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  • 治安の悪さを感じ始める

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    6/27(木)東京出発19日目、ロシア11日目

    シヴァキあたり〜エロフェイパヴロヴェチ 走行距離 424km

    シヴァキあたりからエロフェイパヴロヴェチ

    昨日ダウンした洋介さんが心配でしたが、朝起きて体温を測ってみると、前日はあった微熱は下がっているという。ただし、少しだるさは残ってると言っていました。

    無理をして長引かせてしまうことが一番良くないのですが、そこは流石は洋介さん。オーストラリアや屋久島でガイドをやっていただけあって、こういうときに痩せ我慢することは良くないということをきちんと理解しているようです。

    正直に伝えてくれているということがわかるので、こちらとしてもそれは非常にありがたかったです。

    朝食はまだ食欲が無いということでしたが、だいぶ回復したので、とりあえず無理のない範囲で出発してみて、無理そうなら早めに宿を見つけるということで出発しました。

    すると、前々日と前日に良く眠ったせいか、洋介さんが快調に飛ばして走っていきます。早めのランチ休憩に入ったときには、前日からほとんど何も口にしていなかった洋介さんがモリモリ食べます(๑˃̵ᴗ˂̵)

    これを見て大変安心しました。

    気付けばこの日は424kmと、洋介さんと走り始めて最長距離を走る結果となりました。

    途中、休憩を取りつつも快調に飛ばす(o^O^o)

    ただ、この日に泊まった道端のホテルが一見良さそうに見えて、我々にとっては不安を感じさせるものでした。

    夕食後に洋介さんがバイクの軽い整備をしようと外に出て作業をしていると、若い3人組の男が洋介さんに携帯電話を売って欲しいと絡んで来たそうです。その3人組は我々が夕食を食べているときに入って来て、何を注文するわけでもなく、我々のことをジッと見ていたとのこと。そして有ろうことか、バイクカバーを掛けている私のバイクを、カバーをめくって見ようとしてきたらしいのです。もちろんそれに対して洋介さんはきちんと追っ払ってくださったようではありますが…。

    その後、今度は私が外に出てバイクの簡単な補修をしていると、今度は若い明らかにホームレス風の男が私に絡んできました。ロシア語で何か言ってきているのですが、何を言っているのかわからない私は、日本語で「何を言ってるかわからないよ」って適当に返事をしていたのですが、しまいには「マネーマネー」と言ってくる始末。それでも日本語で適当にあしらっているとどこかに消えてしまったのですが、さすがに不安になりました。

    とりあえず、今まで使ったことのなかったアラーム付きのディスクロックを取り付けてみたものの、どこまでそれが役に立つものなのか…。

    結局不安を抱えたまま就寝することとなりました。

    そして、更にこの日、私は大変な過ちを犯していました。この宿は建物内にシャワーがついていなく、別棟に有料シャワーがあるだけで、夕方に絡まれたこともありめんどくさくなり体を拭いただけでシャワーを浴びなかったのです。

    そしてこの判断がこの先、私にとんでもない事態を招くとは夢にも思っていなかったのです。

     

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  • コーヒー問題

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    ここ、ロシアはコーヒーよりも紅茶文化の国のようです。

    我々ライダーは道端のカフェで休憩や食事を取ったり、場合によっては宿泊することもあるのですが、カフェで食事をすると、「チャイ(紅茶はいるか)?」と良く聞かれます。

    私は紅茶よりコーヒーが好きなので、「コフェ(コーヒー)」と答えることが多いのですが。

    紅茶よりもコーヒーの方がわずかに値段は高いことが多いのですが、それでも一杯2540ルーブル(日本円にしてだいたい4570円くらい)ですので非常に安いです。

    ただ、紅茶にしてもコーヒーにしても一つ困った問題がございます。それは砂糖をこれでもか!というほど大量に入れられてしまうのです( ̄◇ ̄;)

    チャイを注文したとき
    下に澱んでるの、砂糖です(>_<)

     

    初めてコーヒーを注文したときに、私はコーヒーではなくてココアが出てきた(゚Д゚)と思ったほど甘かったです。

    次からは砂糖を入れないで欲しいと伝えようと思ったのですが、なに分英語が通じないため非常に難儀しました。

    そのうち、砂糖は「サハ」ということを知ったので、「サハ、ニェット(砂糖、いらない)」と言えば通じるようにはなったのですが、相手も私が言ったように「サハ、ニェット?」とリピートしてくるので、「そうです、いらないです。」という意味で「yes」とか「ダー(はい)」とか言ってしまうと、それは英語と同様、「砂糖を入れる」という事象に対して肯定の意味となってしまって、結局砂糖を入れられてしまうということが何度かありました( ̄◇ ̄;)

