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  • 再出発

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    3月12日(木)東京出発277日目、コンゴ共和国5日目 ドリジー~ポワントノワール 走行距離176km

    3日間ゆっくりしたドリジーを離れ、この日はアンゴラの飛び地カビンダとコンゴとの国境にあるポワントノワールを目指します。

    私の足首もだいぶ回復して普通に歩く分には問題ありません。舗装路をバイクで走るのも問題ないでしょう。

    マイケルはアンゴラビザを取得する必要があるということで私とは反対のドリジーから東に400kmほどのところにある首都ブラザビルを目指すとのことでした。

    マイケルを見送るとリョウさんが声を掛けてきました。

    リョウさん:「少しお話良いですか?」

    私:「構わないですよ」

    リョウさん:「昨日は大変申し訳ございませんでした。こちらも頭に血が昇ってしまってついああいう言い方になってしまって…。今までたくさん助けていただいて本当にありがとうございました。」

    多分、こういう所が私とリョウさんの違う所なのだと思います。というよりも世の中の多くの人がリョウさんのような対応をすることで社会性を持って生きているのでしょう。

    今更私の中ではリョウさんに対する感情は何も無いので特別に何かを感じることは無いのですが、こういう場面で謝罪をするというのはどういう感情が働いてのことなのだろうかと不思議に思って聞いていました。

    申し訳ないことをしたなと思ってなのか?許して欲しいと思ってのことなのか?自分自身の中でのけじめなのか?

    私にはそういった感覚が一切わからないというのが社会性の欠如なのかもしれません。

    私:「まぁ、それはお互い様ですし。ここから先は難所と思われるような場所も無いと思うので無事に旅を続けてください」

    リョウさん:「はい。ヒデさんも」

    そういうと、出発前にリョウさんはもう一度私のところに挨拶に来て出発して行きました。

    少し遅れて私もポワントノワールに向けて出発しました。

    久しぶりのソロツーリング。

    ここからは単に南アフリカを目指すだけです。

    出発してすぐに道端に見慣れたHONDA XL125が停まっているのを見つけました。

    あれ?!クリス??

    何かトラブルでもあったのかと思い、慌ててUターンしてクリスの元に行きます。

    私:「クリス!なんかあったの?大丈夫?」

    クリス:「わお。ヒデ!いやいや、景色が綺麗だから写真撮ってただけだよ。僕のバイクは遅いから気にしないで先に行って良いよ」

    トラブルでなくて良かったです。

    そう、バイクは自由な乗り物です。マスツーリングはマスツーリングの楽しさもありますが、ソロツーリングはソロツーリングの楽しさがあります。

    ドリジーからポワントノワールまでは170km程度ですので余裕を持って走ることができます。

    前輪が側溝に嵌まって動けなくなってました。
    引き上げるのを手伝ったのですが、「お前誰だ?」って顔してました
    トラックも横転してました。
    こんなキレイな舗装路でどうしてこんなにアクシデントが起きるのでしょうか?

    しかし、ポワントノワールに入ってからが大変でした。

    突然のスコールでびしょぬれになり、目星を付けていた宿も見つかりません。地図上では確かにその宿の場所を差しいているのですが実際に行くとただの民家であり、たくさんの人に囲まれてしまいました。

    英語を話せる人が一切おらず、結局何もわからず終いでした。

    仕方なく他の宿を探すことにしたのですが、ポワントノワールの宿は高い宿ばかりです。

    やっとのことで見つけた比較的安い宿(とは言っても高いです)に入るとwi-fiに繋げました。

    するとクリスからメッセージが1時間以上前に来ていました。

    クリス:「ヒデ。今夜はどこに滞在するの?」

    私:「目星を付けてた宿が見つけられなくて、結局ちょっと高級な宿に泊まることになっちゃったよ(+_+)」

    クリス:「そうなんだ。僕はなんとか安めの宿を見つけれらたよ。でも、ヒデはこの国の経済に貢献したと思えばそれはそれで悪いことじゃないんじゃないかな?」

    さすがはクリスです。フォローの仕方も知的で素敵です。私はこの男のこういう所が好きだなと思います。

    コンゴでは本来走りたかった道をトラックでバイクを運ぶことにしてしまい後悔の念が無いとは言えませんが、それでも私にとってはこのクリスという素敵なスイス人の若者と出会えたこの国は大切な国の一つになったことは間違いありません。

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  • 口論

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    3月11日(水)東京出発276日目、コンゴ共和国4日目 ドリジー 

    私の足の回復のためと休養およびその他バイクの整備などのためにもう一日この日もドリジーに滞在します。

    マイケルとクリスももう一日ドリジーに滞在するようです。

    ここの宿では洗車もさせてもらうことができるとマイケルが言っていて、本当は前日に洗車をさせてもらおうと思っていました。

    しかし前日は午後から雨が降ってきたため荷物の整理などをするに留めておりました。そのときにはリョウさんと「雨が降ったら洗車もままならないなぁ」なんていう話をしていました。

    この日、午前中から宿の裏で水道を使ってマイケルが洗車をしていて、ブラシもバケツも洗剤も洗車に必要なものはすべてここにあるからバイクをここに持って来ればそのままここで洗車できると教えてくれました。

    私が宿の中庭でのんびりしていると洗車を終えたマイケルが戻って来たので少し会話をします。

    その間にリョウさんは部屋に戻ってヘルメットを持って黙ってそのまま洗車場に行きました。

    私はこのときのリョウさんの行動を腹立たしく思いました。

    前日に「雨が降ったら洗車もままならないよね」という話をしていて、雨季であるコンゴではいつ雨が降ってくるかもわからないです。先に洗車してもらう分には構わないのですが、「先に良いですか?」の一言くらいあっても良いのではないかと思ったのです。

    更にしばらくしてリョウさんは洗車を終えたようですがそのことを私に伝えてくれることもありませんでした。

    今まで私はリョウさんとの人間関係をうまく築けてくることができていなかったことが大きな問題だったと思います。

    決してリョウさん自体にそんなことは無いとは思うのですが、私の中でリョウさんに対するある偏見があったのも確かです。アフリカの生活では日本ではあまり普段経験しないようなことに直面することがあります。そんなときにリョウさんは躊躇うだろうなと思うような場面がある場合は私が先に率先して体験するようにしていました。私はそこでお互いに躊躇して時間を取られるのが嫌だったので私が先に勝手にやっていました。

    私がやった感想を聞いてリョウさんがそれをするかしないか判断することがあったのですが、このときの私は「自分がやりたくないことは人に先にやらせて、自分を優先したいときはコソコソ自分だけ先にやるってとんでもない卑怯者だな」と思いました。

