• カテゴリー別アーカイブ 039_日本(202203~202208)
  • マイケルの愛娘

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    2022年8月5日(金)、8月6日(土)日本(成田)~アラブ首長国連邦(ドバイ)飛行機乗り継ぎ

    この旅が終わった後に、もし可能なのであればポーランドに行って、パミールで仲良くなったマイケルの墓参りとマイケルの家族にマイケルからもらったポーランドのバイクメーカーの記念硬貨をお返しに行きたいというのは先日お話した通りです。

    この旅の出発前にはだいぶバタついてしまってはいましたが、マイケルと同様にパミールで仲良くなったロシア人のアルティナとスイス人のアントニオに、マイケルの家族について何か知っていることは無いか尋ねていました。

    成田空港の搭乗口で飛行機を待っているとアルティナから返事がきました。

    アルティナ:「旅をまた再開できるのね!気を付けてそして楽しんでね。マイケルのお墓参りに行くのは素敵なことだわ。マイケルの家族ねー…。娘がいるとは言っていたけど。確か名前はズザンナだったと思うわ。でもごめんなさい。これ以上の情報は私にもわからないわ」

    ありがとう!アルティナ!
    それだけの情報があれば十分です。私はマイケルとFacebookでつながっているので、そこからたどればマイケルの娘さんを見つけられるハズ。そう思い懐かしいマイケルのFacebookのアカウントにアクセスしました。
    しかし、マイケルの友達一覧を見てみるけれどもズザンナという名前の人はいないようです。

    ではと、今度は直接ズザンナという名前で検索をかけてみて、マイケルとつながっているアカウントが無いか調べてみました。

    すると何人かズザンナという名前の人が一覧に現れたので一人ずつチェックします。
    その中にただ一人だけ、マイケルとつながっていそうなアカウントを見つけることに成功しました。

    いきなりですけれども直接メッセージを送ってみます。

    私:「あなたはマイケルの娘さんでしょうか?突然のご連絡大変申し訳ございません。私は日本人のヒデという者です。3年前、私はあなたの父親であるマイケルに中央アジアでお会いしてたくさんの助けをいただきました。その時に彼は私にポーランドの記念硬貨をくれました。このメダルをあなたにお返ししたいのと、マイケルのお墓参りに行きたいと思っております。今から2か月後くらいにポーランドに伺いたいと思っておりますがそのときにお会いすることは可能でしょうか?」

    怪しい勧誘のメッセージと勘違いされないように言葉を選んで慎重にメッセージを送ります。

    約13時間後、乗り継ぎ空港であるドバイ空港に到着するとズザンナより返信が来ていました。

    ズザンナ:「はい。私もあなたにとても会いたいと思います。私の父はあなたのことと、そしてあなたと二人で歩んだ冒険の道について私に話をしてれました。お墓へも案内いたします。」

    マイケルは私のことと、私と過ごしたたった5日間だけではあったけれどもあの素晴らしい日の思い出を娘さんにお話ししていたようです。
    そのことだけでも私にとっては大変嬉しいことであり、胸がいっぱいになりました。

    私は、旅を終えるころにまた連絡をする旨を伝えました。

    ズザンナはあまりFacebookに積極的に投稿していないようなので彼女が今どのような生活をしているのか?マイケルは離婚していると言っていたけれども今までどのような生活をしていたのか?などは全く不明です。しかし、ひとまずマイケルの家族と連絡が取れたということは私にとっては大変嬉しいことでした。

    大学入学直後に父を失い、またすでに両親は離婚していた彼女にとってこの2年半がどのようなものであったのかはわかりませんが、元気に過ごしていてくれていることを願っています。

