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  • さよならアンゴラ なるかナミビア入国

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    2022年8月18日(木)2回目東京出発14日目、この旅トータル299日目、アンゴラ2回目13日目 ナミビア1日目 オンジバ~オシカンゴ 走行距離42km

    前日の8月17日は洗濯物を乾かすためにもう一日オンジバに滞在し、溜まっていたブログを一気に書き上げました。
    このオンジバは治安も良さそうで穏やかな町であったため、少し街歩きをしても良いかなと思っていたのですが、知らず知らずのうちに疲れも溜まっていたのか、昼寝もしてしまい、気づいたら夕刻になっていたのでそれも諦めました。

    翌8月18日は遂にアンゴラを出国しナミビアに入国予定です。

    どうしてこうも国境越えはいつも緊張するのでしょうか?こればかりは慣れません。
    しかも今回はジョージさんたちの協力により無事に税関書類の更新をしてもらっているとは言え、イレギュラー対応であり、しかもアンゴラ側の国境は全く英語が通じないということです。

    また、ナミビア入国に際しても日本にてカルネの発行が拒否されたため、こちらもどうなるかわかりません。

    昨晩もいつも通り10時前には就寝したので、この日も5時前に目が覚めます。

    一通りの荷物の準備を整え、シャワーを浴びていつでも出られる状態にだけはしておきます。

    7時になったので宿に併設されているレストランも開いているかなと思って外に出てみましたが、近くにいた人に聞いたところ8時に開くとのことでした。

    1時間くらい時間が空いてはしまいましたが、そういえばジョージさんやフィフィコさんに本日アンゴラを離れることを伝えていなかったのでお二人にメッセージを送ります。

    二人とも無事に旅を進められていることを大変喜んでくださいました。

    その他なんだかんだ再度国境越えの際に必要となる書類の再確認などを行っていると8時になりました。

    レストランに行き朝食を注文します。

    すると一人の男が私のところに来て何か言っているのですがポルトガル語なのでわかりません。
    その男は困ったような顔をして、更に別の男が私のところにやってきます。最初私に絡んできているのかと思っていたのですが、どうやら本当に用事があるようです。
    もう一人男がやってきてヘタクソな英語で「パスポート」と言います。

    私は何か問題を起こして身元を確認したいということなのかと思い少し不安になります。

    携帯していたパスポートを見せるとその男は「コピー」と言って、宿のレセプションまで来るように言いました。

    なんだ…、単に宿泊時にパスポートのコピーを取り忘れたからコピーを取らせてくれというだけのことだったようです。
    レセプションに行くと、その男が近くにいただいぶ年配の宿の従業員を呼びます。そして、アンゴラVISAの貼られたページと入国スタンプの押されたページをコピーしてくるように言います。
    そして「わかった」と頷いたその老人はパスポートを持って外に消えて行きました。

    すぐには戻ってこないだろうと食堂に戻って朝食を済ませます。
    しかし朝食を済ませて30分以上経ってもパスポートはもどってきません。

    あのジジイ、どこかに行って別の仕事頼まれてコピー取るのすっかり忘れてしまったんじゃないだろうか?はたまたコピーを取ったは良いものの原本を置き忘れてきて、今必死に探しているとか?

    そんなことを考え始めると不安は際限なく出てきます。
    しびれを切らしてレセプションに行くと、先ほどの男が「まー、待ってろよ」と言います。

    そして、もうしばらく食堂でコーヒーを飲んで待っていると、やっとパスポートが戻ってきました。
    私の中で偏見があるのは事実ですが、どうしてもアフリカでは人を信用できない自分がいます…。

    さて、私はすでに荷造りも済んでいるのですぐに出発です。

    ここから国境までは40km程度。30分もあれば着くでしょう。
    10時ちょうどくらいにアンゴラ側の国境に着きました。

    久しぶりの陸路での国境越え。ドキドキします。

    まずはイミグレーションでパスポートに出国印をもらいます。

    前に並んでいた人たちはすぐにスタンプをもらって出て行ったのですが、私の番になると担当官が訝しげな顔をして「ヤポネーゼ…」と言います。
    近くにいた別の担当官に確認し何やら考え込んでいます。
    そしてどこかに電話をし始めました。

    そして私に「どうやってアンゴラに入った?飛行機か?」というようなことを聞くので「そうだ」と答えました。
    更に何やら調べ始めて「ナミビア」がどうのと言って何か調べ始めました。

    日本人は今ナミビアに入れるのかどうか調べているのでしょうか?
    私がかばんからコロナワクチンの接種証明書を出そうとすると「いらないから待ってろ!」と言います。

    そしてしばらくして、やっとパスポートにスタンプを押してくれました。
    何も無かったから良いものの、こういうのは不安になるのでやめてほしいです。恐らく先方としては日本人がコロナが始まってからこの国境を越えるということが無かったので確認が必要だったのかもしれません。

    イミグレーションの建物から出るとわんさかいます。金くれマンと要らないステッカーを勝手にバイクに貼って売りつけようとしてくる輩。その中に闇両替商もいます。事前情報でナミビア側ではアンゴラの通貨は両替できないと聞いていたのでこの闇両替商で両替します。ただし、レートは最悪と聞いていました。それでも手持ちのアンゴラ通過はそれほどないので気にはしないのですが。
    今持っているアンゴラ通貨は1900クワンザ(日本円で約630円)。1/3くらい手数料として持っていくと聞いていたので50ナミビアドル(約400円)くらいにしかならないかなと思っていました。するとその闇両替商は40ナミビアドル(約320円)しか寄越してきませんでした。流石に半分持っていくのは無いだろうと思い、もう1枚20ナミビアドル寄越せ!って言ったら素直に寄越したので、合計で60ナミビアドル(480円)、予想よりかは多く両替できたので良しとします。
    まー別にいくらでもないので構わないのですが、あまり甘くすると次に来た人たちに迷惑をかけるのでこの辺りはシビアに対応しています。

    さて、次に一番懸念している税関手続きです。ジョージさんたちが新しいものに更新はしてくださいましたが、英語も通じず、何か理由を聞かれたらどうしたら良いのでしょうか?

    とりあえず新しく更新された税関書類と先日フィフィコさんにコピーしてもらった古い税関書類を提出します。
    やっぱり訝しい顔をしています。

    しかし、内容を確認して、新しいものと古いものから一部ずつ取ると、お前のバイクを見せろと言い、外に出ました。
    ナンバープレートを確認し、シートバッグとパニアケースの中身を確認すると「行って良いぞ」とだけ合図して終わりました。

    本当に緊張の一瞬でした。

    次にナミビア側で入国手続きです。
    これもイミグレーションでのパスポートにスタンプを押すのはすぐに終わると思っていたのですが、これまたすぐには押してもらえません。
    「ナミビアでの滞在先を書け」というのです。コロナの影響で外国人の入国者の所在地を明確にしたいのかもしれません。

    とは言っても行き当たりばったりの旅です。当然滞在先など決めていません。
    どうしたものかと思いましたが、スマホを見るとなんとまだアンゴラの電波をキャッチしているではないですか?!

    その場で慌てて適当なナミビアのホテルを検索し記入表に書き入れたらOKでした。
    ただ、「どこに行くんだ?」と聞かれたので「南アフリカに行く」と答えたら「じゃ、トランジットだな。3日で行け」と馬鹿なことを言います。
    いやいや「ごめんなさい。観光もします。だから1か月ください」と言ったら舌打ちしながら一か月分のビザを発行してくれました。

    これで私個人の入国手続きは完了しました。問題はテネレさんの入国手続きです。

    まずはパスポートにスタンプを押してもらった同じ建物内のすぐ隣の窓口で道路通行税を払います(215ナミビアドル(日本円で約1720円))。
    まだ私はほとんど現金でナミビアの通貨を持っていないのでカード払いでお願いします。

    しかし、カードで決済しようとしてもエラーとなります。すると「現金は持っていないのか?」と聞かれたので「持っていない」と答えると黙ってしまいまいた。
    おいおい、これってマズいの?「もしかして現金がないと手続きできないのですか?」と聞くと「いや、単にネットワークの問題。2~3分待ってくれれば復旧するから大丈夫だよ」とのこと。びっくりするじゃないか…。

    無事カードで決済を終えて手続きを完了します。

    本来ならこの次に税関に行ってカルネにスタンプをもらわなければなりません。
    しかし、ここは無視で強行突破です。

    しれっとした顔でそのまま国境を越えようとすると案の定止められます。

    担当官:「書類見せて」

    私:「これですか?…」そういって、さきほど道路通行税の手続きをしてもらった書類を見せます。

    担当官:「はい。問題無いです」

    おー!問題内容です!!