    「サハ、ニェット」と言って、相手が「サハ、ニェット?」と聞き返してきたら、顔の前で大きく腕でバッテンを作って「サハ、ニェット」と言うようになって、やっと最近はコーヒーに砂糖を入れられないようになりました。

    やっと砂糖無しのコーヒーを頼めるようになりました(o^O^o)

    言葉が通じないと、たったこれだけのことでも大変ですね(><)

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  • 洋介さんと私

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    ここで、これまでこの旅の多くの時間を共に過ごしている洋介さんという人物について話したいと思います。

    お守りを加工する洋介さん

    前述した通り、洋介さんは自動車の整備士の経験もあり、屋久島やオーストラリアでのガイド経験もあるということで、オートバイによる海外ツーリングをするためのスキルは非常に高い水準で持ち合わせています。

    今回はその洋介さんという人となりについて私が感じたまでを述べたいと思います。

    初めて洋介さんに出会ったのは2019年の3月、出発3ヶ月前に、海外をオートバイで旅をされた方のお話会ででした。

    このお話会には年配の方が多く出席されていたのですが、その中に一人若い方が出席されていて、それが洋介さんでした。お話会終了後に、誰かに、今年モンキーで世界一周を目指すと紹介されていました。

    その後の懇親会に行く前に会場の前で一人立っている洋介さんに話しかけたのは私です。

    私より10歳くらい若いのかと思ったら、なんと同い年。いつもにこやかで、一つ一つの所作に品があります。

    この私がここまで3週間近くも一緒に旅ができているというだけで、洋介さんという人物がおおらかな方だというのは察しが付くと思います。

    二人で行動していてもいつも私を優先しようとしてくれます。そのにこやかで愛嬌のある笑顔のため、私と二人で一緒にいても、ロシア人から話しかけられて仲良くなるのはいつも洋介さんです。

    トラックドライバーのボバと(*^.^*)
    実はこのボバ、昨年、メタボンさんとも一緒に写真を撮っていました(゜ロ゜;

    そんなことから一度洋介さんからこんなことを言われました。「一緒にいることで、本来ヒデさんが経験するはずの旅の醍醐味を奪ってしまってはいないか?一緒にいることは良くないのではないか?」

    これに対する私の回答は以下でした。

    「私の中で、南アフリカまでの旅のハイライトはモンゴル、中央アジア、アフリカ。なので、ロシアにおいてはあまり気にしていないよ。ただ、もし洋介さんにとって一緒にいるのがあまり良くないと感じて、一人で行きたいというなら、それは遠慮なく言って欲しい。せっかくの旅なのだから、お互いが足枷になったり負担になるようなことはあってはならないからさ」

    ここまでのところロシアにいて治安の悪さなどは感じてはいませんでしたが、これから向かう地域には以前、日本人ライダーが滅多刺しにされて殺害されたり、ロシア人ライダーが殺害されたり、スペイン人のチャリダーが強盗に遭ったりと治安面で不安な地域を通過することになります。

    そういったことを踏まえて、ロシアにいる間はもう少し一緒に走ろうということになりました。

    バイクの性能面でも、旅本来の目的でもお互い違う面があるのだから、近いうちにそれぞれ別の道を行くことにはなるのは当然です。

    おそらくあと数日でしょう。

    ただ別々の道を行くことになった後も、旅を続けていればまたどこかで会うこともあるでしょう。そのときはお互いに辿った旅の足跡を報告しあいましょうね(*´ω`*)

    旅の足跡を残す洋介さん
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  • 洋介さん、ダウン(>人<;)

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    6/26(水)東京出発18日目、ロシア10日目

    シマノフスク〜シヴァキあたり 走行距離111km

    出発直後のクルっと回っているところがありダートに入ってしまったところ:(;゙゚’ω゚’):