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  • 出発当日

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    2022年8月5日(金) 日本

    昨夜のドタバタもあり、出発に際して緊張感が高まっていることも相まって、全然眠りにつくことができずにアンゴラへの再渡航当日の朝を迎えました。

    この日は朝からPCR検査を受けて夕方に陰性証明書を受け取り、夜22時半の便で出発です。

    日本ではコロナ第7波なるものが襲来し、東京都の感染者数が1日当たり3万人を超える日もあり、私の周りでもちらほらとコロナ感染者が出始めていました。

    そもそもここで陽性になってしまったら渡航自体が中止です。そうなったら今までの苦労は何なんでしょう。

    とにかく陰性になることを願いつつ病院に向かいました。

    病院でも先生に私が懸念していることを言われます。

    先生:「たまーに陽性になっちゃう人いるんですよねー。体調は大丈夫ですか?無症状で実は感染してましたって人はほとんどがお子さんなので大丈夫だとは思いますが、大人でも100%無いとは言えませんからねー。もし陽性だったらなるべく早めにお電話を差し上げるようにいたします。夕方また会えるのを願ってはいますが」

    うーん、不安でしかない…。でも、ここ10日ほどは最低限の外出のみにして気を付けていたから大丈夫でしょう。

    PCR検査を受けるために別室に移動します。

    鼻腔のPCR検査ってめちゃくちゃ痛いんですねΣ(・□・;)
    鼻の奥に綿棒突っ込んでグリグリーって。涙出ました。

    そのまま帰宅し、しばらく部屋を空けるので一通りの掃除をしたり、防湿剤を部屋中に置いたりとやれることをやっていきます。

    3時半には陰性証明書ができているということなので2時半頃に自宅を出て病院に向かいます。

    先生:「いやー、おめでとうございます。また会えてよかったです。陰性ですので是非気を付けて行ってきてください。またバイクに再会して無事に旅を続けられることを祈っています」

    いやー良かった良かった。これでなんとかなりそうです。

    そして昨夜あれだけ騒いだアンゴラの検疫への事前申請。これもできそうだということで自宅に戻り再度申請を試みます。

    「あなたはすでに申請をされています」

    うん?再申請できない…。これ申請却下されたままで渡航して大丈夫なの??

    なんで無理してワクチン接種証明書で申請するかなー?このバカは!
    本当に最後まで何をやっているんだか?って感じです。

    でも、だとしても、PCR検査陰性証明書は手元にあるわけですし、これで飛行機への搭乗拒否ってのは理屈に合わないわけです。ならばこちらの言い分を通すことはできるはずなので、空港に向かえばいいじゃないかヾ(*´∀`*)ノ

    ということでそのまま成田に向かいました。

    チェックインカウンターでは陰性証明書の提示は求められたものの、オンライン申請については何も聞かれることはありませんでした。そりゃそうですよね。

    駐日アンゴラ大使館のサイトでは「現地の検疫にて承認がされたものをプリントアウトして渡すこと」と記載があるのでまだまだどうなるかわかりませんが、渡航72時間以内の陰性証明書も手元にあり、現地でも再度PCR検査を受けさせられるので、まー大丈夫でしょう。

    本当にぎりぎりまでドタバタでしたがなんとか飛行機に乗れましたとさヾ(*´∀`*)ノ

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  • 出発前夜

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    2022年8月4日(木) 日本

    まあー今回も出発前からバタバタといろいろあったわけですが、出発前夜にしてまたまた一波乱を起こすのがこの私。

    荷物のパッキングをして、最後に本当にアンゴラ入国に際して忘れていないものは無いよな?と思い、駐日アンゴラ大使館のサイトのビザ申請のページを覗いてみます。

    するとそこに見慣れない注意書きが…。

    「アンゴラに観光で訪れる人は全員以下のフォームより申請をして現地の検疫の承認をもらってください」

    なんだと?!

    おいおい、そんなの聞いてねーぞと思い、慌てて申請フォームを覗いてみました。

    するとそこには「3日前までに申請してください。申請なしでの渡航はおやめください」の文字…。

    えっ?!

    もう出発は明日だぞ!間に合わねーじゃねーか!!

