• カテゴリー別アーカイブ 042_ナミビア
  • こんなに大好きな二人と

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    2022年8月30日(火)2回目東京出発26日目、この旅トータル311日目 ナミビア13日目、南アフリカ1日目 ノードエバー~スプリングボック 走行距離140km

    素晴らしかったナミビアも今日でおしまいです。
    宿泊費と朝食代、ガソリン代を払って、ナミビアドルも良い感じに使い切りました。

    さて、本日は遂にこの旅最後の国、南アフリカへの国境越えです。

    まーおそらく特に問題は無いとは思うのですが、何度経験しても国境越えは慣れません。どうしても不安でどきどきします。
    カルネが無いから入れないよなんて言われないよな?なんてどうしても考えてしまいます。

    ノードエバーの町からナミビア側の国境は1kmも離れていませんでした。

    国境に入ると何やら車が列を作って荷物検査をしているようです。
    私もその列の最後尾に並びます。

    すると黒人の女性担当官がやってきて、

    担当官:「あなたはこれは必要ないからイミグレーションに行ってパスポートにスタンプをもらいないさい」

    私:「わかりました。税関には行く必要ありますか?」

    担当官:「必要ないわ。イミグレーションでスタンプもらったらそれでおしまいよ」

    なんかとてもイージーそうです。

    そのままイミグレーションに行き、出国申請書に必要項目を記入して列に並びます。と言っても私の前には老齢の白人の方とトラックドライバーと思しき黒人の男性だけです。

    私の前でその黒人の男性が窓口で手続きをしています。

    担当官:「どこから来た?」

    黒人男性:「キートマンズフープ」

    ハンコをガシャン。それで終了のようです。

    次は私の番です。

    担当官:「どこから来た?」

    私:「(街の名前を言えば良いんだな。大きい都市の方が良いだろう。なので私も)キートマンズフープ」

    担当官:「…。いや…、…、お前はジャパンだろ」

    いやいや、「Where are you from?」ってそういう意味…?何回国境越えしてるんでしょうか?まったくどうしようもないですよ…。よく今まであの七面倒な西アフリカの国々の国境を越えてきたものですよ(笑)。いや、むしろこんなんだから通してもらえていたのかもしれません。

    そのままパスポートに出国印を押してもらって本当にこれで終了です。
    もともとカルネももっていないしこんなもんでしょう。

    ここから数百メートル進み、橋を渡ると今度は南アフリカ側の国境です。

    国境入り口では何か白い縦長の紙を渡されます。

    担当官:「これをもって、右側の通路を取って3か所でスタンプをもらってください。3つもらえば終わりです。まずはイミグレーションに行ってくださいそのあとにどこに行けば良いかは各窓口で教えてくれます」

    3つスタンプ貰えば良いんですね。イミグレーションでパスポートにもスタンプをもらうのと、警察の窓口がここにあるから、あと一つはやっぱり税関かな??

    そう思ってまずはイミグレーションに行きます。
    窓口にはどう見ても職員には見えない老婆が座っていて「ここで待ってなさい」と私に言います。

    窓口には大きく「有効なパスポートと有効なCOVIDの証明書を用意してください」と書いてあります。

    え?!入国にPCR検査か何か必要なの??

    とりあえず日本から持ってきたワクチンの接種証明書を用意します。

    すると担当官がやって来て

    担当官:「パスポートとホワイトペーパーをください」と言います。

    私がパスポートと先ほどもらった縦長の紙を渡すとそれぞれにスタンプを押しておしまい。

    担当官:「次は警察署の窓口に行ってください」

    本当にあっけなく終わりです。

    隣の警察の窓口に行くと、「先にとなりの部屋で体温だけ測ってホワイトペーパーにスタンプもらったらもう一度来て」と言われます。

    隣の部屋に行くと日本でもたまにお店に入るときに手首に機械を向けて体温を測るあれをやります。終わるとホワイトペーパーにガチャン。
    警察の窓口に戻るとホワイトペーパーにガチャン。

    これでお終いだそうです。税関は?と聞くと必要ないとのこと。
    実にあっけない。もしかしたら私が今まで通った国境の中で一番イージーだったかもしれません。

    細かく確認されると聞いていた荷物検査もありません。

    そして税関のことはすっかり忘れていましたが、ナミビアと南アフリカは関税協定を結んでいるのでたしかにここではバイクの税関手続きは不要なことを思い出しました。

    あっと言う間の国境越えです。あとはケープタウンを目指してテネレさんの輸送手続きをするだけです。

    この日は国境から120kmほどの町、スプリングボックに滞在予定です。

    しかし南アフリカに入ってからものすごい強風です。気を抜くと簡単に反対車線まで飛ばされてしまいます。
    今までの旅で一番の強風だと思います。西サハラでも木が曲がって育つほどの強風の中を走りましたし、ナミビアの砂嵐も酷かったですが、ここまでの強風は体験したことがありません。
    とにかく慎重に走ります。

    やっとのことでスプリングボックの町に到着しました。
    何軒か宿を見つけるのですが、どこもことごとく満室です。宿の方々も大変親切で「あそこにも宿があるから聞いてみたら?本当に酷い強風で大変ね?」などと言ってくれるのですが、ことごとく満室です。

    町の外れの宿に行くと「ごめんなさい。今日は満室なの。町のメインストリートにスプリングボックロッジってあるからそこに行ってみたら。あそこなら空室があると思うわ」ということでした。

    ということでメインストリートにあるというスプリングボックロッジに行きました。
    スプリングボックロッジはすぐに見つけることができました。

    大きなレストランにスプリングボックロッジと書いてあります。
    中に入ると商店になっており、その奥にレストランがあります。商店のおばちゃんに「ここはスプリングボックロッジですか?レセプションはどちらですか?」と聞くと、「奥に行きな。レセプションはそこにあるから」ということでした。

    レストランの方に行くと白髪の白人男性が座っていてどうやらここがレセプションのようです。

    私:「予約はしていないのですが、本日こちらに滞在することは可能でしょうか?」

    男性:「あぁ、大丈夫だ。550ランド(4,400円)だ」

    私:「カードでも支払えますか?」

    男性:「大丈夫だ」

    良かったです。国境を越えたばかりで現金を持っていなかったのですが、ここまでどこも満室なことを考えると宿の確保だけでもしたいです。
    支払いを済ませ鍵をもらうと紙の地図を渡されます。

    どうやら宿はこの建物ではないようです。

    ちょっとどの辺りなのかわからないのですが、とりあえず目印となりそうな教会を探しながらバイクに跨りゆっくりフラフラと走ります。
    でもどうもよくわからないので、近くのガソリンスタンドにバイクを停めてもう一度地図を確認します。

    すると隣にバイクが停車して、キャキャキャキャと嬉しそうな笑い声が聞こえてきました。
    隣を振り返ると、なんとそこには1週間前にスワコプムンドで出会ったトライアンフ タイガー800に乗ったイタリア人カップルがいるではありませんか!!

    どうやら街中をフラフラ走っている私を見つけて追いかけてきてくれたようです。

    あいもかわらずイタリア語で楽しそうに話しかけてきます。
    全く何を言っているのかわかりませんが、どうやら昼飯は食べたのか?一緒に行かないか?と誘ってくれているようです。

    宿は後で探せば良いです。もちろんご一緒します。

    するとメインストリートから少し入ったところのお洒落なステーキハウスに入りました。

    言葉は全く通じないのですが、とにかく二人は私に優しくしてくれます。
    そしてすごくうれしそうです。

    いきなりワインをボトルで注文して3つのグラスに注ぐと乾杯します。
    二人ともにこやかにそして本当に美味しそうにワインを飲むと、あのときと同じように人差し指を頬に当ててクリクリしながらボーノボーノ(笑)

    95%イタリア語で話しかけてくるのですが(残りの5%くらいはかろうじて英語を混ぜてくれる)、なぜか不思議とこの二人が言っていることは通じます。

    表情が豊かなのと身振り手振り、あとは写真などを見せてくれながら話をしてくれるからでしょう。
    本当にうれしそうに楽しそうにケラケラ笑いながら話しかけてくれるので私も楽しくて仕方ありません。

    20日ほど前にイタリアで行われたという平和の式典で、日本人の和太鼓や茶道、日本家屋の出し物が素敵だったと動画や写真を見せてくれます。
    また、二人が今まで回って来た世界中の国々とそこでのエピソード。

    旦那さんのロスさんはデザイナーさんだそうでイタリアの大きなホテルのインテリアや家具を手掛けているそうです。また、モトクロスやエンデューロが生きる活力と言っていて、今まで走って来た世界中の場所を見ると、奥さんを後ろに乗せて信じられないような険しい道を走っていることから相当な腕前であることは簡単に想像できます。

    奥さんのマリーさんは美容コンサルタントと言っていました。私の仕事がITやオペレーション系のコンサルタントと言ったら同じコンサルタントだ!って喜んでいましたがだいぶ違うと思います。

