• カテゴリー別アーカイブ 032_コートジボワール
  • 金くれ物くれの国

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    1月31日(金)東京出発236日目、コートジボワール5日目、ガーナ1日目 アビジャン~タコラディ 走行距離315km

    短かったコートジボワールの滞在ですが、アンゴラビザ用の書類のプリントアウトとリョウさんのバイクの修理を終えて、満を持してガーナに向かうことができます。

    ギニアから入ってヤムスクロまではコートジボワールは予想していたほど発展もしていなく、道路状況も良くなかったのですが、ヤムスクロからアビジャン、そしてアビジャンからガーナ国境までは大変道路も綺麗で、街も綺麗に整備されていました。

     

    コートジボワール側の出国手続きではどの建物ですれば良いのかわかりにくく戸惑ったりもしたのですが、手続き自体は煩雑なことも無く、難なく出国することができました。

    次にガーナの入国手続きですが、ガーナは公用語が英語のためそれだけでも大変ありがたかったです。

    ガーナはJAFの情報ではカルネが必要だと記載されていませんが、実際にはかなり厳しくカルネを見るようです。もしカルネを持っていない場合、ガーナ入国は大変面倒なことになるようですので、もしガーナ入国を考えているライダーがいましたら、カルネを準備することをお勧めします。

     

    ガーナの入国手続きをしているとどこからともなくおじさんがやってきて、リョウさんの入国カードの記載を手伝い始めました。

    このおじさんはいったい誰なのでしょうか?ここの職員なら良いのですが、そうでないならまたお金をせびられたり面倒なことになりそうで嫌です。

    先に私が入国手続きを終えてリョウさんを待っていると、私のバックパックに括りつけられた、ダカールのゴレ島で買ったアサラトを見たここの職員が「それ得意だから俺に貸してみろ」と言ってきます。

    アサラトを貸すと、予想に反してヘタクソです。それを見た他の職員が俺に貸してみろというのですが、その彼もヘタクソです。

    でもガーナ人はそれでもみんなで踊って楽しそうです。それを見ただけでガーナってなんかいい国だな??って思えるのでした。

     

    リョウさんも手続きが終わり、バイクの所に戻ると案の定さっきのおやじがやってきてリョウさんに何か言っています。

    しかしリョウさんは英語が得意でないため、このオジサンが言っていることがわからなかったようで、諦めたおじさんは私のところにやってきて話かけてきます。

    おじさん:「なあなあ、俺手伝ってやっただろう。なんでも良いんだよ。なんかくれないか?」

    おいおい、それを俺に言ってくるなよ。リョウさんはこういう人全然拒まないで受け入れちゃうから困るんだよ。

    めんどくさいけど金くれでもないし、実際に手伝ってくれたからタンクバックの中に入っていたビスケットをあげることにしました。

    するとそれを見ていた全然知らない長身の男が「おいおい、俺にもなんかくれよ」と言ってきます。

    私は「彼は我々の入国手続きを手伝ってくれたんだ、でもあなたは別に何もしてくれていないだろ。」と言いました。それでもその男はじっと私を見つめて「何かくれよ」と言います。

    私は目も合わせることなく「あなたは何かしてくれたわけでは無いので何もあげませんよ」と言い、そのままバイクで立ち去ることにしました。

     

    国境を出たすぐのところに銀行があったためガーナの通貨セディーをおろします。

    私がお金をおろして戻ってくると、リョウさんが見知らぬ男と話しています。

    するとその男は今度は私のところに来て「フランス語はわからないんだ。英語だけど良いかな?」と言ってきます。何だろうと思ったのですが、リョウさんが「そいつ腹減ってるから金くれって言ってるみたいですよ」と言ってきたので、私は冷たく目をそらして「sorry」と言って追っ払いました。

     

    どうやらこの国は「金くれ物くれ」の国のようです。

     

    しかし、ガーナに入って走り始めるとあることに気付きました。今まで走って来たセネガルやギニア、コートジボワールと比べて全然生活水準が高そうなのです。まず立ち並んでいる家々がしっかりとした作りです。

    そして今までの国は道端に落ちているゴミが酷く、大変な悪臭を放っていたのですが、ガーナはゴミこそ落ちていますがその量は圧倒的に少なく、町がクリーンなのです。

     

    入国してから少し走ると検問をしていました。

    パスポートとカルネの提示を求められました。

    リョウさんのパスポートを確認した警察官が我々の滞在期間は1か月だと言いました。

    えっ…。それって今日から数えて1か月ってこと??