    もちろんリョウさんの中ではそんなつもりは全くなかったでしょうし、嫌なことは私が先にやっているという認識なんてあるはずもなかったと思うのですが。

    イライラが頂点に達していた私はツカツカとリョウさんのところに向かうと、きつい口調で

    私:「なんで洗車をする前に一言『先に良いですか?』くらい聞かないんですか!?洗車が終わったら一言『終わりました』くらいあっても良いんじゃないですか?!」

    と言いました。それに対するリョウさんの返事は

    リョウさん:「はぁ?なにが?」

    でした。

    この一言で私はもうさすがに無理だなと思いました。

    私:「そんなこともわからないってリョウさんって本当に終わってますね。私はもう無理です。これで終わりにしましょう。私はリョウさんとこれ以上一緒にいるのはもう嫌なので」

    リョウさん:「そうですね。俺も嫌なのでそうしましょう」

    今まで私とリョウさんとの間で意見の違いがあったときに別々に行こうと言わなかったのは何もリョウさんのためではありませんでした。一人になることにためらいの無い私と、一人になることに不安を感じているリョウさんとではどうしても立場的に私が強くなってしまうのは当然のことです。

    そして最初にアフリカを一緒に走ろうと誘ったのは私でした。

    その状態で別々に行こうというのは私の中では大変無責任なことでした。私はリョウさんがかわいそうだからとか大変だろうからとかではなく、単に無責任な卑怯者になるのが嫌だったのでそうしていただけで、これまでリョウさんのことを考えるなんていうことはありませんでした。

    そしてドリジーまでたどり着いた今、この先南アフリカのケープタウンまでは走る上での難所があるという話は聞いたことがありません。

    近いうちに別々に行くことになるのはお互いに何となくは認識していたところではありました。それが今このタイミングになったということでした。

    クリスと一緒に洗車\(^_^)/
    この日は四人で近所で美味しい魚料理を出してくれる食堂に行きました
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  • 言葉より大切なもの

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    3月10日(火)東京出発275日目、コンゴ共和国3日目 ドリジー

    私はここで出会ったクリスというスイス人がとても好きになりました。知的で優しい物腰のこの男と話しているととても安心します。

    聡明で優しいスイス人ライダー、クリス

    実際にクリスは大変なエリートなのだと思います。スイスでは司法試験に合格し今は就職前のバケーションを楽しむためにアフリカ大陸縦断の旅に出たそうです。

    彼は6種類の言語を操ります。スイスドイツ語(ドイツで話されるドイツ語とはだいぶ違うみたいです)、ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、中国語。

    スペイン語を話せるのでポルトガル語もだいたいわかるそうです。

    そんなクリスが私に聞きました。

    クリス:「ヒデは日本語と英語とあと他に話せる言葉はあるの?」

    私:「それだけだよ。英語だってヘタクソだし」

    クリス:「俺の知っている日本人の中ではヒデが一番英語上手だよ」

    それを聞いて私は少し安心しました。安心したというのは私の英語は少しはマシだって言ってもらえたことではありません。私の英語がヘタクソなのは私自身が良くわかっています。発音も酷いですし、感情を伝えたいときは文法無視で話します。ただ単にコミュニケーションを取るのに困らないという程度のレベルです。

    私が安心したというのは過去に少し嫌な話を聞いたことがあったからです。

    昔の日本人は英語ができなかったのであまり積極的に発言することはなかったけれども、たまに発言するその内容がキラリと光るものが多かったので「日本人は賢い」と言われることが多かった。しかし、最近はワーキングホリデーや語学留学で単に英語圏に行って生活をして英語を話せる日本人が増えた一方で、ペラペラと中身の無い話ばかりする日本人が多いので「日本人は中身が無くてバカばっかりだ」と言われるようになった

    というものです。

    そして私も以前、上記のようなことを感じるような場面に出くわしたことがあるのです。語学留学をしていた人やワーキングホリデーに行っていた人たちが英語を忘れないようにと英語を話すサロンに参加したときです(といっても私は海外生活をしたことは一度も無いのでその中では異質でとりわけ英語がヘタクソな人でした)。

    彼らはとにかく自分たちが英語を話せるということだけがアイデンティティであり、そのことだけで自分たちは他の日本人よりも優れていると考えているようでした。そして海外生活をしていた自分たちは特別な経験をしていて人とは違って優れていると思っていたようです。

    クリスは海外にもたくさんの友人がいて日本人の友人も何人かいるようなのですが、そういった「英語は話せるけれども中身の無い日本人」に出会っていないということに安心したということです(クリスはたくさんの言語を操り、話す内容もジョークもとても洗練されていてめちゃくちゃ魅力的な男です)。

    もちろん私も英語はできないよりかはできた方が良いと思いますが、一方で英語を本当に必要とする日本人は限られた職業に就いている人もしくは就きたい人だけだと思います。

    なのに何故か日本人は英語コンプレックスがあり、目的も無いのに単に英語の勉強を優先的にしている人が多いように見受けられます。

    私も今回の旅で英語でのコミュニケーションが取れたおかげで幾つかの場面で楽に旅をすることができたことは否定しませんが、結局は語学って小手先の技術にしか過ぎないと思うのです(それに世界で英語が通じる地域なんて日本人が思っている以上に少ないです)。

    また、ほとんどの日本人は中高の6年間英語の勉強をしていて、街中にも外来語が溢れているのですから、必要に迫られればコミュニケーションを取れるくらいの英語なんてほとんどの人がそれほど時間をかけずとも話せるようになると思います。

    語学は結局は「どのように」伝えるかという手段でしかなく、私はそれよりも「何を」伝えるかの方がよっぽど大切だと思うのです。

    例えば私のカンボジアの大切な友人であるチャイリェンと仲良くなれたのは、言葉でのコミュニケーションがうまく取れなかったからこそ余計に仲良くなれたと思っています。

    例えばギニアでリョウさんが少年マイケルにしてあげたことって、言葉で何かを伝えるよりもよっぽど素敵で価値のあることだったのではないでしょうか?

    もちろん語学留学やワーキングホリデーを否定はしませんが(そこで語学よりももっと他のことにも積極的に経験するのであれば価値のあることだと思いますが、語学だけを目的にするのであればちょっともったいないかなぁとは思ってしまいますけど)、私はそれよりもよっぽど「何をして」「何を考えて」「何を表現するか」という人間としての感性を磨くことの方が大切だと思うのです。

    それって別に海外に行く必要どころか、極端に言ってしまえば家から一歩も出なかったとしてもできることではないでしょうか?