    お二人はイタリアのちょうど中央部あたりに住んでいるということで、いつかイタリアに来たらマリーさんがトリュフの絶品パスタを作ってくれると言ってくれました。

    とにかく幸せそうで、歌うように会話をし、踊るように食事を楽しむ二人のことを私は本当に大好きだなって思いました。

    このお二人は幼馴染だそうです。小さいころから一緒に育ったそうです。周りの友達たちはどんどん遠くに離れて行ってしまったけれど、ふたりはずっと一緒だったそうです。

    子供は作らず、ずっと二人で世界中を旅しているそうです。

    恐らく二人は私より少し年上だと思うのですが、カリブ海で上げた二人だけの結婚式の動画を私に見せると「ウワー!!」って言って両手を頬に当て顔を赤くして嬉しそうに喜ぶマリーさんは本当にキュートで素敵でした。

    楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。
    二人は今後、南に下って南アフリカのワインの産地を巡るそうです。またしても二人して頬に人差し指を当ててボーノボーノって言います。

    私はここスプリングボックから東に300kmのところにあるという大きな滝を見に行き、そこから引き返してきてケープタウンを目指す予定です。

    本日19時にもう一度この店でワインを飲もうと約束して店を後にしました。

    ワインを飲んだとは言え、3人でボトル一本なので大したことはありません(あと一杯、強い甘いリキュールをショットグラスで3人で飲みましたが…)。
    宿はすぐに見つけられました。

    そして、私はこの国の現金を持っていないのと、SIMカードを手に入れたいので、先ほどの宿のレセプションのあるレストランの隣の銀行のATMで現金を引き出した後、レストラン内にある商店のおばちゃんにSIMカードがどこで買えるかと聞くと、SIMカード自体は通りを挟んだ向かいの携帯ショップで買えるので、SIMカードを買ったらここに戻ってくればこの店で通信量をチャージできると言います。

    言われた通り向かいの携帯ショップでSIMカードを買ってきてこの店でチャージしてもらうのですが、なぜかネットにつながりません。

    商店のおばちゃんたちが何人も私のところに集まってきて「私に貸しな」って言いながらいろいろと設定をいじるのですがどうにもつながりません。

    すると一人のおばちゃんが私の顔を見て「あんた、お花みたいな顔しているね」って言います。
    どういう意味なのでしょうか?褒めてくれているのだろうと思い、いちおうありがとうと言います。

    すると「あんたここの宿に泊まるんだろ?いいかい?日が沈んだら絶対に宿から出るんじゃないよ!このあたりはすごく治安が悪い。絶対だよ。しかもあんたアジア人だから目立つんだ。ここは小さい町だからあんたがこの町にやってきたことを知っている人はたくさんいる。さっきも、バイクに乗ったアジア人が宿を探しているみたいだよって言ってきたお客さんがいたくらいだからね」と言いました。

    マジか…。確かにこのメインストリートはあまり雰囲気は良くありません。
    夜にイタリア人カップルのロスさんとマリーさんと飲みに行く約束をしています。本当はすごく行きたいです。あの二人が大好きです。今までのナミビアの感覚のままなら確実に飲みに行っていたでしょう。

    でも私が今までこの度で大きな危険な目に遭わなかったのは、危険を感じるような都市では夜間に不用意に出かけるようなことをしなかったからだと思います。この日もこの商店から宿まで歩いて帰るときに日が傾いて来ると急に人影が減り、雰囲気が妙に不穏なものになっていました(そんなことを言われた後だからというのもあるでしょうが)。

    本当は二人と夕飯も一緒にしたいのですが、宿の人に言われたことを正直に二人には伝えて、泣く泣く断りを入れることにしました。

    いつかまた二人とは必ず会えることを信じて、南アフリカ初日の夜はさみしく過ぎて行きました。

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  • あー、こんな雄大な景色は当たり前じゃないんだ

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    2022年8月29日(月)2回目東京出発25日目、この旅トータル310日目 ナミビア12日目 キートマンズフープ~ノードエバー 走行距離320km

    素晴らしかったナミビアもこの日が最後となります。
    ナミビアは居心地が大変良かったし、正直一日くらいここでダラダラしても良いかななんて思わなくも無いのですが、無駄な滞在をすればお金だけでなく人生の貴重な一日を消費します。

    旅が長くなってくるとゆっくりしたいという気持ちが湧いてきて、居心地のいい場所に沈没したくなる気持ちはわからなくありません。
    しかし、私は日本に帰ってやりたいことも、そのために待たせている人もいます。
    毎日9時頃に就寝するという大変健康的な毎日を過ごしているのですからこの日も朝はきちんと目覚めます。

    目覚めると言っても、ここキートマンズフープの朝方の気温は0℃近くまで下がります。宿の中とは言え寝るときは必ず耐寒温度-20℃までの寝袋に入って寝ています。日が昇る7時くらいまではなかなか寝袋から出ることができません。

    それでも宿の朝食は7時半にお願いしているので7時には頑張って寝袋から出て先にできる限りのパッキングだけはしておきます。

    7時半に朝食に行くと、昨日は私一人だった食堂が満席です。
    私が隅の席に座ってコーヒーを飲んでいると、斜め前のテーブルのご年配の男性が両手をバイクに乗る形にして親指を立てウィンクをしてきます。
    海外の方って本当にバイクが好きだよなーって思います。日本ではあまりバイクに乗ることを良いこと考えないご年配の方は多いように感じるのですが、海外だとバイクに乗っているだけで手を振ってくれたり声を掛けてくれる人が非常に多いです。

    朝食を済ませ、バイクに荷物を載せた段階で、昨日無くした後方左側のウィンカーをどうしたものか考えてため息が出ます。

    恐らくは大丈夫だとは思うのですが、南アフリカ入国時には荷物の検査をかなり細かくされるという話も聞いています。その際にバイクの整備不良を指摘されたら面倒です。

    近くに大きめのスーパーがあるのでそこで豆電球でも売っていれば国境の直前でそれを取り付けてやり過ごすこともできるだろうと思い探してみますが、見つかったのは少し大きめのLEDランプ。ギリギリ付けられなくも無いか?と思い、250円程度だしと思って購入することにしました。

    うーむ、でもこれで南アフリカもずっと走るのも微妙だよなーと思い、実は事前に調べて知っていた、この街にある自動車修理工場に行ってみることにしました。

    修理工場に行ってみると、スクラップの車だらけの産廃場なのか工場なのかわからないような場所でしたが、ジブリ映画に出てきそうな如何にもメカニックですと言わんばかりの髭を蓄えた白人の男性が声を掛けてきます。

    メカニック:「よう。なんか用かい?」

    私:「バイクのこのウィンカーが無くなってしまいまして。中身の豆電球だけでもあれば手に入れたいのですが…?」

    すると奥からもう一人体の大きなこの工場の責任者らしき人が出てきて、メカニックが説明します。

    メカニックはちょっと待ってな?と言って、奥からジャンク品と思われるバイクのだいぶイケてないウィンカーを持ってきました。
    私からすれば見た目などどうでも良いので、とりあえずウィンカーが付いていて周りに文句を言われなければそれで良いです。

    ウィンカーなんて配線を繋げればそれで動くのですぐに問題なく付きます。

    メカニックが電話でボスに確認し料金を私に言います・

    メカニック:「600ナミビアドル(約4,800円)だ」

    あり得ないくらいのぼったくりです。こんなジャンク品付けて、素人でも5分で終わるような作業で5,000円近く請求するなんてお前の腕はどんだけのもんなんだよ!と言いたくなります。

    しかし、工賃に関しては相場なんてあってないようなものなので文句を言っても仕方ありません。
    今日がナミビア最終日でナミビアドルも多少多めに残っているので言われた金額を払います。ただ、コノヤロウ、今のインターネット時代、この工場の悪口をボロクソ書いてやろうかとも思うのですが、恐らく地域の人だけを相手にしているこの小さな工場にとってそんなことは痛くも痒くもないでしょう。

    商売でやっているのですからきちんと請求するのは当然ですし大切なことだと思うのですが、こういうあからさまなぼったくりはやはり良い気がしません。

    私は今までこの旅でたくさんの人に助けてもらいました。

    「旅人からは金は取らない」と言って、西モンゴルでやっと旅人らしい顔つきにになった私のテネレさんや洋介さんのモンキー、アシムのGSXのメンテナンスをしてくれたロシア バルナウルのアンドレ。

    「君は俺たちの夢なんだ!だから無事に旅を続けて欲しい」そう言ってパミールで更に男前になったテネレさんをメンテナンスしてくれたカザフスタン アティラウのライダースクラブの面々。

    「ライダーはみんな俺たちの仲間さ」と言って優しく笑い、2年半放置されたテネレさんを新品かと思うほどに蘇らせてくれたアンゴラのライダースクラブのルイさん。

    彼らは一様にお金は一切受け取ることなく、精一杯私のサポートをしてくれました。
    こういうちょっと不快なことがあると余計彼らとの思い出を優しく輝かせてくれます。