    担当官:「ナミビアでバイクの走行は気を付けてください。たまに警察のふりをして止めようとしお金を取る人がいます。今ここにいる人たちのような恰好をした人以外が止めようとしても止まらないでくださいね」

    私:「なかなか見分けるのむずかしそうなのですけど。」

    担当官:「そうですねー。一人でいる人が止めてきてても無視してください。私たちは必ず二人以上で動いていますから」

    私:「なるほど。それならわかりやすいです。気を付けます」

    担当官:「はい。気を付けて。良い旅を!」

    いやー、カルネ無くても入国できました!!
    しかもナミビアと南アフリカは最近知った情報によりますと税関協定を結んでいるらしく、ナミビアから南アフリカに入国する際は税関手続きは不要とのことです。なので、カルネが無いことが問題となるとすれば、あとは南アフリカから日本にバイクを輸送するときにどうなるか?です。これは今は考えても仕方ないのでとにかく先に進むしかありません。

    ナミビアに入国すると一気に雰囲気が変わります。
    とにかく街に活気があります。

    入国してすぐに左手に大きな商業施設があったのでSIMカードを買いに入ります。
    この商業施設にはすべてのテナントに店が入りとてもにぎわっています。

    通信会社はすぐに見つけることができました。
    中に入ると女性の店員が窓口に座っているのですが、最初私がアジア人ということで顔の前で罰点印を作って「クローズ」と言いました。

    私:「え?手続きできないですか?」と英語で言うと、英語が話せるとわかったからか女性店員は

    店員:「あ、大丈夫です」と言います。

    そして更に私が日本人だとわかると大変フレンドリーになりました。
    どうやらこの店員さん、以前仕事で日本人とかかわったことがあり、そのときの経験で日本人にとてもいい印象を持っているとのことでした。
    しまいには「もしかしたら私、あなたのこの番号に電話するかもしれないから、そのときはちゃんと対応してね」なんて冗談まで言ってきました。

    ついでなので、ナミビアは結構宿泊施設とキャンプ場が併設されているところが多いと聞いていたので、この辺りにキャンプ場は無いか聞いてみたところ、良さそうなところがあるからと、一緒に対応してくれていた男性店員が車で先導して連れて行ってくれるという好待遇まで見せてくれました。

    その男性店員が連れて行ってくれた宿泊施設はキャンプは不可とのことでしたがレストランも併設され金額もお手頃で設備も良かったのでそのままその宿に決めました。

    近くに別の商業施設があり、そちらに買い物に行くと、驚くほどものが充実しています。ヨーロッパとそん色ないレベルではないでしょうか?物価もアンゴラに比べてずっと安く、今まで通ってきたアフリカの中で段違いに豊かです。

    ナミビアにはヒンバ族の集落やサファリ、フラミンゴのいる海岸など観光資源も豊富です。

    ずっと不安だった二つ目の関門であるナミビア入国も果たし(一つ目はアンゴラでバイクの整備と税関書類の更新)、気が緩みそうなところではありますが、今回の最大の目的は無事にテネレさんを日本に送還し、私自身も無事に帰国することです。

    まだまだ気を抜かずに旅を続けて行こうと思います。

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  • この世界は広いんだ!

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    2022年8月16日(火)2回目東京出発12日目、この旅トータル297日目、アンゴラ2回目11日目 ルバンゴ~オンジバ 走行距離400km

    朝起きて出発の準備をするために外に出てバイクのカバーなどを外していると宿の受付の方が声を掛けてくれます。
    朝食は8時にお願いしていたのですが、朝食を食べるか?と聞いてくれたのです。まだ7時ではあったのですが、もし早く朝食を食べられるならありがたいのでお願いしました。

    すると8時からだと思っていた調理担当の方が慌てて準備をしてくださいました。
    いや…、なんか申し訳ない…。

    するとそれと同じころ、昨日、途中のガソリンスタンドで出会ったバイク乗りの方が連絡をくださり、朝食を一緒に食べようと言ってくれます。
    タイミングが非常に悪いです。

    慌ててこちらの宿の方が準備を済ませてくださっているのにこちらの朝食を食べないわけにはいかないです。
    かといって誘ってくださっているこの方たちを待たせるのも申し訳ないので残念ですがお断りさせていただくことにしました。

    すると彼はこの先、オンジバまでのことについて注意事項として400km無給油になる恐れがあることを教えてくれます。
    タンクが小さめのバイクですとそれはかなりリスキーな道になりますが、なんせテネレさんは世界を走破するために作られた世界一のバイクです。
    燃費を気にしながら走れば、今までの感じですと最長650km以上無給油も可能かと思われます。
    彼には心配してくれてありがとうということと、テネレさんは余裕で500km以上は無給油で行けることを伝えると「それなら大丈夫だ!グッドラック」と返信をくださいました。

    宿の豪華な朝食を済ませて出発します。

    この日目指すのはナミビアとの国境にほど近いオンジバという街です。
    もっともいろいろと大変な思いをするであろうと思っていたアンゴラで、ライダーズクラブの方々の大変なご協力のおかげでここまで大きなトラブルもなくやってくることができました。

    次なる課題は問題なくアンゴラを出国しナミビアに入国することです。アンゴラの税関書類はきちんと更新してもらえたのでどうにか大丈夫であることを願いたいのですが、アンゴラ側の国境は英語が全く通じないというのが不安の種です。何か聞かれたときにどう説明すれば良いのか?でも書類は揃っているハズなのでどうにかなると信じるしかありません。
    そしてもう一つ不安を抱えているのが、ナミビア入国です。日本でカルネの再発行ができなかったため、これまたどうなるかわかりません。
    とは言ってもまずはとりあえず行くしかありません。

    この日はただただまっすぐ道なりに進んで行くだけです。

    道路も大変綺麗に整備されているのでこれまで同様気持ちよく走れます。

    そして今までと違うのがこの辺りからだいぶ景色が変わって行くことです。
    多くの人たちがアフリカと聞いて想像するようなサファリのような景色が広がって行きます。まだこの辺りでは野生動物はみかけませんが、ナミビアが近づいてきていることがうかがい知れます。

    途中、休憩がてら道端にバイクを停めていると、このあたりの村の子供たちが私の方をジーっと遠くから見ています。
    私が近づこうとすると逃げて行きますが、また少しずつ近づいてきてジーっと見ています。

    写真を撮らせてほしいとスマホを手に取るのですが、現地の言葉(ポルトガル語とも違うこの地域独自の言葉だと思われます)で何か言っています。
    やはり写真を撮られるのは恥ずかしいようです。

    なかなか写真は撮らせてはくれないのですが、こちらに興味を持っているのは確かです。
    本当は仲良くなりたいのですがやはり難しいですね…。

    この子たちはこの集落でどんな生活をしているのでしょうか?
    学校に行って勉強はできているのでしょうか?
    今、この子たちの世界の全てはこの集落だけかもしれませんが、世界はこの子たちが思っている以上にずっと広くて可能性に溢れているということを知るためにも勉強をする機会をどうか与えてほしいと思います。

    最後にこの子たちに手を振ってお別れを告げると初めて笑顔になって手を振ってくれました。

    道路も綺麗で景色も綺麗で本当に気持ちよく走れる毎日です。
    前回は西アフリカでは道も酷く、道路も街も汚れて汚く異臭を放ち、少し走っては検問に捕まり、その都度賄賂を要求され、本当に西アフリカ大嫌いだよ!って思っていましたが、アンゴラに入ってからは実に素晴らしいアフリカが待っていました。

    道路も綺麗なのであっという間に午後2時くらいには目的地であるオンジバに到着しました。

    すぐに宿の確保をします。
    オンジバの街も大変綺麗で治安も良さそうです。
    ここも事前に調べていた宿をすぐに見つけることができました。

    この宿にはレストランが併設されていて食事もできるのですが、それに気づかず、外に食べに行きました。

    歩いていると小さな食堂を見つけたので中に入ります。他の人が食べている料理を指さし、私もあれが食べたいと伝えます。
    アンゴラはとにかく魚料理が多いです。私がここで食べたのも魚料理で、味は日本のサバの味噌煮にそっくりでした。

    お店ではビールも注文します。300ml瓶が70円弱と格安で、私が飲み干すとすぐに次のビールを持って来てくれました。

    あまり酔っぱらってはいけないとそのくらいにしておいて宿に戻ります。
    宿に戻ってレストランが併設されていることを知ったのですが、そこにもビールが置いてあります。
    部屋でならいくら酔っぱらっても良いだろうと思い、またビールを買って部屋に戻りました。

    そうかー、最初はどうなることかと思ったアンゴラでしたが、今日でお終いかーと感慨にふけっているとあることを思い出しました。

    そういえば私、この旅に出てまだ一度も洗濯していませんでした。
    しかも、飛行機から降りてアンゴラに到着したその日に靴下とパンツとシャツを交換してから実はずっと同じものを身に付けています。
    だって気温も高くないし、臭いは全然大丈夫なんですもの…。
    それに、いままでシャワーの無い環境が多く、洗濯するのが大変そうだったのです。

    しかし、この宿は格安(一泊約2,000円)でお湯のシャワーが使えます。
    洗濯するとなると乾かすのにもう一日必要なので連泊になってしまいますが、少しクワンザも残っているのでせっかくなので選択して延泊することにしました。

    部屋でビール飲んでへべれけになって、今日も良い一日でしたヾ(*´∀`*)ノ

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  • ダメ、飲酒運転ぜったい

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    2022年8月15日(月)2回目東京出発11日目、この旅トータル296日目、アンゴラ2回目10日目 ロビト~ルバンゴ 走行距離400km

