• カテゴリー別アーカイブ 036_ガボン
  • コンゴへ…

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    3月8日(日)東京出発273日目、ガボン17日目、コンゴ共和国1日目 ンデンデ~ニャンガ トラック輸送

    この日は雨も降らず、かと言ってカンカン照りでもなく天気に恵まれ、ついにコンゴに向けて出発です。

    出発前にトラックドライバーの入出国手続き用の写真を撮って出国手続きをしたり、ガソリンを入れたりしたためンデンデを出発したのは結局10時過ぎになりました。

    前日の雨の影響か、前回私たちがバイクで走った時よりもさらに水たまりも深く、道路状況は悪いように感じます。

    我々が苦労した場所は四輪のトラックでも大変で、出発して間もないところでスタックしてしまいました。

    後ろから来た車にも助けてもらい、タイヤの下に草を敷いて脱出します。のっけから不安になります。

    そしてさらにしばらく走ると私が転倒して怪我をした地点に到着しました。やはりここはなかなかの難所です。我々が訪れた時点ですでに一台のトラックがスタックしていて、ちょうど別のトラックに引っ張られて引き上げられるところでした。

    我らがトラックドライバーのモイーズはここはなんとかスタックせずに通過することができました。それでも四輪のトラックで走って横転するのではないかと思うほどトラックは傾き、冷や汗を掻いたものです。

    モイーズ:「俺はグッドドライバーだから行けたけど、今のところは難関だったな」

    と言います。

    そして今来た道を振り返ると、今度は対向から来ていたトラックがスタックしてしまい真っ黒い煙を上げながら全力でエンジンを吹かしていますがどうにもなりそうにありません。

    モイーズが見に行きます。
    ヤバそうですけど、周りのトラックが助けるから大丈夫なようです

    モイーズが一旦トラックから降りて様子を見に行きますが、別のトラックが引っ張り上げるようでなんとかなりそうです。

    そのまま我々は先に進むことにしました。

    モイーズ:「お前が転んで怪我したのはどこら辺だ?」と聞くので

    私:「さっきのところです」

    と言うと、モイーズは笑っていました。

    ここから10kmくらいは難所らしい難所もなかったので、あの地点が最難関であって、あそこさえ乗り越えていればそのまま行けたのではないかと思いました。

    しかし、やはりそう簡単なものではありませんでした。

    10kmくらい進むと、今度も大きなトラックが完全にスタックしてしまいどうにもならなそうです。どう考えても我々のトラックで引き上げられるような大きさのトラックではありません。

    完全にスタックしています
    これはどうにもならなそうですね(;´д`)

    完全に道も塞がれてしまっているので我々も通ることができません。

    どうなってしまうのだろうかと待っていると後ろから大きなトラックが2台やってきました。

    このトラック2台がかりでこの大きなトラックを引き上げます。

    なんとか引き上げようとみんなで協力します
    もう一台前にいて、二台がかりで引き上げます

    トラックが引き上げられた瞬間、そこにいた人たちの大きな歓声があがりました。

    後に私たちの一日前にここを通過したライダーに聞いた話なのですが、その時点でもすでにあのトラックはスタックして身動きできなくなっていたそうです。ですので少なくとも丸一日はあの場所でああしていたことになります。

    12時半の影の写真。
    赤道が近いのでお昼の頃には影が大変短いです

    この時点ですでに時刻は14時を過ぎていました。10時にンデンデを出発して4時間経過して進んだ距離はたったの25kmです。このペースで行くと国境に到着するのが日が沈むころになってしまいます。

    我々はただ乗っているだけですので大丈夫ですが、この道を運転しているモイーズは本当に大変だと思います。

    このあとも幾つかの難所が現れます。
    他のトラックの協力も求めながらなんとか進んで行きます

    この後もいくつもの難所を越えて行きます。16時半頃にやっとコンゴとの国境までやってきました。

    手続き自体は非常に簡単なものです。ゲートをくぐって左側の小さな建物でパスポートの内容を記載してもらい、そこから20mほど先の2軒並んだ建物がイミグレーションとカスタムで、それぞれの場所でパスポートに入国印とカルネにスタンプをもらって入国手続きは完了です。

    国境を越えてすぐの村で新しいドライバーのジャンが加わります。モイーズは丸一日あの悪路を走って大変疲労していることでしょう。この日はここから更に40km先のニャンガという村を目指します。

    しかし国境を越えてからもしばらくは酷い悪路です。途中、酷く深い水たまりがあり、ジャンが入って深さを確認します。深いところですとジャンの股下まであります。

    ジャンが深さを確認
    股下近くまであるけどこんなところ行けるの??

    本当にこんなところを越えられるのでしょうか?

    モイーズが俺に任せとけと言った顔で「えいや!」と突っ込んでいきます。大きく傾くトラック。

    あわや横転と思われるほどグラつきましたが、そのまま一気に駆け抜けたモイーズ!

    いつものドヤ顔を見せるのかと思いつつ彼の顔を覗き込むと、頭を抱えて冷や汗を掻いています。

    おいおい!そんなギリギリだったのかよ!

    ここを越えるとその先には大きな難所はありませんでした。先日お世話になったフランス人ライダーやあのうさん臭い輸送業者が言っていた通り、ンデンデから先70kmを過ぎるとだいぶ道はマシになるというのは本当なのかもしれません。

    辺りが暗くなった19時過ぎにニャンガの村に到着しました。

    ニャンガの村に到着すると、事前に聞いていた通り警察で貨物の通過の手続きがあります。

    我々はパスポートを提示するだけで、実際の手続きはモイーズがやってくれます。

    始め二人の警察官がいたのですが、そのうちの一人とモイーズがどこかに行ってしまうと残った警察官が我々に言います。

    警察官:「もう一度私にお前らのパスポートを見せろ」

    そう言われたので我々は素直にパスポートを手渡します。すると

    警察官:「このパスポートは俺が預かる。明日の朝6時にここに取りに来い」

    あまりにもヘタクソな英語だったので何度も彼の言っていることを確認しているとリョウさんが、

    リョウさん:「Why?」

    と聞きました。

    するとよくわからない返事です。

    なので私が改めて聞きます。

    私:「どうしてあなたが我々のパスポートを保持する必要があるのですか?」

    警察官:「お前らは今夜この村に滞在するんだろ。だから俺がお前たちのパスポートを持っている」

    全く意味がわかりません。

    私:「今まで訪れた地域でも街でも国でも滞在するからといって警察官が私のパスポートを保持するなんていうことはどこでもありませんでしたよ」

    警察官:「お前たちがこの村に滞在するんだから俺がお前たちのパスポートを持っているって言っているんだ」

    ダメだ。話がかみ合わない。しかもなんだこいつ。目は座っているし呂律も回っていないぞ。おかしいんじゃないか?

