありません。

    途中、係の人が作業を開始したので復旧したのかと思ったのですが、やっぱりダメだという風に係の人が首を振りました。

    ただでさえ人で溢れていたその場所が、このような事態になり大変なカオス状態になっていました。

    他の人もどうなっているのか気になるようで窓口の中を覗きに来るので、もう窓口に近付くことすらできなくなりました。

    しばらくするとネットワークが復旧したようで作業が開始されたようです。私のパスポートはやっと処理されたようですが窓口に近づくことができず取りに行けません。

    しかし、日本人はその場に私一人だったので、バケツリレーの要領で私の手元にパスポートは届けられました。

     

    さて…。工具を貸した彼らはどうなったでしょうか?だいぶ時間が経ってしまったので、もしかしたらもういないかもしれません。

    場合によってはそのまま工具を持っていなくなってしまったかもしれません。

    そんな風に彼らを疑っていたのですが、バイクの所に戻るとなんと彼らは私のことを待ってくれていました。

    そして「ありがとう。助かったよ。君はセネガルまで来るかい?僕らはセネガル人だからセネガルで何か困ったことがあったら連絡頂戴」と言って貸していた工具を手渡すと去って行きました。

    疑っていた私が恥ずかしくなりました。

    あとから見たら貸していた工具のうち一つが無くなっていたのはご愛嬌ではありますが…(こういうのは一つなくなるといざというときに不便なんですけどね…)

     

    あとはモロッコ入国時にもらったオートバイの名刺大の一時通行証にサインをもらうだけです。

    係の人が見当たらなかったのですが、ここも周りにいる人がサポートしてくださり手続きを終えることができました。

    モロッコ入国前は散々モロッコの悪い話を聞いていましたが、観光地に行かない限り親切な人も多く、私にとってはなかなか過ごしやすくて大変良い国だったなぁという感想です(特にメルズーガからトドラ渓谷にかけてはノリコさんのサポートがあったことが大変大きかったのは間違いありません)。

     

    さて、モロッコの国境を超えるとたくさんのガイドが声を掛けてきます。

    ルイスさんには誰に頼んでも変な奴はいないから大丈夫だよと言われていたので、最初に声を掛けてきたガイドにお願いすることにしました。

    すると車で先導するからここで1分だけ待っていろと言います。

    すぐにそのガイドは車に乗って来て後ろを走ります。

    確かにこのモロッコとモーリタニアの緩衝地帯は道がなくなったのですが、モーリタニアの国境に向かう車はたくさん走っているので、そのあとをついて行けば間違って地雷原に入ってしまうようなこともないでしょう。

    私の場合、前を走るガイドが大変低速で走るため、深いサンド(砂地)などはむしろガイドがいるほうが邪魔くさく感じました。

    約3kmほど走るとモーリタニアの国境に着きます。

    するとガイドがパスポートとバイクの登録証を寄越せというので手渡すとどんどん手続きをしてくれます。

    ただこのとき私が失敗したのはこのガイドを完全に信用して任せてしまったことです。

    書類作成と保険加入においては必ずすぐそばにいて自分で手数料や保険料を支払うようにするか、きちんと領収をもらうようにするべきでした。

    確かにガイドがテキパキと手続きを進めてくれるので楽ではあったのですが、事件は最後に起こりました。

     

    最後の清算のときに、この馬鹿ガイドはお金を吹っ掛けてきたのです。

    私は事前に国境越えでかかる費用を調べていたのでそれが嘘の金額であることはすぐにわかったのですが、この馬鹿ガイドは認めません。

    「領収書を出せ!」と言うと「そんなものは無い!」と言います。

    しかも、こいつは周りに仲間を引き連れてきて私のテーブルを囲んできました。

    こんなんでこっちがビビると思っているのでしょうか?あまりにもなめているのでこちらもムカついて、この馬鹿ガイドに日本語でキツめに少し大きめの声で抗議します。さらには周りにいるこいつの仲間も睨みつけてやります。

    どうせこいつらはそこまで揉めるのは嫌なのです。すると周りを囲んできたやつらは自分は関係ないといった感じで周りのテーブルに座りました。

    それで諦めたのか馬鹿ガイドは書類作成料は正規の金額に訂正しました。しかし保険料は倍の金額のままです。

    「俺は保険料もきちんと調べて知っているんだ!いい加減にしろ!この金額だっていうなら領収書を出せ!」というと、保険書類に書かれている金額(モーリタニアの通過ウギアで記載されています)を足し上げて「確かにこの金額で正しい。これは嘘じゃない」と言います。