    前日体調不良を訴えていた洋介さん。前日は早く就寝したためか朝起きた時点で、なんとか大丈夫そうとのこと。ホッと胸を撫で下ろしました。

    朝9時にホテルのオーナーが迎えに来てくれて、バイクを停めてある小屋に。バイクを取ってホテルに戻る頃にはポツポツと雨が降り始めていました。

    雨が激しく降り始めたので一旦部屋で待機し様子を見ていましたが、10時頃には雨が上がってきたので、早速準備に取り掛かり出発しました。

    とりあえずチタ方面を目指すのですが、まだチタまでは1500kmほどあるので、この日も途中のどこかの村か町、もしくは道端の宿に泊まることになるかと。

    ナビアプリの示す方向に進んで行くとすぐに細いダートに入って行きました。直前の雨もあってか、かなりぬかるんでいて、さらに轍も深いです。

    テネレにオフロードもそこそこ走れるタイヤを履かせている私はそこまで大変ではないのですが、前を走る洋介さんはモンキーにノーマルタイヤ( ̄O ̄;)後ろから見ていても大変そうなのがわかります(>人<;)

    すると目の前でモンキーがフロントタイヤを取られて180°反転して転倒しました(>人<;)私も慌ててブレーキをかけたのですが、止まった場所が悪く、轍の深い所に足が届かずそのまま立ちゴケしてしまいました(´;Д;`)

    テネレは荷物を降ろして洋介さんと二人がかりで起こします。

    モンキーは反転、テネレは荷物を降ろして起こす(;´д`)

    ここで洋介さんが訊いてきます。「この先8kmほどダートが続きますけど、テネレはどうですか?」

    テネレであればこのくらいの道であればなんとか大丈夫そうだけれども…と伝えると、モンキーでもゆっくり走れば大丈夫そうだし、転んでも一人で起こせるので、テネレは先に行ってもらいダートの出口で落ち合いましょうという話になりました。

    テネレを起こすために荷物を降ろしていたので、再度荷積みをしていると後ろから車が来ました。

    車から降りて来た人の良さそうな大男が笑いながら泳ぐ仕草をします。

    ??(´;Д;`)

    前方を指で差した後、また泳ぐ仕草をします。

    まさかこの先に川でもあるのか( ̄◇ ̄;)

    翻訳アプリで彼の言っていることを訳すと、どうやらこの先は大きな水溜りだらけで、とてもではないがバイクでは通れないという(´;Д;`)

    この大男は警察官で、どうやら我々がこの細道に入って行くのを目撃して追いかけて来てくれたようです。

    もしこの方が来て教えてくれなかったと思うとゾッとします:(;゙゚’ω゚’):

    それは無理だということで引き返すことにしたのですが、炎天下の中長い時間立っていたのが祟ったのか、洋介さんがまた体調の不良を訴えます(´;Д;`)

    心配ではあったのですが、来た道を引き返すと、すぐに大きな国道に一旦出て、先に進みました。

    一時間半くらい走行して大き目のカフェを見つけたので昼食のため立ち寄りました。

    朝食を食べていなかったため私は腹ペコだったのですが、洋介さんは食欲が無いので食べないという…(´;Д;`)

    これは相当に悪そうなので、今日はここまでにしてこのカフェに併設されている宿に泊まることを提案しました。、ですが洋介さんは、今日はほとんど走っていないので150km先に町があるのでそこまで行こうと言います。

    でも、どう見ても体調が悪そうです。このまま無理をして走行して事故でも起こしたら大変なのでと伝えて、今日はここまでにしました。

    お昼ちょっと過ぎの時間でしたが、洋介さんには部屋でゆっくり休んでもらい、私は前日考えていた荷物の整理をすることに。

    荷物の整理中、皆にもらったお守りを発見!
    ステッカー形式のものはパニアに貼って、洋介さんの回復を祈願(>_<)
    交通安全のお守りとかだけど、まぁ、それはそれで…(*^.^*)

    しかし、この宿には一点大きな問題がありました。

    この宿のトイレは蚊の巣窟になっているのです。ズボンを下ろして用を足そうとすると容赦なく蚊の猛攻が始まります…:(;゙゚’ω゚’):

    バ、バカ!やめろ!そ、そこはダメだろ!

    牛が尾っぽで虫を払うように、私も手で蚊を払いながら用を足すのですが、徒党を組んだ奴らの猛攻を完全に防ぎきることができません(´;Д;`)

    虫除けスプレーを振りかけて対応するのですが、デリケートな部分にスプレーを噴射するわけにもいかず、完全防御とまではいかないのです( ̄◇ ̄;)

    洋介さんが部屋で体調不良と戦っている間、私は別のものと戦うことになるとは夢にも思っていませんでした…:(;゙゚’ω゚’):

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  • 天罰!?

