• カテゴリー別アーカイブ 035_ベナン
  • まさかの入国拒否…?!

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    2月21日(金)東京出発257日目、ベナン9日目、ガボン1日目 コトヌー~リーブルビル 飛行機

    朝10時半

    スラデュさんが車で宿まで迎えに来てくれます。

    本来ならばこのまま空港に向かいたいところなのですが、ガボン側でバイクを受け取るには別の書類が必要ということで一旦港に向かいます。

    港に着くとスラデュさんがウンゲ氏の事務所まで行って書類を受け取って来てくれました。

    私も確認しておかないとと思っていたのですがここまで聞きそびれていたガボン側での手続きの方法について、こちらが尋ねる前にスラデュさんから説明してくれました。

    スラドゥさん:「こちらがコトヌー側の連絡先です。何かあればこちらに電話してください。そしてこちらがガボン側の連絡先です。船は早ければ日曜日にガボンに到着します。日曜日になったらこちらに電話をして実際には、いつ船が到着するか確認してください。担当者の名前はサムです。その後の手続きの方法もそこで説明してくれると思います」

    スラドゥさんは早ければ日曜日に船は到着するけれども、恐らく月曜日になるのではないかということでした。

    書類を受け取るとそのまま空港まで送ってくれました。

    ちょうど一週間前、何のつながりも無いままにいきなりスラドゥさんに電話をして助けてほしいとお願いしました。

    一切嫌な素振りを見せることなく快く引き受けてくれ、予想よりもずっと早く船を見つけることができました。

    お別れの時

    私:「本当にありがとうございました。あなたの優しさは絶対に忘れません」

    スラドゥさん:「私の方こそ、あなたの優しさを忘れることはありませんよ」

    嘘ですよ…。私はスラドゥさんに優しくなんてできていなかったです。それどころか私はスラドゥさんのことを一時は疑い、厳しい言葉を投げかけることもありました。

    それでもスラドゥさんは最初から最後まで全力で我々のために一生懸命動いてくれました。

    絶対にあなたの優しさを忘れません…。

    スラドゥさんとツーショット
    三人で
    スラドゥさん
    あなたはどこまでもどこまでも誠実で優しい人でした

    飛行機を待っているとき、ガボンでの滞在宿を予約することにしました。

    ずっと体調不良のリョウさんのことを考えても少し環境の良いところに泊るべきと考えたのと、少しでもマラリアのリスクを避けるためです。ガボンは現在雨季であり今まで以上にマラリアのリスクが高いと考えられます。ガボンも首都のリーブルビルを離れてしまうと環境は一気に悪くなることが予想されることから、ここで少しでも鋭気を養いたいところです。

    無事、宿の予約を終えると宿から空港から宿までの有料シャトルを利用するかとの連絡がきました。

    すでに我々は飛行機に乗り込んでしまっている段階でしたが、慌ててお願いすることにしました。空港でタクシーを拾ってぼったくられるよりも、初めから料金のわかっているシャトルを使った方が良いと判断したからです。

     

    結局飛行機は1時間遅れで離陸しました。

    途中、機内食が出ました。

    リョウさんは一旦は受け取ったのですが、一回蓋を開けるとすぐに閉めてしまいそのまま眠ってしまいました。朝食も食べていませんでしたし、お昼も空港で買ったちょっとしたお菓子を口にした程度でした。

    後で聞いたところですと、飛行機で乗り物酔いをしてしまったそうです。やはりあまり体調は良くないのでしょう。

    約2時間のフライトはあっという間でした。

    空港に降り立ち、まずはヘルスコントロールで体温を計り、無事に通過します。

    次のパスポートコントロールで止められてしまいます。我々はコトヌーできちんとガボンビザも取得してきているので問題ないはずです。しかしこの警察官は英語が全く話せないため我々も理由がわかりません。

    しばらくすると英語を話せる担当官を呼んできてくれました。

    担当官:「飛行機のチケットを見せろ」

    そう言われて航空券を見せるのですが

    担当官:「違う!それのことじゃない!」

    私:「帰りの航空券を言っているのですか?」

    担当官:「当たり前だろ!!」

    私:「持っていません。私たちはバイクをコトヌーからリーブルビルまで船で送っています。それを受け取り次第、バイクで出国します」

    担当官:「なんだと?!お前たちの入国の目的は何だ?!」

    私:「旅行です」

    担当官:「嘘をつくな!ビジネスしに来たんだろ!」

    資源のある国ではありがちなことです。彼らからしたら外国人は自国の資源を奪い取ろうとする悪の存在なのです。ここガボンは人口160万人程度にもかかわらず豊富な資源があり、周辺国に比べてかなり豊かな国なのです。しかし特段観光資源があるわけでもないので疑われても無理はないのかもしれません。

    私は必死に説明します。

    私:「嘘ではありません。私たちは日本からバイクで旅をしてきたのです。その証拠もあります」

    そう言ってカルネなどを見せるのですが、

    担当官:「じゃ、お前のそのバイクってのはどこにあるんだ?!」

    私:「今は船でコトヌーからリーブルビルに運んでいる最中ですので海上の船の上です。バイクの受取証も持っています」

    そういってバイクの受け取り証を見せると、そこに書いてある電話番号を見つけて

    担当官:「これがその船会社の電話番号か?このサムってのが担当者か?」

    と聞いてきてそのまま電話をしました。電話はフランス語で行われていたので私には何を話しているかはわからなかったのですが、サムさんの方できちんと対応してくれているような雰囲気ではありました。

    しかしそれでもこの警察官たちの態度は頑なです。どうしたものだろうかと思っていたのですが、自分でバイクで陸路で旅をすると言っていて気づきました。

    私:「私たちはこのまま陸路でコンゴに行くんです。すでにコンゴビザも持っています」

    そう言ってパスポートを見せました。ガボンビザとコンゴビザの取得日も同一日であり、これを見せると警察官たちの態度が柔和になったのが感じ取れました。

    担当官:「ガボンに知り合いはいるのか?」

    私:「いえ、いません」

    担当官:「どこのホテルに泊まるんだ?」

    そう言われて予約確認のメールを担当官に見せます。

    担当官:「このホテルからの迎えは空港に来るのか?」

    私:「はい。宿までのシャトルのお願いをしています」

    そう言うと今度はホテルに電話をして確認します。すると

    担当官:「今電話をしたら、ちゃんと迎えに来てくれるそうだ」

    と言って最初に比べてだいぶやわらかい空気になってきました。

    そこにここにいる警察官たちの上司と思われる、小柄だけれども大変ふてぶてしい男がやってきました。

    何を揉めているんだというようなことを言い、我々の状況を他の警察官が説明すると「そんな奴らを入国させるわけにはいかないだろ!」という風に我々を睨みつけて何かを言っています(フランス語で話しているので私には実際には何を言っているのかわかりません出したが)。

    しかし、ここにいた警察官たちが「こいつらは大丈夫ですよ」というようなことを言ってくれているようで、このふてぶてしい上官らしき男を説得してくれました。

    そして遂にこの担当官が入国手続きをしてくれることになりました。

    リョウさん:「何が問題だったのか全くわからなかったのですけど」

    と言うので、我々がガボンにビジネスをしに来たのではないかと疑われていたことをなどを説明すると

    リョウさん:「そういうことだったんですね。確かに飛行機で来てバイクで出ていくって怪しく思われるかもしれませんね」

    と納得していました。

    こうやって問題が発生した時には私も余裕がなくなるのでついついリョウさんに通訳することなく話を進めてしまうので、確かに不安になってしまいますよね。かといってリョウさんに通訳しながら担当官に説明をするのも大変なので、どうしてもその場を切り抜けることを第一優先にしなければならないのですが。

    やっとの思いでこの担当官が入国のスタンプをパスポートに押してくれました。

    私が「ありがとうございます」とお礼を言うと、初めてこのときこの担当官が笑顔を見せてくれるのでした。

    さて、だいぶ遅くなってしまいました。

    預け荷物を受け取りに行くと我々のところにやってきて勝手に荷物をカートに載せて運ぼうとする奴がいます。このアグレッシブさは後でお金を要求してくるパターンです。

    英語で「お金は払わないよ」と言っても通じているのか通じていないのか無反応です。

    空港を出るとそこには私の名前の札を持った男が立っていました。ホテルにお願いしたシャトルのドライバーでしょう。

    我々はガボンの通貨を持っていなかったのでATMで引き出したいと言うとこのドライバーはあからさまに嫌な顔をします。

    本来なら残っていた通過の両替やsimカード(後日船会社に電話をするために必須)の購入をここでしたかったのですが、こうあからさまに嫌な顔をされて急かされるものですから、仕方なく現金の引き出しのみ行うことにしました。

    空港のATMは言語を英語を選択して操作しようとするとエラーになるようです。最初英語で操作したところうまく動作せず、仕方なく一回キャンセルしました。すると何故か勝手に20,000XAF(約4,000円)出てきました。