    コナクリの大使館では申請した1月16日から1か月って言われたんだけど。

    その警察官に確認すると入国した1月31日から1か月だから2月末まで大丈夫だと言います。それが本当なら大変ありがたいです。アンゴラビザの取得にどれだけの時間がかかるかわからなかったため、2月15日期限ですと厳しいかもしれないと思っていたので。

    ただ、この警察官一人の意見では本当かどうか確証が持てないので、首都アクラに着いたらきちんと確認しにいくことにしました。

     

    そこからしばらく走ってリョウさんがトイレのためにバイクを停車させると前から一人のチャリダーがやってきました。

    そのチャリダーは私に話しかけてきました。

    チャリダー:「やあ、君たちは向こうから来たってことはこのまま南アフリカを目指すのかい?僕は反対に南アフリカからここまでやってきたんだ。」

    私:「はい。あなたの言う通り南アフリカまで行く予定です。どこの国の方ですか?」

    チャリダー:「僕はベルギー人だ。君たちは?」

    私:「日本人です。南アフリカからここまでどのくらいかかったんですか?」

    チャリダー:「今でちょうど6か月くらいかな。そういえば君たちはナイジェリアはどうするんだい?ナイジェリアのビザは取れたのかい?」

    私:「いえ。ナイジェリアビザの取得は難しいって聞いているので、ベナンからカメルーンかガボンに船で渡ろうと思っています。」

    チャリダー:「やっぱりそうか…。僕もナイジェリアビザは取得できなかったからカメルーンからベナンには飛行機で渡ったんだ。ところで君たちはアビジャンを通過してきたのかい?ならば象の巣には行ったのかい?」

    私:「象の巣??なんですか?それは?初めて聞きました。」

    チャリダー:「象の巣を知らないのかい?もったいない。有名な場所らしいから僕は行ってみようと思うんだ。良い旅にしてな。それじゃあな」

    私:「ありがとうございます。あなたも素敵な旅を!ガーナ-コートジボワール国境はイージーですよ!」

    チャリダー:「それは知っているよ!ありがとう!」

    そういうとこのチャリダーは去って行きました。

    リョウさんが私に「あの人、コンゴとかコンゴ民主のことは何か言っていましたか?」と聞いてきて、しまった!と思いました。

    南アフリカからこちらに向かってやってくる旅人は大変レアです。この旅一番の難所になるであろうコンゴとコンゴ民主の生の情報を聞くチャンスはなかなかありません。大変もったいないことをしました。

     

    その後、私たちは途中立ち寄った町で昼食を摂ることにしました。

    ここでも屋台飯なのですが、今までの国に比べると格段に清潔です。例のごとく味も良いのですが、金額も7セディー(約140円)と格安です。

    コートジボワールでは屋台でぼったくってきたことも考慮すると、安くて美味しくて清潔なガーナってすごい良い国なのではないかと思えてくるのでした。

     

    その後、この日目標としていたタコラディの町を目指します。しかし途中から酷いスコールに見舞われました。雨に降られたのはダカールを出発してから初めてのことでした。

     

    スコールはやはり一時的なもので、タコラディの町に着くころにはすっかり止んでいました。

    タコラディの町に着くと給油するためにガソリンスタンドに寄ります。

    私が給油している間、しきりに話しかけてくる男性がいます。私はてっきりこのガソリンスタンドのスタッフだと思っていました。

    給油が終わるとその男性は私に、併設された売店で何か買って行けよと言います。

    ガーナは今までの国に比べて物も豊富で物価も安いので売店の中を覗いてみることにしました。

    そこで私は非常食用にとクッキーを手に取り買おうとしたのですが、その男は私と同じものを手に取ると私と一緒にレジの所にやって来て、私が当然払ってくれるだろうという態度です。

    私:「いやいや。何で私があなたの分を買わないとならないんですか?買いませんよ」

    男:「なんだって!お前、俺の友達だろ。買ってくれないのかよ!お前、悪い友達だな!」

    意味がわかりません。

    私がガソリンスタンドのスタッフの女性に、この男は誰なんだと聞くと、隣の工場のメカニックだと言います。

    仕事も持っているのに私がこの男に物を買ってあげる意味がわかりません。

    しかし、その後ガソリンスタンドの女性がリョウさんに「なんであなたの友人は彼に何も買ってあげないの?」というようなことを言ったそうです。

    うーむ。私にはガーナという国がちょっとわかりません。

    しかし、私の目の前であの男があまりにもしょげているので仕方なくビスケット渡してあげることにしました。

    すると男は「お前はグッドフレンドだ!」と言って大喜びでその場でビスケットを「うまいぞ、こりゃうまい」と言って食べていました。

     