    朝目覚めてすぐに旅支度は整えます。

    8時くらいにリビングに顔を出すとお手伝いさんが私を呼んでくださりパンとコーヒーを提供してくださいました。

    近所のコピー屋さんが8時半頃に開くと言っていたので、9時くらいには行きたいとフィフィコさんには伝えていました。

    9時くらいになるとフィフィコさんがリビングにやってきて

    フィフィコさん:「はーい!ミスターヒデ!ちょっと待っててな」

    と言いながらパソコンで作業を始めました。するとどこかに行き30分くらいしたら戻って来てました。
    手にはなんと私の古い税関書類を持っています。

    フィフィコさん:「これで良いかい?ミスターヒデ?」

    わお、なんてこったい。いやいやいや完璧ですヾ(*´∀`*)ノ

    これで必要なものはすべて整いました。

    するとフィフィコさんのお母さんがやってきて、「朝ごはんは食べるかい?」と聞いてくださいます。

    いえいえ、すでにいただいていますので大丈夫ですと伝え出発の準備をすると、フィフィコさんのお母さんは「もう行っちゃうのかい?」と残念そうな顔をしてくださいます。

    そして、あなたの電話番号を教えなさい、そして私の電話番号も登録して何かあったらいつでも遠慮なく連絡寄越すんだよといってくださいました。

    暖かいご家族に見送られ、この日はルバンゴという内陸の街を目指します。
    フィフィコさんからは、ルバンゴより南は標高も高くなってくるので気温がだいぶ下がるので、防寒対策をしっかりするよに言われます。

    なので寒いと思って出発したのですが、道中は今までよりもずっと暑いです。恐らく気温は30℃近いのではないでしょうか?
    後にわかったのですが、フィフィコさんの言う冷え込むというのは朝晩のことのようです。確かに朝晩は一桁代まで気温は下がりますが、日中は30℃近くまで上昇します。気温の変化で体調を崩さないように気を付けなければなりません。

    ロビトからルバンゴに続く道も大変綺麗に整備されています。
    途中、大きくて綺麗なガソリンスタンドを見つけたので休憩がてら立ち寄ります。

    併設されているお店に軽く何か口にできるものを買おうと中に入ると、それに続いて別の男も入ってきました。
    どうもこの男、相当酔っぱらっているようで千鳥足です。

    絡まれたら嫌だなと思いつつ、私はちょっとしたビスケットとチョコレートバーを購入し店を出ました。

    すると、少しするとその店舗にいた女性店員が大きな声を出して、先ほどの酔っぱらいの男を外に連れ出してきます。
    そして、外にいた別の店員さんを呼びます。

    その酔っぱらいも大きな声を出したりして暴れます。しまいには手に持っていたビール瓶を地面にたたきつけて割っていました。

    なんとも困ったものです。男性店員がその男の腕を掴みどこかに連れて行きました。

    しばらくすると、今度はその酔っぱらいは良く街中で見かけるバイタク用のバイクに乗ってやってきました。
    そしてガソリンスタンド内を大暴走。

    アクセルを思いっきり吹かせたり、壁に突進して急ブレーキをかけたりやりたい放題です。
    本当にどうしようも無い奴です。
    やっぱり飲酒運転はダメですね…。というよりこいつの場合はこいつ自信に問題が大ありだと思うのですが。

    そんなこんながあった横で、ランドクルーザーでやってきた見るからに金持ちそうな男性が私に声を掛けてきました。
    彼もバイク乗りでアンゴラのライダーズクラブに加入しているそうです。

    私が大変お世話になったライダーズクラブなのかと思ってそのチーム名を口にするとそれとは違うと言います。
    彼らもこれからルバンゴに向かうということです。

    この辺りは携帯の電波が届かなかったのでその場でSNSのアカウント交換ができなかったのですが、ルバンゴについたら連絡をくれるということで、こちらのSNSの情報のみ渡し、その場はそのままお別れしました。

    この日も順調に歩みを進めます。
    400kmくらいの走行距離になってくるとやはり少し疲れます。

    夕方16時過ぎにルバンゴの街の入り口のガソリンスタンドに到着しました。

    ガソリンスタンドには長蛇の列ができていましたが、アンゴラではガソリンが売り切れになる(産油国なのでガソリンはたくさんあるはずなのに謎です)ことがあるので、入れられるうちに入れておこうと列に並びます。

    すると並んでいた車から人が降りてきて囲まれます。

    どこから来たんだとか?良いバイクに乗っているな?とか…。

    フレンドリーなのは良いのですが、べたべたバイクには触るし、ブレーキ握ったりスイッチを触ったり…。
    大きな実害はないのでそのくらいは…とは思うのですが、やはり身なりの綺麗な人たちと違って、どうしても彼らはそういった面でどうにも好きにはなれないです。

    あまり絡まれても嫌だなーと思いガソリンを入れるとそのまま街の中に入って行きました。

    この街も中心部から奥に行くにつれて大変綺麗になり、高級そうな建物が目立ち始めます。
    出発前に目星を付けていた宿に行こうとするのですが、途中道路工事をしていて進めません。

    以前、モンゴルでも似たようなことがありました。途中の道路工事のせいでさきに進めずに道に迷ってしまった大変な思いをしたことがあったのです。

    このときもそうなるのではないかと不安になります。
    やはりいくら発展しているとは言え、少し道を外れればスラムに迷い込むこともありますし、ひどい道路状況になり大変な思いをすることがあるのです。

    とにかく慎重に地図を見ながら進みます。この街は一通が多くて行きたい方に進めないのですが、幸いなことに工事区間をその一角だけだったようで、そこを迂回すればなんとか先に進むことができました。

    お目あての宿に到着するとフロントに若い黒人男性が座っています。
    彼もまた全く英語が解せないようなので苦労します。

    すると、大柄の白人男性がやってきて英語を話してくださったので大変助かりました。
    あとで知ったのですがこの方がこの宿のオーナーだったようです。

    一泊12,000クワンザ(約4,000円)と多少高くはありますが、場所も治安の良さそうな所に位置していますし、何よりホットシャワーが使えます。
    そして、3,500クワンザ(約1200円)で夕飯、2,000クワンザ(約700円)で朝食を付けられるのも大変ありがたかったです。

    久しぶりに熱いシャワーを浴びてこの日もゆっくりと眠りに就くことができました。

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  • シルバさんの妹さん

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    2022年8月14日(日)2回目東京出発10日目、この旅トータル295日目、アンゴラ2回目9日目 ポルタンボイ~ロビト 走行距離259km

    昨晩は飲み過ぎてしまいましたが、この国に来てから就寝時刻はいつも21時頃なので寝不足の心配はございません。

    いつでも出発できるようにと先に準備だけは済ませっておきます。

    表に出るとジョージさんの息子さんが一人で遊んでいます。
    昨夕も一緒にボール遊びをしたりしたので、彼も私に対する警戒心は無くなっており、私の姿を認めるとすぐに駆け寄って来て一緒に遊ぼうと言ってくれます。

    少しするとジョージさんも起きてきて、「準備したらすぐに行く」と言ってくれます。

    ジョージさんがやってくるとゆったりとした朝食を取ります。
    前回から通じてこんな風にゆったりとした時間を過ごすことはあまりなかったので、本当にありがたいです。

    ゆったりとした朝食を済ませると、今度はジョージさんがこの街のコピー屋さんに連れて行ってくださいます。
    実は私は新しい税関書類はもらっていたのですが、古いものをあの税関職員の彼が返し忘れたということで、もしかしたら国境で必要になるかもしれないからコピーだけでも持っておくようにとの連絡をジョージさん宛てにくださっていたようです。

    しかしこの日は日曜日でコピー屋は閉まっていました。

    するとジョージさんがこう言いました。

    ジョージさん:「今日はロビトまで行くんだろ?ロビトにはジュリオ(シルバさん)の妹が住んでいる。ジュリオからもロビトにヒデが到着したら連絡するように言われているハズだ。私からも言っておくのでロビトでコピーは取得するようにしなさい。もしかしたら今、フィフィコもロビトにいるかもしれないようだし」

    本当に何から何まで至れり尽くせりです。

    午前10時過ぎ。準備も終えた私は出発する時間となりました。

    娘さんたちも挨拶するために出てきてくださいました。

    長女さんは今年の10月からポルトガルの大学に進学することが決まっているそうです。専攻は薬学だそうです。アンゴラは西アフリカの中ではかなり進んでいるとは言え、まだまだエボラのような怖い疫病があるのも事実です。どうか一生懸命勉強してこの国に大きく貢献してくれることを願っています。

    次女さんはあと大学進学まではあと2年ありますが、心理学に興味があるそうですね。英語も勉強中ということで私にも積極的に話しかけてくださいました。私よりもずっと英語は上手ではありますが…。日本にも行ってみたいって言ってくれましたね。ジョージさんに「日本ってすごい遠い場所にあるんだぞ」って言われて「知っているわよ」と返答すると「地球の反対側だぞ」と言われて「だから知っているってば!」って言い返していましたね。
    もしあなたが本当に日本に来ることがあれば全力でサポートします。あなたのお父さんが私にしてくださったように。

    そしてジョージさん、本当にいつもいつも大変気にかけてくださり本当にありがとうございました。
    あなたがいなければこんなにスムーズにことが進むことはありませんでした。
    何の見返りも無しに、この見ず知らずの突然やって来た日本人を本当に手厚くもてなしてくださり、心からの感謝を申し上げる以外に今の私にできることが無いのがとても歯がゆいです。
    あなたが守って来たあなたの祖国アンゴラとあなたのご家族がずっと繁栄し続けることを願っています。

    ジョージさん:「セーフドライブ。グッドトリップ」
    そう言って親指を立てていつもの優しい笑顔で見送ってくださったあなたの顔は生涯忘れることはございません。

    この日目指すロビトまでは260km弱と昨日と走行距離は変わらないものの、シルバさんからは途中、道路に大きな穴が突然現れることがあるから、十分に注意して、スピードを出し過ぎないようにとのご連絡を頂戴しておりました。

    確かに途中、多少道が悪くなる区間はありましたが、全体を通じて道路は大変整備されております。

    昨日よりかは慎重に走ったためこの日、ロビトの街に到着したのは15時頃でした。

    ロビトの街は港町らしく、町に入った瞬間は多少スラムを彷彿とさせる治安の悪さも感じましたが、奥に進むにつれて街は整備され大変美しい場所に変わりました。

    とりあえず岬の先端の方が大変綺麗なのでそちらの方に行ってみました。
    海水浴を楽しむ人たちでにぎわい、街の雰囲気も高級で治安の悪さは一切感じません。

    ここでシルバさんにロビトに着いたと連絡を入れてみます。
    するとシルバさんより電話がかかってきました。

    電話に出るとシルバさんとは違う方が英語で話しをしてくれます。声の感じからするとフィフィコさんのように聞こえるのですが…?