    例えば「オタク」と呼ばれる人たちが自分が心から好きだと思うことを徹底的に追究していたら、その人ってその分野においてとても深い知見を持ち、人としての深みがありおもしろいと思います。

    誰かにスゴイねって言われたいとか、英語が話せるとかよりも、「私はコレが好き」って言って楽しそうに笑っている人の方がよっぽど魅力的だと思います。

    目的が明確になっている勉強なら(例えばこの仕事をするためにどうしても英語が必要という明確なものがあるということ)十分に価値はありますが、そこがはっきりしない(単に英語が話せるようになりたいって聞くと何のため?って思います)のであれば、私は今目の前にあることやそれにつながることに全力で取り組むことや、自分が本当に好きだと思うことに時間を割きたいと思うのです。

    そっちの方がよっぽど楽しい人生で、そういう魅力的な人になりたいと思うからです。

    好きなこと、興味があること、自分が楽しいと思うことを笑いながら、歯を食い縛りながら思いっきりやっている人は素敵ですよね。

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  • 心から笑うために

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    3月10日(火)東京出発275日目、コンゴ共和国3日目 ドリジー 

    ドリジーの宿で私は足の怪我の回復を図るために2~3日ここに滞在する予定です。昨日会ったドイツ人ライダーのマイケルとスイス人ライダーのクリスもドリジーで洗車をしたり休養を取ったりするために2~3日滞在するようです。

    私の隣、クリス
    リョウさんの左隣、マイケル

    宿でマイケルにあの地獄と天国が入り混じったようなンデンデ-ドリジー間の写真と動画を見せてもらいます。

    ンデンデからの70kmは彼らにとってはまさに地獄のような体験だったようです。

    マイケルが言います。

    マイケル:「この区間なんか俺は何度転倒したことか?恐らく少なくとも12~13回は転倒したんじゃないか?その都度バイクを起こして大変だったよ」

    そういって汗だくになり苦しそうな表情のマイケルの写真を見せてくれます。

    この区間はマイケルとクリスで助け合いながら乗り越えたようです。マイケルもクリスも泥だらけです。その泥だらけの服を着たまま休憩ポイントで笑いながら水浴びをしている姿は私の眼には神々しくさえ見えました。

    二人の弾けるような笑顔は眩いばかりでした。

    マイケルだって10回以上も転倒したんです。私ごときは20回でも30回でも転倒すればいいじゃないですか。都度起こして進めば良いんですよ。私はそれすらもできませんでした。何度転倒しても良いんです。でも怪我だけはしてはいけませんでした…。

    マイケル:「お前が転んで怪我をした場所ってどこだったんだ?」

    と聞いてきたのでそのときの写真を見せるとすぐに

    マイケル:「ここか!ここはンデンデから15kmの地点だな!ここはさすがにやばかったな!」

    と言って、マイケルにも印象に残る難所であったということがわかったのは、多少は私にとっては救いではありましたが、そんなものは実際には何の意味も持たないものでした。

    マイケルもクリスも私たちのことを「日本からここまでやってきたクレイジーライダー」として賞賛してくれます。それは大変うれしくもありありがたいことです。

    でも私にとってはこの旅最難関のガボン-コンゴ間から逃げてしまったことはどうしても心残りです。

    マイケルとクリスの心からの弾ける笑顔。

    あの笑顔は困難に立ち向かいそれを乗り越えた人だけから溢れ出るものです。

    全力で立ち向かい全力で生き抜いている人だけが心から笑うことができるのではないでしょうか?

    私もそんな風に生きていたいです。

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  • 敗者の見る風景

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    3月9日(月)東京出発274日目、コンゴ共和国2日目 ニャンガ~ドリジー トラック輸送

    前日の夜に、この日は何時出発するのかを確認し忘れていました。私は普段から6時前には起床することが多いのでいつも通り起床し、荷物をまとめ7時頃には出発できるようにしておきました。

    宿の外に出るとリョウさんもちょうど起きてきたので少し話をしていると、すぐにジャンがやって来てすぐに出発するぞと言います。

    慌ててリョウさんも準備をして出発しました。

    しかし、出発時にも警察での手続きがあります。本当に面倒です。我々が出発したときにはまだモイーズは寝起きで何も準備していなかったので、ここでモイーズとジャンが交代になるのかと思っていました。

    出発前
    モイーズはまだ寝起きだったので、ここ日はジャンと交代かと思ってました。
    記念撮影までしてしまいましたよ

    しかし、警察での手続きをしている間にモイーズもやってきました。私はモイーズの誠実な人柄が大変好きだったので、一緒に来てくれることに大変安心しました。

    ニャンガの村を出発してからはバイクで走ったらとても楽しそうなダートが続きます。

    途中立ち寄る村々の人たちもモイーズのことを知っているようで大変フレンドリーに接してきます。

    途中訪れる村の子供たちも大変フレンドリーです
    私が思い描いていたアフリカがここにはありました
    みんな純粋です
    途中の村にはモイーズの親戚もいるようです

    そんな中、リョウさんが言いました。

    リョウさん:「俺たち、普通のバイク乗りの人たちとは違う経験ができて良かったんじゃないですか?」

    もしそう思えるのであればそれはそれで良いことだと思います。でも私には全くそんな風には思えませんでした。確かにこれは他のライダーとは違った経験かもしれません。でも、私はこの道を自分でバイクを運転して走るという経験の方がよっぽどしたかったです。

    私は自分に負けたのです。

    本当にこの道を走る努力を最後の最後までしたかと言われると、そうだと言えない自分がいます。足を怪我したのは結果論ですのでそれについては仕方ないと思っています。

    それでもギリギリまで粘って回復を待って再チャレンジをしようとなぜしなかったのか後悔が襲います。

    私は異国の地で怪我をして歩くこともままならなかったとき、とても怖かったのです。どうにか早くあの状況から脱出したかったのです。

    私があの道を走るチャンスを得ることはこの先恐らく一生ないでしょう。そもそもガボンまでもう一度バイクを運ぶなんてことはそう簡単にできないですし、もしできるとしてもそれはこの先何十年か先の私が仕事を引退したの後のことになるでしょう。そうなればあの道は今とは違って綺麗な舗装路になっているでしょう。

    この一生に一回のチャンスを私は自らの手でフイにしました。

    自分に負けるということが何よりも悔しいことです。この世の中の敗北のほとんどが自分との戦いでの敗北です。

    たまに勝ったときよりも負けたときの方が学ぶことが多いなんて言う人があますが、私は絶対にそうは思いません。負けることよりも勝つことの方が100万倍価値があります。世の中のほとんどの敗北が相手ではなく自分との戦いでの敗北なのですから。