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    6/25(火)東京出発17日目、ロシア9日目

    ブラゴヴェシチェンスク〜シマノフスク走行距離 231km

    ブラゴヴェシチェンスクからシマノフスク

    前日の夜から明け方にかけて激しい雷雨でしたが、朝方にはすっかり雨も上がり、出発には問題なさそうでした。タチアナと連絡先を交換した洋介さんは上機嫌で、「ま、急ぐ旅でも無いし、もう少しココにいても良いかな」なんて言っていましたが、私は聞こえないフリをして、出発の準備を始めました。

    準備を終えバイクの向きを切り返して宿に背を向けて洋介さんが前に出るのを待っていると(洋介さんのバイクは排気量が小さくスピードが出せないため、私が洋介さんのペースに合わせて走る必要があります)、洋介さんは私の前に出るではなく、私の横に付け、「今、タチアナが見送りに出てきてくれましたよ(*´ω`*)」って鼻の下を伸ばして私に言いました。

    慌てて私も振り返りましたが、すでにそこにタチアナの姿はなく、「もう戻っちゃいました(о´)」ってさらにニヤけた顔で言いました。

    このニヤけヅラのバカタレには、いつか天罰がくだれば良い( ̄O ̄;)って思いましたが、まさか、本当にこの後に洋介さんの身に災難が降りかかるとは、この時は思いもかけませんでした。

    この後、このニヤけヅラに天罰がくだる?!

    このブラゴヴェシチェンスクから先、チタまでの約1700kmには大きな都市はないため、小さな町か道端の宿をつないで行く他ありません。

    雨が降らないうちになんて思って朝食も取らずに出発して、昼飯も道端のカフェで軽く済ませただけでした。

    道端で休憩は取ってますけど、お腹空いた(;´д`)

    お腹も空いて来たなぁなんて思っていると、洋介さんからも、この近くに町があるので今日は無理せずにこのあたりに泊まろうという提案がありました。

    町自体は小さく静かな雰囲気でしたが、落ち着いていて、私は好きだなと思いました。しかし、洋介さんは「寂れていて埃っぽい( ̄O ̄;)」と酷評します。

    そりゃあんたからすれば、タチアナのいない街はどこだろうと寂れているでしょうよ(-。-;と言いかけて、男の嫉妬ほどみっともないものはないと思い、その言葉は飲み込みました。

    町の入り口でホテルの看板を見つけたのでその看板の地図を元にホテルに行きました。

    このホテルはビジネスホテルのようでしたが、私たちが日本人かどうか確認すると部屋を用意してくれました。ここロシアでは日本人に対しては非常に良い印象を持っているようです。

    さらにはバイクはホテルの前に停めたのですが、ホテルのオーナーがご自身の小屋まで案内してくれてそこに置かせてくれることに(*´ω`*)

    この時気付いたのですが、荷物を降ろしたテネレはパニアケースを付けた状態であっても非常に軽く、このまま空に飛んで行ってしまうのではないかと思うほどヒラヒラと操縦することができました(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

    これは、近いうちに荷物を精査して軽くしようと心に決めました。

    このオーナーの小屋で働いている従業員たちも、私たちが日本人だと知ると満面の笑顔で迎えてくれます。ISUZUのトラックを指差し、日本車だぞって自慢してきます。

    再度ホテルまで車で送ってもらい、夕食を食べようとホテルに併設されているカフェに行こうとしたのですが、「特別な事情により閉鎖」とロシア語で貼り紙されているので、さてどうしようと思っていると、ホテルの人がそのカフェの従業員に「この人たちに何か食べさせてあげて」というようなことを言ったようです。カフェの中に案内されると高級そうな雰囲気のお店( ̄O ̄;)

    これ、大丈夫か?:(;゙゚’ω゚’):って思っていると勝手に料理が運ばれてきます。

    これに手を付けて高額な請求が来たらまずんじゃない?なんて洋介さんと話しあっていましたが、料理も運ばれて来てしまっているしどうしようか(´;Д;`)

    ありゃ(;´д`)
    勝手にどんどん運ばれてくるんだけど…(>_<)

    お店の人にいくらか聞くと、安心できる金額だったためホッと胸を撫で下ろしました。

    朝食も取らず、昼飯も少し口にした程度でしたので、私は腹ペコだったのですが、洋介さんは少し手を付けて「腹いっぱいだなぁ」と言います。

    この時はそれほど気にもかけなかったのですが、部屋に戻ると洋介さんの様子がおかしいです。

    聞くと、酷くお腹を下しているとのこと。とにかく早く休んで回復することを願うばかりです…(>人<;)