    本当にこの国は「ものくれ」の国ですね。

     

    日がだいぶ傾いたころ、私たちは目星を付けていた宿に到着しました。

    中から出てきた女性スタッフに予約はしていないが今夜二人宿泊できないか?と聞くと「ごめんなさい。今日は予約でいっぱいなの」と言います。

     

    マジか…。今から別の宿を探すのも億劫です。なので私は「部屋が無いならここの駐車場でキャンプをさせてくれないか?」と尋ねました。

    するとその女性職員は「オーナーに確認してみるからちょっと待っててね」と言います。

    しばらく待っていると「オーナーと連絡が取れないからもう少し待ってて」と言いに来てくれました。

    リョウさんは地図アプリで他の宿を調べています。

    私はあの女性職員がとても丁寧に対応してくれているのでここでキャンプして良いということでしたらそうすることに決めました。

    私:「あの人、一生懸命対応してくれているから私は許可が出たらここでキャンプします。もしリョウさんは宿にちゃんと泊まりたいなら他を探して、いいところが見つかればそっちに泊っても良いですし、もし見つからなければここに戻って来ても良いですよ。私はここにいるので」

    リョウさん:「シャワー使わせてくれるならキャンプでも構わないので待ってみます」

     

    しばらくすると女性スタッフがやってきて、「一部屋片づけるからそこ使ってもらっても構わないけど、その部屋で大丈夫かどうか先に見てもらっても良い?」と言います。

    部屋を見せてもらうとどうやらスタッフの控室のようです。シャワーも付いていたので全くもって十分です。

    その部屋に泊めさせてもらうことにしました。

     

    荷物を部屋に運んでから、食堂で何か食べることはできないか聞いてみます。

    女性スタッフ:「何が食べたいの?」

    私:「何が食べられるんですか?」

    女性スタッフ:「食べたいものを言ってもらえれば用意できるか確認するわ」

    なんじゃそりゃ…。メニューがなければ注文するのは難しいですよ。

    私:「じゃ、ガーナ料理を何か作ってもらうってできますか?」

    女性スタッフ:「ガーナ料理?○×※<゜)*)彡とか?」

    うん?聞き取れない。わからないから良いや。

    私:「じゃ、ピザとかできます?」

    女性スタッフ:「ピザね。確認してくるわね」

     

    少ししてその女性スタッフが戻ってきましたがピザのデリバリーは終わってしまってるからできないと言います。その代わりパスタなら作れるわよと言ってくれました。

    私:「パスタ。パスタ良いですね。それでお願いします」

    そういうとこの女性スタッフはわざわざ食材を買い出しに行ってパスタを作ってくれました。

    他の女性スタッフと楽しそうにパスタを作っている声も聞こえてきます。

    普通ならレストランはやっていないから食事は出せないって言われても仕方無い状況ですが、彼女たちは嫌な顔せず、むしろ楽しそうに私たちをもてなしてくれました。

     

    ガーナ初日。いきなりたくさんの人と出会い、この国は「物くれ金くれ」の国でもありますけど、陽気で明るい人が多く、私は良いなと思いました。

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  • 綺麗な身なりの奢ってマン

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    1月30日(木)東京出発235日目、コートジボワール4日目 アビジャン

    この日は予定通りアンゴラビザ申請用の証明写真を撮りに行きます。日本から十分だろうと思われる数の証明写真は持って来ていたのですが、アンゴラビザは背景が白の5×4cmの物しか受け付けてくれないということだったので、ここで仕方なく再度写真撮影です。

    宿から歩いて10分くらいのところに写真屋はありました。

    そこではおじさんが一人でデジカメを使った写真屋を営んでいました。

    我々が行くと片言の英語で「パスポート用の写真か?」と聞いてきたので、そうだと答えました。

    まずはリョウさんの写真を撮ってもらいプリントアウトしてもらうのを待っていると、現地の人と思われる若い綺麗な身なりの男性がやってきました。

    証明写真を撮るくらいなので、それなりにちゃんとした人なのかもしれません。

    次に私の写真を撮ってもらい、さらにはアンゴラビザ申請用の書類をプリントアウトしてもらおうとリョウさんが持参したUSBメモリを渡します。

    お会計の段になって英語が通じないのでなかなかうまくコミュニケーションが取れません。

    証明写真は一人4,000CFA(約800円)でプリントアウトしてもらった書類が全部で24枚でした。

    書類の印刷の前に、写真代だけで会計しようとしたときに10,000CFA渡そうとしたのですが、そのときはお釣りがないと言われていました。

    印刷代込みで10,000CFAで足りる?お釣りがないのなら良いよ?って伝えるのですが、うまく伝わりません。

    すると先ほど来た身なりの綺麗なお兄さんが間に入ってくれて、どうやら写真屋のおじさんは書類の印刷は1枚25CFAで24枚なので写真代と合計で8,600CFAだと言ってくれていたようです。