    確かに書かれている金額らしきものを足し上げてみるとこの馬鹿ガイドが言っている金額となります。

    私は「本当だったな。悪かったな」と言って言われた金額を払いました。

    するとこの馬鹿ガイドは「いや、別に良いんだよ。あとは両替が必要だろ」と言ってきます。

    これでこいつは墓穴を掘りました。私がお金を払った時点でそのまま去っていれば私はこいつに余計なお金を払っておさらばだったのですが、このとき私がもう一度保険の書類に目を通すとやはりこの馬鹿が嘘をついていたことに気付きました。

    さきほどこいつが足し上げた金額は明細部分の金額を足した後にさらにトータルの欄に記載されていた金額も足し上げていたので倍の金額を取っていたのです。

    「てめぇ!さっきの金額、明細とトータル足しているから倍の金額になっているじゃねぇか!余計に払った分を返しやがれ!!」

    この馬鹿ガイドは不機嫌な顔になり何か言い訳を始めましたが、とにかく私は余計に払った分を返せとだけ言います。

    この男は狡いことをしてくる割にはこうなると意外と素直です。

    余計に払った分はモーリタニアの通過ウギアできちんと返してくれました。

    私が席を立つとこの馬鹿ガイドは恨めしそうに私を睨みつけていましたが、私は「ありがとう」とだけ伝えて立ち去りました。

     

    保険屋の建物の外に出るとすぐ隣にある銀行のATMでモーリタニアの通過ウギアを下ろします。最初このATMがエラーを吐いてお金が引き出せないと思ったのですが、たまに英語表記にすると下ろせないATMがあると聞いたことがあったので試しにフランス語表記のまま操作を行うと見事に現金を引き出すことができました。

    一旦バイクのところに戻りこのあとどうしようかと考えていると、また一人の男が両替はどうか?と声を掛けてきました。

    面倒になっていた私は「ATM」とだけ言ってATMの方を指さし基本は無視をします。

    するとその男は「あのATMはカード使えないよ」と言います。

    先ほどの馬鹿ガイドの件でイラついていた私はこの男も嘘をついてきたことに無性に腹が立ち「てめぇ、嘘つくんじゃねぇ!俺は今さっきそこのATMでお金を引き出してきたんだ!」というと近くにいた男が通訳してくれたようで、声を掛けてきた男はしょんぼりして去って行きました。

    この男の嘘はほとんど実害があったわけではないので、このように怒鳴りつけてしまったことに申し訳なくも思ったのですが、嘘をついて人を騙してお金を取ろうとするこの国の人たちが腹立たしくて仕方なかったのです。

    この国のやつらは噓つきだらけじゃねぇか!と思い、このときこの国のやつらを一切が信じられなくなりました。

    でも、まあアフリカの中では十分マイルドな方なのでしょう。これから先はもっと大変なことがたくさんあるだろうことを覚悟しないといけませんよね。

    そして私はこの先、このモーリタニアという国に触れていくにつれ、もう少し優しくしてあげても良かったのかもしれないと後々思うようになるのでした。

     

     

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  • ルイスさん

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    12月18日(水)東京出発193日目、モロッコ26日目(西サハラ3日目) バルバス

    この日は予定していた通り、ホテルバルバスにて一日ゆっくりすることにしました。

    朝食を済ませると水を買いに近くに商店が無いか探します。滞在しているホテルバルバスの環境が良いため、外に出るまで気づかなかったのですが、この辺りは酷く乾いた砂漠の大地であることが見て取れました。

    乾いた大地

    私が外を歩いたときはそれほどでは無かったのですが、バイクで走っていた時に感じていたように風も非常に強いのでしょう。木が斜めに育っています。

    木が斜めに育っています

    瓦礫の山だらけの町中を歩くと何軒かの商店を見つけました。果物などが売っているとありがたいのですが、やはりこの辺りでは食べ物は保存のきくチョコレートやビスケットがほとんどです。

    私の目的は水ですので、水が買えただけで十分でしたが。

     

    宿に戻ってブログを書き書きしていると気づけば夕方になっていました。

    何やらホテルの中庭からバイクの音が聞こえます。誰かライダーが来たのかと思って部屋から出てみると、そこにはBMW GS1200に乗ったライダーの姿がありました。

    早速そばに行って話しかけてみます。

    するとこのライダーは西アフリカを回ってこれからポルトガルの自宅に帰る途中だというでは無いですか!?