    この日はここキートマンズフープから300kmほど南に下った国境の町、ノードエバーを目指します。

    とにかくナミビアはひたすらに大きいです。山も空も大地もなにもかもが大きいです。
    ロシアもモンゴルもパミールもジョージアもヨーロッパもみんな大きかったですけど、それは大陸だからですね。
    ずっとそんな景色を見ていてそれが当たり前になってしまっていますが、こんな大きな景色を見るのは大陸を走っているからです。日本に帰ればこんな大きな景色を見る機会はなかなかないのですから、今この瞬間を大切にしようと思うのです。

    たった300kmちょっとの距離ですので昼過ぎには国境の町ノードエバーに到着します。

    たった10日間ほどのナミビアでしたが、町中を闊歩するヒンバ族に会ったり、慎ましく暮らすヒンバ族の村に行ったり、お父さんだけ元気で奥さんと息子さんはテンションの低いドイツ人家族に出会ったり、砂嵐に遭ったり、生まれて最もはっきりと天の川がくっきりと見える夜空を見上げたり、フラミンゴを見に行ったり、くせーくせーアザラシの海岸に行ったり、でっかいキャニオンに行ったり、ウィンドフットの宿では素敵なカップルのシルバインさんとジャスミンさんに会ったり、霧の立ち込める寒いスワコプムンドの街では元気いっぱいのイタリア人カップルに出会ったり、たくさんの思い出ができました。

    人生のうちのほんの一瞬の時間でしかないけれど、その一瞬を大切に生きようと思わせてくれる国、それがナミビアでした。

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  • ありゃ、テネレさん、なんかおかしくないかい?

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    2022年8月28日(日)2回目東京出発24日目、この旅トータル309日目 ナミビア11日目 キートマンズフープ~フィッシュリバーキャニオン~キートマンズフープ 走行距離330km

    この日は最初はキートマンズフープから西に300kmほど離れたリューデリッツという街を目指す予定でした。
    リューデリッツはナミビアがイギリスの植民地になる以前、ドイツが植民地時代に作ったドイツの街並みを彷彿させる大変綺麗な街だということです。

    また、港町のため海鮮料理が有名で、そのほか、数キロ離れた場所に、以前ダイヤモンド鉱山があったけれども採りつくされてしまい、今はゴーストタウンになった町があるということでした。

    しかし、正直そこまで魅力は感じていませんでした。ドイツの街並みが見たいならドイツに行けば良いし、海鮮料理なら絶対に日本の方が美味しいのはわかっているからです。

    また、リューデリッツに行くとなると、リューデリッツで一泊した後、同じ道を引き返してきてまたここキートマンズフープに一泊という流れになります。

    このままリューデリッツには行かずに南下して南アフリカを目指すということでも良いかなと思ったのですが、ふと、ここから160kmほど行った場所にフィッシュリバーキャニオンという大渓谷があることを思い出しました。

    ただ、事前情報によるとこのフィッシュリバーキャニオンまでの道が非常に悪いという情報を得ていたので、またそれでテネレさんにダメージを与えて面倒なことになるのも嫌だなと思っていたのです(実際にはテネレさんは大変頑丈で、テネレさん自体がダメージを受けるとうより、後付けしたパニアケースのステーがだいたい折れるパターンですが)。

    しかし、荷物をこの宿に置いて空荷で走れば上記のような心配も無いので、リューデリッツには行かずにフィッシュリバーキャニオンに行くことにしました。

    キートマンズフープを離れて30kmほど走ると早速ダートになります。
    ここから約130kmずっとダートです。

    ダートとは言え、そこまで荒れてはおらずどちらかと言えば圧倒的に走りやすい道です。
    この感じなら90km/h~100km/hのペースで十分に走れるのですが、厄介なのが強い風と舞う砂埃です。

    また、そうやって風によって運ばれた砂が深く堆積している場所もあるため、風に煽られてそういったところに乗り上げると下手をすると転倒する恐れがあります。

    100km/hで走っていて、この締まった地面に転倒したら大惨事ではすまないかもしれません。
    ヘタクソな私でも何かあっても対処できるように70km/hのペースで走ります。

    ダートが始まって約20kmほど行ったところに石橋がありました。
    この石橋、川の水が流れ込んで水の中を渡る感じになります。

    川の水は表面を流れているだけで深いわけではありません。
    石橋の前で一旦減速して、そのまま渡ってしまおうと加速した瞬間、ズルっと後輪が滑ります。

    どうやら川の水は常にこの石橋を覆っているようで苔が生えていて非常に滑りやすくなっているようです。
    一瞬制御を失ったのですが、滑ったのが後輪だったのが幸い、転倒せずに態勢を整えることができました。

    これが滑ったのが前輪でしたら確実に転んでいたでしょう。

    ここはゆっくり慎重に。そして、こういう滑りやすい場所ではアクセルも一定に保ち、加速も減速もしないで真っ直ぐに走ることが求められます。

    多少緊張はしましたが何とか渡り切りました。
    でも、帰りもあそこを通らないとならないといけないのかと思うと多少憂鬱です。

    そしてさらなる試練が私を襲います。
    実はこの日の朝のキートマンズフープの気温は1℃でした。日中には30℃近くまで上がるため、この日はいつも羽織っている上着を着ないで来てしまいました。

    しかし、フィッシュリバーキャニオンに向かう道中は標高がどんどん高くなるため、気温があまり上がってきません。さらに悪いことに常に強風が吹いています。

    その強風がどんどん私の体温を奪い、体力を消耗します。

    まだ半分の行程も来ていません。更に標高も上がってくることを考えると引き返そうかどうか迷います。
    でも、もしかしたらお昼くらいになれば気温も上がってくるかもしれないことを考えると、ここまで来て引き返す決断もなかなかできません。

    引き返す勇気。

    本当に大変な勇気だと思い知らされます。

    でも、最悪の事態を考えても死ぬことは無いと思います。
    であれば先に進むことを選びます。

    この先の道も激しいアップダウンを繰り返し、酷いコルゲーション(細かい波状の地面)でテネレさんへの振動も酷いものになります。

    やっとの思いでフィッシュリバーキャニオンの展望台まで10kmのところまで来ると、小さなキャンプサイトと小屋がありました。

    そのまま素通りしようとしたのですが、何やらこっちに向かって言っている人がいます。
    どうやらこの小屋で何か手続きをしないといけないようです。

    バイクを停めて小屋に入ると、「外国人は200ナミビアドル(約1600円)」と言われます。

    私:「あ、お金とるのね」

    そう日本語で言うと、受付のおばちゃんは機嫌を悪くして

    「ツーハンドレッド!!」ときつい口調で言います。

    恐らく多くの人がここで「あ、お金取るんだ」って思って口に出してしまうのでしょうね…。

    お金を払ってテネレさんの所に戻ると何かおかしいです…。

    あれ…、左の後ろのウィンカーが取れて無くなっている…。
    そうなんです。先日もケープクロスにアザラシを見に行く途中、同じところが取れかけていてテープで補強したのでした。

    テネレさんは非常に頑丈で強いバイクなのですが、なぜかウィンカーだけは弱くてすぐに折れてしまいます。この旅でもダートを激しく走ると気づかないうちにウィンカーが無くなっているということが何度かありました。

    うーむ、近々南アフリカに入ろうというこのタイミングでウィンカーが無くなってしまうとは…。

    しかし130km以上もダートを走って来てどこで落ちたかなんてわかりません。仕方ないので諦めます。

    このままフィッシュリバーキャニオンを目指します。

    このフィッシュリバーキャニオン、絶景という言葉がぴったりの場所です。
    日本なら柵で囲って安全を確保するでしょうが、ここには何の柵もなく大渓谷を見渡せます。

    以前こんな話を聞いたことがあります。

    「日本では危ないから柵を作る。でも海外では柵が老朽化した方がよほど危ないし、そもそもそこが危ないかどうかなんて見ればわかるから柵なんて作らない」と。

    地球の大きさを感じます。
    そして誰もいません。今ここで私がテネレさんごとダイブしたら、誰も私がここでいなくなったなんて気づくことなく地球が滅びるまで私は永遠にこの渓谷の下で眠ることになるでしょう。

    とりあえず私はここでダイブする勇気はないので、とりあえずオシッコだけでもします。でも、あまり崖に近づくのも怖いチキンな私は、結局この渓谷のハシッコでオシッコしただけでした。

    私がちょうど帰るときにKTM1200Adventure に乗った二人組がやってきました。南アフリカからのライダーとのことです。
    なぜかそのうちの一人は私にしきりに「今日はどこに泊まるんだ?」と聞いてきます。