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  • youtube 始めました

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    6/24(月)東京出発16日目、ロシア8日目

    ブラゴヴェシチェンスク走行距離0km

    この日は徒歩でスーパーに買い物に行ったくらいです

    この日は天気予報が激しい雷雨ということで前日のうちに、もう1日このブラゴヴェシチェンスクに滞在すると決めていました。決してこの宿の女性職員が美人で、しかも日本からオートバイで来てこれからアフリカを目指す我々を「VERY COOL!」と評したからではないことを申し添えておきます。

    この宿のネット環境も良く、洗濯機が備えつけられていることから、溜まっていた洗濯物を一気に片付けてオイニー問題を解消するとともに、実はフェリーの中でジュンジさんと洋介さん、粕谷さんに言われていたことをこの機に実行しようというのが大きな目的です。

    それは何かと言いますと、youtubeを始めるということです!

    別に大したものではございませんが、実は鳥取を走った時に後ろから洋介さんを撮影していたのが意外にも好評だったのです。

    本当は旅の記録として動画も残しておこうという程度だったのですが、ただ映像だけ残しても面白くないので、動画を撮りながら私が適当なことをひたすら喋っていたら、それを見たジュンジさん、洋介さん、粕谷さんが、こんなに途切れず喋ることができるのは才能だし、全然見ていられるからyoutubeをやるべきだと言ってくださいました。

    ブログも書いているので、動画編集まで始めてしまうと、せっかく旅に出たのにそれに忙殺されてしまい本末転倒になってしまいますので、走行中に撮った動画を編集せずにそのまま上げます。ですので、「あ〜」とか「え〜」とかの繋ぎもたくさん入ってますし、カミカミだったり聞き苦しい場面もあるかもしれません( ̄◇ ̄;)

    でも、海外をバイクで走ったらどんな景色が見えるのかっていうことに興味のある方も多いかと存じますので、もし気が向いたら覗いて見てください。

    youtubeで「hide_world_caravan」と検索すれば出てくるようになっています。

    ちなみにすでに、「鳥取編」10本、「ハバロフスク〜オブルチエ編」16本、「オブルチエ〜ブラゴヴェシチェンスク編」12本と結構な数あげています(撮ったものをそのままあげているのでネット環境さえちゃんとしていれば手間なくあげられます)。

    一つの動画は1分から5分程度ですので、そんなに気合を入れなくても見られると思います。

    雨の日にはカメラの問題で動画撮影できないのと、ネット環境によってあげられない日が多いこと、動画を撮った日は何本も上げることからチャンネル登録をすると追いやすいかもしれません。ま、別にそこまでしなくても気軽にヒットしたものだけを適当に見てもらっても構いませんし(*´ω`*)

    この日は雨予報だったのが、蓋を開けてみれば晴れ間も出るくらいで全然出発できなくもありませんでした。でも、どこかでやっておこうと思ったyou tube を始められて、洗濯もできたのでそれなりに充実していました。

    この宿の美人受付のタチアナと洋介さんと3人で写真を撮ったところ、タチアナの方から部屋をノックしてくれて、インスタで連絡先を交換するという嬉しい出来事もありました(*´ω`*)

    タチアナと一緒に(o^O^o)

    タチアナが連絡先を交換しにきたのは洋介さんであり、私も名前を教えたにもかかわらず、タチアナのインスタにアップされた写真には洋介さんの名前しか記載されていなかったことで、日本でモテない男は海外に行ってもモテないということを痛烈に思い知らされる結果にもなったのですが( ̄◇ ̄;)

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  • 呪われた町からの脱出

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    6/23(日)東京出発15日目、ロシア7日目

    オブルチエ〜ブラゴヴェシチェンスク 走行距離334km

    オブルチエからブラゴヴェシチェンスク

    朝、我々のバイクまだありますよ(><)との洋介さんの一言で目覚め、昨日の恐怖は杞憂に終わったということを認識しました。

    このホテルの目の前には小高い山があり、もし早く起きたら登ってみようと前日から洋介さんと話をしていたので、早速登ってみることに。

    ホテルの目の前にそびえ立つ山。
    この町の人たちにとって神聖な場所でないと良いのだが

    山の入り口付近は意外と急でガレているため少し怖い。朝露で多少のぬかるみもあるためスポーツサンダルではなくライダーズブーツに履き替えて来たことは正解でした。

    登頂してみると確かに田舎町の綺麗な景色は広がっていましたが、バイクに乗っている時も悩まされる虫くんたちが酷いため、顔を全部覆わないと大変なことになります。

    虫がひどくて顔を出せない(>_<)
    山の頂上の落書き
    頂上からの眺めはきれいでした(o^O^o)