    私:「あのロビトに到着したのですが…?」

    謎の男:「そうかい。で、どうしたいんだい??」

    私:「(どうしたいか?と聞かれても)ロビトにはシルバさんの妹さんがお住まいと伺っておりまして、できればその方にお会いしたいのですが」

    謎の男:「わかった。ちょっと待っててな。確認するから」

    私:「あの、今はロビトにいらっしゃるのですか?(私はフィフィコさんなのかなーと思っている)」

    謎の男:「違う。カビンダにいる」

    あれ、フィフィコさんは今、シルバさんと一緒にカビンダにいるのでしょうか?どうにもわかりません。
    とりあえず待てというので待つことにしました。

    が、1時間ほどしても何も連絡がありません。

    このまま日が沈んでしまい、それから宿を探すのは嫌です。
    であれば宿だけは押さえてしまおうと自分で探します。

    このあたりは大変高級そうなホテルばかりなのでなるべく安そうな宿を探していると、小さな一軒のゲストハウスのようなものを見つけました。

    しかし閉まっているようです…。
    扉をノックするのですが誰も出てきません。

    すると隣の家の住人らしきマダムが出てきました。彼女は英語は解せないようですが、私が宿を探しているということは認識してくださったようで、すぐ近くに別の宿があるからと案内してくださいました。

    大変綺麗な新しい建物で高そうだとは思ったのですが、とりあえず中に入ってみることにします。

    受付には身なりの綺麗な若い女性が座っています。
    彼女もまた英語は全く話せません。

    何を言っているのかわからないのですが、私がアジア人ということであまり良い印象を持っていないようなのは伝わってきます。
    どうやら、部屋はすべて埋まってしまっていてあなたに貸せる部屋はないわと言っているようです。

    うーむ…。困りました。この宿は一見高そうではありますが、一番安い部屋でも5,000クワンザ(日本円で約1700円)くらいからあります。
    するとこの女性従業員は少しイジワルそうな顔をして、このオーシャンビューの一番高い部屋なら空いているわと言ってきます。

    一番高い部屋でも17,000クワンザ(5,700円程度)です。今までのアフリカの宿の相場で考えればそこまで高いものではありません(ゴキブリいっぱいのシャワー無し宿で3~4000くらいの国もありました)。

    それで良いというと急に態度が変わります。金を持っているなら話は別よと言ったところでしょうか?

    手続きをしようとしているちょうどその時でした。フィフィコさんから電話がかかってきました。

    フィフィコさん:「はーい!ミスターヒデ!今どこにいるんだい?」

    私:「今ロビトにいますよ」

    フィフィコさん:「ロビトのどこだい?迎えに行くよ」

    私:「え、フィフィコさんはロビトにいるんですね。あの、シルバさんの妹さんがロビトに住んでいらっしゃると伺っているのですが」

    フィフィコさん:「それって俺の母ちゃんのことだよ。言ったろ。俺はジュリオの甥っ子だって。だから今こっちにきているんだ」

    私:「そうなんですね。ちなみに今夜そちらに泊めていただくことって可能でしょうか?」

    フィフィコさん:「もちろんだぜ。ミスターヒデ!」

    私:「ありがとうございます!!では位置情報を送りますのでよろしくお願いいたします」

    フィフィコさんから連絡があり、この宿に泊まる必要もなくなったのでキャンセルします。

    フィフィコさんが来るまでこの宿の前で待っています。すると先ほどの受付の女性が出てきて、今度はフレンドリーな雰囲気で私に何か言ってきます。
    耳を傾けるとどうやら金をくれと言っているようです。

    何なんだ!このバカは!さっきまでの失礼な態度はどこに行ったんだ!

    30分ほどするとフィフィコさんが迎えに来てくださいました。

    フィフィコさん:「はーい!ミスターヒデ!元気かい!この近くに友人が経営する店があるからそこで飯食ってから帰ろう」

    そういうと車で先導してくださいます。

    店に着くとたくさんの方が歓迎してくださいます。この店のオーナーさんもあのライダーズクラブの方だそうです。
    しかも、元モトGPレーサーで、なんとかっていう名前のレジェンド級の選手と一緒に走ったことがあるとか…。

    私がその選手の名前を聞いて知らないと答えると

    オーナー:「マジかよ。YAMAHAのレーサーなのに知らないのか?レジェンドだぜ!9回チャンピオンになったレジェンド級のレジェンドだ!俺は一度もチャンピオンになれなかったけれどな」と言って笑いました。

    いやいや、チャンピオンになれなくとも、その世界でプロとして活躍したとなったらどれだけスゴイか私には想像の付かない別世界です。
    到底日本人では太刀打ちできないレベルの戦いがそこにはあるだろうことは私でも知っています。

    本当にこの国ではこのライダーズクラブのネットワークは本当にすごいです。

    ここでも美味しい料理を堪能し(さすがにいつもご馳走になるのも申し訳ないので、この日はちゃんと自分で払いました)、日が沈むころフィフィコさんのご実家に向かいました。

    フィフィコさんのご実家に到着すると入り口付近に天空の城ラピュタに出てくる空賊の長ドーラを少し色黒にしたような女性が待っていてくださいました。

    フィフィコさん:「コレ、俺の母ちゃん」
    そういうと満面の笑顔で挨拶をしてくださいます。

    言葉は通じませんが、何かと私に気を掛けてくださいます。
    どうしてこの国の人たちは私のような訳の分からない日本人が突然やってきてもこんなにも暖かく迎えてくださるのでしょう。

    私が水浴びをして(こちらのご家庭もシャワーはチョロしか出ないのでバケツに水を貯めてくださいました)、少し部屋でゆっくりしていると、フィフィコさんが私に声をかけてくださいます。

    ベランダでみんなでタバコをくゆらせながら、お母様が焼いたというケーキを囲んでお手伝いさんなど交えてみんなで談笑しています。

    英語を解せるのはフィフィコさんだけなので、通訳をしてくださり談笑します。

    21時くらいになるとフィフィコさんは眠いから部屋に戻ると言ったので、同時に私も部屋に戻りました。

    そんな感じでこの日もフィフィコさんとそのご家族にお世話になりゆっくりと眠りにつくことができました。

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  • ポルタンボイにて

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    2022年8月13日(土)2回目東京出発9日目、この旅トータル294日目、アンゴラ2回目8日目 首都ルアンダ~ポルタンボイ 走行距離249km

    さて、ついにこの日は待ちに待ったルアンダ出発の日です。この日はルアンダより350km離れたSumbeの町を目指す予定です。

    しかし、その前に手前のポルタンボイにジョージさん親子が滞在しているとのことなのでそちらに立ち寄ることにしました。
    いつもは渋滞の酷い首都圏内の道路ですが、この日は土曜日ということもありすいています。

    大きな荷物を積んでの走行は久しぶりで運転に多少の心配はあったのですが、渋滞に巻き込まれることもなく本日出発になったことは本当に良かったです。

    南半球に位置するルアンダは8月は日本とは正反対の冬にあたる時期で気温も赤道からそれほど離れていない割には低く、最高気温でも22~23℃です。
    この日は朝から曇り空でいつもより肌寒く感じます。

    私が滞在していた場所はルアンダの南の外れの方でしたが、ルアンダの街を抜けると車の数も減り、気持ちよく走ることができます。

    アンゴラ以前の西アフリカでは道路が非常に悪いところが多く、また頻繁に検問があるため全く気持ちよく走れないことが多いのですが、アンゴラは道路も非常に綺麗に整備され、検問も無いので気持ちよく走れます。

    10時少し前に出発し、ポルタンボイ到着は14時頃を想定していましたが、テネレさんの調子も非常に良く、あっという間に13時頃にポルタンボイ入り口のガソリンスタンドに到着しました。

    ガソリンスタンドに到着すると早速ジョージさんに連絡をします。

    ジョージさん:「もう着いたのか?今どこにいるんだ?」

    私:「ポルタンボイの街の入り口のガソリンスタンドにいます」

    ジョージさん:「わかった。すぐに迎えに行く」

    そういうとものの5分くらいでジョージさん親子がやってきました。
    昨日さよならしたばかりですが、大変嬉しい再会です。

    そして、さらに見るともう一台大きな車が付いて来ており、そこから一人の大男が降りてきました。
    なんと、私のビザ取得に大変協力してくださったライダーズクラブのリーダーのリリオさんです。

    ジョージさん:「ヒデは彼のこと知っているのか?」

    私:「はい!ビザを申請する際に大変お世話になりました!」

    リリオさん:「いつものことさ。今も一人ブラジル人から君と同じようにアンゴラビザを取りたいから招待状を書いてくれって連絡が来ているよ。」

    挨拶も早々に、ランチを食べに行こうということで、この街にある大変高級そうな海辺のレストランに連れて行ってもらいます。

    ここは魚介が美味しいということで、焼き魚のプレートを注文します。すると

    ジョージさん:「ヒデは当然ビール飲むよな(笑)」

    いやいやいや、私、このあとまだ100kmくらい運転する予定なんですけど…。

    ジョージさん:「バイク乗りがビールを飲まないわけがない。遠慮なくどんどん飲め」

    そんなん言われたら飲んでしまうに決まっています。

    ビールを飲んで気持ち良くなっていると食事が運ばれてきます。
    私が人生で見たことのないような大きなロブスターが乗っています。

    まーなんとも贅沢な!