    我々二人の財布の中身にある細かい紙幣を確認すると、二人合わせればちょうど8,600CFA払えることがわかりました。

    こうして無事会計を済ませることができたと思ったのですが、この綺麗な身なりのお兄さんが「俺の分の写真代も一緒に払ってくれよ」としきりに言ってきます。

    アフリカの人って見ず知らずの人に対しても平気でこういうこと言ってくるよなって思います。

    サンキューとだけ言ってやり過ごすのですが。

    一旦お店を出たのですが再び戻って、カラーコピーのできる場所は無いか聞くと、おじさんもお兄さんも外まで出てきてくれて丁寧に教えてくれたので、実際はすごくいい人なのでしょうけどね。

     

    そして宿に戻ると、リョウさんは先日痛めていたバイクのエンジンを見てもらいにバイク屋に行くと言って出かけていきました。

    私もエンジンオイルの交換やエアクリーナーの掃除などをしてもらいに行こうかとも思ったのですが、前日の渋滞の様子を見ると、アビジャンでバイクに乗るのはうんざりだったため、宿でゆっくりすることにしました。

     

    夕方になりリョウさんが帰って来たのでどうだったか聞きました。

    するとそのバイク屋はオフロードを中心としたレースチームも持っているらしく、大変高い技術を持っていて、完璧に直してくれたそうです。まさかアフリカでアルミ溶接ができるようなバイク屋があるとは!とリョウさんは驚いていました。

    症状が症状だけに私もどうなることやらと心配していましたが、ここできちんと修理できたことは本当に良かったです。

    コートジボワール滞在は大変短かったですが、ガーナビザの関係もあり、明日にはガーナ入国です。

    さてさて、アンゴラビザの取得はどうなることやら。

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  • 西アフリカ最大の都市アビジャンへ

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    1月29日(水)東京出発234日目、コートジボワール3日目 ヤムスクロ~アビジャン 245km

    朝、宿をチェックアウトするときに昨日の夕飯の金額でゴタゴタするかな?と思ったのですが、意外にも何も言わなくとも昨晩にこちらが主張した金額でそのまま請求が来たので気持ちよく出発することができました。

    コートジボワール最大にして恐らく西アフリカでも最大の都市と思われるアビジャンを目指します。

    心配事と言えばリョウさんのNC700のエンジンからのオイル漏れです。

    アビジャンまで行ければなんとか修理ないしは応急処置的なことはできるだろうと期待して、とにかくそこまでトラブルなく行けることを願うばかりです。

    ただ、幸いなことにオイル漏れ自体は小規模であり、損傷もそこまで激しいものではなさそうです。

    首都ヤムスクロから大都市アビジャンまでは有料道路もあるのですが、バイクは料金所を通過できないということで、料金所手前で一旦ハイウェイを降りないといけないという話を聞いていました。

    しかし場所によってはその迂回路がわかりにくく、結果ハイウェイを数キロに渡って逆走した人もいるという情報を得ていて、そのあたりも心配していました。

     

    いざ出発してみると、ハイウェイだけあってさすがに道路は非常に綺麗です。まず最初の料金所の手前の迂回路をすぐにわかりました。料金所すぐ手前にちょっとした迂回路があり、料金所を超えたところですぐにハイウェイに合流しています。

    問題は次の料金所手前の迂回路です。

    地図アプリを見ても迂回路らしきものが見えません。

    とりあえず行くしかないので走り始めます。

    料金所が近くなると迂回路が無いか慎重に気にかけながら走るのですがやっぱりそれらしきものは見つけられませんでした。

    そして遂には料金所のすぐ手前までやってきてしまいました。

    仕方なく路肩に停車して歩いて料金所まで行ってどうすべきか聞いてみようかと思ってバイクを降りると、ライフルをぶら下げた警備らしき軍人がこちらに向かって歩いてきました。