    私は荷物がキートマンズフープの宿に置きっぱなしなので「今日はキートマンズフープに泊まるよ」と言うのですが、なぜか何度も聞いてきます。

    その真意はわからずじまいで最後に「お前のバイクはどこにも問題無いか?」と聞かれ「(ウィンカー問題はあるにしろ)大丈夫だ。」と答えると、「そうか。じゃあな」と言って立ち去って行きました。

    帰り道では風もだいぶおさまり大変走りやすくなっています。

    風が無いなら大丈夫だと思い100km/hくらいのペースで走って帰れます。
    そうなれば130kmの距離なんてあっという間です。

    無事宿に到着し、ナミビアも十分に楽しんだし、リューデリッツには行かずにこのまま南アフリカを目指すことに決め、この日は就寝しました。

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  • 価値とか意味とか

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    2022年8月27日(土)2回目東京出発23日目、この旅トータル308日目 ナミビア10日目 ウィンドフット~キートマンズフープ 走行距離520km

     

    前日にウィンドフットでゆっくり休養を取るなどと言っておきながら、昨晩ビールを飲み過ぎてしまい多少の寝不足で出発することになりました。

     

    移動距離が400kmを越えてくるとしんどくなってくるのでできるだけそれ以内に抑えたいのですが、ウィンドフットから先は特段何もないので、この日は約500km先のキートマンズフープを目指します。

     

    ただしかし、私が長距離になると疲れてしまうのは単に休憩をほとんどとらずに走るからではあります。

    この日は250kmくらいで一度休憩を挟んだので、それほど疲れを感じることはありませんでした。

     

    実にこのバイクの旅というのは私にとっては性に合っています。

     

    もともとこの旅に出るまでは正直全くバイクには興味が無く、旅に出ると決めてから免許を取ったのですが、運転がヘタクソにもかかわらず、気づいたらバイクに乗るのが大好きになっていました。

     

    移動自体を楽しめるバイク旅は私にとっては一番いい手段であったことは間違いありません。

     

    今後、これほど長期の旅行では無くても、時間を見つけたらまたいろいろな国に旅行に行きたいとは思うのですが、次はバイクが無いかもしれないと思うと本当に楽しめるかなー?って不安になるほどです。

     

    バイクに乗ること自体が楽しめる一方で、走りながらいろいろと考えてしまうのも確かです。

     

    先日、ヒンバ族の村を訪問したことをブログに上げましたが、私自身、非常に良くない考え方をしていたのではないかとバイクで走りながら考えていました。

     

    あのとき私は「彼女たちの価値」という言い方をしました。

     

    しかし、果たして人が人の価値など決められるでしょうか?

    彼女たちがヒンバ族の伝統的な暮らしを止めて都会の人と同じような生活スタイルを過ごすようになったら彼女たちの価値がなくなるなんてことはあり得ません。

     

    私が一切の手を差し伸べることのなかった西アフリカの貧しい子供たちに価値がなかったはずはあり得ません。

     

    あの子たちの親からしたら何よりも代えがたい子供たちに違いありませんし、生きているそのこと自体に価値があるはずです。

     

    誰かのモノサシで価値があるとかないとか、それにこそ何の価値もないですね。

     

    今私にできることと言えば、今自分にできることを精一杯やって、社会や世の中に貢献していくことです。

     

    「今ある状況で最善を尽くせ!」ですね!

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  • 旅について思うこと

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    2022年8月26日(金)2回目東京出発22日目、この旅トータル307日目 ナミビア9日目 ウィンドフット 走行距離なし

     

    朝起きて宿の朝食を食べに食堂に行きます。

     

    するとジャスミンさんもちょうど朝食に向かうようで彼女と旦那さんのシルバインさんの部屋の前でお会いします。

     

    ジャスミンさん:「おはようございます。ヒデさん(日本語で言います)」

     

    実はジャスミンさんは昔日本語を少し習っていたことがあったそうです。またパリのホテルで働いていたときは日本人の従業員が二人ほどいたため挨拶程度の日本語はわかるそうです。

    この発音が大変綺麗なので驚きます。

     

    ジャスミンさん:「南アフリカで日本語を話している観光客を以前見て、『こんにちは』って声をかけたら日本人と間違えられて日本語で話しかけれらて困ったことがあったわ」

     

    アジア人(マレーシア人)のジャスミンさんがこんなに綺麗な発音の日本語で挨拶をしてきたら日本人と間違えるのも無理はないでしょう。

     

    食堂に着くと、シルバインさんとジャスミンさんのテーブルと私のテーブルは分かれていたのですが、

     

    ジャスミンさん:「ヒデ。これが私たちで食べる最後の食事なんだからこっちのテーブルに来て一緒に食べましょう」

     

    と言ってくださいます。昨夜と今朝お話をしただけなのに、とても優しくしてくださり、「一緒に食べる最後の食事」という言葉がとても寂しく感じました。

     

    シルバインさん:「ヒデの今日の予定は何だい?」

     

    私:「予定は何もないです。単に休息を取ります」

     

    シルバインさん:「休息は大事なことだ。昨日はだいぶ疲れた顔をしていたからゆっくり休むのが良い」

     

    そんな風な会話をしながら「一緒に食べる最後の食事」は過ぎて行きました。

     

    部屋に戻る途中、シルバインさんとジャスミンさんが「チェックアウトは10時だったよね?」なんて話をしているのが聞こえたので、二人は10時くらいに出発するものだと思っていました。

     

    そこで私は部屋に戻りゆっくりシャワーを浴びたりしていたのですが、気づくと二人はすでに出発してしまっていたようです。

    なんてこったい…(涙)

     

    幸いなことにシルバインさんとは連絡先を交換していたので慌ててメッセージを送信します。

     

    私:「お見送りができずに申し訳ございませんでした。ぜひ素敵な旅を」

     

    シルバインさん:「ウィンドフットでとても素敵な出会いでしたね。ぜひ残りの旅も安全に、そして楽しんでください。sayonara(ローマ字で)。アシルバイン&ジャスミン」

     

    人は人に優しくされると、自分もその人に優しくしたくなりますね。いつかまたどこかでお会いできることを願って…。

     

    この日は昼からバーのカウンターに座ってビールを飲みます。

     

    オーナーの老紳士:「今日は何も予定はないのかい?」

     

    私:「ゆっくり休養します」

     

    オーナーの老紳士:「それは良いことだ」

    そう言って二人して3週間前に行われた試合の再放送という南アフリカ対ニュージーランドのラグビーの試合をぼんやりと眺めていました。

     

    午後になり、近くにショッピングモールがあったのでそこに歩いて買い物に向かいます。

    すると北欧を旅している洋介さんからメッセージが来ました(ヨーロッパにいる洋介さんとアフリカにいる私はタイムゾーンがほとんど一緒なのでやり取りしやすい)。

     

    洋介さん:「なんかここのところテンションが上がらないんですよね。ヨーロッパは安心感がありすぎるせいでドキドキが無いからですかね?」

     

    確かにしばらく洋介さんに元気が無いようなのはLINEのメッセージからも伝わっては来ていました。

    洋介さんが日本を出発したのが5月末。そろそろ3か月が経とうとしています。

     

    実は私も前回のときには、パミールハイウェイを走り終えてジョージアからトルコに向かう頃で日本を出発して3か月くらいでした。

    トルコにいた時くらいは私のテンションはミニマムに低かったです。

     

    もちろんパミールハイウェイでの感動が大きすぎて、仲間との別れを経て燃え尽き症候群気味になっていたのは確かですが、この3か月という期間が実は長期の海外旅行の鬼門になる時期なのかもしれません。

     

    以前、バックパッカーとして海外を回ったことがある人に話を伺ったときに「3か月くらいすると旅が日常になり、感動が薄れてきて惰性になる」ということをおっしゃっていたのを覚えています。

     

    私自身、今回はアンゴラからナミビアを経て南アフリカで(タイミングが合えばポーランドに寄りますが)この旅は一旦終わろうと思っています。

    正直、アンゴラのルアンダから南およびナミビアはすごく良くて、そのほか、環境も良く、観光資源の豊富なボツワナ、モザンビーク、タンザニアまで足を伸ばしたいという思いもあるのですが、もしそれをしたとしても、私にとってはそれは単なる観光旅行の延長でしかなく、時間をかけてそれをするよりも日本に戻って私の人生を次のステージに進めることの方が大切だと思っているため今回はここまでにしようと考えています。

     

    しかし、旅に意味を見出すことにどれほどの価値があるのでしょうか?