    慌てて私は登録フォームから申請を試みました。
    すると、そこにはPCR検査の陰性証明書の添付が必須でした。

    私の予定では8月5日(金)の当日朝にPCR検査を受けて、夕方に陰性証明書を受領。そのまま夜の便で出発です。

    いやいやいやいや…。手元にPCR検査陰性証明書ないし…。でも3日前までに申請しろって?!そもそもおかしいだろ!PCR検査の陰性証明書自体が現地入国の72時間前までのものが必要なのに、3日前までに申請しろって。でも、申請しないで行ってトラブっても嫌だし、24時間くらいで承認するって言っているから、今から無理やりにでも申請すればなんとかなるかもしれない。とりあえずPCR検査の陰性証明書は手元に無いから、コロナワクチン接種証明書を添付して、明日再度陰性証明書は添付すれば良いや…。

    いやー、でもこれダメかもしれない。前回もそうだったけどアンゴラってビザを取るのも大変だし、今回のコロナ騒動でもかなり厳しい体制を敷いているのは明らか…。ちょっと一旦立て直したほうが良いかもしれないなー。とりあえずジュリオさんには連絡しておこう。

    そう思い、ジュリオさんにオンラインによる検疫への事前承認申請をしていないので渡航日が後ろにずれるかもしれない旨の連絡をいれました。

    するとジュリオさんからすぐに返信があったのですが、ポルトガル語で書かれたその内容をGoogle翻訳で翻訳しても何を言っているのかイマイチわからない。
    出発前日の夜に突然の事態が起きてパニックになっているから余計に理解できない…。

    こんなときはいつもお世話になっている、「上野の集まり(みんな違ってみんなスゴい)」の人たちに頼るのに限ると思い(そこにいる方たちの中にはポルトガル語やその他言語が堪能な方々がいらっしゃるので、たまにこうして助けてもらっています)、ジュリオさんからの原文をそのまま添付して質問してみます。

    するとスペイン語も堪能なKさんから「48時間以内の検査の陰性証明書があれば良いんじゃないの?」って言っているのでは?と回答をくれました。

    そのままの流れで、今の今起きている事態をこのグループの方々に話をしました。
    すると、更にKさんより、これ「3日前まで」にではなく、「3日以内の間に」って意味だと思いますよと…。だから間に合うと思いますよとの助言をいただきました。

    英語すら読み間違えて焦っている私…。

    ただ、念のため在アンゴラ日本大使館に電話で確認してみたほうが良いというアドバイスもいただいたので電話してみることにしました。

    すると

    大使館職員:「確かにその話は聞いています。申請をしていなかったがために空港で飛行機への登場を拒否された方も確かにいるようです。ただし全員がそうだったわけでは無いようです。もしかしたら飛行機に乗ってアンゴラに来る人は全員ちゃんと申請していたからなのかもしれないですが。こちらでも状況を把握しきれていないのでご自身の判断で動いていただくしかないとしか言えないのです」

    うーむ…。確かにそうなんだよな…。前回コンゴで出会ったクリスが言っていたTIA(This Is Africa(これがアフリカだ))。アフリカの情勢は1日で変わる。昨日まで普通に入れた国が今日になったら入れなくなってる。昨日まで何も無かった国が今日になったら内戦が始まる。それがアフリカだって…。だから大使館の職員さんもすべての状況は把握しきれないだろうし、本当にはっきりした情報が出ていない限りは安易なことは言えないんでしょうね…。

    とりあえずは明日、コロナ陰性証明書をもらってそれを再提出してっていうのが現実的だよなーと思ってこの日は結論づけることにしました。

    ふー…。毎度毎度私って人間はどうしてこうもいつもバタバタするのだろうか?
    もう少しスマートに生きてみたいものです

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  • まさか自動車カルネの更新ができないなんて…

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    2022年7月5日(火) 日本

    駐日アンゴラ大使館にビザの申請に行った日と同日、東京の浜松町にあるJAFに自動車カルネの更新に伺いました。

    自動車カルネについて再度説明します。
    我々バイクで世界中を旅する人たちは国境を越える度に毎回バイクを税関を通して、輸出入を繰り返します。その度に高い関税を払っていてはとてもではないけれど旅をするのは難しいため、その輸出入の手続きを簡略化し、あくまで一時的にバイクをその国に持ち込むものであって、必ずその国から持ち出すことを条件に高い関税を払わなくて済むようにするための文書と思ってください。