    今までこのバイク旅ではそんなに良いものは食べてきていませんでしたが、ここアンゴラでは贅の限りを尽くしています(しかもライダーズクラブの方がお会計をしてくださっています…)。

    そんなのどんどんビールが進んでしまうに決まっています。

    一通り食事が終えるころには私も出来上がってしまっていました。
    このまま100kmもバイクを運転していけるわけがありません。

    私:「ジョージさん。今日は私はポルタンボイに滞在しようと思います。どこかそんなに高くない宿泊施設をご存じないですか?」

    ジョージさん:「あー、それなら私たちが今停まっているのと同じところに来ると良い。私の幼馴染が経営している海沿いのロッジだ」

    そうしてバイクで5分くらいの場所の海辺のロッジに行きました。

    到着して荷物を降ろすとすぐにまたジョージさんに呼ばれ、海の見える綺麗な食堂に行きます。

    そこでもまたビールを振舞われます。

    もーいっぱいです。
    べろべろに酔っぱらっている私を見て娘さんたちは笑っています…。

    さらに

    ジョージさん:「食事は何にする?カラマでも食べるか?」

    「カラマ??」

    私:「カラマってなんですか?」

    ジョージさん:「カラマはカラマだよ。ちょっと見てみるか?」

    そういうとボーイが器にイカを載せて持ってきました。

    「カラマ」ってイカのことなんですね。そんなに大きくなさそうなのでお腹いっぱいですが、断ることもできずにお願いすることにしました。

    ジョージさん:「カラマは日本語でなんて言うんだ?」

    私:「イカって言います。イ、カ」

    ジョージさん:「イタ?」

    私:「いえいえ。イ、カです」

    ジョージさん:「イカ。イカな。わかったイカ」

    私:「そういえば次女さんは日本のアニメを見るって言ってましたけど、日本のアニメで何が好きなんですか?」

    次女:「うーん。ShingekinoKyojin、Naruto」(日本語で答えます)

    私:「それらは日本でも人気がありますよ」

    次女:「あとはバイオレットエバーガーデン」

    私:「ごめんなさいそのアニメは私は知らないです」

    次女:「そのアニメは戦争の物語なの。主人公の女の子が腕を失って兵器に改造されて戦う物語」

    私:「『了解しました』って日本語はそのアニメで知ったのですか?」

    次女:「うん。そうなの」

    私:「スパイファミリーってアニメは見たことありますか?」

    次女:「スパイファミリー?(スマホで検索して)コレ?知らない。見たことないわ」

    私:「私が最近見て面白いと思ったからおすすめしますよ」

    次女:「わかった。ぜひ見てみるわ」

    うーん、あとになって考えてみたらスパイファミリーはコメディなので次女さんにとって面白いと感じるのか不安になりました。
    オジサンが「アーニャ」とか言って萌えているの気持ち悪いとしか思わないでしょうね。

    でも、世界的にも人気のあるアニメなので大丈夫でしょう。

    そしてそのあともビールと食事を堪能し、そろそろ日が沈むという頃

    ジョージさん:「これからBARに行って飲みなおすけどヒデも来るかい?」と言います。

    さすがにこれ以上は苦しいので丁重にお断りし、この日はこのまま就寝しました。

    ルアンダを離れてもまだまだライダーズクラブの皆さんにお世話になりっぱなしの私。

    本当に感謝しかない

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  • やっと手に入れた税関書類

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    2022年8月12日(金)2回目東京出発8日目、この旅トータル293日目、アンゴラ2回目7日目 首都ルアンダ

    昨晩はジョージさん宅に泊めていただきこの日も朝食からご馳走になりました。

    私の税関書類は本日の11時までにジョージさん宅に届けるとのことだったのですが、どうやら遅れているようです。

    ジョージさんはこの日のお昼前にはご自宅を出発して、ジョージさんの生まれ故郷のポルタンボイに週末娘さんと息子さんを連れてゆっくりする予定のようです。

    ポルタンボイまではルアンダから南に250kmほどで車で4時間ほどの距離になります。
    ジョージさんもあまり遅くななりたくないので何度もかの税関職員に連絡をしているようなのですが連絡が付かないようです。

    お昼頃にやっと連絡が取れて、どうやら彼はマサドさんの葬儀に参列していたようでした。

    そしてすぐにはジョージさん宅には書類を持っていけないので一緒に葬儀に参列しているルイさんに書類を渡すので、ライダーズクラブの基地で私が受け取るようにとの連絡が来たようです。

    ならば最初からそうしてくれれば良いのに…。ジョージさんにも都合があるので大変申し訳ないことになってしまいました。

    結局昼食をジョージさん宅で一緒に取り、昼食を終えるとジョージさんたちはそのままポルタンボイに出かけて行きます。

    ジョージさん:「ヒデは書類が揃ったら明日にでもルアンダを発つんだったな?俺たちは週末ポルタンボイにいるからぜひ寄ってくれ。一緒に食事しようじゃないか!必ず連絡くれよな!セーフドライブ!グッドトリップ!」

    次女:「まだルイさんたちが基地に戻るまで時間があるからここでゆっくりしててね。テレビ見ても良いし、寝てても良いから」

    そう言ってジョージさん親子はあっけなく去って行きました。

    15時過ぎ。私も基地に行きます。
    まだルイさんは帰ってきていないようです。ルイさんを手伝っている彼だけが一人留守番をしています。
    彼も一生懸命私のテネレさんのメンテナンスをしてくれました。
    本当に感謝しかありません。

    16時過ぎにルイさんもやってきて、無事、更新された税関書類を受け取ることができました。

    アンゴラに来て一週間、ようやく準備が整い、ここからやっと私の旅の再開です。

    このルアンダにあるライダーズクラブの方々のご厚意は本当になんと言って良いのかわからないほどたくさんの助けをいただき、彼ら無しでは私は途方に暮れていました。

    今の私には感謝することしかできませんが、これからもいつもでも彼らが楽しく幸せに暮らしてくださることを願っています。

    そして、ルイさんに挨拶を済ませると私は自宅に帰ります。
    自宅に戻ると守衛の彼にも明日、ルアンダを発つことを伝えます。

    彼は大きく目を見開き驚いていましたが、笑顔になって握手を交わしました。

    長い長い一週間を経て、遂に私の旅の再開です!!

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  • なんかずっと体調が良くないんですけど

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    2022年8月11日(木)2回目東京出発7日目、この旅トータル292日目、アンゴラ2回目6日目 首都ルアンダ

    この日は朝食からジョージさん宅に招かれます。
    せっかくだから朝食も一緒に食べようとジョージさんが誘ってくださったのです。

    私はというと実はここ数日あまり体調が良くなく(原因は後に判明しました)、ゆっくり寝ていたかったのですが、せっかくのお誘いを断るのも申し訳なく、朝の9時頃にジョージさん宅に伺います。

    この日は奥様もお仕事はお休みだそうですが、疲れてまだ眠っているとおっしゃっていました。実はジョージさんの奥様は裁判官のお仕事をされていらっしゃるということで、きっと優秀な反面、大変お忙しい方なのでしょう。

    ジョージさんが手配してくださっている税関書類につきましてはここ首都ルアンダだけで処理ができず、私が2年半前にアンゴラに入国したカビンダにおいても処理が必要とのことでした。そのため、カビンダ側で処理が終わってその返事が来てルアンダで処理する必要があるので、どんなに早くても今日、もしくは明日になってしまうとのことでした。

    この日は特にやることも無いので朝食を終えるとジョージさんが買い物がてらドライブに連れて行ってくださいます。

    ジョージさんは熱帯魚を買うのが趣味なようで、ペット用品店に買い物に行きます。
    やはりこの国ではそのような趣向品は値段が高いです。犬用のシャンプーなどは小さなボトルで4~5,000円程度します。
    人間だってそんな高いシャンプーを使う人は稀だと思うのですが、ペットを飼ってシャンプーするなどという家庭は相当お金持ちなのでしょう。

    次に大きなスーパーマーケットに立ち寄りました。
    アンゴラでは小さな商店で買い物はしたりしていますが、このような大型のスーパーに行くのは初めてです。

    世界一物価が高いと言われるアンゴラでは「食パン一斤800円くらいで売られていますよ」なんて話を聞いたことがありましたが、確かに物価は高いです。
    というより輸入品の値段が以上に高いのです。ポテトチップス一袋800円とかとにかく輸入品と思われるものが以上に高くて、一方で国産品と思われるものはむしろ安いくらいでした。ビールも国産ビールは300ml瓶が70円程度ですしパイナップルひと玉も100円程度です。一方で外国産はその10倍くらいします。