    そして我々に向かって、ここを通って迂回しろと、あまりにも貧弱な板を側溝に渡した場所を指さしました。

    いやいやいや…。

    こんな貧弱な板っ切れの上を荷物を積んだ大型バイクが渡ろうとしたらバキっと行ってしまい兼ねませんよって話です。

    すると、さらに近くに置いてあったもう一つの貧弱な板の切れ端をその横に並べて、「さあ、行け」と言うようなことを言います。

    だからさぁ…。

    我々がためらっていると、もう一人軍人がこちらにやってきました。

    さすがにこの板っ切れの上を走るのは怖いと伝えると、1250CFA(約250円)払えば料金所から抜けて良いと言ってくれます。

    こんなリスクを負うくらいなら全然払いますよって話です。

    そうして無事料金所を抜けると、この日はお昼ちょっと過ぎには宿に着くことができました。

     

    我々が宿泊した宿はアビジャンの中心地からは離れてはいたのですが、むしろ高級住宅が立ち並ぶような場所で、治安も良さそうです。

    年末にもアビジャンでは日本人旅行者が強盗に遭い金品及びパスポートが奪われた上に、ナイフで切りつけられて軽傷を負ったという事件がありました。

    そういったことを踏まえても、やはりここはアフリカです。簡単には考えずに用心するのに越したことはありません。

     

    昼食を食べに出かけようとすると、この宿の塀の上にもいました!

     

    なんだコノヤロー!

    なんだコノヤロー\(^_^)/

    レインボーアガマです。

    こんなに綺麗なトカゲがいたるところで見られるというのも流石はアフリカですね。

    そしてアビジャンの街自体は噂に違わずインフラも整っていて、今までの西アフリカの町に比べればだいぶ快適な場所でした。

    明日はガーナのアクラで申請するアンゴラビザ用の証明写真や提出書類のコピーなどをするためにここアビジャンにもう一日滞在します。

    ガーナビザにもう少し余裕があればアビジャンで少しゆっくりしたかったのですが、そればかりは仕方ありません。

    コナクリを出てからしばらくの間、お世辞にも環境が良かったとは言えなかったので、それでもここで一日ゆっくり過ごせるのはありがたいことでした。

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  • レインボーアガマ

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    1月28日(火)東京出発233日目、コートジボワール2日目 マン~ヤムスクロ 330km

    朝、リョウさんのバイクの状態が心配ではありましたが、オイル漏れもごく少量ですぐにどうこうなるようなこともなさそうだったため、いつも通り二人で宿を出発しました。

    この日は首都のヤムスクロまでの道ということで気楽に考えていたのですが、実際に待っていたのは穴ぼこだらけのアスファルトでした。

    前を走る車も対向車も穴ぼこを避けながら走るので、車線もなにも関係ありません。すべての車が対向車線をはみ出て道路一杯にぐちゃぐちゃに走ります。

    みんな車体にダメージがいかないように低速で走るため、バイクの我々のペースも上がりません。

    他の国ではトラックやバスなどの大型車はバイクが後ろから来ると追い抜くように促してくれたりするのですが、この国ではそういった大型車が急ハンドルを切ったりしながら穴ぼこを避けて走るので、追い抜くときも気を付けないと接触する恐れがあります。

    実際、バスを追い抜こうとしたトラックが、急ハンドルを切ったバスとあわや接触するという場面も見ました。

     

    途中通過した町の屋台で昼食を摂りました。お店の人たちはとてもフレンドリーで丁寧に接してくれます。

    味も悪くありません。

    食事を終えて「トイレとタバコ」と言ってリョウさんが席を離れたので、その間に会計を済ませてしまおうと店員を呼びます。

    紙に明細らしきものを書いて持ってきたのですがどうも意味がわかりません。

    6,000、1,000、400と読める汚い字で書かれた三つの数字が書かれているのですが、まさかこの合計とは考えにくいのです。合計すると7,400CFA(約1,500円)ですけど、この屋台飯のご飯がそんなに高いはずがないのです。

    意味が分からなかったので再度店員を呼んでいくらか聞くと、「この数字三つ足して10,000CFA(約2,000円)だ」と言います。

    益々意味がわかりません。

    足したら7,400ですし、10,000CFAってぼったくりも良いところです。

    サスガになめられているんだろうと思い、ここはガツンと言うべきところだと判断して「ふざけるんじゃねぇ!これで10,000CFAな訳がねぇだろ!!」と大きな声で言うと、スマホの電卓機能を開いてその店員に打たせます。

    すると意味の分からない計算をして、答え「0.025」となったものをドヤ顔で見せてきて、「これだ!」と言います。

    せっかくこっちが怒ったふりをして戦闘モードに入っているのに、あまりの滑稽さに思わず吹き出しそうになります。

    ここで笑ったらそれこそ負けだと思って笑いを必死にこらえて「てめぇ、計算もできねぇくせにいい加減なことを言ってんじゃねぇぞ!」っていうと、タバコとトイレから戻って来てその様子を見ていたリョウさんが今にも吹き出しそうな顔をしています。

    いやいやいや、アンタこっち側の人間のはずなのに、何俺を笑わそうとしているですか??