    何か操作をしたわけでは無いので、これは私のものでは無いと思い、両手を広げてどういうこと?とジェスチャーすると、カートで荷物を運んでくれたあの男がサッとその20,000XAFを奪い取りました。

    しかし、後で確認したところこれは私の口座から引き出されたものであることがわかりました。

    その後リョウさんもお金を引き出したのですが、あのカート男に引き出したお金から10,000XAF(約2,000円)を抜き取られて残りを渡されたそうです。

    私はあの男がカードにも現金にも触れないように体で奴をブロックしながら操作していたのでそのあとに引き出したからお金を抜き取られることはありませんでしたが、リョウさんにやったことって泥棒ですよね。

    私もあいつが取った20,000XAFは私の物だったことを後から知り腹立たしくも思ったのですが、あのときは自分のものとは思わなかったので、他人のお金を自分の財布に入れるような卑しいマネをするよりもまだましだったと怒りを鎮めるのでした。

    ホテルまでのシャトルの運転があまりにも荒っぽく、途中事故を起こしそうなこともあったので、私はこのドライバーに対して大変不愉快な思いをしました。

    我々が空港で警察に疑われていて遅くなってしまったのでイライラしていたのかもしれませんがあまりにも態度も運転マナーも悪かったのです。

    この日は飛行機での移動だったため陸路よりも手続きは簡単だろうと思っていたのですが、なかなかうまく行きませんね。

    とりあえずは船が到着するまではゆっくりできるので、それまでに鋭気を養うこととします。

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  • CASSANGA(カッサンガ)

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    2月20日(木)東京出発256日目、ベナン8日目 コトヌー

    朝9時

    我々はバイクを貨物船に積載するために宿でスラデュさんを待っていました。

    朝9時にスラデュさんは迎えに来てくれると言っていたのですがなかなか来ません。

    9時40分になってもスラドゥさんはやってこなかったのでこちらから電話をしてみます。

    私:「おはようございます。スラデュさん、大丈夫ですか?」

    スラデュさん:「あぁ、申し訳ないです。今からすぐにそちらに伺いますので少々お待ちください」

    うーん。電話の声を聞いた感じ、今起きたような雰囲気です。船はこの日の午後に出港するということなのですが本当に大丈夫なのでしょうか?

    11時頃になりスラデュさんがやっとやってきました。

    ちょっと2時間の遅刻はいかがなものかと思ったのですが、後で聞いた話によると腰痛で動けなかったそうです。スラデュさんはすでに現役を引退しているということでしたので見た目以上にご高齢なのでしょう。そして連日猛暑の中我々のために一生懸命動き回ってくれ、疲れが出てしまったのかもしれません。

    港に到着してウンゲ氏のところに行くとこの日の流れをスラデュさんが説明してくれます。

    支払いをした時点で港への入館証を作ってくれるということですが、スラデュさんがまず先にCASSANGA(今回我々が使用する船)を見に行こうと言います

    恐らく私が発注する前に船を見せろと強く主張していたのでその約束を守ろうとしてのことだと思います。しかしもうすでに発注済みですので今更見ても仕方ないとは思いつつ、せっかくの善意でしたので船を見に行くことにしました。

    しかし、やはりまだ我々には入館証が無かったため、入り口で入港を拒否されてしまいました。スラデュさんは何やら交渉してくれようとしてくれたのですが、私たちにとって今更船を見ることには大きな意味はなかったので、難しいなら見なくて構わないと伝えました。

    ウンゲ氏の所に戻ると早速支払いを済ませました。

    支払いを済ませるとバイクをトラックに積み込む(貨物となるバイクは港内を走れないそうで、一旦トラックに積む必要があるとのことでした)ためにウンゲ氏の会社の倉庫のような所に移動しました。

    倉庫まで行くとリョウさんが

    リョウさん:「ちょっと飲み物を買ってきます」

    と言って近くの商店に買い物に行ったのですが、そのときの顔色が大変悪かったので、多少心配ではありました。

    そして、戻ってきた後も倉庫の日陰で休んではいましたが大変体調が悪そうです。

    少ししてスラドゥさんとウンゲ氏がこれから昼食を取りに行くけれども一緒に行くか?と声を掛けてくれました。

    私:「私はぜひご一緒したいと思うのですが、彼があまり体調が良くないようです」

    私:「リョウさん、大丈夫ですか?もしあまり良くないなら無理しなくても大丈夫ですよ。」

    リョウさん:「ちょっとダメです。気持ち悪いです」

    そう言ってえずいたので、これは本格的にまずそうだなと思いました。

    それを見てスラドゥさんもウンゲ氏も驚いたようで慌てて近くの食堂の日陰に連れて行ってくれました。

    私は朝食もしっかり取っていてそこまでお腹が減っていたわけでは無かったので

    私:「すみません、スラドゥさん。彼をここに一人置いて行くのも心配なので私もお昼は遠慮させてください」

    そう言って私はここでジュースを注文してゆっくりすることにしました。

    この場所は日陰ではありましたが、湿度が高く大変不快な暑さです。リョウさんの症状を見ると恐らく熱中症だと思われます。

    リョウさんは椅子に座っていてもダルそうで、何度か立ち上がると壁際の方に歩いて行ってえずいていました。

    そして遂には座っていることもままならなくなり、そのまま地面に横になってしまいました。

    ついに地面に横になってしまったリョウさん…
    スラドゥさんが「お腹に良い」と言って買ってきてくれたシトラス。
    本当にスラドゥさんはどこまでも優しいです

    体を冷やせれば体調はある程度は回復するとは思うのですが、外にいる限り厳しいのではないかと思います。

    この日、これからバイクの積み込みがあります。例え少し回復したとしても作業ができるのか不安です。リョウさんの分も私が代わりにやることは全然構わないのですが、船の積み込みはリョウさん自身が自分で納得できるようにやりたいだろうからどうしたものかと考えていました。

    リョウさんはギニアのコナクリ辺りからずっと体調を崩していました。マムーでは夜中に高熱を出し病院にかかりましたし、ガーナのアクラでもずっとお腹を壊している様子でした。ここコトヌーに入ってもマックスから食事の誘いがあった時なども体調不良で動けなかったりしていました。

    ビザ取りで長期の滞在となることが多くゆっくりする時間は十分にありました。大都市での滞在だったため宿の環境もそこそこ良かったのですが、それでも体調を崩したままということはアフリカの環境がリョウさんには合わないのかもしれません。

    心配なのがこの先の行程です。

    今までは時期的にも乾季であり、思ったよりも全然環境的は良かったように思うのですが、ガボンからは雨季に入り、さらにその次のコンゴは今までとは比べ物にならないくらい環境は悪いと思われます。

    雨季ともなればマラリアのリスクは今まで以上に高くなります。コンゴでは最近再びエボラが流行の兆しを見せているようです。

    エボラも普通にしている分には問題ないと思っているのですが、もし病院にかからないとならないような事態になった場合に院内感染という面から怖いものとなります。

    そんなことを鑑みて、次に行くガボンでは船が到着するのを待つために数日滞在するので、体調を整えてもらう意味でも少し良い宿に滞在しようと思うのでした。

    スラドゥさんとウンゲ氏が戻ってきて、我々のバイクをトラックに積み込みます。日陰で横になっていたリョウさんもだいぶ体調が回復したようでなんとか動けそうとのことです。

    屈強な男たちが数人がかりでトラックにバイクを積み込むのですが、倒してしまわないか大変心配です。

    屈強な男たちが数人がかりでテネレさんをトラックに載せます

    無事になんとかバイクをトラックに積み終えると興奮した男たちが「俺たちのパワーはスゴイだろ!」といわんばかりに筋肉アピールをしてきます。

    トラックが港に向けて出発したのち、私たちもバイタクに乗り港に向かいました。

    港に到着するとリョウさんのバイクはすでに船に積まれていて、私のバイクがちょうど積み込まれている途中でした。

    CASSANGA
    綺麗な船ではないですけど、大きな船です。以前は貨物船ではなくフェリーとして人も運んでいたそうですが、最近貨物船になったとスラドゥさんが教えてくれました。それに伴い、コトヌーにはフェリーは無くなったそうです。

    ここでも屈強な男たちが数人がかりで運んでいるのですが、船の上には他の積み荷もたくさん置かれていて、足場も悪く、狭い場所を運ばないとならないのでなかなかてこずっています。

    屈強な男たちが数人がかりでテネレさんを運んでいます

    私のテネレさんはこの旅で今まで何度も転倒させているので、今更多少の傷がついたところでそんなに気にはしないのですが、雑に扱われて変なところを壊されたりするのも嫌なので、少しでもヨロメク度に私は大きな声で「オイオイオイ~!」と声を掛けました。