    そんな風に押し問答をしているとモイーズともう一人の警察官が帰ってきました。すると我々が押し問答をしているのに気づいたもう一人の警察官がこの意味のわからない警察官をたしなめて我々にパスポートを返すように言ってくれました。

    私は完全にモイーズがいるということで気が緩んでいました。もしリョウさんの「Why?」がなければ私はもしかしたら素直にこの警察官の言う通りにパスポートを渡してしまっていたかもしれません。

    そんなことをしたら大変面倒なことになっていたかもしれないと思うと大変反省しました。例え誰が一緒にいようとも自分の身は自分で守るという緊張感はきちんと持っていないといけないです。

    警察での手続きが終わるとジャンが用意してくれた宿に向かいます。するとその途中BARのようなものがあり、ジャンがそこにツーリストがいると言って中に入って行きそのツーリストとやらを呼んでくれました。

    大変テンションが高くてべろべろに酔っぱらったファンキーな髪形のマッチョマンがやってきました。

    マッチョマン:「おお!お前らも荷物置いたらこっちに来いよ!飲もうぜ!」

    私はわかりましたと返事はしたものの盛り場は好きではないので、宿に荷物を置くと、この日はそのまま眠りに就くのでした。

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  • 出発…?!

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    3月7日(土)東京出発272日目、ガボン16日目 ンデンデ 

    ドリジーまではここンデンデからはおよそ300kmであり、国境越えあり、最悪の悪路ということを考えるとなるべく早く出発をしたいところです。

    私たちは7時過ぎからバイクに荷物を積んでイミグレーションで再度の出国手続きをしてすぐに出発できるよにと準備を開始します。

    いざバイクに荷物を積み込みをしようと思ったその矢先、激しい雷と猛烈な雨が我々の作業を阻みました。

    15分くらい雨が弱まるのを待つのですが雨が弱まる気配がありません。

    我々が準備できたところで、この悪天候の中、本当にトラックは走ることができるのでしょうか?

    一旦部屋に戻って運送会社に電話をするのですが、英語を話せる担当者はまだ出社していないということでそのまま電話を置きました。

    なんとか雨も弱まったので荷物を積んでイミグレーションに。いつもは7時半に開くイミグレーションなのですが、この日は土曜日だからなのか8時過ぎまで開きませんでした。

    8時過ぎになるとイミグレーションが開き、出国手続きの申請書に記載をして提出します。

    するとちょうどそのタイミングで運送業者から電話がかかってきました。

    運送業者:「おはようございます。先ほどお電話いただいたようですがどうされましたか?」

    私:「おはようございます。先ほど大雨が降っていたので本日本当に出発できるか確認したくてお電話を差し上げたのですが」

    運送業者:「そうでしたか。今は雨が弱まっていますのでこのままトラックは向かわせます。一つだけ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

    私:「はい。大丈夫ですよ」

    運送業者:「バイクを輸送したいということなのですが、どうしてご自身で運転して行かないのでしょうか?」

    そうですよね…。そう思いますよね。

    私:「あぁ、実は先日バイクで行こうとしたのです。そのときに悪路で転倒してしまい足を怪我してしまって、今バイクの運転ができないのです」

    運送業者:「そうだったんですね。理解いたしました」

    私:「私からも質問させてください。ドリジーまではだいたい何時間くらいかかりますでしょうか?」

    運送業者:「そうですねぇ。なんとも言えないんですよ。天候と道路状況に左右されてしまいますので。先ほどのような大雨が降った場合はしばらく停車することもあると思いますのでなんとも言えません。二日になるのか三日になるのか…」

    私:「そうですか。わかりました。ありがとうございます」

    そう言って電話を切ると、10分もしないうちにトラックドライバーがやってきました。

    我々の出国手続きをしている間に、再び雨が激しくなってきて、このトラックドライバーが言います(警察の方の通訳を挟みます)。

    トラックドライバー(警察の通訳):「雨が激しくて今日は危険だ。出発は明日にしよう。今日はバイクをトラックに積み込むところまでにして出発は明日だ」

    安全を考えたら仕方ないのでしょう。

    ということで、我々の出国手続きもそこで止めて、明日の出発となりました。

    出国手続きは警察の方で今日やっておいてくれて、明日の朝にパスポートを返却するだけにしてくれるとのことでした。

    今日は出発前に大雨が降って、出発するしないの判断ができましたが、出発した後に大雨が降ってきたらどうにもならなくなります。

    こればかりは運に任せるしかありません。どうか天候に恵まれますように…。

    雨の中、バイクの積み込み
    あの悪路を走るのにこの固定で大丈夫か不安は残りますが…
    明日はことトラックで出発です
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  • ンデンデのイミグレーションにて

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    3月6日(金)東京出発271日目、ガボン15日目 ンデンデ 

    朝起きて、ンデンデのイミグレーションに行きます。

    するとなんとそこには見たことのある大きなキャンピングカーが停まっていました。

    あれは!

    あれはコトヌーでマックスと同じ宿に泊まっていたイギリス人夫婦です。

    私たちがコトヌーで船を探していると言うと、大変心配してくださった優しい方々です。

    私:「おはようございます!私のことを覚えてくださっていますか?」

    ご婦人:「あら?コトヌーで出会ったバイク乗りの。もちろん覚えているわ」

    ご主人:「あぁ。今日出発かい?ここからコンゴ側に向かっては大変酷い悪路みたいだが?」

    私:「いえ。今日は情報を集めに来たのです。実は数日前にあの道に挑戦して転倒して足首を捻って怪我をしてしまい、今バイクに乗れないんです」

    ご婦人:「大丈夫なの?」

    私:「思ったよりは悪くなさそうです。今はなんとか歩けていますので」

    ご婦人:「これからどうするつもりなの?」

    私:「うーん。今日ここで情報をもう一度集めてみて、どうしても大変そうなら輸送業者にお願いしてドリジーまでバイクごと運んでもらうか、リーブルビルに戻って船か飛行機で運んでもらうか…」