    仕方なく店長を呼んでもらって実際に幾らなのかを聞くとやはり「合計の7,400CFAだ」と言います。

    なめすぎています。魚を揚げたもの一切れが2,000CFA(約400円)って言うのですが、日本で同様のものを買ったとしてもその金額は高すぎます。

    ふざけるんじゃない!と言うと、「なら幾らなら良いんだ?」と言ってきます。本来だったら魚一切れ500CFA(約100円)でその他の飲み物などすべて込みで2,900CFAと言いたかったのですが、それだとまた揉めて時間を取られてしまいそうだったので「魚一切れ1,000CFA。合計4,400CFAだ」と言いました。

    店長はそれは安すぎると言うようなことを言いましたが、近くで見ていて計算のできないアホたれが「セボン(OK)」と言ったので、それで終わりにしました。それでも高すぎるのは私も分っていたんですけどね。

    4,500CFAを渡すと律義に100CFAのお釣りを持ってきましたが、私は彼らに暴言を吐いてその100CFAはくれてやる!と突っぱねてやりました。

     

    大変気分は悪くなったのですが、私はせっかくの機会なのでキリスト教の大聖堂Basilica of  Our Lady of Peaceを見たかったため、ここで手打ちにして、その後ほとんど休憩を挟むことなく走り続けました。

    本当はリョウさんは途中で休憩を挟んだりしたかったのかもしれなかったので大変申し訳なかったのですが…。

     

    夕方16時過ぎ、やっとヤムスクロの街の入り口に到着して、そのまま大聖堂Basilica of  Our Lady of Peaceをめざしました。

    眼前に大きな大きな大聖堂が現れると私のテンションは上がりました。

    めちゃくちゃデカイ大聖堂!

    受付に行くとパスポートの提示を求められ入り口には軍服を着た警備員がいましたが、我々が日本からバイクで来たということに驚いていて、大変フレンドリーに接してくれました。

     

    実際に大聖堂を見るとその大きさやステンドグラスに圧倒されますが、私はここでも疑問に思ってしまいます。

    この建築物の大きさに圧倒されます(>_<)
    ステンドグラスも大変綺麗でした。しかし

    これを作るのにどれだけの費用がかかったのか訝しく思ってしまいます。

    コートジボワールは西アフリカの中では最大級の経済規模を誇りますが、地方の人々の生活はまだまだ貧しそうです。ここにこれだけ立派な建築物を作って維持していくことにどれだけの意味があるのでしょうか?

     

    この日はほとんど休憩も挟まずに走り続けて喉も渇いていたので大聖堂を見学したのち、併設されていた売店でジュースを買ってから出発することにしました。

    売店から駐輪場に向かう途中、私の目の前を素早い動きで何かが走り去りました。

    ん………。

    なんだコノヤロー!!

    なんだコノヤロー\(^_^)/

    それはそれはとても美しい色をしたトカゲでした。

    リョウさんに聞くとこのトカゲはレインボーアガマという名前のトカゲで、日本でも最近テレビ番組で取り上げられた有名なトカゲだと言っていました。

    この場所にはこんなに美しいトカゲが何匹もいて、私が興奮して追いかけまわしていると、この施設の職員が私に向かって、「おい、あっちにもいるぞ!」って教えてくれるのでした。

     

    宿に着くとここも空調が効いていてお湯のシャワーも出る快適な宿でした(価格自体はギニアのぼろぼろの宿と大差ないのですが)。

    食堂が併設されていたのでそこで冷たいビールと一緒に夕食を摂ります。

    この食堂も例に漏れずなかなか美味しい料理を提供してくれたのですが、いざ会計の段になるとメニューに書かれた金額の倍近い金額を請求されます。

    私がメニューを持って行って「金額がおかしい」ことを伝えるのですが、我々が理解できないフランス語で何やら言っていて「金額はこれで合っている」というようなことを言います。

    埒が明かないので宿のオーナーを呼ぶように言ったのですが、オーナーはシャワーを浴びているから待てということでした。

    そんなもの待っていられないので、明日の朝に会計すると伝えてその日は眠ることにしました。

    なんだかんだでこの日も大変疲れる一日でした。

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  • 別行動、してみる??