    するとそれに反応して現場のリーダーっぽい人が「おらぁ!ちゃんとやれー!」と声を掛けてくれるのでした。

    我々が港にいるときにウンゲ氏が

    ウンゲ氏:「私たちの仕事は完璧ですか?何か不備はありますか?何かあれば遠慮なく言って欲しい」

    と言ってきました。

    これまでウンゲ氏と会話をするときは常にスラデュさんが通訳に入ってくれていたため、私はてっきりウンゲ氏は英語は話せないものだと思っていました。

    ウンゲ氏に対するかなり厳しい発言を本人がいる前でスラデュさんに対して言っていたので、もしかしたらその内容をそのまま理解していたかもしれません。(どこまで通訳するかは完全にスラデュさんに任せていたので、私の言っていることを理解していなくてもスラデュさんが通訳していた可能性はありますが)

    ウンゲ氏は大きな体で態度もふてぶてしいですが、はっきりと厳しいことを言われて一生懸命この仕事を完遂しようとしてくれていたようです。

    私が半分ははったりで「今年さらに4人の日本人ライダーがここに来る予定がある。今回の対応次第では彼らにはコトヌーには来ないように勧める」と言ったことも効果があったのかもしれません。

    スラデュさんが一生懸命対応してくれていることはわかりますが、恐らくこの男もその裏で短い時間の中で一生懸命対応してくれていたのでしょう。

    私:「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

    と返事をしました。

    事務所で作業をしていたというスラデュさんも様子を見に駆けつけてくれました。

    スラデュさんは元々船のメカニックであり、世界中のたくさんの港で仕事をしていたそうです。日本でも横浜、茨城、大阪、福岡で仕事をしたことがあるので挨拶程度の日本語も話せるとのことでした。

    いつもは民族衣装のようなものを着ているスラデュさんですが、港に来たときは作業服を着てヘルメットを被っていました。

    すでに引退されているということでしたが、スラデュさんの立っている姿や歩いている姿だけであってもその立ち振る舞いは他の作業者に比べても圧倒的に洗練されていてカッコいいものでした。

    もちろん人間は中身が伴っていることは大前提ですが、その立ち振る舞いもカッコイイということはとても大切だなと感じました。

    作業服とヘルメットを着用して駆けつけてくれたスラドゥさんと(スゴい小さくしか写ってないですけどね)

    無事、船への積み込みが完了したのは17時を少し回ったところでした。

    大変お世話になったスラドゥさんに挨拶をします。

    私:「本当にお世話になりました」

    スラドゥさん:「どういたしまして。そういえば飛行機は明日でしたね。空港まではどうされますか?もし必要でしたら車で送りますよ」

    それは大変ありがたいです。お言葉に甘えてお願いすることにしました。

    相手が日本人ではないということで本当に大丈夫なのかとドキドキヒヤヒヤの一週間でしたが、スラデュさんという大変素敵で誠実な方の協力のおかげで、無事にバイクを船に積み込むことができました。

    当たり前ですけれど人間はどう頑張っても社会で生きていく限り誰かに助けてもらわないと生きていけません。

    「たくさんの人たちに出会って、笑って、怒って、そしてたくさんの人たちの優しさに涙する」

    結局はそれがこの旅なんだと、この日、あらためて強く感じるのでした。

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  • 不信感…

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    2月19日(水)東京出発255日目、ベナン7日目 コトヌー

    当初の予定では場合によってはこの日、船が出航する可能性もあります。

    それなのにまだスラドゥさんから連絡もなく、我々はバイクの積み込みができないでいるのです。

    間に合うのでしょうか?そもそも船会社のウンゲ氏は手続きを進めてくれているのでしょうか?

    不安ばかりが募ります。

    10時になってもスラドゥさんから連絡がなければこちらから連絡しようと思っていました。

    すると、10時5分前にスラドゥさんから連絡が入りました。

    スラドゥさん:「おはようございます。もう時間がありません。今ここで決めていただいて手続きを開始しないと船の出港まで間に合わないです。どうしますか?」

    は?

    何を言っているんでしょうか?その話は月曜日に済んでいるではないですか?!全く同じ話を月曜日にして、その場で決定して、すぐに手続きを開始してくれとお願いしています。手続きが終わり次第スラデュさんから連絡をもらって、その後我々がバイクで港に向かって積み込みを行うという話はきちんと何回も確認したではないですか!

    何をいまさら言っているのでしょうか!?

    正直私はこのときスラデュさんのことも信用できなく思ってしまいました。

    私:「大丈夫です。すぐに手続きを開始してください。私たちはすでに航空券も取得してしまっています。その船に載せられないとなると大変困ります」

    スラデュさん:「わかりました。それではすぐにウンゲ氏に手続きを開始するように伝えます」

    本当に大丈夫なのでしょうか?

    更に30分くらいしてスラドゥさんから再び連絡が入りました。

    スラデュさん:「すみません。私の携帯電話のクレジットが無くなりそうです。エージェント会社に電話したいのでチャージをお願いできませんか?」

    は?何を言っているんだ?

    私:「それは私にスラデュさんの携帯電話代を払えと言っているのですか?」

    スラデュさん:「そうです」

    私:「何で私があなたの携帯電話代まで払わないとならないのですか?」

    スラデュさん:「早くエージェント会社に電話しないとならないからです」

    私:「良くわかりません。どういうことですか?あなたが何をやっているのか全く理解できません」

    相当にイラついていた私はかなりキツく言ってしまいます。

    スラデュさん:「そうですか。わかりました。後ほどそちらに伺います。そのとき話し合いましょう」

    本当にどうなっているんだか?スラデュさんも本当に全く信用できなくなってしまいましたよ。

    本当に大丈夫なのでしょうか?

    少し時間をおくと私は不安になってきました。確かにスラデュさんのことが信用できなくなってしまったかもしれません。でも我々はスラデュさんに頼る以外今のところ手段が無いのです。

    もしスラデュさんが協力してくれなくなったとしたら私たちは自力で船会社を見つけて価格交渉から何から何まですべて自分たちでやらなければなりません。そうなった場合英語の通じにくいコトヌーでどこまでうまくできるでしょうか?

    場合によってはもう少し大きな港を持つトーゴのロメやガーナのアクラに引き返すことも検討しないとならないかもしれません。

    1時間経っても2時間経ってもスラデュさんからは何の音沙汰もありませんでした。

    謝罪の電話を入れた方が良いのでしょうか?でもなんて??

    スラデュさんは先ほど「後ほどそっちに行って説明します」ではなく「話し合いましょう」と言いました。

    もしかしたら手続きそのものを止めてしまった可能性もあります。

    そうなったら今回の船にバイクを載せることはできないでしょう。

    その場合はすでに取得してしまった航空券は無駄になってしまいますが、それでも自力でイチからすべてやるよりも、スラデュさんにきちんと謝罪してもう一度お願いすることの方が得策です。

    業を煮やした私は再度スラデュさんに電話することにしました。

    私:「こんにちは。先ほどは申し訳ありませんでした。スラデュさんのおっしゃっている意味がいまいちわからなかったもので。」

    スラデュさん:「そのようでしたね。今ちょっと手が離せません。あとでそちらに伺いますので待っていてください」

    もう待つしかないでしょう。今回の船がダメだったとしても、もう一度お願いするしかありませんね。

    夜20時頃

    スラデュさんが宿までやってきてくれました。

    大変お疲れの様子です。

    しかし手には何か書類のようなものを持っています。

    スラデュさん:「こちら船への積載許可証になります。原本は明日、バイクで港に行って支払いを済ませたらエージェントからもらえます。そしてその時点でガボン側での受取証ももらうようにします」

    スラデュさん…。あなたを疑ってしまって申し訳ございませんでした。

    私:「ありがとうございます。本当にありがとうございます。午前中のお電話で携帯代を支払って欲しいということでしたが、私は良く意味を理解できていなく、大変失礼いたしました」

    スラデュさん:「あぁ、こちらこそすみませんでした。携帯電話のクレジットが切れてしまいそうだったのですが、あのときお金をほとんど持っていませんでした。港から家までは少し遠くて、戻っていたら時間がかかってしまうのでお願いさせていただいたのですけれど。」

    私:「そうだったんですね。良く理解できずに大変申し訳ございませんでした。だいぶお疲れの様子ですけれども大丈夫でしょうか?」

    スラデュさん:「そうですね。今日はあっちこっちいろいろな場所に行って手続きをお願いしないといけなかったので。とにかく時間がなかったので早くするようにお願いしてヘトヘトになりましたよ」

    私が部屋で文句を言ったりブーたれたりしている間にスラデュさんは一生懸命我々のために動いてくださっていたんですね。本当にありがとうございます。

    私:「ありがとうございます。今日はゆっくり休んでください。明日はどういったスケジュールになりますでしょうか?」

    スラデュさん:「午前中にバイクを積み込んで、船は午後出港予定です」

    私:「何時くらいに港に行けば良いでしょうか?」

    スラデュさん:「そうですね。では9時にこちらに迎えに上がります。そうしたら一緒に港まで行きましょう」

    私:「わかりました。9時ですね。よろしくお願いいたします」

    宿の前までスラデュさんを見送りに行きました。

    本当にお疲れのご様子です。

    見ず知らずの日本人のために一生懸命です。いくら親日だとは言え逆の立場だったら私はこんな風に親切にできるでしょうか?