    ご婦人:「そうなのね…。それじゃまだ旅は続けるのね。ならアンゴラかナミビアか南アフリカどこかでまた会えるかもしれないわね」

    ご主人:「また会えると良いな。それにしてもここのイミグレーションの職員は不愛想だし仕事も遅くて敵わんな」

    私:「私が先日出国手続きをしたときも8時前にはここに来ましたが、出国印をもらえたのは9時過ぎでしたからね。でも私はここの人たちに大変助けていただいたので…」

    確かにここのイミグレーションの人たちは大変不愛想ではありますが、きちんと仕事をする人たちです。そして村で私を見かけるとみんなして足は大丈夫か?と聞いてくれるのです。

     

    そうこうしているとこのご夫婦のパスポートに出国印が押されて担当の警察官が持ってきました。そしてその警察官は私の顔を見ると「足は大丈夫なのか?」と聞いてくれました。

    ご夫婦と挨拶をしてお別れをします。この先どうしたら良いのだろうかと不安になっていた私に、このご夫婦はひとときの安心感をくださいました。

    ここから悪路になりますが、どうかご無事で(>_<)

    さて、なんとかコンゴ方面から来るツーリストをここで見つけて話を聞けないかと思うのですが、こんな日に限って全然人がやってきません。どうもここを通過する人の人数には日によってだいぶバラツキがあるようです。なのであの悪路もそこそこ交通量が多い時と全然無いときがあるようでした。

    10時頃になっても全然人はやって来ず、夕方にならないとコンゴ方面からやってくる車はいないかななんて思っているとヒマを持て余していたイミグレーションの警察官が話しかけてきました。

    このイミグレーションにいる警察官のほとんどは英語を話せませんが、この警察官は多少の英語が話せるようです。

    警察官:「何をやってるんだい?足は大丈夫なのかい?」

    私:「足はなんとか。段差とかでなければそれほど苦労しないで歩けるようになりました。今日はコンゴ方面から来る車が来たら道路状況がどうだったか聞いてみたいと思いまして」

    警察官:「そうか。まだビザの期限ももう少し残っているし、焦らずゆっくり治してな」

    私:「はい。ありがとうございます。そいういえば、ここからコンゴに向けてバイクを運んでくれるような輸送業者とかって知っていますか?」

    警察官:「おぉ、それなら俺の知り合いにトラックの運転手がいるぜ。お前お金持ってるのか?いくらくらいなら払えるんだ?」

    そう言われたので私は試しに昨日宿にやって来た業者に言われた金額の半分以下の金額(25万CFA(約5万円))を伝えてみます。

    警察官:「わかった。今電話してやる。ちょっと待ってな」

    そういうと、ものの10分くらいで大きなトラックがやってきました。昨日の業者は本当にバイクを積めるのか?という小さなトラックで、しかもその男がこれまた大変うさん臭かったのですが、こちらの方が全然安心してお願いできそうです。

    しかも、昨日の業者では2台同時に輸送することはできないので1台ずつ運ぶことになり、どちらかが先に行ってそこで待っていないとならないですが、こちらの業者ならば十分2台同時に輸送できます。

    問題は費用です。これだけ大きなトラックをチャーターして何日間かかけてドリジーまで行くとなると先ほどこちらから言った金額では到底難しいかもしれません。

    宿にいるリョウさんにも連絡してイミグレーションまで来てもらうようにお願いしました。

    このトラックの運転手は英語は全く話せないので先ほどの警察官に通訳に入ってもらい話をします。

    するとバイクの輸送費用は最初に私が提案したもので大丈夫とのことでした。しかし、バイクを輸送するとなるとトラック自体も税関を通さないとならないことと、コンゴ側でも幾つもの手続きが発生するため、そこの費用がプラスでかかってしまうということです。そのことはガボン側の警察官も認識していて、国境を越えてから少なくとも5か所はチェックポイントがあってその都度貨物の申請と費用が発生してしまうということでした。

    そしてその費用は別途負担して欲しいということでした。

    ここで金額について確認し、それ以上の追加料金については一切受け付けないということで話はまとまりました。

    こちらの業者は大変きちんとした対応で、後程英語の堪能な担当者から改めて電話があり、ここでこのドライバーと話した内容を一つずつきちんと確認してくれ認識のずれがないようにしてくれました。

    そしてこのとき私は、ドリジーまで道が開けたことで私はかなり安心したのと同時に、トラックに乗ってのんびりとあの道を行くのも悪くはないのではないかと思っていました。

    後にこの考えは私にとっては全くもって違うものだったということを知ることになるのですが…。

    結局この村に一週間ほど滞在しました
    本当に何もない村でした
    何もない村でしたが、素朴な人たちにたくさんの優しさをもらって
    思い出深い場所となりました
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  • 敗北宣言

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    3月5日(木)東京出発270日目、ガボン14日目 ンデンデ 

    今朝方に出発したフランス人ライダーから無事に今後のドリジーに到着したという連絡が来ました。

    「朝方に来た輸送業者が言うようにここンデンデから70kmまではなかなかに酷い道(彼らの腕前からしたら大したことは無いかもしれませんが)だったけれども、そこから先は全然難しい道では無かったよ」と写真付きで教えてくれました。

    そして怪我をしている私が走行するのは難しいのであれば、リョウさんだけでもそこは自走した方が良い、というのも、この道は大変美しく、行く先々でとても親切な現地人と触れ合うことができるでしょう。ということでした。

    それを聞いて、私はどうしてもこの道を走りたくなりました。なんとかならないものか?朝方に来た業者に70km先までバイクを運んでもらって、そこから自走するってできるのでは無いか?そういう思いが強くなりました。

    私:「リョウさん。今朝来た輸送業者に70km先まで運んでもらって、私はそこから自走したいです」

    リョウさん:「何言ってるんですか!実際に行ってみて大変な道だったらどうにもならなくなってしまうじゃないですか!今回はここから近いところで転んだからなんとか戻って来られましたけど、そんなところで同じようなことになったらどうにもならなくなってしまうじゃないですか!」

    私:「リョウさんには無理には勧めません。ちょっと高いですけどあの業者にドリジーまで運んでもらえばそこから先は舗装路になります。でも私はあの道を走りたいのです。なのでリョウさんはご自身で判断してください。私は例え一人でもあの道を走ろうと思います」

    リョウさん:「何でなんですか!70km先まで運んでもらっても残り200km以上悪路なんですよ!例えばもっと先まで運んでもらって残り100km以下とかだったらまだわかりますよ!なんでそんなに走りたいんですか!」

    半ばヒステリックにリョウさんが怒ります。

    私には全く理解できません。

    ダカールから今まで一緒に走ってきましたが、このガボン-コンゴ間の悪路を越えれば南アフリカまで難所とよばれるようなところは無いはずです。ドリジーまで行けばその先はリョウさん一人でも走れるはずです。ここから先は自己判断の世界になるのですから、あの道を走りたくないのであれば先に一人で行ってもらって全然構わないのです。

    リョウさんはどうしてそんなに別々になることを恐れるのでしょうか?そりゃ一人と二人では安心感は全然違います。今回の件ではリョウさんには大変助けていただきました。しかしバイクは自由な乗り物です。できるだけ縛られたくないからバイクという手段を選んでいるのではないでしょうか?