    この小さな町の小さな山に登った日本人はもしかしたら私たちが初めてかもしれないですね、なんて言ってみましたが、おそらく戦時中に誰かしら登っているんじゃないですか?の洋介さんの一言に、確かにそうだなと納得し、少し残念な気持ちになりました。

    山から降りる

    特段何があるわけでもなく、ちょっと気になっていた山にも登ったことだしと、ホテルに戻ると昨日スーパーで買っておいたカップ麺を朝食として摂った後、すぐに出発の準備を始めました。

    するとこのホテルにこれだけの人が泊まっていたのかと驚くほどの数の人たちが出てきて、我々の荷積みを見ています。そうか、今日は日曜日か。屈強な体をした彼らはきっとこの町の労働者で、ちょうど日曜日でおやすみなのですね

    我々の荷積みを見ていた彼らの中には何か手伝おうとしてくる人もいます。見た目はイカツイですけど、みんな優しい人たちなのでしょう。

    小さな田舎町ですから観光客の滅多に訪れず、ましてや日本人ライダーが宿泊するなんて相当珍しいことだったんでしょうね。

    荷積みを終わらせるとみんなで記念撮影をして出発しました。屈強な労働者たちが笑顔で手を振ってくれる中(*´ω`*)

    実は優しい労働者たち(o^O^o)

    しかし、やはりジュンジさんのアドバイスのように、宿泊するならドミトリーなど選択肢の多い都市部の方が良いと結論付けた我々は、この日は中国との国境に位置するブラゴヴェシチェンスクを目指すことにしました。

    実はハバロフスクから西に約200kmに位置するユダヤ自治区のピロビジャンを過ぎると、そこから約2000kmに渡って大きな都市は無いようです。

    確かに地図アプリで調べてしばらく大きな都市が見つけられなく、南に目を落としたところこのブラゴヴェシチェンスクという街を見つけたのです。

    中国との国境付近にあるアムール州の州都ということで、観光客には人気の都市かもしれませんが、ウラジオストクから西を目指すライダーが訪問するのは珍しいことなのかも知れません。

    ブラゴヴェシチェンスクの入り口に到着したのが17時半頃。ちょうど帰宅ラッシュの真っ盛りのための大渋滞で、町に入るのに一時間以上も要してしまいました。

    ヘトヘトになって事前に調べていたドミトリーに到着するとすでに19時を過ぎていました。

    受付に座っていた若い学生さんらしき男性とまだあどけなさの残る可愛らしい高校生くらいの女性が対応してくださいました。

    ロシアでは宿泊施設に宿泊する際には必ずパスポートの提示を求められるのですが、彼らに日本のパスポートを提示すると「ヤポーニャ(≧≦)」とパアッと表情を輝かせて一緒に写真撮影を求めてきます。

    それはまるで幸福をもたらす伝説の生き物に出会ったかのように。

    日本人に対する歓待ぶりは大変なものです(o^O^o)
    この可愛らしい女の子も一緒に写真を撮りたいと言ってくれました(o^O^o)

    しかもオートバイで来たことが余計に彼らの好奇心をくすぐったのでしょう。彼らの歓待ぶりに昨日の呪われた町オブルチエとは一変、テンション上がりまくりでした。

    そしてそのままテンションを維持したまま夕飯を取ろうと街に繰り出した私たちは勢いあまって豪勢な夕食とビールに舌鼓を打ちます(゚Д゚)

    あれ。過酷な旅を想定していた私たちは一体何しに来てるんだ??