    前回、西モンゴルで酷い目に遭って、メンタルが底辺まで沈んで、やっとの思いで辿り着いたロシアとの国境ウルギーで洋介さんに再会したときに、洋介さんはこうおっしゃっていました。

     

    洋介さん:「(私が何のために旅に出たのかわからなくなっていると言ったことに対して)そもそも旅に出るのに理由や目的なんて要りますか?旅をしているうちに何かを見つけるかもしれません。何も見つけられないかもしれません。旅ってそういうものではありませんか?それじゃいけないんですか?」

     

    もちろん目的意識を持つことは大切です。私も仕事においては目的意識は強く持つように心がけますし、部下にも口を酸っぱくして言います。

     

    でも、このような自由気ままな旅において意味だのなんだのを考えること自体がナンセンスなのかもしれません。

    私が3年前に洋介さんに言われたことをそっくりそのまま「『洋介さん』っていう人が言っていましたよ」って付け加えて言ってやりました。

     

    洋介さん:「その『洋介さん』っていう人、なんて素敵な人なんでしょう!気が楽になったのでビール買ってきました」

     

    元気が出たようで何よりです。

     

    旅も人生も似たようなものかもしれませんね。

    以前、キャンプの師匠のKさんがこうおっしゃっていました。

     

    Kさん:「なんで価値のために生きないといけないんだ?そんなの考えたこともないよ」

    いつも誰よりも楽しそうに笑い、いつも自然体でいるKさん。

     

    そんな風に肩の力を抜いて楽しそうに生きるから洋介さんもKさんも魅力に溢れているのでしょうね。

     

    この旅はそんな生き方もとても魅力的なんだよって教えてくれた旅でもあるのかもしれません。

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  • シルバインさんとジャスミンさん

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    2022年8月25日(木)2回目東京出発21日目、この旅トータル306日目 ナミビア8日目 ウォルビスベイ~ウィンドフット 走行距離423km

    たった2泊でしたがこの落ち着いた街ウォルビスベイを離れ、この日は首都のウィンドフットを目指します。

    朝食を終え、少しゆっくりしてから宿をあとにします。
    宿の女主人は物静かな方ですが「滞在はいかがでしたか?楽しめましたか?」と最後に優しく微笑みながら聞いてくださいました。

    フラミンゴ以外何もない静かな街なので、今後私がこの街を再び訪れる可能性は非常に低いですが、それでもとても素敵な街であったと私の記憶に残ることは間違いないです。

    お昼くらいには海岸線にフラミンゴがたくさんやってくるという話でしたが、チェックアウトの11時にくらいにはまだフラミンゴはそれほど多くなく少し残念ではありました。

    この時期のナミビアは朝はとても寒いです。そしてウォルビスベイは日中になってもそれほど気温は上がりません。
    冬の装いで出発しますが、この時点で内陸に入ったら気温は上昇して暑くなることは予想できます。しかし、本日の目的地の首都ウィンドフットは標高1700mほどの場所にあるため、また夕方にはまた寒くなることが予想されるので温度調節が本当に難しいです。

    そしてそれが本当に体力を奪うのでこのまま毎日のように移動するのは体力的に大変です。
    ウィンドフットではこの時点で2泊し、一日は体力の回復に努めることに決めました。

    ウォルビスベイを出発してから内陸に150kmほど入ったくらいから予想していた通り大変気温が上がってきました。冬の装いでは暑くて仕方ないのですが、またすぐに気温が下がってくることを考えてそのまま走ります。

    ウィンドフットに近づくにつれて多少気温は下がってはきましたが、寒いというわけではありません。冬の装いでは少し暑いくらいですが、耐えられないというほどではありません。

    ウィンドフットの街中に入りやってしまいました!…。
    信号が変わりそうだったのですが、そのまま行けるか?と思い少しスピードを上げたのですがやっぱり駄目だと思い急ブレーキをかけて止まります。すると後ろから来た車は私はそのまま進むものだと思って間一髪追突されそうになったところを避けてくれました。

    本当に間一髪でした。
    疲れは本当に危険です。いろいろな判断力を失わせます。

    事前に調べていたウィンドフットの宿に到着し、レセプションに行くと対応してくださった白人のマダムが私の顔を見るなり「あなた大丈夫?!とても疲れた顔しているわ。とにかく良いから荷物を持って部屋に行ってゆっくり休みなさい」と言います。

    確かに疲れています。でも初対面の方にそんな風に言われるほど私の顔は疲れていたようです。
    確かにオプウォで砂嵐に見舞われてからずっと疲れているのは確かです。最初から2泊するという判断は正しかったようです。というより、もっと早くにしかりと休みを取るという判断が必要だったかもしれません。

    レセプションには行ったり来たりしている白人の男性とアジア人の女性がいて、初め宿の従業員かと思ったのですが、この方たちもご夫婦のツーリストのようです。

    旦那さんの名前はシルバインさん。フランス人だそうですが9年ほど前から南アフリカに住んでいるそうです。化学メーカーのエンジニアと言っていました。奥様はジャスミンさん。マレーシア出身ということでしたが、パリのホテルで働いていたことがあり、今は専業主婦ですと恥ずかしそうに言いました。
    いやいや、専業主婦でもご夫婦で仲良く旅行されるということは、旦那様のご期待に沿ってきちんとご自身の役割を全うされていらっしゃる証拠です。十分に立派な職業だと思います。

    シルバインさんもジャスミンさんも日本人にはとても聞き取りやすい英語を話すので会話が楽です。

    そして二人ともすごく私に気を使ってくださり優しくしてくださいます。

    シルバインさんは次は日本の京都を旅行したいなーなんておっしゃっています。
    日本に行ったことはありますか?と私が質問すると

    シルバインさん:「いや、一度もない。仕事で行くにしても言葉の問題があって大変難しい。せめて英語が通じれば良いんだけれども。でも、日本は日本独自の文化があり習慣があり大変興味深い国だと思う」

    と言います。

    私が子供のころ、私たちが大人になるころには英語は必須なんて言われていましたが、実際に日本に暮らし日本で働く人にとって英語が必須な人はほんの一握りでしかありません。人口がある程度大きく数十年前までは市場規模も大きかった日本も飽和状態になっていることを考えると、今の状況はマズいというのはやはり確かなことでしょう。

    そして言葉の問題が障壁となって海外から人材を受け入れられないとなるといよいよ厳しいのは明らかです。
    日本人は世界的に見て英語はできる民族だと思います。ただ話そうとしないだけ。
    私の英会話も海外で身に付けたものではなく、日本にいてオンライン英会話を継続することでコミュニケーションを取るには困らないレベルにはなったというものです。そして、私自身もともと英語が得意だったわけではないですが、中学高校の基本的な英語の知識があったために、それほど苦労していません(とは言っても私の英会話もまだまだだとは思います。実際に洋画を字幕なしで見るのはかなり厳しいですし)。

    私程度の人間であってもそれほどの苦労をせずにある程度の英会話を身に付けられたことを考えると、大半の日本人は日本にいながら十分に英会話を身に付けられると思います。

    今の時代、オンラインにていくらでも外国語を身に付ける機会を作ることができます。しかも英会話は勉強というより単なる訓練なのでそれほどハードルが高いものだとも思いません。言葉は単なる道具でしかありませんが、今後の日本の発展のためにも日本国内では英語は普通に通じるくらいの国になって欲しいとは思ってしまいます。

    シルバインさんとジャスミンさんは明日には出発するのでスーパーに買い物に行きます。

    私は疲れをいやすために宿のバーでビールを飲みます(これが疲れが取れない原因だろうか?いやそんなはずはない…)。

    この宿のバーはセルフで自分で冷蔵庫から飲み物を取り、自分の部屋に付けます。
    私一人がバーでビールを飲んでいると、この宿のオーナーと思われる一人の白人の老紳士がやってきます。

    二人でテレビでクリケットの試合を見ます。この老紳士はクリケットとラグビーのファンだそうです。ナミビアもイギリスの植民地だったため、イギリスで人気のあるクリケットとラグビーは人気があるのかもしれません。

    そこにシルバインさんとジャスミンさんが帰ってきました。

    シルバインさん:「ヒデはクリケット好きなのか?」

    私:「いえ、正直クリケットはあまりよく知らないんですよ」

    シルバインさん:「俺も実はクリケットは良く知らないんだ。ヒデはなんのスポーツが好きなんだ?」

    私:「(実際は野球が好きですが世界的にもメジャーでないし、サッカーは代表の試合しか見ないし…)そうですね。実は私は昔、空手と柔道の選手だったんですよ(正確には違いますが空手と柔道を足したような競技をやっていました)」

    シルバインさん:「おー!柔道か!柔道ならフランスでは文化として根付いているよ。実は俺も柔道やっていたんだ。フランス人はだいたい子供ころにみんな柔道をやっているんだ」

    私:「はい。知っています。だから柔道の強い選手も多いですよね。例えば重量級のリネールとかは日本でも有名人ですよ」

    シルバインさん:「そう。リネール。あいつは強かった。ラグビーはどうなんだ?日本では人気があるのか?」

    私:「はい。ワールドカップはすごい盛り上がりましたよ」

    シルバインさん:「そうだよな!なんたって前々回の大会では日本チームは南アフリカに勝ったんだ!」

    私:「あれは本当に興奮しました。奇跡ですね」

    シルバインさん:「奇跡なんかもんか!あのときの日本チームは本当に勇敢だった!」

    そうです。ブレイブブロッサムズ。桜の紋章を胸に掲げた勇敢なチームです。
    南アフリカを破ったあの試合。残り時間わずかで日本はキックという選択肢もありました。キックが成功すれば同点となり、圧倒的格上の南アフリカに引き分けという大変な番狂わせを起こせる場面です。キックを選択して確実に同点を狙うかと誰しも思ったあの場面で、ブレイブブロッサムズはあくまで勝ちにこだわりリスクのあるランを選択します。そしてトライを決めて歴史に残る大逆転の大金星を挙げたのでした。