    そして私とリョウさんは旅に対する考え方も生活のリズムも全然違います。そしてこれまでは旅のリズムについてはほとんどすべて私の独断で決めてきてしまったので、リョウさんにとってはストレスだったはずです。

    私も日本とは違うものを見て体験したいからこの旅を続けているのです。そのためには多少の困難は当たり前のことであり、それを避けることで求めているものを経験できなければ本末転倒なのです。

    この先の難所を超える手段がリョウさんにあるのですからここでお別れで良いと思います。

    少しすると、明日の朝に来ると言っていた輸送業者はこの日の夜にやってきました。

    私は70km先まで運んでもらうことで話をします。ただし足の怪我が回復しない以上は行けないので数日後に再び連絡することを伝えます。そしてリョウさんにドリジーまで行く場合のことは聞かなくて良いのか確認しました。しかしリョウさんは大変不機嫌ではありましたが「この業者だと70km先までっていうのが現実的なのかもしれませんね」と言って、ドリジーまで行くことについてはこのときは一切しませんでした。

    私:「私が再度あの業者に連絡するまで数日はあるので、その間にドリジーまで行くかどうかはゆっくり考えてください」

    リョウさん:「…。はい、そうします」

    その日の夜中。

    激しい雷雨で目を覚まします。すべての音が雨音でかき消されるほどの大雨です。ガボンの雨季にはこのような大雨が一日中降り続くことも珍しいことではないようです。

    私は不安になりました。例えそこまでの悪路でなかったとしても、私が70km先からのあの道を通過するときにこのような大雨が降ったとしたらそれは大変困難なものになります。そうなった場合、怪我が無くても困難な道になるのは目に見えているのに到底完治するとは思えない足の状態で行くのは命取りかもしれません。

    そして70km先からはそこまで難しい道ではなくなるという情報もどこまで確かなものなのかわかりません。

    そう思うと大変不安になってきました。

    そういえばテネレさんを回収した日の朝にイミグレーションで出会ったコンゴからやってきたランドクルーザーのドライバーは、ここから250km以上酷い悪路だったと言っていました。やっぱり簡単な道ではないのではないか?

    そう思うと怖くなり、明日の朝、イミグレーションに行ってコンゴからやってくるドライバーを見つけたら道路状況を片っ端から聞いてみようと思いました。

    実際のところ、この時点でこの雨と雷の音に私の心はポッキリと折られてしまい、私の中で70km先まで運んでもらうという選択肢はほとんど消えかけました。

    あぁ、やっぱりドリジーまで運んでもらうかリーブルビルに戻るんだろうなと…。

    そしてそのことは、私の中で私自身の恐怖に対する敗北宣言でもありました…。

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  • 南アフリカまで…

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    3月5日(木)東京出発270日目、ガボン14日目 ンデンデ

    朝6時半

    言っていたように輸送業者がやってきました。

    我々のバイク一台がギリギリ乗るか乗らないかの小さな荷台の付いた車でやってきて、運ぶならこの車で運ぶと言います。

    かなりの落胆です。

    そしてその金額がシャレにならないほど法外なものです。彼らが言うにはこのトラックにはいつも人を乗せて国境までを一日何往復もするので、ドリジーまで行くならその日数分の売り上げの全ての金額を払ってもらわないと運べないということでした(一台当たり60万CFA(約12万円))。

    確かにドルジーまで片道3日かかったら往復6日です。国境までの悪路で一人当たりいくら取っているのかわかりませんが、そこそこの金額にはなるでしょう。それでもあり得ない金額です。フランス人の二人もその金額を払うのはあり得ないと言います。

    するとこの業者はンデンデから70kmまで先は酷い悪路だけれども、そこから先は全然大丈夫だと言います。なので70km先まで乗せて行くから13万XAF(約26,000円)でどうだ?との提案をしてきました。

    それも私はあり得ないと思うのですが、フランス人二人はそれだったら良いんじゃないか?というようなことを言いました。

    しかしまずこの業者の男が怪し過ぎますし、70km先からは楽な道になるというのはどうにも信用できません。私はまだバイクに乗ることはできないでしょうし、そこまで行ってしまってどうにもならないことがわかったら、それこそ八方塞がりになってしまいます。

    我々の判断力を奪おうとしているのか「もう今日の仕事を開始しないといけないから、もうすぐにこの場で決断してくれ!」と言ってきます。

    私の中では「ないなぁ」と思っていたのですが、フラン人ライダーが「今すぐに決断できないなら、今日一日考えてみて明日もう一回来てもらうことにしたらどうだ?俺たちは今日ドリジーまで走るから、そのときの写真と感想を送るからそれを見て決めても良いんじゃないか」と提案してくれました。

    ほとんど私の中では「無しかな」とは思っていましたが、フランス人ライダーの二人もそう提案してくれたので明日、もう一度来てもらうこととしました。

    出発前の忙しい時間にありがとうございました
    どうか素敵な旅を

    でも、本当にどうしたものだろうか?我々はリーブルビルでバイクの受け取りにそこそこ時間がかかってしまってもいたので、ビザの関係上そう長くここガボンに滞在できるわけではありません。

    我々の考えられる道は以下の三つかと思っていました。

    ・この業者に頼む頼まないは別にしろ輸送業者を使ってバイクをコンゴに運ぶ
    ・リーブルビルに戻って空輸か海上輸送をする
    ・怪我の回復を待って再チャレンジ

    私の中では再チャレンジできるならしたいという思いはあります。しかし今回たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。また同じことになったらそれこそ大変です。それに思ったよりかは重症ではなかったのですが、それでも完治するにはだいぶ時間がかかるでしょう。そして、リョウさんはそれは絶対に嫌だという反応です。

    となるといずれかの方法でバイクを輸送しないとならないのですが、このときの私の心は折れかけていました。

    リーブルビルに戻って輸送業者を探すのが一番選択肢も多いだろうからそれが良いのかな?船?あのサムやサムもどきは全く信用できないし。じゃあ飛行機しかない?飛行機だと高くつくだろうし、そうするならもう日本に送り返しても良いかな?それに船や飛行機を使うなら手続きに時間がかかるだろうからすぐにでもリーブルビルに引き返さないといけないよね…。