    きっとアンゴラ政府は自国の産業をなんとか発展させようと輸入品には高い関税をかけているのかもしれません。しかし、それにしても自国の産業がそれほど多くないこの国の人たちからしたらたまったものではないと思うのですが…。

    買い物を済ませて、ルアンダの中で比較的治安もよさそうな綺麗なビーチをドライブしてジョージさん宅に帰宅します。
    するとジョージさんの奥様も起きていてご挨拶してくださいます。

    ジョージさんの奥様は驚くような美人でした。黒人ではありますがスーパーモデルかハリウッド女優なのではないかと思うような美人です。
    娘さんたちが美人なのも頷けます。

    しかも裁判官と伺っていますが、20代半ばくらいに見えます。しかし娘さんが二人、19歳と17歳ということなので、少なくとも30代後半であるとは思うですが。

    ジョージさんがふざけて「妻は日本語も話せるんだ」と言ったので「本当ですか!?」と聞くと「そんなわけないでしょ」と言います。

    すると今度は下の娘さんが「日本語なら少ししっているわ。『こんにちは』『さようなら』でしょ」と言ったので、奥様が「あんたなんで知っているのよ?」と聞きます。

    次女:「え、だって私たまに日本のアニメ見るもの。あとはー、『了解しました』」と言って敬礼のポーズを取ります。

    アフリカでは正直、日本という国はほとんど認識されていないと思っていました。TOYOTAやHONDA、HITACHI製品などは良く目にしますが、現地の人たちはそれが日本製であるという認識はあまりないという印象を受けていたからです。中には日本は中国の一部くらいに思っている人も大勢いると思います。

    ジョージさんあたりは日本製、韓国製、中国製などはそれぞれ違うという認識をお持ちのようであったので、娘さんもある程度ご認識されいているのかもしれません。

    昼食を終えると少しゆっくりジョージさんのお話を伺います。

    ジョージさんは今は税関職員ではありますが、実はすでに60歳で定年退職をし現在は有期雇用だそうです。もともとは国営の石油企業につとめていらっしゃったようで、当時の給料も大変高く、本当に幸せな生活を送れているとおっしゃっていました。

    とは言ってもここアンゴラは2002年(わずか20年前)まで内戦をしていた国です。当時のことについて聞いて良いのかどうかずっと迷っていたのですが思い切って聞いてみました。

    私:「アンゴラはたった20年前まで長い内戦をされていましたが、そのときの生活はやはり大変だったのではないですか?」

    ジョージさん:「あぁ、あの頃は本当に大変だった。とにかく不自由だった。人々はみんな都市部に集められてそこから出ることは許されなかった。そして、着るものも、眼鏡も、食料も無かった」

    ジョージさん:「実は私には私のほかに6人の兄弟がいる。父がポルトガル人(ジョージさんのお顔を拝見すると少し白人の血が混じっているのだろうなと思っていましたがハーフでした。お父様の肖像画も部屋に飾られていました)で母がアンゴラ人。内戦が激化して家族みんなでポルトガルに避難しようということになった。でも、私は私一人この国に残ることにしたんだ。祖国のために私ができることがあると思ったんだ」

    ジョージさん:「『銃を持って戦って得られるものは何もない』。そう私は思って知識を用いて政治の力で戦うことを決めた。なので軍にはわずか8か月しかいなかった。私は軍が嫌いだ。軍を出て私は当時の首相(prime ministerとおっしゃったのでそう訳すのが良いのか??)に遣えて戦うことにした。(アンゴラ内戦は典型的な米ソ代理戦争だったので)多国間との交渉をするために私は公用語のポルトガル語以外に、フランス語、英語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語を学びそれらを身に付けた。そうしている間に銃を取って戦った友人がどんどん死んでいった。私の選択が正しかったのかは今でもわからない」

    そう言うとジョージさんは口を閉ざしました。

    一般的に考えればジョージさんの「銃を持って戦って得られるものは何もない」という考え方は正しいと思うけれども、一方で銃を持って戦った友人がどんどん死んでいくのを見たら、自分も銃を持って戦場に立つべきなのではないかと思ってしまうのも無理はないと思います。

    物事はそう簡単に割り切れるものでもなく、そこに人の感情が加わればより複雑になってしまうのだと思います。

    だからこそ、人は自分で考えて自分で選び、自分の道を歩んでいくしかないのだと思いました。

    午後2時くらいになるとジョージさんが用事があるのででかけると言います。私にはついてきても良いし、ここで休んでいても良いと言ってくださいます。
    私はとにかくすこぶる体調が悪いので少し休ませていただくことにしました。

    胸のあたりがすごく苦しいのです。コロナでないことを願わずにはいられないのですが、風邪薬も持って来ているのでそれを飲もうかと考えます。しかし、私は現地に入るにあたりマラリアの予防薬を飲んでいます。風邪薬との併用が大丈夫なのかをネットで調べます。

    するとマラリアの予防薬の副作用に私の感じている不調に合致するものが出てきました…。な、なんと…。
    でも確かに風邪薬うんぬんの前に、マラリアの予防薬を飲みながら毎日のように大量のビールを飲んでいればそれは危ないに決まっていますよね…。

    私はこの日からマラリアの予防薬の服用を止め(ビールはやめない…)たことによりこの症状は急速に緩和していきました。

    夕方になってもソファから立ち上がらずボケっとしている私を見て、娘さんたちが心配したのか私に声をかけてくださいます。

    次女:「私たちこれからすぐ近くにあるジム行くけど一緒に来る?ママが車を出してくれるわ」

    私:「ありがとうございます。でも少し疲れているのでここで休ませてください」

    次女:「本当に大丈夫?何かあったら言ってね」

    そういうと娘さんたちは出かけていき、この家には私以外にはお手伝いさんと先ほど帰宅したばかりの息子さん(6歳くらい?)だけになりました。

    しばらくするとジョージさんから電話があり、「今基地にみんな集まっているからヒデも来な」と連絡がありました。
    急いでバイクに乗る準備をしてマンションの階下まで下りると、そこには奥様が車で待っていてくださり私を基地まで連れて行ってくださいました。

    基地に着くとジョージさんから「これからマサドの通夜に行くけどヒデも来るかい?」と聞いてくださいます。

    もちろん行きますと答えると、今度は別の車に大男が大勢ぎゅうぎゅう詰めで乗り込みます。
    1時間くらいの走行ではありましたが、体調不良のあった私は相当に応えました。

    通夜の会場に着くとたくさんの人で溢れています。
    しかし、日本の通夜とは違いあまり重々しい雰囲気はなく、みんな酒をのみタバコをふかし歓談しています。

    建物の中に入ると、そこに足にギブスを嵌めたライダーズクラブの基地で見たことのある男が座っていました。どうやらマサドさんと一緒にバイクに乗っていて彼も一緒に転倒して怪我を負ったようです。事故の様子を当然彼も知っているので、その様子を他の人たちに話していました。

    ポルトガル語なので内容はわからないのですが、何人かにその事故は防げたのではないのか?というようなことを言われているようで少し気の毒でした。

    その少しマイケルジョーダンを悪くしたような顔立ちの彼は私の姿を認めると、

    ワルケルジョーダン:「ヘイ!ジャパニーズ!お前のバイクの状態はどうだい?」

    と話しかけてくれました。「大変絶好調だよ」と伝えると

    ワルケルジョーダン:「そうか!良かったな!とにかく良い旅にしてくれよ」

    と言ってくれるのでした。
    さらに周りにいた年配の女性方が私が何者なのかをそのワルケルジョーダンに質問したようで、2年半前に私がコロナの影響で帰国せざるを得なくなり、また今回ここに戻って来て旅を続けるということを説明したようでした(ポルトガル語なのでなんとなく)。

    すると年配の女性の中の一人が
    「なんだって?バイクがコロナにかかって日本に帰ったのかい?」(ポルトガル語なのではっきりはわからないですがモト(バイク)という単語とCOVIDという単語が聞こえたのでそんなことを言ったのでしょう)
    というと、周りの年配の女性たちが一斉に笑って「そんなわけないでしょう」というようなことを言います。

    とにかくババアが言わなくても良いしょうもない冗談を言ってババアたちが笑うという構造は世界共通のようです…。

    アンゴラの通夜では特に日本のように線香をあげるような特別なことをするわけではなく、故人に縁のある人が集まり個人を偲ぶだけのようです。
    参列者の中にあの私の税関書類を処理してくださっている恰幅の良い男もおり

    税関職員:「お前の書類遅くなってて悪いな。明日の午前中くらいまでにはなんとかするから」

    と言ってくれました。

    そうしてこの日、私たちはこのままお暇をし、この日は遅いので私はそのままジョージさんのご自宅に泊めていただくことにしました。

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  • 仲間の死

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    2022年8月10日(水)2回目東京出発6日目、この旅トータル291日目、アンゴラ2回目5日目 首都ルアンダ

    昨日、テネレさんで帰宅したので、この日は自分でテネレさんに乗ってライダーズクラブの基地に向かいます。
    私の地図アプリは最短ルートを示してくれているのでしょうが、気づくと細いスラムの中に入ってしまいました。
    路肩にたくさんの車が停められていて、道も悪くゆっくりとしか走れません。

    テネレさんのようなスラムの人たちからしたら高級車に乗る人間がスラムを突っ切って行くのです。彼らからしたら癇に障るのでしょう。私を見ると口笛を吹いたり大きな声で威嚇したりしてきます。

    何をされるかわからないので怖くて仕方ありません。やはりここルアンダは十分に気を付けていかなければならないことがわかります。

    この日は前日に税関書類の手続きができなかったことと、前回にアンゴラに置いて行ったヘルメットはだいぶ痛んでいたので新しいヘルメットを新調するためにこの日も朝9時過ぎにライダーズクラブの基地に行きます。

    ライダーズクラブの基地に到着すると何人かが神妙な面持ちで入り口付近に立っています。

    私が到着したのに気づいた一人の仲間が私に話しかけてきます。

    仲間:「ヘルメット買いに行くんだろ。ルイが連れて行ってくれるから一緒に行きな」

    私:「ヘルメットも欲しいのですが、その前にジョージさんと一緒に税関に行って税関書類の受け取りをしたいのですが」

    仲間:「ジョージはすぐには来られない。実は今朝、ジョージの息子さんがバイク事故にあって亡くなった。だからジョージは今病院にいるんだ」

    !!!