    私はどうしても苦しい局面で自分に負けてしまうことが多かったから勉強でもスポーツでも中途半端な結果しか残せなかったのだと思います。

    自分に負けたとき、こんなにも悔しい思いをすることをどうして忘れてしまうのでしょうか?だからこそやっぱり人はいつでも自分に勝たないといけないのだと思います。

    私がこのときトラックの窓から見ていた景色は紛れもなく敗者の見る風景でした。

    何度目かの貨物の手続きを終えて、ドリジーまでもう少しのところでまた貨物の手続きがありました。

    いつも通り私たちはパスポートを提示して、モイーズが貨物の通過の手続きをします。

    しかしどうもモイーズの様子がおかしいです。そして心から悔しそうな顔をして絞り出すように言いました。

    モイーズ:「お金を払って欲しい」

    モイーズはこれまで私たちとの約束で、事前に契約した以上のお金の負担は私たちには要求しないという約束を忠実に守ってくれていました。食事代ですら彼は私たちに払わせませんでした。誠実な彼は絶対に約束を守ろうとしてくれていたのです。

    しかし、どうやらここまでの貨物の通過の費用が予想外に大きいもので、おそらく会社から渡されていたお金が足りなくなってしまったのでしょう。

    そのモイーズの顔を見て私は躊躇なくお金を払ってあげようと思いました。彼の今までの仕事ぶりを考えれば私にはそこに一切のためらいはありませんでしたから。

    しかしリョウさんは納得いかない様子でモイーズに対して「賄賂なのか?」「正規のお金で間違いないのか?」と聞いていましたが、現地の言葉もフランス語も話せて、何度もここを通過して警察官とも顔見知りのモイーズが話してもどうにもならないお金です。今までだって貨物の通過の手続きをしたときにはモイーズがお金を払っていました。なのでここは払うしかないのは明白です。

    私は財布を取り出しモイーズに素直にお金を渡してそれで払ってもらいました。ようやく書類にスタンプを押してもらって行こうとしたところ、納得のいっていなかったリョウさんが警察官に食って掛かっています。

    それを見て私はなぜだか大変腹立たしくなりました。なぜここで揉めるのか?モイーズはこれは「正規のお金」と言ったではないか!私はモイーズという男を信じていて、彼が正規のお金だと言ったのだから私は納得しているんだ!モイーズのあの悔しそうな顔を見て、ここで揉めたりしたら彼を余計悲しませるだけじゃないか!今まで忠実に約束を守ろうとしてくれていたモイーズが一番悔しかったんじゃないか!そう思ったらリョウさんのやっていることに大変腹が立ったのです。

    私:「なんでここで揉めるんですか!モイーズが正規のお金って言ったんだから私はそれを信じますよ!俺は彼を信じてるんだから!ここで揉めたって誰も得しないじゃないですか!ここで揉めて面倒なことになったらみんなに迷惑がかかるのがどうしてわからないんですか!」

    もちろんリョウさんにはリョウさんの感情があって納得できなかったのだと思います。それは否定してはいけないことなのかもしれませんが、このときの私はどうしても許せなく思ってしまったのです。

    警察の建物を出るとモイーズが吐き捨てるように「クソ!どこに行っても、カネカネカネだ!クソッタレが!」と悔しそうに言うのでした。

    我々はこの後この近くのちょっとしたバーで休憩を取ることにしました。

    すると、昨夜ニャンガにいたハイテンションツーリストであるドイツ人ライダーのマイケルがKTM990Adventureに乗ってやって来ました。

    マイケル:「ふぅ、昨日は地獄のような道だったけど今日は最高に楽しいダートじゃないか!村々の人たちもとても人懐っこくて最高だな」

    そんな風に話していると少し遅れてHONDA XL125に乗ったスイス人ライダーのクリスもやってきました。クリスも昨日ニャンガにいたようですが我々は顔を合わせることはありませんでした。ただ、宿にXL125が停まっていたのは見ているので存在は認識していましたが。

    クリス:「今日はみんなドリジーまで行くんだよね?どこの宿に泊まるの?」

    私たちとマイケルはその少し前に同じ宿に泊まろうという話をしていたのでその宿を伝えます。

    クリス:「わかった。僕のバイクは小さくて走るのが遅いから先に行くね。ドリジーでまた会おう」

    そういって爽やかなクリスは先に走って行きました。

    日が暮れかけたころ、私たちもドリジーの街に到着しました。蓋を開けてみれば事前に聞いていたようにガボンのンデンデから70kmを越えた地点からはそこまで難しい道ではなくなりました。しかしそれは結果論であり今更言っても仕方ありません。

    モイーズともう一人のトラックドライバーのジャンの自宅はドリジーにあるようです。ドリジーに到着するとジャンの奥さんと娘さんたちが迎えに出てきました。

    ジャンの家族
    今日の夕飯かな??

    ドリジーに到着して私にはいろいろな思いが交錯しましたが、一方ではやっぱりホッとしていました。ここで2~3日休養し、足の怪我の回復を図って旅を再開する予定です。

    モイーズもジャンもトラックからバイクを下ろし、我々の荷物を宿まで運んでくれるところまで最後まで本当に丁寧に真摯に仕事をしてくれました。

    本当にありがとう。

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  • コンゴへ…

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    3月8日(日)東京出発273日目、ガボン17日目、コンゴ共和国1日目 ンデンデ~ニャンガ トラック輸送

    この日は雨も降らず、かと言ってカンカン照りでもなく天気に恵まれ、ついにコンゴに向けて出発です。

    出発前にトラックドライバーの入出国手続き用の写真を撮って出国手続きをしたり、ガソリンを入れたりしたためンデンデを出発したのは結局10時過ぎになりました。

    前日の雨の影響か、前回私たちがバイクで走った時よりもさらに水たまりも深く、道路状況は悪いように感じます。

    我々が苦労した場所は四輪のトラックでも大変で、出発して間もないところでスタックしてしまいました。

    後ろから来た車にも助けてもらい、タイヤの下に草を敷いて脱出します。のっけから不安になります。

    そしてさらにしばらく走ると私が転倒して怪我をした地点に到着しました。やはりここはなかなかの難所です。我々が訪れた時点ですでに一台のトラックがスタックしていて、ちょうど別のトラックに引っ張られて引き上げられるところでした。

    我らがトラックドライバーのモイーズはここはなんとかスタックせずに通過することができました。それでも四輪のトラックで走って横転するのではないかと思うほどトラックは傾き、冷や汗を掻いたものです。

    モイーズ:「俺はグッドドライバーだから行けたけど、今のところは難関だったな」

    と言います。

    そして今来た道を振り返ると、今度は対向から来ていたトラックがスタックしてしまい真っ黒い煙を上げながら全力でエンジンを吹かしていますがどうにもなりそうにありません。