    誰かに弱音も吐きたかったです。

    しかしすっかり弱気になっていた私ですが、これではいけないと、出発前の私のブログを読み返してなんとか奮起しようと試みました。

    ブログの内容自体は大したものではないかもしれませんが、私には私を送り出してくれたたくさんの大切な人たちがいることを思い出しました。

    試合前は怖くて怖くて逃げ出したい(殴られたり蹴られたりするのが怖かったのではありません。負けることが怖かったのです)こともたくさんあったけれど、素敵な先輩方が一生懸命応援してくれて、逃げずに果敢に戦い続けた武道。

    仕事でも何度も挫けそうになったけれど周りに支えてくれる仲間がいて、困難に立ち向かう勇気をくれました。

    確かに少し疲れてはしまいましたが、今直面している事態なんて全然大したことではないですね。ガボン-コンゴ間を自走しないのであれば、この先、南アフリカまでの旅を続けることにさほどの意味も価値もあるとも今は言えないですけれど、日本に帰るかどうかはもう少しやることをやってからで良いのかなと思えました。

    だから、南アフリカまで行こう…。

    私は弱い人間です。

    昔から怖がりで臆病でめんどくさがりです。

    でもこうして今までずっと充実した人生を送って来られたのは、私を支えてくれる仲間に出会うことができて、その結果、私自身も少しは逃げずに頑張ってくることができたからなのだと思えました。

    きっとちょっとでも頑張ったという経験があれば、そのことはきっと未来でその人を助けてくれるのだと思います。だから今もし「苦しいな、大変だな」と思うことに直面している人がいるのでしたら、仲間に助けてもらいながらでも、最初の小さな山だけでも乗り越えてみてはいかがでしょうか?

    そのことはきっといつか、あなたが前に進むための力になってくれるはずです。

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  • 地元警察とリョウさんの助け

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    3月4日(水)東京出発269日目、ガボン13日目 ンデンデ 

    この日はとにかく昨日に置き去りにしたテネレさんを回収しに行かなければなりません。

    幸いなことに地元警察が手伝ってくれるというので大変ありがたいです。

    朝起きてからすぐに宿からほどない場所にあるイミグレーションに行きました。

    昨日にここで出国手続きをしてしまったのでその取り消しをします。ここで働いている警察の方からリョウさんも呼ぶように言われたのでそのようにしました。

    この日もこのイミグレーションで入出国手続きをする人が多く、朝の早い時間にも関わらずたくさんの人がいて、警察の方たちも忙しそうです。

    8時少し過ぎたところでイミグレーションに行ったのですが10時過ぎまで待たされてしまいました(もちろん我々の処理なんて後回しに決まっていますから仕方ありませんが)

    するとコンゴ側から一台の大変汚れたトヨタランドクルーザーがやってきました。

    中から現れた白人男性はコンゴからガボンに入国するようで、手続きを待っている間に私たちに話しかけてきました。

    白人男性:「君たちはオートバイ乗りかい?いやぁ、ここから250km以上の道が大変酷かったよ。とんでもない悪路だった。ここから少し行ったところに大きいバイクが置き去りにされていたよ。もしかしてこれって君たちのだったりするの?」

    そう言って見せてくれた写メは紛れもなく私のテネレさんでした。

    あぁ…、テネレさん、置き去りにしてしまってごめんよ。こんなにも泥だらけになってしまって…。

    私:「そうです。これは私のバイクです。昨日そこで転倒して足首を怪我してしまいバイクを置いてこの村に戻って来たのです」

    白人男性:「そうか…。怪我は大丈夫かい?怪我してしまったのならバイクには乗れないと思うのだけれどもこれからどうするんだい?」

    私:「思ったよりも怪我は酷くなかったようなので1週間もすればバイクにはなんとか乗れるようにはなると思います。でも、さすがにあの悪路は難しいと思います。どうにかバイクごと運んでくれる輸送業者を探してコンゴの大きめの町まで行ければ、そのあとは舗装路を走れるので…」

    白人男性:「そこまで大事じゃなかったみたいで何よりだ。幸運を祈るよ」

    そう言って去って行きました。

    私はアフリカではこのガボン-コンゴ国境を走るのを一番楽しみにしていました。以前この区間を走ったことのある方から写真を見せてもらったことがあり、この区間はとても苦しかったけれども、どこに行ってもとても優しい現地人がいて、最高に楽しかったと聞いていたからです。そしてその写真がまさに私がイメージしていたアフリカの風景だったのです。

    でも、私はここを走ることは叶わないでしょう。

    私はアフリカの西側ルートに敗北したのです…。

     

    しばらくするとイミグレーションの警察官がバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)を呼んでくれ、これでバイクを回収に行ってこいと言います。

    いやいやいや…。どうやってもこれにバイクは積めないし、私はそもそもバイクの運転ができないから昨日あそこに3時間もいたわけですよ…。

    するとその警察官がリョウさんに行ってもらって運転して帰って来てもらえば良いだろと言います。

    いやぁ…。あの悪路をもう一度リョウさんに走ってもらうのは大変申し訳ないです。でも確かにテネレさんを積めるような車なんてすぐに手配できないでしょうしそれしかないのかもしれません。

    私:「リョウさん。すみません。お願いすることってできますか?」

    昨日、あの道は二度と走りたくないと言っていたのに本当に申し訳ないです。

    リョウさん:「は、はぁ…。わかりました」

    本当に申し訳ないです…。

    さすがにリョウさん一人に行かせるのは申し訳ないので、何の役にも立てないですが私も一緒にバイタクの後ろに乗って行きます。

    とにかく帰りはテネレさんはこかしても良いのでリョウさんが怪我をしないように気を付けてくださいと言います。危ないと思ったらバイクを投げて自分が怪我しないようにしてくださいと。

    幸いなことにこの日は昨日からずっとカンカン照りが続いていたためか多少道路状況も良かったこと、テネレさんの走破性、同じ道を3回目の走行ということもあってか、リョウさんは一度も転倒することなく無事に村に帰ることができました。