    ルイスと名乗るこのポルトガル人ライダーは非常に大きな声でオーバーアクションでたくさんのことを一生懸命教えてくれます。

    ルイスさんと一緒に

    ・モロッコとモーリタニアの緩衝地帯は道が途絶えて荒れ地の中を3kmほど走らないとならないこと。

    ・道を間違えると地雷原になるので、できたらモロッコの国境を出たところでガイドを捕まえた方が良いこと。

    ・ガイドを捕まえれば道案内と書類作成などを代わりにやってくれるので、モーリタニア入国の時間が大幅に短縮できること(自分でやると2~3時間かかるがガイドにお願いすれば30分程度で終わると言っていました)。

    ・モーリタニアは検問が多いので、入国時に作成した書類の情報を手書きで記載したもののコピーを30部ほど用意しておくと検問をスムーズに通過できること(コピーはこのホテルバルバスで1部1ディラハム(約12円)でやってくれました)。これは本当に助かりました。

    ※以下、コピーに載せた情報になります

    ・バイクのメーカーおよび車種(私の場合 YAMAHA TENERE660と記載)
    ・ナンバー
    ・FIRSTNAME FAMILYNAME
    ・国籍
    ・生年月日@出生地(私の場合はKANAGAWAと記載)
    ・パスポート番号→開始年月日、有効年月日
    ・職業

    この手書きのコピーを持っているだけで検問の通過は圧倒的に楽になると思います。

     

    あとは、モーリタニアからセネガルに入るときの国境は絶対にロッソには行かずに、ディアマから越えるようにとアドバイスをくれます。ロッソ国境はメジャーな国境なのですが、悪徳警官やスリなどとにかく酷い有様で有名なため行くべきでないと、この後であったモーリタニア人にも何度も言われました。

     

    上記のようなたくさんの情報を提供していただき、私は本当にラッキーでした。

    そして西アフリカの情報を得やすいようにとfacebookの友達申請をしてくださり、私が南アフリカを目指しているのでアドバイスをしてあげて欲しいという旨の投稿をルイスさんの友人向けにしてくれました。

     

    モロッコまではヨーロッパの田舎町と一緒だという人もいます。ここから先モーリタニアからが本当のブラックアフリカになります。

    さぁ、これからまた新しい旅のステージの始まりです!

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  • 行けども行けども砂漠ばかり2

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    12月17日(火)東京出発192日目、モロッコ25日目(西サハラ2日目) ブジュドール~バルバス 走行距離645km

    この日はどこまで行くか悩みました。ブジュドールから約370km離れたダフラを目指すか、さらにそこから180km先のバルバスという小さな村まで行くか?

    ダフラはリゾート地ということでそこそこ環境は良さそうなのですが、私は人の多そうなダフラで宿探しも大変そうなのと、あまりそのような地域に行くことに魅力を感じていませんでした。

    バルバスはモロッコ-モーリタニアを陸路で通過する場合にモロッコの国境から約90kmの距離ということで、多くのライダーやチャリダーが滞在する場所です。

     

    バルバスにはホテルバルバスという砂漠の中のオアシスのような格安ホテルがあるということなので、時間を見つつ、もし行けそうなら頑張ってバルバスまで行くことにしました。

     

    またこの日もずっと砂漠の中の道を延々と走ります。西サハラに入ってからは50km~100kmおきくらいに検問がありますが、パスポートを見せて、その日の行き先を告げるだけで簡単に通してくれます。

    ダフラへ続く道とそのまま南下してバルバスまで行く道の分岐点に到着したのが14時前であったことから、暗くなる前にバルバスまで余裕で到着できそうだと思い、そのまま南下することに決めました。

    しかし、こんなに早い時間にここまで来られたのには理由があって、普段は燃費やエンジンへの負担を考慮して90km/h巡行で走っているのですが、この日は距離を稼ぎたいということで110km/h巡行で走っていたのです。

    こうなるとテネレさんの燃費は極端に下がってしまうので、無給油でバルバスまで行くのは難しくなってきます。

    この分岐点でダフラ方面に300mほど行った場所にガソリンスタンドが見えていたのですが、脇道に逸れるのが面倒で、この先も何軒かガソリンスタンドはあるだろうと考え給油しないで通過してしまいました。

    これが行けませんでした。

    20km先のガソリンスタンドでも40km先のガソリンスタンドでもガソリンが売り切れ?(そもそも営業していないガソリンスタンド?)だったため給油ができませんでした。

    バルバスまでの道のりでもう一軒ガソリンスタンドがありそうなことは確認しているのですが、もしそこでも給油できなかった場合、最悪ガス欠になる恐れがあります。

    そのリスクを負ってまで先に進む理由も無かったため、非常に面倒ではありましたが、40km戻って先ほどのガソリンスタンドに行くことに決めました。

    それにしても…
    西サハラは町を出るとずぅーっと砂漠ですね(;´д`)

    大変な時間ロスではあったのですが、無事給油も終えて夕方17時半ころにホテルバルバスに到着することができました。

     

    ホテルのレセプションに行くと一泊200ディラハム(約2400円)と言われます!?