    こんなにも面倒な役所巡りのようなことを見ず知らずの外国人のために私だったらできないと思います。

    本当にありがとうございます。

    見送った車に深々と頭を下げてお礼を言うのがこのときの私の精一杯でした。

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  • ニセ警官??

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    2月18日(火)東京出発254日目、ベナン6日目 コトヌー

    無事、ガボンまでバイクを運ぶ船を見つけることができました。

    先方の処理作成が終わらない限り船にバイクを積み込むことができないので、先方(スラデュさん経由)からの連絡待ちとなります。

    早ければ船は明日コトヌーを出航するということですので、今日中になんとかバイクの積み込みまでできたら良いなと思っていました。

    国を跨いでの輸送になるので書類作成にはそれなりに時間がかかることになると思います。

    スラデュさんから連絡が来るのは恐らく夕方になると考えていました。

    この日はまずはコンゴ民主(旧ザイール)のビザを申請にコンゴ民主大使館に行きます。

    コンゴ民主大使館は宿から歩いて5分もかかりません。

    8時には開いているということでしたので8時ちょうどくらいに行きました。

    入り口でビザの申請をしに来たことを伝えるとパスポートの提示を求められました。

    パスポートを提示すると入り口の職員は裏に確認に行ったのですが、すでに情報として得ていたようにここでビザの発行はできないと断られてしまいました。

    以前もお伝えしましたが、昨年、第三国(自身が居住している国以外)で取得したビザを持ってコンゴ民主に入国しようとしたツーリストたちが国境で入国拒否をされてトラブルになったということで、ここではベナン在住者以外にビザの発行はできないということでした。

    カメルーンのヤウンデにてコンゴ民主のビザの取得ができるという情報を得ていたのですが、船のスケジュールの関係で我々はカメルーンもスキップしてガボンに行くことに決めてしまったため、コンゴ民主への入国も厳しくなってしまいました。

    しかし、この大使館の職員が別の情報をくれました。

    大使館職員:「現在第三国でのビザの申請は受け付けていませんが、コンゴのブラザビル国境からコンゴ民主のキンシャサに行くならば、国境にて8日間のトランジットビザを発行しますので、そちらから行ってください」

    貴重な情報のように思うのですが、これは結構嫌な情報です。

    ブラザビル-キンシャサ国境の悪評はとんでもないものなのです。ですのでほとんどのツーリストはこの国境を避けます。

    とにかく国境職員の腐敗が激しく、執拗な賄賂の要求があり、それを拒否したツーリストが逮捕されたという情報もあるくらいです。

    それにいざ行ってみてビザが発行されなかった場合は最悪です。ただでさえ道路状況の悪いコンゴの道を引き返す必要が出てきたときに心が折れてしまいそうです。

    ビザが取得できればお金さえ払えば通過できなくはないようですが、そんなものいくらになるかわかりません。それに、そもそも私は賄賂の要求に応じて、それをする人間たちを許容するようなことをしたくないのです。

    宿に戻り、私はFacebookのOverlanding West Africaという西アフリカを陸路で旅行する人たちのコミュニティに質問を投げてみました。

    ・コンゴ民主のビザが取れなかったのだが、ブラザビル-キンシャサ国境でトランジットビザが取得できると聞いた。それは本当なのか?
    ・この国境の職員は腐敗しているとの噂だが実際のところはどうなのか?

    すると何人かからコメントをいただきました。

    やっぱり内容は酷いものでした。

    何度もキンシャサを訪れたことがあるという方からのコメントでは、キンシャサ国境の腐敗具合はとんでもないということでした。とにかく上層部から現場の職員まですべてが腐敗しているということでした。

    更に他の方からのコメントでは、ビザを持たずに国境まで行ってそこでビザが発行されたなんていう話は聞いたことがないというものでした。

    可能性があるのであれば挑戦すべきなのかもとも思いつつ、そこまでのリスクを背負って悪路を走ってブラザビル-キンシャサ国境まで行くことにそこまでの価値があるようにはこのときは思えませんでした。

    コンゴからアンゴラの飛び地カビンダに行き、そこから船を使ってコンゴ民主をスキップするのが妥当(無難?)なのではないかと考えています。

    お昼になり私は近くのお店に昼食を買いに出かけました。

    宿へ戻る途中、バイクに乗った男が後ろからやってきて

    バイクの男:「ジャポネーゼ(日本人)、ジャポネーゼ(日本人)」

    と声を掛けてきました。

    振り返ると、この男が笑顔で親指を立ててきたので、私もそれに応じました。

    すると私のすぐ隣にバイクを停車させると、さっと胸ポケットから自身の顔写真のようなものを見せて

    バイクの男:「私は警察官だ。ドキュメントを見せろ」

    と言ってきます。

    私はポーチからパスポートを取り出してその男に手渡しました。

    その男は私のパスポートをサッと確認すると

    バイクの男:「他のドキュメントは?」

    と言って私のポーチをひったくろうとしました。

    冗談じゃありません!

    私はグッとポーチを引っ張り返すと睨み返してそのまま立ち去ることにしました。

    バイクの男:「これで終わり?」

    とわけのわからないことを言っていましたが、私は無視してそのまま宿に帰ることにしました。

    冷静に考えればどうみても警察官のような恰好をしていませんでしたし、あの男が胸ポケットから見せた顔写真も警察のIDにしてはお粗末過ぎました。

    この旅でそんなに変な目に遭っていなかったことから私の警戒心も薄れていたのだと思います。きちんと確認もせずにパスポートを提示してしまったことは大いに反省しないといけないと思います。

    宿に戻りつい今しがたあったことをリョウさんに報告しました。

    私:「気が緩んでいました。気を付けないといけませんね。リョウさんもこの辺りを歩くときは気を付けてくださいね。向こうは私のことを初めから中国人ではなく、日本人と認識して話しかけてきました。もしかしたらこの辺りに日本人が滞在しているという情報が出回っていて目を付けられたのかもしれません」

    これを聞いてリョウさんの顔色がみるみる青くなるのがわかりました。

    不用意に怖がらせる発言をしてしまったのはマズかったかもしれません。しかし、実際に用心するに越したことはないとお互いに確認しました。

    この日、結局スラドゥさんから連絡はありませんでした。

    明日船が出港するとなった場合果たして本当に間に合うのでしょうか?そもそもあのウンゲとかいうやつは我々の手続きをしてくれているのでしょうか?

    不安が募るばかりです。

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  • ウンゲ氏との攻防戦

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    2月17日(月)東京出発253日目、ベナン5日目 コトヌー

    無事にガボンとコンゴのビザを取得した私たち。

    この後スラドゥさんとの打ち合わせのために電話をしたところ、すぐに車で我々の滞在している宿までやってきてくれました。

    スラデュさん:「港に行って船会社の人と話をしましょう」

    スラドゥさんは本当に仕事が早いです。土曜日に宿に来てくれて方針を決めて、週明けの月曜日には船会社の人と打ち合わせのセッティングをしてくれていました。

    港に着いてそこにあるちょっとしたBARのような場所で飲み物を注文して待っていると、何やらふてぶてしい態度の大男がやってきました。

    スラデュさんが船会社の人間だと紹介してくれます。

    …。待てよ。この男、見たことがあります。確かウンゲとかいう名前だったような…。

    スラデュさんのことを紹介してくれたメタボンさん(昨年南アフリカまでの旅を終えた)のブログにこの男が登場していました。

    確かコトヌーからガボンまでのバイク一台当たりの輸送費1,200USD(約13万円)とぼったくろうとした男です。

    向かって左の電話しているふてぶてしい大男がウンゲ氏
    右がスラドゥさん

    私は警戒します。

    まず始めにこの男の会社に輸送を依頼した場合の金額についてですが、書類作成などの手数料込みで370,000CFA(約74,000円)です。

    これは事前にスラデュさんから聞いていたものと同じ金額で、メタボンさんから教えてもらっていた昨年のメタボンさんたちの実績の金額とほぼ同額でした。

    そして船のスケジュールについては、船はすでに沖に来ていて、明日には入港して明後日にはガボンに向けて出港するということです。

    それもスラデュさんから聞いていた話と同じです。

    このウンゲという男は英語が話せないようで、すべてスラドゥさんを通して会話をします。

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「もうあまり時間がありません。すぐに書類作成の手続きを始めないと間に合わないので今決めてもらえますか?」

    うん…?ちょっと待った。土曜日にスラデュさんと話をした時点では火曜日に入港した船を見てから決めて良いという話でした。

    私:「手続きは始めていただいて構いません。しかし入港した船を見て判断して良いと伺っています。もし船を見てキャンセルしても費用は発生しないということでよろしいですよね?」