    とにかくテネレさんが手元に戻って来たことで私は少し安心しました。

    これからのことを考えないといけないのですが、肉体的にというより精神面の疲労がずっと続いていたため、部屋でゆっくりしていました。

    夕方、リョウさんが部屋をノックして呼んでくれました。

    リョウさん:「今、フランス人のライダー二人が来て、バイクを運べる業者を呼んでもらえるように宿の人に言ってくれて、通訳とか交渉とかの手伝いをしてくれるみたいです」

    どうやらこのフランス人ライダーはここに来るときに警察から、日本人ライダーが昨日コンゴに行く途中の道で転倒して怪我をして、バイクに乗れないからバイクを運んでくれる輸送業者を探していると聞いたということのようです。

    そして私たちを助けようとわざわざ我々の宿泊している宿に来てくれたようでした。

    この小さな村でほとんど英語も通じず、本当に輸送業者を探せるのだろうかと心配していたのですが、本当にありがたいことです。

    このフランス人ライダー二人とも、日本ではまだ発売されていない(今年の6月発売)ヤマハ テネレ T-700(テネレさんの弟分)に乗っていました!
    シールドの裏にはかわいらしいクマさんが乗っていました\(^_^)/

    私は最初彼らに、「ここから先の道は悪路なので気を付けてくださいね」なんて言ってしまいましたが、とてつもなく恥ずかしいことだったと後程知りました。

    と言うのも、彼らはフランスにて通過する国のビザはすべて取得して、5週間前にノルウェーの最北端ノールカップを出発してもうここまで来てしまったというのです。しかも彼らの走って来た道は想像を絶する道です。いや、道ではないのです。モーリタニアではバイクが3分の2以上埋まってしまうのではないかというような砂漠地帯を敢えて通過し、そのあとの道も歩くのだって難しいのではないかと思うような大きな岩だらけの渓谷や、昨日我々が走った道とは比べ物にならないドロドロの密林地帯などを通過してきているのです。車どころか地元の人たちも歩いてさえいないような場所と言っていました。

    リーブルビル方面からこのンデンデの村に来るまでの道は大変綺麗な舗装路なのですが、この日彼らが走って来たと言う道は、昨日に私が転倒して怪我をした道とは比べ物にならないくらい酷い密林地帯でした。

    それらの道をたったの5週間で…。

    そしてこのンデンデ(今私たちがいる村)からコンゴのドルジー(悪路の終着地)まで、我々は3日かけて行こうと思っていたのですが、彼らは1日で走ると言っていました。

    さらに、彼らはサーキットでも走るようで鈴鹿の8耐にも何度か出場したことがあり、どこかのチームに所属していると言っていました。プロなのです。

     

    この日、宿の方が呼んでくれると言っていた輸送業者ですが、20時過ぎから降り始めた激しい雨のためにこの日は来られなくなりました。明日の早朝にやって来てくれるそうです。

    このフランス人ライダーの二人には大変お世話になってしまいますが、大変ありがたいことに出発前に一緒に立ち会ってくれるということでした。

    アフリカの西側ルートに敗北した私ですが、この結果次第では旅はまだ続けられるかもしれません。

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  • ガボン風のおもてなしだそうです

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    3月3日(火)東京出発268日目、ガボン12日目 ンデンデ~ 走行距離15km 

    転倒から2時間が経過して、コンゴ方面から一台のバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)がやってきて、その荷台部分に5~6人の男が乗っていたため、バイクを起こすのを手伝ってくれました。

    彼らは心配そうに我々を見つめていましたが、これ以上彼らにできることは無いのでそのまま行ってもらうことにしました。

    その後さらに一時間が経過しました。

    午後の2時過ぎ一番日差しの強い時間帯です。ジリジリと照り付ける太陽が容赦なく私たちの体力を奪っていきます。

    私:「リョウさん。日陰に行ってください」

    リョウさん:「いえ。大丈夫です」

    ダカールから一緒に走って来て、厳しいことを言ってしまったこともありましたし、一人で走りたいななんて思ったこともありましたが、今このとき、一人でないことが本当にありがたかったです。

    もしこのとき私は一人だったら精神的にかなり追い詰められていたでしょう。隣にリョウさんがいて話し相手になってくれることは本当に心強かったです。

    2時15分頃

    一台の小型バイクがやってきました。地元の人のようです。小柄でラフなシャツを着ていて気のいいおっちゃんって感じの人でしたがどうやら警察官のようです。

    彼はフランス語しか話せないようですが、我々を見て、私が怪我をしていることを訴えるとすぐに電話をかけてくれ応援を呼んでくれました。

    どうやらこのまま国境に行く予定だったようです。

    言葉は通じませんが優しい笑顔で我々に話しかけてくれずっと付いていてくれます。

    彼が応援を呼んでくれてから一時間ほどするとサイレンをならしながら車がやってきました。

    ま、まさか!?救急車を呼んだの??

    と思っているとどうやら警察の車のようです。朝にイミグレーションで働いていた男も何人か混ざっています。

    ずいぶん大げさなことになってしまったと焦ります。

    車はなるべく私に近い場所に寄せようとしてくれるのですが、大きな水たまりとヌタヌタのマディに阻まれて寄せることができません。

    私はそこまで自分で歩けるからそれで良いと言うのですが、みんなして歩くんじゃない!と言ってきます。

    遂には最初に応援を呼んでくれたおっちゃんがおんぶするから背中に乗れ!と言います。

    仕方なく背中に乗ると、そこにいた警察官たちが一斉にその姿を写真に撮ります。恐らく「日本人を助けた地元警察官」として新聞にでも載せたいのでしょう。

    もう知ったこっちゃありません。

    車の荷台に乗せられてそのまま運んでもらいます。

    リョウさんはバイクをそこに置いて行くのが嫌だったようで自走で帰ります。

    帰った後にリョウさんが

    リョウさん:「もう二度とあの道は走りたくありません。帰りも2回も転んで最悪でした」

    と言っていました。

    そして、警察の車が来た時も「頭が痛い」と言っていたので恐らくまた熱中症になりかけていたのだと思います。本当に大きな負担をかけてしまいました…。

    ンデンデの村に着くと私を病院に連れて行くと言います。

    だいぶ痛みは引いていたことと、軽く動かしたりゆっくりなら歩いたりできることから骨折の可能性はほとんどないと思われます。

    であれば無理に病院に行く必要も無いと判断して丁重に断ったのですが、先方は強硬に病院に連れて行こうとします。

    彼らの思惑が想像できてしまった以上、わたしは絶対に病院になど行きたくありません。

    恐らく彼らは無理やり私を病院に連れていき入院させてその写真を撮り、手厚い対応をした警察官としてアピールしたいのでしょう。

    冗談じゃありません!