    私も洋介さんも1日の予算をある程度決めているのですが、二人とも現時点で平均すると予算オーバー( ̄O ̄;)洋介さんに至ってはこの日の夕飯は加算するのやめようかな?なんて言ってる始末…:(;゙゚‘ω):いやいや、それじゃダメでしょ( ̄◇ ̄;)

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  • ハバロフスクからオブルチエ

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    6/22(土)東京出発14日目、ロシア6日目 走行距離316km

    ハバロフスク〜オブルチエ

    ハバロフスクからオブルチエ

    ハバロフスクで十分な休養を取り、一路西を目指します。

    途中、道路脇にあるイートイン形式の売店でパンと水を買って休憩がてら食事をしていると、可愛らしい兄妹がこっちを見て微笑みながらアイスクリームを選んでいました。どうやらお母さんの買い物の付き添いのようです。

    スマホのカメラを向けると可愛らしい笑顔で気を付けをして応えてくれました(๑˃̵ᴗ˂̵)

    可愛らしい兄妹(o^O^o)

    この子とそのお母さんが買い物を済ませて店を出ていってからしばらくすると、今度はお店の扉を開けて、日本語で「こんにちは〜」の挨拶が聴こえてきました。

    えっ∑(゚Д゚)って思って見てみると、そこに小柄なアジア人女性が顔を覗かせて明らかにこちらを見ています。

    なんだろうと思っていると、お店の外に停めてあったバイクのナンバープレートが日本人が付ける国際ナンバーだと気付いて、車をUターンさせてわざわざ来てくださったとのこと。

    この方のお名前は東はるみさん。

    スイスから旦那さんと一緒にウラジオストクへの旅をしている途中だそうです。しかも、この道を走るのは3回目。

    実はこの方、なんと1981年(私や洋介さん、ジュンジさんの生まれた年(๑˃̵ᴗ˂̵))からオートバイで世界中を回ったご経験があり、さらに、「地球に恋して タンデムランーバイクで世界一周、42ヶ国15万km走破の記録!」という本も出版されていらっしゃる方でした。

    健康的に日に焼けた素顔と明るい笑顔が大変チャーミングで、少しお話ししただけでもとてもエネルギーに満ち溢れた方だと言うことが良く伝わってきます。

    私たちが生まれた年、1981年、バイクで世界中を回るなんて今とは全く比べものにならない大冒険だったはずです。

    そしてその時に一緒に冒険をした旦那さんと今でも一緒に世界中を駆け回っている。本当に素敵ですね(๑˃̵ᴗ˂̵)

    私たちの大先輩にステッカーの裏にメールアドレスとこのブログのURLを記載してお渡しし、サヨナラを告げ見送ると、私たちも再びバイクにまたがり、はるみさんたちとは反対の方向に歩みを進めました。

    ※はるみさんと旦那さんと一緒に記念撮影もしましたが、写真を使っても良いか確認し忘れてしまったので、一旦控えさせていただきます。もし、はるみさんがこのブログをご覧になられて、写真を使っても問題ないようでしたらコメントください。

    この日は、多くのロシアをツーリングするバイカーたちが立ち寄るユダヤ自治区のピロビジャンを通り過ぎ、そのままその先の小さな町、オブルチエまで行くことにしました。

    ウラジオストクを出発前、ジュンジさんから、なるべく大きい都市に泊まるようにして、小さな村や町は素通りした方が言いというアドバイスをいただいてはいたのですが、小さな町に行くのもおもしろいかと思い、このような決定をしたのです。が、やはりこの判断はあまり良くなかったようです(-_-#)

    町の中は穴ぼこだらけの未舗装路が多く、薄汚れている建物だらけ。

    まるでゲームのバイオハザード4の世界のようで、薄気味悪い雰囲気を漂わせていました。

    町のメイン通りでもどこか寂れていました

    ナビアプリで宿を検索して行くと、そこは明らかに廃墟のような建物でした。さすがにここに泊まるのは怖いということで、引き返すことにしたのですが、気を抜いた瞬間、やってしまいました…(;´д`)立ちゴケ…(-_-#)

    荷物を積んだままですと洋介さんと二人がかりでも起こせません(-_-#)

    一旦荷物を下ろして、立て直し、再度荷物を積み直しました。

    荷物を一旦降ろして積み直し(;´д`)

    私が荷物の積み直しをしている間に通りかかった若いカップルの車に、洋介さんがホテルの場所を聞くと先導してくれるとのこと。

    案内してくれたホテルは薄汚れてはいましたが、せっかく案内してもらったのだし、ここに泊まることにしました。

    ホテルから出てきた軍服姿の痩せ気味の初老の男性も不気味だと思ったのですが、実はこの方がホテルの管理人でした。

    さらに左手を怪我したネコがしきりに私たちの周りを歩き回り、ついてきます。

    左手を怪我したネコが迎えてくれました

    この子は私たちに何かを訴えているのでしょうか??