    事前に聞いていた情報ですと一泊100ディラハム(約1200円)です。私が「100ディラハムじゃないのか?」と聞くと「100ディラハムだと部屋にトイレとシャワーは無いぞ」という返事でした。

    私はそれで構いません。なぜこいつは100ディラハムの部屋があることを教えてくれずに200ディラハムと言ったのでしょうか?ちょっと不審に感じてしまうのですが、そのあとの滞在期間での彼の対応は大変丁寧だったことを考えると悪い人には感じ無かったのですけれども。

     

    バイクから荷物を降ろし、バイクの整備をしていると地元の人と思われる人たちが話しかけてきます。

    その中の一人が「ようこそ、モロッコへ!」と言った後に他の人が「違う違う、ようこそ西サハラへ!だ」と言います。

    「ここはモロッコではないぞ。西サハラだ!」と続けます。

    先進国の間では独立国家として認められていない西サハラですが、ここに住む人たちからしたらモロッコが経済的に発展していようともモロッコに統治されるのではなく、自分たちで国を治めたいという気持ちがあるのでしょう。

    私は自分が正しいかどうかは今でもわかりませんが、このとき「あぁ、そうだな。ここは西サハラだ」と言いました。他の民族を蔑むようなナショナリズムを持つことは愚かなことにしか思えませんが、彼らにとって自分たちが「西サハラ人である」という民族に対する誇りを持つことは悪いことに思えなかったからです。

     

    この日滞在したホテルバルバスはシャワーとトイレは共同でしたが予想していたよりも大変清潔で過ごしやすい宿でした。

    この先モーリタニアを通過してセネガルに入っていくにあたり、ダカールの日本人宿「シェ山田」に行くまではあまり良い環境ではない予想していたため、一泊多く滞在してブログの更新などしてしまおうと決めました。

    そして、この決断がまたまた私に幸運をもたらしてくれることとなったのでした。

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  • チャリダーの苦悩

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    12月16日(月)東京出発191日目、モロッコ24日目(西サハラ1日目) タルファーヤ~ブジュドール 走行距離290km

    朝起きて外に出ようと思ったのですが、がっちりと閉ざされた格子の付いた扉がどうやっても開きません。

    どうしたものだろうと思い宿の屋上に上がって外を見たりしたのですが人気も無く、このまま他に誰か起きるまでどうにもならないかと思っていたのですが、宿のあの人懐っこいおじさんが気づいてくれたようで扉を開けてくれました。

    特段鍵がかかっていたとかではなく、単に扉が硬かっただけのようです。

    宿の一階部分がカフェになっていたので、ここで朝食を摂ります。

    この宿の一階部分はカフェになっていました

    おじさんが「もう行ってしまうのか?少しゆっくりしたらどうなんだ?」と寂しそうな顔をします。

    そんな顔しないでくださいよ。切なくなってしまうではないですか…。

    でも、ここに長く滞在する理由も無いのでこの日出発することを伝えます。

    すると、歩いてすぐのところにサン=テグジュペリ博物館があるから行ってみたらどうか?と提案してくれます。

    朝食を食べ終えてもまだ9時前なので博物館もオープンしていないだろうと思ったのですが、この日はそこまで長い距離を移動する予定ではなかったので、星の王子様好きの私としては、せっかくなのでぜひ行ってみようと思いました。

     

    とりあえず荷物だけはまとめて出発できるようにはしておき、少し散歩をします。サン=テグジュペリ博物館はまさに宿から歩いてほんの200mほどのところにあり、堅く扉が閉ざされてはいたのですが、近くを歩いている人に聞いてみると10時オープンだと教えてくれました。

    サン=テグジュペリ博物館はまだ閉まっていました

    一旦宿に戻るとおじさんが、海岸もすぐ近くにあって、古い建物が海の中に建っていて面白いから見てきたら良いと言ってくれます。

     

    サン=テグジュペリ博物館のオープンまでの時間つぶしにもちょうど良いと思い、海岸にも歩いて行きます。

    海岸を歩いていると一人の欧米系の青年とすれ違い、お互いに「やあ」とだけ挨拶をします。

     

    海の中にある建物は非常に興味をそそられたのですが、少しずつ潮が満ちてきているのがわかったので、無理に中に入ることはしませんでした。

    海の中の建物
    近くまで行ったのですが、潮が満ちてきているのがわかったので、中に入るのはやめておきました(;´д`)
    海辺にはサン=テグジュペリに関連するのであろう飛行機のモニュメントもありました