    そしてこのカルネの有効期限はカルネ取得から1年間となっています。
    当然のことながら、私が現在手元に持っているカルネは前回日本を出発したときに取得したものなので、有効期限はとうに過ぎています。

    今ではほとんどの国でこのカルネ自体は使わずにバイク旅行者もそこまでの手間や関税を払わずに国境を越えることができるのですが、アフリカの何か国かだけは未だにこのカルネがないと大変めんどうなことになったり入国を拒否されることがあります。

    私は今回、アンゴラからナミビアを経由して南アフリカまで行ってそこから船で日本にテネレさんを送り返す予定です。

    残念なことにナミビアと南アフリカはカルネ適用国のために、どうしてもカルネを更新して持っていきたいところではあります。

    しかし、このカルネを取得するためには車検証の提示が必要なのですが、海外に置きっぱなしのテネレさんの車検はすでに切れてしまっています。

    そうなることは前回帰国時に予測ができていたので、私は帰国と共にすぐにカルネの発行機関である、JAFに連絡を入れ、当時の担当者から「車検が切れていることで海外にてトラブルがってもJAFは一切の責任を負わない」という誓約書に一筆入れることでカルネの再発行を認めますとの返事をいただいておりました。

    この日JAFを訪ねるにあたり、事前に電話にて同条件でのカルネ発行は認めるとの確認は取れていたため、前回使っていたカルネを持参し、浜松町にあるJAFを訪ねました。

    前回のカルネをJAFに返却し、新しいカルネの申請用紙、上記の誓約書をもらい帰宅しました。このときに担当の方から言われたのが、「一つだけ、提出書類の中の『自動車登録証』は新しいものを取り直してください」ということでした。

    自動車登録証は海外では「machine passport(マシンパスポート)」と呼ばれ、まさに人間が海外に渡航するときに使われるパスポートと同じような役割を持ちます。

    帰宅後に陸運局に電話をし、事前に自動車登録証の再発行について確認をしました。すると大変な事態が起こりました。

    私:「これこれこういう理由(コロナにより緊急帰国した話とそれを取りに行きたい旨)で登録証を再発行していただきたいのですが、バイクを現地においてしまっていますので、すでに車検が切れてしまっているのですが、どのような対応をしたらよろしいでしょうか?」

    担当者:「はい?何言ってるんですか?車検切れているのに出せるわけないじゃないですか?出してほしければ持ち帰って来て車検通してから来てください」

    私:「バイクを持ち帰るために登録証を再発行していただきたいのですが?」

    担当者:「そんなの知りません。ダメに決まってますよね?」

    私:「出してもらえないとバイクを持ち帰れないのです。どうにか方法は無いでしょうか?」

    担当者:「知りません。うちは出しません。そもそも登録証の有効期間は1年間ですよね?発行した時点でいつまでに持ち帰るって約束してましたよね。あなたはその約束を破っているわけですよね?」

    私:「なので説明しましたようにコロナの影響で緊急で帰国せざるを得ない状況になりまして、その後も渡航でき…」

    担当者:「だから知りませんって!!もう良いですか?」

    取り着く島もありません…。

    仕方がないのでJAFに説明してなんとかならないかお願いすることにしました。

    しかし結果は残念なことに「陸運局がNG出したのにうちがOK出すわけにはいかない」ということでした。

    困りました。

    とりあえず古いカルネだけでもお守り代わりにでも手元にあると違うと思い、先日返却した古いカルネは返してもらえないかとお願いしたところ、JAF内部でご検討くださり「本来ならば一旦返却されたカルネはいかなる理由でも本人には返却はしないのですが、今回は事情が事情のため『明確に有効期限が切れているもの』とわかるように印をつけた状態で返却には応じます」との取り計らってくださいました。