    2016年だったでしょうか?
    私も大きな勇気をもらった一人です。

    その横でジャスミンさんとオーナーの老紳士はナミビアの観光地について話をしています。
    するとウォルビスベイという単語が聞こえてきました。

    私:「ウォルビスベイですか?私は昨日までウォルビスベイにいましたよ。フラミンゴを見に行きました」

    シルバインさん:「おー、フラミンゴがいるのか?」

    私:「あと、その少し北にいったケープクロスにアザラシを見に行きました」

    オーナー:「アザラシ見に行ったのか?あのくせー奴を」

    やっぱりそうですよね。アザラシの印象と言えばくせー奴になってしまいますよね…。

    シルバインさん、ジャスミンさん「アザラシは臭いのかー。そうか臭いんだー」

    とそんなこんな話をしているとオーナーさんが注文を取ってくれた夕食が届きました。
    シルバインさんとジャスミンさんは今朝方南アフリカを出発して朝から何も食べていなかったようです。

    食事をしながら談笑し、この日は更けていくのでした。

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  • なんだ?この怠惰な生き物は??

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    2022年8月24日(水)2回目東京出発20日目、この旅トータル305日目 ナミビア7日目 ウォルビスベイ~ムーンランドスケープ~ケープクロス~ウォルビスベイ 走行距離473km

    この日は朝8時に朝食をお願いしていて、女主人は時間に余裕を持って準備をしてくださっておりました。
    この国の人たちは本当にしっかりと時間を守ります。
    それでいて全くギスギスしていないのも素敵だなと思います。

    完全に冬の装いで最初の目的地であるムーンランドスケープに行きました。
    ムーンランドスケープに行くには15kmほどの未舗装路を走る必要があったので気を引き締めて行きましたが、実際にはダートであっても地面は引き締まっていますので気持ちよく走れます。

    荷物を積んでいなければテネレさんで走るには最高の道です。思わず100km/hくらいで砂埃を巻き上げながら滑走します。

    少し高台になっているムーンランドスケープの展望スポットに到着するとヨーロッパからの旅行者と思われるご年配のグループがいらっしゃいました。

    ここから見る景色はまさに絶景でした。パミールハイウェイを滑走しているときにここは本当に地球上なのか?月とか他の惑星なのではないか?というような錯覚に陥りましたが、ここは月のような場所というよりも地球上の大自然の真っ只中という表現の方が相応しいと思うのですが。

    この土地には「ウェルウィッチア(和名:奇想天外)」と呼ばれる、砂漠に生息する珍しい植物が生えているということでそれっぽい植物を撮影したのですが、私が見たものは「ウェルウィッチア」では無いと後で知り少し残念でした。

    ただ、この場所は本当に絶景です。前回の長旅の中で見るのではなく、一度帰国して気持ちをリセットしてから見たというのもあると思うのですが、もしナミビア旅行を計画されている方がいるならぜひ訪れて欲しい場所です。

    そしてこの日はこのまま北東の海岸線のケープクロスにアザラシを見に行きます。

    このケープクロスに行く道中が私は不安を感じずにはいられませんでした。
    アザラシの群生地ということでもっと多くの人が訪れるような場所だと思っていたのですが、荒涼とした霧に包まれた海岸線をひたすら走り、まったく他の車をみかけません。

    荷物も宿に置いてきてしまい、最低限の工具しか持って来ていないのですが、もしこんなところでマシントラブルに遭ったらどうなるのかと思うと不安が募りました。

    それでもこの旅で50,000km近く走って一度もトラブルらしいトラブルに見舞われることのなかったテネレさん。しかもこの日は重たい荷物も積んでいません。そうそうこのタイミングでマシントラブルなど発生するわけがありません。

    無事にアザラシの群生地ケープクロスに到着しました。
    受付で入場料を払います。150ナミビアドル(約1200円)と事前情報では得ていたのですが値上げされていて200ナミビアドル(1600円)となっていました。

    アザラシが驚いてしまうのでバイクはゆっくり走ってくださいねという注意を受けて海岸に行きます。

    最初にこいつらを見た瞬間に感じたのが「なんなんだ!?こいつら?マジでくせー」でした。
    とにかく鼻が曲がるほどなんともいえない異臭を放っています。

    しかもぐでーっと寝そべってやる気のない姿が本当にだらしない。無意味にメェーメェー吠えているのもわけわからんし、心底私はこんな怠惰な意味不明な生物に生まれてこなくてよかったと思いました。

    しかも立て看板を見るとこつら気に食わないと噛みついてくるから気を付けろと書いてあります。
    こんな怠惰でだらしなくて臭い生物のくせに気に食わないと噛みつくってどれだけ終わっている生物なんだよ…。

    海岸線にはアザラシを見るための展望通路があるのですが、その入り口付近に一匹のアザラシが寝そべっていました。
    展望通路に入るときに、こいつが気に食わないって思って噛みついてきたら嫌だなと思っていたのですが、そこにアザラシが寝そべっているのが気に食わないと思ったのか、白人のおばちゃんがこのアザラシに蹴りを入れてどかしていたのを見て、サスガだなと思いました。

    まーとにかく「臭い」と「この怠惰な生き物はなんなんだ?!」という感想を持ちケープクロスを後にします。

    ケープクロスからウォルビスベイへの帰り道、またしてもライダーとすれ違います。
    合図を送って互いに道路脇に停車します。

    ニュージーランドからの旅行者で65歳と言っていました。
    65歳にしてはずいぶんとおじいさんみたいだなと思いました。
    このブログの読者の中で絶大なる人気を誇る粕谷さんも3年前の日本出発時は65歳でした。
    それを考えると粕谷さんって本当に若いなと思います。確かに私が鳥取の境港で初めて粕谷さんに会ったとき、洋介さんに50歳くらいのライダーに会いましたよって言ったのを覚えています。というより日本人は全体的にすごく若く見える人が多いのでしょうね。私は日本にいれば年相応に見られますが、海外で41歳ですというと「25歳の間違いだろ?お前数も数えられないのか?」なんて言われたりします。

    このニュージーランド人ライダーは南アフリカからボツワナやモザンビーク、タンザニアなどを旅して、エチオピアにはカルネが無くて入れなかったと言っていたのですが、タンザニアの北、ケニアがカルネが無くて入れなかった国の間違いではないでしょうか?ケニアは他のライダーでカルネがなくてどうしても入れてもらえなかったという話を聞いたことがあります。

    ただ、この方はカルネなしで南アフリカやナミビアは旅をしているので、この方の話を聞く限り私が心配しているそのあたりはなんとか問題なさそうです。

    しかし、ニュージーランドの英語は訛りがきついのでしょうか?
    それともこの方の活舌が悪いのでしょうか?
    聞き取るのに苦労します。

    私が西アフリカを通って来たという話をしたら「どうだった?」と聞かれたので「正直おすすめはしない。まず道路が非常に悪いし、国境越えも非常に面倒だ」と伝えました。

    この方も年齢が高いので車重の重いバイクを扱うのは大変なのでKTM500アドベンチャーを選んだと言っていました。
    時期にもよりますが、雨季にあたってしまうとガボンーコンゴ間、ギニアの赤土地帯、リベリアなどは地獄を見ることになるでしょう。この辺りは道路状況だけでなく衛生面、疫病の心配もある上に、特段見るべきような観光地もなければ、腐敗した警察官と国境職員、検問の軍人がいるので、そういったところに行くことに価値を見出す人以外には全く以ておすすめはしないです。

    このままこの日はウォルビスベイ帰還します
    ウォルビスベイに到着すると再度フラミンゴを見ます。
    残念ながらフラミンゴの数は少ないですが、それでもアザラシに比べたらなんて品のある生物なのでしょう。

    でもやっぱりこのナミビアという国はたくさんの観光資源があり、ストレスなく旅行ができることから私は大変好きな国だなと思いました。

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  • ウォルビスベイのフラミンゴ

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    2022年8月23日(火)2回目東京出発19日目、この旅トータル304日目 ナミビア6日目 オウチョ~ウォルビスベイ 走行距離420km

    やはり昨晩の時点でサファリツアーの催行はないということだったので、ここにこれ以上滞在するよりも先に進むことにしました。

    ナミビアの西の海岸エリアにウォルビスベイという野生のフラミンゴが群生する地域があるということでそこに向かうことにします。

    この時期、朝晩の冷え込みの厳しいナミビアですが日中は大変暑くなります。バイクで走って風を受けていてもこれだけ暑く感じるのですから気温はなかなかに高いはずです。

    しかし、ウォルビスベイ手前200kmの地点位から急に空気が冷たくなってきました。
    周りを見ると大きな砂丘に囲まれ完全な砂漠地帯なのですが徐々に霧が濃くなっていき視界も悪くなってきます。そのことが海が近いことを知らせてくれます。