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「ダメです。今ここで決めてください」

    私:「船を見てもいないのに決めることはできません。昨年ここからガボンに向けてバイクを輸送した私の日本人の友人(メタボンさん)はバイクが一部破損したという話を聞いています」

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「今回そうなることはありません。昨年あなたの友人のバイクを輸送した船は38mサイズの小さな船でした。今回あなたたちが使う船は78mサイズの大きな船です。前回は船のスペースが狭かったためにそのようなことになってしまったかもしれないが、今回は十分なスペースに置くことができるので大丈夫です」

    そういうとウンゲ氏はスマートフォンで今回我々が使う船だと言って動画を見せてきました。

    確かに大きな船に見えます。

    しかし私はこのウンゲという男が信用できないのです。

    動画では大きな船のように見えますが、実物を見ないことには判断できませんし、そもそもここで見せてくれた動画と同じ船が本当にやってくるのかさえ疑わしく思うのです。

    私:「この船の名前は何て言うんですか?」

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「CASSANGA(カッサンガ)だ」

    まず船の名前を聞いてメモを取ります。この船と違う船だった場合には話が違うと言えるようにするためです。しかし残念なことにウンゲ氏の見せてくれた動画では、その船の名前まで確認することができませんでした。

    うーむ。何か担保を取れるものが無い限り、ここで簡単にお願いしますとは言いたくありません。

    どうしようかと思っていましたが少し強硬策に出ることにしました。

    私:「私はスラドゥさんのことは信用しています。しかしこの男(ウンゲ氏)を信用できません。私が把握している限りでも今年、私たちの他にここコトヌーに日本人ライダーが4人は来ます(実際には知りませんが…)。我々がここでお願いして、もしおかしなことが起きたなら、私は容赦なくその4人の日本人ライダーにはここの港は絶対に使うなと伝えます。コトヌーでは無くロメかアクラから輸送しろと。そのことを彼(ウンゲ氏)に伝えてください」

    そう言うと、スラドゥさんはウンゲ氏に通訳してくれました。

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「大丈夫だ」

    このときはこれでウンゲ氏がどう思ったかはわかりませんでした。彼にとって日本人ライダー4人分の仕事がどれほどの重みがあるのかが読めないからです。

    しかし、恐らくではありますがこの発言は彼に対して一定の効果があったのではないかと感じることが後々あるのでした。後に彼は何度か私たちに「私たちの仕事は完璧ですか?何か不備はありますか?何かあれば遠慮なく言って欲しい」と言ってくることがあったのです。

    しかし、このときは私は本当にこれだけの話でこの時点で決断してしまって良いのか決めきれずにいました。

    そしてリョウさんに相談しました。

    私:「リョウさん、どう思います。もうこの時点で決めてしまっても良いと思いますか?私はこの男(ウンゲ氏)を本当に信用して良いのかわからなくて。何も担保が無い状態で決断してしまっても良いものかと…?」

    リョウさん:「うーん。決めてしまっても良いんじゃないですか?去年メタボンさんたちが輸送したっていう実績があるわけですし」

    この一言が私が決断する決め手となりました。確かにそうです。我々の知っている実績があるというのは大きいです。もしここで断って、スラドゥさんが他の業者を紹介してくれたところで、結局はもっと信用できない可能性の方が高いです。

    私:「そうですね。実績があるというのは大きい気がします。少なくともメタボンさんたちはこの会社にお願いして、なんやかんやあったとしてもガボンでバイクを受け取って旅を続けたわけですから」

    そうして我々はこの業者にお願いすることに決めました。

    そして確かにウンゲ氏の言う通り時間がありません。

    今後の動きを確認します。

    まず向こうの要求するパスポートと自動車登録証なのですが、明日の朝コンゴ民主のビザの申請に行く予定なのでコピーでお願いできないか確認します。
    始めはウンゲ氏は怪訝な表情でしたが、理由が理由なだけにそこは折れてくれました。

    書類の作成が終わらないとバイクを船に乗せることができないので、まずはウンゲ氏にて書類作成を行ってもらいます。それが終わり次第スラドゥさんから私たちに連絡をしていただいて、それを以て我々はバイクで港まで来て積み込みをするという流れです。

    最後にもう一度スケジュールを確認すると

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「船が港に入ってくるのは明日か明後日です。なので船の出向は明後日か明々後日です」と言います。

    私:「おいおい、ちょっと待ってくださいよ。さっき入港は明日、出航は明後日って言ってましたよね。そんなすぐに言っていたことを覆さないでください」

    するとウンゲ氏はすぐに慌てて

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「いやいや。船はもう沖に来ているんだ。港が他の船で埋まっているので空き次第入港するってことです」

    なるほど、その理由なら納得できます。それは彼らだけの都合でコントロールできることではないでしょうから。

    とにかくこの会社にお願いすると決めたのです。信じるしかありません。

    打ち合わせに使ったBARで注文した飲み物の会計をしようとすると

    ウンゲ氏(スラドゥさん通訳):「ここの支払いはこちらでやるので大丈夫ですよ」

    スラデュさん:「あなたたちはもうお客さんなので払わなくて大丈夫です」

    リョウさん:「じゃ、お言葉に甘えて…」

    私:「リョウさん。ここは自分たちの分は払いましょう。私はまだこの男を信用しきれていませんし、この男にご馳走になる筋合いもありません。私は安易にそういう人から奢られるのは嫌なのです」

    リョウさんには申し訳なかったのですが、私たちはそれぞれ会計することにしました。

    とにもかくにも船会社が決まって大まかな流れやスケジュールが見えたことは大変ホッとしました。

    そう思っていたのですが、ここから私をドキドキヒヤヒヤさせられることが立て続けに起きていくのでした。

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  • 恐らくアフリカ最後のビザ取り?

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    2月17日(月)東京出発253日目、ベナン5日目 コトヌー

    前日は日曜日だったため特に何かできることがあったわけでもなく、大人しく宿でブログを書くなどをして過ごしました。

    そして月曜日になり、スラドゥさんと話をしたようにまずはこの日はコトヌーで取れるビザの申請に行きます。

    ここ、コトヌーで申請するビザは3つです。バイクを輸送予定のガボン、その隣のコンゴ、更にその次の国のコンゴ民主(旧ザイール)です。

    ガボンとコンゴのビザは申請日当日に発行されるということなのですが、問題はコンゴ民主のビザです。

    一年ほど前まではここコトヌーでも取得可能であったのですが、第三国(自身が居住している国以外)でビザを取得した人たちが実際にコンゴ民主の国境まで行って入国できないという事態が発生して、コトヌーでも自国及びその周辺国以外の人へのビザ発給を停止したという情報も得ていました。

    しかし、ここはアフリカです。日々情勢は変わります。ダメもとで私たちはコンゴ民主のビザ申請にも行くことにしました。

    朝、私が朝食を済ませて部屋に戻るときに我々が滞在している部屋の隣の部屋からヘルメットを持った年配の白人男性が出てきました。

    前日の夕方に私と全く同じ青いテネレさんがこの宿にやってきたのは認識していました。

    私:「あなたはあの青いテネレさんのオーナーですか?」

    白人男性:「ソウデス。アナタモ、アオイテネレニ、ノッテイルノデスカ?」

    どうやらこの男性は英語はほとんど話せないようです。

    それでもいろいろと話をしてみるとこの方はスペインからここまでやってきて、我々と同じようにここコトヌーでガボン、コンゴ、コンゴ民主のビザを取得すると言っていました。

    彼は自国であるスペインでナイジェリアビザを取得してきたので、このままナイジェリアに行けるようです。

    私はロメで出会ったマックスの話を思い出し聞いてみました。

    私:「ナイジェリアからカメルーンには陸路で抜けるのですか?」

    スペイン人男性:「ワカラナイ。コッキョウハトテモキケン。センソウシテル。」

    その話は初めて聞きました。もしかしたらちょっとした小競り合いなのか、それとも睨みあっているだけの状態なのかもしれませんが、英語のあまり得意ではないこの男性は「war(戦争)」と表現していました。

    マックス…。大丈夫なのか?