    車から自力で降りて歩けるから大丈夫だと言って断ります。

    私と彼らの間で押し問答となりました。

    あまりの強硬さに嫌気がさします。

    私も意地になって断ると、彼らは怒りを露にして去って行きました。

    夜、我々に宿に先ほどの警察官の中で一番位が高いと思われる男が宿にやってきました。

    警察官:「お前のバイクはあそこに置きっぱなしだ。取りには行ってやらないからな!明日には誰かがあそこに行ってお前のバイクを盗んでいくだろう。それでも俺たちは知ったこっちゃない」

    そんな嫌味を言いに来たのか…。呆れてしまうよ。

    リョウさんと一緒にトランスポーターを探さないといけないよねって話をしていたのでもともとそんなつもりもなかったですが、こいつらは最初はバイクを運ぶところまでやってくれようとしていたのか…?

    私:「いくらかお金を払えば運んでくれるのですか?」

    するとこのバカ警察官は両手を広げて宿の人たちにもアピールするように

    警察官:「なんだってぇ?!お金を払うからバイクを取りに行ってくれだって??さっきはお金がないから病院には行きたくないって言っていた奴がお金を払うからバイクを取りに行ってくれなんておかしな話じゃないか??ああ!どうなんだよ!そもそもお前が自分で起こした事故だよな!俺達には関係ないだろ!」

    ははーん。こいつは私が病院に行くのを拒絶したことが腹立たしくて仕方ないんだな?せっかく日本人を救った村のヒーローになれるところだったのに軽傷だったってなったらあまりニュースとしても面白くないからな。なるほど。ちょっとふっかけてやろう。

    私:「そうですかわかりました。バイクは自分で何とかします。今日はありがとうございました。皆さんの助けにつきましてはすでに日本大使館にお伝えさせていただいております。本当にありがとうございました」
    (実際に新聞などに載ってしまったら日本大使館にも迷惑をかけてしまうかもしれなかったので宿に戻った時点で事の顛末は在ガボン日本大使館に報告してありました)

    するとこの男、非常にわかりやすいです。

    警察官:「今日はもう日も沈んでいるから無理だが、明日バイクを取りに行くのを手伝ってやろう」

    私:「本当ですか?!ありがとうございます。そのことも改めて日本大使館に伝えさせていただきます」

    警察官:「これがガボンのおもてなしです」

    本当にどうしようもないろくでなしです。

    助けていただいたことは大変感謝していますが、これではありがたみが薄れてしまうことがわからないのでしょうか?でも手伝っていただけるならありがたいのでお願いします。

    今後のことはこれから考えることにしてまずは明日バイクの回収をすることが先決です。

    大変な一日でした。リョウさんにも大変な迷惑と負担をかけてしまいました。

    とにかく今日はゆっくり休みたい…。そう言ってこの日は20時には就寝するのでした。

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  • 絶望の淵

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    3月3日(火)東京出発268日目、ガボン12日目 ンデンデ~ 走行距離15km

    この日は遂にこの旅一番の難所と言われるガボン-コンゴ国境にかけての約300kmに渡る最悪のマディ(泥道)への挑戦となります。

    朝7時半過ぎにはバイクに荷物を積み込み、イミグレーションに行き、出国の手続きをします。

    イミグレーションは朝の7時半から開いているということでしたが8時少し前に行った時点でたくさんの人が並んでいました。

    その中に白人の男性が混じっていて、フレンドリーに話しかけてきます。

    どうやら彼はバックパッカーとして世界中を回っているブラジル人のようです。

    すでに90か国近くを旅していて、アフリカの次はロシア、東アジア、東南アジアを旅する予定だと言っていました。ブラジルには日系人が多く住んでいることから日本人に対して親近感があると言っていました。

    母国の言葉であるポルトガル語にそれに似ているスペイン語、その他にもフランス語と英語を話せることから世界中のかなりの地域で言葉によるコミュニケーションが取れるようです。

    彼の出国印とほぼ同時に我々の出国印も貰えたので、お互い挨拶をしていざ出発します。

    ンデンデの村を出ると、すぐに未舗装路が始まります。

    始めの幾つかの酷いマディ(泥)の水たまりはなんとか必死に乗り越えます。

    かなり酷いマディが続きます
    こんなのが300kmも続くのかと思うとゾッとします

    村を出てから10kmほど走るとだいぶ大きな水たまりとトラックや車のタイヤで掘り返された難関が現れます。

    一旦バイクから降りてどこを走るべきかを確認します。

    私は一番左側の掘り返されて酷い状態の場所では無く真ん中の比較的凹凸の少ない場所を選んで通ろうとしました。

    この場所は凹凸は少ないのですが見るからにドロドロで滑りそうです。

    こういった場所は思い切っていかないといけないと思ってその場所を通る瞬間にアクセルを開けて一気に通過してしまおうとしたのですが、アクセルを開けた瞬間にタイヤが滑ってバイクの制御が全く効かなくなり、隣の大きな水たまりに転落…。転倒してしまいました。

    一瞬足首を捻って多少痛みは感じたものの、なんとかなりそうです。後ろから車とトラックとバイタク(東南アジアのトゥクトゥクを小型にして屋根なしにしたようなもの)がやってきたのですぐに助けてもらえるかと思いました。

    しかし車の男たちは自分たちが汚れるのが嫌なようで、車から降りてくると転倒しているテネレさんを写メで撮るだけで一向に助けてくれる気配がありません。

    トラックの男が降りてきてくれてなんとかテネレさんを引き上げることができました。

    しかしこの場所は大変難しい場所で三輪のバイタクですらスリップしてあわやスタックしてしまうという状態でした。

    リョウさんのバイクは私とトラック運転手の二人が後ろで支えながら走り、一回軽く転倒しましたが、なんとか通過することができました。

    ここ、大きな水溜まりの右の平らな所を通れそうな気がするのですが、酷く滑ります。
    私が転倒した後、後ろから来た人たちはリョウさんに、写真向かって右側の水溜まりの中を走るのが一番マシだと教えてくれました