    ウォルビスベイから北に40kmほどのスワコプムンドという大きめの都市に着くころには気温はだいぶ低くなっていました。
    スワコプムンドのガソリンスタンドに立ち寄ると従業員はみんなファーの付いた厚手のジャンパーを見に纏っています。

    従業員に話を聞くとこの辺りはこの時期は日中の気温はこんなもんだと言います。

    そこから真っ直ぐ南下してウォルビスベイを目指そうと思いスワコプムンドの街を出ようとしたところでトライアンフのタイガー800にタンデムの旅行者とすれ違いました。

    タンデムシートに座る小柄の女性が両手をあげて嬉しそうに私に合図を送ります。
    ちょうど彼らの今夜の滞在先の宿の目の前に停まったようです。

    私はUターンして彼らの元に行きます。

    イタリア人ライダーということのようですがほとんど英語は話せません。
    それでも二人とも大変楽しそうにキャッキャッ言いながら私にイタリア語で話しかけてきます。

    私が日本人だと言うと、二人は日本が大好きだ!と言います。「ワビサビだろ!」と意味を知って言っているのかどうかも怪しいけれど、嬉しそうに言います。

    ただ、彼らは相当な旅の熟練者だと思われます。
    インスタグラムのアカウント交換をすると、世界中いろいろな場所をタンデムで旅行しているようです。
    彼らのこの性格の明るさならば言葉なんてどうでも良いのでしょうね。

    私が南アフリカを目指していると言うと「ワインがボーノボーノだぜ!」といって大笑いしながらほっぺたに人差し指を当ててクリクリするのでした。

    彼らの驚くことは紙の地図で旅をしていることです。そして、私がこれからウォルビスベイに行くと言うと「おー、俺たちも昨日までいたけど大変だったぞ!5日間全く道のない砂漠の砂の上を走ったんだ。とにかく砂が深くて走るのが難しい。気を付けるんだぞ」と言います。

    そして紙の地図を出して、ウォルビスベイの更に先の砂漠地帯を指さすのでした。

    この大変明るいイタリア人カップルに別れを告げ、ハートがほっこり暖かくなったところで、あともうひと踏ん張り、ウォルビスベイを目指します。

    ここからもしかしたら私は大変な所に来てしまったのではないかと不安になってきます。
    どんどん気温は下がり、霧が濃くなり幹線道路の横は延々と続く大きな砂丘があるばかりです。

    しかし、そんなことは杞憂に終わり、ウォルビスベイの街に入ると驚くような大きなショッピングモールが現れました。
    寒くて仕方ないので何かライダースジャケットの下に着るスウェットか何かを買いたいのですが、まずは落ち着きたいので宿に行くことにしました。

    街の中心部から離れ、海岸線に沿って進み、人の閑散とした地域に小さなそれでいて品のある一軒の宿を見つけました。

    あまりにも閑散としているので宿もやっていないのかと思いましたが、私がバイクを停めて中を確認しようとすると一人の黒人女性が出てきました。
    確認すると宿は営業しているようです。

    この国の黒人の方々の多くは非常にニコニコと明るい性格の人が多いですが、この女主人は物静かな雰囲気であまり笑顔を見せることはありません。
    ただ、下手に媚びるような笑顔を見せることはなく、会話の中で時折見せる静かな微笑みに知性と品性を感じるのでした。

    黒人特有の硬く癖の強い髪のためにこの黒人の女性の多くはウィッグを付けている人がほとんどですが、この女主人はウィッグを付けることなく丸刈りに刈り上げてそのままにしています。

    欧米の価値観から言えば決して美人と言えるような顔立ちでは無いですが、サラッと着こなすシンプルなスウェットとパンツ姿に大変清潔感があり素敵な人だなと思いました。

    こういう方を見ると、どういう教育を受けどういった経験を積んできてこのような品性を獲得するのか?といつも気になります。
    例えば旅仲間であるモンキーライダーの洋介さんなども大変な知性と品性を感じます。

    彼などは特段に特別な家庭に育ったわけでもなく、目を見張るような学歴や経歴を有しているわけでもない上に、いつもウ○コとかチ○チ○とか小学校低学年の男子が言うようなしょうもないことばかり口にしていますが、それでも知性と品性を感じるというのは生まれつきの特殊能力なのかもしれないとも思ったりはするのですが…。

    とにかく寒いので荷物を部屋の中に入れます。

    私:「私はフラミンゴを見にここに来たのですが、この季節フラミンゴは見られますか?」

    女主人:「海岸線に行けばたくさん見られますよ。季節問わずこの地域はたくさんのフラミンゴを見ることができます。来るとき海岸線に見えなかった?」

    私:「本当ですか?この後見に行ってきます。あとこの地域の治安はどうなのでしょうか?(外務省のサイトによると外国人に対してナイフによる強盗事件が発生したことがあるので十分に注意するようにとの記載があり、また人が少ないエリアなので時間帯によっては気を付けないといけないと思い確認しました)」

    女主人:「とても安全なエリアですよ。全く心配いりません」

    もちろん日本と同じ感覚ではいけないとは思いますが、そこまで神経質になる必要はなさそうです。

    まずは街の入り口で見かけたショッピングモールに防寒着を買いに行きます。
    こんな国の外れにある都市部に関わらず、このショッピングモールも大変大きく充実しています。
    すぐにファストファッションの店に入り1500円程度のスウェットを購入しました。

    ショッピングモール内にはキャンプ用品店も見つけたのでテントも見てみたのですが、家族用の大きなテントしかなかったため購入はいたしませんでした。

    そのまま宿の近くの海岸線に行きフラミンゴを見ます。
    夕暮れ時の景色が素晴らしいという話を聞いていたのですが、霧が濃く、フラミンゴの数もそれほど多くなく少し残念ではありました。

    宿に戻ると

    女主人:「フラミンゴを見てきたの?たくさんいたでしょ??」

    私:「フラミンゴは見てきたのですが、数はそれほどはいなかったです」

    女主人:「あら。そうだったの…。お昼の時間帯、そうねー12時くらいになると海岸を埋め尽くすほどたくさんのフラミンゴがいてとても綺麗よ」

    なるほどー。それは見てみたいですが、明日はこの宿に荷物を置いたまま北東に約150kmほど離れた場所にある隠れた観光地であるムーンランドスケープ(月のような場所)と、北に170kmほど離れたアザラシの群生地であるケープクロスに行く予定です。

    もう一日延泊して昼の時間帯に海岸線いっぱいのフラミンゴを見てみたいとも思ったのですが、シングルルームは明後日には予約で埋まってしまっているということで、明後日の出発をチェックアウトぎりぎりの時間にして運よく見られないものかと考えることにしました。

    しかし、正直朝の寒さと昼の気温上昇、そしてまた夕方の急激な冷え込みには本当に体力が奪われます。
    たった400km超の走行ではありましたが、へとへとに疲れ切ってしまい、この日も9時頃には就寝してしまいました。

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  • 先進国

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    2022年8月22日(月)2回目東京出発18日目、この旅トータル303日目 ナミビア5日目 オウチョ 走行なし

    この日は今後の旅の方針を考えるためにも一日ゆっくりこの宿で考えることにしました。

    まず一つ目はサファリに行くことをどうするかです。
    この宿のオーナーさんがサファリツアーのコーディネートもしているということで、サファリツアーについて話をすることができました。

    すると一番早ければ明日の火曜日に他の人の予約が入る可能性があるので、その場合はサファリツアーを決行するので帯同できるということでした。
    今夜までには決定するということなので、今日一日待ってみて決行するようであれば参加し、決行されなければ先に進むことにしました。

    もちろん本物のサファリの動物を見るというのは大変魅力的なことではありますが、今回の旅はあくまでバイク旅。バイクで行けないところに無理していくのではなく、私はこのナミビアという国が大変気に入っているので、将来サファリツアーを目的とした旅行に再び訪れても良いか思っています。

    二つ目の問題は壊れてしまったテントをどうするか?です。
    ここで捨ててしまい身軽になり、この先の旅はキャンプはしないというのも一つの手です。
    実際にキャンプをするとなると、テントだけでなくその他細かいキャンプ用品、食料、多少多めの水などを携行する必要があるため、そのための荷物が膨れ上がるのも事実です。
    しかし、私のテントの破損はファスナーだけであり、ポールが折れてしまって設営自体ができないわけではありません。
    先日のような砂嵐に出会うというのは大変なリスクではありますが、入り口をテープで止めてしまうということで絶対にどうにもならないという状況ではありません。ナミビアでは町の無いところにもキャンプ場が点在し、テントを持っているだけで旅の幅は大きく広がります。
    結論としてはとりあえずナミビアにいる間は少なくともこのファスナーの壊れたテントは携行し、どうしてもキャンプがしたいような場所を訪れたときなどにキャンプができるという可能性を残すことにしました。