    モイーズが見に行きます。
    ヤバそうですけど、周りのトラックが助けるから大丈夫なようです

    モイーズが一旦トラックから降りて様子を見に行きますが、別のトラックが引っ張り上げるようでなんとかなりそうです。

    そのまま我々は先に進むことにしました。

    モイーズ:「お前が転んで怪我したのはどこら辺だ?」と聞くので

    私:「さっきのところです」

    と言うと、モイーズは笑っていました。

    ここから10kmくらいは難所らしい難所もなかったので、あの地点が最難関であって、あそこさえ乗り越えていればそのまま行けたのではないかと思いました。

    しかし、やはりそう簡単なものではありませんでした。

    10kmくらい進むと、今度も大きなトラックが完全にスタックしてしまいどうにもならなそうです。どう考えても我々のトラックで引き上げられるような大きさのトラックではありません。

    完全にスタックしています
    これはどうにもならなそうですね(;´д`)

    完全に道も塞がれてしまっているので我々も通ることができません。

    どうなってしまうのだろうかと待っていると後ろから大きなトラックが2台やってきました。

    このトラック2台がかりでこの大きなトラックを引き上げます。

    なんとか引き上げようとみんなで協力します
    もう一台前にいて、二台がかりで引き上げます

    トラックが引き上げられた瞬間、そこにいた人たちの大きな歓声があがりました。

    後に私たちの一日前にここを通過したライダーに聞いた話なのですが、その時点でもすでにあのトラックはスタックして身動きできなくなっていたそうです。ですので少なくとも丸一日はあの場所でああしていたことになります。

    12時半の影の写真。
    赤道が近いのでお昼の頃には影が大変短いです

    この時点ですでに時刻は14時を過ぎていました。10時にンデンデを出発して4時間経過して進んだ距離はたったの25kmです。このペースで行くと国境に到着するのが日が沈むころになってしまいます。

    我々はただ乗っているだけですので大丈夫ですが、この道を運転しているモイーズは本当に大変だと思います。

    このあとも幾つかの難所が現れます。
    他のトラックの協力も求めながらなんとか進んで行きます

    この後もいくつもの難所を越えて行きます。16時半頃にやっとコンゴとの国境までやってきました。

    手続き自体は非常に簡単なものです。ゲートをくぐって左側の小さな建物でパスポートの内容を記載してもらい、そこから20mほど先の2軒並んだ建物がイミグレーションとカスタムで、それぞれの場所でパスポートに入国印とカルネにスタンプをもらって入国手続きは完了です。

    国境を越えてすぐの村で新しいドライバーのジャンが加わります。モイーズは丸一日あの悪路を走って大変疲労していることでしょう。この日はここから更に40km先のニャンガという村を目指します。

    しかし国境を越えてからもしばらくは酷い悪路です。途中、酷く深い水たまりがあり、ジャンが入って深さを確認します。深いところですとジャンの股下まであります。

    ジャンが深さを確認
    股下近くまであるけどこんなところ行けるの??

    本当にこんなところを越えられるのでしょうか?

    モイーズが俺に任せとけと言った顔で「えいや!」と突っ込んでいきます。大きく傾くトラック。

    あわや横転と思われるほどグラつきましたが、そのまま一気に駆け抜けたモイーズ!

    いつものドヤ顔を見せるのかと思いつつ彼の顔を覗き込むと、頭を抱えて冷や汗を掻いています。

    おいおい!そんなギリギリだったのかよ!

    ここを越えるとその先には大きな難所はありませんでした。先日お世話になったフランス人ライダーやあのうさん臭い輸送業者が言っていた通り、ンデンデから先70kmを過ぎるとだいぶ道はマシになるというのは本当なのかもしれません。

    辺りが暗くなった19時過ぎにニャンガの村に到着しました。

    ニャンガの村に到着すると、事前に聞いていた通り警察で貨物の通過の手続きがあります。

    我々はパスポートを提示するだけで、実際の手続きはモイーズがやってくれます。

    始め二人の警察官がいたのですが、そのうちの一人とモイーズがどこかに行ってしまうと残った警察官が我々に言います。

    警察官:「もう一度私にお前らのパスポートを見せろ」

    そう言われたので我々は素直にパスポートを手渡します。すると

    警察官:「このパスポートは俺が預かる。明日の朝6時にここに取りに来い」

    あまりにもヘタクソな英語だったので何度も彼の言っていることを確認しているとリョウさんが、

    リョウさん:「Why?」

    と聞きました。

    するとよくわからない返事です。

    なので私が改めて聞きます。

    私:「どうしてあなたが我々のパスポートを保持する必要があるのですか?」

    警察官:「お前らは今夜この村に滞在するんだろ。だから俺がお前たちのパスポートを持っている」

    全く意味がわかりません。

    私:「今まで訪れた地域でも街でも国でも滞在するからといって警察官が私のパスポートを保持するなんていうことはどこでもありませんでしたよ」

    警察官:「お前たちがこの村に滞在するんだから俺がお前たちのパスポートを持っているって言っているんだ」

    ダメだ。話がかみ合わない。しかもなんだこいつ。目は座っているし呂律も回っていないぞ。おかしいんじゃないか?

    そんな風に押し問答をしているとモイーズともう一人の警察官が帰ってきました。すると我々が押し問答をしているのに気づいたもう一人の警察官がこの意味のわからない警察官をたしなめて我々にパスポートを返すように言ってくれました。

    私は完全にモイーズがいるということで気が緩んでいました。もしリョウさんの「Why?」がなければ私はもしかしたら素直にこの警察官の言う通りにパスポートを渡してしまっていたかもしれません。

    そんなことをしたら大変面倒なことになっていたかもしれないと思うと大変反省しました。例え誰が一緒にいようとも自分の身は自分で守るという緊張感はきちんと持っていないといけないです。

    警察での手続きが終わるとジャンが用意してくれた宿に向かいます。するとその途中BARのようなものがあり、ジャンがそこにツーリストがいると言って中に入って行きそのツーリストとやらを呼んでくれました。

    大変テンションが高くてべろべろに酔っぱらったファンキーな髪形のマッチョマンがやってきました。

    マッチョマン:「おお!お前らも荷物置いたらこっちに来いよ!飲もうぜ!」

    私はわかりましたと返事はしたものの盛り場は好きではないので、宿に荷物を置くと、この日はそのまま眠りに就くのでした。

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  • 出発…?!