    アフリカ現地でのビザが取れなかったなどのトラブルは前回などは想定していましたが、まさか日本にてこんな事態が発生するとも思っていませんでした。

    でも仕方ありません。

    カルネなし(古いカルネはあり)、古い自動車登録証にて現地に行って、国境で交渉して通してもらうしかないでしょうね…。

    始まる前から不安のタネは尽きません…orz

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  • アンゴラのライダースクラブの協力

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    2022年6月 日本

    今回の旅の最初の難関、アンゴラビザの取得

    駐日アンゴラ大使館に問い合わせたところ、「観光ビザに関しては申請は受け付けてはいるが、発行されるのは相当に厳しい。現地の人からの招待状があれば場合によっては取れるかもよ」というなんとも可能性の低そうな案内がありました(もともと前回アフリカにいたときにアンゴラビザを取得するのにも七面倒だったという実績があります)。

    現地の方の招待状ということなので、テネレさんを預かってくださっているアンゴラ人のシルバさんにお願いすることにしてみました。

    するとすぐに返事があり、「シルバさん個人からの招待状よりも、現地の大きなライダーズクラブからの招待の方がより良いだろう」ということで、アンゴラのライダーズクラブの代表のリリオさんをご紹介くださいました。

    リリオさんも大変協力的で、さっそく駐日アンゴラ大使館に働きかけをしてくださり、すぐに関係種類を作成して提出してくださいました。

    一度だけ、アンゴラ大使館から差し戻しがあったものの、そのライダーズクラブがどういった組織であって、なぜ私がアンゴラに渡航したいと考えているのか?アンゴラと日本との友好関係のためにもビザの発行は重要であるといった内容をしたためた重厚なる文書を提出してくださったおかげで、アンゴラ大使館から私あてに、「あなたの観光ビザ申請を認めますので、必要書類を作成して提出するように」との案内を頂戴いたしました。

    6月の下旬ころにそのような案内をいただき、さっそく書類を作成するも、アンゴラのビザ申請は月曜日および火曜日の午前中しか受け付けていないことと、先方の都合で最短でビザ申請の予約ができるのは7月5日(火)となりました。

    前回、アフリカでアンゴラビザを申請したときは「先方の指定する大学で」ポルトガル語に翻訳したものしか受け付けないという謎の面倒なルールがあったのdすが、今回は英語の文書のままで受け付けてくれたので大変助かりました。

    早ければ7月8日(金)にビザの発行がされるので取りに来るようにとのことでしたが現地のシステムトラブルにより、ビザが実際に発行されたのは翌週の7月12日(火)。

    実に最初に駐日アンゴラ大使館に問い合わせてから1か月半の期間を経てのビザ取得となりました。

    今回はまだビザ取得はできないかなと思っていたので、旅の再開に向けて大きな一歩となりました。

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  • マイケルのメダル

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    2022年6月某日 日本

    私にはこの旅が終わった後もいくつかやりたいことがあります。

    まずはパミールで仲良くなったロシア人カップルのダニエルとアルティナに会いにモスクワに行くこと、同じく同じ場所で仲良くなったスイス人の愛すべきオヤジ、アントニオに会いに行くこと。

    そして、同じくパミールで仲良くなったマイケルの墓参りにポーランドに行くこと。

    マイケルには旅の途中でポーランドのバイクメーカーの記念硬貨をもらっていました。この記念硬貨をペンダントの形にしてマイケルのお墓に掛けてくるか、願わくばマイケルのご家族にお返しすることはどうしてもやり遂げておきたいことです。

    ただ、マイケルのお墓がどこにあるのか?マイケルのご家族と連絡が取れるのか(離婚しているとは言っていましたが、当時、ちょうど秋から大学生になる娘さんがいるって言っていたのでもしかしたらその娘さんなら探せるかもしれない?)?など事前にやることはありますが、できれば今回南アフリカまで行ったら帰りにポーランドに立ち寄りたいと思っています。

    もらっていたメダルをどのようにペンダントにしようか?というのも考えていたのですが、プライベートで大変仲良くしてくださっている某大学で教鞭を執られているKさんの教え子さんがアクセサリー作りをしているということでしたのでお願いすることにしました。

    Yさん、急なお願いだったのにありがとうございます!
    いつかマイケルの元にもっていけるようにいたします!!

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  • アンゴラビザは取れるのか?