    さて、ここ数日ナミビアを旅していて「先進国」とは何だろうか?と考えるようになりました。

    前回帰国したのちに多くの人に尋ねられたのが「一番良かった国はどこ?」でした。
    あげればきりが無いですが、最も素晴らしかったのは言うまでもなく中央アジアのパミールハイウェイです。しかし、ここでの思い出が一番輝いているのはマイケル、アントニオ、ダニエル、アルティナといった素晴らしい仲間と共に過ごせたことが大きな相乗効果になっているため、パミールハイウェイ単独での評価なのかどうかは難しいところではあります。ただ、パミールハイウェイは多くのライダーやチャリダーの憧れの地であるため、きっと他の方たちも私と同じような経験ができるであろうことを考えると、ライダーやチャリダーには強くお勧めできる場所なのは間違いありません。

    その他、綺麗な自然と穏やかな人たちが住む旧ソ連のジョージアや、綺麗な街並みと物静かでおとぎ話の世界のようなブルガリア、北マケドニア、アルバニア、モンテネグロ、セルビア、ボスニアなどの東ヨーロッパの国々はバイク旅でなくてもおすすめできる場所かと思います。

    しかし、今回ナミビアを訪れて、私が旅をして一番好きな国はナミビアかもしれないと思っています。

    人々が穏やかに暮らし、多くの自然が残り、治安も良く、それでいて都市部には物が豊かに存在して、道路、水道をはじめとするインフラが非常に高いレベルで整備されています。
    とても旅がしやすい国であり、それでいてたくさんの観光資源に恵まれています。

    一時期失業率の増加に伴い多少の治安の悪化があったと聞きましたが、私が見る限り人々は大変穏やかに暮らしていて、私がバイクで道を通るとニコやかに手を振ってくれることからもこの国人たちが余裕を持って生活されていることが見て取れます。

    少し気になることとすれば、宿やキャンプ場、飲食店のオーナーの多くが白人であり、そこで働く従業員は黒人という構造です。
    これだけ豊かな国なのだから、教育水準は白人も黒人も大差ないと思います。それでも資本家が白人で労働力が黒人という構造があります。

    もちろん、そこで働く黒人たちはとても優しく楽しそうに丁寧な接客をしてくれていることを考えると、彼らは彼らで自分たちの生活に満足しているのかもしれないので外国人である私が口を挟むような問題ではないのかもしれませんが。

    私がナミビアを旅していて感じるのが、ナミビアのように多くの人が安心して穏やかに暮らせる国というのが「先進国」なのではないかということです。
    ナミビアの国民一人当たりのGDPはまだ日本の数分の一のようではありますが、心の豊かさという面において非常に高い水準にあるように思います。

    一つ不思議なのが、どうしてナミビアはこれだけ豊かな国を形成することができたのだろうかということです。
    正直自然環境は大変厳しい国なのは間違いないと思います。

    前回の旅でモーリタニアを訪れた時に、あまりの自然環境の厳しさゆえに、あれではどうやっても経済発展など望めないと思ったものです。
    ここナミビアも私の目からすると自然環境の厳しさからするとモーリタニアとそこまで大きく変わらないように思うのです。

    とにかく乾燥した大地。水資源の乏しさ。広大な砂漠(しかもナミビアの砂漠は他の国の砂漠と違ってそのほとんどが砂丘で形成されています(ほかの砂漠地帯においてはその多くが土漠であったり礫砂漠であり砂丘の面積はほんの一部))と大変な砂嵐を巻き起こす強風。

    このような条件があるにも関わらず、広大な国土の中において都市部を繋ぐ基幹道路は綺麗に整備され、点在するキャンプ場では水道が使えることがほとんどです。この国を作った先人たちには大変頭の下がる思いです。

    日本も同様に資源には恵まれず、先の大戦において深刻なダメージを受けたにも関わらず、そのわずか数十年後には世界一の経済大国と呼ばれた時期があったほどに発展しました。一方で今では徐々に衰退の道を歩み、今後の展望も見えづらいのは確かだと思います。

    経済的な発展は人々の心の豊かさに影響を与えるのは事実として、それと同時に若い世代が安心して、さらに未来に希望を持てるような国を作っていきたいと思うものです。

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  • サファリに行きたい

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    2022年8月21日(日)2回目東京出発17日目、この旅トータル302日目 ナミビア4日目 オンジョウェウェ~オウチョ 走行距離140km

    昨晩心配した砂嵐はここでは起こりませんでした。
    それでもテープで補強したテントの入り口は剝がれかけています。
    これでは砂嵐に遭遇したらただではすみません。本当に困ったものです。

    朝食を済ませて出発します。

    すると、ちょうどあのドイツ人家族も同じ時間に出発したようで合流地点でキャンプカーに乗ったドイツ人家族と鉢合わせました。

    あの気さくなお父さんが手を振ってくれます。

    出口を出ると私は右に曲がり、ドイツ人家族は左に曲がって行きました。

    数キロ走って気が付きました。

    あの家族、もしかしたらこれからエトーシャ国立公園にあのキャンピングカーで行くのかもしれません。
    ならば入り口の所で、可能だったら一緒に車に乗せてもらってサファリに行けないか聞いてみればよかったと。

    まーでも、家族水入らずですし、あのお父さんは良いと言っても、奥さんとお子さんたちは良い気がしないかもしれないのであまり図々しいことはいわなくてもやかったのかなと思いました。

    今日はとにかく全身砂だらけの状態をなんとかしたいのでこの農場から250km離れたオジワロンゴという少し大きめの都市を目指すことにしていました。

    すると途中サイクリストのツーリストカップルを追い抜きました。私が手を振ると彼らも応えてくれます。

    あ、サファリのことについて彼らなら何か知っているかもしれないということで少し先で待つことにしました。

    私:「こんにちは」

    サイクリスト:「やあ。どこの国から来たいんだい」

    私:「日本からです」

    サイクリスト:「そりゃすげー。俺たちはヨーロピアンだ。日本も自転車で走ったことあるぜ!」

    私:「あの、サファリのツアーについて情報はお持ちではないですか?昨日エトーシャ国立公園に行ったのですがバイクでは入れなくて」

    サイクリスト:「だよな。自転車も入れない。俺たちは以前、ここから少し行ったところのオウチョって町の、ササ サファリキャンプサイトってところでツアー組んでもらってすごく良かったぜ。ここからそんなに離れていないから当てがないなら行ってみると良いんじゃないか」

    私:「どうもありがとうございます!」

    うーむ。キャンプ場かー。テントがこのありさまなのでどうしたものか…。キャンプ場で斡旋してくれるなら他の宿泊施設でもツアーを組んでくれるかもしれないからとりあえずオウチョという町まで行ってみよう。

    ということでそこからたった100kmちょっとの町オウチョを目指すことにしました。

    オウチョの町にはたくさんのロッジやホテル、キャンプ場があるようです。
    とりあえずそれほど宿泊費が高くない宿泊施設を訪れるのですが、どこも人数が揃わないとツアーは組めないということでした。
    仕方ないのであのサイクリストに教えてもらったササ サファリキャンプサイトに行くことにしました。

    ササ サファリキャンプサイトはオウチョの町からは少し離れていて未舗装路を10kmを走って行きます。
    しかし、ササ サファリキャンプサイトは堅いゲートに閉ざされており開いていないようです。

    こんな風にグルグルと町中を彷徨っていても仕方ありません。

    とりあえずオウチョの町に引き返して最初のロッジが価格的にも安く、食事も充実したレストランがあるようなのでそちらに宿泊することに決めました。
    やはりここでもキャンプか?と聞かれるのですができればロッジに泊まりたいです。

    ロッジも空いているということで安心し、ロッジに宿泊することに決めました。

    ついでに

    私:「あのー、この宿泊施設でサファリのツアーなんて組んだりしてくれたりしないでしょうか?」

    と確認すると

    受付の女性:「ここのオーナーがやっているわ。でも人数を集めないといけないし、いつ開催されるかも不定期で不明なの」

    やっぱりそうか…。でもこの宿泊施設は価格も手ごろで充実したレストランとビールにあり付けます。
    数日だけ滞在してここでサファリのツアーが実施されないか待つのも良いかもしれません。

    あとはこのテント問題も考える必要があります。
    ナミビアがこんなにもキャンプ場が充実しているとは思いませんでした。

    もちろん必ずしもキャンプをしなくても旅はできるのですが、手ごろなロッジなどは満室のことが多く、ロッジが空いているときは高額な場合が多いです。

    あの砂嵐で身に付けているものを砂だらけになってしまっているので洗濯もしたいので2~3日滞在して今後のことを考えるのも良いと思います。

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