    このときいたトラックも車も三輪のバイタクも先に行ってしまい、私たちは水分補給だけをしてゆっくりと運転を再開しました。

    そこから更に5kmほど進んだ場所でまた難所が現れました。

    どうにも無事に渡れる気がしません。しかしここを通過しないと先には進めないのです。

    思い切って行くしかありません。

    少し斜めに落ちている個所はヌルヌルになっていてどう見て滑ってしまいそうです。

    勇気を出して思い切ってアクセルを開けて渡ろうとした瞬間…

    制御の効かなくなったテネレさんは派手に転倒し私の左足を巻き込みながら倒れました。

    アクセルを開けたまま転倒したバイクは地面に対して回転し、巻き込まれた左足にはバキバキバキと聞いたことの無いような音と激痛が襲います。

    この瞬間私の旅は終わったと思いました。どう考えても簡単な怪我とは思えませんでした。

    バイクの下敷きになり立ち上がることすらままなりません。

    リョウさんにお願いして少しバイクをずらしてなんとか這い出ることができました。

    リョウさんにバイクをずらしてもらって、なんとか這い出ることができました

    左足を地面に着こうとするだけで激痛が走ります。どう考えてもこれ以上走ることはできません。歩くことすらまともにできないのですから…。

    つま先を地面に着くだけで激痛が走ります。
    歩くこともままなりません…

    リョウさんが一人でテネレさんを起こそうとしてくれるのですがこんな足場の悪いところではまず無理です。

    私:「無理しないでください。この足場では一人では無理です。誰か通りかかるまで待ちましょう」

    このときまで私はすごく簡単に考えていたのです。

    朝の時点でもイミグレーションのたくさんの人がいましたし、先ほどの難所でも車やトラックやバイタクがいて車通りだってそれなりにあるだろうと思っていました。

    それに我々は二人いるのですから、バイクを倒したら起こせばいいくらいに考えていました。こんなマディの道ではバイクを倒しても走行不可になるような壊れ方はしないだろうと思っていたのです。

    しかし、まさか自分が怪我をしてしまうとは…。

    時刻は11時少し前。

    15分かそのくらい待てば車が通ると思っていました。空荷のトラックが通ったらこのままコンゴの大きめの街までバイクごと乗せてもらおうなんて楽観的に考えていたのですが甘かったです。

    全く車が通らないのです。

    そしてこの暑さ…。

    数百メートル歩けば木陰らしきものがありそうなのですが、私はバイクの傍を離れてしまって、いざ車が通ったときに助けてもらえないのが嫌で(恐らくそんなことはないでしょうけれども)日陰まで移動する気になれませんでした。

    リョウさんには日陰に行くように言うのですが、心の優しいリョウさんは私の傍にいてくれます。

    私はもともと泥道の走り方が全く分からないのです。どうやったら走れるのか?走れるイメージが全然ありません。

    そのことをリョウさんに言うと

    リョウさん:「俺は怖いからアクセルは開けないで半クラか惰性だけで走ります」

    と言いました。

    それでした…。

    私は怖いから一気に渡ってしまおうと思ってアクセルを開けてスリップして転倒しているのです。何でもっと慎重になれなかったのか後悔しかありません。

    それを聞いて、もう一度挑戦したいという気持ちとこの道を走り切れなかった悔しさが込み上げてきます。しかしこの足では再挑戦は不可能でしょう…。

    転倒から1時間が経ちました。

    全く車の通る気配がありません。

    そして2時間が経過しました。

    それでも車は通りませんでした。

    最初はコンゴの大きめの都市まで行くトラックに乗せてもらおうなんて考えていましたが、こうなってしまった以上、最悪自分たちだけでもンデンデに引き返すなりしないと危険です。

    段々と焦ってきます。

    夕方になれば朝方にコンゴを出発して夕方にガボンに着く車が来るだろうからそれを待つしかなさそうです…。

    続く

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  • このとき私たちはまだ何も知らなかった…

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    3月2日(月)東京出発267日目、ガボン11日目 ムイラ~ンデンデ 走行距離76km

    我々は勘違いしていてムイラの町より先から酷いマディ(泥道)の未舗装路が始まるものだと思っていました。

    しかし、実際はムイラ-ンデンデ区間は大変綺麗な舗装路でした。

    距離も短いため、この日はお昼前にはンデンデの町に到着しました。

    ンデンデの村からコンゴとの国境までは50kmほどありますが、その間には何も無く、ここンデンデにあるイミグレーションにて出国印をもらいます。

    明日からは最悪の未舗装路が始まるため、この日はンデンデに滞在して、次の日の朝一に出国印をもらいコンゴ国境に向けて出発する予定です。

    我々はイミグレーションから500mほどの距離にある宿に宿泊することにしました。

    この宿はお世辞にも設備が整っているとは言えませんが、きちんと手入れが行き届いており、大変居心地のいい宿でした。

    お世辞にも設備が整っているとは言えませんが、居心地の良い宿でした
    ラピュタの朽ちた巨神兵を彷彿させる朽ちたトラック
    近くでもう一枚

    沈み行く夕日を見つめ、心穏やかにこの日は幕を閉じて行きました。

    美しい夕焼け

    そう、次の日には地獄の一日が待っているとは露知らずに…。

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  • 忍び寄る暗い影

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    3月1日(日)東京出発266日目、ガボン10日目 ランバネレ~ムイラ 走行距離193km

    首都のリーブルビルからここランバネレまでの最初の3分の2ほどは予想外にあまり道が良くなかったためこの日はどうなのだろうかと思っていたのですが、この日は予想外に大変に綺麗な舗装路が続いていました。

    しかし相変わらずの検問の多さです。中には何も確認せずにそのまま素通りさせてもらえるところもあったのですが途中の検問では不愉快な思いをすることがありました。

    我々がパスポートを提出すると簡易事務所のような場所に呼ばれて「ワクチンの証明書を見せろ!」と言われました。

    当然私は黄熱病のワクチンだと思っていたのですが「他の予防接種の証明書を見せろ!」と言ってきます。

    しかしここの検問担当官は一切英語が話せないためイマイチお互いにうまくコミュニケーションが取れません。先方がイライラしてきているのがわかるのですが、どうにも言っている意味が分からないので仕方ありません。

    すると一人の担当官が新聞を持って来て「コロナウィルス」の記事を見せてきました。

    やっと解せました。

    日本人ということでコロナウィルスの保菌者でないかと言いたいようでした。

    私たちは9か月も前に日本を離れて、アフリカにも3か月前に入ったのでコロナの影響は受けていないはずだと主張するのですが全然言葉が通じません。

    仕方ないので日本大使館に電話をすることにしました。

    我々が「日本大使館に我々の事情を説明するので直接あなたたちで話をしてほしい」というと「ヤメロ!」と大きな声で言い、「もう行って良い」と言います。

    どうやらただの嫌がらせだったようです。

    今世間を騒がせているコロナ騒動はこの先の我々の旅にも暗い影を落としそうです…。

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