    一昨日ナイジェリアに向かったマックスのことも心配になりました。

    一旦この男性とは別れて出発の準備をします。

    まず始めに申請から30分程度で発行されるというコンゴビザの申請に行きます。

    コンゴ大使館は唯一コトヌーの中心部から外れた場所にあり、我々もバイクで向かいます。

    在ベナンコンゴ大使館の前の道はそこそこ深いサンド(砂地)なので気をつけて走行しないと

    コンゴ大使館の前の道はそこそこ深いサンド(砂)ですが、荷物を積んでいないテネレさんならそれほど難なく走れます。しかしNC700に乗るリョウさんは大変そうです。

    無事コンゴ大使館に到着すると、先ほど宿で出会ったスペイン人男性はすでに申請を終えて発行待ちの状態でした。

    我々が到着したのを見るとわざわざ表まで出てきてくれます。

    スペイン人男性:「コノミチ、スナ、ハシルノタイヘン」

    私:「そうですね」

    スペイン人男性:「コンゴ、ウキ(雨季)、マディ(泥道)、ハシルノモットタイヘン。アナタタチ、フタリ、デモワタシ、ヒトリ、コロンダラタイヘン。オコセナイ。スコシシンパイ」

    そうなのです。この旅で恐らく一番の難所となるのがガボンの次に走るコンゴです。1年のうち9か月が雨季にあたり、ガボンからコンゴにかけての300kmほどがそれはそれは酷い泥道で、多くのライダーを苦しめているのです。

    湿度も高くほぼ赤道直下の高温下で酷いマディ(泥道)。

    宿やお店も少なく補給もままならないので、脱水症状などのリスクも伴います。宿の環境も大変悪くマラリアのリスクも高いため、特に雨季に単独での走行は命がけになることもあります。

    しかも最近またエボラが流行の兆しを見せ始めているようです。普通に行く分にはまず大丈夫だと思うのですが、マラリアや転倒して怪我をしたなどで病院に行かなければならなくなったときなどはそこでの感染のリスクも伴います。

     

    でも正直私はずっと葛藤がありました。

    このコンゴの区間は単独走行してみたい。でも一人で行くのも怖い。でもやっぱり一人で行くことで見つけらるものってたくさんあるのでは?一人で行くから価値があるのでは?

    そして実のところ私はリョウさんはコンゴには来ないかもしれないとつい先日まで思っていたのです。

    ギニアであれほど未舗装路を走ることを嫌がっていたリョウさんです。あれとは比べ物にならないだろうと思われるコンゴなんてもってのほかで、ここコトヌーで船を探すタイミングで私がガボンやカメルーンにバイクを送っても、もしかしたらリョウさんはさらにずっと先の環境の良いアンゴラかナミビアあたりに一気にバイクを送るって言うかもしれないと。

    私はもしリョウさんがそう言うのであればそれは全く受け入れるつもりでした。

    私には私の旅のスタイルがあり、リョウさんにはリョウさんの旅のスタイル、旅に対する考え方があるのです。

    ですのでそれは悪いことではないのです。もし怖いとか不安だという気持ちが強くて、リョウさんが比較的安全に走れると思うところに行く手段があるならば、その時点で別れるというのは一つの選択肢としてあっても良いのです。

    ダカールから二人で出発してからここまで、この旅の主導権のほとんどを握って来たのは私です。リョウさんはあの優しい性格から私に対して言いたくても言えないことがたくさんあったでしょう。腹が立って仕方なかったことも嫌になることもたくさんあったと思います。

    そしてここまで、私がどんどん勝手に判断して物事を進めてきてしまっているので言いたくても言い出せなかった可能性もあります。いや、もしかしたら勝手に私が物事をどんどん決めて押し進めてしまうので、そんなことを考える隙すらリョウさんに与えることができていなかったかもしれません。

    そう考えると大変申し訳なくも思うのです。

    しかし、この日、リョウさんは当たり前のように私と一緒にコンゴビザの申請にやってきました。

    であれば私たちは一緒にこの区間を走るということで良いと思います。私はやっぱりどうしても一人で行きたくなったから別れましょうとは言いません。

    もちろんリョウさんが「もうヒデさんと一緒にいることは耐えられません。一人で行きます!」というのであればそれは仕方のないことですけれども。

    事前に調べていた通りコンゴビザは申請してから一時間もしないうちに発行されました。

    大使館職員も大変丁寧で、我々がビザを受け取って「メルシー(フランス語でありがとうの意味)」と言うと、「ボンボヤージュ(良い旅を)」と言って見送ってくれるのでした。

    次に行くのはガボンビザの申請です。ガボンビザも当日発行されると聞いています。

    そのままバイクでガボン大使館に行きます。

    ガボン大使館では入り口でスマートフォンを預けないと中に入れません。

    そしてビザ申請の担当職員の方はほとんど英語が話せないので、翻訳アプリでフランス語の翻訳をしたいのですが、スマートフォンが無いためコミュニケーションに少し手間取ります。

    しかし、申請自体は難しいことは無く、申請用紙に必要事項を記入して、証明写真2枚、パスポートコピー、イエローカード(黄熱病予防接種証明書)コピー、我々がバイクによるツーリストということで自動車登録証のコピーを渡して申請は完了です。

    すると担当女性が「午後3時に発行されますのでそれ以降に取りに来てください」と言います。

    3時までパスポートがホールドされてしまうとこの日もう一つ予定していたコンゴ民主ビザの申請には行けないかもしれないなと思いつつ、もともと取れない可能性の方が高いのでそれはそれで良いかなと思いました。

    午後3時。

    約束通り、ガボン大使館にビザを取りに行きます。ガボン大使館は滞在している宿から1kmほどしか離れていないので徒歩で向かいます。

    ガボン大使館に行く途中、下校中の小学生らしき集団がたくさん歩いていました。

    その中の何人かの男の子たちが私たちにふざけながら絡んでくるのですが、結局はお金くれって話でした。

    綺麗な制服を着て学校に通うこの子たちはそれほど貧しいようには見えません。日本人である私の感覚からするとこのようにお金を無心するのは良くないと思ってしまいます。大人たちも外国人を見ると「お金くれ」とか「何かくれ」と言ってくる人がいますが、彼らにとっては普通のことなのでしょう。

    別に自分たちよりお金を持っている人たちに物乞いするのは別に良いんじゃない?っていう考えも世の中にはあるかもしれませんが、私は受け入れがたいです。

    そういうことはみっともないことだという教えが日本の社会の根底にあると思います。私はその考え方は誇り高く美しいと感じています。

    ただそれだけです。

    ガボン大使館に到着すると間もなくビザが発行されました。

    宿に戻ろうと入り口で入館カードの返却をしていると朝のスペイン人男性もやってきました。

    私:「コンゴ民主のビザ申請には行きましたか?」

    スペイン人男性:「イッタヨ。デモキョヒサレタ。リユウヲキイタケレド、コトバガワカラナイノデ、リカイデキナカッタ。カメルーンノヤウンデデモウイチドチョウセンスル」

    やっぱりかぁ…。コトヌーでコンゴ民主のビザが取得できないとなると、本来ならばカメルーンの首都ヤウンデで取得するしか道はありません。

    我々はカメルーンもスキップしてガボンに入国予定ですので、このままコンゴ民主のビザが取れないままになる可能性が高いです。そうなった場合はコンゴからアンゴラの飛び地カビンダに入って、またここでも船を使ってコンゴ民主をスキップする必要があります。

    できるだけ陸路での縦断をしたいという思いが私にはありますので不本意ではありますが、最悪その道も視野に入れる必要があります。

    それでも少しでも可能性があるならと念のためコンゴ民主大使館にも言ってみることにしました。

    なんだコノヤロー\(^_^)/
    コンゴ民主大使館に行く途中にいました。
    レインボーアガマではないようです

    我々がコンゴ民主大使館に到着したのは15時45分くらいでした。

    入り口でビザの申請がしたいと言うと受付の方は別の人に相談し、「もう今日は終わってしまったから明日もう一度来てくれないか?」と言います。

    うん…?。

    拒否されないということはもしかして可能性があるのか?!

    朝8時には開くということでしたので、次の日の朝一で再度訪問することに決めました。

    とりあえずこの日、最低限取得したかったガボンビザとコンゴビザは無事取得することができました。

    この日はこの後、更にスラドゥさんとの打ち合わせがあります。

    スラドゥさんに電話をすると、すぐに行くとの返事をいただきました。

    つづく…。

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  • スラドゥさん

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    2月15日(土)東京出発251日目、ベナン3日目 コトヌー

    朝、マックスから連絡がありました。

    マックス:「昨日はごめん。今から朝ごはん一緒に食べられるかい?」

    私:「大丈夫だよ。いつでも行けるよ」

    マックス:「OK。じゃ9:00に俺の泊まってる宿まで来てもらえるかい?」

    私:「わかった。じゃまた後でね」

    マックスから朝ごはんのお誘いがあったことをリョウさんに伝えたのですが、もともとリョウさんはあまり朝は強くなく、お腹の調子も回復していないということで、この日も止めておくということでした。