    この子は私たちに何かを訴えているのでしょうか?

    ここにいては危ないよ(>_<)早く逃げて( >д<)とでも言うように…。

    私たちの側を離れることなくずっとついてきます

    薄暗い階段を登り薄汚れた部屋に行き、荷物を運んでから夕飯を食べに行こうと外に出たのですが、食堂のような建物は見つけられず、結局スーパーで適当に買い物をしてホテルで済ませることに。

    薄暗い階段を登り部屋に荷物を運ぶ

    夜、トイレに行こうと部屋から出ると何やらロシア語で話し声が聞こえます。

    見ると上半身はだかで金のネックレスをした派手に刺青の入った眉毛の無い男が携帯電話で話をしています。

    果たして私たちは無事に朝を迎えられるのでしょうか?

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  • ロシアの格差

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    ハバロフスクに滞在した日の夜、食事をしようと洋介さん、チアキさんと外に出ました。

    ハバロフスクはウラジオストクからシベリア鉄道で繋がれていて、私たちのホステルはハバロフスク駅のすぐそばでした。

    地図アプリで検索すると駅の反対側にも食事ができるところがあるようでしたので、そちら側に行ってみることにしました。

    陸橋を渡って駅の反対側に行くのですが、その陸橋自体も駅の表側の賑やかさとは全く違い、陰気な雰囲気が漂っています。

    陸橋から見える駅の反対側は明らかにスラムでした。

    陸橋から見える寂れた家屋
    賑やかな駅の表側とは明らかに違います

    明るいうちにこの陸橋を渡って駅の表側に戻って来られるなら大丈夫だとは思うのですが、夕飯を終える頃には日は沈んでしまっていることでしょう( ̄O ̄;)

    犯さなくても良いリスクは避けるべきと判断し、引き返しました。

    ウラジオストクからハバロフスクまで来て、優しいロシア人に触れてきましたが、一歩奥に踏み込めばそこには安易な考えで踏み込んではいけない世界があるのも事実です。

    ピカピカのレクサスやベンツといった高級車が走る一方で、このように激しくぶつけたような車も走っています

    その背景にあることの多くが貧困や格差が大きいのではないでしょうか?

    先日の上野会でGさんがアメリカの教育についてお話をされたとき、そこにいらしたKさんがニューヨークの格差のお話をされていたのを思い出します。

    ニューヨークでも道路一本挟んだだけで、全くちがう世界になると…。

    道のこちら側はキレイな身なりで教育水準の高い学校に通い、道を挟んだ向こう側はスラム…。

    こういう区分けは自然とできてしまうものなのでしょうか?

    私は小学校、中学校、高校と地元の公立の学校に通っていましたが、私立に行く人たちは、親御さんが、家庭環境の良くない子供たちから我が子を遠ざけるという意味もあったように感じます。

    公立の特に小中学校はいろいろな家庭環境の子供たちが通いますが、私はいろいろな友人と一緒に机を並べて勉強をしたことは良かったと思っています。

    もちろん中には素行のあまり良くない友人もいて、私の両親もそういう友人と付き合うことをあまり快く思っていなかったようですけど、私は彼らのいろいろな気持ちを知ることができましたし、私は私だから、彼らと一緒になって誉められないことをしようとは思わなかったので、何も問題なかったと思います。寧ろいろいろな事情を抱えた人たちと一緒に過ごせたことは私の人生にとってプラスであったと思っています。

    しかし、国内だけでなく海外も含めたこういったことは安易に触れることはできませんが、考えずにはいられない問題です…

     

     

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  • 虫問題

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    ロシアをツーリングした人は必ずと言って良いほど悩まされるのが、虫問題です。

    とにかくバイクで走っていると大量の虫がバイクやヘルメット、ゴーグル、ありとあらゆる場所に衝突します。一時間も走っていれば虫の体液でベトベトになります。

    虫でベトベト(;´д`)
    パニアケースもベトベトで気持ち悪い(-_-#)

    これからロシアをツーリングしようと考えている方はこれは覚悟しておいてください。

    私なんて2日目の長距離走行時(6/20)、マスクをしないで走ってしまったものですから、おそらく大量の虫を食べたことでしょう( ̄O ̄;)(虫と言っても、蛾や蜂と言ったある程度大きいものから、ショウジョウバエのように小さなものもたくさんいるので、口に入ってもわからないレベルのものもたくさんいます)。

    貴重なタンパク源です…:(;゙゚’ω゚’):

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