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    3月7日(土)東京出発272日目、ガボン16日目 ンデンデ 

    ドリジーまではここンデンデからはおよそ300kmであり、国境越えあり、最悪の悪路ということを考えるとなるべく早く出発をしたいところです。

    私たちは7時過ぎからバイクに荷物を積んでイミグレーションで再度の出国手続きをしてすぐに出発できるよにと準備を開始します。

    いざバイクに荷物を積み込みをしようと思ったその矢先、激しい雷と猛烈な雨が我々の作業を阻みました。

    15分くらい雨が弱まるのを待つのですが雨が弱まる気配がありません。

    我々が準備できたところで、この悪天候の中、本当にトラックは走ることができるのでしょうか?

    一旦部屋に戻って運送会社に電話をするのですが、英語を話せる担当者はまだ出社していないということでそのまま電話を置きました。

    なんとか雨も弱まったので荷物を積んでイミグレーションに。いつもは7時半に開くイミグレーションなのですが、この日は土曜日だからなのか8時過ぎまで開きませんでした。

    8時過ぎになるとイミグレーションが開き、出国手続きの申請書に記載をして提出します。

    するとちょうどそのタイミングで運送業者から電話がかかってきました。

    運送業者:「おはようございます。先ほどお電話いただいたようですがどうされましたか?」

    私:「おはようございます。先ほど大雨が降っていたので本日本当に出発できるか確認したくてお電話を差し上げたのですが」

    運送業者:「そうでしたか。今は雨が弱まっていますのでこのままトラックは向かわせます。一つだけ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

    私:「はい。大丈夫ですよ」

    運送業者:「バイクを輸送したいということなのですが、どうしてご自身で運転して行かないのでしょうか?」

    そうですよね…。そう思いますよね。

    私:「あぁ、実は先日バイクで行こうとしたのです。そのときに悪路で転倒してしまい足を怪我してしまって、今バイクの運転ができないのです」

    運送業者:「そうだったんですね。理解いたしました」

    私:「私からも質問させてください。ドリジーまではだいたい何時間くらいかかりますでしょうか?」

    運送業者:「そうですねぇ。なんとも言えないんですよ。天候と道路状況に左右されてしまいますので。先ほどのような大雨が降った場合はしばらく停車することもあると思いますのでなんとも言えません。二日になるのか三日になるのか…」

    私:「そうですか。わかりました。ありがとうございます」

    そう言って電話を切ると、10分もしないうちにトラックドライバーがやってきました。

    我々の出国手続きをしている間に、再び雨が激しくなってきて、このトラックドライバーが言います(警察の方の通訳を挟みます)。

    トラックドライバー(警察の通訳):「雨が激しくて今日は危険だ。出発は明日にしよう。今日はバイクをトラックに積み込むところまでにして出発は明日だ」

    安全を考えたら仕方ないのでしょう。

    ということで、我々の出国手続きもそこで止めて、明日の出発となりました。

    出国手続きは警察の方で今日やっておいてくれて、明日の朝にパスポートを返却するだけにしてくれるとのことでした。

    今日は出発前に大雨が降って、出発するしないの判断ができましたが、出発した後に大雨が降ってきたらどうにもならなくなります。

    こればかりは運に任せるしかありません。どうか天候に恵まれますように…。

    雨の中、バイクの積み込み
    あの悪路を走るのにこの固定で大丈夫か不安は残りますが…
    明日はことトラックで出発です
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  • ンデンデのイミグレーションにて

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    3月6日(金)東京出発271日目、ガボン15日目 ンデンデ 

    朝起きて、ンデンデのイミグレーションに行きます。

    するとなんとそこには見たことのある大きなキャンピングカーが停まっていました。

    あれは!

    あれはコトヌーでマックスと同じ宿に泊まっていたイギリス人夫婦です。

    私たちがコトヌーで船を探していると言うと、大変心配してくださった優しい方々です。

    私:「おはようございます!私のことを覚えてくださっていますか?」

    ご婦人:「あら?コトヌーで出会ったバイク乗りの。もちろん覚えているわ」

    ご主人:「あぁ。今日出発かい?ここからコンゴ側に向かっては大変酷い悪路みたいだが?」

    私:「いえ。今日は情報を集めに来たのです。実は数日前にあの道に挑戦して転倒して足首を捻って怪我をしてしまい、今バイクに乗れないんです」

    ご婦人:「大丈夫なの?」

    私:「思ったよりは悪くなさそうです。今はなんとか歩けていますので」

    ご婦人:「これからどうするつもりなの?」

    私:「うーん。今日ここで情報をもう一度集めてみて、どうしても大変そうなら輸送業者にお願いしてドリジーまでバイクごと運んでもらうか、リーブルビルに戻って船か飛行機で運んでもらうか…」

    ご婦人:「そうなのね…。それじゃまだ旅は続けるのね。ならアンゴラかナミビアか南アフリカどこかでまた会えるかもしれないわね」

    ご主人:「また会えると良いな。それにしてもここのイミグレーションの職員は不愛想だし仕事も遅くて敵わんな」

    私:「私が先日出国手続きをしたときも8時前にはここに来ましたが、出国印をもらえたのは9時過ぎでしたからね。でも私はここの人たちに大変助けていただいたので…」

    確かにここのイミグレーションの人たちは大変不愛想ではありますが、きちんと仕事をする人たちです。そして村で私を見かけるとみんなして足は大丈夫か?と聞いてくれるのです。

     

    そうこうしているとこのご夫婦のパスポートに出国印が押されて担当の警察官が持ってきました。そしてその警察官は私の顔を見ると「足は大丈夫なのか?」と聞いてくれました。

    ご夫婦と挨拶をしてお別れをします。この先どうしたら良いのだろうかと不安になっていた私に、このご夫婦はひとときの安心感をくださいました。

    ここから悪路になりますが、どうかご無事で(>_<)

    さて、なんとかコンゴ方面から来るツーリストをここで見つけて話を聞けないかと思うのですが、こんな日に限って全然人がやってきません。どうもここを通過する人の人数には日によってだいぶバラツキがあるようです。なのであの悪路もそこそこ交通量が多い時と全然無いときがあるようでした。

    10時頃になっても全然人はやって来ず、夕方にならないとコンゴ方面からやってくる車はいないかななんて思っているとヒマを持て余していたイミグレーションの警察官が話しかけてきました。

    このイミグレーションにいる警察官のほとんどは英語を話せませんが、この警察官は多少の英語が話せるようです。

    警察官:「何をやってるんだい?足は大丈夫なのかい?」

    私:「足はなんとか。段差とかでなければそれほど苦労しないで歩けるようになりました。今日はコンゴ方面から来る車が来たら道路状況がどうだったか聞いてみたいと思いまして」