    一人マックスの宿泊する宿に行き、しばらくレセプションの前で待っていたのですが約束の時間になってもマックスはやってきません。

    朝だしいろいろと忙しいのかと思っていたのですが、どうやら私が来るのを外で待っていたけれども私が来たのに気づかなかったようです。

    マックス:「ごめんごめん。外で待ってたんだけど、ヒデが来たのに気づかなかったよ。近くにサンドイッチ屋さんがあるからそこでも良いかな?」

    近くのサンドイッチ屋さんでサンドイッチを買い、マックスの宿泊する宿に戻ります。

    この宿にはキャンピングカーでアフリカを旅しているイギリス人夫婦も宿泊していました。

    彼らは南アフリカ国籍も持っていて、「アフリカの国の国籍があればナイジェリアビザは第三国で取れるんだ」と言っていました。

    私がコトヌーからカメルーンかガボンにバイクを輸送するというと

    イギリス人夫婦:「こんな小さな国じゃ船を見つけるのは大変じゃないか?ロメに戻るかアクラに戻るかしたほうが良いんじゃないか?」と心配してくれました。

    私が「知り合いのベナン人がいてその方が手伝ってくれるので大丈夫ですよ」と言っても、「そう?」と言いつつ心配そうな顔をしていました。

    マックスはこの日、もうナイジェリアに向かうようです。

    ナイジェリアの国境は面倒そうですし、ナイジェリア国内に入ってからも頻繁な検問があるということでしたのであまり距離は稼げないでしょう。
    それを考えるともっと早くに出発したかったでしょうが、私のために時間を作ってくれて本当にありがたいことでした。

    宿に戻り、スラドゥさんから連絡が来るのをボケっとして待っていました。
    するとこの日もついウトウトとしてしまいました。

    ふと、部屋の扉をノックする音が聞こえたので慌てて起きて出てみると、そこには知らない黒人が立っていました。

    宿の人かなと思ったのですが、その黒人の方はいきなり日本語で「スラデュです」と挨拶をしてくれました。

    どうやらスラデュさんは簡単な挨拶程度なら日本語も話せるようです。

    部屋に招き入れて少し話をしていると、タバコを外に吸いに行っていたリョウさんが戻ってきました。

    お互い改めて自己紹介と挨拶をしました。

    そして本題に入ります。

    私:「我々はナイジェリアのビザを持っていないのでコトヌーからバイクを船で運びたいと思っています。本来ならカメルーンに行きたいと考えています。でもそれが難しいようならガボンに送りたいと思っています」

    スラデュさん:「わかりました。カメルーン行きの船もあります。もちろんガボン行きの船もあります。今ここで船会社に電話してみます」

    そう言ってスラデュさんはその場で船会社に連絡をしてくれました。

    スラデュさん:「船会社の人に確認したところ、ちょうど次の火曜日に港にガボン行きの船がやってくるそうです。水曜日に出発する船ですので、もしそれでよければそれにバイクを積むことが可能です。いかがしますか?」

    私:「その船って実物を見てから決めることはできますか?」

    スラデュさん:「大丈夫ですよ。でも手続きはその前に開始しないと間に合わないので月曜日に手続きを開始する必要があります」

    私:「月曜日に手続き開始をお願いして、火曜日に実際に船を見て、やっぱりやめたって言ってもお金はかからないですか?」

    スラデュさん:「それも大丈夫です。お金はかかりません」

    私はこんなに早く船を見つけることができるとは思っていませんでした。ただし、我々はまだこれから先の国のビザを取っていないのです。

    本来ならカメルーンに行きたかったところなのですが、カメルーンビザの取得はいろいろと難しそうなことと、申請できたとしても発行まで何日かかるかわかりません。

    一方でガボンビザなら申請した当日に発行してくれます。

    リョウさんと話し合い、ガボンに行くということで物事を進めようとなりました。

    スラデュさん:「わかりました。明日は日曜日ですので、月曜日にまずはビザの申請に行ってください。それが終わった時点で連絡をください」

    私:「わかりました。よろしくお願いいたします」

    スラドゥさんの対応の早さに驚かされます。

    昨日も電話してそのままその足で私たちの所に来ようとしてくれました。

    この日もすぐに船会社に連絡をしてくれ、その場で最短でバイクを積み込むことができる船の確認までしてくれました。

    私は船探しやこれから進むビザの取得などで少なくとも2~3週間かかってしまうかとも思っていました。

    しかし私たちの船探しはスラドゥさんのおかげで予想以上の早さで進んだのでした。

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  • 親日家のベナン人

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    2月14日(金)東京出発250日目、ベナン2日目 コトヌー

    日本料理レストランダルマがやっていなかった以上、直接その「親日家のベナン人」にコンタクトを取るしかありません。

    ありがたいことにメタボンさんからその「親日家のベナン人」の電話番号を伺っていたので、simカードを買って、いきなり直接電話してみることにしました。

    …。

    フランス語と思われる音声案内が流れて繋がりません…。

    まずいなぁ…。

    もしこの方と連絡が取れなかければ自力で船を探して、価格交渉などをしないとなりませんが、英語も通じないこの国でどこまでできるでしょうか?

    しかし、更にありがたいことにメタボンさんはもう一つ別の電話番号を教えてくれていました。

    ダメもとでそちらにもかけてみます。

    今度は呼び出し音は鳴りました。しかし、電話に出る気配がありません。

    どうしようか…。

    また再度かけなおしてみよう。そう思って一旦は電話を切りました。

    この先どうしようか?

    日本大使館に行って相談してみる?でも彼らにそんなことを相談したところでどうにかしてくれるわけでもないでしょうし。直接港まで行ってみるしかないかな…、なんて考えているとついウトウトしてしまいました。

    気付くと時刻はちょうどお昼を差していました。

    スマートフォンを見るとメッセンジャーにメッセージが届いています。

    ロメで出会ったドイツ人ライダーのマックスです\(^_^)/

    マックス:「宿は近くだよね?今日、俺はブードゥー教のマーケットに行こうと思ってるんだ。良かったら一緒に行かないかい?」

    おぉ!ぜひぜひ!と思うのですが、その前にまずはもう一度かの「親日家のベナン人」に電話をしてみてから返事をすることにしました。

    再度、先ほど呼び出し音の鳴った方の電話番号に電話をすると、なんとつながりました!

    私:「私は日本人のツーリストです。昨年アフリカをバイクで旅していたメタボンさんからあなたのことをご紹介いただきました。スラドゥさんでしょうか?」

    スラドゥさん:「あぁ、そうです。彼のことは覚えていますよ」

    私:「私も現在バイクで旅をしていてコトヌーからカメルーンかガボンにバイクを輸送したいのです。あなたの助けを必要としています」

    スラドゥさん:「わかりました。今はホテルにいらっしゃいますか?そのホテルの名前と電話番号を教えてくれますか?用事を済ませたらそちらに伺います」

    私:「ぜひよろしくお願いいたします!ありがとうございます!」

    良かった…、良かったです\(^_^)/

    しかもメタボンさんからはスラドゥさんは「英語も少し話せますよ」という感じで伺っていたので、英語でのコミュニケーションでどの程度話ができるだろうか多少心配もしていたのですが、普通にコミュニケーションを取る分には問題ありません。

    マックスからのお誘いは残念ながら断らないとならなくなってしまいましたが、それでもスラドゥさんに連絡を取れたことに安堵しました。

    マックスには「昼間は用事ができてしまったので夜ご飯を一緒に食べないか?」と返事をしました。

    夕方になるとスラドゥさんから電話がありました。

    スラドゥさん:「ごめんなさい。そちらに伺おうと思ったのですが、車が故障してしまいまして。今修理業者を呼んでいるのですが…」

    私:「そうですか。もし今日は難しいようでしたら明日でも大丈夫ですよ」

    スラドゥさん:「明日でも良いですか?それでは明日伺います」

    今日はこのままやることも無いのでマックスに連絡をしました。

    私:「私は今、宿にいるけどマックスはどこにいる?良かったら夕飯を食べに行こうよ」

    マックス:「俺も宿にいるよ。ぜひ行こう!」

    私:「じゃ、15分後にマックスの泊まってる宿に行けば良いかな?」

    マックス:「OK。レセプションの前のソファにいるね」

    そうして私は準備を始めました。

    リョウさんにマックスとご飯に行くけど一緒に行くか?と尋ねたのですが、昨晩からリョウさんは頻繁にトイレに行っていてお腹の調子がすこぶる悪いようです。

    リョウさん:「ごめん。やっぱりお腹の調子が悪いみたい。マックスには申し訳ないけど遠慮しておきます」

    ということだったので、私一人で出かけることにしました。

    マックスの泊っている宿に着くと、マックスが慌ててヘルメットを持って外に飛び出てきました。

    マックス:「本当にごめん!急用ができちゃったんだ!ちょっと出かけないとならなくなった。明日の朝ごはん一緒に食べよう。本当に申し訳ない」

    そういうと大慌てでマックスはバイタクの後ろに飛び乗り出かけて行きました。

    たった15分の間に何があったのでしょうか?大事でないと良いのですが。

    仕方ないので私は一人宿に戻ることにしました。

    宿に戻る途中、道端で何か食べ物を売っています。

    なんだろうか?これは??
    ジビエっぽくも見えなくないけど…

    これは何でしょうか?

    串に刺した焼き鳥のようなものをパンに挟んでいます。目の前で女性がそれを買って行きました。

    私もそれを見ていると、焼き鳥のようなものを試食させてくれました。

    試食させてくれたものはどうやらハツ(心臓)のようです。衛生面的にちょっと不安ではありましたがきちんと火も通っていそうでしたので夕飯にこれを買って帰りました。

    この日、とにもかくにもスラドゥさんと連絡が取れたことは本当に助かりました。これでどうにかなるでしょう!!