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    2022年5月下旬 日本

    洋介さんの旅の再開を受けて、私もそろそろテネレさんをアンゴラに迎えに行くことを考え始めたは良いものの、このアンゴラという国がとても曲者。西アフリカ地域の中でもビザ取得が最難関と言われる国です。前回のコロナ騒ぎでの緊急帰国も大統領の「明日全部国境閉めるから」の一言で物事がすべて決まってしまう国です。情勢も何もわかりません。

    まずは仕方ないので駐日アンゴラ大使館に電話で聞いてみることにしました。

    私:「あの、アンゴラのビザ取りたいんですけど、今って観光ビザの発行ってしてますか?」

    担当者:「うん?ちょっと領事に聞いてみるよ」

    担当者:「形式上は受け付けてはいるってさ。でも今はまだ観光ビザはまず発行されないような物言いだったよ。仕事関係なら完全に開いているけど、観光ってなるとかなり厳しいって。(わざわざこんな国に観光に行きたいって)何か特別な理由はあるの?」

    私:「実はかれこれしかじか(バイクが置き去りのことと取りに行きたいことを伝える)」

    担当者:「なるほどー。確かにそれは早く行きたいねー。個人で申請しても難しいだろうけど、現地で協力してくれそうな人はいるの?その人に紹介状とか書いてもらえばだいぶ違うかもよ。でも気を付けてね。もし申請して取れなかった場合でも手申請費用は返ってこないから」

    私:「承知しました。とりあえず現地の方に相談してみます」

    担当者の方は良い人でしたが、これ、ビザ取れるのか?

    まー良いや。ジュリオさんに相談してみよう。

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  • 全然考えていなかったけど世の中は動き始めているのか…?

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    2022年3月末~2022年5月末 日本

    2020年3月に急遽アフリカのアンゴラ共和国にて当国のコロナ水際対策を受け、全部の国境が突然すべて閉鎖される事態に見舞われて緊急帰国をして早2年。
    日本人の生活もコロナがあるのが当たり前にはなりつつも、コロナの影響を色濃く残している状況は相も変わらずでした。

    私も週のほとんどが在宅ワークであり、外出時のマスク着用は当たり前、出勤数も減っていることから外食する機会も大変減っていました。

    2019年の6月にロシアに向けて旅立つ前と今ではその生活様式は大きく変っているのは当然ですが、交友関係にも少し変化がありました。

    ロシア行きのフェリーが同じだったモンキーライダーの洋介さんカレポンチ野郎炎の男大澤さんとは日本での居住地が近いこともあり、定期的にキャンプをしたりオフロードツーリングに出かけたりしていました。

    3月も終わろうかという頃、この日も洋介さんと一緒にオフロード遊びをしていると洋介さんが思わぬことを口にしました。

    「そろそろ世界的にはコロナも落ち着いてきたから旅を再開しようと思うんですよねー。5月くらいには出発しようと思ってます」

    え?!なにそれ…。

    私の中では全く旅の再開なんて考えるような状況にはなっていないと思っていたのですが、世間はそうでもないようでした。

    実はすでに1月頃から私たちと同じようにブラジルにバイクを置いて緊急帰国された方がすでに南米にバイクを取りに出発していたり、オーストラリアツーリングを企てている方、複数年をかけて世界一周を企てている方などが動き始めているという情報も入ってきました。

    なんだってー!?
    でも確かに間が空けば空くほどにアンゴラに置き去りにしているテネレさんへのダメージも大きくなるでしょうし、早い方が良いのは確かです。

    まだまだ何もアフリカのテネレさんのことを考えていない状況だったのですが、この日を境に急速に私もアフリカにテネレさんを迎えに行くことを考えるようになりました。

    そうこうしているうちに、洋介さんは2022年5月末、ウクライナ情勢など大きな懸念点がある状況のまま単身キルギスにモンキーを迎えに旅立っていきました。

    出発直前に大澤さんと3人で相も変わらず下ネタだらけの新宿で焼肉壮行会。仕方ないですよね。だってあの焼き肉屋、一杯目のビールからいきなり強烈な便所の臭いがしたんですもんね。

    洋介さんは今回も長旅になると思いますが、体調には気を付けて良き旅にしてください。

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