    そんな…。そんなに悲しいことってあるでしょうか?あれだけ私に良くしてくださっているジョージさんになんでそんな不幸が訪れないといけないのでしょうか!!

    ルイさんが「まずはヘルメットを買いに行こう」と言ってくださり、車をだしてくださいました。

    ルイさんが良さそうなヘルメットを選んでくださっているときに、ジョージさんから私に電話がかかってきました。

    ジョージさん:「マイフレンド。調子はどうだい?今はわけあってそっちに行けないけど、お昼くらいには行くようにするから待っててな」

    私:「え…?え??」
    いや、息子さん亡くなったんでしょ?そんな…。今日は無理して来なくて良いのに…。でも何て言ったらいいのかわからず返答できずにいるとそのままジョージさんは電話を切ってしまいました。

    ヘルメットを購入し(ヘルメットの価格も日本での2倍くらい)基地に戻ると、すぐにジョージさんがやってきました。

    息子さんが亡くなったというのに明るく振舞っています。
    昼食はジョージさん宅で食べようと言ってくださり、ジョージさんの車に乗り込みます。

    ジョージさん:「実は今朝、俺たちの仲間が死んだんだ。マサドってわかるか?昨日BMWのGS1200に乗って基地にやってきた男だ。37歳。全く若いよ。それで病院に行ってたから今日は来るのが遅れてしまった。悪かったね」

    その彼ならわかります。昨日一緒にビールを飲んで盛り上がった方です。
    朝に聞いた話ではジョージさんの息子さんが亡くなったと聞いていたのですがどうも違うようです。ジョージさんの息子さんではなかったことは幸いですが、それでも悲しい事実には変わりありません。

    ジョージさん宅にて昼食をご馳走になると、ジョージさんはそのまま再度私をライダーズクラブの基地まで送り届けてくださり税関で少し仕事があるから2時間後に戻ると言ってそのまま出かけて行きました。

    基地に戻るとルイさんたちはおらず、ルイさんの手伝いをしている若い男の子一人が留守番していました。
    どうやらルイさんたちも昼食に出ているようです。

    すると突然、一人の若い黒人女性が基地の中に入ってきました。何も言わずにいきなり私の体を触ってきます。それも肩とか背中ではなく後ろから胸の辺りをまさぐってくるのです。

    いやいやいや、何なんですか?怖すぎるんですけど…。ルイさんの手伝いをしている彼はそれを見て笑っています。普通じゃない状況で怖すぎます。

    そしてその女性は私の隣に座ると「私の名前はミホよ」と自己紹介してきます。日本人みたいな名前だなと思いつつも怖すぎます。
    何者なのかがさっぱりわかりません。

    しばらくするとルイさんたちが昼食から戻ってきました。
    ライダーズクラブの仲間の一人がルイさんの手伝いをしている彼から私の身に起こったことを聞いて

    仲間:「へい。ジャパニーズ。お前この女に胸を揉まれたのか?気にするな。この女は頭がイカれているんだ」
    と言って笑います。

    ふざけてやっただけなら良いのですが、他に人がいないときにやらないでほしいです。本当に怖かったので。

    2時間くらいしてジョージさんが戻ってきたので私はこの日は挨拶をしてそのまま帰宅することにしました。

    昨日はルイさんが先導してくださったのですが、この日は私一人で帰ります。そろそろ日が沈むころなので早めに帰った方が良いと思うのですが、何分慣れない道なので何度か道を間違えてしまいます。

    やっとの思いで滞在先宅付近に到着したのですが、ほとんど日は沈みかけています。
    私が滞在している付近は同じような道がたくさんあるので近くには来ているのはわかるのですがどうにも自宅を見つけることができません。

    すると同じところをぐるぐる回っている私を見かねてか近所の人らしき人が声を掛けてくれました。
    しかしポルトガル語で何を言っているのかわかりません。

    仕方ないので滞在先を提供してくださっているフィフィコさんに電話をし彼らと話をしてもらいます。

    どうやら近くにいるようなのですが細かい家の位置まではわからないようです。
    彼らが付近で目立つ建物まで連れて行ってくれ、しばらくすると滞在先の守衛さんが迎えにくてくれました。

    私が迷っていたところのほんの数十メートルの所に家はあったのでした。

    部屋に戻り無事に帰れたことをフィフィコさんに伝えると。

    フィフィコさん:「どれだけ心配したと思っているんだ!さっきまでヒデがいた状況は大変危険な状況だったんだ!最初に言ったよね?この辺りはすごく治安が悪いって。すべての人が親切とは限らないんだよ。無事に帰れたから良かったけれどもっと危機感を持たないと本当に危険な目に遭うよ」

    何度も何度も気を付けるように言われていたのにそれでも私の認識は甘かったようです。私自身も怖いなと直感的に感じている部分はあるのにそれに見合った対応ができていなかったことを深く反省しました。

    今までも危ないと言われる地域に足を踏み入れることはあったけれども、何もなかったのは単に運がよかっただけなのだと思います。
    より一層気を引き締めていかなければならないと反省しました。

    そして、家に着くと守衛さんも何か言っています。

    どうやらキッチンのテーブルの上に置いてあったパンを食べたのか?と聞いているようです。

    確かに朝ごはんに食べました。

    これってフィフィコさんが定期的に持って来てくれているものではないのでしょうか?
    先日、お腹が空いたと私が言ったら食べて良いとこの守衛さんに言われたものです。

    守衛さん:「…」
    どうやらこれは守衛さんが自分で買ってきて自分の食事にしているもののようです。

    これで合点がいきました。
    先日は私があまりにもお腹が空いたとうるさいものだから守衛さんが分けてくださったものだったようです。そしてそのタイミングでフィフィコさんから食事に行こうと誘いが来てレストランに連れて行っていただいたために、パンを食べた上にボリューム満点のランチを食べることになったのでした。

    今思うと旧ソ連圏にいたとき私はどうしていたのでしょうか?
    言葉が通じないというのはこれほどにまで大変なのですね。

    守衛さんには謝罪をして、近々近所の商店に買い出しに行くのでそのときにお詫びに何か買うことにして許してもらいました。

    いつもにこやかな守衛さんで、このときも笑ってはいましたが内心ムカついていたんだろうなーというのが何となく伝わります。
    食べ物の恨みは恐ろしい…。

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  • 夜は走るな!

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    2022年8月9日(火) 2回目東京出発4日目、この旅トータル290日目、アンゴラ2回目4日目 首都ルアンダ

    朝9時、ライダーズクラブのメカニック担当のルイさんが迎えに来てくれました。この国の人たちは今までのどの国の人たちよりも時間を守ります。
    1961年から2002年まで40年近く続いた内戦で、文字を読める人たちを無差別に殺戮した歴史があるため、国の地力がまだまだ戻らないのは仕方ないとして、この国の人たちは自分たちの国が少しでも良くなるように誠実に生きていることがうかがい知れます。

    私がお世話になっているシルバさんの家の守衛さんも、ルイさんの手伝いをしている若い男性も、おそらくかなり安いお金で雇われているとは思うのですが、仕事が本当に丁寧で誠実で一生懸命です。

    ライダーズクラブの基地に着くとすぐにジョージさんも来て、この日は私を一日お世話してくださいました。

    税関職員であるジョージさんがまずは税関に連れて行ってくれ、税関書類の更新を手伝ってくれます。
    ジョージさんより税関職員に私の税関書類更新はすでにお願いしてくださっていたようなのですが、30分ほど待ってもその担当の方は現れませんでした。
    どうやら仕事が忙しいらしいです。

    私は全然待てるのですが、ジョージさんは私を待たせるのは申し訳ないと思ったのか、今日は一旦保留にしようと良い、次はジョージさんのご自宅に招いてくださり、昼食をご馳走になりました。

    ジョージさんのご自宅に伺うと娘さん二人が出迎えてくださいました。

    ジョージさんは少し白人の血が混じっているのかな?と思っていたのですが、ジョージさんの娘さん二人は完全なるブラックです。
    娘さんお二人の顔立ちは白色人種の美的感覚から言うと相当に美人の部類に入り、鼻がスーっと通った美人さんなのですが、それ以上に彼女たちの立ち振る舞い、挨拶の仕方、ちょっとした所作に品性があり、きちんとした教育を受けてきたのだろうなということがうかがい知れます。

    私自身は普通のサラリーマン家庭にうまれ、どちらかというとそんなに育ちの良い方では無いとは思うのですが、彼女たちのような人に出会うと、私自身も私自身のできうる限りで品格を保っていこうと思うのです。