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    1月27日(月)東京出発232日目、コートジボワール1日目 マン 宿にて

    コートジボワールに入国して最初の町マンの宿にてゆっくりと夕食を摂ることにしました。

    明日は久しぶりに300kmオーバーの行程になります。

    ギニアは大変道が悪いところが多かったため決して無理のないように一日の走行距離は200km以下の日が多かったのですが、コートジボワールに入り道路状況は大変良くなるという情報と、前日に滞在したマンからこの日目指す首都ヤムスクロの間に目ぼしい都市が無かったことから、久しぶりに少々長めの移動となりました。

    ヤムスクロには西アフリカ最大のキリスト教の大聖堂Basilica of  Our Lady of Peaceがあるということで、時間次第ではそちらの見学も視野に入れておりました。

    夕飯時にリョウさんと話をします。

    私:「明日は少々長めの移動になるのと、場合によっては大聖堂の見学などをするとなると、お互いにペースが違うと思うんですよ。道も舗装路だと思われるので、現地集合にするっていうのはどうですか?もちろん、全然無理にそうしようって言うわけではないですけど」

    リョウさん:「うーん…。どうしましょうかね…。この区間で悪徳警官に遭ったという人もいるみたいなんですよ。その場合、二人だったら戦えるじゃないですか。二人一緒の方が良いんじゃないですか?」

    この発言でまた私は少々ムッとしてしまいます。

    確かに二人の方が安心感はありますが、一人だからってきちんと言うべきことも言えない、二人だったら強気に出られるってちょっと嫌だなって思ってしまいました。

    そのことは別として、悪徳警官がいつもそこにいるということもないでしょうし、コートジボワールは比較的経済的にもしっかりしていることから、危険度もだいぶ低いというのが私の見解でした。

    このときの私の感情としては、ダカールからここまで私たちはずっと一緒にいたので、たまには別行動するのも気分転換になるのではないか?ということでした。ただ、それがリョウさんにとって大変なストレスを与えてしまうようであれば無理にそうしたいというわけでもありませんでした。

    私:「全然無理に別行動しようって話ではないです。この区間の危険度は今までに比べればだいぶ低いことを考えると、たまには別行動してみるのも気分転換になるかなと思っただけです。リョウさん次第でどっちでも良いですよ」

    リョウさん:「…。そうですね。別行動してみますか…。」

    そう言って食事を終えて私は部屋にもどり、リョウさんはタバコを吸いに外に行きました。

    私が部屋に戻るとすぐに部屋がノックされました。

    そこにはリョウさんが立っていて

    リョウさん:「やっぱり明日、一緒に行ってもらえませんか?今バイクを見たら、オイルパンをぶつけてしまったみたいで、オイル漏れしてるんですよ…。」

    Σ(・□・;)

    私は驚いてすぐにリョウさんのバイクの状態を見に行きました。

    するとリョウさんの言ったようにエンジンからオイル漏れしています。アフリカの減速帯は高さが高く、色なども付いていないため気づきにくいのです。そのため恐らく減速帯に強めにエンジンをぶつけてしまったのだと思います。

    幸いなことにオイル漏れの量自体は少なく損傷自体はそれほど大きいものではないとは思うのですが、場所が場所だけにかなり心配です。

    確かに何かトラブルがあった時には二人でいたほうが良いので、私は「こういうときこそ二人でいたほうが良いので、明日は一緒に行きましょう」と言いました。

    とにかくコートジボワールの一番の大都市アビジャンまで行ければなんとか修理ができるかもしれません。ここマンからアビジャンまでは約600km。明後日には到着予定です。なんとかそこまで大きなロラブルが発生することなく到着できることを願うばかりです。

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  • コートジボワール入国

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    1月27日(月)東京出発232日目、ギニア19日目、コートジボワール1日目 ヌゼレコレ~マン 208km

    結局私たちはマイケルときちんとしたお別れをすることができずに出発することになりました。

    この日はコートジボワールへの国境越えが待っています。

    予想としてはだいぶ道路状況は悪いと思っていたのですが、この日も予想に反して道路自体はだいぶ整備されていました。ときおり通過する町中は未舗装路となっていたのですが、深いクラックがあるわけでもなく、そこまで難なく走ることができます。

    ヌゼレコレの町から70kmほど走るとギニアのカスタムがありました。

    カルネを見せるように言われたので鞄から取り出すと、出国の印が無いのでここを通すことはできないと言われます。

    ちょっと待ってくれよ!普通カルネの出国印はここで貰うものなんじゃないのか?!