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  • 日本食レストラン ダルマ…

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    2月13日(木)東京出発249日目、トーゴ2日目、ベナン1日目 ロメ~コトヌー 走行距離144km

    朝起きて宿の食堂に行くとマックスがすでに座っていました。

    私:「ここ座っても良い?」

    マックス:「もちろん!」

    マックスもこの日はもうベナンのコトヌーを目指すと言っていました。ただ、ここロメにはKTM(オーストリアのバイクメーカー)のショップがあるそうで、そこでタイヤ交換をしてから行くと言っていました。

    マックスはベナンの次にナイジェリアに行きそのままカメルーンに入るそうですが、ナイジェリア-カメルーン国境付近が近年大変情勢が悪くなっています。

    私が得ていた情報ではナイジェリア-カメルーンの国境は現在情勢不安により閉鎖されていると聞いていました。そのあたりをマックスに確認すると、今のところ一つだけ小さな国境が開いているという情報を得ているそうです。しかし、その情報がどこまで確かなものかは不明で、行くとしても大変危険なことには変わりないので、陸路で頑張ってカメルーンに入国するか、ナイジェリアからカメルーンに向けて船で行くか迷っているとのことでした。

    しかし、船であってもナイジェリア近海は海賊がでるそうで、必ずしも安全だとは言えないようです(これは以前から私も耳にしている情報でした)。

    アフリカではこのように危険なルートを辿って旅を続ける人が一定数います。こうして仲良くなった人たちがそのような場所を訪れることは大変心配です。どうかくれぐれも無事に通過してくれることを願うばかりです。

    そうそう、一方で安心した情報が私たちの所に入ってきていました。

    ダカールのシェ山田で一緒に過ごしたマサさんは、大変情勢が悪くなっていたマリ、ブルキナファソを経由してトーゴに向かうと言っていましたが、無事トーゴに入り、そのまま飛行機で南アフリカに飛んだそうです。東側もスーダンなど不安定な国はありますが、南アフリカに無事到着したようで何よりです。

    いつになるかはわかりませんが、またいつか日本でお会いできたら良いなと思います。

    嬉しい情報ついで(ついでにしてしまってごめんなさい)にもう一つ嬉しいニュースがありました。

    ロシアとカザフスタンを一緒に走った洋介さんがついに3月8日のフライトでキルギスのオシュに飛び立ち旅を再開するとのことです。
    場所は離れていても、同じ時期に海外を走る仲間がいることは大変心強いです\(^_^)/
    またあの可愛らしいフォルムのHONDAモンキーが世界を駆け巡るのですね。ぜひ良い旅にしてください!!

    さて、我々もこの日はベナンに入国してコトヌーを目指します。コトヌーではカメルーンもしくはガボン行きの船を探します。私は事前にFacebookのOverlanding West Africaというグループに質問を投げていました。

    このグループは西アフリカを陸路(車やバイク)で旅する人たちのコミュニティで、ビザの取得情報や道路状況などを質問しあったり情報共有したりする場所です。

    すると、なんと昨年南アフリカまでの旅を終えたメタボンさんがコメントをくださいました。

    実はメタボンさんも昨年ナイジェリアに入れなく、ベナンのコトヌーからガボンに向けて貨物船でバイクを輸送していたのです。

    メタボンさんからの情報に依ると、コトヌーにはダルマという名前の日本人料理屋があり、そこの日本人のオーナーさんが親日家のベナン人を紹介してくれて、その方がいろいろとお手伝いをしてくれるというのです。

    英語もあまり通じないベナンで現地の方が手伝ってくれるというのは大変心強いです。ですので我々はコトヌーに着いたらそのダルマという名前の日本料理屋に行くことにしていました。

    トーゴ-ベナン国境での手続きはごくごく簡単でした。

    トーゴ側の国境では左側に国境職員が座っている建物があります。そこがイミグレーションのようですぐにパスポートに出国印を押してくれました。

    カルネを出すと「ついてくるのは一人だけで良いです」と言われ、私が待機して、リョウさんがカスタムについて行きました。

    ほどなくしてリョウさんと職員は戻って来ました。そして国境職員が言います。

    国境職員:「5,000CFA払ってください」

    うん??それはおかしいですね。入国時にすでに関税は払っています。ここで追加の料金が発生するわけがないのです。

    私:「何の類のお金でしょうか?」

    国境職員:「カルネにスタンプを押すのにお金がかかります」

    あぁ、完全に賄賂です。

    私:「そのお金はいったい何でしょうか?税金ですか?税金ならばどういった類の税金ですか?カルネにスタンプを押すことで発生するお金というのは聞いたことがありませんよ。」

    そういうと

    国境職員:「そうですか。ではこれで手続きはすべて終了です。もう行って良いですよ」

    と言いました。

    トーゴ入国時と違って強硬に賄賂を要求しては来なかったので良かったです。リョウさんは何のことかわからなかったようなので「今のは賄賂の要求だったみたいです。大丈夫ですよ。もう行っていいみたいです」と言うと、「そうだったんですね。危なかったですね」と言いました。

    ベナンに入国すると、ここではイミグレーションの場所が非常にわかりづらくはあったのですが、周りの人たちが「あっちだあっちだ」と教えてくれたので、そこでも問題なく簡単な手続きで入国印を貰えました。

    イミグレーションでの手続きを終えると次はカスタムでバイクの一時輸入の手続きです。

    ベナンはカルネは不要で、すぐ近くの小屋で通行許可証を発行してくれます。先にリョウさんが手続きを終えて通行許可証を発行してもらうと、

    職員:「6,000CFAになります」

    と言いました。

    すると

    リョウさん:「またまた~」

    と言って笑いながら立ち去ろうとします。

    私:「リョウさん、リョウさん。ここはカスタムなので、バイクの一時輸入手続きで関税が発生しますよ。なのでそれは正規のお金ですよ」

    と言うと、

    リョウさん:「え!?そうなんですか?このおじさん冗談で言っているのかと思いました」

    確かに国境の手続きはわかりにくく何が正規のもので何が賄賂なのか判断に迷っても仕方ありません。

    私:「入国時には基本的には二つの手続きが必要で、一つはイミグレで人間の入国。もう一つはカスタム(税関)でバイクの持ち込みです。アライバルでビザの取得が必要な場合はビザ代、カスタムではバイクの持ち込みに発生する関税。この二種類以外のお金を要求されたときは賄賂の可能性があるので何のお金がきちんと確認した方がいいですよ。あとは違反がなければ出国時には基本的にはお金は発生しないです(国によっては出国税とかの税金が発生することがあるので確認した方が良いですが)」

    と言うと、

    リョウさん:「そうなのかぁ。よし!次からは騙されないぞ!」

    と言うのでした。

     

    ベナンに入ってからもコトヌーに向かう道はきちんと整備されています。

    途中、ガソリンスタンドに寄って給油をしようとしたのですが、コトヌー市街は歩道が酷く荒れていて深いサンドもあります。そこでリョウさんが転倒してしまいました。それほどスピードが出ていたわけでは無かったのでそれほど大きなダメージでなかったことは不幸中の幸いでしたが、ここは深いサンドでさらに波状路になっているので走るのは大変難しいです。

    さらには2軒ほどガソリンスタンドに立ち寄ったのですがどちらも売り切れで、3軒目にしてようやくガソリンを給油することができました。

    宿に着き、18時半に日本食レストランダルマはオープンするということで早速行ってみました。

    ダルマとおぼしき場所に到着したのですがお店はやっていないようです…。

    今日はお休みでしょうか??

    すると近くにいた男性が話しかけてきました。

    男性:「この店に用かい?」

    私:「はい」

    男性:「今日は閉まっているぞ」

    私:「明日はやっていますかね?」

    男性:「明日も閉まってる。明後日も閉まってる。その次も閉まってる。月曜日には開くぞ」

    私:「ここはダルマですよね」

    男性:「そうだ。ダルマだ。」

    この男性の言っていることはいまいち要領を得なかったのですが、本当にダルマは月曜日に開くのでしょうか?もしかしたらダルマ自体が閉店して、別の全く新しいお店に変わってしまうということはないでしょうか?

    ここで「親日家のベナン人」を紹介していただかないとまた面倒なことになってしまいます。

    自分たちでイチから船会社を見つけてバイクを輸送するとなると、英語も通じにくく、港自体もそれほど大きくないコトヌーでは難儀しそうです。

    最悪トーゴのロメに戻るか、もっというとガーナのアクラに戻る(そうなるとガーナビザを再度取り直さないとならないのでかなり面倒ではありますが)ことも考えないといけないかもしれません。

    どうもあっさりとは行かせてくれませんね。

    さてさてどうなることやら…。

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