    警察官:「そうか。まだビザの期限ももう少し残っているし、焦らずゆっくり治してな」

    私:「はい。ありがとうございます。そいういえば、ここからコンゴに向けてバイクを運んでくれるような輸送業者とかって知っていますか?」

    警察官:「おぉ、それなら俺の知り合いにトラックの運転手がいるぜ。お前お金持ってるのか?いくらくらいなら払えるんだ?」

    そう言われたので私は試しに昨日宿にやって来た業者に言われた金額の半分以下の金額(25万CFA(約5万円))を伝えてみます。

    警察官:「わかった。今電話してやる。ちょっと待ってな」

    そういうと、ものの10分くらいで大きなトラックがやってきました。昨日の業者は本当にバイクを積めるのか?という小さなトラックで、しかもその男がこれまた大変うさん臭かったのですが、こちらの方が全然安心してお願いできそうです。

    しかも、昨日の業者では2台同時に輸送することはできないので1台ずつ運ぶことになり、どちらかが先に行ってそこで待っていないとならないですが、こちらの業者ならば十分2台同時に輸送できます。

    問題は費用です。これだけ大きなトラックをチャーターして何日間かかけてドリジーまで行くとなると先ほどこちらから言った金額では到底難しいかもしれません。

    宿にいるリョウさんにも連絡してイミグレーションまで来てもらうようにお願いしました。

    このトラックの運転手は英語は全く話せないので先ほどの警察官に通訳に入ってもらい話をします。

    するとバイクの輸送費用は最初に私が提案したもので大丈夫とのことでした。しかし、バイクを輸送するとなるとトラック自体も税関を通さないとならないことと、コンゴ側でも幾つもの手続きが発生するため、そこの費用がプラスでかかってしまうということです。そのことはガボン側の警察官も認識していて、国境を越えてから少なくとも5か所はチェックポイントがあってその都度貨物の申請と費用が発生してしまうということでした。

    そしてその費用は別途負担して欲しいということでした。

    ここで金額について確認し、それ以上の追加料金については一切受け付けないということで話はまとまりました。

    こちらの業者は大変きちんとした対応で、後程英語の堪能な担当者から改めて電話があり、ここでこのドライバーと話した内容を一つずつきちんと確認してくれ認識のずれがないようにしてくれました。

    そしてこのとき私は、ドリジーまで道が開けたことで私はかなり安心したのと同時に、トラックに乗ってのんびりとあの道を行くのも悪くはないのではないかと思っていました。

    後にこの考えは私にとっては全くもって違うものだったということを知ることになるのですが…。

    結局この村に一週間ほど滞在しました
    本当に何もない村でした
    何もない村でしたが、素朴な人たちにたくさんの優しさをもらって
    思い出深い場所となりました
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  • 敗北宣言

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    3月5日(木)東京出発270日目、ガボン14日目 ンデンデ 

    今朝方に出発したフランス人ライダーから無事に今後のドリジーに到着したという連絡が来ました。

    「朝方に来た輸送業者が言うようにここンデンデから70kmまではなかなかに酷い道(彼らの腕前からしたら大したことは無いかもしれませんが)だったけれども、そこから先は全然難しい道では無かったよ」と写真付きで教えてくれました。

    そして怪我をしている私が走行するのは難しいのであれば、リョウさんだけでもそこは自走した方が良い、というのも、この道は大変美しく、行く先々でとても親切な現地人と触れ合うことができるでしょう。ということでした。

    それを聞いて、私はどうしてもこの道を走りたくなりました。なんとかならないものか?朝方に来た業者に70km先までバイクを運んでもらって、そこから自走するってできるのでは無いか?そういう思いが強くなりました。

    私:「リョウさん。今朝来た輸送業者に70km先まで運んでもらって、私はそこから自走したいです」

    リョウさん:「何言ってるんですか!実際に行ってみて大変な道だったらどうにもならなくなってしまうじゃないですか!今回はここから近いところで転んだからなんとか戻って来られましたけど、そんなところで同じようなことになったらどうにもならなくなってしまうじゃないですか!」

    私:「リョウさんには無理には勧めません。ちょっと高いですけどあの業者にドリジーまで運んでもらえばそこから先は舗装路になります。でも私はあの道を走りたいのです。なのでリョウさんはご自身で判断してください。私は例え一人でもあの道を走ろうと思います」

    リョウさん:「何でなんですか!70km先まで運んでもらっても残り200km以上悪路なんですよ!例えばもっと先まで運んでもらって残り100km以下とかだったらまだわかりますよ!なんでそんなに走りたいんですか!」

    半ばヒステリックにリョウさんが怒ります。

    私には全く理解できません。

    ダカールから今まで一緒に走ってきましたが、このガボン-コンゴ間の悪路を越えれば南アフリカまで難所とよばれるようなところは無いはずです。ドリジーまで行けばその先はリョウさん一人でも走れるはずです。ここから先は自己判断の世界になるのですから、あの道を走りたくないのであれば先に一人で行ってもらって全然構わないのです。

    リョウさんはどうしてそんなに別々になることを恐れるのでしょうか?そりゃ一人と二人では安心感は全然違います。今回の件ではリョウさんには大変助けていただきました。しかしバイクは自由な乗り物です。できるだけ縛られたくないからバイクという手段を選んでいるのではないでしょうか?

    そして私とリョウさんは旅に対する考え方も生活のリズムも全然違います。そしてこれまでは旅のリズムについてはほとんどすべて私の独断で決めてきてしまったので、リョウさんにとってはストレスだったはずです。

    私も日本とは違うものを見て体験したいからこの旅を続けているのです。そのためには多少の困難は当たり前のことであり、それを避けることで求めているものを経験できなければ本末転倒なのです。

    この先の難所を超える手段がリョウさんにあるのですからここでお別れで良いと思います。

    少しすると、明日の朝に来ると言っていた輸送業者はこの日の夜にやってきました。

    私は70km先まで運んでもらうことで話をします。ただし足の怪我が回復しない以上は行けないので数日後に再び連絡することを伝えます。そしてリョウさんにドリジーまで行く場合のことは聞かなくて良いのか確認しました。しかしリョウさんは大変不機嫌ではありましたが「この業者だと70km先までっていうのが現実的なのかもしれませんね」と言って、ドリジーまで行くことについてはこのときは一切しませんでした。

    私:「私が再度あの業者に連絡するまで数日はあるので、その間にドリジーまで行くかどうかはゆっくり考えてください」

    リョウさん:「…。はい、そうします」

    その日の夜中。

    激しい雷雨で目を覚まします。すべての音が雨音でかき消されるほどの大雨です。ガボンの雨季にはこのような大雨が一日中降り続くことも珍しいことではないようです。

    私は不安になりました。例えそこまでの悪路でなかったとしても、私が70km先からのあの道を通過するときにこのような大雨が降ったとしたらそれは大変困難なものになります。そうなった場合、怪我が無くても困難な道になるのは目に見えているのに到底完治するとは思えない足の状態で行くのは命取りかもしれません。

    そして70km先からはそこまで難しい道ではなくなるという情報もどこまで確かなものなのかわかりません。

    そう思うと大変不安になってきました。

    そういえばテネレさんを回収した日の朝にイミグレーションで出会ったコンゴからやってきたランドクルーザーのドライバーは、ここから250km以上酷い悪路だったと言っていました。やっぱり簡単な道ではないのではないか?