    するとこのじいさんは、「今日はボスがここにいないんだ。今日ボスはロラという町にいるからそこまで戻ってもらって来い!」と言います。

    地図アプリで調べてみるとロラの町は40kmも手前にあります。我々が通過したときには何も言われませんでした。

    往復80kmの道をもう一度走るのは大変億劫なのでここで何とかしてくれないか?と言うのですが、このじいさんは「ダメだダメだ!戻った戻った!」と言ってどうにもしてくれません。

    仕方がないので我々は再度ロラの町まで戻ることにしました。

     

    ロラの町の出口辺りに確かに事務所のようなものがあったのでそちらに行ってカルネの出国印が欲しいと言うと、「ここじゃないぞ!ここから40kmくらい言ったところにカスタムがあるからそこで貰え」と言います。

    私が「おいおい、我々は今その40km先のカスタムに行ったらロラで貰って来い!って言われたんだ」と言うのですが、新たにもう一人ふてぶてしいやつがやって来て「ここじゃない!」と言います。

    めんどくせぇなぁ。こいつら。

    しかし、最初に話をした担当官が中で確認してくれて、やっぱり今日はここで印が貰えると言って中に通してくれました。

     

    印をもらって再び先ほどのカスタムまで戻ると、今度は先ほどのじいさんがニコニコ顔で「セボン(OK)」と言って道を通してくれました。

     

    その先にギニアのイミグレーションがあってパスポートに出国印をもらうのですが、ギニア人はほとんで英語が話せないので非常に疲れます。

    やっとのことでギニア出国の手続きをすると、国境を越えたすぐの所にコートジボワールの警察の建物がありました。

    ここがコートジボワールのイミグレーションになるのかと思い中に入って行くのですが、中にいた警察官が一旦我々を外に追い出そうとしました。かと思うとすぐに呼ばれて奥の偉そうに座っている男がいる部屋に通されました。

    我々がこの男の前に置いてある椅子に腰かけてもなかなか手続きをしようとしません。

    そして、「ここは警察の施設だ。イミグレーションは我々の仕事ではない。我々はこの目の前の道の道路工事のためにここにいるんだ」と言います。

    ならばなぜパスポートの提示を求める???

    「ここを通る人間がどんな人間なのかを監視する必要がある。」そう言うとのらりくらりとパスポートの情報を書き写しながら我々に質問してきます。

    「職業は何だ?日本の住所と電話番号を教えろ。コートジボワールに来た目的は何だ?今日はどこから来たんだ?今日はどこに行くんだ?」

    本当にのらりくらりと手続きをします。

    あまりにも手際が悪く、手続きが終わってもパスポートを返してくれないので賄賂の要求かと思うほどでした。

    すると、この偉そうな態度の男は我々のパスポートを持ったまま部屋を出ていき我々に着いて来るように言いました。

    そしてある部屋の前で待っているとパスポートを返してくれ、そこにはコートジボワールの入国印が押されていました。

    私が「あれ??ここはイミグレーションですか?」と聞くと「そうだ。イミグレーションだ」と言います。

    最初に自分たちはイミグレーションの仕事をするわけでは無いと言ったのは何だったんでしょうか?私の聞き間違えということは無いと思います。と言うのも最初この男が言っている意味が分からなかったので「ここはイミグレーションではないのですか?」と聞いたら「そうだ。イミグレーションでは無い」とはっきり答えたのです。

    本当に全く意味がわかりません。

    警察署の建物の入り口まで出ると、白衣を着た医師らしい人に来るように言われたのですが、先ほどの偉そうな警察官にその前にバイクの前に立つように言われました。

    何かと思ったらただの記念撮影でした。日本からバイクで来た我々が珍しかったようです。

    その後先ほどの医師らしき人に黄熱病の予防接種の証明書を見せると、無事コートジボワール入国となりました。

    手続き自体は大したことは無いのですが、なんだか非常に疲れる国境越えとなりました。

     

    国境での手続きが予想以上に時間がかかり、この日の目的地であったマンの町に到着したのは午後5時頃でした。

    宿に到着すると中は冷房が効いていました。

    そしてまだ夕方の時間帯にも関わらず電気も点きますし(ギニアは夜7時~朝6時の間しか電気は使えず更には頻繁に停電していました)お湯のシャワーも出ます!!

    しばらくギニアにいた私にとっては感動よりも違和感の方が強かったです。

    確かに快適です。快適ですし嬉しいです。でも…、でもなんか違うって思ってしまうのです…。

    たったほんの100kmほど手前の国境を越えただけで、あの人懐っこくて気のいいギニア人たちはあんなに不便な生活をしていると言うのに…。

    それがコートジボワールに入った私の最初の感想でした。

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