    昼食を終えると、今度は私のバイク補修のためのあれやこれやを買いにジョージさんが車を出してくれます。

    まず2年半放置したバイクですのでエンジンオイルの交換は必須です。エンジンオイルはすぐに手に入ったのですが、さすがは世界一物価の高いと言われるアンゴラです。日本の倍近くの価格です。

    次にバッテリー探しです。
    メカニックのルイさんからは「アンゴラではもしかしたら手に入らないかもしれない。手に入ったとしてもかなりの高額になる」と言われていました。

    ジョージさんが思いつく限りのバイク用品店を回ってくださいます。
    4軒目にしてやっと私のテネレさんに乗せられるバッテリーを見つけることができました。

    価格は日本で買うのと比べて3~4倍くらいです。
    ジョージさんが価格が高いからもう少し粘って探してみるか?と聞いてくださるのですが、恐らくこの店以外で見つけるのは難しいでしょうし、見つかったとしても価格も大差ないでしょう。

    これ以上時間をかけるよりも、ここで決めてしまってバイクの補修を進めることの方が大切なので、これで大丈夫ですと伝えて、ライダーズクラブの基地に戻りました。

    ルイさんの技術は相当なもので、ありあわせのものでとても綺麗にテネレさんを仕上げてくれています。
    バッテリーを載せ替え、エンジンオイルの交換をして、ほとんど完全な姿に戻りました。

    私のテネレさんの補修をルイさんがしてくださっているときに一人の恰幅の良い男が現れました。

    ジョージさん:「ヒデ!彼がヒデの税関書類の更新をしてる担当者だ」
    えー!?今日、時間が取れなかったからわざわざここまで出向いてくれたようです。

    私に税関書類を見せてくれと言い、パスポートと一緒に提示すると、「わかった。なるべく早いうちに処理するからこの書類は預かっても良いか?」と言います。

    わざわざそのために来てくださるなんて…。
    一番の難関だと思っていた税関書類の更新がこんなにスムーズに進むなんて本当になんて感謝をして良いのやら…。

    ルイさんが作業をしているとき、時刻が4時半頃であったでしょうか?今日中にバイクは完全になるのでこのまま現在の滞在先には乗って帰るか?と聞かれました。

    ライダーズクラブの基地と私が滞在している場所は30kmくらい離れていて、朝はひどい状態により1時間くらいかかってしまいます。
    これ以上ルイさんのお手を煩わせるわけにはいかないので、当然乗って帰りますと伝えました。

    しかし、時刻が17時を過ぎたころ、ジョージさんが帰宅する段になって「今日はバイクに乗って帰ってはだめだよ」と言います。
    日が沈んだ後にバイクを乗るのは大変危険だということです。私が滞在している付近は大変治安が悪く、夜にバイクに乗っていると体当たりをしてきてバイクを転倒させる強盗が出るそうです。

    そんなのは怖すぎます。

    さすがに怖いので承知しましたとジョージさんに告げ、ジョージさんは帰宅して行きました。

    18時を過ぎて日が傾いてきたころ、ライダーズクラブの方がケースでビールを買ってきて振舞ってくださいます。
    これから車やバイクに乗るであろう人たちもじゃんじゃんビールを飲みます。

    私にもじゃんじゃんビールを勧めてきます。
    1リッター以上飲んだところで、ルイさんが「今日は先導するからバイクで帰りな」と言います。

    マジで…?。

    この国は飲酒運転という概念が無いようです。ルイさんも相当飲んで騒いでいます。
    ここまでお世話になってこれ以上ルイさんのお手を煩わせるわけにはいかないでしょう。今日バイクで帰れば、明日の朝はルイさんに迎えに来てもらわずに自分でここまで来ることができます。
    飲酒運転になりますが、ルイさんに先導してもらってバイクで滞在先に帰ることにしました。

    この季節のアンゴラは非常に寒いです。ルイさんがライダーズクラブのオリジナル革ジャンを貸してくださり、寒さをしのぎます。

    夜の9時を回ったあたりでお開きになり、ルイさんに先導してもらって帰宅しました。

    ルイさんが丁寧な運転で先導してくださったので無事に帰宅することができましたが内心はドキドキでした。

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  • ジョージさん

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    2022年8月8日(月) 2回目東京出発3日目、この旅トータル289日目、アンゴラ2回目3日目 首都ルアンダ

    昨晩は19時過ぎにベッドに入ったため3時前には目が覚める。
    酷い時差ボケです。

    昨晩考えたアンゴラでテネレさんを手放すという選択肢。

    ベッドの中でまどろみながら、6時過ぎにフィフィコさんにメッセージを送ってみます。

    私:「今のテネレの状態、バッテリーが手に入るかもわからな状況。もしかしたらものすごく大きな労力と時間を要するかもしれません。であるならばアンゴラにてテネレを手放すという方法がもしかしたら一番シンプルな方法なのかもしれないと思うのですがいかがでしょうか?もちろん税関の問題があるので簡単な方法では無いことは理解しています。テネレを直して旅を続けるか?ここで手放すか?よりイージーでシンプルな方法を選択したいと思うのですがフィフィコさんはどう思いますか?」

    フィフィコさん:「ミスターヒデ!おはよう!!とりあえずはテネレを直すことに挑戦しようぜ!」

    確かに…。まだ何の努力もしていない。ならば直すのにどの程度の労力がかかるのかわからないではないか。そうだ。まずはやってみることだ!

    私:「そうですね。まずはトライします!」

    12時少し前、メカニックのルイさんが荷台付きのトラックでやってきます。テネレさんを荷台に積み込みライダーズクラブの基地に向かいました。

    ライダーズクラブの基地には修理中のバイクなどが数台が置かれています。その中の一台にたまたまテネレさんに積めるバッテリーを載せているものがありました。ためしにエンジンがかかるかどうかだけ確認するためにそのバッテリーをテネレさんに乗せて電源を入れます。

    電源が入りました!伝送系は基本的なところは大丈夫そうです!
    そしてエンジンを掛けます。

    なんと2年半ぶりなのに元気に回るではありませんか!!
    さすが私みたいなへなちょこをここまで連れてきてくれたテネレさん!希望が見えてきました!

    少しするとWHOのテドロス事務局長が髭を剃ったような男がやってきました。
    流暢な英語で「ジョージです」と名乗りました。

    ジョージさん:「はい!元気かい!私のこと覚えている?一度君とは話をしたことがあるんだよ」

    ??誰だろうか?そういえば一昨日の夜にライダーズクラブの一人だと言って電話してきた人がいたけれどその人だろうか?

    私:「一昨日お電話くださった方ですか?」

    ジョージさん:「違う違う。一年くらい前にさ、君のテネレは無事だよってジュリオ(シルバさん)のスマホからビデオ電話で私が通訳として話したことがあったけど覚えてないかな?」

    あ!そうだ。確かに見覚えがある。そのときも流暢な英語でシルバさんの通訳をしてくれたんだった。

    ジョージさん:「君に朗報がある。事前に連絡くれていた税関関係の書類。ちゃんと持ってきたかい?それを持っているなら万事大丈夫だ!なんせぼくは税関の職員だからサ。その書類さえあればこちらで合法的に処理をして出国時に問題無いようにしてあげられる」

    なんということでしょうか!!私が今回最も懸念していたのがアンゴラの税関書類です。あくまで一時輸入という形で持ち込んでいるテネレさん。当然そんな長期間同一の国に置きっぱなしなど許されるはずが無いのです。アンゴラのように厳しい国ではなおさらです。どれだけの違約金が取られるのだろうかと一番心配していたのがそのことでした。それが一気に解決してしまったのです!こんなにありがたいことってあるでしょうか?

    まだまだナミビア入国、南アフリカ入国からカルネの無い状態で果たして日本への輸送ができるのかどうかなど不安要素はたくさんありますが、アンゴラのライダーズクラブの皆さんのおかげで、最も懸念していたアンゴラ国内での問題が一気に解決しそうです!

    本当に心からの感謝しかありません。
    この旅を再開するまではアンゴラなんて最も意味の分からない国でスタックしてしまって最悪だよ!って思っていましたが、シルバさんがバイクを預かってくださり、リリオさんがビザ取得のために招待状を書いてくださり、ルイさんがテネレさんの整備をしてくれ、そしてジョージさんが税関書類を処理してくださる…。

    私みたいなショボいライダーツーリストのためにたくさんの人が尽力してくださりなんとかなりそうです。スタックした国としてアンゴラはライダーにとっては最も頼もしい方々のいる国なのは間違いありません。

    ジョージさんとルイさんが食事誘ってくれ近くのこれまた清潔で高級そうなお店に連れて行ってくれます。そこで今後のことについてジョージさんが提案してくれます。

    ジョージさん:「明日またここに午前中に来てくれ。ルイが君を連れてきてくれる。そしたらまずは私が君を税関に連れて行くのでそこで税関書類は片づけてしまおう。そのあと一緒にエンジンオイルを買って、バッテリーを探そうじゃないか?」

    ありがとうございます…。本当に何とお礼を言って良いのか…。

    そんな会話をしている横でニコラスペタスのような大男のルイさんはジョッキビールの2杯目を飲んでいます…って、え?!このあと私をシルバ邸まで車で送ってくれるんですよね?大丈夫なのでしょうか?

    その不安は的中し、死ぬかと思うような大変荒っぽい運転でシルバ邸まで送り届けてくれるルイさんでした…。

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