    そう思うと怖くなり、明日の朝、イミグレーションに行ってコンゴからやってくるドライバーを見つけたら道路状況を片っ端から聞いてみようと思いました。

    実際のところ、この時点でこの雨と雷の音に私の心はポッキリと折られてしまい、私の中で70km先まで運んでもらうという選択肢はほとんど消えかけました。

    あぁ、やっぱりドリジーまで運んでもらうかリーブルビルに戻るんだろうなと…。

    そしてそのことは、私の中で私自身の恐怖に対する敗北宣言でもありました…。

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  • 南アフリカまで…

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    3月5日(木)東京出発270日目、ガボン14日目 ンデンデ

    朝6時半

    言っていたように輸送業者がやってきました。

    我々のバイク一台がギリギリ乗るか乗らないかの小さな荷台の付いた車でやってきて、運ぶならこの車で運ぶと言います。

    かなりの落胆です。

    そしてその金額がシャレにならないほど法外なものです。彼らが言うにはこのトラックにはいつも人を乗せて国境までを一日何往復もするので、ドリジーまで行くならその日数分の売り上げの全ての金額を払ってもらわないと運べないということでした(一台当たり60万CFA(約12万円))。

    確かにドルジーまで片道3日かかったら往復6日です。国境までの悪路で一人当たりいくら取っているのかわかりませんが、そこそこの金額にはなるでしょう。それでもあり得ない金額です。フランス人の二人もその金額を払うのはあり得ないと言います。

    するとこの業者はンデンデから70kmまで先は酷い悪路だけれども、そこから先は全然大丈夫だと言います。なので70km先まで乗せて行くから13万XAF(約26,000円)でどうだ?との提案をしてきました。

    それも私はあり得ないと思うのですが、フランス人二人はそれだったら良いんじゃないか?というようなことを言いました。

    しかしまずこの業者の男が怪し過ぎますし、70km先からは楽な道になるというのはどうにも信用できません。私はまだバイクに乗ることはできないでしょうし、そこまで行ってしまってどうにもならないことがわかったら、それこそ八方塞がりになってしまいます。

    我々の判断力を奪おうとしているのか「もう今日の仕事を開始しないといけないから、もうすぐにこの場で決断してくれ!」と言ってきます。

    私の中では「ないなぁ」と思っていたのですが、フラン人ライダーが「今すぐに決断できないなら、今日一日考えてみて明日もう一回来てもらうことにしたらどうだ?俺たちは今日ドリジーまで走るから、そのときの写真と感想を送るからそれを見て決めても良いんじゃないか」と提案してくれました。

    ほとんど私の中では「無しかな」とは思っていましたが、フランス人ライダーの二人もそう提案してくれたので明日、もう一度来てもらうこととしました。

    出発前の忙しい時間にありがとうございました
    どうか素敵な旅を

    でも、本当にどうしたものだろうか?我々はリーブルビルでバイクの受け取りにそこそこ時間がかかってしまってもいたので、ビザの関係上そう長くここガボンに滞在できるわけではありません。

    我々の考えられる道は以下の三つかと思っていました。

    ・この業者に頼む頼まないは別にしろ輸送業者を使ってバイクをコンゴに運ぶ
    ・リーブルビルに戻って空輸か海上輸送をする
    ・怪我の回復を待って再チャレンジ

    私の中では再チャレンジできるならしたいという思いはあります。しかし今回たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。また同じことになったらそれこそ大変です。それに思ったよりかは重症ではなかったのですが、それでも完治するにはだいぶ時間がかかるでしょう。そして、リョウさんはそれは絶対に嫌だという反応です。

    となるといずれかの方法でバイクを輸送しないとならないのですが、このときの私の心は折れかけていました。

    リーブルビルに戻って輸送業者を探すのが一番選択肢も多いだろうからそれが良いのかな?船?あのサムやサムもどきは全く信用できないし。じゃあ飛行機しかない?飛行機だと高くつくだろうし、そうするならもう日本に送り返しても良いかな?それに船や飛行機を使うなら手続きに時間がかかるだろうからすぐにでもリーブルビルに引き返さないといけないよね…。

    誰かに弱音も吐きたかったです。

    しかしすっかり弱気になっていた私ですが、これではいけないと、出発前の私のブログを読み返してなんとか奮起しようと試みました。

    ブログの内容自体は大したものではないかもしれませんが、私には私を送り出してくれたたくさんの大切な人たちがいることを思い出しました。

    試合前は怖くて怖くて逃げ出したい(殴られたり蹴られたりするのが怖かったのではありません。負けることが怖かったのです)こともたくさんあったけれど、素敵な先輩方が一生懸命応援してくれて、逃げずに果敢に戦い続けた武道。

    仕事でも何度も挫けそうになったけれど周りに支えてくれる仲間がいて、困難に立ち向かう勇気をくれました。

    確かに少し疲れてはしまいましたが、今直面している事態なんて全然大したことではないですね。ガボン-コンゴ間を自走しないのであれば、この先、南アフリカまでの旅を続けることにさほどの意味も価値もあるとも今は言えないですけれど、日本に帰るかどうかはもう少しやることをやってからで良いのかなと思えました。

    だから、南アフリカまで行こう…。

    私は弱い人間です。

    昔から怖がりで臆病でめんどくさがりです。

    でもこうして今までずっと充実した人生を送って来られたのは、私を支えてくれる仲間に出会うことができて、その結果、私自身も少しは逃げずに頑張ってくることができたからなのだと思えました。

    きっとちょっとでも頑張ったという経験があれば、そのことはきっと未来でその人を助けてくれるのだと思います。だから今もし「苦しいな、大変だな」と思うことに直面している人がいるのでしたら、仲間に助けてもらいながらでも、最初の小さな山だけでも乗り越えてみてはいかがでしょうか?

    そのことはきっといつか、あなたが前に進むための力になってくれるはずです。

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