    そろそろ10時くらいかなと思ってサン=テグジュペリ博物館の方に向かっていると先ほどすれ違った青年がこちらに向かって歩いてきます。

    青年:「君もサン=テグジュペリ博物館に行くのかい?10時オープンって言っているけど、まだ開いていないよ。近くを歩いている人に聞いたら、いつも10時半とか11時くらいに開くんだって」

    まだ10時を少し過ぎたところでしたので、この青年と少し立ち話をします。

    彼はフランスからのチャリダーだと言っていました。この先のルートを今すごく悩んでいるそうです。まず西アフリカの環境が厳しいので自転車で横断することに不安があるということでした。なので、このまま東アフリカに飛行機で飛ぼうかどうか迷っているようでした。

    モロッコをこのまま南下するとすぐに西サハラと呼ばれる地域に入ってきますが、ここがチャリダーにとっての鬼門であると教えてくれました。

    西サハラは南北に約1,000km続くにも関わらず、きちんとした町らしい町はラユーン、ブジュドール、ダフラの三つしかありません。

    その間はひたすら砂漠地帯が広がるため、チャリダーはテント泊を余儀なくされます。しかし、今から約2年前に女性チャリダーの二人組が西サハラで強盗に遭って殺害されたことから、軍や警察の取り締まりが厳しくなってしまったそうです。

    そのためテント泊をしようとしても軍や警察にやめるように言われてしまうので、人目の付かない道路から奥まった場所でテント泊をしたいのだが、西サハラはメイン道路から外れると地雷が埋まっているエリアも多いため、それも危険だと言っていました。

    私は今までチャリダーであれば最悪公共の乗り物に自転車を乗せたり、宿もバイクと違って駐輪場の有無などを気にせず泊まれることから、精神的な負担はバイク旅よりかは多少は緩和されるものかと勝手に考えていました。

    しかし、西サハラのように町の区間が離れてしまっているような危険地帯を通過する場合の精神的負担は、彼と話をして、相当に大きいだろうことを感じました。

    そんな話をしていると近くにいたおじさんがサン=テグジュペリ博物館が開いたことを教えてくれます。

     

    中に入って行くと全てフランス語で書かれているため、私には展示物を読むことができませんでした。そのフランス人の青年は私を見ると「英語での解説があればあなたも読めるのに残念ですね…」と本当に残念そうな顔をしています。

    サン=テグジュペリ博物館。
    全てフランス語での説明文

    確かに展示物を読めないことは残念ではありますが、サン=テグジュペリの飛行機の模型や、サン=テグジュペリが飛んだエリアの地図などを見られたのは私にとっては楽しい経験でしたので、なんら問題はありませんでした。

     

    一通りの展示物を見て、青年に別れを告げると宿に戻ります。宿のおじさんもカフェのおばちゃんも大変寂しそうな顔をして見送ってくれ、その優しさに胸が熱くなりました。

    部屋のトイレの水が流れず、朝したう○こが便器の中に残されているのを見てこのおじちゃんおばちゃんがどのように思うのかは大変心配なところではあったのですが、私にはどうすることもできなかったので、「ごめんなさい」とそっと心の中で呟いて立ち去るしかありませんでした。

     

    この日は西サハラ三番目の町、ブジュドールを目指していきます。

    この日も延々と続く砂漠の中を走るのですが、前日までとは違って曇り空に加わって濃い霧で視界が悪いです。

    西サハラでこのような天気ですとこの時期は寒いようです。

    スペインにいたころの冬の装いでちょうどいいくらいでした。

    しかし、ブジュドールの町に近づくにつれ天気も良くなり気温も上昇して、今度は暑くて不快です。朝晩の冷え込みと日中の気温上昇でなかなか着るものの調節が難しいです。

     

    ブジュドールの町に到着するとお昼ご飯を食べに出かけ、海辺を散歩しました。

    屋台飯
    これで25ディラハム(約300円)なので大満足です

    道路も綺麗に整備され、人々も穏やかに生活しているのが見て取れます。砂漠の中の厳しい環境のように思うのですが、ものや食べ物が不足しているという感じはありませんでした。

    この辺りの地域はモロッコとの問題もあり、情勢もそこまで安定はしていないとは思うのですが、ここに暮らす人々が権力者のいざこざに巻き込まれることなく、穏やかに過ごしてくれることを願うことしか私にはできませんでした。

    海辺は大変整備されていました
    西サハラは大変厳しい環境ではありますが、道路や町は整備され、人々が穏やかに生活しているのが見てとれました。
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